説明

毛髪試料の力学的特性の測定方法

【課題】 毛髪の状態、特に化粧料使用後の毛髪の柔軟性等の毛髪の力学的特性を、正確かつ客観的に測定することができる方法を提供すること。
【解決手段】 二端を固定し、一定張力を付与した毛髪試料に対し、固定された毛髪試料と直交する方向で直線運動による押し曲げ負荷を与え、これに対する曲げ荷重を集中荷重として検出することを特徴とする毛髪の力学的特性の測定方法およびこれに使用する測定装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、毛髪の力学的特性の測定方法に関し、更に詳細には、毛髪試料の曲げ負荷について、高い検出力で測定が行なえ、化粧料等の評価が可能となる毛髪の力学的特性の測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
柔軟性や、しなやかさは、多くの人々が毛髪に強く求めるの性質であり、このような性質を毛髪に付与することのできる化粧料の提供は化粧料分野の大きな課題の一つである。そして上記のような化粧料を提供するためには、毛髪自体や、所定の毛髪化粧料で処理した後の毛髪の柔軟性あるいはしなやかさを正確に測定、分析することが必要であり、このための手段は化粧品技術者によって常に要望されるところである。
【0003】
ところで、現在、毛髪の柔軟性、しなやかさの評価は、通常、評価者による官能評価によることが一般的であるが、評価者の固有技術による方法であるため、評価者によって評価基準が異なり、客観性において劣るものであった。このため器具等を用い、評価を標準化しようとする試みが種々なされている。
【0004】
このような器具等を用いた毛髪の柔軟性、しなやかさの測定方法としては、例えば毛髪の両端を固定し、曲げ動作を与える方法、毛髪の自重によるたわみを利用した方法等が挙げられる。
【0005】
しかしながら、従来の両端を固定し、曲げ動作を与える方法は、毛髪が柔軟体であるため、毛髪測定部分がたわみやすく(変位方向と曲げ方向のずれが生じやすい)、また、部分的に劣化した箇所から折れ曲がる等の誤差要因の影響を受けやすいという問題があった。更に、毛髪測定部分の長さに限界がある、毛髪測定部分を短くすると検出力が低下する、検出力を高めるために毛髪の本数が過剰に必要とされる等の問題もあった。
【0006】
一方、更に毛髪の自重によるたわみを利用した方法には、検出力が極めて低い、毛髪の方向性を受けやすい、セット力の評価に対しては負荷が小さい等の問題があった。そして、これらの問題を解決するには、検出力を高める工夫が必要であるが、測定装置の可動部の精度に問題があり、簡単に改善できる問題ではなかった。
【0007】
このように、器具等を用いる従来法においても、実際の測定においては種々の変動因子が存在するため、毛髪の状態を正確に示す情報を与えるものとは言い難く、標準法とはなし難いものであった。また、これら従来法においては曲げ方向の角度、速度、回数の変化によって測定精度低下が考えられ、人間が官能評価において行っている曲げ動作を反映するものとは言えなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明は、より正確に毛髪の状態、特に化粧料使用後の毛髪の柔軟性等の毛髪の力学的特性を、正確かつ客観的に測定することができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる実情において、本発明者らは上記目的を達成すべく鋭意研究を行なった結果、固定した毛髪に微少な押し曲げ変位を与え、曲げ負荷がかかる毛髪部位の集中荷重を測定することにより、検出力が高く、測定条件により影響されにくい、客観的な毛髪評価が可能なことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、二端を固定し、一定張力を付与した毛髪試料に対し、固定された毛髪試料と直交する方向で直線運動による押し曲げ負荷を与え、これに対する反力を集中荷重として検出することを特徴とする毛髪の力学的特性の測定方法を提供するものである。
【0011】
