説明

歯周病用免疫ワクチン

【課題】人体に安全性の高い歯周病の予防または治療のための経粘膜投与用ワクチンの提供。
【解決手段】乳酸菌の表面にP.gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る抗原を提示させることで、経粘膜投与用ワクチンを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は歯周病用免疫ワクチンに関する。さらに詳しくは、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス・ジンジバリス:以下、P.gingivalisとする)の外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る抗原を発現させた乳酸菌を含む、歯周病の予防または治療のための経粘膜投与用ワクチンに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の歯周病治療は、既に進行してしまった歯周病に対する外科的な処置等が主流であった。しかし、近年、歯周病原性細菌、病原性因子などが明らかにされてきており、これらを対象とした新しい歯周病の治療および予防法が提供され始めている。
【0003】
例えば、歯周病の発症および進展に深く関わり、歯周病の病原性細菌の一つとされるP.gingivalisにおいて、その夾膜蛋白質がマウスにおいて抗体を誘導することから、ワクチンとして有効であることが示唆されている(例えば、非特許文献1参照)。
また、本発明者らは、P.gingivalisに特異的な分子量40−kDaの外膜蛋白質(以下、40−k−OMPとする)を利用して、アジュバントと共に粘膜投与する粘膜免疫ワクチン(例えば、特許文献1参照)や経皮免疫ワクチン(例えば、特許文献2参照)を開発している。
【0004】
しかし、これらのワクチンはアジュバントとして、コレラ毒素を用いるため、人への適用が不可能であった。また、無毒化したコレラ毒素を用いることも検討されているが、ヒトへの安全性は未だ確認されておらず、実際の使用において現実的ではない。これらに代替し得る他のアジュバントが現在のところ見つかっておらず、人体への安全性が高いワクチンの開発が望まれている。
【0005】
アジュバントを付加する以外の免疫増強の方法として、抗原を乳酸菌の表面に提示させる乳酸菌ディスプレイ技術が開発されている(例えば、特許文献3参照)。この技術は食用で提供されている乳酸菌を用いることができるため、人体に安全であり、有用であると考えられる。しかし、歯周病の治療および予防を目的として、この技術を用いてワクチンを提供したという例は知られていない。
【非特許文献1】Harvey W、 Guat−Chen F、 Gordon D、 Meghji S、 Evans A、 Harris M (1984) Evidence for fibroblasts as the major source of prostacyclin and prostaglandin synthesis in dental cyst in man. Arch. Oral. Biol. 29、 223−229
【特許文献1】特開2003−286191号公報
【特許文献2】特開2005−179301号公報
【特許文献3】特開2007−131610号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、人体に安全性の高い歯周病の予防または治療のための経粘膜投与用ワクチンの提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、乳酸菌の表面にP.gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る抗原を提示させることで抗原に対する免疫を増強でき、かつ、人体に安全性の高い歯周病の予防または治療に有効な経粘膜投与用ワクチンが得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明のワクチンは、アジュバントとしてコレラ毒素を用いたワクチンと同程度の免疫増強効果を維持している。そして、本発明のワクチンは、口腔疾患に効果が高いとされる唾液中への分泌型IgAを十分に分泌できるため、歯肉溝滲出液へのIgGの分泌とともに歯周病菌に対して免疫することができ、有用である。また、本発明のワクチンは、常温で長期保存することもできるため有用である。
【0008】
すなわち、本発明は次の(1)〜(12)の歯周病の予防または治療のための経粘膜投与用ワクチンに関する。
(1)抗原を発現させた乳酸菌を含む歯周病の予防または治療のための経粘膜投与用ワクチンであって、該抗原がPorphyromonas gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る抗原である、歯周病の予防または治療のための経粘膜投与用ワクチン。
