説明

検出対象物質を検出する検出装置

【課題】検出対象物質を検出する検出装置として、迅速な検出・測定が可能な検出装置を提供する。
【解決手段】検出対象物質を検出する検出装置1において、検出対象物質を電気化学的に検出するための電極12を備えるセンサ10と、電極12に電圧を印加する電圧印加手段20と、電圧印加手段20による電圧印加時に電極12に流れる電流値を測定する電流測定手段30と、を備え、電圧印加手段20は、目的とする設定電圧値V1の電圧の印加に先立って当該設定電圧値V1よりも大きい初期電圧値V0の電圧を印加し、その後、印加する電圧の電圧値を当該初期電圧値V0から当該設定電圧値V1へと減少させて当該設定電圧値V1の電圧を印加するように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検出対象物質を検出する検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、所定の検出対象物質を検出するバイオセンサが知られている。具体的には、このようなセンサとしては、例えば、酵素が検出対象物質と選択的に反応すること等を利用して検出対象物質を検出する酵素センサが知られている。酵素センサのセンシング法には、検出対象物質と酵素との反応により生成した物質の影響に伴う電圧変化、電流変化、pH変化等を検出する方式がある。また、光学的に色変化を検出する方式等もある。これらの方式の中で比較的高感度な検出方式として、クロノアンペロメトリー法等の電流変化を検出する方式が挙げられる(例えば、特許文献1および2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−251900号公報
【特許文献2】特開2009−145089号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、応答電流値を検出する方式、例えば、クロノアンペロメトリー法等では、電圧印加時に電極と電解液との界面に形成される電気二重層を充電するための充電電流が流れるので、この充電電流が収束して応答電流値が安定するまでは、検出を開始することができない。特に低濃度の検出対象物質を検出する際には、応答電流値がnAオーダーで安定する必要があるため、検出開始までに時間がかかる場合があり、迅速な検出・測定の妨げとなっている。
【0005】
本発明の課題は、検出対象物質を検出する検出装置として、迅速な検出・測定が可能な検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、検出対象物質を検出する検出装置において、
前記検出対象物質を電気化学的に検出するための電極を備えるセンサと、
前記電極に電圧を印加する電圧印加手段と、
前記電圧印加手段による電圧印加時に前記電極に流れる電流値を測定する電流測定手段と、を備え、
前記電圧印加手段は、目的とする設定電圧値の電圧の印加に先立って当該設定電圧値よりも大きい初期電圧値の電圧を印加し、その後、印加する電圧の電圧値を当該初期電圧値から当該設定電圧値へと減少させて当該設定電圧値の電圧を印加することを特徴とする。
【0007】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の検出装置において、
前記電圧印加手段は、印加する電圧の電圧値を前記初期電圧値から前記設定電圧値へと減少させる際、印加する電圧の電圧値を当該初期電圧値から当該設定電圧値へと所定期間で漸次減少させることを特徴とする。
【0008】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の検出装置において、
前記電圧印加手段は、印加する電圧の電圧値を前記初期電圧値から前記設定電圧値へと減少させる際、印加する電圧の電圧波形の包絡線の接線の傾きが全て100mV/秒以下となるように減少させることを特徴とする。
【0009】
請求項4に記載の発明は、請求項1から3のいずれか一項に記載の検出装置において、
前記センサは、酵素センサであり、
前記検出対象物質は、前記酵素センサが備える酵素の活性を阻害する物質であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、初期電圧値の電圧の印加(すなわち、目的とする設定電圧値より大きい電圧値の電圧の印加)によって急激に電気二重層を充電することができるため、充電電流が収束して応答電流値が安定するまでの時間を短縮できる。その結果、検出対象物質の迅速な検出・測定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施形態の検出装置の構成の一例を示すブロック図である。
