説明

殺虫剤抵抗性ワタアブラムシを識別するためのPCRプライマー

【課題】 ワタアブラムシにおける有機リン剤抵抗性の発達の動向・現状を正確かつ簡便にモニタリングするための遺伝子診断技術に有効な方法、ならびにこの方法に有用なPCRプライマーを提供すること。
【解決手段】 本発明は、(a)ワタアブラムシのカルボキシルエステラーゼ(CE)のcDNAの5’末端非翻訳領域から選択される少なくとも10の連続するDNA配列と、(b)CEの構造遺伝子配列から選択される少なくとも10の連続するDNA配列に相補的なDNA配列とからなる、PCRプライマー対を提供する。本発明の殺虫剤抵抗性ワタアブラムシを識別するための方法は、ワタアブラムシのDNAを調製する工程;上記のPCRプライマー対を用いて、該DNAを鋳型としてPCRを行う工程;および該PCRによる増幅産物を検出する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、殺虫剤抵抗性ワタアブラムシを識別するためのPCRプライマーおよびこのプライマーを用いる殺虫剤抵抗性ワタアブラムシの識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ワタアブラムシ(Aphis gossypii Glover)は、野菜、果樹、花卉などの極めて広範囲な農作物に被害を及ぼす害虫である。このワタアブラムシの防除には、主に化学合成殺虫剤が用いられている。しかし、1980年代から有機リン剤やカーバメート剤に対して抵抗性が発達し始め、さらにその後、これらの代替薬剤として卓効を示していたピレスロイド剤にも抵抗性が生じ、難防除害虫となっている。
【0003】
殺虫剤抵抗性は遺伝的性質である。ここで「抵抗性の発達」とは、個体群中にごくわずかに存在する抵抗性遺伝子保持虫が殺虫剤散布によって選択的に生き残り、同様の性質を持つ子孫を残すことによって、個体群における抵抗性遺伝子保持虫の発生頻度を増していく現象をいう。ワタアブラムシを含む多くのアブラムシ種は、春から秋にかけて「胎生単為生殖」という繁殖様式をとり、単一の親から胎生単為生殖で生じた全く同じゲノムを有する「系統」を形成する。そのため、一旦獲得された抵抗性は、この系統において、胎生単為生殖により維持され得る。
【0004】
一般的に、作用機作の異なる殺虫剤に対しては抵抗性の原因となる生化学的因子が異なる場合が多い。そこで、抵抗性の発達を避けるために、作用機作の異なる薬剤をローテーション使用して、特定の抵抗性遺伝子の蓄積を防止するのが有効であるといわれている。そのためには、圃場における抵抗性の発達の動向を常に監視し(「モニタリング」と呼ばれる)、的確に把握しておく必要がある。
【0005】
ワタアブラムシの有機リン剤抵抗性の主要因は、体内における解毒酵素の一種カルボキシルエステラーゼ(以下、CEという)の活性増強(量的増大)であることが明らかになっている(非特許文献1)。ワタアブラムシのCEは有機リン剤を分解・解毒するのではなく、CE自身が有機リン剤を捕捉し、そして有機リン剤によってほぼ不可逆的にリン酸化を受ける。すなわち、有機リン剤抵抗性ワタアブラムシで大量に発現しているCEは、有機リン剤を捕捉し、有機リン剤が殺虫性を発揮するための作用対象であるアセチルコリンエステラーゼに到達するのを事前に妨げることにより機能している。このCEのようなタンパク質は、「捕捉タンパク(Sequestering protein)」と呼ばれる。
【0006】
これまで、ワタアブラムシの有機リン剤抵抗性のモニタリングは、生物検定およびCE活性の測定によって行われてきた(非特許文献2〜4)。生物検定は、個体群あるいはそこから分離・確立した系統に対して濃度を変えた薬剤を施用し、一定時間後の死虫率から抵抗性の発達の程度を測定する。しかし、1回の検定に多くの個体を必要とする上、労力、時間を要し、採集時の虫の状態などの定量化できない要因の影響を受けることなど、ルーチンワークとしては不適切な点が多い。CE活性は、酢酸ナフチルを基質とする比色法によって測定する。これは、1匹ごとの測定が可能であるが、測定した活性値は当然虫のサイズにも依存するため、これを相殺するため虫体重もしくは総タンパク量を測定して除する操作が併せて必要となり、多数の個体を一回に検定するには限界がある。また、ワタアブラムシにおいてはまだ報告されてはいないが、モモアカアブラムシの有機リン剤抵抗性系統の中には、殺虫剤の施用を中止するとCEの生産量が感受性系統並みに低下するものが見いだされている(revertantと呼ばれる)(非特許文献5)。Revertantは、再び殺虫剤に曝されると、速やかにCEの生産量を増大し抵抗性を回復すると報告されている。これは、抵抗性系統において増幅しているCE遺伝子が、メチル化によって転写制御を受けているためである。このような点から、CE活性のみをもって感受性・抵抗性の判断をするのは危険である。
