説明

歯周病治療剤及び歯周病治療方法

【課題】患者にとって痛みが少なく、且つ歯周病の再発を抑制することができる歯周病治療剤及び歯周病治療方法を提供する。
【解決手段】本発明の歯周病治療剤は、次亜塩素酸又は次亜塩素酸ナトリウムを含む水溶液であり、該水溶液の有効塩素濃度を0.1乃至100000ppm、pHを7乃至13とし、次亜塩素酸ナトリウム又はジクロロイソシアヌル酸ナトリウム、及び水酸化ナトリウム又は炭酸水素ナトリウム又は炭酸ナトリウムを含む。本発明の水溶液により歯牙硬組織内部のバイオフィルムを除去し、解剖学的微細構造を封鎖することにより抗原物質を除去し炎症の再発を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯周病に罹患した歯周ポケット内の汚染物質を除去し、セメント質中にある微小裂隙をカルシウム塩により封鎖する歯周病治療剤及び歯周病治療方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、歯周病治療は歯周ポケット内の汚染セメント質をスケーラー等で機械的に除去し、界面活性剤系の口腔洗浄液で歯周ポケット内を洗浄する治療方法がとられてきた。その後、場合によってはテトラサイクリン徐放性製剤による局所性薬物療法(Local drug delivery system:LDDS)の処置を受けることが現在の治療方法として確立している。
しかし、汚染セメント質は歯周ポケット内に存在するため、歯科医師によるスケーラー等での汚染セメント質の機械的除去は、処置中の歯周ポケット上皮の損傷等が伴い、除痛処置として歯肉への浸潤麻酔注射等が必要とされ、注射嫌いな患者にとっては精神的な苦痛が大きかった。また、複雑な歯根表面の解剖学的形態のため、汚染セメント質の機械的除去処置に長時間を要し患者への負担も大きかった。
尚、歯周病予防に関する従来技術として特許文献1には、濃度100ppm乃至200ppmの次亜塩素酸ナトリウムと、濃度150ppm乃至300ppmの水酸化ナトリウムを混合した口腔内除菌液について開示されている。
また、特許文献2には、次亜塩素酸及び炭酸水素ナトリウムの有効塩素濃度が50乃至700ppm、pHが6.3乃至8とする歯科用殺菌水について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4022237号
【特許文献2】特許第4369530号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
歯周炎の抗菌剤は、そもそも歯周病菌が歯面のバイオフィルムに留まらず、歯周組織の細胞内へ侵入していることを想定して使用されている。しかしながら、バイオフィルムの成分は、たんぱく質、糖類、油脂等のさまざまな有機質の分子で構成されており、抗生物質の作用機序を鑑みた場合、バイオフィルムの分解除去について適当な選択とは言い難い。
また、解剖学的にみて健全セメント質には脈管系は存在せず、セメント質内のセメント細胞は歯根膜からの栄養を浸透拡散により供給されている。その解剖学的特長を考えた場合、歯周病に罹患した歯周ポケット内に存在する汚染セメント質中には、歯周ポケット中に存在している多くの抗原物質が浸透している。これは完全に汚染セメント質の表面を機械的に除去したとしても、汚染物質である抗原物質が残存セメント質内にバイオフィルムとして存在する状態であり、そこから遊離した抗原は、歯周ポケット内で抗原抗体反応による炎症を引き続き起こすことを意味する。そのため長期間歯周病治療に通院する必要があった。
また、特許文献1に開示されている従来技術は、混合水溶液の濃度が低いため、適用部位が口腔内の硬組織表面に限定され、汚染セメント質に形成されたバイオフィルムを除去するまでには到っていない。また、特許文献2に開示されている従来技術は、pHが6.3乃至8とする歯科用殺菌水であるため、バイオフィルムの除去には殆ど貢献しないといった問題がある。
