説明

母材加工装置における電極磨耗量計測装置、電極寿命計測装置およびトーチ高さ保持装置

【課題】トーチの交換時期を正確に判断でき、トーチの寿命の低下や製品品質の劣化が防止できる電極磨耗量計測装置を提供する。
【解決手段】アーク電圧Vaおよび切断用トーチ10と母材Rとの距離ΔLに基づいて、電極11の磨耗量ΔDを演算する。また、電極磨耗量演算手段によって演算された電極磨耗量ΔDに応じて、切断用トーチ10と母材Rとの距離を一定に保持するように、測定されたアーク電圧Vaを補正演算し、補正アーク電圧を生成し、この補正アーク電圧をAVC装置に出力する。AVC装置では、測定アーク電圧Vaを、補正アーク電圧に置き換え、補正アーク電圧を、設定された基準アーク電圧と比較してアーク長を一定に保持するように、切断用トーチ10を母材Rの高さ方向に移動させて切断用トーチ10と母材Rとの距離を調整する制御を行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、母材の切断あるいは溶接などの母材の加工を行う母材加工装置において、トーチの電極の磨耗量を計測する装置およびトーチの電極の寿命を計測する装置およびトーチの高さを一定に保持する装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
切断加工、溶接加工の分野では、アーク切断加工、アーク溶接加工が広く普及している。この種の母材加工装置は、トーチに電極が設けられ、電極と母材との間に印加されるアーク電圧に応じたアーク長さのアークを生成しつつトーチを母材の加工線に沿って移動させて母材を加工する。以下では、切断加工装置を例にとり説明する。
【0003】
切断加工装置には、通常、AVC(アーク ボルテージ コントロール)装置が備え付けられている。
【0004】
AVC装置は、測定されたアーク電圧を、設定された基準アーク電圧と比較してアーク長を一定に保持するように、切断用トーチを母材の高さ方向に移動させて切断用トーチと母材との距離を調整する制御を行なう装置である。この制御は、切断用トーチが斜めになったり、母材の熱歪みなどによって母材表面の高さ方向の位置が変化したとしても、常にアーク長を一定に保持するためのものである。母材Rの板厚に応じてアーク長が定まり、これに対応して基準アーク電圧が定まる。これは母材Rの板厚に応じて切断幅を規定の幅にするためのアーク長、基準アーク電圧が異なるからである。そのために板厚に対応して、切断幅を規定の幅にするために必要な基準アーク電圧が設定されている。
【0005】
図1は、切断用トーチ10と母材Rとの位置関係を時系列で示している。
【0006】
切断加工開始位置に切断用トーチ10が位置されると、切断用トーチ10の高さを計測する動作(IHS動作)を経て、ピアス工程に入る。ピアス工程では、切断用トーチ10の高さ方向の位置は、ピアッシングに適した一定の高さ方向位置Hpに調整される。そして、切断用トーチ10からプラズマを噴流することにより切断開始位置にピアス孔が開けられる。その後、切断用トーチ10が溶接線に沿って移動し一定速度になるまで加速する(加速工程)。加速工程では、切断用トーチ10の高さ方向の位置は、一定の高さ方向位置Hsに維持される。切断用トーチ10が一定速度になると、AVC開始点より、AVC装置による制御が開始される。以後、切断用トーチ10の高さ方向位置は、母材Rの表面高さ方向位置等が変動するに応じて、変動する。
【0007】
切断開始位置から切断用トーチ10が移動を開始してからAVC開始点に至るまでの加速工程は時間管理されている。切断開始位置から切断用トーチ10が移動を開始してから所定時間に達すると、AVC装置による制御が開始される。
【0008】
ここで、電極11の磨耗がないのであれば、AVC装置による制御中、アーク長は切断用トーチ10と母材Rとの距離ΔLに比例し、切断用トーチ10と母材Rとの距離ΔLは一定に保持されるはずである。
【0009】
しかし、電極11が磨耗すると、その磨耗量分だけアーク長が長くなり、アーク電圧が上がる。そこで、アーク長を一定に保持するために、切断用トーチ10が下げられアーク電圧を基準アーク電圧まで下げるように調整される。
【0010】
しかし、切断用トーチ10が限界値まで下がると、図2(a)に示すように、切断溝の断面形状が本来の形状(破線にて示す)に比較してテーパ状(実線にて示す)となり、製品の品質が悪化する。また、切断用トーチ10が限界値まで下がると、母材Rへのドロス付着が顕著になり製品品質に悪影響を与えたり、ダブルアークによって切断用トーチ10のノズルの損傷を招くおそれがある。そして図2(b)に示すように、ノズル12の損傷が進行すると、切断幅の寸法が本来の寸法(破線にて示す)に比較して広くなり(実線にて示す)、製品の寸法に誤差が生じるおそれがある。このように切断用トーチ10の高さ位置の低下は、切断用トーチ10の寿命の低下や製品品質の劣化に大きく影響を与える。
