説明

歯科用接着剤組成物

高くとも3のpHを有する一成分系歯科用接着剤組成物であって、(a)重合性アクリレートモノマー又はプレポリマー、(b)光開始剤、及び(c)t−ブタノールを含有する溶媒を含む歯科用接着剤組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
[発明の分野]
本発明は、アクリル酸エステルと特定の溶媒とを含有する光重合性酸性一成分系(ワンパック型)歯科用接着組成物に関する。さらに、本発明は、歯科用組成物に特定の溶媒を使用すること関する。歯科用接着組成物は、エステル交換、溶媒の蒸発及び充填剤の沈殿に関する貯蔵中の高い安定性、並びに長期間にわたる貯蔵の後でさえ接着強度の低下に対する高い耐性を特徴とする。
【背景技術】
【0002】
[発明の背景]
EP−A0351,076は、必須成分としてラジカル重合性モノマー及び有機過酸化物が揮発性第3級アルコールに溶解されて成る歯科用接着剤組成物を開示している。酸性媒体中での有機過酸化物の安定性が低いため、歯科用組成物は限定された酸性度しか有することができない。したがって、この参考文献の例によれば、酸性成分は約1重量%の量で存在しているに過ぎない。
【0003】
WO03/013444は、加水分解安定性で且つ重合性の(メタ)アクリルアミドを含有するワンパート型自給式歯科用接着剤を開示している。
【0004】
口腔環境は常に湿潤であることから、歯科用接着剤は、歯の表面で広がって湿らせるために、極性溶媒を必要とする。水は、極性の観点から理想的な溶媒であると思われるが、多くのアクリレートモノマーは本質的に水に不溶性である。また、アクリレートモノマーが、水又はエタノール等の求核試薬として作用し得る極性溶媒中に貯蔵されると、アクリレートモノマーは、不安定となり、加水分解又はエステル交換する傾向にあり、そのため、貯蔵期限が極めて短縮される。加水分解反応及びエステル交換反応が酸によって触媒されるため、これらの反応は、現代の接着剤では通常そうであるように、溶媒、アクリル酸モノマー、及び酸を共に1つの容器内で貯蔵することが所望される場合により大きな問題となる。接着強さがわずかしか影響を受けない場合であっても、エチルアクリレート等の反応生成物は、連続使用を不可能にする強力な不快臭を有する。アセトン等の溶媒を用いることでこの最後の問題は克服されるが、アセトンは、ポリエチレン等の多くの一般的なパッケージ材料を容易に通過してしまうため、特別なパッケージが要求され、高価になる傾向がある。水は、容易にパッケージされるが、比較的低い揮発性を有するため、歯の表面からの除去がエタノール又はアセトンのいずれよりも困難である。エタノールは、ポリエチレンのパッケージを容易には通過せず、また、水よりも容易に揮発する。しかしながら、エタノールは、上記のように他の成分と反応する可能性があるため、樹脂用の好ましい溶媒ではない。
【0005】
Blackwellに対するUS4,657,941、及びHuangに対するUS4,966,934のように、歯科用途のための安定な接着剤組成物を製造する多くの試みは、溶媒としてエタノールをベースとしている。これらは、象牙質への接着の促進剤として意図されており、単独で又は連続的にさらなる配合物と共に塗布される配合物を記載している。最大8MPaの象牙質への接着力が前述の特許で主張されているが、エッチングされた又はエッチングされていないエナメル質への接着力は言及されていない。これらの特許において、アセトン及び酢酸エチルは可能な代替形態として言及されているが、好ましい溶媒としてエタノールが示されている。"Light-curable dentin and enamel adhesive"と題されているUS454,467は、エタノールをベースとし且つイオウ化合物を含有する接着剤系を記載しており、象牙質への8.4MPaの最大接着力、及びエッチングされたエナメル質への19MPaの最大接着力を主張している。Eppingerに対するUS5,089,051は、酸性カルボン酸エステルと共にアクリロイルオキシ−又はジアクリロイルオキシ−アルキル二水素リン酸塩を含む一成分系接着剤配合物を記載しており、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール(通常、n−ブタノールを意味すると理解される)、及びアセトンを好適な溶媒として提供している。