説明

毛髪の柔軟性の評価方法

【課題】手で触れて感じる手触り柔軟性を定量的に評価できる評価方法を提供すること、また、毛髪処理剤の手触り柔軟化能を評価でき、新たな柔軟化能の高い成分の探索にも有用な評価方法を提供すること。
【解決手段】毛髪における延伸率0%から最大0.5%までのひずみ応力を測定し、延伸率0.1〜0.5%を上限とする範囲内の仕事量を算出し、この仕事量を用いて毛髪の柔軟性を評価する方法。毛髪における延伸率0.1〜0.5%の範囲内の特定の延伸率におけるひずみ応力を測定し、このひずみ応力測定値を用いて毛髪の柔軟性を評価する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、毛髪の柔軟性の評価方法、及び毛髪処理剤の柔軟化能の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
毛髪は、種々の外的要因によってケラチンタンパク質が物理的あるいは化学的に変性し、枝毛や切れ毛の発生、毛髪表面の摩擦力の増加、毛髪の張りやコシの低下、毛髪間の絡まり、毛髪のパサツキや感触の劣化等を起こすことが知られている。
【0003】
このような損傷した毛髪の強度変化について、引っ張り強度曲線(Stress-Strain曲線)を用いて詳細な検討がなされている(非特許文献1参照)。なかでも毛髪の引き伸ばし始めに、毛髪の伸びに対して応力が直線的に増加するフック領域が、その直線の傾きから毛髪弾性率を求めることができるため重視されており、弾性率の変化を指標として、毛髪の張りやコシを評価する技術が多数提案されてきた(例えば、非特許文献2参照)。
【0004】
しかし、この弾性率と、人間が手で触れて感じる官能上の柔らかさ(以下、手触り柔軟性という)との相関性は高くなく、手触り柔軟性と関係づけて、毛髪自体の柔軟性を定量的に評価することは困難であった。これは、人間の普段の生活では、例えば頭髪束に指を通したり、表面をなでたりして毛髪に触れ、指と毛髪との摩擦と、毛髪がわずかに変形した時の柔軟性とを同時に感知したうえで毛髪の柔らかさを判断しているためである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】毛髪科学技術者協会編、"最新の毛髪科学"、第4章、フレグランスジャーナル社、東京、2003年
【非特許文献2】クラーレンス・R・ロビンス著 山口真主訳、"毛髪の科学"、第4章及び第8章、フレグランスジャーナル社、東京、2006年
【非特許文献3】D.H. Johnson Ed. "Hair and Hair Care", Chap. 4, Marcel Dekker,Inc., New York 1997
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、手触り柔軟性を定量的に評価できる評価方法を提供することを課題とする。また、毛髪処理剤の手触り柔軟化能を評価でき、新たな柔軟化能の高い成分の探索にも有用な評価方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、毛髪の引っ張り強度曲線の詳細な解析を行ったところ、毛髪の引き伸ばしを開始した直後の、全長に対する引き伸ばし(延伸率)が0.5%以下の領域(微小変形領域)では、延伸率と応力とが、従来考えられていたフックの法則に従う直線的な関係にないことを見出し、更に、この微小変形領域の挙動を詳細に解析すれば、人間が実際に感じる毛髪の手触り柔軟性を定量的に評価することができることを見出した。
【0008】
より具体的には、微小変形領域では、微小量の引き伸ばしに対して生じる応力は、後続のフック領域で生じる直線的な応力応答より穏やかで、変形量を横軸に、応力を縦軸にとった場合に、下に凸の曲線となることが判明した。そして、官能的に硬く感じる毛髪や、化学処理によって損傷を受け硬く感じられる毛髪は、より直線に近い曲線を与え、手触り時に官能的に柔らかく感じられる毛髪は、直線から大きく解離しているという関係が明らかとなった。また、微小変形領域内の特定の延伸率における応力を指標とすれば、毛髪単繊維のみから手触り柔軟性を定量化できることも明らかとなった。
【0009】