【0011】
そこで、電極11の磨耗が進行することに伴って切断用トーチ10が限界値まで下がることを回避する必要がある。
【0012】
(切断用トーチの寿命管理に関する従来の実施技術)
一般的には、電極を含めた切断用トーチの寿命管理は、オペレータに任されている。すなわち、たとえば切断用トーチの種類に対応して交換時間を明記した表に基づき、必要な時期に切断用トーチを新品と交換するようにしている。
【0013】
また、図2(b)で説明したように、ノズル10aの損傷が進行すると、切断幅の寸法が広くなることから、製品の寸法を計測してノズルを含めた切断用トーチの損耗度を推定する手法も実施されている。
【0014】
また、切断時間とピアス回数を計測して計測値が規定値に達した場合に警報信号を出力して、切断用トーチの交換を促す装置も存在する。
【0015】
(切断用トーチの寿命管理に関して特許文献に記載された従来技術)
下記する特許文献1には、切断用トーチ内の電極の先端中央位置を計測し、計測値を新品時に同様に計測した値と比較することにより電極が交換時期に達したかを判断するという発明が記載されている。
【0016】
下記する特許文献2には、アークによって消費された電力量とアークのスタート回数に基づいて切断用トーチ内の電極の消耗量を演算し、演算した電極消耗量が限界消耗量を超えた場合に電極が交換時期に達したと判断するという発明が記載されている。
【0017】
下記する特許文献3には、ノズル部材とノズル保護カバーとの間の電圧を監視することで、電極の消耗を検出するという発明が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開平6-226452号公報
【特許文献2】特開平5-277744号公報
【特許文献3】特開2006-7315号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
切断用トーチの寿命管理に関する従来技術は、いずれも、プラズマ電源、母材の板厚などの切断条件の影響を受けて、磨耗量、寿命時期の計測誤差が大きい。また、特許文献3に記載されたものでは、ノズル保護カバーが装着された特殊な切断用トーチにしか適用することができない。
【0020】
さらに、従来技術にあっては、AVC装置による制御の影響は何ら考慮されていない。すなわち、電極の磨耗が進行したまま、AVC装置による制御が実行されると、切断用トーチの高さ位置が低下し、製品品質の劣化等を招く。
【0021】
本発明は、こうした実情に鑑みてなされたものであり、トーチの電極の磨耗量を正確に計測して、トーチの交換時期を正確に判断できるようにすることを第1の解決課題とするものである。
【0022】
また、電極の磨耗が進行したとしてもトーチの高さ位置が低下することを回避して、トーチの寿命の低下や製品品質の劣化を防止することを第2の解決課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
第1発明は、
トーチに電極が設けられ、電極と母材との間に印加されるアーク電圧に応じたアーク長さのアークを生成しつつトーチを母材の加工線に沿って移動させて母材を加工する母材加工装置において、
アーク電圧を測定するアーク電圧測定手段と、
トーチと母材との距離を測定する距離測定手段と、
加工開始から所定時間後に制御を開始する制御手段であって、測定されたアーク電圧を、設定された基準アーク電圧と比較してアーク長を一定に保持するように、トーチを母材の高さ方向に移動させてトーチと母材との距離を調整する制御を行なうアーク電圧制御手段と、
加工開始から前記所定時間内に、アーク電圧測定手段によってアーク電圧を測定するとともに、距離測定手段によってトーチと母材との距離を測定し、これら測定されたアーク電圧およびトーチと母材との距離に基づいて、電極の磨耗量を演算する電極磨耗量演算手段と
が具えられた母材加工装置における電極磨耗量計測装置であることを特徴とする。
【0024】
第2発明は、第1発明において、
電極磨耗量演算手段によって演算された電極磨耗量をしきい値と比較して、電極磨耗量がしきい値に達した場合に、警報信号を生成する警報信号生成手段
がさらに具えられた母材加工装置における電極寿命計測装置であることを特徴とする。
