説明

標的核酸中の特定配列の分析方法

【課題】 標識化の工程を必要とせず、簡便且つ迅速に検出が可能な分析方法を提供すること。
【解決手段】 標的核酸中の特定配列を分析する方法であって、(i)前記特定配列分析用のオリゴヌクレオチドと前記標的核酸とを含む溶液をアニールする工程と、(ii)振動波の付与により、前記アニールした溶液中の核酸を断片化する工程と、(iii)前記工程(ii)によって断片化された分子の分子量または塩基長を測定する工程と、(iv)測定した前記分子量または前記塩基長の分布に基づいて、前記標的核酸中の特定配列を分析する工程と、を有する分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲノムDNAを断片化することにより特定配列を分析する、新規な分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
DNAを断片化する技術として、酸またはアルカリによる加水分解を利用した化学的手法や断片位置を固定するために制限酵素を利用した酵素的手法などが知られている。
【0003】
化学的手法や酵素的手法では、反応を最適化してそれを開始および停止するための温度条件やpH条件を選んで制御しなくてはならず、汎用的に利用するには様々な制約がある。
【0004】
これに対し、ランダムな断片化をする方法としては、振動波を用いる方法、高速に攪拌回転するボルテックスを使用する方法や、細管に高速に対象物を含む溶液を通して剪断応力により分断する方法などがある。
【0005】
振動波、特に超音波を用いる手法は、ランダムに断片化されてしまうという制約があるが、上記の化学的手法や酵素的手法のような温度条件やpH条件等は必要とせず、発生装置のON/OFFだけで対応できる。
【0006】
超音波を用いた方法は、その弾性波が溶媒中を伝播するように構成されていれば、溶液を収納した容器の形状、大きさ、材質に制限はない。よって、発生装置と溶媒の冷却装置に留意した簡易システムを構築できる可能性がある。
【0007】
例えば、特許文献1には、核酸ハイブリダイゼーションの試料として超音波処理によりDNA鎖をランダムに断片化した核酸を用い、これをハイブリダイゼーション反応に用いることが開示されている。
【0008】
他にも、ゲノムをシーケンスするために、ゲノムを超音波でランダムに分断しクローニングしたあと断片化DNAをシーケンシングして断片化前のシーケンスに復元するショットガン法の中でも用いられてきている。
【0009】
上記のように、切断位置を固定する必要も断片の長さを均一にする必要もないのであれば、超音波を使った高分子切断手法は他の方法に比べて効率的な断片化法であると言える。
【特許文献1】特開平04−084899号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、引用文献1の方法においては、試料核酸の断片化によるハイブリダイゼーションの効率化は望めるものの、検出工程は従来のままである故に処理の工程としては増加してしまい、全体的な処理はより複雑になってしまっていた。
【0011】
具体的には、特定配列が含まれていることを確認するためには、特定配列を有するプローブと断片をハイブリさせてその成否を蛍光標識等によって確認するか、PCR技術を使いダイデオキシ法によりシーケンシングする工程を必要としていた。
【0012】
また、従来の超音波による断片化法による分析においても、反応の開始および停止を簡単に制御できない上に、断片化生成物を純化するために精製する工程を更に必要としていた。
【0013】
本発明の目的は、上記の課題を解決した、標識化の工程を必要とせず、簡便且つ迅速に検出が可能な分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するために、本発明に係る分析方法は、
標的核酸中の特定配列を分析する方法であって、
(i)前記特定配列の相補配列を含むオリゴヌクレオチドと前記標的核酸とを含む溶液をアニールする工程と、
(ii)振動波の付与により、前記アニールした溶液中の核酸を断片化する工程と、
(iii)前記工程(ii)によって断片化された分子の分子量または塩基長を測定する工程と、
(iv)測定した前記分子量または前記塩基長の分布に基づいて、前記標的核酸中の特定配列を分析する工程と、