【0007】
上述したように、殺虫剤抵抗性は遺伝的性質なので、個体群内の抵抗性発達の実態や動向を正確に把握するには、抵抗性遺伝子保持虫の発現頻度を直接検定する遺伝子診断法を用いることが望ましい。例えば、CEのcDNA配列が明らかにされているモモアカアブラムシ(Myzus persicae Sulzer)では、E4あるいはFE4と呼ばれる感受性系統にも存在するCE遺伝子のいずれかが増幅しており、感受性と抵抗性との識別には定量的競合PCRによる定量的方法が行われている(非特許文献6)。また、衛生害虫のネッタイイエカ(Culex quinquefasciatus Say)も増幅しているエステラーゼ遺伝子の構造が明らかにされており、この識別にもリアルタイムPCRによる定量的方法が適用されている(非特許文献7)。しかし、いずれにおいても、感受性系統と抵抗性系統との間で、CE遺伝子の構造的相違に基づいて定性的に識別することは可能ではない。さらに、これまで、ワタアブラムシの殺虫剤抵抗性遺伝子に関しては、遺伝子構造に関する知見が乏しく、有用な遺伝子診断法は開発されていない。
【非特許文献1】K. Suzukiら,「Carboxylesterase of the Cotton Aphid, Aphis gossypii Glover (Homoptera: Aphididae), Responsible for Fenitrothion Resistance as a Sequestering Protein」,Applied Entomology and Zoology,1993年,第28巻,第4号,439−450頁
【非特許文献2】西東力,「ワタアブラムシAphis gossypii Gloverの薬剤抵抗性 I.静岡県における薬剤感受性低下の実態とエステラーゼ活性」,日本応用動物昆虫学会誌,1989年,第33巻,第4号,204−210頁
【非特許文献3】奥田裕志および鳥倉英徳,「ジャガイモのワタアブラムシの薬剤感受性について」,北日本病虫研報、1990年,第41巻,154−156頁
【非特許文献4】細田昭男ら,「ワタアブラムシの薬剤抵抗性に関する研究 第1報 ナスとキュウリに寄生する個体群のアリエステラーゼ活性と有機リン剤感受性」,日本応用動物昆虫学会誌,1992年,第36巻,第2号,101−111頁
【非特許文献5】C. A. Hickら,「Changes in the Methylation of Amplified Esterase DNA During Loss and Reselection of Insecticide Resistance in Peach-potato Aphids, Myzus persicae」,Insect Biochem. Molec. Biol., 1996年,第26巻,第1号,41−47頁
【非特許文献6】L. M. Fieldら,「Relationship between amount of esterase and gene copy number in insecticide-resistant Myzus persicae Sulzer」,Biochem. J.,1999年,第339巻,737−742頁
【非特許文献7】M. Weillら,「Quantitative Polymerase Chain Reaction to Estimate the Number of Amplified Esterase Genes in Insecticide-Resistant Mosquitoes」,Analytical Biochemistry,2000年,第285巻,267−270頁