【0025】
第3発明は、第1発明または第2発明において、
電極磨耗量演算手段によって演算された電極磨耗量に応じて、トーチと母材との距離を一定に保持するように、測定されたアーク電圧を補正し、この補正アーク電圧をアーク電圧制御手段に出力するアーク電圧補正手段
がさらに具えられ、
アーク電圧制御手段は、
補正されたアーク電圧を、設定された基準アーク電圧と比較してアーク長を一定に保持するように、トーチを母材の高さ方向に移動させてトーチと母材との距離を調整する制御を行なう、母材加工装置におけるトーチ高さ保持装置であることを特徴とする。
【0026】
第4発明は、第1発明または第2発明において、
電極磨耗量演算手段によって演算された電極磨耗量に応じて、トーチと母材との距離を一定に保持するように、基準アーク電圧を補正し、この補正基準アーク電圧をアーク電圧制御手段に出力する基準アーク電圧補正手段
がさらに具えられ、
アーク電圧制御手段は、
設定された基準アーク電圧を補正基準アーク電圧に置き換え、測定されたアーク電圧を、補正基準アーク電圧と比較してアーク長を一定に保持するように、トーチを母材の高さ方向に移動させてトーチと母材との距離を調整する制御を行なう、母材加工装置におけるトーチ高さ保持装置であることを特徴とする。
【0027】
第5発明は、第1発明において、
トーチの管理番号ごとに、あるいは母材の板厚の大きさごとに、トーチの電極の磨耗量を管理する電極磨耗量管理手段
が具えられたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、つぎの作用効果が得られる。
【0029】
a)トーチの電極の磨耗量を正確に知ることができ、トーチの交換時期を正確に判断することができるようになる(第1発明)。さらにトーチの電極の磨耗量が限界に達した正確な時期を警報によって知ることができるようになる(第2発明)。
【0030】
b)トーチの電極の磨耗が進行したとしてもトーチの高さ位置が低下することを回避することができ、トーチの寿命の低下や製品品質の劣化を防止することができる(第3発明、第4発明)。
【0031】
c)トーチの種類毎あるいは母材の板厚毎に、電極磨耗量を管理することができ、複数のトーチが混用して使用される場合であっても、誤りなく、各トーチの交換時期を正確に判断することができるようになる(第5発明)。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1は、切断用トーチと母材との位置関係を時系列で示した図である。
【図2】図2(a)、(b)は従来技術および本発明の課題を説明するために用いた図である。
【図3】図3は、実施形態の全体システムの構成を示したブロック図である。
【図4】図4は、電極の磨耗量を計測する原理を説明する図である。
【図5】図5は、アーク電圧測定開始点からアーク電圧測定終了点までの切断用トーチの移動軌跡と母材の傾きとの幾何的関係を示した図である。
【図6】図6は、切断用トーチの高さ位置を保持する実施例における信号の流れを示す図である。
【図7】図7は、複数の切断用トーチを管理する実施例における処理の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、図面を参照して本発明に係る母材加工装置における電極磨耗量計測装置および電極寿命計測装置およびトーチ高さ保持装置について説明する。
【0034】
実施形態では、切断加工装置を例にとり説明する。しかし、本発明は、溶接加工装置にも同様に適用することができる。
【0035】
また、切断加工装置は、たとえばプラズマ切断加工装置を想定して説明する。
【0036】
図3は、実施形態の全体システムの構成をブロック図にて示す。
【0037】
同図3に示すように、実施形態のシステムは、大きくは、切断用トーチ10と、プラズマ電源装置20と、演算処理装置30と、ストロークセンサ31と、タッチパネル32と、AVC装置40と、警報発生装置50とから構成されている。なお、図3は、本発明に係る構成部分のみを示しており、本発明とは直接関係のない実際のシステムにおける構成部分は省略している。
【0038】
切断用トーチ10は、切断用トーチ10内に設けられた電極11と、切断用トーチ10の先端に設けられたノズル12とを含んで構成される。プラズマアークによって切断加工を行う母材切断加工装置は、電極11と母材Rとの間に印加されるアーク電圧Vaに応じたアーク長さのプラズマアークを生成しノズル12からプラズマを母材Rに向け噴流させつつ切断用トーチ10を母材Rの加工線に沿って移動させて母材Rを切断加工する。