を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、従来必要だった取得産物を精製する工程が不要となり、断片の分子長や分子量を得ることで効率的に分析ができる。
【0016】
また、断片化に際して、試薬類も必要なく配列検出用の標識化処理をも不要にすることができる。
【0017】
さらに、酵素反応、化学反応のように開始および停止のトリガーを設定する必要もなく、超音波発生装置のスイッチのON/OFFするだけで断片化の進行を制御できる上に、断片化後も精製することなく即時に断片長の分析を実行することができる。
【0018】
通常、断片化の処理時間は数十秒から数分程度でよいので、概ね断片の分子長や分子量を測定する時間だけで特定配列がゲノム上に位置しているかどうかを、迅速かつ簡便に判定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下の本発明を詳細に説明する。
【0020】
本発明においては、少なくとも以下に示す(i)〜(iv)のステップを有する。
【0021】
(i)前記特定配列分析用のオリゴヌクレオチドと前記標的核酸とを含む溶液をアニールする工程と、
(ii)振動波の付与により、前記アニールした溶液中の核酸を断片化する工程と、
(iii)前記工程(ii)によって断片化された分子の分子量または塩基長を測定する工程と、
(iv)測定した前記分子量または前記塩基長の分布に基づいて、前記標的核酸中の特定配列を分析する工程。
【0022】
超音波領域の振動波を使用したDNAの断片化手法は、断片は、切断箇所も断片長も一様にすることは現状では困難である。しかし、本発明者らは、断片化により生じたDNA鎖の分子量または分子鎖長を直接測定すれば、比較的簡便な手法で短時間に特定配列を分析に利用することができることを見出した。これにより、従来の精製工程は必要ではなくなり、DNAの断片化と特定配列の分析を連続して実行することができるようになったものである。
【0023】
超音波による切断効率については、溶液中の高分子数密度の増加とともに低下する傾向にある点および2本鎖DNAよりも1本鎖DNAの方が分断しない点が特徴として挙げられる。
【0024】
その分断の速度は、溶媒中のDNAの分子密度、分子長、溶媒の粘度や温度、振動波のエネルギーにより変化する。
【0025】
溶媒中に超音波を照射することで発生するマイクロバブルは、溶媒中の高分子に作用してこれを分断するが、分断は数百−数千bp前後にまで進行した後にそれ以降は進まなくなる。これは、溶媒中のDNAの分子密度が増加するためである。また、DNA鎖は2本鎖であるほうが切れやすく一般的には高温になると断片化が進まなくなる傾向にある。
【0026】
本発明者らは、マイクロバブルのサイズ(数μm)に比較して同等以上の分子長をもつDNAであれば、20kHz、50W程度の照射で、1〜2分で断片化されることを確認している。断片化はランダムに発生し、断片化前の分子長の1/2、1/4の長さを断片長のピークとする不連続分布を呈することも見出した。
【0027】
すなわち、特定の配列を有するオリゴヌクレオチドを混合し特定配列のハイブリッドを形成した場合には、超音波による剪断が進行する。一方、特定配列においてハイブリッドを形成しない場合には、溶液中に大量のオリゴヌクレオチドが浮遊し、溶液中の分子数密度が大きいため剪断が進行しないという現象がおこる。この強調された差異を測定することで、超音波を照射した後に断片分子のサイズの分布を計測するだけで、標的DNAに特定の配列が含まれるかどうかを判定することができる。
【0028】
本発明において、特定配列の分析とは特定配列の存在有無を検出することや、特定配列の存在量を判定すること、特定配列からの塩基の変異を検出すること、などが含まれる。
【0029】
特定配列としては、1塩基多型(SNPs)、マイクロサテライト、欠失、または挿入を含むゲノムDNA上の配列部位を含む配列であることが好ましい。1塩基多型を分析したい場合は、ゲノムDNA上の多型部位が野生型配列、または変異型配列である配列部位を選択していずれか、あるいは両方を用いて分析を行うとよい。
【0030】
以下に、本発明の分析方法の手順について、順を追って詳細に説明する。
【0031】