また本発明は、毛髪試料の二端を一定の張力を与えつつ固定する固定機構、二端が固定された毛髪試料に対して曲げ方向の変位を与える可動機構、押し曲げ負荷に対する反力を測定するための検出機構及び信号を記録、解析するためのコンピューターを含む毛髪の力学的特性の測定装置を提供するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明方法を実施するにあたって使用される毛髪試料としては、1本の毛髪であっても、また、数本の毛髪であっても良い。この毛髪試料は、一定の間隔をおいた2点(二端)で一定の張力を与えつつ固定され、力学的性質の測定に供される。この毛髪の固定距離は、特に制約はないが、1から10cm程度、好ましくは、2から6cm程度であり、毛髪に与える張力は、1から10gf程度であることが好ましい。なお、1本の毛髪を毛髪試料とする場合は、その直径が、10から500μm程度、好ましくは、100から300μm程度のものを使用することが望ましい。
【0013】
次に、二端で固定された毛髪試料に対し、毛髪試料と直交する方向で、直線運動による押し曲げ負荷を与える。この直線運動は、リニアアクチュエーター等を使用することにより得ることができ、この直線運動は、例えば、リニアアクチュエーターに取り付けられたプローブを介して、毛髪に押し曲げ負荷として作用する。毛髪試料に対し押し曲げ負荷を与える位置は、毛髪を固定する二端の中央部付近であることが好ましい。
【0014】
本発明の毛髪の力学的特性の測定方法を実施するに当たっては、例えば、リニアアクチュエーター等により、被験毛髪に与えるべき直線運動による変位量や、その動作を予め定めることが必要である。この予め定められた変位量ないし動作は、前記のように毛髪に対して垂直方向の押し曲げ負荷であるが、その変位量(押し幅)や、動作(押し下げ速度およびその速度変化)は、例えば、毛髪の柔軟性、しなやかさ等のいずれを評価するかに応じて設定することができる。更に、毛髪の応答特性として、変位または動作(押し下げ速度)をいくつかの水準で設定し、最終的に振幅と押し曲げ荷重の関係を捉えることによって、毛髪の弾力性等を測定することができる。
【0015】
押し曲げ負荷を与えるための変位量(ストローク)は、0.1から1000μm程度の範囲に設定することができる。そして、変位量を0.1から50μm程度とした場合は、毛髪の表面状態を評価することが、また、変位量を20から100μm程度とした場合は、毛髪の内部状態を評価することがそれぞれ可能である。
【0016】
上記のように押し曲げ荷重を付与された毛髪試料は、この押し曲げ荷重に対し、その毛髪の特性に応じた反力応答を行う。そこで、この反力を集中荷重として検出することにより、各毛髪試料特有の力学的特性を得ることができる。この集中荷重は、歪ゲージ、半導体センサー等の触覚センサーにより、測定することができる。
【0017】
次に、本発明に用いる装置の構成、機構の一例を示す図面を挙げ、更に説明する。
図1は本発明で用いる毛髪の力学的特性の測定装置の構成を示す図面である。図中、Aは可動部、Bは信号検出部、Cは信号処理部を示し、可動部Aの1はコントローラー、2はアクチュエーター、3はプローブ 、4はセンサー、信号処理部Cの5は増幅器、6はA/D変換、7はコンピューターを示す。
【0018】
このうち、可動部Aは、アクチュエーター2によって予め定められた変位を実現し、プローブ3を通して毛髪試料に与える役割を有する。ここで用いられるアクチュエーターとしては、適切な曲げ方向の運動を行うモーターが利用でき、その好ましい一例としては、ステッピングモーターやサーボモーターが挙げられる。このアクチュエーターは、コントローラー1を介して制御され、コントローラー1に入力された条件に従って作動する。プローブ3は毛髪に押し曲げ負荷を与えるために使用される。毛髪の二端を固定端とし、プローブによって毛髪に垂直方向の押し曲げ変位を与えている。
【0019】
信号検出部Bはセンサー4から構成される。プローブ3は一定の張力を与えられた状態で固定された毛髪部分に押し曲げ荷重を与え、同時に押し曲げ荷重に対する反力を集中荷重として検出する役割を持つ。毛髪に垂直方向の押し曲げ変位を与えた時の反力が、センサー4によって検出される。ここで用いられるセンサーとしては、適切な直交座標成分方向の荷重検出器が利用でき、その好ましい一例としては、歪みゲージが挙げられる。
【0020】
更に、信号処理部Cは、信号検出部Bで検出された荷重データの解析及び記録を行う役割を有する。すなわち、信号検出部Bで検出された情報は、まず増幅器6で信号増幅、ノイズ処理が行われ、A/D変換7によって数値変換され、コンピューター8で変換後の信号を取り込み、解析、表示、記録を行う。
