説明

残渣の処理方法

【課題】マレイン酸の製造方法において不可避的に発生する残渣を、環境面に配慮しつつ処理することのできる処理方法を提供する。
【解決手段】無水マレイン酸を製造する際に発生する残渣を、アンモニアを含む水溶液と接触させて溶解処理する工程を含む、残渣の処理方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、残渣の処理方法に関する。具体的には、無水マレイン酸を製造する際に発生する残渣の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
無水マレイン酸は、反応性の高い二重結合を有し、二つのカルボキシル基から脱水環化した無水物の形態で存在することから、化学的に種々の反応を行うことができ、医薬、ポリエステル樹脂、アルキッド樹脂などをはじめ、可塑剤、農薬等各種の分野で多用される汎用化合物である。
【0003】
無水マレイン酸は、n−ブタンなどの炭素数4以上の脂肪族炭化水素やベンゼン等を接触気相酸化反応器で酸化し、得られる無水マレイン酸やマレイン酸を含有するガスからマレイン酸を回収して、脱水等により無水マレイン酸にする方法によって製造されている。また、ナフタリンやo−キシレンの接触気相酸化反応によって無水フタル酸を製造する際に排出される排ガスの洗浄水にも相当量のマレイン酸が含まれることから、該洗浄水を回収しこれを同様にして無水マレイン酸とする方法によっても製造されている。
【0004】
一般に、無水マレイン酸を接触気相酸化反応により製造する方法としては、接触気相酸化反応によって得た無水マレイン酸をそのまま精製する方法、その他、無水マレイン酸を一旦水溶液に捕集してマレイン酸含有水溶液を調製し、これを脱水してマレイン酸を無水マレイン酸に再転化して製造する方法等がある。
【0005】
ところが、いずれの方法においても、無水マレイン酸を製造する際に蒸留残渣が発生する。蒸留残渣中には無水マレイン酸の他、反応で副生したフタル酸、及びフタル酸の脱水反応により生成する無水フタル酸、並びに精製工程で生成するフマル酸及び種々のポリマーが存在するが、特にフマル酸は融点が高い上に難水溶性及び難溶媒性であり、そのため、残渣中では主にフマル酸が固体で存在し、無水マレイン酸製造工程から残渣を抜き出した後の取り扱いが非常に悪い。よって、固化させてから産業廃棄物として処理するか、または精製収率を下げて残渣中の無水マレイン酸濃度を上げた上で燃焼処理するかのいずれかの方法に拠らざるを得なかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、大量の産業廃棄物を発生させることは地球環境の破壊を助長することに他ならず、また、産業廃棄物の処理費用も近年上昇傾向にあり、経済面においても負担が大きい。そのため、かような廃棄物の発生を抑制する手段を早急に開発することが要求されている。
【0007】
そこで、本発明は、マレイン酸の製造方法において不可避的に発生する残渣を、環境面及び経済面に配慮しつつ処理できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、無水マレイン酸の製造方法において発生した残渣を環境面及び経済面に配慮しつつ処理できる方法を見出すために詳細な検討を行った。その結果、残渣の主成分の一つであるフマル酸の特徴である高い融点や難水溶性こそが、残渣の処理を困難にしているという知見を得た。
【0009】
かような知見に基づく詳細な検討の結果、フマル酸と反応して塩を生成するような溶液と残渣とを接触させることにより、かかる困難性を回避することができることを見出した。そして、そのような溶液のうち、安全面、環境面及びコスト面より、アンモニアを含む水溶液が最適であることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、無水マレイン酸を製造する際に発生する残渣を、アンモニアを含む水溶液と接触させて溶解処理する工程を含む、残渣の処理方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の処理方法により、無水マレイン酸の製造方法において不可避的に発生する残渣を、環境面及び経済面に配慮しつつ低コストで除去することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