【0039】
プラズマ電源装置20は、切断用トーチ10の電極11(負極)と母材R(正極)との間にアーク電圧Vaを印加する。アーク電圧Vaは、プラズマ電源装置20に設けられたアーク電圧測定手段21によって測定される。アーク電圧測定手段21によって測定されたアーク電圧Vaは、演算処理装置30に入力される。
【0040】
ストロークセンサ31は、切断用トーチ10の高さ方向の位置(以下、単に「高さ」という)Hを検出する。ストロークセンサ31で検出された切断用トーチ10の高さHを示す信号は、演算処理装置30に入力される。
【0041】
タッチパネル32は、入力部33と、表示部34を備えている。入力部33で入力された内容を示す信号は、演算処理装置30に入力される。表示部34には、演算処理装置30から出力された表示信号に応じて表示がなされる。
【0042】
警報発生装置50は、演算処理装置30から出力された警報信号に応じて警報を発生する。警報発生装置50は、たとえばブザー、パトライトで構成される。
【0043】
AVC装置40は、演算処理装置30から入力される後述する補正アーク電圧Va1を、設定された基準アーク電圧と比較してアーク長を一定に保持するように、切断用トーチ10を母材Rの高さ方向に移動させて切断用トーチ10と母材Rとの距離を調整する制御を行なう。この制御は、切断用トーチ10が斜めになったり、母材Rの熱歪みなどによって母材表面の高さ方向の位置が変化したとしても、常にアーク長を一定に保持するためのものである。母材Rの板厚に応じてアーク長が定まり、これに対応して基準アーク電圧が定まる。これは母材Rの板厚に応じて切断幅を規定の幅にするためのアーク長、基準アーク電圧が異なるからである。そのために板厚に対応して、切断幅を規定の幅にするために必要な基準アーク電圧が設定されている。
【0044】
以下、各実施例について説明する。
【0045】
(第1実施例:電極磨耗量計測)
図4は、電極11の磨耗量を計測する原理を説明する図である。
【0046】
電極11の磨耗量をΔD、ノズル12の長さをΔN、切断用トーチ10と母材Rとの距離をΔLとすると、アーク電圧Vaとこれらの間には、
Va=K1・ΔL+K2・ΔD+K3・ΔN …(1)
という関係が成立する。ただし、K1、K2、K3は、既知の定数である。ノズル長さΔNは、既知の値である。切断用トーチ10と母材Rとの距離ΔLは、ストロークセンサ31で検出された切断用トーチ10の高さHと、母材Rの板厚(既知)とよって求められる。なお、ストロークセンサ31の代わりに、切断用トーチ10と母材Rとの距離ΔLを直接測定する距離測定手段を設ける実施も可能である。
【0047】
上記(1)式を変形すると、電極磨耗量ΔDは、
ΔD=(Va−K1・ΔL−K3・ΔN)/K2 …(2)
によって求められる、よって、アーク電圧測定手段21によってアーク電圧Vaを測定するとともに、ストロークセンサ31によって検出されたトーチ高さHに基づき切断用トーチ10と母材Rとの距離ΔLを測定し(あるいは距離測定手段によって距離ΔLを直接測定し)、これら測定されたアーク電圧Vaおよび切断用トーチ10と母材Rとの距離ΔLに基づいて、電極11の磨耗量ΔDを演算することができる。
【0048】
しかし、AVC装置40による制御が実行されている間は、切断用トーチ10の高さ方向位置が変動してしまい正確なアーク電圧Vaを測定することができない。そこで、AVC装置40による制御が実行されていない期間に、アーク電圧測定手段21によってアーク電圧Vaを測定する。
【0049】
図1は、切断用トーチ10と母材Rとの位置関係を時系列で示している。
【0050】
切断加工開始位置に切断用トーチ10が位置されると、切断用トーチ10が母材Rに当接するまで下げられ、この位置から母材Rの板厚に応じた高さHpまで上昇される(IHS動作)。高さHpは、ピアッシングに適した高さである。高さHpの測定は、ストロークセンサ31によって行われる。そして、アークを形成する工程を経て、ピアス工程に入る。ピアス工程では、切断用トーチ10の高さHは、ピアッシングに適した一定の高さHpに維持される。そして、切断用トーチ10からプラズマが噴流されて切断開始位置にピアス孔が開けられる。
【0051】
その後、切断用トーチ10が溶接線に沿って移動し一定速度になるまで加速する(加速工程)。加速工程では、切断用トーチ10の高さ方向の位置は、一定の高さ方向位置Hsに維持される。この加速工程では、AVC装置40による制御は行われない。
【0052】
よって、この加速工程で、アーク電圧測定手段21によってアーク電圧Vaが所定のサンプリング周期で測定される。