本発明者らは、上記知見に基づき「仕事量」、つまり微小変形領域内の引っ張り強度曲線がなす図形の面積、又は微小変形領域内の特定の延伸率における応力を指標とすれば、手触り柔軟性を評価できること、更には、毛髪処理剤による処理前後の測定データから、毛髪処理剤の手触り柔軟化能を評価できることを見出した。
【0010】
本発明は、毛髪における延伸率0%から最大0.5%までのひずみ応力を測定し、延伸率0.1〜0.5%を上限とする範囲内の仕事量を算出し、この仕事量を用いて毛髪の柔軟性を評価する方法を提供するものである。
【0011】
更に本発明は、毛髪における延伸率0.1〜0.5%の範囲内の特定の延伸率におけるひずみ応力を測定し、このひずみ応力測定値を用いて毛髪の柔軟性を評価する方法を提供するものである。
【0012】
更に本発明は、毛髪処理剤により処理する前後の毛髪について、延伸率0%から最大0.5%までのひずみ応力を測定し、延伸率0.1〜0.5%を上限とする範囲内の仕事量をそれぞれ算出し、これら2つの仕事量の比を用いて毛髪処理剤の手触り柔軟化能を評価する方法を提供するものである。
【0013】
更に本発明は、毛髪処理剤により処理する前後の毛髪について、延伸率0.1〜0.5%の範囲内の特定の延伸率におけるひずみ応力を測定し、これら2つのひずみ応力測定値の比を用いて毛髪処理剤の手触り柔軟化能を評価する方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、手触り柔軟性を定量的に評価でき、更には毛髪処理剤の手触り柔軟化能を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】毛髪の延伸-応力曲線を示す図であり、(a)は毛髪処理剤による処理前の毛髪、(b)は処理液4の毛髪処理剤による処理後の毛髪に関するものである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<毛髪の柔軟性評価方法>
以下、毛髪の柔軟性を評価するプロセスを示す。
【0017】
●毛髪の測定前準備
長さ0.5〜10cmでサンプリングされた評価に供される毛髪を5分〜1日水に浸漬し、次いで室温5〜40℃、湿度5〜90%RHの恒温恒湿室内で、6時間以上放置し、自然乾燥させる。自然乾燥後の毛髪の引っ張りひずみ応力を、以下の方法にて測定する。
【0018】
●引っ張りひずみ応力の測定
毛髪の延伸率とその時の応力の経時変化を測定する。測定には市販の装置が利用できる。本発明では、毛髪の延伸率が微小な領域で測定することが大切である。微小な領域としては延伸率が下限0%から上限0.1〜0.5%までの領域、好ましくは下限0%から上限0.15〜0.25%の領域である。
【0019】
微小領域のデータを得るためには、従来はサンプル毛髪をピンと張っていた状態で測定していたのに対し、弛んだ状態(つまりシェアのかからない状態)から測定を開始することが好ましい。
【0020】
本発明においては、より正確に変化率を測定するために引っ張り速度を制御することが好ましい。引っ張り速度としては、0.002〜0.2%/sが好ましく、0.01〜0.1%/sがより好ましい。測定時の温度、湿度は特に限定するものではないが、一定値にコントロールされていることが好ましく、温度は5〜40℃、特に20〜30℃が好ましい。湿度は5〜90%RH、特に30〜60%RHが好ましい。
【0021】
●データ解析
得られた延伸率と応力との関係図から面積S[gF%]を算出し、仕事率[gF%]とする(ただし、1gF=9.8mNである)。Sが小さい毛髪ほど、手触り時に感じる柔軟性が高い。また、より簡便には、延伸率0.1〜0.5%の範囲内の特定の延伸率におけるひずみ応力F[gF]を測定し、このFによって手触り時の柔軟性を評価することもできる。この場合、Fが小さい毛髪ほど、手触り時に感じる柔軟性が高い。
【0022】
<毛髪処理成分の毛髪柔軟化能評価方法>