【図2】(a)実施形態のセンサの構成の一例を示す模式図、(b)実施形態のセンサの要部の構成の一例を示す模式図である。
【図3】実施形態のセンサによって、電気化学的計測法により検出対象物質(農薬)を検出する原理について説明するための図である。
【図4】電圧印加パターンの一例を説明するための図である。
【図5】充電電流のモデルを示す図である。
【図6】図5に示すモデルにおいて、図4に示す各電圧印加パターンで電圧を印加した場合における充電電流のシミュレーション結果を示す図である。
【図7】図5に示すモデルにおいて、図4に示す各電圧印加パターンで電圧を印加した場合における充電電流のシミュレーション結果を示す図である。
【図8】図4に示す各電圧印加パターンで電圧を印加した場合における充電電流の測定結果を示す図である。
【図9】図4に示す各電圧印加パターンで電圧を印加した場合における充電電流の測定結果を示す図である。
【図10】実施例における電圧印加パターンを示す図である。
【図11】(a)比較例における充電電流の測定結果を示す図、(b)実施例における充電電流の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図を参照して、本発明の実施形態を説明する。ただし、発明の範囲は、図示例に限定されない。
【0013】
[検出装置]
まず、本実施形態の検出装置1の構成について説明する。
検出装置1は、有機リン系農薬やカーバメート系農薬等の検出対象物質を、当該検出対象物質がコリンエステラーゼ等の酵素の活性を阻害することを利用して電気化学的計測法により検出する装置である。
【0014】
図1は、検出装置1の構成の一例を示すブロック図である。
検出装置1は、図1に示すように、主に、センサ10と、接続手段40を介してセンサ10と接続する電圧印加手段20および電流測定手段30と、を備えて構成される。
なお、図1では、接続手段40から延びる1本のリード線に電圧印加手段20および電流測定手段30が接続されているが、接続手段40と電圧印加手段20および電流測定手段30との接続の仕方はこれに限定されるものではない。具体的には、例えば、接続手段40から延びる複数本のリード線のうち一部のリード線に電圧印加手段20が接続されるとともに、他の一部のリード線に電流測定手段30が接続されるように構成することも可能である。
【0015】
本実施形態の検出装置1が備えるセンサ10は、有機リン系農薬やカーバメート系農薬等の検出対象物質を、当該検出対象物質がコリンエステラーゼ等の酵素の活性を阻害することを利用して検出するための酵素センサである。
図2(a)は、センサ10の構成の一例を示す模式図であり、図2(b)は、センサ10の要部(具体的には、液溜形成部14および絶縁膜15を除いた部分)の構成の一例を示す模式図である。
センサ10は、図2(a),(b)に示すように、主に、基板11と、基板11上に形成された電極12(作用電極121、対電極122および参照電極123)と、作用電極121上に形成された酵素含有部13と、酵素含有部13の周囲に液溜を形成するための液溜形成部14と、電極12からの配線を保護するための絶縁膜15と、を備えて構成される。
【0016】
基板11は、例えば、シリコン、セラミックス、ガラス、プラスチック、紙、生分解性材料(例えば、微生物生産ポリエステル等)等からなる絶縁性基板である。
【0017】
電極12は、例えば、スクリーン印刷によって基板11上に作製されたカーボン電極である。
なお、電極12は、カーボン電極に限定されるものではなく、電極12の材質は、グラファイト、グラフェン、カーボンナノチューブ、さらには、白金、金、銀、ニッケル、バラジウム、鉄、銅等の金属、或いは、これらをカーボンや樹脂へ混ぜ込んだもの、多孔質にしたもの等、適宜任意に変更可能である。
また、センサ10の電極方式は、作用電極と対電極と参照電極との三極方式に限定されるものではなく、作用電極と対電極との二極方式であっても良い。
また、電極12は、スクリーン印刷によって作製されたものに限定されるものではなく、電極12の作製方法は適宜任意に変更可能である。具体的には、電極12は、例えば、蒸着法、スパッタリング法等によって作製することも可能である。
【0018】
また、作用電極121、対電極122および参照電極123の大きさ、形状、構成には、特に制限はない。