しかしながら、全ての例は、溶媒としてエタノールを使用しており、最良の例として、エッチングされていないエナメル質に対して主張されている接着力は8MPaに過ぎない。エッチングされたエナメル質に関しても、最大接着力は15MPaにしか及ばなかった。さらに、配合物は、3つ以上のアクリレート基を含有する少なくとも1つの酸性重合性接着促進剤を含むものではない。Ikemuraに対するUS5,264,513は、溶媒として水を含む接着剤配合物を記載している。この系では、歯を別個の下塗り剤で処理する必要があり、最大30MPaの象牙質への接着力が確認されているが、エッチングされていないエナメル質への接着力は5.6MPaに過ぎなかった。最近になって、Stefanに対するUS6,100,314は、様々な水溶性アクリルモノマー及び酸性モノマーを含む水性配合物を記載している。しかしながら、この系では、エナメル質のエッチング及びその後の異なる2つの溶液の塗布が必要とされるため、歯科医の時間及び手間の削減といった現在の要求は満たされていない。また、エッチングの後でもウシのエナメル質への6.2MPaしかない最大接着強さを主張している。US6,071,983においてYamamotoは、本発明の背景において概要を述べたのと同様の問題を記載しており、別の下塗り剤及び接着剤を含む接着剤系を提示している。水又はエタノールが溶媒として使用される。1つの成分を事前に染み込ませることができ、それにより、使用前に溶液を混合する必要をなくす特別な塗布具も記載されている。しかしながら、12.9及び12.8MPaのそれぞれ象牙質及びエナメル質への最も強い接着は、溶液を使用直前に皿で混合した場合に確認された。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
[発明の概要]
本発明の課題は、湿潤表面又は極性表面を良好に浸潤させるのに十分に極性であるが、成分と反応することも、成分を互いに反応させることもなく、必要であれば蒸発によって除去することが容易であるが、一般的なパッケージ材料を容易に通過しない溶媒を含有する歯科用接着剤組成物を提供することである。さらに、本発明の課題は、エステル交換、溶媒の蒸発及び充填剤の沈殿に関する貯蔵中の高い安定性、並びに長期間にわたる貯蔵の後でさえ接着強度の低下に対する高い耐性を有する歯科用接着剤組成物を提供することである。
【0007】
本発明のさらなる課題は、安定であり、容易にパッケージされ、且つ好ましくは事前の酸エッチング、又は象牙質若しくはエナメル質の他の処理を必要とせずに18MPaを超える値での、象牙質及びエナメル質の両方への歯科用ラジカル重合性材料の接着を促進させる歯科用接着剤組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
これらの課題及び他の課題は、請求項1にしたがって、重合性モノマー又はプレポリマーと、t−ブタノールを含有する溶媒とを含む歯科用接着剤組成物によって解決される。t−ブタノールは、硬質体物質への重合性モノマー又はプレポリマーの接着を促進させるのに有効な量で使用される。本発明の配合物は、1度の塗布の後に、エッチングされていない象牙質及びエッチングされたエナメル質の両方への18MPaを超える接着をもたらす。このため、従来技術の配合物は、本発明の要件を満たすものではない。本発明は、容易なパッケージと共に、接着剤配合物の改良された安定性を提供する。これらは両方とも歯科医にとって有益なものである。
【0009】
したがって、本発明は、高くとも3のpHを有する一成分系歯科用接着剤組成物であって、
(a)重合性アクリレートモノマー又はプレポリマー、
(b)光開始剤、及び
(c)t−ブタノールを含有する溶媒
を含む、歯科用接着剤組成物を提供する。
【0010】
本発明は、歯科用接着剤組成物の溶媒の極性と反応性との間のジレンマが、溶媒として第3級ブチルアルコールを使用することによって克服され得るという認識に基づく。第3級ブチルアルコールは周囲温度で固体であり、約25〜26℃で溶融する。したがって、第3級ブチルアルコールを粘性アクリレートモノマーのための溶媒として使用することは、自明ではない。しかしながら、驚くべきことに、t−ブタノールが歯科用接着剤組成物中に包含される場合、周囲温度で液体である、t−ブタノールを含有する配合物を得ることができるが分かった。t−ブチルアルコールは、メチル基によるヒドロキシル基の立体障害のためにモノマーを加水分解又はエステル交換することができず、水混和性であり、且つ湿潤表面又は極性表面を良好に浸潤させるのに十分に極性である。t−ブチルアルコールは、必要であれば容易に蒸発するが、その極性ヒドロキシル基のためにポリエチレンパッケージを容易に通過することはない。