成分処理前の毛髪における仕事量S又はひずみ応力Fを、上記<毛髪の柔軟性評価方法>により測定する。次いで、同じ毛髪を以下の方法にて処理した後、再度、処理前と全く同じ測定条件で、成分処理後の毛髪における仕事量S'又はひずみ応力F'を測定する。処理前後での毛髪の柔軟化効果をS'/S又はF'/Fとして算出する。S'/S又はF'/Fの値が小さいほど、より高い柔軟化能付与効果を有する成分である。柔軟化効果が明らかであるのは、S'/S又はF'/Fの値が0.9以下であればよく、より好ましくは0.8以下、更に好ましくは0.75以下である。S'/S比で評価する方がより精度が高まるので好ましい。
【0023】
ここで、S'/Sを算出するに当り、延伸率の下限については、仕事率が算出できるいずれかの一定値から行えば良い。具体的には0〜0.1、より好ましくは0〜0.01、最も好ましくは0である。
【0024】
●毛髪の処理方法
処理成分による処理は、その処理剤の毛髪に対する適用の仕方を想定して適宜行うことができる。成分処理後、室温5〜40℃、湿度5〜90%RHの恒温恒湿室内で、6時間以上より好ましくは24時間以上放置し、自然乾燥させる。
【実施例】
【0025】
実施例1
<柔軟性評価方法>
同じ人物の毛先から6cmの長さでサンプリングした日本人毛髪を16本用意し、イオン交換水中に3時間浸漬させた。次いで室温20℃、相対湿度20%の恒温恒湿室内で24時間放置し、乾燥させた。
その後、同じ恒温恒湿室内にて、毛髪をその両端から0.5cmの箇所で、専用の固定用チャックに固定し、KES-G1-SH(カトーテック株式会社製)により、中心の5cmの毛髪部位に対する引っ張りひずみ-応力曲線を測定した(ただし、0.02%/sの引っ張り速度にて0〜0.2%までの引っ張りひずみを与えた)。図1に示すように曲線の下の面積を引っ張り仕事量Sとして求めた。
次に、上記毛髪のうち4本を処理液1の50mL中に40℃で30分間浸漬し、後に流水中で30秒間すすぎ、室温20℃、相対湿度20%の恒温恒湿室内で24時間放置し、乾燥させた。その後、処理前と同様に同じ恒温恒湿室内にて、引っ張りひずみ-応力曲線を測定し、処理後の毛髪の引っ張り仕事量S'を求めた。各毛髪について処理前後での毛髪の柔軟化効果をS'/Sとして算出し、その4本分の平均値を求めた。ここでS'/Sがより小さいほど、処理後の毛髪が柔軟になったことを意味する。
同様に処理液2〜4についても毛髪4本ずつ処理し、S'/Sを算出し、4本分の平均値を求めた。結果を表1に示す。
処理液4の処理成分による処理前(a)及び処理後(b)の引っ張りひずみ-応力曲線を図1に示す。
【0026】
<毛髪の柔軟性官能評価>
上記と同じ人物の毛先からサンプリングした毛髪にて長さ20cm、重さ5gの毛髪トレスを4個作製し、各トレスを処理液1〜4のいずれか50mL中に40℃で30分間浸漬し、後に流水中で30秒間すすぎ、室温20℃、相対湿度20%の恒温恒湿室内で24時間放置し、乾燥させた。
15人のモニターが4個のトレスを触り、最も柔軟な手触りと感じる毛髪トレスを選んだ。その人数を表1中に示す。これより、処理液4が処理液1〜3に比較して、手触りが最も柔軟であることがわかる。
【0027】
【表1】

【0028】
実施例2
根元から6cmの長さでサンプリングした日本人毛髪を5本用意し、イオン交換水中に3時間浸漬させる。次いで室温20℃、相対湿度20%の恒温恒湿室内で24時間放置し、乾燥させる。
その後、同じ恒温恒湿室内にて、1本の毛髪を取り出し、毛髪をその両端から0.5cmの箇所で、専用の固定用チャックに固定し、KES-G1-SH(カトーテック株式会社製)にて中心の5cmの毛髪部位に対する延伸-応力曲線を測定する(ただし、0.02%/sの引っ張り速度にて0〜0.2%までの延伸を与える)。図1に示すように曲線の面積を引っ張り仕事量Sとして求める。他の4本についても同様に、専用の固定用チャックに固定し、仕事量Sを求める。5本の平均値を実施例2の仕事量Sとする。
【0029】
実施例3
実施例2と同じ人物から、毛先から6cmの長さでサンプリングした日本人毛髪5本を表1の処理液1中に3時間浸漬させる。次いで室温20℃、相対湿度20%の恒温恒湿室内で24時間放置し、乾燥させる。
その後、同じ恒温恒湿室内にて、1本の毛髪を取り出し、毛髪をその両端から0.5cmの箇所で、専用の固定用チャックに固定し、KES-G1-SH(カトーテック株式会社製)にて中心の5cmの毛髪部位に対する延伸-応力曲線を測定する(ただし、0.02%/sの引っ張り速度にて0〜0.2%までの延伸を与える)。図1に示すように曲線の面積を引っ張り仕事量Sとして求める。他の4本についても同様に、専用の固定用チャックに固定し、仕事量Sを求める。5本の平均値を実施例3の仕事量Sとする。