本発明の上記の方法の前処理として、標的ゲノム配列上の特定配列を分析するために、特定配列用のオリゴヌクレオチドを用意する。具体的には、特定配列とハイブリッドの2本鎖を形成する10〜50mer(塩基長)のオリゴヌクレオチドであり、より好ましくは15〜30merのオリゴヌクレオチドを用意する。これらは、公知の合成方法によって作成すればよい。
【0032】
次に、作成されたオリゴヌクレオチドと、標的DNAとを反応溶液中で混合する。
【0033】
アニールする工程の前に、加熱により変性させる加熱工程、または減圧下で変性させる減圧工程を有するとよい。すなわち、この混合した反応溶液に対して、90℃前後の加熱した高温下でまたは、半気圧の減圧下で保持することでゲノムDNAを一度変性させる。
【0034】
次に、オリゴヌクレオチドをゲノムDNAにアニールさせる工程を行う。アニールさせる際の条件は、通常のハイブリダイゼーションに用いられる条件でよい。ただし、特定配列のミスマッチ配列の有無を分析したい場合など、1塩基の違いを分析したい場合には、ストリンジェントな条件下であることが好ましい。例えば65℃、6xSSC(900mMの塩化ナトリウム、90mMのクエン酸ナトリウム)のような高温/高イオン濃度下でハイブリダイゼーション反応を行うと、塩基ミスマッチの少ない、即ち相同性の高い標的核酸とのみハイブリダイゼーションが起こる。このような条件をストリンジェントな条件と呼ぶ。
【0035】
反対に30℃、0.1xSSC(15mMの塩化ナトリウム、1.5mMのクエン酸ナトリウム)のような低温/低イオン濃度下に、ハイブリダイゼーション反応を行うと、塩基ミスマッチの多い、即ち相同性の低い標的核酸までハイブリダイゼーション反応を起こす。
【0036】
すなわち、得たい分析結果に基づいて、ハイブリダイゼーション反応の条件は選択されることが好ましい。
【0037】
次に、前記の処理後の反応溶液に対して、超音波領域の振動波を照射する。照射する超音波の振動数は、好ましくは1kHz〜1MHzであり、より好ましくは、10kHz〜100kHzの振動数が好ましい。超音波振動装置に供給する電力としては、50W程度の出力を供給できるものであれば良い。照射時間は標的核酸の大きさ、量にもよるが、1秒〜1分程度であればよく、特に10秒程度連続的に照射すればよい。このとき反応溶液は、アニール時の温度に保持された状態で照射が行われることが好ましい。
【0038】
数度程度であれば照射中に温度降下させても構わないが、温度が下がりすぎると混合液中を浮遊する非特定配列がアニールされる恐れがある。断片化工程は、温度30〜70℃の範囲で行うのがよい。この温度(例えば、より好ましい50℃前後)に保持するため、必要であれば恒温槽で反応溶液の温度が変化しないようにするとよい。
【0039】
上記の断片化工程の後に、反応溶液中に存在する核酸の分子長や分子量を測定する。測定の方法としては、例えば、ゲル電気泳動法、ゲルクロマトグラフィー法、液体クロマトグラフィー法、沈降速度法(超遠心法)、光散乱法、マススペクトル解析法等が挙げられ、これらから適宜選択すればよい。
【0040】
本発明によれば、標的核酸やプローブ分子に直接標識しなくても検出可能なシステムをも構築できる。
【0041】
また、ゲル電気泳動を用いる場合は、断片化後の溶液は、分子量に比例して到達する時間を2本鎖DNAにのみ反応する標識を添加し、この標識を利用して計測してもよい。
【0042】
この結果、標的DNAに対して短鎖から長鎖まで広範囲にわたる、断片DNAの分布を得ることができる。この分布は、反応溶液中のDNAの濃度、分子長、溶媒の粘度、温度、超音波強度、および照射時間に依存したものとなる。
【0043】
特に、断片化の進行速度は、反応溶液中のDNAの数密度に大きく依存する。数密度が高いとその断片化の進行は遅くなり、断片化されないオリジナルのDNAの高い存在量を示すピークが出る。一方、数密度が低いと、その断片化の進行は早くなり、オリジナルのDNAの存在量を示すピークは非常に低くなる。
【0044】
オリジナルのDNAの分解が進み反応溶液中の数密度がある一定基準以上になると分解は止まる。オリゴヌクレオチドの配列が、標的ゲノムDNA配列の一部に対応する相補配列(完全相補配列またはミスマッチ塩基を含む相補配列)であるとき、オリゴヌクレオチドが標的ゲノムDNAの対応箇所にアニールする。この場合には、反応溶液中の分子数密度は低く抑えられるため、断片化は進みオリジナルのDNAのピークは低くなる。しかし、オリゴヌクレオチドの配列が、標的ゲノムDNA配列の一部に対応する相補配列をもたずアニールしない場合には、溶液中の分子密度は、はじめから高く断片化は進み難い。この結果、オリジナルのDNAのピークが相補配列を有する場合に比べて高いまま維持される。
