説明

歯科用窩洞修復前処理剤

【課題】歯牙の窩洞修復において、施術から長期間経過した後であっても、接着強度が低下するのを抑制することができる手段を提供すること。
【解決手段】ヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用窩洞修復前処理剤(窩洞を埋める前に当該窩洞を処理する剤)に関し、より詳細には、ヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の歯冠修復においては、ミニマルインターベンション(最低の侵襲)に基づいた治療が提唱されている。このため、歯牙への侵襲が大きい従来のアマルガム修復法等に比べ、侵襲が比較的小さいコンポジットレジン修復法やグラスアイオノマー修復法が広く普及しつつある。コンポジットレジン又はグラスアイオノマー等の歯科修復材で歯牙欠損部を補うにあたっては、歯牙と歯科修復材との接着強度を、より強くかつ長期間にわたって保つことが非常に重要である。
【0003】
例えば、コンポジットレジン修復法では、通常、窩洞の象牙質表面をエッチング剤によりエッチング処理した後、さらにボンディング材によりボンディング処理を施し、コンポジットレジンをつめて硬化及び接着させることで当該窩洞を埋め、歯牙が修復される。
【0004】
当該処理をより具体的に説明すると次のようになる。う蝕等の治療のため、歯牙における治療対象部分(例えばう蝕部分)を切削(例えば回転切削)する。当該切削により、窩洞が生じる。窩洞に対してエッチング処理を行うことによりスメアー層(回転切削を行った際の削りかす層)が除去されるとともに、その下の象牙質基質表面にコラーゲン繊維が露出される。当該コラーゲン繊維層へボンディング材が浸透し、ボンディング材に含まれる接着性モノマーが歯質と結合する。そして、ここへコンポジットレジンをのせることで前記接着性モノマーとコンポジットレジンとが接着する。コンポジットレジンは化学硬化又は光硬化等により硬化される。
【0005】
なお、従来、エッチングにより露出したコラーゲン繊維は、水洗後のエアー乾燥により収縮してしまい、ボンディング材が十分に浸透しづらいという欠点があった。しかし、現在では収縮したコラーゲン繊維を立ち上げてボンディング材の透過性を向上させる“プライマー”が用いられるようになり、当該欠点は克服されている。つまり、エッチング処理とボンディング処理との間に、プライマーによる処理(プライマー処理)をさらに行うことで、当該欠点が克服される。
【0006】
このようなシステムは、エッチング剤、プライマー、及びボンディング材という3つの要素から構成されているために3ステップシステムと呼ばれている。
【0007】
最近では、プライマー成分に加え、酸性の接着性モノマーを配合する等して、エッチング作用を有するプライマー(セルフエッチングプライマー)も開発されている。このセルフエッチングプライマーとボンディング材で構成されるシステムは2ステップシステムと呼ばれている。また、さらには、セルフエッチングプライマーとボンディング材とを合体させた、1ステップボンディング材(あるいはセルフエッチングボンディング材又はオールインワン)と呼ばれる1ボトル・1ステップの接着システムも開発されており、操作の簡便さの改良は一段と進んでいる。
【0008】
しかしながら、近年、象牙質への接着において、長期間(例えば数年以上)が経過するにつれ接着強度が弱くなってくる場合があるという問題点が指摘されている。特に、修復施術から長期間経過後に、象牙質に存在するコラーゲン繊維が分解されているという報告があり、このコラーゲンの分解が接着強度低下の大きな原因ではないかと考えられている。
【0009】
このため、歯科修復において、長期間経過後のコラーゲン分解を抑制する手段を見出すために研究開発進められつつある。例えば、上記の各種窩洞前処理剤に、コラーゲンの分解を抑制できる成分を配合すること等が試みられている。しかしながら、このような成分を窩洞前処理剤に配合すると、歯科修復材接着直後の接着強度が低下してしまう問題があった。このような状況であるため、現在のところ、施術から長期間経過した後であっても、接着強度が低下するのを抑制することができる手段は見つかっていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】日歯保存誌47(6):873〜884,2004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、歯牙の修復において、施術から長期間経過した後であっても、接着強度が低下するのを抑制することができる手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、驚くべき事に、ヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤であれば、歯牙修復施術直後の接着強度が低下することなく、むしろ向上し、かつ長期間経過後の接着強度低下も抑制し得るであろうことを見出し、さらに改良を重ねて本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、例えば以下の項1〜8に記載の歯科用窩洞修復前処理剤及びキットを包含する。
項1.
ヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤。
項2.
ヘスペリジン類が、ヘスペリジン、ヘスペレチン、及び糖転移ヘスペリジンからなる群より選択される少なくとも1種である、項1に記載の歯科用窩洞修復前処理剤。
項3.
窩洞修復前処理剤が、エッチング剤、プライマー、ボンディング材、セルフエッチングプライマー、又は1ステップボンディング材である、項1又は2に記載の歯科用窩洞修復前処理剤。
項4.
窩洞修復前処理剤が、エッチング成分として、リン酸、エチレンジアミン四酢酸、クエン酸、マレイン酸、シュウ酸、及び硝酸からなる群より選択される少なくとも1種を含む、項1〜3に記載の歯科用窩洞修復前処理剤。
項5.
窩洞修復前処理剤が、プライマー成分として、メチルメタクリレート、ブチルメタクリレート、2−エチルヘキシルメタクリレート、ラウリルメタクリレート、2−ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)、2−ヒドロキシプロピルメタクリレート、グリセリル1,3−ジメタクリレート(GDMA)、グリセリル1,2−ジメタクリレート、シクロヘキシルメタクリレート、フェニルメタクリレート、イソボルニルメタクリレート、エチレングルコールジメタクリレート、1,4−ブタンジオールジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート(TEGDMA)、1,6−ヘキサンジオールジメタクリレート、1,12−ドデカンジオールジメタクリレート、トリメチロールプロパントリメタクリレート、ペンタエリトリチルテトラメタクリレート、及びジペンタエリトリチルヘキサメタクリレートからなる群より選択される少なくとも1種を含む、項1〜3に記載の歯科用窩洞修復前処理剤。
項6.
窩洞修復前処理剤が、ボンディング成分として、接着性モノマーを含む、項1〜3に記載の歯科用窩洞修復前処理剤。
項7.
窩洞修復前処理剤が、Phenyl−P、4−META、4−MET、MDP、MAC−10、HEMA及びMASAからなる群より選択される少なくとも1種の接着性モノマーを含む、項1〜3に記載の歯科用窩洞修復前処理剤。
項8.
項1〜7のいずれかに記載の歯科用窩洞修復前処理剤を備えた歯牙修復用キット。
【発明の効果】
【0014】
本発明のヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤であれば、歯牙修復施術直後の接着強度が低下することなく、むしろ向上し、かつ長期間経過後の接着強度低下も抑制し得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】象牙質へのコンポジットレジンの接着強度の検討手順の概要を示す。
【図2】歯科用コンポジットレジン適用窩洞前処理剤に含まれるヘスペリジン濃度を変化させた際の、象牙質へのコンポジットレジンの接着強度の検討結果を示す。
【図3】歯科用コンポジットレジン適用窩洞前処理剤にヘスペリジン、クロルヘキシジン、又はブドウ種子エキスを含ませた際の、象牙質へのコンポジットレジンの接着強度の検討結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について、さらに詳細に説明する。
【0017】
本発明は、ヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤に係る。
【0018】
ヘスペリジンは主に柑橘類に含まれるフラボノイドで、ヘスペレチン(5,7,3’−トリヒドロキシ−4’−メトキシフラバノン)の7位の水酸基にルチノース(L−ラムノシル−(α1→6)−D−グルコース)がβ結合した構造を有する。すなわち、次式に示す化学構造を有する。
【0019】
【化1】

【0020】
本発明に用いるヘスペリジン類としては、ヘスペリジンの他、ヘスペレチン、又はメチルヘスペリジン、ヘスペリジンメチルカルコン、ネオヘスペリジン、ネオヘスペリジンジヒドロカルコン等、或いは糖転移酵素(例えばサイクロデキストリン合成酵素等)でヘスペリジンに糖を付加させた糖転移ヘスペリジン等が例示される。なお、ヘスペリジンに結合する糖としては、グルコース、マルトース、フルクトース、ラムノース、ラクトースなどが例示されるが、ヘスペリジン1モルに対し、グルコースが1〜10モル付加したものが好ましく、特にグルコース1分子がα結合したもの(α−グリコシルヘスペリジン)が、水溶性等の点で好ましい。ヘスペリジン類は1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0021】