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、歯周組織内部に形成されたバイオフィルムを化学的に溶解除去し、微細亀裂を封鎖することにより、患者にとって痛みが少なく、且つ歯周病の再発を抑制することができる歯周病治療剤及び歯周病治療方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明はかかる課題を解決するために、請求項1は、口腔内の硬組織内部に形成されたバイオフィルムを除去して該硬組織を再石灰化する歯周病治療剤であって、汚染歯牙硬組織中にある微小裂隙に形成された前記バイオフィルムを化学的に溶解除去し、且つ前記バイオフィルム中のカルシウムイオンをアルカリ性条件下でカルシウム塩として析出させ、解剖学的に存在する前記微小裂隙を前記カルシウム塩により封鎖することを特徴とする。
本発明は、汚染セメント質中の汚染物質の除去と汚染セメント質中の微細な裂隙構造の石灰化による閉鎖を化学的に行おうとするものである。即ち、本発明の水溶液を汚染セメント質に浸透させ、汚染セメント質内部に形成された汚染物質の除去、溶解を行い、残留する水溶液中のアルカリ成分によるカルシウム塩の析出作用により、セメント質中の微細構造を封鎖する。これにより、硬組織のバイオフィルムを除去するばかりでなく、硬組織を再石灰化して歯周病の再発を防止することができる。
【0006】
請求項2は、前記歯周病治療剤は、次亜塩素酸又は次亜塩素酸ナトリウムを含む水溶液であり、該水溶液の有効塩素濃度を0.1乃至100000ppm、pHを7乃至13とし、前記次亜塩素酸ナトリウム又はジクロロイソシアヌル酸ナトリウム、及び水酸化ナトリウム又は炭酸水素ナトリウム又は炭酸ナトリウムを含むことを特徴とする。
次亜塩素酸(次亜塩素酸ナトリウム)については、既にバイオフィルムの洗浄において次亜塩素酸ナトリウムの洗浄力がOCl-の濃度に依存し、またpHが高くなるほど洗浄効果が増すことが示されている。特に100mg/l(100ppm)以上の濃度で洗浄効果が増す。水酸化物イオン(OH-)の洗浄効果についてもバイオフィルムの除去率はOH-濃度依存性を示すことが報告されている。中性からアルカリ性領域では溶解率は低いが、pH11〜13の範囲においてOH-濃度の増加とともに洗浄効果が著しく向上する。これにより、人体への安全性の確保と、バイオフィルムの除去率を飛躍的に向上させることができる。
【0007】
請求項3は、前記水溶液は電解質水溶液であり、前記pH値により平衡状態が決定されることを特徴とする。
本発明の水溶液は電解質溶液としての性質を持ち、施術中に唾液やバイオフィルム等に含まれるたんぱく質等により中和され、pHが中性領域にまで変化する。このとき、水溶液中にはルシャトリエの原理により新たな平衡状態になろうとする。これにより、水溶液がたとえ口腔を通過して胃の中に入ったとしても胃酸(pH2)により中和されて、人体に悪影響を及ぼすことを防止することができる。
請求項4は、前記水溶液に非イオン性界面活性剤を添加したことを特徴とする。
少量の非イオン性界面活性剤を含んで使用することにより、界面活性剤により汚染物質をコロイド化し、再吸着を抑制する。これにより、洗浄効果を増強させることができる。
【0008】
請求項5は、請求項1乃至4の何れか一項に記載の歯周病治療剤を、汚染セメント質の存在する歯周ポケット内に浸透させることにより、前記硬組織内部に形成されたバイオフィルムを除去することを特徴とする。