【0045】
このオリゴヌクレオチドを含まない標的ゲノムDNAだけのものと、同時に同条件で超音波を照射し、その結果の断片分子の分布パターンを比較する。オリゴヌクレオチドを混合しアニールした反応溶液の断片分布と、標的ゲノムDNAだけの反応溶液の断片分布が概して同じ場合には、前記オリゴヌクレオチドの配列を標的ゲノムDNA中に含むと考えられる。
【0046】
一方、前記オリゴヌクレオチドの配列と共通部位がない場合には、オリゴヌクレオチドを含む標的ゲノムDNAの断片化と標的ゲノムDNAだけの断片化とでは断片分布が異なる。この性質を利用して、標的ゲノムDNAが特定の配列を含むかどうかが同定できる。
【0047】
(実施形態)
以下に本発明の実施の形態を、図面を用いて詳細に説明する。
【0048】
本実施形態では、1塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)について、変異の有無を判定するためのプロセスを順に追って説明する。ゲノムDNAは、父方・母方由来の2種類からなり、そのSNPに変異があるかどうかにより、3つのタイプに分類される。2種類とも変異がない場合を野生ホモ型、2種とも変異がある場合を変異ホモ型、一方に変異があり他方は変異がない場合をヘテロ型と呼ぶ。
【0049】
本形態のゲノムDNA上にある特定配列を同定する手法により、この3通りの多型を簡便にかつ高速に判別することができる。多型位置を含む近傍配列のオリゴヌクレオチドを合成する。多型位置に変異がある場合の配列と変異がない場合の配列に相当する2種類のオリゴヌクレオチドを準備する。
【0050】
図1は本形態の核酸配列判定方法の手順を示すフローチャートである。
【0051】
本形態では、配列を調査する標的ゲノムDNAと調査する配列をもつオリゴヌクレオチドとを反応溶液中で混合しアニールさせる工程と、その反応溶液に超音波を照射する工程と、断片化されたDNAをゲル電気泳動により分離し、分子鎖長の分布を測定する工程と、分子鎖長の分布を解析して標的ゲノム中の特定配列を分析する工程と、を有している。
【0052】
調査する配列をもつオリゴヌクレオチドの長さは、例えば以下の2つの要件に基づいて設計することができる。
(1)オリゴヌクレオチドが全部相補でありゲノムDNAにアニールする場合の融解温度(Tm)が両者で同じになる。
(2)1塩基ミスマッチである場合に、融解温度(Tm)は50℃未満でありアニールによってハイブリッド体が形成されない。
【0053】
これにより、ゲノムDNAとオリゴヌクレオチドを混合し、変性後50℃前後に保持した場合に、以下の2種類の環境を作ることができる。一方は、ほとんどのオリゴヌクレオチドがゲノムDNAにアニールし、ハイブリッド体を形成せずに浮遊するオリゴヌクレオチドが存在しない状態と、他方はほとんどオリゴヌクレオチドがアニールできずにハイブリッド体を形成せずに浮遊した状態とである。
【0054】
このように、50℃で保たれた環境下で、超音波を照射すると前記のような2種類の環境によって、その断片化の効率は大きく変わる。前記のような2種類の環境を好適に作るためには、オリゴヌクレオチドの濃度と、ゲノムDNAの濃度とをそれぞれ調整して混合することが好ましい。オリゴヌクレオチドの濃度がゲノムDNAに対して非常に高濃度であると、ゲノムDNAとアニールできても、残りのハイブリッド体を形成していないオリゴヌクレオチドが溶液中を浮遊してしまう。これにより断片化の速度が低下する。
【0055】
また、溶液中のオリゴヌクレオチド濃度が極端に低濃度であると、ゲノムDNAとアニールしない場合であっても、ハイブリッド体を形成しないオリゴヌクレオチドは低濃度となる。すなわち、前記のような両者を明確に区別する2種類の環境をつくることができない。
【0056】
好ましいオリゴヌクレオチド濃度は、ゲノムDNA(標的核酸)のモル濃度に対して0.1倍以上10倍以下であり、好ましくは0.7以上1.3倍以下、より好ましくは等モル濃度(1.0倍)で混合することがより好ましい。
【0057】