[残渣の溶解処理]
本発明は、無水マレイン酸を製造する際に発生する残渣を、アンモニアを含む水溶液と接触させて溶解処理する工程を含む、残渣の処理方法である。
【0013】
本発明の処理方法は、様々な無水マレイン酸の製造方法に適用できる。すなわち、本発明の処理方法は、従来公知の無水マレイン酸の製造方法のいずれにも適用可能である。したがって、前記無水マレイン酸の製造方法は特に制限されることはないが、例えば、(a)n−ブタンなどの炭素数4以上の脂肪族炭化水素やベンゼン等を、酸化バナジウム等の触媒を用いて接触気相酸化する方法、(b)ナフタリンやo−キシレンの接触気相酸化反応によって無水フタル酸を製造する際に排出される排ガスの洗浄水を回収し、該洗浄水に相当量含まれるマレイン酸を接触気相酸化反応により無水マレイン酸とする方法、(c)マレイン酸を脱水(濃縮脱水、共沸脱水など)する方法、などが挙げられ、これらの方法同士やその他の方法との組み合わせもありうる。いずれの方法においても無水マレイン酸を精製する工程ではフマル酸が発生することから、その残渣処理において本発明を適用できる。
【0014】
本発明の処理方法によれば、アンモニアを含む水溶液を用いるだけで残渣を処理できる。したがって、本発明は、様々な無水マレイン酸の製造方法において、特異的な条件や試薬を特段要求しない。前記製造方法の一例を挙げると、ベンゼンの接触気相酸化反応により排出された無水マレイン酸を含む反応ガスを、無水マレイン酸の一部は液体状態で捕集し、残りは水で吸収させて、マレイン酸水溶液として捕集する。捕集したマレイン酸水溶液は水を留出させながら濃縮する。その際、水濃度を10〜40質量%まで濃縮させることが好ましく、10〜30質量%まで濃縮させることがより好ましい。その後、操作圧については好ましくは50〜500hPa、より好ましくは100〜400hPaで、温度については好ましくは120〜180℃、より好ましくは130〜160℃の条件下で、濃縮液を熱処理することにより無水化させる。そして、これを留出させることで粗無水マレイン酸が得られる。前記粗無水マレイン酸及び液体状態で捕集した溶液を精製することで、製品である無水マレイン酸とともに残渣が得られる。製品である無水マレイン酸の精製度は、製品としての品質上の観点から、99.0〜99.9質量%であることが好ましく、99.5〜99.9質量%であることがより好ましい。一方、残渣の成分としてはフマル酸、無水フタル酸、フタル酸、無水マレイン酸、マレイン酸等が挙げられ、残渣の組成については特に制限されないが無水マレイン酸の含量が低いほど好ましいことはいうまでもない。なお、本発明の処理方法が、かような製造方法に特異的な条件や試薬を、アンモニアを含む水溶液と併用可能であるのはいうまでもない。
【0015】
一方、本発明の処理工程は、上記した無水マレイン酸の製造方法において発生した残渣を、発生と同時に、または一旦集積した後に行う。残渣を処理工程へと移送する方法の例として、残渣濃縮槽を一旦加圧にした後に発生した残渣を圧送する方法や、残渣濃縮槽を加圧せずに連続的にポンプ輸送する方法が挙げられ、また、残渣を一旦貯蔵タンクに集積しておき、ある程度溜まった時点で残渣の処理を開始する方法もありうる。
【0016】
処理工程の条件については特に制限されることはないが、一旦集積した後の一例を挙げると、まず処理場所は冷却器、攪拌機等から選択される一以上を設置した10〜100m溶解槽が挙げられる。当該槽内に存在する残渣は、1〜35tであることが好ましく、2〜30tであることがより好ましい。また、当該槽内に存在する水は4〜70tであることが好ましく、5〜65tであることがより好ましい。当該槽内の液温は、好ましくは5〜80℃、より好ましくは10〜60℃で攪拌しつつ、アンモニアを含む水溶液を下記範囲の速度で接触させうる。接触速度の範囲は、アンモニアを含む水溶液と残渣とが接触する条件により異なるため、一義的には決まらない。そこで、以下に、好ましい接触速度の範囲としての一例を挙げる。冷却器及び攪拌機を設置した70m溶解槽に、固化した残渣15t及び水27tの存在下、槽内の液温20〜40℃で攪拌しつつ、アンモニアを含む水溶液を上記範囲の速度で投入し、中和熱による発熱を冷却器により除熱しながら残渣を全て溶解させて、処理液を得る。以下において、溶解処理により得られた溶液を単に「処理液」ともいう。溶解時は残渣を含む液または残渣分散液のpHが8〜10及び温度が60℃以下になるようにコントロールするという条件の下では、前記接触速度は0.1〜8t/時間であることが好ましく、0.2〜4t/時間であることがより好ましく、0.3〜3t/時間であることが特に好ましい。上記範囲の場合、アンモニアを含む水溶液を投入する際の発熱による危険性を効果的に抑止できるとともに、安全かつ迅速な作業も担保される。