汚染セメント質表面に本発明の水溶液を作用させ、汚染セメント質中に浸透するように洗浄する。これにより、これら微細構造中に存在する汚染物質(バイオフィルム)を除去し、高アルカリの残留成分によりカルシウム塩を析出させ、微細構造を封鎖することにより再発を抑制することが可能となる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、水溶液を汚染セメント質に浸透させ、汚染セメント質内部に形成された汚染物質の除去、溶解を行い、残留する水溶液中のアルカリ成分によるカルシウム塩の析出作用により、セメント質中の微細構造を封鎖するので、硬組織のバイオフィルムを除去するばかりでなく、硬組織を再石灰化して歯周病の再発を防止することができる。
また、pH11〜13の範囲においてOH-濃度の増加とともに洗浄効果が著しく向上するので、人体への安全性の確保と、バイオフィルムの除去率を画期的に向上させることができる。
また、本発明の歯周病治療剤が口腔を通過して胃の中に入ったとしても、胃酸(pH2)により中和されて、人体に悪影響を及ぼすことを防止することができる。
また、少量の非イオン性界面活性剤を含んで使用することにより、界面活性剤により汚染物質をコロイド化し、再吸着を抑制することを強化するので、洗浄効果を増強させることができる。
また、汚染セメント質表面に本発明の水溶液を作用させ、汚染セメント質中に浸透するように洗浄するので、これら微細構造中に存在する汚染物質(バイオフィルム)を除去し、高アルカリの残留成分によりカルシウム塩を析出させ、微細構造を封鎖することにより歯周病の再発を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】歯周組織の断面を示す図である。
【図2】有細胞セメント質周辺の顕微鏡写真による図である。
【図3】セメント小腔の部分拡大図である。
【図4】α−Al23表面に不可逆吸着したBSA及びバイオフィルム形成細菌の脱着に及ぼす洗浄液のpHの影響を示す図である。
【図5】OH-によるバイオフィルム成分の洗浄除去メカニズムのモデルを示す図である。
【図6】従来の口腔内除菌液と本発明の歯周病治療剤の効果を比較する図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を図に示した実施形態を用いて詳細に説明する。但し、この実施形態に記載される構成要素、種類、組み合わせ、形状、その相対配置などは特定的な記載がない限り、この発明の範囲をそれのみに限定する主旨ではなく単なる説明例に過ぎない。
図1は歯周組織の断面を示す図である。歯は表層から、エナメル質1、象牙質2、セメント質3からなる硬組織により構成されている。図では、汚染セメント質4が歯周病により汚染されている様子を表す。特に、セメント質3は、歯小襄由来のセメント芽細胞によって歯根の表面に層状に形成添加された石灰化組織で、歯槽中にあって肉眼で見ることができない。セメント質3は歯根部の象牙質2と広い境界をもつが、歯冠部のエナメル質1とも接触を持つことがある。
解剖学的にみて健全セメント質には脈管系は存在せず、セメント質3内のセメント細胞14(図3参照)は歯根膜からの栄養を浸透拡散により供給されている。その解剖学的特長を考えた場合、歯周病に罹患した歯周ポケット内に存在する汚染セメント質4中には歯周ポケット中に存在している多くの抗原物質が浸透している。これは完全に汚染セメント質4の表面を機械的に除去したとしても、汚染物質である抗原物質が残存セメント質内にバイオフィルムとして存在する状態であり、そこから遊離した抗原は歯周ポケット内で抗原抗体反応による炎症を引き続き起こすことを意味する。そのため長期間歯周病治療に通院する必要があった。
【0012】
そこで、患者にとって痛みが少なく、且つセメント質という歯周組織内に存在する抗原物質の除去を効果的に行うことができること。歯周組織内部に形成されたバイオフィルムを化学的に溶解除去し、微細亀裂を封鎖することにより再発を抑制することが本発明の課題である。尚、虫歯に罹患し象牙質が汚染した場合、汚染象牙質内象牙細管中に形成されたバイオフィルムが対象となる。また、エナメル質の場合、エナメル小柱裂隙に形成されたバイオフィルムが対象となる。