【0011】
さらに、本発明は、貯蔵安定性の高い、強酸性の一成分系歯科用接着剤組成物を提供することができ、この組成物は、任意選択的に、充填剤を含有し、強酸性、及び強酸性条件下での加水分解及びエステル交換に対して不安定な重合性アクリレートモノマー又はプレポリマー含量を有する、という認識に基づく。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
[発明の詳細な説明]
本発明を以下により詳細に記載する。「アクリレート」という用語は、本出願では、アクリレート、メタクリレート、シアノアクリレート及びそれらの誘導体を含む総称として使用される。また、US6,350,839に開示されているタイプのアクリル酸誘導体も含まれる。詳細には、「アクリレート」という用語は、エタノール中、歯科用接着剤の酸性pHでエステル化又はエステル交換反応を行うことができる、アクリル酸、メタクリル酸及びシアノアクリル酸のエステル、並びにそれらの誘導体を指す。したがって、本発明による重合性アクリレートモノマー又はプレポリマーは、エタノール中、歯科用接着剤のpH、室温でエステル交換反応を行うことができ、それにより、強力な不快臭を有するエチルエステルを形成する、アクリル酸、メタクリル酸及びシアノアクリル酸のエステル、並びにそれらの誘導体である。「アクリレート」という用語は、WO03/013444に開示されるような、加水分解安定性で且つ重合性の(メタ)アクリルアミドに関するものではない。
【0013】
本発明では、象牙質、エナメル質及び骨等の硬質体物質への歯科用材料の接着を促進させるのに有用な組成物が提供される。これらの配合物の使用により、1度の塗布において重合性材料を塗布するための歯の表面の準備が可能となる。
【0014】
歯科用接着剤組成物は、エステル交換、溶媒の蒸発及び充填剤の沈殿に関する貯蔵中の高い安定性、並びに長期間にわたる貯蔵の後でさえ接着強度の低下に対する高い耐性を特徴とする。
【0015】
本発明による歯科用接着剤組成物は、重合性アクリレートモノマー又はプレポリマーを含む。本発明による歯科用接着剤組成物は、種々の化合物の混合物として、又は同一化合物の異性体として、重合性アクリレートモノマー又はプレポリマーを含有し得る。重合性アクリレートモノマー又はプレポリマーは、アクリル酸、メタクリル酸、シアノアクリル酸及びイタコン酸、並びにそれらの混合物から成る群より選択される少なくとも1つの不飽和カルボン酸の誘導体を含んでいてもよい。重合性モノマー又はプレポリマーはまた、アクリル酸、メタクリル酸、シアノアクリル酸及びイタコン酸、並びにそれらの混合物から成る群より選択される少なくとも1つの不飽和カルボン酸を含んでいてもよい。重合性モノマー又はプレポリマーは、スチレンの誘導体、又はカルボニル基と共役する炭素−炭素二重結合を含有する重合性部位を含んでいてもよい。
【0016】
重合性アクリレートモノマー又はプレポリマーはまた、ヒドロキシエチルアクリレート、ヒドロキシプロピルアクリレート、ジウレタンジメタクリレート樹脂、ヒドロキシエチルメタクリレート、ヒドロキシプロピルメタクリレート、トリメチロールプロパントリアクリレート、1,6−ヘキサンジアクリレート、グリセリンジアクリレート、トリエチレングリコールジアクリレート、テトラエチレングリコールジアクリレート、及びブタンテトラカルボン酸二無水物とヒドロキシエチルメタクリレートとの反応生成物、トリエチレングリコールジメタクリレート、ウレタンジメタクリレート、及びブタンテトラカルボン酸二無水物とグリセロールジメタクリレートとの反応生成物から成る群より選択することができる。
【0017】
さらに、歯科用接着剤組成物は、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、N,N−メチレン−ビス−アクリルアミド、N,N−エチレン−ビス−アクリルアミド、及び1,3−ビス(アクリルアミド)−N,N−ジエチルプロパン等のアクリルアミド又はそれらの誘導体をさらに含有することがでできる。
【0018】