【0017】
本発明において、アンモニアを含む水溶液を残渣と接触させる際の前記槽内の液温は、5〜80℃であることが好ましく、10〜60℃であることがより好ましく、10〜50℃であることが特に好ましい。また、中和熱による発熱を冷却器により除熱しながら残渣を全て溶解させる上で、上記温度範囲のほか、溶解時の残渣を含む液または残渣分散液のpHが、好ましくは7〜12、より好ましくは8〜10であることが好ましい。上記した温度及びpHの範囲の場合、アンモニアを含む水溶液を投入する際の発熱による危険性を効果的に抑止できる。
【0018】
また、本発明はアンモニアを含む水溶液を使用するという特徴を有する。まず、アンモニアを用いる利点として、工業上の汎用性が高い点、安価である点、安全性が比較的高い点、酸成分の溶解性が高い(溶解効率が高い)点などが挙げられる。本発明の残渣の処理方法によれば、無水マレイン酸の製造方法や条件によって様々に異なる残渣の組成によらず、アンモニアを含む水溶液が残渣の主成分と反応して、アンモニウム塩が生成される。すなわち、本発明によれば、残渣の主成分であって高い融点を有し難溶性であるフマル酸等の酸性物質を完全にアンモニウム塩とし、処理することができる。このように、本発明の処理方法は簡易のみならず非常に効率的でもある。
【0019】
前記水溶液におけるアンモニアの濃度は、特に制限されることはないが、5〜35質量%であることが好ましく、10〜30質量%であることがより好ましく、15〜30質量%であることが特に好ましい。上記範囲内の場合、残渣の溶解度が大きく、簡易に残渣を溶解させることができる。そして、前記残渣の溶解度は、一例として、10質量%のアンモニア水溶液100質量%当たりに対し、残渣が10質量%以上であることが好ましく、20質量%以上であることがより好ましく、30質量%以上であることが特に好ましい。上記範囲内の場合、効率良く残渣を溶解させることができる。
【0020】
一方、アンモニアと同様に汎用性のある水酸化ナトリウムを用いた場合、燃焼後の廃水にソーダ分が残り、pHが上がるため、燃焼後の廃水のpH調整工程が必要となる。これに対し、アンモニアを使用した場合、燃焼後の廃水中にほとんど残留しないため、特にpH調整工程を必要としない。さらに、水酸化ナトリウムをアンモニアの代わりに残渣の溶解目的として用いた場合、水酸化ナトリウム水溶液はそもそもアンモニア水溶液に比べて溶解性が著しく劣り、効果が比較的小さい。
【0021】
このように、本発明はアンモニアを使用することにより、上記した効果を奏するが、前記アンモニアを含む水溶液は、アンモニア以外の他の成分を含むことも可能である。前記他の成分は特に制限されることはないが、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、メチルアミン、トリメチルアミン、ジメチルエタノールアミン、アニリン、ピリジン、ピペリジン等が挙げられる。
【0022】
本発明の処理方法において、残渣の組成は特に制限されることはない。ここで、残渣について説明する。無水マレイン酸は一般に、接触気相酸化反応により製造されるが、その際、無水マレイン酸が空気中の酸素と接触すると、アルデヒド類及びキノン類の縮合物、マレイン酸の単独重合物、並びにマレイン酸およびマレイン酸の異性体であるフマル酸の析出物、アクリル酸の単独重合物、フタル酸などが副生物として発生し、固形の残渣を生成する。このような固形の残渣は無水マレイン酸の精製度を低下させるだけでなく、製造装置の配管を閉塞させるなど、製造上種々の弊害を招来しうる。前記残渣の組成は、無水マレイン酸の製造方法や条件によって異なるが、なかでもマレイン酸、フマル酸、フタル酸等の高沸点成分の存在が除去処理を困難にしている。マレイン酸から無水マレイン酸への脱水反応と同時にフマル酸への転位反応が進んでフマル酸等の結晶が析出し、また、製造工程中にポリマー等その他の成分が生成しうる。特に、フマル酸は高い融点(約287℃)に加え、難水溶性及び難溶媒性であるという点で、無水マレイン酸の製造にとっては非常に問題のある成分である。