【非特許文献8】K. SuzukiおよびH. Hama,「Carboxylesterase of the cotton aphid, Aphis gossypii Glover (Homoptera: Aphidiae) Isoelectric point variants in an organophosphorus insecticide resistant clone」,Appl. Entomol. Zool.,1998年,第33巻,第1号,11−20頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ワタアブラムシにおける有機リン剤抵抗性の発達の動向・現状を正確かつ簡便にモニタリングするための遺伝子診断技術に有効な方法、ならびにこの方法に有用なPCRプライマーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、有機リン剤感受性および抵抗性ワタアブラムシのCE遺伝子(cDNA)の構造を比較したところ、構造遺伝子領域に3カ所の塩基相違があること、さらに、5’非翻訳領域の配列にも大きな違いがあることを見出した。そこで、これらの違いを利用して感受性系統と抵抗性系統とを遺伝子のレベルで識別することを試みた。そして識別のために有効なPCRプライマーを設計し、抵抗性系統のCE遺伝子のみを特異的に増幅して、「定性的」に識別できる方法を確立した。
【0010】
本発明は、(a)配列表の配列番号1の1位から300位までのDNA配列から選択される少なくとも10の連続するDNA配列と、(b)配列表の配列番号1の321位から1898位までのDNA配列から選択される少なくとも10の連続するDNA配列に相補的なDNA配列とからなる、PCRプライマー対を提供する。
【0011】
好適な実施態様では、上記(a)のDNA配列は、配列表の配列番号5、6、および7のDNA配列からなる群より選択される。
【0012】
他の好適な実施態様では、上記(b)のDNA配列は、配列表の配列番号1の360位、446位、および1380位から選択されるいずれか1つのDNAを含む少なくとも10の連続するDNA配列に相補的なDNA配列である。
【0013】
さらに他の好適な実施態様では、上記(b)のDNA配列は、配列表の配列番号9および10のDNA配列からなる群より選択される。
【0014】
本発明はまた、殺虫剤抵抗性ワタアブラムシを識別するための方法を提供し、該方法は、
ワタアブラムシのDNAを調製する工程;
上記のいずれかのPCRプライマー対を用いて、該DNAを鋳型としてPCRを行う工程;および
該PCRによる増幅産物を検出する工程;
を含む。
【0015】
本発明はさらに、上記のいずれかのPCRプライマー対を含む、殺虫剤抵抗性ワタアブラムシ検出用キットを提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の方法によれば、殺虫剤抵抗性ワタアブラムシを確実に識別できる。したがって、ワタアブラムシにおける有機リン剤抵抗性の発達の動向・現状を正確かつ簡便にモニタリングすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明者は、有機リン殺虫剤に抵抗性を示すワタアブラムシ系統から、抵抗性の原因となる解毒酵素であるカルボキシルエステラーゼ(CE)をコードする全長2228塩基のcDNA配列を初めて決定した(配列番号1、ACCESSION No. AB016720、図1)。このcDNA配列は、526アミノ酸(配列番号2)をコードする1578塩基のオープンリーディングフレームおよび320塩基の5’末端非翻訳領域を含む。
【0018】
ワタアブラムシの抵抗性系統と公知の感受性系統とのCEのcDNA(配列番号3)を比較すると、配列番号1の360位(翻訳開始点のメチオニンコドンの最初の塩基を1番目とすると、40番目、図1参照)、446位(同126番目)、および1380位(同1060番目)に普遍的に塩基置換が見いだされた(図2)。このうち、360位(40番目)および1380位(1060番目)では、アミノ酸置換も伴っている。さらに、感受性系統では5’末端非翻訳領域のDNA配列が抵抗性系統の配列(特に配列番号1の1位から320位までの領域)と著しく異なっているか、あるいはかなり短いことが予想される。
【0019】
このような感受性系統と抵抗性系統との間に見られるCE構造遺伝子のcDNA塩基配列上の普遍的塩基置換および5’末端非翻訳領域の相違に基づいて、抵抗性系統に特異的な配列を検出することにより、抵抗性系統のワタアブラムシの識別が可能である。
【0020】
抵抗性系統を識別するために、特異的なDNA配列を検出する方法としては、サザンブロット法、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法などが挙げられるが、微量のDNA試料でも検出が可能な点、および精度を向上させる点で、本発明においてはPCR法が好ましく用いられる。本発明におけるPCRは、抵抗性系統に特異的なDNA配列を含む一対のプライマーを用いて行い、増幅されたDNA断片を検出する。