具体的には、例えば、これらの電極は、市販の電解セル、測定セル等で使用する大きな電極であっても良いし、ディスク電極、回転リングディスク電極、ファイバー電極等であっても良いし、例えば、フォトリソグラフィー等の公知の微細加工技術により作製した微小電極(円盤電極、円筒電極、帯状電極、配列帯状電極、配列円盤電極、リング電極、球状電極、櫛型電極、ペア電極等)であっても良い。また、作用電極121、対電極122および参照電極123はそれぞれ同じ大きさ、形状、構成であっても良いし、異なる大きさ、形状、構成であっても良い。
【0019】
酵素含有部13は、有機リン系農薬やカーバメート系農薬等の検出対象物質によって活性が阻害される酵素として、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)やブチリルコリンエステラーゼ(BChE)等のコリンエステラーゼを含有している。
酵素含有部13は、例えば、ポリビニルアルコール樹脂等の所定の樹脂に酵素を添加し、それを作用電極121上に塗布することによって形成される。
なお、作用電極121上に酵素を固定する手法は、酵素が添加された所定の樹脂を作用電極121上に塗布する手法に限定されるものではなく、適宜任意に変更可能である。具体的には、例えば、作用電極121上に配設された多孔体が有する細孔の内部に酵素を固定化する手法等であっても良い。
また、酵素含有部13は、酵素に加えて、酵素と電極(作用電極121)との間の電子の受け渡しを促進するための電子伝達物質や、酵素の活性の発現を触媒するための補酵素等を含有していても良い。
【0020】
液溜形成部14は、電極12を露出するための開口部14aを有するカバー部材である。基板11の電極12が形成された側の面上に液溜形成部14を配置した状態(すなわち、図2(a)の状態)において、開口部14aは、窪みとなるため、そこに液体(例えば、検出対象物質を含む試料液)を溜めることができる。
【0021】
ここで、本実施形態のセンサ10(酵素センサ)によって、電気化学的計測法により検出対象物質を検出する原理について、図3を参照して説明する。
センサ10を所定の液体に浸漬させた状態で当該液体に基質(アセチルチオコリン(或いは、ブチリルチオコリン))を添加したり、基質(アセチルチオコリン(或いは、ブチリルチオコリン))を含む液体にセンサ10を浸漬させたりして、センサ10を基質に接触させると、図3に示すように、センサ10の酵素(コリンエステラーゼ)は、選択的触媒作用により基質を分解して、チオコリンを生成する。なお、センサ10の酵素含有部13がTCNQ(テトラシアノキノジメタン)等の電子伝達物質を含有していない場合には、例えば、センサ10が浸漬している液体にTCNQ等の電子伝達物質を添加しても良い(センサ10が浸漬する前に添加しても良いし、浸漬した後に添加しても良い)。
【0022】
次いで、作用電極121を正にして、作用電極121と参照電極123との間に電圧を印加することによりセンサ10が浸漬している液体に対して電圧を印加すると、チオコリンは、電子伝達物質を介して間接的に電子(e)を作用電極121に渡し、ジチオビスコリンになる。この際、作用電極121と対電極122との間には、還元型の電子伝達物質を再酸化する電流が流れる。当該電流の値(以下「応答電流値」と称する。)は、酵素の活性に比例するため、応答電流値を測定することにより、その測定された応答電流値から酵素の活性を求めることができる。
【0023】
有機リン系農薬は、コリンエステラーゼ等の酵素に不可逆的に、また、カーバメート系農薬は、コリンエステラーゼ等の酵素に可逆的に結合して、触媒作用(活性)を阻害する。
そのため、試料液に接触させていないセンサ10における酵素の活性と、試料液に接触させたセンサ10における酵素の活性と、を比較することによって、試料液中の検出対象物質を検出することができる。さらに、検出対象物質によって酵素の活性が阻害されることに伴い生じる酵素の活性の低下度合いから、試料液中の検出対象物質の濃度を測定することができる。
【0024】
具体的には、例えば、試料液に接触させていないセンサ10の応答電流値と、試料液に接触させたセンサ10の応答電流値と、を測定して、応答電流値の低下(検出対象物質によって酵素の活性が阻害されることに伴い生じる応答電流値の低下)が生じていれば、試料液中に検出対象物質が含まれていたこととなる。さらに、検出対象物質によって酵素の活性が阻害されることに伴い生じる応答電流値の低下度合いを求めると、検出対象物質の濃度と応答電流値の低下度合いとの関係を示す検量線等を参照して、当該求めた応答電流値の低下度合いから、試料液中の検出対象物質の濃度を求めることができる。