【0053】
図5は、アーク電圧測定開始点(加速の開始点)からアーク電圧測定終了点(加速の終了点)までの切断用トーチ10の移動軌跡と母材Rの傾きとの幾何的関係を示したものである。母材Rの傾きは、母材Rが置かれる定盤(架台)の傾きや、定盤上に堆積されたドロスなどによって生じる。母材Rが傾いていると、測定されるアーク電圧Vaに誤差が生じる。そこで、測定されるアーク電圧Vaから傾きによる誤差分を差し引き補正する必要がある。
【0054】
図5中、εが、アーク電圧の測定誤差となる。よって、このアーク電圧測定誤差を解消するために、測定されたアーク電圧の増減傾向から1次式の傾きを計算して補正を行う。具体的には下記の補正演算を行う。
【0055】
Va´=Σ(Vai−i・atan(VaN−Va1/N)/N …(3)
ただし、Vaiは、加速中にトーチの下降が併行するケースもあるので、プラズマ電源と板厚で規定される電圧の範囲内を対象とし、i番目(i=1、2…N)のサンプリング時に測定されたアーク電圧であり、VaNは、最後のN番目のサンプリング時に測定されたアーク電圧である。
【0056】
上記(3)式によって補正演算されたアーク電圧Va´を、上記(2)式に代入して、電極磨耗量ΔDを求める。
【0057】
このようにして、電極11の磨耗量ΔDが、演算処理装置30の電極磨耗量演算手段35で演算される。
【0058】
ここで、一般に、電極11が限度値まで磨耗するときの平均的な電圧降下は、アーク電圧に換算すると、約8Vである。通常、アーク電圧は、100V〜200V程度であるので、必要とされる測定分解能は、4%以下となる。これはA/D変換精度の5ビット相当になる。更に波形に重畳された雑音等を考慮すると、8ビット(256)以上が必要となる。また、演算処理装置30には、上記した程度の精度のA/D変換機能と高周波雑音(プラズマの正極点の変動は数kHz)を除去するためのローパスフィルタが必要となる。アーク電圧のサンプリング周期は1msあれば充分である。よってハードのフィルタ回路ではなくソフトのフィルタ処理で対応可能である。なお、アーク電圧は電圧減衰器を介して10V以下に落として処理される。
【0059】
母材Rを切断加工する毎に、電極磨耗量演算手段35で逐次演算される電極11の磨耗量ΔDは、表示信号に変換されて、タッチパネル32の表示部34に出力される。これによりタッチパネル32の表示部34に、現在の電極11の磨耗量ΔDが表示され、オペレータは常時、切断用トーチ10の磨耗状態を確認することができる。
【0060】
(第2実施例:電極磨耗量計測とトーチ寿命計測の併用)
一方、演算処理装置30の、しきい値設定部36には、電極11の磨耗量ΔDが限界値に達したか否かを判断するためのしきい値ΔDcが設定されている。
【0061】
警報信号生成手段136では、電極磨耗量演算手段35によって演算された電極磨耗量ΔDがしきい値ΔDcと比較される。その結果、電極磨耗量ΔDがしきい値ΔDcに達した場合には、警報信号が生成され、警報信号が警報発生装置50に出力される。これにより警報発生装置50で警報が発生される。これにより、オペレータは、電極11の磨耗が限界に達したことを認識することができ、切断用トーチ10を新品に交換するなどの処置をとることができる。なお、警報信号をタッチパネル32に出力して、表示部34に警報内容を表示してもよい。
【0062】
切断用トーチ10の寿命を判断するために他の手法を併用してもよい。
【0063】
通常は、電極11とノズル12のいずれかが寿命に達すると、電極11とノズル12は同時に交換される。切断用トーチ10の寿命は、電極11とノズル12の損耗を合算したものとして表される。電極11とノズル12の損耗は、アーク時間(切断時間)とピアス回数により規定される。アーク時間は、プラズマ電源装置20の電源の種類、ガスの種類、電極11の種類(材料)によって規定される。切断時間は、アーク電圧が規定値以上になっている時間を計時することにより得られる。ピアス回数は、アーク電圧と切断用トーチ10の高さから計数して累積される。
【0064】
演算処理装置30の寿命演算部37では、切断用トーチ10の寿命時間が下記式によって演算される。
【0065】
寿命時間=切断時間+K・ピアス回数 …(4)
Kは、ピアス回数で加速される切断用トーチ10の損耗度合いの時間換算値である。Kの値は、既知の値として、プラズマ電源装置20の電源の種類、ガスの種類、電極11の種類(材料)に対応してデータベース38に記憶されておかれる。このため演算処理装置30には、適度な容量の不揮発性メモリが必要とされる。