上記の課題を解決するために、汚染歯牙硬組織中にある微小裂隙に形成されたバイオフィルムを化学的に溶解除去し、且つバイオフィルム中のカルシウムイオンをアルカリ性条件下でカルシウム塩として析出させ、解剖学的に存在する微小裂隙をカルシウム塩により封鎖する。
即ち、汚染セメント質4中の汚染物質の除去と汚染セメント質4中の微細な裂隙構造の石灰化による閉鎖を化学的に行おうとするものである。そのために、後述する本発明の歯周病治療剤を汚染セメント質4に浸透させ、汚染セメント質4内部に形成された汚染物質の除去、溶解を行い、残留する水溶液中のアルカリ成分によるカルシウム塩の析出作用により、セメント質3中の微細構造を封鎖する。これにより、硬組織のバイオフィルムを除去するばかりでなく、硬組織を再石灰化して歯周病の再発を防止することができる。
【0013】
また、本発明の歯周病治療剤は、次亜塩素酸又は次亜塩素酸ナトリウムを含む水溶液であり、この水溶液の有効塩素濃度を0.1〜100000ppm、pHを7〜13とし、次亜塩素酸ナトリウム又はジクロロイソシアヌル酸ナトリウム、及び水酸化ナトリウム又は炭酸水素ナトリウム又は炭酸ナトリウムを含む。即ち、次亜塩素酸(次亜塩素酸ナトリウム)については、既にバイオフィルムの洗浄において次亜塩素酸ナトリウムの洗浄力がOCl-の濃度に依存し、またpHが高くなるほど洗浄効果が増すことが示されている。特に100mg/l(100ppm)以上の濃度で洗浄効果が増す。水酸化物イオン(OH-)の洗浄効果についてもバイオフィルムの除去率はOH-濃度依存性を示すことが報告されている。中性からアルカリ性領域では溶解率は低いが、pH11〜13の範囲においてOH-濃度の増加とともに洗浄効果が著しく向上する。これにより、人体への安全性の確保と、バイオフィルムの除去率を飛躍的に向上させることができる。
【0014】
また、本発明の水溶液は電解質水溶液であり、pH値により平衡状態が決定される。即ち、本発明の水溶液は電解質溶液としての性質を持ち、施術中に唾液やバイオフィルム等に含まれるたんぱく質等により中和され、pHが中性領域にまで変化する。このとき、水溶液中にはルシャトリエの原理により新たな平衡状態になろうとする。これにより、水溶液がたとえ口腔を通過して胃の中に入ったとしても胃酸(pH2)により中和されて、人体に悪影響を及ぼすことを防止することができる。
また、本発明の水溶液に非イオン性界面活性剤を添加した。即ち、少量の非イオン性界面活性剤を含んで使用することにより、界面活性剤により汚染物質をコロイド化し、再吸着を抑制する。これにより、洗浄効果を増強させることができる。
また、本発明の歯周病治療剤を、汚染セメント質4の存在する歯周ポケット内に浸透させることにより、硬組織内部に形成されたバイオフィルムを除去する。即ち、汚染セメント質4の表面に本発明の水溶液を作用させ、汚染セメント質4中に浸透するように洗浄する。これにより、これら微細構造中に存在する汚染物質(バイオフィルム)を除去し、高アルカリの残留成分によりカルシウム塩を析出させ、微細構造を封鎖することにより再発を抑制することが可能となる。
【0015】
次に歯牙硬組織内質内汚染物質除去療法について説明する。
汚染セメント質4の表面に本発明の水溶液を作用させ、汚染セメント質4中に浸透するように洗浄する。セメント質表層にはシャーピー線維線維束埋入部陥凹、内部にはセメント小腔11、セメント細管14等の微細構造が存在する(図2、図3参照:「口腔組織発生学」2001年9月26日 発行、わかば出版株式会社 p.66より引用)。