(2)抗原が、次の1)〜3)のいずれかに記載の蛋白質である上記(1)に記載のワクチン。
1)Porphyromonas gingivalisの分子量40−kDaの外膜蛋白質(40−k−OMP)
2)配列表の配列番号1に示す22〜344番目のアミノ酸配列からなる蛋白質
3)配列表の配列番号1に示す22〜344番目のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる蛋白質であって、Porphyromonas gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る蛋白質
(3)乳酸菌がLactobacillus caseiである上記(1)または(2)に記載のワクチン。
(4)抗原を発現させた乳酸菌がNITE P−418である上記(1)〜(3)のいずれかに記載のワクチン。
(5)抗原を発現させた乳酸菌が死菌または生菌である上記(1)〜(4)のいずれかに記載のワクチン。
(6)Porphyromonas gingivalisの赤血球凝集活性を阻害する、歯周病の予防または治療のための上記(1)〜(5)のいずれかに記載のワクチン。
(7)経鼻投与用である上記(1)〜(6)のいずれかに記載のワクチン。
(8)上記(1)〜(7)のいずれかに記載のワクチンを用いる歯周病の予防または治療方法。
(9)次の1)〜3)のいずれかに記載の蛋白質をコードする塩基配列を含むシャトルベクター。
1)Porphyromonas gingivalisの分子量40−kDaの外膜蛋白質(40−k−OMP)
2)配列表の配列番号1に示す22〜344番目のアミノ酸配列からなる蛋白質
3)配列表の配列番号1に示す22〜344番目のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる蛋白質であって、Porphyromonas gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る蛋白質
(10)ポリ−γ−グルタミン酸シンテターゼ複合体を構成している遺伝子pgsB、pgsCおよびpgsAのいずれか一つまたは二つ以上を含む表面発現用のベクターを含む上記(9)に記載のシャトルベクター。
(11)Porphyromonas gingivalisの分子量40−kDaの外膜蛋白質(40−k−OMP)をコードする塩基配列を含むシャトルベクターpKT1/pgsA−pg40。
(12)配列表配列番号2に記載の塩基配列からなる上記(11)に記載のシャトルベクターpKT1/pgsA−pg40。
【発明の効果】
【0009】
本発明により得られたワクチンは、従来のアジュバントとしてコレラ毒素を用いたワクチンと比較すると人体への安全性が高く、かつ、同程度の免疫増強効果を維持しており有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の「ワクチン」とは、P.gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る歯周病の予防または治療のための経粘膜投与用ワクチンのことをいう。
本発明において、ワクチンは、P.gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る抗原を含むものであれば、いずれのものも用いることができる。本発明で誘導される免疫には、細胞性免疫と体液性免疫のいずれも含む。
【0011】
P.gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る抗原としては、例えば、P.gingivalisの外膜蛋白質である40−k−OMPが挙げられる。また、配列表の配列番号1に示される22〜344番目のアミノ酸配列を有する蛋白質や、このアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる蛋白質であって、P.gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る蛋白質等が挙げられる。さらに、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列と95%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなる蛋白質や、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列に1個もしくは数個のアミノ酸残基が欠失、置換および/または付加したアミノ酸配列を有する蛋白質であって、P.gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る蛋白質等が挙げられる。
【0012】