重合性モノマー又はプレポリマーは、ラジカル重合性アルコール若しくはポリオール誘導体のホスフェートエステル又はホスホネート誘導体から成る群より選択されるホスフェート系酸性接着促進剤であってもよい。ホスホネートエステル誘導体は、US4,514,342に示される方法を用いて調製することができる。好適なカルボン酸系接着促進剤の例として、US5,218,070のようなブタンテトラカルボン酸二無水物とヒドロキシエチルアクリレートとの反応生成物を挙げることができる。接着促進剤として有用な様々なラジカル重合性酸性モノマーもまた、例えばUS4,806,381及びUS6,350,839に示されるような多くの他の方法で得ることができる。
【0019】
ラジカル重合性アルコール又はポリオール誘導体は、ヒドロキシエチルアクリレート、ヒドロキシプロピルアクリレート、グリセロールジアクリレート、ペンタエリスリトールトリアクリレート、ジペンタエリスリトールペンタアクリレート、ヘキサンジオールアクリレート、ポリエチレンオキシドアクリレート及びトリアリルペンタエリスリトールから成る群より選択することができる。
【0020】
重合性モノマー又はプレポリマーはさらに、酸無水物とアルコールのラジカル重合性誘導体との反応生成物から成る群より選択されるカルボン酸系接着促進剤であってもよい。酸無水物は、ブタンテトラカルボン酸二無水物、テトラヒドロフランテトラカルボン酸二無水物、ベンゼンテトラカルボン酸二無水物及びベンゼントリカルボン酸二無水物から成る群より選択することができる。アルコールのラジカル重合性誘導体は、ヒドロキシエチルアクリレート、ヒドロキシプロピルアクリレート、グリセロールジアクリレート、ペンタエリスリトールトリアクリレート、ジペンタエリスリトールペンタアクリレート、ヘキサンジオールアクリレート、ポリエチレンオキシドアクリレート及びトリアリルペンタエリスリトールから成る群より選択されてもよい。
【0021】
これらは、例えば、EP−A−0,480,472に記載されているタイプの一官能性又は多官能性アクリレート及びメタクリレートであってもよい。さらに、例えば、DE−A−2,312,559及びEP−A−0,219,058に記載されているタイプの、末端アクリレート基又は末端メタクリレート基で官能化されたモノマーも同様に使用され得る。
【0022】
本発明による歯科用接着剤組成物は、t−ブタノールを含有する溶媒をさらに含む。好ましい実施形態では、歯科用接着剤組成物は、唯一の溶媒成分としてt−ブタノールを含有する。さらなる好ましい実施形態では、歯科用接着剤組成物は、t−ブタノールと1つ又は複数のさらなる溶媒成分とを含有する。さらなる溶媒成分は、歯科分野で従来使用されている、短鎖アルコール、短鎖ケトン、脂肪族又は不飽和エーテル及び環状エーテル等の従来の不活性溶媒から選択され得る。歯科用接着剤組成物は溶媒を10〜95重量%の量で含有することができ、この溶媒は、硬質体物質への重合性モノマー又はプレポリマーの接着を促進させるのに有効な30〜100重量%の量でt−ブタノールを含有している。歯科用組成物は、20〜60重量%、特に20〜30又は40〜60重量%のt−ブタノールを溶媒として含有することが好ましい。
【0023】
本発明による歯科用接着剤組成物は、酸を含有していてもよい。酸は無機酸であっても、有機酸であってもよい。無機酸の例は、リン酸、硫酸又は塩酸等の歯科分野で一般的に使用されている従来の無機酸である。有機酸の例は、上記のような分子中の重合性二重結合の存在により重合反応に関与し得る有機酸、又は、酒石酸、シュウ酸等の歯科分野で一般的に使用されている従来の有機酸である。本発明による歯科用接着剤組成物は、3より低いpH、好ましくは2より低いpH、最も好ましくは1より低いpHを有することが好ましい。
【0024】
本発明による歯科用接着剤組成物は、開始剤をさらに含む。この場合、歯科用接着剤組成物は、開始剤が光開始剤である一成分系歯科用接着剤組成物であることができる。組成物は、カンファーキノン等のα−ジケトンを含むことができる。
【0025】
本発明による組成物はまた、充填剤、好ましくはナノフィラー、従来の安定化剤及び補助剤を含有していてもよい。充填剤は、組成物の総量に基づき、0.1〜20重量%、好ましくは1〜10重量%の量で含有され得る。ナノフィラーの粒径は、1〜100nm、好ましくは2〜20nmの範囲であり得る。平均粒径は、0.5〜50nm、好ましくは1〜20nmの範囲であり得る。一般的なナノフィラーは、Aerosil又はOrmocerである。