図2に、本形態で使用するG4180Cの多型を含む野生型および変異型の合成オリゴヌクレオチドの配列(配列番号:1、2)と、それらの最も好適な濃度を記載する。本形態では、ゲノムDNAの替わりに、CYP2D6の遺伝子領域(5103bp)のみをPCR(Polymerase Chain Reaction)により増幅しこれをテンプレートの標的DNAとして使った。その配列は、本出願の配列表に配列番号:3として示した。
【0058】
超音波によるDNAの断片化のためには、理想的には発生するマイクロバブルと同等のサイズである数千bp程度以上の塩基長を必要とするため、今回本実施態様を説明するために、大量にコピーを用意できる本材料を用意した。しかし、本発明の対象とする標的DNAの配列、塩基長、遺伝子位置等は、これに制限されるものではない。
【0059】
また、使用する特定配列分析用のオリゴヌクレオチドは、1種であっても、複数種を同時に用いても良い。複数種を同時に用いると、より分布の解析は複雑になるが、調査すべき特定配列を複数同時に分析できるのでより詳細な情報が得られる。
【0060】
上記のそれぞれのオリゴヌクレオチドを用いて、配列を調査する標的ゲノムDNAと調査する配列をもつオリゴヌクレオチドとを反応溶液中で混合しアニールさせる工程と、その反応溶液に超音波を照射する工程と、断片化されたDNAをゲル電気泳動により分離し、分子鎖長の分布を測定する工程と、を行う。
【0061】
これらの工程は、使用するオリゴヌクレオチド以外は全て同じ条件でそれぞれ行われることが好ましい。同じ条件でアニール工程、超音波照射工程、分離工程を行うことで、測定結果の対比を容易とすることができる。
【0062】
すなわち、分子鎖長の分布の違いを、使用したオリゴヌクレオチドとのハイブリッド体の形成の有無に起因するものとすることができ、標的ゲノム中の特定配列の分析が可能となる。
【0063】
分析方法としては、得られた測定結果と、既知の試料または比較用試料に対する塩基長の分布との類似性または相違性に基づいて特定配列の存在有無を判定する方法や、塩基長の分布形状に基づいて特定配列の存在有無を判定すること方法が挙げられる。
【0064】
例えば、所定領域(鎖長範囲)の分子鎖長の分布を、特定配列分析用のオリゴヌクレオチドを使用しないサンプルを標準の分布として、この分布からの面積差分を計算する方法がある。具体的には、設定した鎖長範囲内で、各測定点において検出値の差分の2乗値の和を解離度と定義するとよい。分布曲線において、比較対照となる複数のサンプル間の解離度をそれぞれ計算し、X−Y軸にプロットすることで特定配列を分類できる。
【0065】
いずれの方法も既知のデータの蓄積に基づいて、得られた測定結果からより正確な分析、判定結果を導き出すようにすることができる。
【0066】
(その他の実施形態)
本発明における特定配列の分析は、上記の1塩基多型解析に留まらず、感染症起炎菌の特定や、がん遺伝子の発現量解析を利用する診断、HLAなどのアリル特定に利用できる。
【0067】
(実施例)
以下に、実施例を用いて本発明をより詳細に説明する。
【0068】
同定する目的の多型はG4180Cであり、この近傍配列をもつ図2に示す2種のオリゴヌクレオチドを合成し、前記の標的DNAと混合するオリゴヌクレオチドとした。
【0069】
(I.ゲノムDNAからCYP2D6遺伝子領域を抽出する)
使用した標的DNAは次のようにして得た。検体DNAは、財団法人ヒューマンサイエンス振興財団のヒューマン研究資源バンク(HSRRB)が保有している、ファルマSNPコンソーシアム(PSC)細胞株(日本人由来B細胞株)から抽出されたものである。TEバッファにゲノムDNAが50ng/uLの濃度になるように調製した。さらに、抽出されたゲノムDNAから代謝酵素遺伝子であるCYP2D6の領域5kbpに限定してPCRによって増幅した。これは、擬似遺伝子であるCYP2D7、CYP2D8等の重複配列部分を除外し、CYP2D6部位だけに純化して増幅する目的で処理されている。
【0070】
詳細には、使用したプライマーは、一般的に広く用いられている表1のものを使用した。
【0071】
【表1】

【0072】
また、PCR溶液の調整法は表2のとおりに、PCRサイクルは図5のとおりに実施し、その結果増幅されたCYP2D6遺伝子領域の産物(5103bp)を得た。
【0073】
増幅プロセスには、変性、アニール、伸長の3ステップサイクルを35回繰り返し、冷却後、精製プロセスにより増幅産物の純化を行った。