本発明の水溶液は、これら微細構造中に存在する汚染物質(バイオフィルム)を除去し、高アルカリの残留成分によりカルシウム塩を析出させ微細構造を封鎖することにより再発を抑制することが可能となる。
汚染象牙質の場合は汚染象牙質内象牙細管中に形成されたバイオフィルムが対象となる。洗浄後カルシウム製剤を貼薬することにより象牙細管にカルシウム塩が析出される。エナメル質の場合、エナメル小柱裂隙に形成されたバイオフィルムが対象となる。
【0016】
次に生体組織(罹患歯周組織)について説明する。この処置を受ける場合には、必ず直前に歯周ポケットの検査を行い、歯周ポケット内の上皮の状態と歯周ポケット深を確認しなければならない。まず、歯周ポケット診を行い、歯周ポケットが易出血性だった場合には、歯周ポケット内は幼若な肉芽組織によってなり、ポケット内上皮の連続性が破壊されているため、組織傷害性の観点から高濃度の本発明水溶液を使用せず、低濃度の本発明水溶液の使用を行う。
歯周ポケット診により出血がない場合、歯周ポケット内は重層扁平上皮の連続性が保たれており、上皮の防御バリアーを越えて人体の内部に浸入する恐れが低くなり、高濃度の本発明水溶液を使用することによって、より高い効果を得られる状態であるといえる。
【0017】
治療後においては本発明の水溶液により、歯牙硬組織内にある微小裂隙に残る析出したカルシウム塩の存在により一定期間アルカリ性を保持する結果となる。歯周ポケットの場合、歯周ポケットからは歯肉溝浸出液(GCF:Gingival Cervicular Fluid)が流出されていることが知られているが、この成分は、いわば体液と汚染物質との混合液であり、血液中の成分のものが含まれていることも知られている。
一方、血中カルシウムイオン濃度は骨に対し過飽和であることが知られている。この事実から、処置後のセメント質の微小裂隙中の析出する残留アルカリは、カルシウムイオンの供給をGCFから受け、微小裂隙はカルシウム塩の析出により石灰化の継続がなされる。汚染象牙質の場合、歯科用カルシウム製剤の貼薬によりカルシウム塩を供給する。この処置を薬液注水式超音波スケーラー等で繰り返すことにより、徐々に汚染セメント質中のバイオフィルム成分は除去され、微小裂隙は封鎖されていく。
【0018】
次に、汚染歯牙硬組織内汚染物質(バイオフィルム)除去および汚染歯牙硬組織内再石灰化剤について説明する。
本発明の水溶液中には、バイオフィルム成分の基本的な洗浄要素である次亜塩素酸ナトリウムの洗浄効果、アルカリ(OH-)の洗浄効果、界面活性剤の洗浄効果を利用している。
図4はα−Al23表面に不可逆吸着したBSA及びバイオフィルム形成細菌の脱着に及ぼす洗浄液のpHの影響を示す図である。縦軸に除去率、横軸にpHを表す。BSAは弱酸性〜弱アルカリ性の範囲では殆ど脱着しないが、アルカリ性のpH領域、特にpH11.5〜13の範囲においてpHの増加とともに除去率と脱着速度が著しく向上する。バイオフィルム形成細菌に対するpHと除去率の関係は、BSAと同様の傾向を示す。また、酸性多糖類であるペクチンでは、酸性のpH領域から脱着が観察されるが、タンパク質と同様に除去率と脱着速度はOH-濃度依存性を示す(Bokin Bobai Vol.37、No.2、pp.139〜147、2009「洗浄によるバイオフィルム成分の洗浄除去特性」浦野博水より抜粋)。
【0019】
図5はOH-によるバイオフィルム成分の洗浄除去メカニズムのモデルを示す図である。アルカリ性のOH-濃度が高い条件では、バイオフィルム成分中のカルボキシル基等のH+が脱着し、バイオフィルム構成物質の分子鎖や細菌細胞表層が負電荷を帯びることで水和、膨潤、溶解、分散が促進される。さらに高アルカリ性条件では、OH-は基材表面に吸着し、バイオフィルム成分と基材表面がともに大きな負電荷を帯びるようになる。その結果バイオフィルム成分との間に大きな静電的斥力が生じることにより、相互作用の総和として吸着力が消失し脱着の方向に平衡が傾く。最終的には、基材表面のバイオフィルム成分吸着部位にOH-が吸着置換し脱着に至る。すなわち、極性基材表面−水界面ではOH-による吸着置換反応が洗浄の進行に重要な役割を果たしていると考えられる。
