説明

歯車、噛合アッセンブリ、歯面強度向上方法

【課題】歯車、噛合アッセンブリ、歯面強度向上方法を提供する。
【解決手段】歯面1に対して微小な鱗片状のささくれ2をランダムな方向で備える。これにより、ささくれ2で他方の歯面1の突起を削ぎ、歯面1を平滑にして歯面1のなじみ性を向上させ、剥離損傷を抑制して歯面1の強度を向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯面の強度を向上する歯車、噛合アッセンブリ、歯面強度向上方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、歯車は、歯面の強度を向上させるために、歯面に、銅、二硫化モリブデン、PTFEのテフロン(登録商標)等の種々の材質をコーティングして歯面の性状を改質する場合がある。
【0003】
又、歯面の強度を向上させる他の手段としては、対象物に高硬度な粒子を高速度で衝突させるショットピーニング処理により、歯面にマイクロディンプルを作成して歯面の強度を向上するものがある(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2005−201295号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、歯面にコーティング処理をする場合には、製造コストが上昇すると共に、歯面とコーティング材の密着性が悪い状態では歯面の強度を向上することができないという問題があった。又、歯面にマイクロディンプルを作成する場合には、マイクロディンプルの突起付け根部分に微小な亀裂が生じる虞があり、微小な亀裂を生じた際には、歯面の噛合運転に伴って大きなピットに成長し、ピッチングやスポーリングと呼ばれる歯面の剥離損傷を生じるという問題があった。
【0005】
本発明は上述の実情に鑑みてなしたもので、剥離損傷を抑制するように歯面の強度を向上する歯車、噛合アッセンブリ、歯面強度向上方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、歯面に対して微小な鱗片状のささくれをランダムな方向で備えたことを特徴とする歯車に係るものである。
【0007】
本発明において、前記鱗片状のささくれは、約数μm〜約100μmピッチのうねりがランダムに重層したテクスチャにより形成したものであることが好ましい。
【0008】
本発明において、前記鱗片状のささくれは、数μmのうねりと40〜100μmのうねりが重層したテクスチャにより形成したものであることが好ましい。
【0009】
本発明は、前記歯面の少なくとも噛み合い面において、前記テクスチャにより前記歯車の加工目を消失させたものであることが好ましい。
【0010】
本発明は、一対の歯車の歯面が噛み合うように構成した噛合アッセンブリであって、噛み合う歯面の少なくとも一方に上記発明の歯車を備えてなることを特徴とする噛合アッセンブリに係るものである。
【0011】
本発明は、歯車の歯面に微細で高硬度な粒子を高速度で衝突させて、前記歯面に対して微小な鱗片状のささくれをランダムな方向に形成することを特徴とする歯面強度向上方法に係るものである。
【0012】
本発明の歯車及び噛合アッセンブリによれば、歯面に対して微小な鱗片状のささくれをランダムな方向で備えるので、ささくれで他方の歯面の突起を削ぐことにより、歯面を平滑にして歯面のなじみ性を向上させ、結果的に、剥離損傷を抑制するように歯面の強度を向上することができる。
【0013】
本発明の歯面強度向上方法によれば、歯車の歯面に微細で高硬度な粒子を高速で衝突させることにより、歯車の歯面に対し、ランダムな方向に向かう微小な鱗片状のささくれを容易に形成することができる。
【発明の効果】
【0014】
以上、述べたように、本発明によれば、歯面に対して微小な鱗片状のささくれをランダムな方向で備えるので、歯面のなじみ性を向上させ、剥離損傷を抑制するように歯面の強度を向上することができるという優れた効果を奏し得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照しつつ説明する。