【0021】
PCR法は、例えば、以下のように行われる。まず、抵抗性系統のCE遺伝子中のcDNA配列上の5’末端非翻訳領域およびオープンリーディングフレームから、それぞれプライマーとして1箇所ずつを選択し、それぞれのプライマーを合成する。この一対のプライマーを用いて、プライマー対に挟まれた領域のDNA断片をPCRによって増幅する。次いで、増幅産物の有無を、電気泳動法、リアルタイムPCR法などの検出方法によって検出する。これによって、抵抗性系統型のCE遺伝子のみが特異的に増幅され、明確に識別できる。
【0022】
PCRにおける鋳型は、ワタアブラムシから調製されるCE遺伝子を含むDNA配列であれば特に限定されない。CEのcDNA配列であってもよく、ゲノムDNAであってもよい。ワタアブラムシからのcDNAの抽出は、例えば、以下のように行う。ワタアブラムシ1匹を、約10倍量の緩衝液中でビーズ破砕法で破砕した後、市販のDNA抽出キットなどを用いて抽出する。次いで、遠心分離、沈殿採取などによるDNAの抽出、濃縮操作などを行って、DNAを得る。DNAの抽出法は、ここで記述した方法に限定されず、その他の方法も利用し得ることは、当業者に明らかである。
【0023】
プライマーは、任意の長さのDNA配列であり、通常、少なくとも10塩基かつ多くとも30塩基、好ましくは15から25塩基、より好ましくは17から23塩基の長さである。5’末端側非翻訳領域から選択されるプライマーは、(a)フォワードプライマーとし、オープンリーディングフレームから選択されるプライマーは、(b)リバースプライマーとする。本発明においては、(a)配列表の配列番号1の1位から300位までのDNA配列(5’末端非翻訳領域)から選択される少なくとも10の連続するDNA配列と、(b)配列表の配列番号1の321位から1898位までのDNA配列(構造遺伝子配列)から選択される少なくとも10の連続するDNA配列に相補的なDNA配列とからなる、PCRプライマー対が好適である。また、(b)については、普遍的塩基置換部分を含むDNA配列をもとに設計されることが好ましい。
【0024】
より詳細には、上記(a)のDNA配列は、配列表の配列番号5、6、および7のDNA配列からなる群より選択されるプライマーが好ましい。また、上記(b)のDNA配列は、配列表の配列番号1の360位、446位、および1380位から選択されるいずれか1つのDNAを含む少なくとも10の連続するDNA配列に相補的なDNA配列であることが好ましい。あるいは、さらに好ましくは、上記(b)のDNA配列は、配列表の配列番号9および10のDNA配列からなる群より選択されるプライマーである。これらの(a)のフォワードプライマーと(b)のリバースプライマーとの任意の組み合わせにより、以下の実施例に示すように、抵抗性系統のワタアブラムシを明確に検出することができる。
【0025】
プライマーとして選択された領域のDNA配列は、通常用いられる方法によって合成される。一般的には、DNA自動合成機を用いて支持体上でヌクレオチドを伸長し、次いで、脱保護および支持体からの切断を行う。次いで、通常用いられる方法(例えば、カラムクロマトグラフィー)によって精製して、目的のプライマーを得ることができる。プライマーの使用量は、特に制限されないが、一般的に、約0.4μMで使用することが好ましい。
【0026】
ワタアブラムシから調製したcDNAまたはゲノムDNAを鋳型として、上記の選択したプライマー対を用いてPCRを行い、プライマーに挟まれた領域のDNA断片を増幅する。PCRは、通常行われる条件で実施され、各プライマー対についてそれぞれ適切な条件を設定する。あるいは、市販のPCRキットを用い、製造業者の指針に従ってPCRを行ってもよい。一般的には、例えば、まず95℃で9分熱変性した後、変性:92℃、30秒〜1分;アニーリング:40〜65℃、30秒〜2分;伸長:72℃、30秒〜2分の反応を、30〜50サイクル繰り返し、最後に72℃、5分反応させてPCRを終了する。DNAポリメラーゼとしては、例えば、AmpliTaq GOLDポリメラーゼなどが用いられる。プライマー対によって増幅されたPCR産物(DNA断片)の大きさは、選択されたプライマー対間の塩基数に応じて変動するが、好ましくは約100bp〜約500bpであり得る。このPCR産物は、次いで、上記DNA断片を分離できる条件下で、例えば、アガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動などを行う。