一方、疎水性相互作用により非特異的に可逆吸着している場合には、除去率のpH依存性は異なる。
【0020】
図4にPET表面に吸着したBSAの脱着に及ぼす洗浄液のpHの影響を示す。除去率は、弱酸性〜弱アルカリ性領域でpHの増加に伴い徐々に増加し、pH12以上で著しく増加する。しかし、極性基材の場合と較べるとpH12以上の高アルカリ性条件(高OH-濃度条件)での除去率は低い。疎水性相互作用で緩やかに可逆吸着したBSAの一部は、弱酸性〜弱アルカリ性領域でもOH-の増加に伴いカルボキシル基等のH+が脱着し負電荷を帯びることによって水和、膨潤、溶解、分散が促進され容易に脱着される。一方、高アルカリ性条件において吸着量が少ない状態で基材最表面に残存したBSAは、BSA分子間の静電的斥力が得られず、また、基材表面のOH-の吸着サイト数が少なく負電荷密度が著しく小さいためBSA−基材表面間の静電的斥力やOH-の吸着置換による脱着促進作用が得られないため脱着されないと考えられる(Bokin Bobai Vol.37、No.2、pp.139〜147、2009「洗浄によるバイオフィルム成分の洗浄除去特性」浦野博水より抜粋)。
【0021】
図6は従来の口腔内除菌液と本発明の歯周病治療剤の効果を比較する図である。
実施方法は、A液として、10%次亜塩素酸ナトリウム水溶液、B液として0.01mol/l水酸化ナトリウム水溶液(pH12)として、A液とB液によりpH12の濃度の異なる水酸化ナトリウム添加次亜塩素酸ナトリウム(pH12)水溶液を調整した。実験結果は図6の通りであり、
1)水(コントロール)・・・無し
2)除菌液(127ppm)・・・変化無し
3)0.1%次亜塩素酸ナトリウム水溶液・・変化解らず
4)1%次亜塩素酸ナトリウム水溶液・・・脱色有り
5)10%次亜塩素酸ナトリウム水溶液・・・脱色強
この結果から、5)10%次亜塩素酸ナトリウム水溶液、pH12が最も効果が高いのがわかる。
【0022】
次に本発明にかかる薬液について説明する。本発明の薬液は、次亜塩素酸または次亜塩素酸ナトリウムを含む水溶液で、有効塩素濃度を0.1〜100000ppm、pHが7〜13であって、次亜塩素酸ナトリウムまたはジクロロイソシアヌル酸ナトリウム及び水酸化ナトリウム(NaOH)または炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)、または炭酸ナトリウム(Na2CO3)を含む水溶液である。
また、洗浄効果の増強を期待して非イオン性界面活性剤の添加をできる。
本発明の水溶液により期待される効果としては、この水溶液は、汚染歯牙硬組織中にある微小裂隙に形成されたバイオフィルムを化学的に溶解除去し、なおかつバイオフィルム中のカルシウムイオンを高pHによりカルシウム塩として析出させ、解剖学的に存在する微小裂隙を封鎖することを補助する役目を持つ。
次亜塩素酸(次亜塩素酸ナトリウム)については、すでにバイオフィルムの洗浄において次亜塩素酸ナトリウムの洗浄力がOCl-の濃度に依存し、またpHが高くなるほど洗浄効果が増すことが示されている。特に100mg/l(100ppm)以上の濃度で洗浄効果が増す。また、水酸化物イオン(OH-)の洗浄効果についても、バイオフィルムの除去率はOH-濃度依存性を示すことが報告されている。中性からアルカリ性領域では溶解率は低いがpH11〜13の範囲においてOH-濃度の増加とともに洗浄効果が著しく向上する。
次亜塩素酸ナトリウム溶液をOH−の洗浄効果の加わるpH11以上のアルカリ性条件化で使用すると、OH-とOCl-の相乗作用により洗浄力が著しく増加すると報告されている。