本発明の「ワクチン」を得るために、乳酸菌に抗原を発現させるには、乳酸菌ディスプレイ技術を用いる事が好ましい。乳酸菌ディスプレイ技術とは、ポリ−γ−グルタミン酸シンテターゼ複合体を構成している遺伝子pgsB、pgsCおよびpgsAのいずれか一つまたは二つ以上を含む表面発現用のベクターを用いて外来タンパク質を乳酸菌の表面に発現させる技術である。
【0013】
本発明の表面発現用のベクターは、ポリ−γ−グルタミン酸シンテターゼ複合体を構成している遺伝子のうち、pgsB、pgsCまたはpgsAのいずれか一つまたは二つ以上を含む表面発現用のベクターであればいずれのものも用いる事ができる。pgsAを含むものであることが好ましく、pgsAを含む形質転換ベクターpKT1を用いることが特に好ましい。
そして、この表面発現用のベクター中に、P.gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る蛋白質をコードする遺伝子を挿入することによりシャトルベクターを構築し、これを用いて形質転換した乳酸菌を培養することで、本発明の抗原を発現させた乳酸菌を得ることができる。
【0014】
本発明のシャトルベクターは、乳酸菌の表面に抗原を発現させることができるシャトルベクターであればいずれのものも用いる事ができるが、P.gingivalisの分子量40−kDaの外膜蛋白質(40−k−OMP)、配列表の配列番号1に示す22〜344番目のアミノ酸配列からなる蛋白質、または配列表の配列番号1に示す22〜344番目のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる蛋白質であって、P.gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る蛋白質のいずれかをコードする塩基配列を含むシャトルベクターであることが好ましい。
さらに、ポリ−γ−グルタミン酸シンテターゼ複合体を構成している遺伝子pgsB、pgsCおよびpgsAのいずれか一つまたは二つ以上を含む表面発現用のベクターを含むシャトルベクターであることが好ましく、特に、P.gingivalisの分子量40−kDaの外膜蛋白質(40−k−OMP)をコードする塩基配列を含むシャトルベクターpKT1/pgsA−pg40であることが好ましい。シャトルベクターpKT1/pgsA−pg40の塩基配列を配列表配列番号2に示した。
【0015】
抗原を発現させる乳酸菌としては、人体に安全な乳酸菌であればいずれも用いる事ができる。例えば、Lactococcus属、Streptococcus属、Lactobacillus属、Pediococcus属や、Leuconostoc属等が挙げられ、具体的な種としてLactobacillus acidophillus、Lactobacillus plantrum、Lactobacillus gasseriやLactobacillus casei等が挙げられる。このうち、一般的に広く食品の発酵に使用されており安全性が高いLactobacillus caseiを用いる事が特に好ましい。
【0016】
本発明の抗原を発現させた乳酸菌として、具体的にはNITE P−418等が挙げられる。
抗原を発現させた乳酸菌は生菌、死菌のいずれも用いる事ができる。これらの乳酸菌はワクチンとしての効果以外にも、乳酸菌本来が持つ免疫賦活化能や生体に対する効果を付与できるため有用である。
さらに死菌は、このような乳酸菌本来の機能を示しつつ、組換え体が不活化されているため、組換え体による影響を心配する必要がない。また、組換え生物とはみなされないため、カルタへナ法の範疇には入らず、取り扱いが簡単である。
このように本発明の抗原を発現させた乳酸菌は、人体に安全であり、かつ、良い働きをする菌であることから、プロバイオテクス乳酸菌として食品等に利用することもできる。
【0017】
本発明のワクチンは、抗原を発現させた乳酸菌をそのまま用いる事ができる。また、必要に応じて、液剤、懸濁剤、粉末剤等に製剤化したものを本発明のワクチンとして用いることもできる。液剤としては、抗原を発現させた乳酸菌を精製水、緩衝液などに溶解したものなどが挙げられる。懸濁剤としては、抗原を発現させた乳酸菌をメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、カゼインなどと一緒に精製水、緩衝液などに懸濁させたものなどが挙げられる。粉末剤としては、抗原を発現させた乳酸菌をメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースなどとともによく混合したものなどが挙げられる。これらの製剤には、通常使用されている吸収促進剤、界面活性剤、保存剤、安定化剤、防湿剤、保湿剤、溶解剤などを必要に応じて添加することができる。
【0018】
本発明のワクチンは、経粘膜投与用であり、経鼻または経口により投与することが好ましい。経鼻または経口投与は、従来の注射免疫と比べて次の1)〜3)のメリットを有するため好ましい。1)血清中に抗体応答が誘導される以外に、唾液等の分泌液中にも抗体応答が誘導される。病原性微生物の侵入経路が分泌液を産生する粘膜組織であることを考えると、微生物の侵入を入口で阻止できることになり有用である。2)注射免疫の場合に発生する可能性のある針刺し事故、重篤な副作用等を避けることができる。3)注射ワクチンでは滅菌注射筒、注射針等の準備が必要であるが、それに比べてワクチン接種が簡便である。