【0026】
本発明による組成物は一成分系配合物としてポリエチレン容器にパッケージされることができる。
【0027】
本発明によれば、強酸性pHを有する光硬化性一成分系歯科用接着剤組成物を提供することができ、この組成物は、アクリレートモノマー及びプレポリマーのエステル基の反応性、任意選択的な充填剤の沈殿、又は容器からの溶媒の蒸発による劣化を長期間起こさない。
【0028】
有機過酸化物が、本発明の接着剤組成物の酸性条件下で不安定であり、且つこの有機過酸化物と組み合わせて使用されるアミン等の任意の還元剤が、本発明の接着剤組成物の酸性条件下で有効ではないことを考えると、有機過酸化物は、本発明による開始剤として有用ではない。さらに、エステル化及びエステル交換の問題が、加水分解安定性アクリルアミドによって生じないことを考えると、加水分解安定性アクリルアミドの開示は、酸性条件下での重合性モノマー及びプレポリマーの安定性の問題に対する代替的なアプローチを示している。最終的に、任意選択的な充填剤の沈殿という問題に関してtert−ブタノールの安定化効果を考えると、本発明は、組成物中の充填剤の存在においてさらなる利点を提供する。
【0029】
〔実施例〕
象牙質及びエナメル質への接着力を下記のように試験した。
【実施例1】
【0030】
歯の象牙質及びエナメル質への結合強度の測定方法
重大な解剖学的変性、異常又は修復のない、ヒト抜去歯を、1%次亜塩素酸ナトリウム溶液に18〜24時間浸漬させて洗浄及び消毒し、洗い流し、その後、1〜8℃で、約4℃の1%塩化ナトリウム水(食塩水)溶液中に、6ヶ月以内で使用するまで貯蔵した。
【0031】
象牙質への接着のために、300グリットの湿潤炭化ケイ素紙を用いて研磨することによって歯を準備し、エナメル質と象牙質との間の元の境界面の真下の平面にある象牙質領域を露出させた。その後、この領域を600グリットの湿潤炭化ケイ素紙で磨くことによって研磨した。1〜12時間以内で使用するまで、歯を水中に保持した。
【0032】
エナメル質への接着を試験する際、適宜、直径が約5mmのエナメル質平面領域が存在するように歯を選択した。この領域を洗浄し、1,200グリットの湿潤炭化ケイ素粉末及び歯科用ハンドピースの回転する剛毛ブラシを用いてきれいにした。その後、歯は6時間以内に以下のように使用された。
【0033】
接着される表面はティッシュペーパーで軽く水分を拭き取られた。エッチングが必要な場合には、特に断りがなければ、いずれかの一般的に市販のエッチング剤(Etchgel、Dentsply)を用いて歯の表面をエッチングした。その後、Dentsply International Inc.により供給されるフェルトアプリケーターチップを用いて接着剤溶液を塗布した。接着剤溶液を20秒間表面上に静置した後、油分を含まない乾燥した空気流を穏やかに吹きかけることによって残留する溶媒又は水を蒸発させた。残留する樹脂の層は、400〜500nm波長領域における、350ミリワット/平方センチメーターの最小出力を有する歯科用光硬化ユニット(例えば、Dentsply International Inc.によって販売されているSpectrum硬化ユニット)からの光を10秒間照射することによって光硬化された。内径5mm、長さ約4mmのプラスチック製ストローの端部を、準備した表面に置き、歯科用光硬化充填材料(Spectrum(商標)、Dentsply International Inc.)で充填した。最後に、露出している端部から歯科用光を40秒間照射することによって充填材料を硬化した。
【0034】
準備した試料を24時間37℃の水中に貯蔵した後、500ニュートンの最大荷重を有するセル、毎分1mmのクロスヘッド速度、及び直径2mmのたがねを有するZwick製のユニバーサル材料試験機モデルZ010を用いてせん断について試験した。たがねは、円筒の中心軸に対して45度の角度で円筒の末端を横切って平面を研削及び研磨することによって下端に形成された先端部を有する。試験位置で、たがねの先端部を複合体に当てた。歯をそれぞれ試験用プラスターに垂直に取り付けた。少なくとも6つの試料を各試験用に準備し、平均接着力を算出した。本発明は、以下に示される実施例によってさらに例示される。様々な樹脂に関して略語を使用し、これらの意味及び供給源を初めに以下の表に示す。