これらは、公知の物質であり、公知の方法で製造することができる。また、市販品を購入して用いることができる。例えば、ヘスペリジンとしては、例えば公知の方法によりミカン果皮から抽出したものを用いることができる。また、和光純薬工業株式会社、浜理薬品工業株式会社、アルプス薬品工業株式会社等から購入することもできる。また、精製されたヘスペリジンを用いなくとも、ミカン果皮等の原料から精製する途中の粗精製品を用いてもよいし、ミカン果皮等の原料をすり潰す、あるいは凍結乾燥粉砕するなどしてそのまま利用してもよい。また例えば、糖転移ヘスペリジンは、例えば、特開平3−7593号公報等を参照して製造することができる。また、例えばα−グリコシルヘスペリジンは、東洋精糖等から購入することができる。また、例えばメチルヘスペリジンは東京化成工業株式会社等から購入することができる。
【0022】
歯科用窩洞修復前処理剤とは、窩洞を埋める前に当該窩洞を処理する剤をいう。
【0023】
上述のように、歯科用窩洞修復前処理剤として、窩洞処理用の、エッチング剤、プライマー、ボンディング材、セルフエッチングプライマー、1ステップボンディング材等が知られている。本発明における歯科用窩洞修復前処理剤としては、特に制限はされず、例えば、これらのいずれの剤であってもよい。つまり、これらのいずれかの剤において、ヘスペリジン類が含有されるものは、本発明に包含される。
【0024】
エッチング剤は、窩洞に対してエッチング処理を行うために用いられる。エッチング処理はエナメル質及び/又は象牙質を例えば酸処理することで行うことができる。当該エッチング処理により、窩洞の最表面にスメアー層(回転切削を行った際の削りかす層)が存在する場合はこれが除去されるとともに、その下の象牙質基質表面にコラーゲン繊維が露出される。
【0025】
エッチング剤には当該エッチング処理能を有するエッチング成分が含まれる。エッチング成分は酸性成分であることが好ましい。エッチング剤はエッチング成分のみからなるものであってもよいし、エッチング成分を含有する組成物(例えば水溶液)であってもよい。エッチング成分としては、窩洞エッチング処理用として知られる公知のエッチング成分を用いることができる。例えば、エッチング成分としてリン酸、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、クエン酸、マレイン酸、シュウ酸、硝酸等を用いることができる。これらは単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。また、リン酸によるエッチング処理後にEDTAによるエッチング処理を行うといった具合に、組み合わせて複数回処理を行ってもよい。また例えばエッチング成分としてリン酸を用いる場合、20〜90w/v%程度、好ましくは25〜45w/v%程度のリン酸水溶液、あるいは当該リン酸水溶液に増粘剤を適当量加えてゼリー状にしたもの、等をエッチング剤として用いることができる。また、公知の歯科用エッチング剤を用いることもできる。なお、エッチング成分としてリン酸を含有するエッチング剤によるエッチング処理は、特にリン酸エッチング処理と呼ばれる。
【0026】
プライマーは、歯科修復材の歯牙への吸着性を向上させるために用いられる。限定的な解釈を望むものではないが、エッチング処理により露出したコラーゲン繊維が収縮したとしても、プライマーで処理することにより、当該コラーゲン繊維を立ち上げてボンディング材の透過性を向上させることができ、このために歯科修復材の歯牙への吸着性が向上すると考えられている。
【0027】
プライマーには、このようなプライマー作用を有するプライマー成分が含まれる。プライマーはプライマー成分のみからなるものであってもよいし、プライマー成分を含有する組成物(例えば水溶液)であってもよい。プライマー成分としては、公知のものを用いることができる。例えば、プライマー成分として、モノ−、ジ−、または、より多価の多官能性アルコールのアクリル酸およびメタクリル酸エステルを用いることができる。より具体的には、メチルメタクリレート、ブチルメタクリレート、2−エチルヘキシルメタクリレート、ラウリルメタクリレート、2−ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)、2−ヒドロキシプロピルメタクリレート、グリセリル1,3−ジメタクリレート(GDMA)、グリセリル1,2−ジメタクリレート、シクロヘキシルメタクリレート、フェニルメタクリレート、イソボルニルメタクリレート、エチレングルコールジメタクリレート、1,4−ブタンジオールジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート(TEGDMA)、1,6−ヘキサンジオールジメタクリレート、1,12−ドデカンジオールジメタクリレート、トリメチロールプロパントリメタクリレート、ペンタエリトリチルテトラメタクリレート、ジペンタエリトリチルヘキサメタクリレート等が例示される。プライマー成分は1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。また、プライマー成分の水溶液又はアセトン溶液をプライマーとして好ましく用い得る。この場合の濃度は、適宜設定することができるが、例えばプライマー成分としてHEMAを用いる場合、20〜90w/v%程度の水溶液又はアセトン溶液をプライマーとして好ましく用いることができる。また、本発明において、プライマーとして公知のプライマーを用いることもできる。