【0023】
残渣中の各成分の組成についていうならば、特に制限されることはないが、好ましくは合計量として100質量%を超えない範囲において下記の通りである。無水マレイン酸及びマレイン酸の場合、好ましくは3〜70質量%、より好ましくは5〜30質量%である。フマル酸の場合、好ましくは10〜60質量%、より好ましくは20〜55質量%である。無水フタル酸及びフタル酸の場合、好ましくは10〜50質量%、より好ましくは20〜40質量%である。そして、ポリマー等その他の成分の場合、好ましくは5〜30質量%、より好ましくは15〜30質量%である。前記組成が上記した範囲内にある場合、無水マレイン酸製造における無水マレイン酸の収率が有意に向上しうる。
【0024】
本発明による残渣の処理方法のメカニズムは、高い融点を有し、難溶性であるフマル酸等の酸性成分を、アンモニアを含む水溶液を用いてアンモニウム塩とすることにより、水溶性に変えて簡易に除去するというものである。ここで、残渣から水溶性の塩を生成する点にのみ着目すると、アンモニアを含む水溶液以外にも候補となりうる試薬はありえようが、本発明者は工程上の安全面等を詳細に検討した結果として、アンモニアを含む水溶液が顕著に優れることを見出したのである。
【0025】
さらに、本発明の処理方法によれば、無水マレイン酸の製造方法により発生する残渣を簡易かつ効率良く除去できる。
【0026】
残渣を直接燃焼処理しようとすると、組成中の無水フタル酸の融点は131℃と高く、さらに残渣中にフマル酸の析出物が存在するため、燃焼炉に移送しようとすると、固化や析出物の堆積の可能性があり、安定運転が非常に困難となる。また、残渣の取扱いが容易となるように、タブレット状に固化させてから直接燃焼させる方法もありうる。通常はタブレット化設備に導入するためには運転の余裕を持たせるために残渣を貯蔵する必要があるが、固化させないように高温で貯蔵した場合には残渣の析出物が増加することが分かっている。したがって、タブレット化設備への導入前に貯蔵タンクにおいて高温で保存することはできない。
【0027】
これに対し、本発明は、残渣を直接燃焼処理する方法とは全く異なるアプローチにより、残渣を処理するものである。本発明の処理方法によれば、アンモニアを含む水溶液を残渣と接触させることにより、残渣中に存在するマレイン酸、フマル酸、フタル酸などの酸性物質とアンモニアとが反応してアンモニウム塩が生成する。これにより、難水溶性のフマル酸などを確実に水溶性のアンモニウム塩にすることができるとともに、高沸点成分を多く含む固形残渣と比較して、得られた水溶液をはるかに簡易かつ安全に処理することができる。本発明は、アンモニアを含む水溶液を使用するだけで、残渣を簡易かつ安全に低コストで処理することができるという点において、全く異なるアプローチの処理方法ではあるものの、残渣を直接燃焼処理するような方法と比較して顕著に優れているのである。
【0028】
なお、発生した残渣を、アンモニアを含む水溶液で溶解する際、アンモニアガスなどのガスが発生しうる。したがって、かようなガスを外部に放出することを避けるため、前記溶解処理の際に、前記残渣から発生するガスを吸収処理する工程(ガス洗浄工程)をさらに含むことが好ましい。例えば、かようなガスを吸収処理可能な従来公知のガス洗浄塔を別途設置することができる。例えば、特開2001−7073(ガス洗浄方法)特開2003−326131(ガス洗浄装置)に開示されたものを適宜用いてもよい。
【0029】
アンモニアを含む水溶液の投入量は、アンモニアの濃度によって変化しうるが、残渣の溶解処理を効果的なものとする観点から、25質量%濃度のアンモニアのみが溶解した水溶液の場合で示すと、1〜50tであることが好ましく、2〜45tであることがより好ましく、3〜40tであることが特に好ましい。
【0030】
[廃水燃焼処理]