【0016】
図1〜図6は本発明を実施する形態の歯車、噛合アッセンブリ、歯面強度向上方法を示すものである。
【0017】
歯車は、歯面1に対して微小な鱗片状のささくれ2をランダムな方向で備えており、鱗片状のささくれ2は、表面方向において約数μm〜約100μmピッチのうねりが重層したテクスチャ(肌理や表面模様)、詳しくは数μmの細かなうねりと40〜100μmの大きなうねりとが重層したテクスチャにより形成されている。ここで、歯車の構成は、歯面1を介して他方の部材へ動力を伝達するものならば特に限定されるものでなく、はすば歯車、平歯車、内歯車、ラック、すぐばかさ歯車、曲がり歯かさ歯車、ねじ歯車、ウォームギヤ、ハイポイドギヤ等のどのようなものでも良い。
【0018】
噛合アッセンブリ(噛合集合体)は、種々の歯車を適宜組み合わせて少なくとも一対の歯車を構成すると共に、噛み合う歯面1の少なくとも一方に、上記の微小な鱗片状のささくれ2を備えた歯車を備えるものである。ここで、噛合アッセンブリの構成は、一方の歯車から歯面1を介して他方の歯車へ動力を伝達するならば特に限定されるものでなく、どのような構成でも良い。
【0019】
歯車の一例を具体的に示すと、歯車は、モジュール3.5、ねじれ角23°のはすば歯車であり、鋼材(SCM420H)を歯切り後、ガス浸炭焼入れを施し、歯面1を研削して歯車を準備し、歯面強度向上方法で処理したものである。
【0020】
歯面強度向上方法は、歯車の歯面1に微細で高硬度な粒子を高速度で衝突させる微粒子ピーニング処理を、異なる二条件で連続して行う2段ピーニングで行ったものであり、1段目のピーニング処理は、歯車に対し、直圧エア式により、投射圧力0.4〜0.69MPa好ましくは0.4〜0.6MPa、アークハイト0.2〜0.5mm(Nスケール)好ましくは0.24〜0.41mm(Nスケール)、カバレージ200%の条件下で、材質SKH、中心粒径70〜150μm好ましくは80〜130μm、硬度700〜1000Hv好ましくは750〜800Hvのショット粒を投射して処理し、2段目のピーニング処理は、歯車に対し、直圧エア式により、投射圧力0.3〜0.69MPa好ましくは0.4MPa、アークハイト0.07〜0.2mm(Nスケール)好ましくは0.07mm(Nスケール)、カバレージ200%の条件下で、材質SKH、中心粒径20〜70μm好ましくは50μm、硬度700〜1000Hv好ましくは750〜800Hvのショット粒を投射して処理し、最終的に、歯車の歯面1に対して微小な鱗片状のささくれ(先端部が細かく裂けた平面状の開裂部)2をランダムな方向に形成する。ここで微粒子ピーニング処理は1段ピーニングで行っても良い。
【0021】
その結果、歯面強度向上方法による処理前と処理後の歯面1を走査型電子顕微鏡により観察して比較すると、処理前の歯面1には、図3に示す如く研削目やシェービング目等の加工目を完全に残し、処理後の歯面1には、図4に示す如く歯車の加工目を完全に消失するように、ランダムな方向に向かう微小な鱗片状(平面状)のささくれ2を形成している。ここで、鱗片状のささくれ2は、微粒子ピーニング処理において、微細なショット粒を高速で投射することにより、歯面1の表面が鋼の変態点以上の高温になって極表面層が溶け、更に急激に空冷されて得られると考えられる。又、微小な鱗片状のささくれ2のうち、数μmの細かなうねりは、ショット粒が歯面1を擦った痕と考えられ、40〜100μmの大きなうねりは、ショット粒が衝突した塑性変形痕と考えられる。
【0022】
微小な鱗片状のささくれ2をランダム方向に備える歯車を用いて運転した際には、他方の対象物の歯車等に対して、ささくれ2の縁部3が他方の歯面1の突起を削ぐことにより、歯面1を平滑にして歯面1のなじみ性を向上させている。ここで、歯車及び噛合アッセンブリにおいて、噛み合う歯面1の一方に微小な鱗片状のささくれ2を備えた場合には他方の歯面1の突起を削ぐものとなり、噛み合う歯面1の両方に微小な鱗片状のささくれ2を備えた場合には、互いに他方の歯面1の突起等を削ぐものとなっている。