【0021】
本発明装置において、プローブ3を中心にした検出機構を模式的に図2に示す。本発明装置では、この図面に示すように毛髪試料8を2つの固定端間に張力を与えつつ、固定機構9に固定する。この毛髪試料8に対し、プローブ3を介してアクチュエーター2によって直線運動を与える。そして、この直線運動により生じる押し曲げ加重に対する、毛髪試料8の反力を、プローブ3を介してセンサー4に伝え、これにより、毛髪試料8の力学的特性を測定する。
【0022】
以上説明した本発明方法において、例えば、一定速度で直角方向に直線運動の動作を毛髪試料8に与えた場合、以下のデータが得られる。
【0023】
(1)曲げ荷重
柔軟性、しなやかさ
(2)曲げ変位を保持したときの荷重変化
毛髪の弾力性、脆さ
【0024】
その他、本発明方法によれば、アクチュエーター2の運動速度や、運動方向を変化させることによって、毛髪のダメージの程度(枝毛、切れ毛)、コシ、弾力性、毛髪以外の検体(糸、繊維等)に整髪料や素材を塗布したときの塗膜強度等の推定、判定が可能となる。
【実施例】
【0025】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらになんら制約されるものではない。
【0026】
実 施 例 1
毛髪曲げ荷重の変化の測定:
予め、アジア人からサンプリングした毛髪(長さ10cm)を、毛髪AおよびBとした。この2種の毛髪を、官能評価により評価したところ、毛髪Aはかたいと判定され、毛髪Bはやわらかいと判定された。
【0027】
次いで、A、Bの毛髪中から、ほぼ同じ太さの毛髪をそれぞれ1本づつ取り、これを毛髪試料とし、図1で示す構成および図2に示す機構の測定装置で、この毛髪試料に、直角方向の変位を1〜200μm与え、その押し曲げ荷重を測定した。
【0028】
まず、測定環境を温度25±2℃、湿度55±2%RHに設定し、各毛髪試料を初期位置に固定・保持する(固定端間(9aと9b間の距離)5cm、張力:5gf)。次いで、プローブの初期位置、運動条件(速度:0.1mm/sec)をコントローラーにて設定する。プローブは初期位置に設定された直後の毛髪に対して、直線運動により押し曲げを行い、このときの押し曲げ荷重を検出した。
【0029】
( 測定結果 )
毛髪試料AおよびBについての測定時の押し曲げ荷重(反力)を、図3として示した。この図から、毛髪試料Aは、各変位に対する、押し曲げ荷重(反力)が高く、「かたい」と評価できる。一方Bは、変位に対する押し曲げ荷重が低く、「やわらかい」と評価できる。
【0030】
この図3の結果は、官能評価の結果と明らかに相関を有するものであり、従って、本発明方法より、毛髪の柔軟性を数値で表現することが可能となることが明らかとなった。
【0031】
実 施 例 2
トリートメント剤処理による毛髪曲げ荷重の変化の測定:
アジア人からサンプリングした毛髪(長さ10cm)を、トリートメント剤処理した。トリートメント剤としてはグリセリンを使用し、毛束はグリセリン20%水溶液に1時間浸漬後、恒温恒湿槽(25℃,55%RH)中で一定時間乾燥し、トリートメント処理毛髪を得た。一方、比較として同じ毛髪を精製水に1時間浸漬後、恒温恒湿槽(25℃,55%)中で一定時間乾燥したものも用意した(未処理毛髪)。
【0032】
実施例1と同じ測定装置により、毛髪の柔軟性を測定した。すなわち、ほぼ同じ太さのトリートメント処理毛髪および未処理毛髪各1本を選び、これを毛髪試料とした。次いで、この毛髪試料を測定環境を温度25±2℃、湿度55±2%RHに設定し、毛束を実施例1と同様、初期位置に固定した。更に、プローブの初期位置、運動条件(速度:0.1mm/sec、変位10μmおよび20μmの2水準)をコントローラーにて設定し、初期位置に設定された直後の毛髪に対して、直角の方向にプローブを直線運動させ、これに対する曲げ荷重(反力)を検出した。毛髪は各水準毎に3本使用し、中央値を代表値とした。
【0033】
( 測定結果 )
トリートメント処理毛髪および未処理毛髪についての、変位10μmの場合の曲げ荷重と、変位20μmの場合の曲げ荷重の測定結果を図4に示した。この結果から明らかなように、未処理毛髪に比べ、トリートメント処理した毛髪は、何れの変位においても曲げ荷重が低く、トリートメント効果(柔軟効果)があることが示された。
【0034】
従って、本発明方法より、「トリートメント効果(柔軟効果)がある」ことを数値で表現することが可能となることが明らかとなった。