なお、試料液に接触させたセンサ10は、センサ10の液溜(すなわち、電極12上に配置された液溜形成部14の開口部14a内)に試料液を滴下したり、試料液にセンサ10を浸漬させたりすることによって得ることができる。
【0025】
本実施形態の検出装置1が備える電圧印加手段20は、電極12に所定の電圧値の電圧を印加する。
具体的には、電圧印加手段20は、作用電極121を正にして、作用電極121と参照電極123との間に電圧を印加する。センサ10による検出対象物質の検出の際には、センサ10による検出対象物質の検出に適した電圧値として予め設定されている設定電圧値V1の電圧を印加するように構成されている。
【0026】
本実施形態の検出装置1が備える電流測定手段30は、電圧印加手段20による電圧印加時に電極12に流れる電流値を応答電流値として測定する。
具体的には、例えば、酵素をコリンエステラーゼとし、基質をアセチルチオコリン(或いは、ブチリルチオコリン)とした場合、電流測定手段30は、酵素反応により生成されるチオコリンを、電子伝達物質を用いて電極(作用電極121)上で酸化することによる酸化電流値を応答電流値として測定する。
【0027】
ところで、電圧印加時に電極と電解液との界面に形成される電気二重層を充電するための充電電流が流れるので、この充電電流が収束して応答電流値が安定するまでは、検出を開始することが難しい。
特に、酵素センサは、酵素の電極上への固定化の方法(具体的には、酵素固定化層(本実施形態の場合、酵素含有部13)の材質や厚み等)等によって、拡散が制限されたり、ある種の電荷を持つ物質の動きが妨げられたりして、応答電流値が安定するまでに時間がかかる。
【0028】
そこで、本実施形態においては、充電電流の収束時間(収束までに要する時間)を短縮して、電圧印加開始から検出開始までに要する時間を短縮することとする。
具体的には、電圧印加手段20は、目的とする設定電圧値V1の電圧の印加に先立って当該設定電圧値V1よりも大きい初期電圧値V0の電圧を印加し、その後、印加する電圧の電圧値を当該初期電圧値V0から当該設定電圧値V1へと減少させて当該設定電圧値V1の電圧を印加するように構成されている。
このように構成することで、初期電圧値V0の電圧の印加(すなわち、目的とする設定電圧値より大きい電圧値の電圧の印加)によって急激に電気二重層を充電することができるため、充電電流が収束して応答電流値が安定するまでの時間を短縮することが可能となる。
【0029】
なお、設定電圧値V1は、測定したい物質の酸化電位または還元電位(具体的には、例えば、酵素をコリンエステラーゼとし、基質をアセチルチオコリン(或いは、ブチリルチオコリン)とした場合は、チオコリンの酸化電位)によって定まる。
また、初期電圧値V0は、電極12を傷めない範囲内であり、かつ、電極活性物質と電極12との反応で生じる電流が許容範囲に収まる範囲内であることが望ましい(ただし、V0>V1)。例えば、血液を試料液とし、カーボン電極または白金電極を電極12として、血液中の検出対象物質を検出する場合、アスコルビン酸等の影響を避けるためには、初期電圧値V0≦0.4(V)であることが望ましい。
【0030】
ここで、初期電圧値V0から設定電圧値V1への電圧値の減少のさせ方について説明する。
初期電圧値V0から設定電圧値V1への電圧値の減少のさせ方としては、例えば図4に示すように、パターン1〜5が挙げられる。なお、図4に示す各曲線は、電圧波形の包絡線である。
【0031】
パターン1は、所定期間(図4の場合、10秒間)の間に電圧値が減少し続けるパターンであって、徐々に減少の程度が大きくなっていくパターンである。
パターン2は、所定期間(図4の場合、10秒間)の間に電圧値が減少し続けるパターンであって、減少の程度が一定のパターンである。
パターン3は、所定期間(図4の場合、10秒間)の間に電圧値が減少し続けるパターンであって、徐々に減少の程度が小さくなっていくパターンである。
パターン4は、所定期間(図4の場合、10秒間)の間に電圧値が減少せずに一定となっている期間があるパターンであって、所定期間のうち最後の期間で電圧値が減少し、その前の期間では電圧値が初期電圧値V0でほぼ一定であるパターンである。
パターン5は、所定期間(図4の場合、10秒間)の間に電圧値が減少せずに一定となっている期間があるパターンであって、所定期間のうち最初の期間で電圧値が減少し、その後の期間では電圧値が設定電圧値V1でほぼ一定であるパターンである。