【0074】
PCR増幅産物は精製用カラム(Qiagen QIAquick PCR Purification Kit)を用いて精製し、PCR増幅産物溶液の液量は、50μLとなるように調製した。
【0075】
【表2】

【0076】
(II.PCR産物量の確認(ゲル電気泳動))
上記I.で得られた精製済PCR増幅産物溶液の一部を取り、ゲル電気泳動を行い、生成物のサイズから目的のPCR産物が合成されていることを確認した。図6は生成産物とその産生量を示す、電気泳動の結果を示す。71は増幅産物のピークを表し、72は、電気泳動の標準データであるマーカーを示している。
【0077】
(III.超音波処理前工程)
前記のように増幅、精製して取り出したCYP2D6遺伝子領域のDNA断片を含む3種類の反応溶液であるサンプルを調製する。配列は配列番号:3として示して本願の配列表に記載されている。
【0078】
上記I.で得られたPCR増幅産物は溶媒を超純水とし濃度2nM、10uLに調製し、オリゴヌクレオチドは溶媒を超純水とし濃度1nM、1uLに調製し両者を混合しこれをサンプルとした。サンプルは以下に示すa〜cの3種類で、3本の500uLマイクロチューブ(エッペンドルフ セイフロックチューブ)に別個に作製した。
a.野生型配列を含むオリゴヌクレオチドとの混合物サンプル
b.変異型配列を含むオリゴヌクレオチドとの混合物サンプル
c.CYP2D6遺伝子領域のDNA断片のみのサンプル
【0079】
a、bについて、各オリゴヌクレオチドは、超純水で稀釈した1nM濃度の1uLと前記のCYP2D6遺伝子領域DNA断片2nM、10uLとを混合した。混合後10秒攪拌し、遠心装置により収集した。さらに、変性させるために収集容器内を0.5気圧まで減圧し1分間放置した。1気圧に戻したあとのa〜cの各サンプルを次のIVステップの1回の超音波処理で同時に断片化する1セットとした。
【0080】
標的DNAのみのサンプルcは比較用試料(比較サンプル)であり、これは、オリゴヌクレオチドを混合したサンプルとの比較用に使った。3本のマイクロチューブは、攪拌器・遠心装置にかけた後、マイクロチューブを90℃前後まで加温して一度変性処理を行った。
【0081】
(IV.超音波処理工程)
変性後、50℃前後の恒温環境下におき、超音波発生装置により超音波を照射した。超音波発生装置は、カップホーン型の20kHzジェネレーターのSonifier S−250(Branson社製 Ultrasonic Corporation)を使用した。
【0082】
冷却ジャック付きのカップホーンを使用し、恒温槽から50℃の循環水を流すことで、超音波の照射により沸騰しないようこの環境を維持した。カップホーンには、前記の3種類のマイクロチューブを中心軸から等位置に配置した。すなわちサンプルの入った3つのマイクロチューブは循環水の溜まったカップホーンの中心線から等距離に、対象性を保ったまま固定した。チューブ底の10uLのサンプルが、十分循環水に浸りかつ超音波が一様に照射されるようにした。
【0083】
上記超音波装置の出力レベルは4とし、10秒間だけ連続運転することで統一し、ON/OFFは手動で行った。
【0084】
超音波は間接照射であり、カップホーンの循環水からマイクロチューブの壁面を通してチューブ内に伝播し、チューブ内でマイクロバブルが発生する。マイクロチューブは、ポリプロピレン製の薄手のものを使い、内部でマイクロバブルが発生していることを目視した。ここでは、エッペンドルフ製のセイフロックチューブ500uLを使用した。バブル発生と同時にサンプルもチューブ内で飛散するため、チューブの蓋部は閉じておくことが好ましい。また、内容量はより正確に分析を行うためにはなるべく大量、すなわち数百uLあるのが望ましいが、本実施例の実験では10uLで実施した。この結果、問題なく断片化し、後述するようにSNP判別できることも確認できた。
【0085】
超音波を照射後、回収した3本のサンプルの入ったマイクロチューブを遠心装置にかけて、マイクロバブルによって飛散した液滴を底部に収集した。
【0086】
(V.ゲル電気泳動による測定)
本実施態様では、Agilent社製のBioAnalyserとDsDNA、DNA7500キットを使用した。超音波処理後のサンプルは、各1uLずつを使用し、各フローレセンスを測定した。図3は、変異ホモ型サンプル(#561)とG4180C変異型オリゴヌクレオチドを混合し、変性後に超音波照射しゲル電気泳動により断片を分離した結果である(サンプルbに対応)。