【0027】
電気泳動したゲル上のDNA断片は、当業者が通常用いるエチジウムブロマイド染色、蛍光検出、サザンハイブリダイゼーションなどの検出手段によって検出され得る。
【0028】
本発明のプライマーは、殺虫剤抵抗性ワタアブラムシ検出用キットとして提供され得る。このキットには、上記プライマー対のうちの少なくとも1つのプライマー対が含まれる。好ましくは、ワタアブラムシのDNA調製用の試薬、PCR用の試薬などが含まれ得る。
【0029】
なお、以下に述べる実施例においては、プライマー配列が特定されて示されているが、本発明はその例に限定されることを意図していない。そのプライマー配列を含み、あるいはその配列において1または2以上の塩基配列の置換、欠失、または挿入、および5’末端側に塩基の追加を含み、ハイブリダイズの条件を変えることによって、目的のDNAとハイブリダイズし得、殺虫剤抵抗性ワタアブラムシを特異的に検出し得る配列もまた、本発明の範囲に含まれることはいうまでもない。
【実施例】
【0030】
(実施例1:有機リン殺虫剤抵抗性系統ワタアブラムシのCEをコードするcDNAの配列決定および感受性系統との比較)
(1)抵抗性系統のCEタンパクの単離・精製および部分アミノ酸配列解析
まず、1987年6月に広島県東広島にてキュウリから採集し、その後、農業環境技術研究所にてキュウリの葉で継代飼育したCE活性の高いC系統のワタアブラムシを材料とし、抵抗性系統のCEタンパクを、非特許文献8に記載のように単離・精製した。7.8gの無翅胎生メス成虫を、約60mLのリン酸緩衝液(pH7.2)中でホモジナイズした後、遠心分離してサイトゾル画分を得、さらに硫安分画して50%飽和硫安沈殿画分を粗タンパク質として得た。次いで、粗タンパク質を、25mM Bis-Tris/HCl緩衝液(pH7.1)で平衡化したMono Pカラム(Pharmacia Biotech)にアプライしてクロマトフォーカシングを行い、Superdex 200HR 10/30カラム(Pharmacia Biotech)でゲル濾過し、さらに上記と同様にクロマトフォーカシングを行って、SDS−PAGEにて単一バンドの精製タンパク質を得た。次いで、クリーブランド法(D.W. Cleavelandら,J. Biol. Chem.,1977年,第252巻,1102−1106頁)に従って、得られた精製タンパク質をS. aureus V8プロテアーゼで消化し、SDS−PAGEで消化断片を分離し、各断片のN末端配列を分析した。3つのバンドについて配列を決定し、このうちの2つの配列をつなぎ合わせて31アミノ酸からなる一続きのペプチド配列を決定した(配列番号11)。
【0031】
(2)cDNA部分配列の増幅および塩基配列決定
上記(1)で同定した一続きの31アミノ酸配列の両端近くで、縮重ができるだけ少なくなるように、プライマーを含めて86塩基を挟むセンスプライマー(DGPF:配列番号12)およびアンチセンスプライマー(DGPR:配列番号13)を設計・合成した(図3)。これらのプライマーとAmpliTaq Gold (2.5mM MgCl2)とを用いて、RT−PCR(95℃で9分熱変性した後、変性:95℃、30秒;アニーリング:42℃、30秒;伸長:72℃、30秒の反応を、43サイクル繰り返し、最後に72℃、7分反応)を行った。PCR増幅物についてアガロース電気泳動を行い、86bpのメインバンドを切り出し、MERMade DNA extraction kit (Bio 101社)で抽出した。これをTA Cloning Kit(Invitrogen社)を用いてプラスミドに挿入し、ブルーホワイトセレクションで陽性を示したコロニーについて挿入断片サイズを確認した。次いで、Cy-5ラベルしたM13-universalおよびM13-reversalプライマーを用いてThermoSequenase Cycle Sequencing Kit(Amasham Biosciences)でシークエンス反応を行い、ALFRed DNA Sequencer(Amasham Biosciences)で両方向から塩基配列を決定した(図3)。
【0032】
(3)mRNAの精製ならびに3’および5’端へのアダプター配列の導入