また、本発明による残渣の処理方法は、上記溶解処理により得られた溶液(処理液)を燃焼する工程をさらに含んでもよい。例えば、アンモニアを含む水溶液で残渣を溶解させて得られた溶液は、廃水燃焼処理で除去することができる。
【0031】
一例として、廃液を燃焼させるために用いられる廃水燃焼処理装置の燃焼炉には、燃料が必要となる。前記燃料は特に制限されることはないが、例えば、ケロシン、LPGなどが挙げられる。
【0032】
上記燃焼処理の際、燃焼処理後の酸素濃度が好ましくは3〜10%、より好ましくは4〜8%となるように、空気などの酸素源を燃焼炉に供給する。燃焼炉内温度は800〜1100℃であることが好ましく、900〜1000℃であることがより好ましい。燃焼処理後の排ガス濃度は、NO濃度として100ppm以下に抑えることが環境保護の観点から好ましく、本発明によれば、かような排ガス濃度の範囲が達成されうるのである。
【0033】
さらに、本発明による残渣の処理方法は、上記溶解処理により得られた溶液を上記無水マレイン酸の製造工程以外で発生した有機物含有廃液とともに燃焼する工程をさらに含んでいてもよい。すなわち、前記処理液は、本発明による無水マレイン酸の製造工程以外で発生した有機物含有廃液と混合して同時に燃焼させることができる。それぞれの廃液に対して廃液処理ラインを設け、燃焼処理に供給する態様であってもよい。また、それぞれの廃液を混合する工程をあらかじめ実行し、その後、得られた混合溶液(廃液)を燃焼する工程を経てもよい。好ましくは、上記のうちの後者、すなわち、それぞれの廃液を混合する工程をあらかじめ実行し、その後、得られた混合溶液(廃液)を燃焼する工程を経るという手段である。窒素酸化物が発生するような廃液燃焼系に供給した場合、アンモニアは窒素酸化物を還元し、除去させる効果に優れる(脱硝効果)ため、特に効果的である。アンモニアは窒素酸化物の還元効果があり、一般的に燃焼炉の還元剤として使用されており、残渣に接触させ、アンモニウム塩の形態になっても還元効果があることを本発明者は見出したのである。
【0034】
このように本発明は、環境面でも従来技術と比較して極めて優れている。従来、発生した残渣の全部または一部を固化させてから砕いて産業廃棄物として処分することを余儀なくされている。しかし、大量の産業廃棄物を発生させることは地球環境の破壊を助長することに他ならず、重大な問題となっている。これに対し、本発明は、アンモニアを含む水溶液は産業廃棄物を発生させることなく残渣を完全に除去できる点で、地球環境の保護に好適に寄与しうるものである。
【実施例】
【0035】
以下、実施例及び比較例を用いて本発明の実施の形態をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみには制限されない。
【0036】
まず、以下の実施例等に供試するための残渣を得るために、無水マレイン酸の製造を行った。
【0037】
(無水マレイン酸の製造方法)
ベンゼンの接触気相酸化反応により排出された無水マレイン酸を含む反応ガスを、無水マレイン酸の一部は液体状態で捕集し、残りは水で吸収させて、マレイン酸水溶液として捕集した。得られたマレイン酸水溶液は、マレイン酸(有水)45質量%、無水フタル酸0.1質量%、フマル酸0.1質量%、ホルムアルデヒド0.1質量%、ベンゾキノン0.01質量%、アクリル酸0.1質量%を含んでいた。捕集したマレイン酸水溶液について水を留出させることで、水濃度を約20質量%まで濃縮した。その後、200hPa(操作圧)、150℃で熱処理することにより無水化した。そして、これを留出させることで粗無水マレイン酸を得た。この粗無水マレイン酸及び液体状態で捕集した溶液を蒸留によって精製することで、無水マレイン酸(製品)及び残渣を得た。無水マレイン酸(製品)の精製度は99.9質量%であり、残渣の成分・組成は以下の通りである。
【0038】
【表1】

【0039】
(溶解度)
上記組成の残渣について、水、10%及び15%の水酸化ナトリウム水溶液、並びに5%、10%及び15%のアンモニア水溶液中での溶解度を下記表2に示す。
【0040】
【表2】

【0041】
上記結果より、水や水酸化ナトリウム水溶液(本発明に対する比較対照に相当)よりも、本発明によるアンモニア水溶液を溶媒として用いた方が、残渣の溶解度が有意に大きくなることを見出した。また、アンモニア水溶液の濃度と溶解度とは比例関係にあることを確認した。さらに、温度が高いほど、すなわち25℃よりも50℃の方が溶解度は大きく、特にアンモニア水溶液の濃度が高くなるほど温度の影響が大きくなることも見出した。