【0035】
【表1】

【実施例2】
【0036】
本発明の比較蒸発速度及び改良されたパッケージ安定性を示すデータ
様々な溶媒の沸点、融点、エタノールに対する蒸発速度、及び純溶媒の誘電率を次の表に示す。沸点、融点及び誘電率は、"CRC Handbook of Chemistry and Physics"から得た。誘電率は、イオン反応に関して溶媒安定性の指標として用いることができる。蒸発速度は、1mgまで秤量することができる電子天秤上のアルミニウム皿に1〜3gの溶媒を入れて測定された。空気を約20m/分の速度で天秤皿を横切って汲み出し、5分間30秒間隔で重量損失を測定した。これにより、gm/秒単位の蒸発速度が得られ、エタノールに対する蒸発速度が算出された。エタノールの蒸発速度と同様の蒸発速度が、有益であることが分かった。
【0037】
【表2】

【0038】
エタノールは、蒸発速度及び誘電率の観点から好ましい溶媒であり、歯科用配合物中の溶媒として申し分なく許容される。しかしながら、先に説明したように、エタノールが、歯科用接着剤の多くの成分と反応するので望ましくない。メタノールはわずかに速い蒸発速度及びより大きい誘電率を有するが、その毒性及び反応性のために使用することができない。アセトンは、良好な湿潤性を有するが、開放型の皿において極めて速く蒸発し、パッケージすることが難しい。
【実施例3】
【0039】
ポリエチレンボトルからの溶媒の損失率
多くの商業用の歯科用接着剤系は現在アセトンをベースとしているが、これは、その高い揮発性、及びポリエチレンボトルの壁を容易に通過する能力のために理想的な溶媒ではない。このことから、多くの歯医者が好まないガラスボトルの使用、又は壁に防湿層を包含するプラスチックボトルの使用が余儀なくされる。このようなボトルの例は、US6076709に記載されている。しかしながら、このような多層ボトルは高価な傾向にある。このため、通常のポリエチレンボトルからの様々な溶媒の損失率が、以下のように測定された。4.5mlの内容量及び約0.8mmの平均壁厚を有するポリエチレンボトルを、アセトン、エタノール、イソプロパノール及びt−ブタノールで部分的に充填した。初めに、封止したボトルを秤量し、その後、周囲条件下で貯蔵した。ボトルを適切な間隔で再秤量し、1日当たりの平均損失を各溶媒に関して算出した。結果は、下記の表に示されるが、ボトルの壁を介したt−ブタノールの損失が、イソプロパノールよりも約1.5倍遅く、エタノールの損失よりも2.5倍遅く、アセトンの損失よりも20倍遅いことを示している。したがって、パッケージからの溶媒損失の観点より、t−ブタノールが極めて好ましい。
【0040】
【表3】

【実施例4】
【0041】
溶媒−酸性モノマー混合物の貯蔵安定性
3gのPENTA(ジペンタエリスリトールの強酸性リン酸エステル及びアクリル酸エステル)(30%)のエタノール溶液を4.5mlの容量を有するポリエチレンボトルに入れ、上端を密封した。ボトルを50℃で貯蔵し、エージングプロセスを促進させた。
【0042】
3gのPENTA(30%)のイソプロパノール溶液を4.5mlの容量を有するポリエチレンボトルに入れ、上端を密封した。ボトルを50℃で貯蔵し、エージングプロセスを促進させた。
【0043】
3gのPENTA(30%)のt−ブタノール溶液を4.5mlの容量を有するポリエチレンボトルに入れ、上端を密封した。ボトルを50℃で貯蔵し、エージングプロセスを促進させた。
【0044】
24時間後にはもう、PENTAのエタノール溶液及びイソプロパノール溶液を含有するボトルは、アクリル酸エステルの強力で不快な臭いがした。対照的に、PENTAのt−ブタノール溶液を含有するボトルの臭いは変化しなかった。5日後、気相FTIRスペクトルを、各液体の上方の蒸気から得た。スペクトルは全て、アルコールによる吸収を示したが、エタノール溶液及びイソプロパノール溶液の上方の蒸気のスペクトルは、エステルC=O伸縮による1,748cm−1の吸収も示した。様々な溶液中で形成されるエステルによる1,748cm−1のピークの吸収を以下の表に示す。表中、吸収は、1,800cm−1のベースラインの吸収を引くことによりベースラインの差異を補正してある。Williams及びFleming著"Spectroscopic methods in Organic Chemistry"(McGraw-Hill発行)において、エステルのC=O結合に関する特徴的な赤外吸収領域は1,735〜1,750cm−1であると示されている。