【0028】
ボンディング材は、歯質と歯科修復材を合着させるために用いられる。ボンディング材には、ボンディング成分が含まれる。但し、下述するように、セルフエッチングプライマーと組み合わせて用いるボンディング材には、ボンディング成分は含まれなくてもよい。
【0029】
ボンディング成分は、歯牙と歯科修復材とに結合し、これらを接着させ得る成分である。ボンディング成分としては、公知のものを用いることができる。
【0030】
例えば、ボンディング成分として用い得ることが公知である接着性モノマーを用いることができる。このような接着性モノマーは、歯質と結合する親水性基(好ましくはリン酸基、カルボキシル基、ヒドロキシル基等)、及び硬化のための重合基(好ましくはメタクリロイル基)、の2種の基を有することが好ましい。また、さらに歯科修復材と結合する疎水性基(フェニル基又はアルキル基等)を有するとより好ましい。なお、当該疎水性基としては、フェニル基又はアルキル基等(好ましくは炭素数1〜6、より好ましくは1〜4、具体的には例えばエチル基、メチル基、プロピル基、ブチル基、イソプロピル基等)が例示される。つまり、接着性モノマーとしては、リン酸基、カルボキシル基、及びヒドロキシル基からなる群より選択される少なくとも1種、並びにメタクリロイル基を有する化合物が好ましく、これに加えてさらにフェニル基及び/又はアルキル基を有する化合物がより好ましい。具体的な好ましい接着性モノマーとしては、例えばPhenyl−P、4−META、4−MET、MDP、MAC−10、HEMA、MASA(N−methacryloyloxy−5−aminosalicylic acid)等が挙げられる。これらの成分の構造式を以下に示す。
【0031】
【化2】

【0032】
【化3】

【0033】
【化4】

【0034】
【化5】

【0035】
【化6】

【0036】
【化7】

【0037】
【化8】

【0038】
これらの接着性モノマーは、1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。例えば、20〜90w/v%程度、好ましくは25〜45w/v%程度の接着性モノマー水溶液をボンディング材として用いることができる。また、本発明には、公知の歯科用ボンディング材を用いることもできる。
【0039】
また、ボンディング材として、例えば、リン酸亜鉛セメント、カルボキシレートセメント、グラスアイオノマーセメント及びレジンセメントを用いてもよい。更に、ボンディング材は、例えばフィラー(特にシリカ系ナノ又はマイクロフィラー)、フッ素化合物(フッ化ナトリウム等)、その他疎水性モノマー(Bis−GMA等)を含んでもよい。
【0040】
なお、エッチング剤によるエッチング処理後、歯牙(窩洞)を乾燥させなければコラーゲン線維が収縮する虞が減少することから、エッチング処理後に乾燥させることなくボンディング材を適用することにより、プライマーを用いないでコンポジットレジンとの接着強度を向上させるという手法も考案されている。当該手法はウェットボンディング法とも呼ばれる。当該手法に用いられるボンディング材は特にウェットボンディング材ともいう。
【0041】
セルフエッチングプライマーは、エッチング作用及びプライマー作用を有する組成物であり、例えばプライマーに酸性の接着性モノマー(例えば4−META、4−MET、MDP、MAC−10、MASA等)を配合する等して製造される。セルフエッチングプライマーとボンディング材を用いることで、より簡便かつ迅速にコンポジットレジンによる歯牙修復を行うことができる。
【0042】
セルフエッチングプライマーとしては公知のものを用いることができる。例えば、市販品(セルフエッチングプライマーとボンディング材を組み合わせた製品(キット)中のセルフエッチングプライマー)を用いることができ、このような製品としては、具体的にはクリアフィルメガボンド(クリアフィルSEボンド)、クリアフィルメガボンドFA(以上クラレメディカル)、ユニフィルボンド(GC)、インパーバフルオロボンドII(松風)等が例示される。
【0043】