【0023】
本発明の水溶液は電解質水溶液であり、pHにより平衡状態が決定される。また、本発明の水溶液は、人体に応用した場合、汚染セメント質の存在する歯周ポケット内にて使用されることが想定される。たとえ強アルカリ性でも低濃度の水溶液であれば人体にほとんど影響はない。pHは水溶液中の〔H+〕または〔OH-〕モル濃度の指数である。pH13は水酸化ナトリウム(分子量約40)の場合、0.1mol/l=4g/lである。水酸化ナトリウムの場合、水溶液中の濃度で300〜1000ppm程度が好ましいと考えられる。
同様に次亜塩素酸ナトリウムについても人体に影響を及ぼさない程度の濃度であれば、人体に影響なく有効に利用できる範囲である。有効塩素濃度で50〜10000ppm程度が好ましい。
次亜塩素酸ナトリウムは一般に塩素臭があることが知られているが、それは次亜塩素酸ナトリウム水溶液が酸性水溶液の場合、水中遊離有効塩素の形がCl2の成分が多くなり、塩素ガスが揮発して塩素臭を出す。本発明水溶液はアルカリ性のため、水中遊離有効塩素の形はOCl-の形となりほとんど塩素臭は発しない。
また、汚染象牙質に応用した場合、象牙細管中に形成されたバイオフィルムを溶解し、抗原物質の除去を可能にする。
汚染象牙質が感染根管といわれる形態の場合、本発明水溶液は、根管内部に満たされ、口腔粘膜とは遮断されており安全性は高い。根管に到達前の象牙質の虫歯による汚染象牙質である場合、本発明水溶液を綿球等に含ませ適応部位に作用させる。
【0024】
次に本発明の水溶液の作用機序について説明する。水溶液中の次亜塩素酸ナトリウムと、水酸化ナトリウムのOCl-と、OH-は本発明では共に酸化剤として利用されており、酸化剤の濃度が洗浄効果を発揮するとともに細胞毒性を決定している。
本発明水溶液中では、OH-は高OH-状態のときに吸着している物質表面にOH-の水和層を形成し、双方ともに大きな負電荷に帯電させることにより、たんぱく質、多糖類、油脂等の広範囲の有機質に対して優れた溶解力を発揮する。
OCl-はたんぱく質や多糖類、微生物細胞表層に多く存在するC=C、C=N、C−N、−NH2、−SHなどの電子密度の高い部位に対して強い酸化作用を示す。有機物汚れに対する次亜塩素酸ナトリウムの洗浄作用は、次亜塩素酸(HOCl)の酸化分解し脱着しやすくする洗浄促進作用とNaOHの溶解力の相乗効果からなる。
本発明の水溶液の使用によるバイオフィルムの分解除去時に、バイオフィルム中に存在していたCaイオンは、アルカリ環境下ではイオンとして存在できずにCa塩として析出される。Ca塩はアルカリ性を示すため、析出した物質は局所のアルカリ性を保持することとなり、Ca塩の析出を促すこととなる。
【0025】
本発明の水溶液は、電解質溶液としての性質を持ち、施術中に唾液やバイオフィルム等に含まれるたんぱく質等により中和され、pHが中性領域にまで変化する。 このとき、水溶液中にはルシャトリエの原理により新たな平衡状態なろうとする。たとえ口腔を通過して胃の中に入ったとしても、胃酸(pH2)により中和されてしまう。水酸化ナトリウムに関して細胞に破壊的に作用した場合を考えると、細胞膜は飽和脂肪酸ならびに不飽和脂肪酸からなり、ここに水酸化ナトリウムが反応してできるものは、いわゆる石鹸の成分として知られるものである。少量の石鹸の成分が生成され飲み込んだとしても人体に影響はない。
口腔の場合、上皮成分は重層扁平上皮である。上皮と上皮との間には細胞間にコンドロイチン硫酸やヒアルロン酸、デルマタン硫酸等、保湿成分としてよく知られる細胞外物質が存在している。実際に水酸化ナトリウム水溶液が上皮層を越えて人体に傷害を及ぼすためには、かなり高濃度のものが必要となる。少量の水酸化ナトリウムであれば人体使用に関しても問題は生じない。