【0045】
【表4】

【0046】
これより、t−ブタノールが溶媒として使用される際に、安定性が最も高いことが実証される。
【0047】
したがって、エタノールと比べて、t−ブタノールを溶媒として使用すると、ポリエチレンボトルからの損失率はより小さく、蒸発速度は同様であり、且つ配合物の他の構成成分への反応が全くない。このため、t−ブタノールは、本発明の配合物において、他の溶媒よりも極めて好ましい。
【実施例5】
【0048】
様々な溶媒を含む接着剤配合物の安定性
接着剤配合物を、以下の表に示される部の比率で成分を混合することにより調製した。これらの配合物は、黄色光に対して感受性であるため、混合は黄色光の下で行った。ナノフィラーを使用する場合、配合物を含有するボトルを超音波浴槽に浸漬させてナノフィラーを配合物中に分散した。
【0049】
【表5】

【0050】
Machery-Nagel製の製品番号92115の0〜6pH表示ストリップを用いてpHを測定した。ストリップを脱イオン水で軽く湿らせた後、測定する接着剤溶液を含浸させた。これらの試験紙によって測定可能な最も低いpHは0.0である。
【0051】
上記の実施例2〜実施例5は、歯科産業で一般的に使用されているようなポリエチレンボトルに充填されており、これらは、50℃の炉内で貯蔵された。試料を、週に一度又は必要に応じて取り出して、視覚的に且つ前述のように象牙質への接着を試験することによって安定性を調査した。結果を以下に示す。実施例1及び実施例6は、さらに実施可能な配合物の例として提供されたに過ぎない。
【実施例6】
【0052】
50℃で配合物を貯蔵した後の象牙質への接着力(MPa単位)
【0053】
【表6】

【実施例7】
【0054】
充填剤の沈殿
LumiFuge114試験遠心分離機を用いて4時間、通常の重力の500倍相当で遠心分離することによって、ナノフィラーを含有する配合物の物理安定性を試験した。
【0055】
結果
実施例2 沈殿なし
実施例3 わずかに沈殿あり
実施例4 完全に沈殿した
【0056】
結果として、t−ブタノールを含有する配合物は、エタノール又はアセトンのいずれかを含有する配合物よりも物理的に安定であることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高くとも3のpHを有する一成分系歯科用接着剤組成物であって、
(a)重合性アクリレートモノマー又はプレポリマー、
(b)光開始剤、及び
(c)t−ブタノールを含有する溶媒
を含む、歯科用接着剤組成物。
【請求項2】
前記溶媒を10〜95重量%の量で含有し、該溶媒が、硬質体物質への前記重合性アクリレートモノマー又はプレポリマーの接着を促進させるのに有効な30〜100重量%の量でt−ブタノールを含有する、請求項1に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項3】
前記重合性アクリレートモノマー又はプレポリマーが、アクリル酸、メタクリル酸、シアノアクリル酸及びイタコン酸、並びにそれらの混合物から成る群より選択される少なくとも1つの不飽和カルボン酸の誘導体を含む、請求項1又は2に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項4】
前記重合性アクリレートモノマー又はプレポリマーが、ヒドロキシエチルアクリレート、ヒドロキシプロピルアクリレート、ジウレタンジメタクリレート樹脂、ヒドロキシエチルメタクリレート、ヒドロキシプロピルメタクリレート、トリメチロールプロパントリアクリレート、1,6−ヘキサンジアクリレート、グリセリンジアクリレート、トリエチレングリコールジアクリレート及びテトラエチレングリコールジアクリレート、ブタンテトラカルボン酸二無水物とヒドロキシエチルメタクリレートとの反応生成物、トリエチレングリコールジメタクリレート、ウレタンジメタクリレート、及びブタンテトラカルボン酸二無水物とグリセロールジメタクリレートとの反応生成物から成る群より選択される、請求項1〜3のいずれか1項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項5】