さらに、経鼻投与は生体の反応性・感度が高いという点で好ましく、経口投与は利便性が高いという点で好ましい。本発明のワクチンは、通常、液状あるいは粉末状の形態で、鼻腔内あるいは口腔内に滴下、噴霧あるいはスプレーすることにより投与することができる。
【0019】
本発明のワクチンは、投与する対象、投与方法、投与形態等によって異なるが、通常成人1人当たり、一回100mg〜5000mgの範囲、好ましくは100mg〜1000mgの範囲で、数週間から数ヶ月に亘って、12回〜15回投与することが好ましい。
本発明のワクチンは、経粘膜投与することにより、唾液、鼻腔液等および血清の双方に外膜蛋白質特異的抗体の産生が誘導され、さらには、産生されたこれらの特異的抗体は、歯周病の発症および進展に深く関わっているP.gingivalisの赤血球凝集活性を有意に阻害する。従って、本発明のワクチンは、歯周病の予防または治療用の粘膜免疫ワクチンとして極めて有効である。
【0020】
以下、実施例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
<経粘膜投与用ワクチンの作製>
次の1〜5または1〜6の工程により、P.gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る抗原を発現した乳酸菌を得て、これを有効成分とするワクチンを作製した。
【0022】
1.大腸菌−乳酸菌用シャトルベクターpLCE3の作製
大腸菌/乳酸菌シャトルベクターの構築のために、大腸菌レプリコンpMβ1とエリスロマイシン耐性遺伝子(Erm)を含有する領域をpLC494由来(特願2005−278830:出願人岡山大学・ジェノラックBL)の反復領域およびrepA遺伝子と連結した。
構築した大腸菌/乳酸菌シャトルベクターをヒートショック法で大腸菌(DH5α)へ形質転換し、その後アルカリ溶解法によって単離した。この大腸菌/乳酸菌シャトルベクターをpLCE3と命名し、図1a.に示した。pLCE3ベクターの塩基配列は配列表配列番号3に示した。
【0023】
2.形質転換ベクターの構築
Bacillus属菌株由来のポリγグルタミン酸合成に関与する細胞外膜タンパク質の遺伝子(pgsBCA)のうちpgsA(特表2005−050001号公報)を用いて、歯周病菌のタンパク質抗原pg40を表層発現させることのできる形質転換ベクターを構築した。
まず、ポリγグルタミン酸合成遺伝子の1つであるpgsA遺伝子を含む発現カセットP−ldh UTLS(神戸大学より分譲を受けた)−pgsA−linker領域を鋳型とし、配列表配列番号4に記載のオリゴヌクレオチドおよび配列表配列番号5に記載のオリゴヌクレオチドを各プライマーとして用いたPCR反応〔95℃・5分/(95℃・1分/55℃・30秒/72℃・30秒:30サイクル)/72℃・1分/15℃〕を行った。増幅させた遺伝子領域の両端は、両プライマーにて制限酵素HindIIIとSacIの認識配列を含有するように構成した。反応終了後はNucleospin Extact Kit(MACHEREY−NAGEL社)を用いて増幅断片を精製し、制限酵素HindIIIとSacIで消化した。その後、同じ制限酵素で処理したpLCE3へ導入し、大腸菌DH5αに形質転換した。この形質転換ベクターをpKT1と命名し、図1b.に示した。
【0024】
3.シャトルベクターpKT1/pgsA−pg40の構築
次に、40−k−OMPをコードするpg40遺伝子を鋳型として使用し、配列表配列番号6に記載のオリゴヌクレオチドおよび配列表配列番号7に記載のオリゴヌクレオチドを各プライマーとして用いたPCR反応〔95℃・5分/(95℃・1分/55℃・30秒/72℃・2分:30サイクル)/72℃・2分/15℃〕を行った。鋳型として用いた40−k−OMPをコードするpg40遺伝子の塩基配列を配列表配列番号8に示した。
増幅させた遺伝子領域の両端は、両プライマーにて制限酵素BamHIとXbaIの認識配列を含有するように構成した。反応終了後はNucleospin Extact Kit(MACHEREY−NAGEL社)を用いて増幅断片を精製し、制限酵素BamHIとXbaIで消化した。その後、同じ制限酵素で処理したpKT1へ導入し、シャトルベクターを構築した。構築されたシャトルベクターは、pKT1/pgsA−pg40と命名し、図2に示した。このシャトルベクターpKT1/pgsA−pg40の塩基配列は配列表配列番号2に示した。
構築したシャトルベクターpKT1/pgsA−pg40をヒートショック法にて大腸菌DH5αに形質転換した。得られた形質転換株をLB液体培地で培養し、菌体を回収後、Wizeard (登録商標)Plus SV Miniprepsp(Promega社)にてシャトルベクターpKT1/pgsA−pg40を抽出した。