【0023】
以下、微小な鱗片状のささくれ2をランダム方向に備える歯車と、比較例の歯車とについて歯車強度を測定すると共に歯面粗さを測定し、夫々比較したものを示す。
【0024】
歯車強度の測定は、歯車回転数1500rpm、油温90℃、油量1.2L/min(潤滑油は大型自動車用トランスミッション油)の条件下で、初めになじみ運転を行い、その後一定のトルクを負荷し、歯面1の剥離損傷が生じるまでの耐久運転を行った。なお、なじみ運転は、加工目等により歯面1に生じた表面上の突起(粗さ)が運転に伴って磨耗し、滑らかになる状態をいい、突起の中には、磨耗に伴って付け根部分に微小な亀裂が生じ、本願発明の課題の如くピッチングやスポーリングと呼ばれる歯面1の剥離損傷を生じるものがある。
【0025】
一方、比較例の歯車は、インペラ式ショットピーニング処理によるものであり、歯車に対し投射速度62m/s、アークハイト0.35(Aスケール)、カバレージ200%、の条件下で、材質SC、粒径800μm、硬度560Hvのショット粒を投射して処理している。なお、インペラ式ショットピーニング処理による歯面1を走査型電子顕微鏡により観察して比較すると、処理前の歯面1には、加工目の一部がショット粒で押し潰される一方で、加工目を明瞭に残すものとなっている。
【0026】
耐久運転の結果、微小な鱗片状のささくれ2をランダム方向に備える歯車は、インペラ式ショットピーニングの比較例の歯車に比べて歯車強度が向上することが明らかであった。
【0027】
又、歯面粗さの測定の結果では、微小な鱗片状のささくれ2をランダム方向に備える歯車は、微粒子ピーニング処理を施した場合に、歯面1が、図5に示す如く処理前のものや、インペラ式ショットピーニングの比較例に比べて粗くなり、運転開始後短時間の場合には、歯面1が、一方の歯面1のささくれ2の縁部3で他方の歯面1の突起を削ぐことにより、図6に示す如く比較例に比べて他方の歯面1が平滑になっていることが明らかであった。
【0028】
又、微小な鱗片状のささくれ2をランダム方向に備える歯車と、インペラ式ショットピーニングの比較例の歯車とについて処理後の歯面1を走査型電子顕微鏡により観察して比較すると、目視での損傷は認められないが、比較例の歯車では、加工目に沿って多くのピットが発生し、これらのピットが繋がって大きく成長する兆候が見られた。一方、微小な鱗片状のささくれ2をランダム方向に備える歯車では、微小のピットが発生しているが、これらのピットが繋がって成長する様相は認められなかった。
【0029】
なお、他の比較方法において、歯面1の残留応力では、表面から比較的浅い領域の深さ約10μmで最大値を示すように、比較例に比べて表面近傍に大きな残留圧縮応力が付与されており、又、歯面1のX線半価幅では、結晶粒の大きさや微視的歪みの場所的不均一さで変化する半価幅が、歯面の深さ5〜40μmの領域で小さくなっていた。
【0030】
このように、本形態例の歯車及び噛合アッセンブリによれば、歯面1に対して微小な鱗片状のささくれ2をランダムな方向で備えるので、ささくれ2の縁部3で他方の歯面1の突起を削ぐことにより、歯面1を平滑にして歯面1のなじみ性を向上させ、結果的に、剥離損傷を抑制するように歯面1の強度を向上することができる。
【0031】
鱗片状のささくれ2は、約数μm〜約100μmピッチのうねりがランダムに重層したテクスチャにより形成したものであると、ささくれ2の縁部3で他方の歯面1の突起を適切に削ぐことにより、歯面1を平滑にして歯面1のなじみ性を容易に向上させ、歯面1の強度を一層向上することができる。
【0032】
鱗片状のささくれ2は、数μmのうねりと40〜100μmのうねりが重層したテクスチャにより形成したものであると、ささくれ2の縁部3で他方の歯面1の突起を適切に削ぐことにより、歯面1を平滑にして歯面1のなじみ性を容易に向上させ、歯面1の強度を更に一層向上することができる。
【0033】