1ステップボンディング材は、エッチング処理、プライマー処理、及びボンディング処理を一度に行うことができる剤であり、例えばセルフエッチングプライマーとボンディングレジンとを混合して製造される。このような1ステップボンディング材は、公知のもの、例えば市販品を好ましく用いることができ、具体的にはトライエスボンド(クラレメディカル)、Gボンド(GC)、ボンドフォース(トクヤマデンタル)、i−ボンド(クラウスクルツァー)、アブソリュート(デンツプライ三金)等が例示できる。
【0044】
本発明の歯科用窩洞修復前処理剤により処理した後に用いる歯科用修復材は、特に制限されず、公知のものを用いることができる。例えば、1,6−ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)2,2,4−トリメチルヘキサン及び1,6−ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)2,4,4−トリメチルヘキサンの混合物(UDMA)、2,2−ビス[4−(3−メタクリロイルオキシ−2−ヒドロキシプロピルオキシ)フェニル]プロパン(bis−GMA)、トリエチレングリコールジメタクリレート、2,2−ビス[(4−メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン]等のレジンセメントが例示される。また、歯科用コンポジットレジンとして用いる製剤(即ち、歯科用コンポジットレジンを含む製剤)が市販されており、そのような市販品を用いることもできる。市販品としては、化学重合型歯科用コンポジットレジン「クリアフィルFII」(クラレメディカル)、デュアルキュア型歯科用コンポジットレジン「クリアフィルDCコアオートミックス」(クラレメディカル)、光硬化型歯科用コンポジットレジン「クリアフィルマジェスティLV」(クラレメディカル)等が例示される。なお、“クリアフィル”は登録商標である。
【0045】
本発明の歯科用窩洞修復前処理剤に含有されるヘスペリジン類の量は、特に制限されないが、当該前処理剤全体に対して、0.01〜10質量%程度が例示でき、0.05〜5質量%程度がより好ましく、0.1〜1質量%程度がさらに好ましい。市販の歯科用窩洞修復前処理剤にヘスペリジン類を含有させて用いることもできる。なお、上述の通り、ヘスペリジン類として精製されていない粗精製品等を用いることもでき、そのような場合、当該値はヘスペリジン類量換算の値である。
【0046】
本発明は、上述の、ヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤を備えた、キットも包含する。当該キットは、コンポジットレジンを用いて窩洞を埋め、修復するために好ましく用いることができる。
【0047】
このようなキットは、ヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤の他に、施術に用いるためのディスポーザブルアプリケーターやディスポディッシュを1又は複数(例えば2〜10程度)備えることができる。また、ヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤が、エッチング剤の時は適切なプライマー及び/又はボンディング材を備え得、プライマーの時は適切なエッチング剤及び/又はボンディング材を備え得、ボンディング材の時は適切なエッチング剤及び/又はプライマーを備え得、セルフエッチングプライマーの時は適切なボンディング材を備え得る。また、歯科用コンポジットレジンを備えることができる。なお、これらは例示であり、これら以外のものを備えてもよい。
【0048】
本発明のヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤、及びこれを備えたキットは、より具体的には、歯牙(エナメル質、象牙質)及び歯科修復材(金属材料、コンポジットレジン硬化物、陶材、セラミックス等)とコンポジットレジン系歯科材料との接着のため、好ましく用いることができる。
【0049】
また、本発明は、歯科用窩洞修復前処理剤とヘスペリジン類を混合する工程を含む、歯科修復材接着強度低下抑制用前処理剤を製造する方法も包含する。さらに、本発明は、歯科用窩洞修復前処理剤とヘスペリジン類を混合する工程を含む、歯科修復材接着強度低下を抑制する方法も包含する。これらの方法における“接着強度”は、好ましくは長期間(例えば1〜3年又はそれ以上)経過時の接着強度である。
【0050】
また、本発明は、歯科用窩洞修復前処理剤とヘスペリジン類を混合する工程を含む、歯科修復材接着強度向上用前処理剤を製造する方法も包含する。さらに、本発明は、歯科用窩洞修復前処理剤とヘスペリジン類を混合する工程を含む、コンポジットレジン接着強度を向上させる方法も包含する。これらの方法における“接着強度”は、好ましくは接着直後あるいは短期間(例えば1〜3日)経過時の接着強度である。