【0025】
4.乳酸菌の形質転換
上記3.にて抽出したシャトルベクターpKT1/pgsA−pg40を、種々のプロトコール(Berthier,F.ら、Coffey,A.ら、GASS ON,M.J.ら、Serror,P.ら、)に従って、エレクトロポレーションによって、Lb.casei L−49株へ形質転換を行った。
即ち、DNAとコンピテント乳酸菌とを混合し、これらを氷上で30秒間維持した。形質転換する細胞試料を0.1cmキュベット(Bio−Rad)に移し、そしてジーンパルサー(ピーク電圧1.5kV;静電容量25uF;抵抗200Ω;Bio−Rad)で形質転換した。次いで形質転換した乳酸菌を20ug/mlエリスロマイシンを含有するMRS寒天培地上に播種し、生細胞を選抜した。形質転換で得られた乳酸菌のコロニーは、コロニーPCRによりシャトルベクターpKT1/pgsA−pg40の導入が確認された。
【0026】
5.pgsA−pg40の発現確認
pKT1/pgsA−pg40形質転換株のタンパク質発現を確認するためにウエスタンブロッティング法を実施した。
まず、上記4.で得られた形質転換体をMRS液体培地で37℃の設定温度で24時間培養し、7000rpm,10分間の遠心分離にて菌体を回収した。回収した菌体はPBS緩衝液にて洗浄後、超音波破砕機(出力4、2分間×2回/トミー精工社)にて破砕した。その破砕液をサンプルバッファーに懸濁後100℃で10分間熱変性させSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動した。電気泳動後、PVDFメンブラン(Millipore社)に転写した。PVDFメンブランをブロッキング緩衝溶液(PBS、5%スキムミルク)で1時間振とうし、ブロッキングさせた後、pg40ポリクローナル抗体(日本大学より分譲を受けた)を1次抗体として37℃で1時間反応させた。反応終了後、メンブランをTBST緩衝溶液にて洗浄し、ビオチン標識された抗ラビットIgG抗体(Vector社)を2次抗体として37℃で1時間反応させた。反応終了後、メンブランを洗浄しVectastain ABC Kit standard(Vector社)にてアビジン化し、さらにPeroxidase substrate kit DAB/Ni substrate(Vector社)にて発色させpgsA−pg40融合タンパク質の発現を確認した。結果を図3に示した。
上記1〜5の工程によって得られたpKT1/pgsA−pg40形質転換株をそのまま(生菌)、または死菌としてワクチンに用いた。この株の死菌化工程は、以下6.に示した。
【0027】
6.pKT1/pgsA−pg40形質転換株の死菌化
上記1〜5の工程によって得られたpKT1/pgsA−pg40形質転換株は、特開2007−131610号公報に記載の方法により死菌化した。即ち、乳酸菌の基本培地に0.1〜1重量%の界面活性剤および0.01〜0.1重量%の炭酸塩を加え、培養時に培養液のpHを6.0〜7.0に保持しながら培養した後、培養液を80〜120℃において5〜30分間熱処理することで死菌化した。
【実施例2】
【0028】
<経粘膜投与用ワクチンの免疫応答誘導能の確認>
1.材料と方法
1)マウス
マウス(BALB/C)8週齢雌は、三協ラボサービス株式会社から購入した。
2)経粘膜投与用ワクチン
上記の実施例1で作製したpKT1/pgsA−pg40形質転換株の死菌の凍結乾燥標品をワクチンとして用いた。
3)免疫方法
BALB/Cマウスに、粘膜免疫投与用ワクチン(以下、BLS(PG40)とする)(1mg/20μl)を溶解したリン酸緩衝液をマウスの鼻腔に片鼻10μlずつ滴下して、週3回(3日連続)、計12〜15回投与した。コントロールとして形質転換していないLb.casei L−49株(以下、BLSとする)を用い、比較として40−k−OMP(以下、PG40とする)を用いてマウスの鼻腔に同様に投与した。
【0029】
4)特異的抗体の検出
BLS(PG40)で免疫したマウスの唾液における抗原特異的IgA抗体価、また、血清における抗原特異的IgAおよびIgG抗体価をEnzyme−linked immunosorbent assay(ELISA)法を用いて測定した。抗体価は、免疫群(BLS(PG40)またはPG40)とコントロール群(BLS)を段階希釈して各ウェルの吸光度を比較し、値の差が0.1以上を示したウェルの最大希釈濃度とした。抗原特異的な抗体産生細胞数は、Enzyme−linkedImmunospot(ELISPOT)法を用いて測定した。各ウェルのスポット数を顕微鏡(OLIMPUS SZH10)にて算定した。
【0030】
5)唾液腺からのリンパ球の分離調整