【0066】
警報信号生成手段136では、寿命演算部37によって演算された寿命時間が規定値と比較される。その結果、寿命時間が規定値を超えた場合には、警報信号が生成され、警報信号が警報発生装置50に出力される。これにより警報発生装置50で警報が発生される。これにより、オペレータは、電極11またはノズル12の損耗が限界に達したことを認識することができ、切断用トーチ10を新品に交換するなどの処置をとることができる。
【0067】
寿命時間が規定値を超えた場合に発生される警報信号は、電極磨耗量ΔDがしきい値ΔDcに達した場合に発生される警報信号と識別できるようにすることが望ましい。この場合も、各警報信号をタッチパネル32に出力して、表示部34に警報内容を表示してもよい。
【0068】
(第3実施例:トーチ高さ保持)
さて、電極11の磨耗がないのであれば、AVC装置40による制御中、アーク長は切断用トーチ10と母材Rとの距離に比例し、切断用トーチ10と母材Rとの距離ΔLは一定に保持されるはずである。
【0069】
しかし、電極11が磨耗すると、その磨耗量分だけアーク長が長くなり、測定されるアーク電圧Vaが上がる。そこで、アーク長を一定に保持するために、切断用トーチ10が下げられ、アーク電圧を基準アーク電圧まで下げるように調整される。
【0070】
しかし、切断用トーチ10が限界値まで下がると、図2(a)で説明したように、切断用トーチ10の寿命の低下や製品品質の劣化に大きく影響を与える。このため、電極11の磨耗が進行することに伴って切断用トーチ10が限界値まで下がることを回避する必要がある。
【0071】
そこで、本実施例では、演算処理装置30に、アーク電圧補正手段39を設け、アーク電圧補正手段39で補正されたアーク電圧Va1を、AVC装置40に出力することで切断用トーチ10の高さを保持するようにしている。
【0072】
図6は、本実施例における信号の流れを示す図である。以下、この図を併せ参照して説明する。
【0073】
プラズマ電源装置20に設けられたアーク電圧測定手段21では、実際のアーク電圧Vaが測定される。アーク電圧測定手段21によって測定されたアーク電圧Vaは、演算処理装置30のアーク電圧補正手段39に入力される。
【0074】
アーク電圧補正手段39では、電極磨耗量演算手段35によって演算された電極磨耗量ΔDに応じて、切断用トーチ10と母材Rとの距離を一定に保持するように、測定されたアーク電圧Vaを下記式のごとく補正演算し、補正アーク電圧Va1を生成する。
【0075】
Va1=Va−K2・ΔD …(5)
そして、この補正アーク電圧Va1をAVC装置40に出力する。
【0076】
AVC装置40では、測定アーク電圧Vaを、補正アーク電圧Va1に置き換え、制御を行なう。すなわち、補正アーク電圧Va1を、設定された基準アーク電圧と比較してアーク長を一定に保持するように、切断用トーチ10を母材Rの高さ方向に移動させて切断用トーチ10と母材Rとの距離を調整する制御を行なう。
【0077】
これにより、電極11の磨耗が進行したとしても、切断用トーチ10は下がることなく一定の高さに保持される。しかも、本実施例によれば、手動にて基準アーク電圧に変更を加える必要がなく、自動的に、切断用トーチ10の高さを一定に保持する制御が実現される。さらに本実施例によれば、既存のプラズマ電源装置20、AVC装置40には何ら改造、加工を加えることなく、これらの装置間に、アーク電圧補正手段39(演算処理装置30)を追加するという簡易なシステム構成で、切断用トーチ10の高さを自動的に一定に保持することができるという顕著な効果が得られる。
【0078】
この実施例では、測定アーク電圧Vaを補正して、AVC装置40による制御を行なうようにしている。しかし、基準アーク電圧を補正して、AVC装置40による制御を行なうようにしてもよい。
【0079】
この場合、電極磨耗量演算手段35によって演算された電極磨耗量ΔDに応じて、切断用トーチ10と母材Rとの距離を一定に保持するように、現在AVC装置40で設定されている基準アーク電圧Vthを、下記式のごとく補正演算し、補正基準アーク電圧Vth1を生成する。
【0080】
Vth1=Vth+K2・ΔD …(6)
そして、この補正基準アーク電圧Vth1をAVC装置40に出力する。
【0081】
AVC装置40では、現在設定されている基準アーク電圧Vthを、補正基準アーク電圧Vth1に置き換え、制御を行なう。すなわち、アーク電圧測定手段21で測定されたアーク電圧Vaを、補正基準アーク電圧Vth1と比較してアーク長を一定に保持するように、切断用トーチ10を母材Rの高さ方向に移動させて切断用トーチ10と母材Rとの距離を調整する制御を行なう。