【0051】
これらの方法における歯科用窩洞修復前処理剤として、上述したエッチング剤、プライマー、ボンディング材、セルフエッチングプライマー、又は1ステップボンディング材を用いることができる。また、これらの方法におけるヘスペリジン類として、上述したものを用いることができる。さらに、これらの方法では歯科用窩洞修復前処理剤とヘスペリジン類を混合するが、この混合割合は上述したのと同様であることが好ましい。つまり、これらの方法で得られる、ヘスペリジン類を含有する歯科修復材接着強度低下抑制用前処理剤又は歯科修復材接着強度向上用前処理剤の、ヘスペリジン類の含有量は、上述したのと同様であることが好ましい。混合の方法は特に制限されず、例えば1分〜12時間程度両者を混合し撹拌する方法が例示できる。
【0052】
また、本発明は、ヘスペリジン類を含有する、歯科用窩洞修復前処理剤に加えるための歯科修復材接着強度低下抑制剤も包含する。当該剤における“接着強度”は、好ましくは長期間(例えば1〜3年又はそれ以上)経過時の接着強度である。また、本発明は、ヘスペリジン類を含有する、歯科用窩洞修復前処理剤に加えるための歯科修復材接着強度向上剤も包含する。当該剤における“接着強度”は、好ましくは短期間(例えば1〜3日)経過時の接着強度である。
【0053】
これらの剤は、ヘスペリジン類のみからなるものでもよく、歯科修復材接着強度低下抑制効果又は歯科修復材接着強度向上効果を損なわない程度にヘスペリジン類以外の任意成分を含むものでもよい。このような任意成分は適宜設定することができる。例えば水、エタノール等の溶媒を挙げることができる。当該剤中に含まれるヘスペリジン類量は特に制限されない。例えば剤全体に対して0.1〜100質量%を挙げることができる。なお、歯科用窩洞修復前処理剤及びヘスペリジン類は上述したのと同様のものを用い得る。
【0054】
また、本発明は、歯科用窩洞修復前処理剤で処理した窩洞に対し、歯科修復材を適用する前に、ヘスペリジン類(上記歯科用窩洞修復前処理剤でもよい)を適用する方法も包含する。適用されるヘスペリジン類の量は適宜設定できる。なお、歯科用窩洞修復前処理剤及びヘスペリジン類は上述したのと同様のものを用い得る。
【実施例】
【0055】
以下、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の例に限定されるものではない。
象牙質への歯科修復材(コンポジットレジン)の接着強度の検討
4℃にて70%エタノール溶液中に保存しておいたヒト抜去歯のエナメル質部分を、低速度石切用丸鋸ISOMET(ビューラー社)にて咬合面に並行に切断し、流水中で切断断面を600-gritの耐水研磨紙により30秒間研磨し、象牙質を露出させた。
【0056】
そして、ヘスペリジン(HPN)、ブドウ種子エキス(GS)、又はクロルヘキシジン(CHX)を、0.1、0.5、又は1.0w/w%になるように、CLEARFILTM SE BOND(クリアフィルメガボンド)(クラレメディカル社)のプライマー(セルフエッチングプライマーに当たる)に混合した。なお、コントロールとして、CLEARFILTM SE BOND(クリアフィルメガボンド)のプライマー(セルフエッチングプライマー)そのものも使用した。
【0057】
このようにして得られた各セルフエッチングプライマーを用い、CLEARFILTM SE BOND(クリアフィルメガボンド)の使用方法に従って、露出させた象牙質とコンポジットレジンとを接合させた。具体的には、露出させた象牙質部分に各セルフエッチングプライマーをそれぞれ塗布し、20秒間静置してプライマー処理を行い、その後、弱いエアブローによりセルフエッチングプライマーを均一に延ばした。そのセルフエッチングプライマーの上へ、CLEARFILTM SE BOND(クリアフィルメガボンド)のボンディング材をスポンジにて塗布し、光出力密度700mW/cmにて10秒間可視光を照射し、当該ボンディング材を励起させた。この後、歯科用コンポジットレジンであるクリアフィルエステティックセメント(クラレメディカル)をのせ、20秒間可視光を照射することによって硬化させた。
【0058】
なお、用いたブドウ種子エキスは、キッコーマン食品株式会社製グラヴィノール−SLであり、当該ブドウ種子エキスにはプロトアントシアニジンが84%含有される。ヘスペリジンは精製品(和光純薬工業)を用いた。クロルヘキシジンはSIGMAから購入して用いた。また、CLEARFILTM SE BOND(クリアフィルメガボンド)のプライマー(セルフエッチングプライマー)には、HEMA及びMDPが含まれている。また、同ボンディング材には、シリカ系マイクロフィラー、Bis−GMA、HEMA、及びMDPが含まれている。
【0059】