25mgのC系統無翅胎生メス成虫から、QuickPrep Micro mRNA Purification Kit(Amersham Biosciences)を用いて約6μgのmRNAを精製した。次いで、1チューブ当たり1μgのmRNAを使用し、Ready-To-Go You-Prime First-Strand Beads(Amersham Biosciences)でNot I-(dT)18プライマーを用いて5’端にNot IアダプターのついたFirst-strand cDNAを合成した。さらに、5’RACE System for Rapid Amplification of cDNA Ends, Version 2.0(Invitrogen)を用いてFirst-strand cDNAの3’端にポリdC配列を導入した。
【0033】
(4)3’RACEによるFirst-strand cDNAの5’端(mRNAの3’端)の塩基配列解析
上記(3)で逆転写の際にcDNAの5’端に導入したNot Iアダプター配列部分ならびに上記(2)で決定した86bp断片の塩基配列部分に特異的なプライマー(SPF1:配列番号14:図4)を、それぞれ設計・合成した。上記(2)と同様にRT−PCRを行い、約1.1kbpのメジャーな増幅断片を得て、クローニングし塩基配列を決定した。
【0034】
(5)5’RACEによるFirst-strand cDNAの3’端(mRNAの5’端)の塩基配列解析
上記(3)でcDNAの3’端に導入したポリdC配列部分にアニーリングするポリdG配列(一部配列中にイノシンが挿入されている)を3’端に有する既知配列のアンカープライマー(キットに付属)と、上記(4)で決定したFirst-strand cDNAの5’端(mRNAの3’端)の塩基配列部分に特異的なプライマー(SPR1:配列番号15:図4)とを用い、RT−PCRを行って、約1.3kbpのメジャーな増幅断片を得た。さらに、SPR1の上流にSPR2(配列番号16:図4)を設計し、上記の1.3kbp断片をテンプレートとしてnested PCRを行い、目的のやや短い増幅産物が得られたことを確認した。この1.3kbp断片について上記と同様にクローニング後、塩基配列を解析した。しかし、この比較的長い断片の配列の中央付近に多少曖昧な部分が残ったので、決定した配列を利用してさらに上流にSPR3(配列番号17:図4)を設計し、再びnested PCRを行った。その結果、約750bpの増幅産物を得、同様にクローニングおよび塩基配列を解析し、cDNA(mRNA)全長の塩基配列を確定した。
【0035】
有機リン殺虫剤に抵抗性を示すワタアブラムシのC系統から、抵抗性の原因となる解毒酵素であるカルボキシルエステラーゼ(CE)をコードする全長2228塩基のcDNA配列を初めて決定した(配列番号1、ACCESSION No. AB016720、図1)。このcDNA配列は、526アミノ酸(配列番号2)をコードする1578塩基のオープンリーディングフレームおよび320塩基の5’末端非翻訳領域を含んでいた。この配列中には、エドマン法によって得られたアミノ酸配列をコードする領域(図4の下線部分)、ならびにCEのモチーフ配列をコードする領域(図4のアミノ酸配列の斜体文字部分)が含まれていることも確認した(図4)。
【0036】
(6)感受性系統との比較
上記(5)で得た配列を基にオーバーラップするようにオープンリーディングフレーム部分をカバーする4組のプライマー対を設計した(それぞれ、図1におけるF1とR1、F2とR2、F3とR3、およびF4とR4の矢印部分;なお、R1〜R4は、図示のDNA配列に相補的な配列である)。これらのプライマー対を用いて、有機リン殺虫剤感受性の4系統および公知の抵抗性の4系統についてRT−PCRを行い、各増幅産物についてダイレクトシークエンシングにより塩基配列を決定し、比較した。PCRは、Thermal cyclerとしてABI GeneAmp 2400を用い、0.5U/100μLのTaKaRa Ex Taq Hot Start Version、2.5mM MgCl2、2mMの各dNTP、0.5μMのフォワードおよびリバースプライマー、ならびにテンプレートとして上記(5)で決定したcDNAの逆転写産物のPCR溶液の1/50量を、10〜20μLの量で反応させた。PCR反応は、94℃で1分熱変性した後、変性:94℃、30秒;アニーリング:60℃、30秒;伸長:72℃、30秒の反応を、40サイクル繰り返し、最後に72℃、7分反応させた。
【0037】