免疫したマウスから摘出した唾液腺を、コラゲナーゼ(0.3mg/ml)を含むRPMI 1640で37℃、20分、3回処理し、得られた細胞浮遊液を400×g、8分間遠心沈殿した。次に、100%Percoll溶液(Pharmacia)を、2%NBSを含むRPMI1640で希釈し、50% Percoll溶液に調整して細胞を浮遊させた。また、75% Percoll溶液を調整した後、75% Percoll溶液に50% Percoll溶液を重層し、20℃で600×g、20分間遠心沈殿させた。その後、75% Percoll溶液と50% Percoll溶液の間の層からリンパ球を分離、洗浄し、トリパンブルーを加え、血球算定板にてリンパ球を測定した。得られたリンパ球は、2%NBSを含むRPMI 1640に浮遊させ400×g、8分間遠心沈殿した。洗浄後、血球算定板にてリンパ球数を測定した。
【0031】
2.結果
1)特異的抗体産生能
BLS(PG40)の経鼻免疫によって、粘膜系で抗原特異的な免疫応答が効果的に誘導されているかを測定するために、BLS(PG40)を週3回(3日連続)、計12〜15回経鼻投与し、最初に投与した日から3週間経過後、4週間経過後および5週間経過後の唾液中の抗原特異的なIgA抗体価を、ELISA法を用いて測定した結果を図4a.に示した。
図4a.から分かるように、PG40で免疫した群の唾液中には、抗体価の上昇は認められなかった。しかしながら、BLS(PG40)で免疫した群の唾液中には顕著な抗原特異的抗体価が検出された。
BLS(PG40)で免疫した群の抗原特異的抗体価は、アジュバントとしてコレラ毒素を用いた40−k−OMPのワクチンと同程度の免疫増強効果を示していることから(参考文献、図1A参照)、本発明のBLS(PG40)が、アジュバントとしてコレラ毒素を用いた従来のワクチンと同程度の免疫増強効果を維持していることが確認された。
また、経鼻免疫したマウスの血清中の抗原特異的抗体価の測定結果を図5に示した。図5から分かるように、PG40で免疫した群、BLS(PG40)で免疫した群ともに血清中に抗原特異的IgG、IgA抗体価の上昇が認められた。なお、図4a.および図5は、1群4匹のマウスを用いて計3回行った時の平均値および標準偏差を示している。
参考文献:特開2003−286191号公報
【0032】
2)抗原特異的抗体産生細胞数の測定
BLS(PG40)の経鼻免疫によって得られた唾液中のIgA抗体が唾液腺由来の抗体産生細胞から誘導されたものであるか、あるいは血清からのコンタミネーションであるかを明確にするために、BLS(PG40)を週3回(3日連続)、計12〜15回経鼻投与し、最初に投与した日から5週間経過後の唾液腺の抗原特異的抗体産生細胞数の測定をELISPOT法により行った結果を図4b.に示した。コントロールとしてBLS、比較としてPG40を用いた。
図4b.から分かるように、BLS(PG40)で免疫した群の唾液腺内に、顕著な数の抗原特異的IgA抗体産生細胞が検出された。なお、図4b.は、1群4匹のマウスを用いて計3回行った時の平均値および標準偏差を示している。
BLS(PG40)で免疫した群の抗原特異的抗体産生細胞数は、アジュバントとしてコレラ毒素を用いた40−k−OMPのワクチンを用いた場合の唾液腺における抗原特異的抗体産生細胞数と同程度であることから(参考文献、図2A参照)、本発明のBLS(PG40)が、アジュバントとしてコレラ毒素を用いた従来のワクチンと同程度の免疫増強効果を維持していることが確認された。
【実施例3】
【0033】
<P.gingivalisの赤血球凝集活性に対する阻害効果の確認>
1.材料と方法
1)ベジクルの採取
P.gingivalis 381を培養し、ベジクルを含む培養上清を採取してultrafiltration system (Millipore Co.)にて濃縮した。濃縮後、0.5 mMのdithiothreitolを含む50 mM Tris−HClで透析し、遠心沈澱にてベジクルを回収した。
2)抗体の精製
マウスの血清からHiTrap(登録商標)protein G HP column (Amersham Biosciences)を用いて、IgG抗体(以下、BLS+PG40とする)を精製した。
【0034】
3)赤血球凝集試験
96穴マイクロタイタープレートのウェルに各濃度(0、50、100、150μg/ml)のBLS+PG40によって37℃で1時間、前培養したベジクル浮遊液(0.5μg/50μl)と1%マウス赤血球浮遊液(50μl)を混和後、37℃で1時間培養した。培養後のウェル内の赤血球凝集の有無を確認した。
【0035】
2.結果
凝集試験の結果を図6に示した。図6から分かるように、BLS+PG40を無添加または50μl添加した場合赤血球は凝集されるが、BLS+PG40を100または150μl添加した場合には赤血球の凝集が起こらなかった。従って、BLS+PG40は、P.gingivalisの赤血球凝集活性を阻害することが明らかにされた。
【0036】