【0087】
分子量が大きい方が移動時間が大きいため、分子量・分子長を移動時間の関数として表現することができる。図3には、その分子断片の分布が示されている。縦軸のF.Uは、DNAの存在量に相当する輝度を表している。分子の移動時間を横軸にとって、そのオリジナルのDNAが存在する位置と、断片化されたDNA分子の塩基長分布をみる。
【0088】
図3では、変異ホモ型サンプルを用いて、変異型配列を含むオリゴヌクレオチドとの混合物サンプル(b.)を調整し、これをゲル電気泳動により測定した例を示した。
【0089】
図4では、野生ホモ型検体を用いて、各サンプルa〜cをそれぞれ調整し、これらを上記プロセスで処理したものをA、変異ホモ型検体を用いて、各サンプルa〜cをそれぞれ調整し、これらを上記プロセスで処理したものをB、同様にヘテロ型検体を用いた場合の断片分布をCとして各図に示した。
【0090】
(VI.SNP解析)
断片化後のゲル電気泳動測定のパターンを見ると、A〜Cの全てに共通する傾向と、個別に分析される傾向に分類できる。全てに共通する傾向は、オリジナルのDNA(42)に比較して、断片DNA(41)はブロードな分布を示すが断片長の中心は、オリジナルのDNAの半分長、および1/4長になる点である。同じ環境下で同じ時間超音波を照射しても右のシャープなオリジナルのDNAのピーク値の低下とそれに伴い1000−3000bpに幅広く断片化されたDNAが分布する。
【0091】
個別の傾向として、図4にあるように異なる3種類の検体(野生ホモ型、変異ホモ型、ヘテロ型)について、上記プロセスを行った結果を考察する。
【0092】
A.は、野生ホモ型の検体、B.は、変異ホモ型の検体、C.は、ヘテロ型の検体に対応しており、以下のような結果が得られた。
【0093】
A.は、野生型オリゴヌクレオチドを混合したサンプル(a)と、オリゴヌクレオチドを入れないサンプル(c)とが同等の分布を示した。これに対して、変異型ヌクレオチドを混合したサンプル(b)は、オリジナルのDNAが示すピーク(42)が高く断片化がほとんど進行していないことを示している。
【0094】
B.は、変異型オリゴヌクレオチドを混合したサンプル(b)と、オリゴヌクレオチドを入れないサンプル(c)とが同等の分布を示した。これに対して、野生型ヌクレオチドを混合したサンプル(b)は、オリジナルのDNAが示すピーク(42)が高く断片化がほとんど進行していないことを示している。
【0095】
C.は、野生型オリゴヌクレオチドを混合したサンプル(a)と、変異型オリゴヌクレオチドを混合したサンプル(b)とが同等の分布を示した。これに対して、オリゴヌクレオチドを入れないサンプル(c)は、オリジナルのDNAが示すピーク(42)が低く断片化が進行していることを示している。
【0096】
すなわち、これらの特徴の違いにより、A.野生ホモ型検体、B.変異ホモ型検体、C.ヘテロ型検体をそれぞれ同定することができる。
【0097】
具体的には、断片化分布曲線がa〜c≠b(aとcが類似し、且つbとは異なる)である場合に野生ホモ型、b〜c≠aである場合に変異ホモ型、a〜b≠cの場合にはヘテロ型と判別できる。オリゴヌクレオチドがCYP2D6遺伝子領域のDNA断片と2本鎖結合する場合の方が、結合しない場合に比べ断片化しやすいことに着目したものである。
【0098】
また、曲線の形状で判定する上記方法の他に、分布を数値化して判定する方法がある。例えば、断片ピークの範囲内で、各測定点においてF.U値の差分の2乗値の和を解離度と定義する。分布曲線において、サンプルcとサンプルaの解離度、サンプルcとサンプルbの解離度をそれぞれ計算し、X−Y軸にプロットする。
【0099】
図7は、8つの各検体(♯754、561、211、418、503、687、484、212、各番号はサンプル番号を示す。)のそれぞれに対し、上記の定義に従って各解離度を計算しプロットしたものである。この結果からも、野生ホモ型(♯754、561)、変異ホモ型(♯211、418、503、607)、ヘテロ型(♯212、484)にそれぞれのタイプに分離できることがわかる。この分類結果は、マイクロアレイを用いたSNP解析方法によっても同じ結果となり、正しいものであることが確認された。
【0100】