その結果、感受性系統と抵抗性系統との間では、抵抗性系統の配列表の配列番号1の360位、446位、および1380位(翻訳開始点のメチオニンコドンの最初の塩基を1番目とする場合、それぞれ40番目、126番目、および1060番目;感受性の配列表の配列番号3においては、それぞれ40位、126位、および1060位)に普遍的に塩基置換が見いだされた(図2)。特に、360位(40番目)および1380位(1060番目)では、アミノ酸の置換も伴っていた。
【0038】
(実施例2:PCRプライマーの設計)
抵抗性系統において決定した5’末端非翻訳領域内において、配列表の配列番号1の19位〜38位(−302〜−283番目)、174位〜213位(−147〜−128番目)、278位〜297位(−43〜−24番目)、および301位〜320位(−20〜−1番目)(それぞれ、配列表の配列番号5〜8に相当)の4つのプライマーを、フォワードプライマーとして設計した。一方、リバースプライマーとしては、抵抗性および感受性の両方の系統に共通の部分である、配列表の配列番号1の538位〜560位(218〜240番目)に相補的な配列(配列表の配列番号9に相当)を設計した。これらのプライマーを、DNA自動合成機により合成した。
【0039】
次いで、抵抗性系統および感受性系統のワタアブラムシ各4系統から、それぞれCEをコードするmRNAの逆転写物(cDNA)を、上記実施例1と同様にして調製した。これらのcDNAを鋳型として、上記プライマーを用いて上記実施例1と同様にPCRを行った。反応終了後、アガロースゲル電気泳動を行い、エチジウムブロマイド染色してPCR産物(DNA断片)を検出した。ゲルの写真を白黒反転処理した結果を図5に示す。図5において、レーンは、左からS系統(1985年10月、京都北白川にてカボチャから採集し、農業環境技術研究所にてキュウリの葉で継代飼育)、H−13系統(1990年5月北海道早来町にてジャガイモから採集し、農業環境技術研究所にてジャガイモの葉で継代飼育)、H−6系統(H−13系統と同じ由来)、およびGSM系統(1987年12月、岐阜県白鳥町にてナスから採集し、農業環境技術研究所にてジャガイモの葉で継代飼育)(以上、感受性系統)、ならびにH−16系統(H−13系統と同じ由来)、H−11系統(H−13系統と同じ由来)、GP2系統(1987年10月、島根県出雲市にてナシから採集し、農業環境技術研究所にてジャガイモの葉で継代飼育)、およびC系統(以上、抵抗性系統)のcDNA逆転写産物を鋳型とした場合である。
【0040】
抵抗性系統では、いずれも明確なPCR増幅バンドが検出された。一方、−23番目よりも上流に設定した3種のフォワードプライマー(配列表の配列番号5〜7)を用いた場合、感受性系統では、アミノ酸コード領域内に設定した感受性系統と抵抗性系統とに共通の配列に対応するリバースプライマーを用いたにもかかわらず、全くPCR増幅産物が検出できなかった。このことから、感受性系統では5’末端非翻訳領域の塩基配列が抵抗性系統のものと著しく異なっているか、あるいはかなり短いことが示唆される。
【0041】
(実施例3:cDNAあるいはゲノムDNAを鋳型とするPCR)
抵抗性系統および感受性系統のワタアブラムシ各4系統から、それぞれCEをコードするmRNAの逆転写物(cDNA)を、上記実施例1と同様にして調製した。また、抵抗性系統および感受性系統のワタアブラムシ各4系統から、それぞれゲノムDNAを、RapidPrep Micro Genomic DNA Isolation Kit for Cells and Tissue(Amasham Biosciences)を用い、各系統の無翅胎生メス成虫25mgからマニュアルに従って調製した。配列表の配列番号1の278位〜297位(−43〜−24番目)のDNA配列(配列表の配列番号7)をフォワードプライマーとし、抵抗性系統に対する特異性を高めるために塩基置換のある配列表の配列番号1の446位(126番目)を含む配列表の配列番号1の446位〜464位(126〜144番目)のDNA配列に相補的な配列(配列表の配列番号10)をリバースプライマーとし、DNA自動合成機により合成した。
【0042】
このフォワードプライマーとリバースプライマーとの組み合わせを用いてワタアブラムシのcDNAあるいはゲノムDNAを鋳型として、実施例2と同様にPCRを行った。反応終了後、アガロースゲル電気泳動を行い、エチジウムブロマイド染色してPCR産物(DNA断片)を検出した。結果を図6に示す。図6において、レーンは、左からS、H−13、H−6、およびGSM系統(以上、感受性系統)、ならびにH−16、H−11、GP2、およびC系統(以上、抵抗性系統)の場合である。なお、今回供試した全ての系統で増幅産物が確認できたアシル−CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子の一部を、ポジティブコントロール(PC)として用いた。