【0082】
これにより、電極11の磨耗が進行したとしても、切断用トーチ10は下がることなく一定の高さに保持される。
【0083】
(第4実施例:電極磨耗量管理)
アーク電圧は、電極11を陰極とし母材R内のプラズマの陽極点との電圧差である。母材Rの板厚が変化すれば、加速工程中に測定されるアーク電圧Vaが変化する。これは母材Rの板厚に応じて切断性能を補償するために適切なトーチ高さH(トーチ・母材間距離ΔL)が決まっているからである。
【0084】
異なる板厚の母材Rが切断加工される毎に、切断用トーチ10が板厚の大きさに応じた種類のものに交換される。そして、加速工程では、母材Rの板厚の大きさに応じた高さに、切断用トーチ10の高さHsが調整される。このように異なる種類の複数の切断用トーチ10が混用されて使用される場合には、電極磨耗量の管理を、切断用トーチ10の種類毎に行う必要がある。
【0085】
そこで、演算処理装置30の管理手段131は、母材Rの板厚の大きさごとに切断用トーチ10の電極11の磨耗量を管理する。
【0086】
以下、図7のフローチャートを参照して演算処理装置30で行われる処理の手順について説明する。
【0087】
切断加工開始にあたり、タッチパネル32の入力部33より、プラズマ電源装置20の電源の種類、ガスの種類、電極11の種類(材料)のデータが入力される。これにより入力データに対応するKの値がデータベース38から読み出される。また切断用トーチ10が新品である場合には、「新品」であることを示すデータが入力される(ステップ101)。
【0088】
つぎに切断用トーチ10がセットされ(ステップ102)、切断用トーチ10の種類を示す管理番号のデータがタッチパネル32の入力部33より入力される。この切断用トーチ10の種類を示す管理番号は、母材Rの板厚に対応している(ステップ103)。
【0089】
つぎに、切断加工が実行される。切断加工中は、切断時間、ピアス回数、寿命時間、電極磨耗量ΔDが前述したごとく演算される。
【0090】
管理手段131は、切断用トーチ10の種類を示す管理番号に対応して、切断時間、ピアス回数、寿命時間、電極磨耗量ΔDの履歴をメモリに記憶し、管理している。
【0091】
切断用トーチ10が「新品」の場合には、対応する管理番号の切断用トーチ10の履歴情報を消去、つまり切断時間、ピアス回数、寿命時間、電極磨耗量ΔDをリセットした上で、対応する管理番号の切断用トーチ10の切断時間、ピアス回数、寿命時間、電極磨耗量ΔDをメモリに記録する。
【0092】
これに対して、「新品」の入力がなく、切断用トーチ10が旧品の場合には、対応する管理番号の切断用トーチ10の履歴情報を引き継ぐ、つまり、対応する管理番号の切断用トーチ10の切断時間、ピアス回数、寿命時間、電極磨耗量をメモリから読み出し、新たに演算された切断時間、ピアス回数、寿命時間、電極磨耗量ΔDによってデータを更新してメモリに記憶する(ステップ104)。
【0093】
以上のごとくして、管理番号毎に電極磨耗量ΔD、切断時間、ピアス回数、寿命時間がメモリに記録される。なお、記録内容は、表示信号に変換されて、タッチパネル32の表示部34に出力される。これによりタッチパネル32の表示部34に、切断用トーチ10の種類(管理番号)毎に電極磨耗量ΔD、切断時間、ピアス回数、寿命時間を表示させることができ、オペレータは常時、複数の切断用トーチ10の損耗状態を確認することができる。また、記録内容に基づき警報信号が出力されて、警報発生装置50によって、切断用トーチ10の種類(管理番号)毎に電極磨耗量ΔDが限界に達したこと、あるいは、寿命時間が限界に達したことをオペレータに知らしめることができる。
【0094】
なお、本実施例では、切断用トーチ10の種類を示す管理番号を入力し、入力した管理番号によって切断用トーチ10の種類を判別し、切断用トーチ10の種類毎に電極磨耗量等を管理するようにしているが、母材Rの板厚の大きさ毎に電極磨耗量等を管理する実施も可能である。
【0095】
すなわち、切断用トーチ10の加速工程中に、ストロークセンサ31で検出された切断用トーチ10の高さHに応じて母材Rの板厚の大きさを判別し、母材Rの板厚の大きさごとに切断用トーチ10の電極11の磨耗量等を管理してもよい。
【0096】
以上説明した実施例によれば、つぎのような作用効果が得られる。
【0097】