断片ピークについてその範囲指定は、ここでは、立ち上がりからピークまで(図4の41)としているが、その範囲については本発明を制限するものではない。断片化前のオリジナルピークを含めた範囲を指定することも可能である。この手法により、8つの検体のG4180Cの多型部位のタイプが正しく分類できた。
【図面の簡単な説明】
【0101】
【図1】本発明の第1の実施例における標的DNA上の特定配列を検出するフローチャート
【図2】本発明の第1の実施例における標的DNAと混合するオリゴヌクレオチドの配列と濃度
【図3】本発明の第1の実施例における標的DNA(CYP2D6)を断片化した後の典型的な電気泳動の分布パターン
【図4】本発明の第1の実施例に係る、標的DNA(CYP2D6)の多型G4180Cにおける配列を、野生ホモ型(A)、変異ホモ型(B)ヘテロ型(C)として本発明の処理を行った結果である、断片化後の典型的な電気泳動分布パターン
【図5】本発明の第1の実施例における標的DNA(CYP2D6)のPCRプロトコル
【図6】本発明の第1の実施例における標的DNA(CYP2D6)をPCRした結果の増幅産物を確認する電気泳動分布パターン
【図7】本発明の第1の実施例における標的DNA(CYP2D6)の野生ホモ型、変異ホモ型との解離度のX―Yプロット
【符号の説明】
【0102】
31 断片化DNAのピーク
32 CYP2D6遺伝子領域DNAの超音波照射後のオリジナルのDNAのピーク
41 断片化DNAの立ち上がりからピークまでの指定範囲
42 オリジナルのDNAが示すピーク
61 CYP2D6遺伝子領域DNAの増幅産物ピーク
62 マーカー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的核酸中の特定配列を分析する方法であって、
(i)前記特定配列分析用のオリゴヌクレオチドと前記標的核酸とを含む溶液をアニールする工程と、
(ii)振動波の付与により、前記アニールした溶液中の核酸を断片化する工程と、
(iii)前記工程(ii)によって断片化された分子の分子量または塩基長を測定する工程と、
(iv)測定した前記分子量または前記塩基長の分布に基づいて、前記標的核酸中の特定配列を分析する工程と、
を有する分析方法。
【請求項2】
前記特定配列が、1塩基多型(SNPs)、マイクロサテライト、欠失、または挿入を含むゲノムDNA上の配列部位を含む配列であることを特徴とする請求項1の分析方法。
【請求項3】
前記特定配列は、ゲノムDNA上の多型部位が野生型配列、または変異型配列であることを特徴とする請求項1に記載の分析方法。
【請求項4】
前記オリゴヌクレオチドのモル濃度が、標的核酸のモル濃度の0.1倍以上10倍以下であることを特徴とする請求項1に記載の分析方法。
【請求項5】
前記オリゴヌクレオチドの融解温度(Tm)が、前記断片化の工程の温度よりも高くなるように設計されていることを特徴とする請求項1の分析方法。
【請求項6】
前記オリゴヌクレオチドが、10〜50merの塩基長である請求項1の分析方法。
【請求項7】
アニールする工程の前に、加熱により変性させる加熱工程、または減圧下で変性させる減圧工程を有する請求項1の分析方法。
【請求項8】
前記断片化工程が、温度30〜70℃の範囲で行われることを特徴とする請求項1の分析方法。
【請求項9】
前記アニール工程及び前記断片化工程が、ストリンジェントな条件下で行われる請求項1に記載の分析方法。
【請求項10】
前記測定が、ゲル電気泳動、ゲルクロマトグラフィー法、液体クロマトグラフィー法、沈降速度法、光散乱法、マススペクトル解析法のうちの少なくともいずれかである請求項1の分析方法。
【請求項11】
前記分析が、既知の試料または比較用試料に対する塩基長の分布との類似性または相違性に基づいて特定配列の存在有無を判定することを特徴とする請求項1の分析方法。
【請求項12】
前記分析が、塩基長の分布形状に基づいて特定配列の存在有無を判定することを特徴とする請求項1の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−154775(P2010−154775A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−333864(P2008−333864)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】