以上より、本発明のワクチンは経粘膜投与することにより、血清のIgG、IgA抗体価を上昇させ、また、唾液中の抗原特異的IgA抗体価を上昇させる効果を示した。そして、誘導された抗原特異的抗体はP.gingivalisの赤血球凝集活性を顕著に抑制することから、歯周病の予防または治療に有効なワクチンであるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明により得られたワクチンは、人体への安全性が高く、歯周病の予防または治療用のワクチンとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】a.シャトルベクターpLCE3を示した図である(実施例1)。b.発現ベクターpKT1を示した図である(実施例1)。
【図2】シャトルベクターpKT1/pgsA−pg40を示した図である(実施例1)。
【図3】pgsA−pg40融合タンパク質の発現を確認した図である(実施例1)。
【図4】a.抗原特異的抗体産生能を示した図である(実施例2)。b.抗原特異的抗体産生細胞数を示した図である(実施例2)。
【図5】抗原特異的抗体産生能を示した図である(実施例2)。
【図6】P.gingivalisの赤血球凝集活性に対する阻害効果を示した図である(実施例3)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗原を発現させた乳酸菌を含む歯周病の予防または治療のための経粘膜投与用ワクチンであって、該抗原がPorphyromonas gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る抗原である、歯周病の予防または治療のための経粘膜投与用ワクチン。
【請求項2】
抗原が、次の1)〜3)のいずれかに記載の蛋白質である請求項1に記載のワクチン。
1)Porphyromonas gingivalisの分子量40−kDaの外膜蛋白質(40−k−OMP)
2)配列表の配列番号1に示す22〜344番目のアミノ酸配列からなる蛋白質
3)配列表の配列番号1に示す22〜344番目のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる蛋白質であって、Porphyromonas gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る蛋白質
【請求項3】
乳酸菌がLactobacillus caseiである請求項1または2に記載のワクチン。
【請求項4】
抗原を発現させた乳酸菌がNITE P−418である請求項1〜3のいずれかに記載のワクチン。
【請求項5】
抗原を発現させた乳酸菌が死菌または生菌である請求項1〜4のいずれかに記載のワクチン。
【請求項6】
Porphyromonas gingivalisの赤血球凝集活性を阻害する、歯周病の予防または治療のための請求項1〜5のいずれかに記載のワクチン。
【請求項7】
経鼻投与用である請求項1〜6のいずれかに記載のワクチン。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載のワクチンを用いる歯周病の予防または治療方法。
【請求項9】
次の1)〜3)のいずれかに記載の蛋白質をコードする塩基配列を含むシャトルベクター。
1)Porphyromonas gingivalisの分子量40−kDaの外膜蛋白質(40−k−OMP)
2)配列表の配列番号1に示す22〜344番目のアミノ酸配列からなる蛋白質
3)配列表の配列番号1に示す22〜344番目のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる蛋白質であって、Porphyromonas gingivalisの外膜蛋白質に対する免疫応答を惹起させ得る蛋白質
【請求項10】
ポリ−γ−グルタミン酸シンテターゼ複合体を構成している遺伝子pgsB、pgsCおよびpgsAのいずれか一つまたは二つ以上を含む表面発現用のベクターを含む請求項9に記載のシャトルベクター。
【請求項11】
Porphyromonas gingivalisの分子量40−kDaの外膜蛋白質(40−k−OMP)をコードする塩基配列を含むシャトルベクターpKT1/pgsA−pg40。
【請求項12】
配列表配列番号2に記載の塩基配列からなる請求項11に記載のシャトルベクターpKT1/pgsA−pg40。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−78995(P2009−78995A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−248406(P2007−248406)
【出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【出願人】(505449520)株式会社 ジェノラック BL (5)
【出願人】(000173555)財団法人化学及血清療法研究所 (86)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】