【0042】
(残渣の各種溶解処理)
<実施例1>
冷却器及び攪拌機を設置した70m溶解槽に、上記無水マレイン酸の製造により発生した150℃の残渣15tを流し込んで堆積させ、固化させて、水を27t投入し攪拌した。当該槽内の液温30℃で攪拌しつつ、ここに25質量%アンモニア水溶液を少しずつ投入し、アンモニアを含む水溶液を残渣と接触させ、中和熱による発熱を冷却器により除熱しながら残渣を全て溶解させて処理液を得た。その際の接触速度は、0.1〜4t/時間の範囲であった。溶解時は残渣を含む液のpHが8〜10及び温度(液温)が20〜60℃になるようにコントロールした。溶解後のpHは9.2であり、投入した25質量%アンモニア水溶液は総量18tであった。
【0043】
<実施例2>
冷却器及び攪拌機を設置した70m溶解槽に水を27t投入し攪拌した後、上記無水マレイン酸の製造により発生した150℃の残渣15tを流し込み、残渣を粒子状に分散させた。当該槽内の液温40℃で攪拌しつつ、ここに25質量%アンモニア水溶液を少しずつ投入し、アンモニアを含む水溶液を残渣と接触させ、中和熱による発熱を冷却器により除熱しながら残渣を全て溶解させて処理液を得た。その際の接触速度は、0.1〜3t/時間の範囲であった。溶解時は残渣分散液のpHが8〜10及び温度(液温)が25℃以上になるようにコントロールした。溶解後のpHは9.0であり、投入した25質量%アンモニア水溶液は総量18tであった。
【0044】
<実施例3>
冷却器及び攪拌機を設置した70m溶解槽に水を27t投入し攪拌した後、上記無水マレイン酸の製造により発生した150℃の残渣15tを流し込み、残渣の一部は粒子状に分散され、残りは溶解槽底部に塊として存在した。当該槽内の液温40℃で攪拌しつつ、ここに25質量%アンモニア水溶液を少しずつ投入し、アンモニアを含む水溶液を残渣と接触させ、中和熱による発熱を冷却器により除熱しながら残渣を全て溶解させて処理液を得た。その際の接触速度は、0.1〜3t/時間の範囲であった。溶解時は残渣分散液のpHが8〜10及び温度(液温)が25℃以上になるようにコントロールした。溶解後のpHは9.2であり、投入した25質量%アンモニア水溶液は総量18tであった。
【0045】
<実施例4>
冷却器及び攪拌機を設置した70m溶解槽に水を27t投入し攪拌した後、上記無水マレイン酸の製造により発生した150℃の残渣を0.2t/時間の速度で流し込み、残渣の総量が15tになった時点で投入を止めた。残渣の一部は粒子状に分散され、残りは溶解槽底部に塊として存在した。当該槽内の液温35℃で攪拌しつつ、ここに25質量%アンモニア水溶液を少しずつ投入し、アンモニアを含む水溶液を残渣と接触させ、中和熱による発熱を冷却器により除熱しながら残渣を全て溶解させて処理液を得た。その際の接触速度は、0.1〜3t/時間の範囲であった。溶解時は残渣分散液のpHが8〜10及び温度(液温)が25℃以上になるようにコントロールした。溶解後のpHは9.5であり、投入した25質量%アンモニア水溶液は総量18tであった。
【0046】
上記実施例1〜4の結果より、残渣がどのような状態であっても、本発明によるアンモニア水溶液を溶媒として用いることによって、該残渣を効率良く除去できることが実証された。さらに、簡易、安全かつ確実に低コストで残渣を除去することができ、しかも環境への負荷も顕著に軽減することができるという本発明がいかに優れたものであり時代の要請に応えたものであるかは、当業者であれば容易に理解しうることである。
【0047】
(廃水燃焼処理)
<実施例5>
実施例1で得た処理液を用いて廃水燃焼処理を行った。廃水燃焼処理装置の燃焼炉にケロシン(燃料)を940kg/hの速度で、本発明による無水マレイン酸の製造工程以外で発生した有機物含有廃液(産業廃液)を2300kg/hの速度で、及び実施例1で得た処理液を150kg/hの速度で各々供給し、燃焼処理後の酸素濃度が4%になるように適量の空気を燃焼炉に供給した。燃焼炉内温度は940℃であった。なお、前記産業廃液は、CODが約100,000ppm、窒素分が0.5質量%の廃水であった。処理後の排ガス濃度を測定した結果、NO濃度は74ppmであった。