前記重合性アクリレートモノマー又はプレポリマーが、ラジカル重合性アルコール若しくはポリオール誘導体のホスフェートエステル又はホスホネート誘導体から成る群より選択される、ホスフェート系酸性接着促進剤である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項6】
前記ラジカル重合性アルコール又はポリオール誘導体が、ヒドロキシエチルアクリレート、ヒドロキシプロピルアクリレート、グリセロールジアクリレート、ペンタエリスリトールトリアクリレート、ジペンタエリスリトールペンタアクリレート、ヘキサンジオールアクリレート、及びポリエチレンオキシドアクリレートから成る群より選択される、請求項5に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項7】
前記重合性アクリレートモノマー又はプレポリマーが、酸無水物とアルコールのラジカル重合性アクリレート誘導体との反応生成物から成る群より選択される、カルボン酸系接着促進剤である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項8】
前記酸無水物が、ブタンテトラカルボン酸二無水物、テトラヒドロフランテトラカルボン酸二無水物、ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、及びベンゼントリカルボン酸無水物から成る群より選択される、請求項7に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項9】
前記アルコールのラジカル重合性誘導体が、ヒドロキシエチルアクリレート、ヒドロキシプロピルアクリレート、グリセロールジアクリレート、ペンタエリスリトールトリアクリレート、ジペンタエリスリトールペンタアクリレート、ヘキサンジオールアクリレート、ポリエチレンオキシドアクリレート、ヒドロキシエチルメタクリレート、ヒドロキシプロピルメタクリレート、及びグリセロールジメタクリレートから成る群より選択される、請求項7又は8に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項10】
前記光開始剤がα−ジケトンを含む、請求項1〜9のいずれか1項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項11】
前記触媒がカンファーキノンを含む、請求項10に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項12】
ポリエチレン容器にパッケージされている、請求項1〜11のいずれか1項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項13】
充填剤をさらに含む、請求項1〜12のいずれか1項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項14】
前記充填剤がナノフィラーである、請求項13に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項15】
象牙質への少なくとも18MPaの接着力を有する、請求項1〜14のいずれか1項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項16】
一成分系配合物である、請求項1〜15のいずれか1項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項17】
前記重合性モノマー又はプレポリマーが、水性媒体中、酸性条件下で加水分解性の官能基を含有する、請求項1〜16のいずれか1項に記載の歯科用接着剤組成物。

【公表番号】特表2008−508195(P2008−508195A)
【公表日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−522925(P2007−522925)
【出願日】平成17年5月13日(2005.5.13)
【国際出願番号】PCT/EP2005/005263
【国際公開番号】WO2006/010392
【国際公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【出願人】(502289695)デンツプライ デトレイ ゲー.エム.ベー.ハー. (28)
【Fターム(参考)】