一方、パターン0は、設定電圧値V1の電圧の印加に先立って初期電圧値V0の電圧を印加しないパターンであって、所定期間の間も設定電圧値V1の電圧を印加しているパターンである。
なお、図4では電圧印加パターンの一例として、所定期間を10秒間とし、初期電圧値V0を0.3Vとし、設定電圧値V1を0.1Vとした場合の電圧印加パターンを示しているが、所定期間、初期電圧値V0および設定電圧値V1は、図4に示すものに限定されず、適宜任意に変更可能である。
【0032】
充電電流は、大まかには、図5に示すコンデンサCへの直流電圧印加時に流れる電流として見積もることができる。図5に示すモデルにおいて、抵抗Rの電気抵抗が約1kΩであり、コンデンサCの電気容量が約30μFであるときの電流値をシミュレーションした結果を図6に示す。
図6に示すように、充電電流の収束時間は、パターン4<パターン1<パターン2<パターン3<パターン5≒パターン0となっている。すなわち、充電電流の収束時間はパターン4が最も短く、収束時間が短い順に並べるとパターン4、パターン1、パターン2、パターン3、パターン5となる。これにより、所定期間の最初の方に高い電圧値の電圧を印加して電気二重層に急速に電荷を貯めた方が充電電流の収束時間を短縮できることが予想される。充電電流が収束して応答電流値が安定することを、例えば、Y=2(nA)として、
Abs(I_T(t_i+x)−I_T(t_i))<Y for all 0≦x≦10(秒), arbitrary i≧0
が成り立つことと定義すると、パターン4はt=49(秒)、パターン1はt=61(秒)、パターン2はt=70(秒)、パターン3はt=79(秒)、パターン5はt=99(秒)となる。これにより、設定電圧値V1の電圧の印加に先立って初期電圧値V0の電圧を印加し、その後、印加する電圧の電圧値を初期電圧値V0から設定電圧値V1へと減少させて設定電圧値V1の電圧を印加すると、設定電圧値V1の電圧の印加に先立って初期電圧値V0の電圧を印加せずに所定期間の間も設定電圧値V1の電圧を印加する場合よりも、応答電流値が安定するまでの時間を20%〜50%近く短縮できることが分かった。
なお、上記の式では、電流値の変化が−2nAよりも大きく+2nAよりも小さい期間が10秒間続いた場合に、充電電流が収束した(すなわち、応答電流値が安定した)と判定しているが、応答電流値の安定の判定基準は適宜任意に変更可能であり、例えば、電流値が所定の閾値以下となった場合に、充電電流が収束した(すなわち、応答電流値が安定した)と判定することも可能である。
【0033】
なお、時定数(CR)の値が小さい場合は、電圧の変化率(減少率)が大きいと、負の充電電流値が流れる場合も生じる。
具体的には、例えば、図5に示すモデルにおいて、抵抗Rの電気抵抗が約1kΩであり、コンデンサCの電気容量が約10μFであるときの電流値をシミュレーションした結果を図7に示す。
図7に示すように、パターン1〜4は、充電電流値が負になる場合があり、所定期間の最後の方の電圧の減少の程度が大きいパターンほど、その傾向が大きいことが分かった。電流値が負の充電電流が流れると、その分、新たに充電電流が生じる可能性があるため、応答電流値が安定するまでの時間を短縮できない場合もある。なお、コンデンサCの電気容量や抵抗Rの電気抵抗の値は、電極12の種類等によって異なってくるので、一意的に決めるのは困難である。
【0034】
次に、所定期間の長さを10秒とし、初期電圧値V0を300mVとし、設定電圧値V1を100mVとして、パターン0〜5の各パターンで電圧を印加した場合の、実際の応答電流値を測定した。その結果を図8および図9に示す。
図8に示すように、パターン1〜3の場合、すなわち、設定電圧値V1の電圧の印加に先立って初期電圧値V0の電圧を印加し、その後、印加する電圧の電圧値を初期電圧値V0から設定電圧値V1へと減少させて設定電圧値V1の電圧を印加した場合は、パターン0の場合、すなわち、設定電圧値V1の電圧の印加に先立って初期電圧値V0の電圧を印加せずに所定期間の間も設定電圧値V1の電圧を印加する場合よりも、応答電流値が安定するまでの時間を短縮できることが分かる。
一方、図9に示すように、パターン4および5の場合も、設定電圧値V1の電圧の印加に先立って初期電圧値V0の電圧を印加し、その後、印加する電圧の電圧値を初期電圧値V0から設定電圧値V1へと減少させて設定電圧値V1の電圧を印加した場合であり、パターン0の場合よりも、応答電流値が安定するまでの時間を短縮できている。しかしながら、パターン4および5の場合は、電圧変化が急激であるため(階段波形を入れているため)に、パターン4ではt=10(秒)付近で、パターン5ではt=0(秒)付近で、電流値が負の充電電流が流れてしまっている。