a)切断用トーチ10の電極11の磨耗量ΔDを正確に知ることができ、切断用トーチ10の交換時期を正確に判断することができるようになる(第1実施例)。さらに切断用トーチ10の電極11の磨耗量が限界に達した正確な時期を警報によって知ることができるようになる(第2実施例)。
【0098】
b)電極磨耗量ΔDの計測と切断用トーチ10の寿命時間の計測を併用して、それぞれ限界に達した時期に警報を発生させることができ、切断用トーチ10の交換時期を正確かつ的確に判断することができるようになる(第2実施例)。
【0099】
c)切断用トーチ10の電極11の磨耗が進行したとしても切断用トーチ10の高さ位置が低下することを回避することができ、切断用トーチ10の寿命の低下や製品品質の劣化を防止することができる(第3実施例)。
【0100】
d)切断用トーチ10の種類毎あるいは母材Rの板厚毎に、電極磨耗量ΔD、切断時間、ピアス回数、寿命時間を管理することができ、複数の切断用トーチ10が混用して使用される場合であっても、誤りなく、各切断用トーチ10の交換時期を正確に判断することができるようになる(第4実施例)。
【符号の説明】
【0101】
10 切断用トーチ、30 演算処理装置、40 AVC装置、50 警報発生装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トーチに電極が設けられ、電極と母材との間に印加されるアーク電圧に応じたアーク長さのアークを生成しつつトーチを母材の加工線に沿って移動させて母材を加工する母材加工装置において、
アーク電圧を測定するアーク電圧測定手段と、
トーチと母材との距離を測定する距離測定手段と、
加工開始から所定時間後に制御を開始する制御手段であって、測定されたアーク電圧を、設定された基準アーク電圧と比較してアーク長を一定に保持するように、トーチを母材の高さ方向に移動させてトーチと母材との距離を調整する制御を行なうアーク電圧制御手段と、
加工開始から前記所定時間内に、アーク電圧測定手段によってアーク電圧を測定するとともに、距離測定手段によってトーチと母材との距離を測定し、これら測定されたアーク電圧およびトーチと母材との距離に基づいて、電極の磨耗量を演算する電極磨耗量演算手段と
が具えられたことを特徴とする母材加工装置における電極磨耗量計測装置。
【請求項2】
電極磨耗量演算手段によって演算された電極磨耗量をしきい値と比較して、電極磨耗量がしきい値に達した場合に、警報信号を生成する警報信号生成手段
がさらに具えられたことを特徴とする請求項1記載の母材加工装置における電極寿命計測装置。
【請求項3】
電極磨耗量演算手段によって演算された電極磨耗量に応じて、トーチと母材との距離を一定に保持するように、測定されたアーク電圧を補正し、この補正アーク電圧をアーク電圧制御手段に出力するアーク電圧補正手段
がさらに具えられ、
アーク電圧制御手段は、
補正されたアーク電圧を、設定された基準アーク電圧と比較してアーク長を一定に保持するように、トーチを母材の高さ方向に移動させてトーチと母材との距離を調整する制御を行なうことを特徴とする請求項1または2記載の母材加工装置におけるトーチ高さ保持装置。
【請求項4】
電極磨耗量演算手段によって演算された電極磨耗量に応じて、トーチと母材との距離を一定に保持するように、基準アーク電圧を補正し、この補正基準アーク電圧をアーク電圧制御手段に出力する基準アーク電圧補正手段
がさらに具えられ、
アーク電圧制御手段は、
設定された基準アーク電圧を補正基準アーク電圧に置き換え、測定されたアーク電圧を、補正基準アーク電圧と比較してアーク長を一定に保持するように、トーチを母材の高さ方向に移動させてトーチと母材との距離を調整する制御を行なうことを特徴とする請求項1または2記載の母材加工装置におけるトーチ高さ保持装置
【請求項5】
トーチの管理番号ごとに、あるいは母材の板厚の大きさごとに、トーチの電極の磨耗量を管理する電極磨耗量管理手段
が具えられたことを特徴とする請求項1記載の母材加工装置における電極磨耗量計測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−140055(P2011−140055A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−2888(P2010−2888)
【出願日】平成22年1月8日(2010.1.8)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.パトライト
【出願人】(510009500)株式会社テクエイト (3)
【出願人】(000105394)コータキ精機株式会社 (16)
【Fターム(参考)】