歯面1の少なくとも噛み合い面において、テクスチャにより歯車の加工目を消失させたものであると、鱗片状のささくれ2を適切に配したものになるので、ささくれ2の縁部3で他方の歯面1の突起を最適に削ぐことにより、歯面1を平滑にして歯面1のなじみ性を極めて容易に向上させ、歯面1の強度を更に一層向上することができる。
【0034】
本形態例の噛合アッセンブリによれば、噛み合う歯面1の少なくとも一方に、ランダムな方向に向かい且つ微小な鱗片状のささくれ2を備えた歯面1を備えるので、一方の歯面1のささくれ2の縁部3が他方の歯面1の突起等を削ぐことにより、歯面1を平滑にして歯面1のなじみ性を向上させ、結果的に、剥離損傷を抑制して歯面1の強度を向上することができる。
【0035】
本発明の歯面強度向上方法によれば、歯車の歯面1に微細で高硬度な粒子を高速で衝突させることにより、歯車の歯面1に対し、ランダムな方向に向かう微小な鱗片状のささくれ2を容易に形成することができる。
【0036】
なお、本発明の歯車、噛合アッセンブリ、歯面強度向上方法は、上述の図示例にのみ限定されるものではなく、歯車や噛合アッセンブリの歯面に、微小な鱗片状のささくれをランダム方向に備えるものならば、他の製造方法でも良いこと、その他、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明を実施する形態例の歯面に形成された微小な鱗片状のささくれを概念的に示す断面図である。
【図2】本発明を実施する形態例の歯面に形成された微小な鱗片状のささくれを概念的に示す斜視図である。
【図3】本発明を実施する形態例の歯面における歯面強度向上方法の処理を行う前の状態を示す写真である。
【図4】本発明を実施する形態例の歯面における歯面強度向上方法の処理を行った後の状態を示す写真である。
【図5】歯面強度向上方法、インペラ式ショットピーニング、未処理において運転前の歯面粗さを示すグラフである。
【図6】歯面強度向上方法の処理、インペラ式ショットピーニングにおいて運転後の歯面粗さを示すグラフである。
【符号の説明】
【0038】
1 歯面
2 ささくれ
3 縁部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯面に対して微小な鱗片状のささくれをランダムな方向で備えたことを特徴とする歯車。
【請求項2】
前記鱗片状のささくれは、約数μm〜約100μmピッチのうねりがランダムに重層したテクスチャにより形成したものである請求項1に記載の歯車。
【請求項3】
前記鱗片状のささくれは、数μmのうねりと40〜100μmのうねりが重層したテクスチャにより形成したものである請求項1に記載の歯車。
【請求項4】
前記歯面の少なくとも噛み合い面において、前記テクスチャにより前記歯車の加工目を消失させたものである請求項1〜3のいずれかに記載の歯車。
【請求項5】
一対の歯車の歯面が噛み合うように構成した噛合アッセンブリであって、噛み合う歯面の少なくとも一方に請求項1〜4記載の歯車を備えてなることを特徴とする噛合アッセンブリ。
【請求項6】
歯車の歯面に微細で高硬度な粒子を高速度で衝突させて、前記歯面に対して微小な鱗片状のささくれをランダムな方向に形成することを特徴とする歯面強度向上方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−247832(P2007−247832A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−74235(P2006−74235)
【出願日】平成18年3月17日(2006.3.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年(平成17年)9月18日 社団法人日本機械学会発行の「2005年度年次大会講演論文集(4) 通計番号No.05−1」に発表
【出願人】(000005463)日野自動車株式会社 (1,484)
【出願人】(000154129)株式会社不二製作所 (46)
【Fターム(参考)】