なお、この場合、電圧波形の包絡線の接線の傾きは、パターン2では20mV/秒となり、パターン4および5では200mV/秒以上となる。
【0035】
このように、設定電圧値V1の電圧の印加に先立って初期電圧値V0の電圧を印加し、その後、印加する電圧の電圧値を初期電圧値V0から設定電圧値V1へと減少させて設定電圧値V1の電圧を印加すると、応答電流値が安定するまでの時間を短縮できる。
さらに、電流値が負の充電電流が流れないという観点から、パターン4および5の場合、具体的には、所定期間の間に電圧値が減少せずに一定となっている期間がある場合よりも、パターン1〜3の場合、具体的には、所定期間の間に電圧値が減少し続ける場合(すなわち、印加する電圧の電圧値を初期電圧値V0から設定電圧値V1へと所定期間で漸次減少させる場合)の方が好ましいことが分かった。なお、電圧値が所定期間で漸次減少する場合であっても、電圧変化が急激な箇所があると負の応答電流値が流れる可能性がある。したがって、印加する電圧の電圧値を初期電圧値V0から設定電圧値V1へと減少させる際、印加する電圧の電圧波形の包絡線の接線の傾きが全て約100mV/秒以下となるように減少させることがより好ましい。
【0036】
以下、具体的な実施例によって本発明を説明するが、発明はこれらに限定されるものではない。
【0037】
まず、センサ10として酵素センサを用意した。
センサ10は、基板11上に電極12としてスクリーン印刷によりカーボン電極を作製し、その上に液溜形成部14と絶縁膜15とを配設し、液溜形成部14の開口部14aから露出している作用電極121上に酵素(コリンエステラーゼ)を含む架橋型ポリビニルアルコール樹脂を塗布して酵素含有部13を形成することによって作製した。
【0038】
次いで、用意したセンサ10を、接続手段40を介して電圧印加手段20および電流測定手段30に接続した。
そして、図10に示すように、所定期間の長さを10秒とし、初期電圧値V0を200mVとし、設定電圧値V1を100mVとして、パターン2で電圧を印加した場合の実際の応答電流値を測定した。また、パターン0で電圧を印加した場合(具体的には、所定期間の間も設定電圧値V1(100mV)の電圧を印加した場合)の実際の応答電流値を測定した。その結果を図11(b)に示す。
【0039】
また、比較のために、酵素含有部13を備えていない点以外はセンサ10と同様の構成の比較用センサも用意し、比較用センサを用いて同様の測定を行った。その結果を図11(a)に示す。
【0040】
図11(a),(b)に示すように、酵素含有部13を備えている場合も備えていない場合も、パターン2の場合、すなわち、設定電圧値V1の電圧の印加に先立って初期電圧値V0の電圧を印加し、その後、印加する電圧の電圧値を初期電圧値V0から設定電圧値V1へと減少させて設定電圧値V1の電圧を印加した場合の方が、パターン0の場合、すなわち、設定電圧値V1の電圧の印加に先立って初期電圧値V0の電圧を印加せずに所定期間の間も設定電圧値V1の電圧を印加する場合よりも、応答電流値が安定するまでの時間を短縮できることが分かった。
また、酵素含有部13を備えている場合と酵素含有部13を備えていない場合とで、応答電流値の変化の仕方が異なることが分かった。具体的には、酵素含有部13を備えていない場合(図11(a)の場合)よりも酵素含有部13を備えている場合(図11(b)の場合)の方が、応答電流値が安定するまでに時間がかかっている。これは、酵素含有部13によって、拡散が制限されたり、ある種の電荷をもつ物質の動きが妨げられたりして、実質的なコンデンサ容量が大きいためと考えられる。
【0041】
以上説明した本実施形態の検出装置1によれば、検出対象物質を検出する検出装置1において、検出対象物質を電気化学的に検出するための電極12を備えるセンサ10と、電極12に電圧を印加する電圧印加手段20と、電圧印加手段20による電圧印加時に電極12に流れる電流値を測定する電流測定手段30と、を備え、電圧印加手段20は、目的とする設定電圧値V1の電圧の印加に先立って当該設定電圧値V1よりも大きい初期電圧値V0の電圧を印加し、その後、印加する電圧の電圧値を当該初期電圧値V0から当該設定電圧値V1へと減少させて当該設定電圧値V1の電圧を印加するように構成されている。
【0042】