【0030】
実施例4
実施例2と同じ人物から、毛先から6cmの長さでサンプリングした日本人毛髪5本を表1の処理液2の50mL中に40℃で30分間浸漬させる。次いで流水中で30秒間すすぎ、室温20℃、相対湿度20%の恒温恒湿室内で24時間放置し、乾燥させる。
その後、同じ恒温恒湿室内にて、1本の毛髪を取り出し、毛髪をその両端から0.5cmの箇所で、専用の固定用チャックに固定し、KES-G1-SH(カトーテック株式会社製)にて中心の5cmの毛髪部位に対する延伸-応力曲線を測定する(ただし、0.02%/sの引っ張り速度にて0〜0.2%までの延伸を与える)。図1に示すように曲線の面積を引っ張り仕事量Sとして求める。他の4本についても同様に、専用の固定用チャックに固定し、仕事量Sを求める。5本の平均値を実施例4の仕事量Sとする。
【0031】
実施例5
実施例2と同じ人物から、毛先から6cmの長さでサンプリングした日本人毛髪5本を表1の処理液3の50mL中に40℃で30分間浸漬させる。次いで流水中で30秒間すすぎ、室温20℃、相対湿度20%の恒温恒湿室内で24時間放置し、乾燥させる。
その後、同じ恒温恒湿室内にて、1本の毛髪を取り出し、毛髪をその両端から0.5cmの箇所で、専用の固定用チャックに固定し、KES-G1-SH(カトーテック株式会社製)にて中心の5cmの毛髪部位に対する延伸-応力曲線を測定する(ただし、0.02%/sの引っ張り速度にて0〜0.2%までの延伸を与える)。図1に示すように曲線の面積を引っ張り仕事量Sとして求める。他の4本についても同様に、専用の固定用チャックに固定し、仕事量Sを求める。5本の平均値を実施例5の仕事量Sとする。
【0032】
実施例6
実施例2と同じ人物から、毛先から6cmの長さでサンプリングした日本人毛髪5本を表1の処理液4の50mL中に40℃で30分間浸漬させる。次いで流水中で30秒間すすぎ、室温20℃、相対湿度20%の恒温恒湿室内で24時間放置し、乾燥させる。
その後、同じ恒温恒湿室内にて、1本の毛髪を取り出し、毛髪をその両端から0.5cmの箇所で、専用の固定用チャックに固定し、KES-G1-SH(カトーテック株式会社製)にて中心の5cmの毛髪部位に対する延伸-応力曲線を測定する(ただし、0.02%/sの引っ張り速度にて0〜0.2%までの延伸を与える)。図1に示すように曲線の面積を引っ張り仕事量Sとして求める。他の4本についても同様に、専用の固定用チャックに固定し、仕事量Sを求める。5本の平均値を実施例6の仕事量Sとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
毛髪における延伸率0%から最大0.5%までのひずみ応力を測定し、延伸率0.1〜0.5%を上限とする範囲内の仕事量を算出し、この仕事量を用いて毛髪の柔軟性を評価する方法。
【請求項2】
毛髪における延伸率0.1〜0.5%の範囲内の特定の延伸率におけるひずみ応力を測定し、このひずみ応力測定値を用いて毛髪の柔軟性を評価する方法。
【請求項3】
処理成分により処理する前後の毛髪について、延伸率0%から最大0.5%までのひずみ応力を測定し、延伸率0.1〜0.5%を上限とする範囲内の仕事量をそれぞれ算出し、これら2つの仕事量の比を用いて毛髪処理剤の手触り柔軟化能を評価する方法。
【請求項4】
処理成分により処理する前後の毛髪について、延伸率0.1〜0.5%の範囲内の特定の延伸率におけるひずみ応力を測定し、これら2つのひずみ応力測定値の比を用いて毛髪処理剤の手触り柔軟化能を評価する方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−276558(P2010−276558A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−131604(P2009−131604)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】