【0048】
<参考例1>
廃水燃焼処理を行った。廃水燃焼処理装置の燃焼炉にケロシン(燃料)を940kg/hの速度で、産業廃液を2300kg/hの速度で、及び25質量%アンモニア水溶液を50kg/hの速度で各々供給した。燃焼処理後の酸素濃度が4%となるように適量の空気を燃焼炉に供給した。燃焼炉内温度は940℃であった。なお、前記産業排水は、上記実施例5における産業廃液と同じものを使用した。処理後の排ガス濃度を測定した結果、NO濃度は51ppmであった。
【0049】
<参考例2>
廃水燃焼処理を行った。廃水燃焼処理装置の燃焼炉にケロシン(燃料)を940kg/hの速度で、及び産業廃液を2300kg/hの速度で各々供給した。燃焼処理後の酸素濃度が4%になるように適量の空気を燃焼炉に供給した。燃焼炉内温度は960℃であった。なお、前記産業廃液は、上記実施例5における産業排水と同じものを使用した。処理後の排ガス濃度を測定した結果、NO濃度は150ppmであった。
【0050】
上記の実施例5、及び参考例1、2における、廃水燃焼処理の結果を以下に示す。
【0051】
【表3】

【0052】
上記結果より、無水マレイン酸の製造時に生じた残渣を、アンモニア水溶液を用いて効率良く、かつ環境への負荷を軽減しつつ溶解できる上、アンモニアを含有する、得られた残渣溶解液を廃液処理に用いると、有害な排ガス濃度(NO濃度)を顕著に低減できることが明らかとなった。
【0053】
このように、本発明によるアンモニア水溶液を用いた残渣の処理を採用すれば、残渣を産業廃棄物として投棄することを回避できるのみならず、様々な製造工程で不可避的に発生する産業廃液を燃焼処理する際に有害な排ガス量を顕著に低減できるのである。すなわち、環境への負荷を二重に抑止することが可能となる。したがって、本発明の処理方法は、無水マレイン酸の製造工程にとどまらず、産業廃液が発生するようなあらゆる製造工程に対しても有益なものとなりうるのである。
【0054】
さらには、有害な排ガス(NO)の発生を抑えるために他の方法を用いる場合や、新たにアンモニア水溶液を使用する場合(参考例1)と比べて、本発明によれば、無水マレイン酸の製造工程で生じる残渣溶解液を有効利用して廃液処理が可能となるため、無水マレイン酸の製造工程から廃液処理までの一連の工程の簡素化・迅速化を達成できるとともに、残渣処理や廃液処理にかかるコストを有意に削減することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無水マレイン酸を製造する際に発生する残渣を、アンモニアを含む水溶液と接触させて溶解処理する工程を含む、残渣の処理方法。
【請求項2】
前記水溶液におけるアンモニアの濃度が5〜35質量%である、請求項1に記載の残渣の処理方法。
【請求項3】
前記残渣が、合計量として100質量%を超えない範囲において、無水マレイン酸及びマレイン酸を3〜70質量%、フマル酸を10〜60質量%、無水フタル酸及びフタル酸を10〜50質量%、並びにその他の成分を5〜30質量%含む、請求項1または2に記載の残渣の処理方法。
【請求項4】
前記溶解処理の際に、前記残渣から発生するガスを吸収処理する工程をさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の残渣の処理方法。
【請求項5】
前記溶解処理により得られた溶液を燃焼する工程をさらに含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の残渣の処理方法。
【請求項6】
前記溶解処理により得られた溶液を前記無水マレイン酸の製造工程以外で発生した有機物含有廃液とともに燃焼する工程をさらに含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の残渣の処理方法。

【公開番号】特開2009−148672(P2009−148672A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−327609(P2007−327609)
【出願日】平成19年12月19日(2007.12.19)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】