尚、少量の非イオン性界面活性剤を含んで使用することも可能である。界面活性剤により汚染物質をコロイド化し、再吸着を抑制することを強化した水溶液である。少量の非イオン性界面活性剤の添加により洗浄効果が増強される報告も存在する。
【0026】
以上のことをまとめると、従来技術では、1)バイオフィルムの除去と称して抗生物質を使用していた。2)殺菌物質の使用により、殺菌を目指していた。3)汚染セメント質の表層しか汚染物質は除去できなかった。4)汚染セメント質内部の抗原物質については機械的除去により対応していた。5)解剖学的にみられる微細な裂隙中のバイオフィルムの除去には無力だった。6)解剖学的に見られる微細な裂隙の封鎖に関しても考慮がなかった。
それに対して本発明では、1)抗菌剤、酵素、界面活性剤の主作用ではない(界面活性剤を添加する場合はあくまで補助剤としての利用)。2)細菌をターゲットにしているわけではない(たんぱく質、糖類、油脂等の分子であり、非生命体で細菌より小さい分子)。3)汚染歯牙硬組織内部の抗原物質を対象としている(対象部位が歯周組織内部である・歯牙硬組織内部である)。4)解剖学的にみられる微細な裂隙中のバイオフィルムを除去できる(いままで化学的溶解の報告なし)。5)解剖学的にみられる微細な裂隙をCa塩の析出作用により封鎖できる(高校化学で学ぶカルシウム塩のアルカリ環境下での化学的析出沈殿反応)。6)スケーラー等の刃物を使用しないので、ほとんど除痛のための前処置の麻酔が不必要。7)処置時間の短縮が期待できる。8)処置効果が一定期間持続的に作用する(カルシウム塩の析出により)。
【符号の説明】
【0027】
1 エナメル質、2 象牙質、3 セメント質、4 汚染セメント質、5 歯石、10 有細胞セメント質、11 セメント小腔、12 歯根象牙質、13 セメント象牙境、14 セメント細管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
口腔内の硬組織内部に形成されたバイオフィルムを除去して当該硬組織を再石灰化する歯周病治療剤であって、
汚染歯牙硬組織中にある微小裂隙に形成された前記バイオフィルムを化学的に溶解除去し、且つ前記バイオフィルム中のカルシウムイオンをアルカリ性条件下でカルシウム塩として析出させ、解剖学的に存在する前記微小裂隙を前記カルシウム塩により封鎖することを特徴とする歯周病治療剤。
【請求項2】
前記歯周病治療剤は、次亜塩素酸又は次亜塩素酸ナトリウムを含む水溶液であり、該水溶液の有効塩素濃度を0.1乃至100000ppm、pHを7乃至13とし、前記次亜塩素酸ナトリウム又はジクロロイソシアヌル酸ナトリウム、及び水酸化ナトリウム又は炭酸水素ナトリウム又は炭酸ナトリウムを含むことを特徴とする請求項1に記載の歯周病治療剤。
【請求項3】
前記水溶液は電解質水溶液であり、前記pH値により平衡状態が決定されることを特徴とする請求項1又は2に記載の歯周病治療剤。
【請求項4】
前記水溶液に非イオン性界面活性剤を添加したことを特徴とする請求項1乃至3の何れか一項に記載の歯周病治療剤。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか一項に記載の歯周病治療剤を、汚染セメント質の存在する歯周ポケット内に浸透させることにより、前記硬組織内部に形成されたバイオフィルムを除去することを特徴とする歯周病治療方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−132205(P2011−132205A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−295263(P2009−295263)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(505370707)
【Fターム(参考)】