【0035】
実 施 例 3
リンス剤処理による毛髪曲げ荷重の変化の測定:
アジア人からサンプリングした毛髪(長さ10cm)を、リンス剤処理した。リンス剤としては、下記組成のものを使用し、このリンス剤の5%水溶液に毛束を1時間浸漬後、恒温恒湿槽(25℃,55%RH)中で一定時間乾燥し、リンス処理毛髪を得た。一方、比較として同じ毛髪を精製水に1時間浸漬後、恒温恒湿槽(25℃,55%)中で一定時間乾燥したものも用意した(未処理毛髪)。
【0036】
<リンス剤組成> (質量%)
ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油 1
セトステアリルアルコール 2
流動パラフィン 2
塩化ステアリルトリメチルアンモニウム 1
1,3−ブチレングリコール 5
パラオキシ安息香酸メチル 0.1
クエン酸 0.1
精製水 全量100%
【0037】
実施例1と同じ測定装置により、毛髪の柔軟性を測定した。すなわち、ほぼ同じ太さのリンス処理毛髪および未処理毛髪各1本を選び、これを毛髪試料とした。次いで、この毛髪試料を測定環境を温度25±2℃、湿度55±2%RHに設定し、この毛髪試料を実施例1と同様、初期位置に固定した。更に、プローブの初期位置、運動条件(速度:0.1mm/sec、変位100,200μmの二水準)をコントローラーにて設定し、初期位置に設定された直後の毛髪に対して、直角の方向にプローブを直線運動させ、これに対する曲げ荷重(反力)を検出した。
【0038】
( 測定結果 )
リンス処理毛髪および未処理毛髪についての、変位100μmの場合の曲げ荷重と、変位200μmの場合の曲げ荷重の測定結果を図5に示した。この結果から明らかなように、未処理毛髪に比べ、リンス処理した毛髪は、何れの変位においても曲げ荷重が低く、リンスにより柔軟性が増したことが明らかになった。
【0039】
従って、本発明方法により、リンス剤によって毛髪が「柔軟性」を増した状態を客観的に表現することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明で用いる毛髪の力学的特性の測定装置の構成を示す図面
【図2】本発明装置の荷重検出機構を、プローブを中心に模式的に示した図面
【図3】毛髪試料について、変位と押し曲げ荷重(反力)の関係を示す図面
【図4】トリートメント処理の有無による、同一毛髪の変位10μmの場合の曲げ荷重と、変位20μmの場合の曲げ荷重の測定結果を示す図面
【図5】リンス処理の有無による、同一毛髪の変位100μmの場合の曲げ荷重と、変位200μmの場合の曲げ荷重の測定結果を示す図面
【符号の説明】
【0041】
A … … 可動部
B … … 信号検出部
C … … 信号処理部
1 … … コントローラー
2 … … アクチュエーター
3 … … プローブ
4 … … センサー
5 … … 増幅器
6 … … A/D変換
7 … … コンピューター
8 … … 毛髪試料
9 … … 固定機構




【特許請求の範囲】
【請求項1】
二端を固定し、一定張力を付与した毛髪試料に対し、固定された毛髪試料と直交する方向で直線運動による押し曲げ負荷を与え、これに対する曲げ荷重を集中荷重として検出することを特徴とする毛髪の力学的特性の測定方法。
【請求項2】
押し曲げ負荷を与える位置が固定された毛髪試料のほぼ中央である請求項1記載の毛髪の力学的特性の測定方法。
【請求項3】
予め定められた直線運動により、押し曲げ負荷を繰り返し与え、これに対する曲げ荷重の減衰を検出することを特徴とする請求項1または2記載の毛髪の力学的特性の測定方法。
【請求項4】
予め定められた直線運動が、速度の変化を伴うものである請求項第3項記載の毛髪の力学的特性の測定方法。
【請求項5】
予め定められた直線運動が、振幅の変化を伴うものである請求項第3項記載の毛髪の力学的特性の測定方法。
【請求項6】
毛髪試料の二端を一定の張力を与えつつ固定する固定機構、二端が固定された毛髪試料に対して曲げ方向の変位を与える可動機構、曲げ荷重を測定するための検出機構及び信号を記録、解析するためのコンピューターを含む毛髪の力学的特性の測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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