次に、上記のようにして得られた、コンポジットレジンを接着させた抜去歯を、24時間37℃の蒸留水に浸漬した後、連続的に低速度石切用丸鋸ISOMET(ビューラー社)にて 歯の縦軸に沿って、0.9mm×0.9mmのロッド状に切断した。そして、各ロッドをシアノアクリレート接着剤にて小型卓上試験機 EZ Test(島津製作所)に設置し、毎分1mmの速度で引張試験を行い、接着強度を測定した。
【0060】
以上の検討手順概要を図1に示す。また、得られた接着強度データを図2及び図3に示す。
【0061】
図2から、歯科用窩洞修復前処理剤にヘスペリジンを含有させても、接着強度には影響が無いことが確認できた。特に、少なくとも1.0w/w%まではヘスペリジンを含有させても接着強度は低下しないことがわかった。
【0062】
また、図3から、ヘスペリジンを歯科用窩洞修復前処理剤に含有させることにより、歯科用窩洞修復前処理剤単独で処理する場合よりも接着強度が向上することがわかった。さらに、クロルヘキシジン又はブドウ種子エキスを含有させた場合は、歯科用窩洞修復前処理剤単独で処理する場合よりも接着強度が低下してしまうこともわかった。
【0063】
以上のことから、ヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤を用いることで、象牙質とコンポジットレジンとの接着直後(接着から1日〜数日)の接着強度を向上させることができることが確認できた。さらに、ヘスペリジンは、コラゲナーゼを抑制する効果を有することが知られており、このため、長期間経過後のコラーゲン分解を抑制することができると考えられる。従って、ヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤を用いることで、長期間経過後の接着強度低下も抑制することができると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘスペリジン類を含有する歯科用窩洞修復前処理剤。
【請求項2】
ヘスペリジン類が、ヘスペリジン、ヘスペレチン、及び糖転移ヘスペリジンからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の歯科用窩洞修復前処理剤。
【請求項3】
窩洞修復前処理剤が、エッチング剤、プライマー、ボンディング材、セルフエッチングプライマー、又は1ステップボンディング材である、請求項1又は2に記載の歯科用窩洞修復前処理剤。
【請求項4】
窩洞修復前処理剤が、エッチング成分として、リン酸、エチレンジアミン四酢酸、クエン酸、マレイン酸、シュウ酸、及び硝酸からなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項1〜3に記載の歯科用窩洞修復前処理剤。
【請求項5】
窩洞修復前処理剤が、プライマー成分として、メチルメタクリレート、ブチルメタクリレート、2−エチルヘキシルメタクリレート、ラウリルメタクリレート、2−ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)、2−ヒドロキシプロピルメタクリレート、グリセリル1,3−ジメタクリレート(GDMA)、グリセリル1,2−ジメタクリレート、シクロヘキシルメタクリレート、フェニルメタクリレート、イソボルニルメタクリレート、エチレングルコールジメタクリレート、1,4−ブタンジオールジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート(TEGDMA)、1,6−ヘキサンジオールジメタクリレート、1,12−ドデカンジオールジメタクリレート、トリメチロールプロパントリメタクリレート、ペンタエリトリチルテトラメタクリレート、及びジペンタエリトリチルヘキサメタクリレートからなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項1〜3に記載の歯科用窩洞修復前処理剤。
【請求項6】
窩洞修復前処理剤が、ボンディング成分として、接着性モノマーを含む、請求項1〜3に記載の歯科用窩洞修復前処理剤。
【請求項7】
窩洞修復前処理剤が、Phenyl−P、4−META、4−MET、MDP、MAC−10、HEMA及びMASAからなる群より選択される少なくとも1種の接着性モノマーを含む、請求項1〜3に記載の歯科用窩洞修復前処理剤。
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

【請求項8】
項1〜7のいずれかに記載の歯科用窩洞修復前処理剤を備えた歯牙修復用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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