【0043】
図6からわかるように、cDNAおよびゲノムDNAのいずれを鋳型とした場合でも、抵抗性系統のCEのみが特異的に増幅産物が生成され、抵抗性系統を明確に識別できた。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の抵抗性ワタアブラムシの識別方法は、ワタアブラムシにおける有機リン剤抵抗性の発達の動向・現状を正確かつ簡便にモニタリングすることができる。そのため、ワタアブラムシ中への有機リン剤抵抗性遺伝子の蓄積を防止することに有用である。さらに、本発明の抵抗性ワタアブラムシの識別方法は、CEのcDNAだけでなく、ゲノムDNAを鋳型としても有効に利用し得る。このことは、虫一匹毎にRNAやDNAを調製する工程を経ることなく、昆虫そのもの、あるいは磨り潰し液をPCR反応溶液に直接投入するような、より簡便な識別法を開発するための基礎となり得る。より詳細には、昆虫体内には一般にPCRに阻害的に作用する様々な成分が存在するため、現在のところ前処理せずに虫自体をPCR溶液に投入しても所望のバンドは得られてはいないが、今後、簡便な前処理法やPCR溶液への添加物などを検討することにより、簡便な識別法の確立に繋がる可能性は高い。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】有機リン剤抵抗性系統のワタアブラムシのCEのcDNA配列およびそのコード配列、ならびに構造比較に用いたプライマーの対応する位置を示す図である。
【図2】有機リン剤抵抗性系統と感受性系統のワタアブラムシとのCEのcDNAの構造比較を示す模式図である。
【図3】有機リン剤抵抗性系統のCEタンパクの部分アミノ酸配列およびcDNA決定のための縮重プライマーの位置を示す図である。
【図4】有機リン剤抵抗性系統のワタアブラムシのCEのcDNA配列およびcDNA決定のための縮重プライマーの位置を示す図である。
【図5】種々のプライマーの配置を示す模式図、ならびにこれらのプライマーを用いて、cDNAを鋳型とするPCRを行った後の電気泳動の結果を示す写真である。
【図6】プライマーの配置を示す模式図、ならびにこれらのプライマーを用いて、cDNAおよびゲノムDNAを鋳型とするPCRを行った後の電気泳動の結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)配列表の配列番号1の1位から300位までのDNA配列から選択される少なくとも10の連続するDNA配列と、(b)配列表の配列番号1の321位から1898位までのDNA配列から選択される少なくとも10の連続するDNA配列に相補的なDNA配列とからなる、PCRプライマー対。
【請求項2】
前記(a)のDNA配列が、配列表の配列番号5、6、および7のDNA配列からなる群より選択される、請求項1に記載のPCRプライマー対。
【請求項3】
前記(b)のDNA配列が、配列表の配列番号1の360位、446位、および1380位から選択されるいずれか1つのDNAを含む少なくとも10の連続するDNA配列に相補的なDNA配列である、請求項1または2に記載のPCRプライマー対。
【請求項4】
前記(b)のDNA配列が、配列表の配列番号9および10のDNA配列からなる群より選択される、請求項1または2に記載のPCRプライマー対。
【請求項5】
殺虫剤抵抗性ワタアブラムシを識別するための方法であって、
ワタアブラムシのDNAを調製する工程;
請求項1から4のいずれかの項に記載のPCRプライマー対を用いて、該DNAを鋳型としてPCRを行う工程;および
該PCRによる増幅産物を検出する工程;
を含む、方法。
【請求項6】
請求項1から4のいずれかの項に記載のPCRプライマー対を含む、殺虫剤抵抗性ワタアブラムシ検出用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−6235(P2006−6235A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−189518(P2004−189518)
【出願日】平成16年6月28日(2004.6.28)
【出願人】(501245414)独立行政法人農業環境技術研究所 (60)
【出願人】(504248148)
【Fターム(参考)】