したがって、初期電圧値V0の電圧の印加(すなわち、目的とする設定電圧値より大きい電圧値の電圧の印加)によって急激に電気二重層を充電することができるため、充電電流が収束して応答電流値が安定するまでの時間を短縮できる。その結果、検出対象物質の迅速な検出・測定が可能となる。
【0043】
また、以上説明した本実施形態の検出装置1によれば、電圧印加手段20は、印加する電圧の電圧値を初期電圧値V0から設定電圧値V1へと減少させる際、印加する電圧の電圧値を当該初期電圧値V0から当該設定電圧値V1へと所定期間で漸次減少させることも可能である。
【0044】
これにより、電流値が負の充電電流が流れないので、的確に応答電流値が安定するまでの時間を短縮することができる。
【0045】
また、以上説明した本実施形態の検出装置1によれば、電圧印加手段20は、印加する電圧の電圧値を初期電圧値V0から設定電圧値V1へと減少させる際、印加する電圧の電圧波形の包絡線の接線の傾きが全て100mV/秒以下となるように減少させることも可能である。
【0046】
これにより、充電電流値が負になることを確実に抑制できるので、応答電流値が安定するまでの時間を確実に短縮することが可能となる。
【0047】
また、以上説明した本実施形態の検出装置1によれば、センサ10は、酵素センサであり、検出対象物質は、酵素センサであるセンサ10が備える酵素の活性を阻害する物質である。
したがって、酵素センサであるセンサ10が備える酵素の活性を阻害する物質を、迅速に検出・測定することが可能である。
【0048】
なお、本発明は、上記した実施の形態のものに限るものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【0049】
検出対象物質は、酵素の活性を阻害する物質に限ることはなく、酵素の基質、或いは、基質を含む物質など、適宜任意に変更可能である。また、酵素も、検出対象物質に合わせて適宜任意に変更可能である。また、検出対象物質や酵素に合わせて、基質等も適宜任意に変更可能である。
【0050】
センサ10は、酵素センサに限ることはなく、検出対象物質を電気化学的に検出するための電極12を備えるセンサであれば任意である。
また、センサ10による電気化学的計測は、一つの基板上に形成した二極構造(作用電極121と対電極122)又は三極構造(作用電極121と対電極122と参照電極123)の電極を用いても良いし、独立した各電極(作用電極121、対電極122、参照電極123)を組み合わせて用いても良い。
【符号の説明】
【0051】
1 検出装置
10 センサ
12 電極
20 電圧印加手段
30 電流測定手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出対象物質を検出する検出装置において、
前記検出対象物質を電気化学的に検出するための電極を備えるセンサと、
前記電極に電圧を印加する電圧印加手段と、
前記電圧印加手段による電圧印加時に前記電極に流れる電流値を測定する電流測定手段と、を備え、
前記電圧印加手段は、目的とする設定電圧値の電圧の印加に先立って当該設定電圧値よりも大きい初期電圧値の電圧を印加し、その後、印加する電圧の電圧値を当該初期電圧値から当該設定電圧値へと減少させて当該設定電圧値の電圧を印加することを特徴とする検出装置。
【請求項2】
前記電圧印加手段は、印加する電圧の電圧値を前記初期電圧値から前記設定電圧値へと減少させる際、印加する電圧の電圧値を当該初期電圧値から当該設定電圧値へと所定期間で漸次減少させることを特徴とする請求項1に記載の検出装置。
【請求項3】
前記電圧印加手段は、印加する電圧の電圧値を前記初期電圧値から前記設定電圧値へと減少させる際、印加する電圧の電圧波形の包絡線の接線の傾きが全て100mV/秒以下となるように減少させることを特徴とする請求項1または2に記載の検出装置。
【請求項4】
前記センサは、酵素センサであり、
前記検出対象物質は、前記酵素センサが備える酵素の活性を阻害する物質であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−53925(P2013−53925A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−192314(P2011−192314)
【出願日】平成23年9月5日(2011.9.5)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム委託研究に基づく特許出願
【出願人】(505303059)株式会社船井電機新応用技術研究所 (108)
【出願人】(000201113)船井電機株式会社 (7,855)