説明

水中部材用防汚性付与剤

【課題】 本発明は、養殖用又は定置用の漁網等に付着する腔腸動物並びに貝類、管棲多毛類及び藻類等の水棲汚損生物に対して優れた防汚効果を示す、低公害性で保存安定性に優れ、更には環境に負荷の少ない、安全な水中部材用の防汚性付与剤を提供する。
【解決手段】 水中に浸漬して使用される部材の表面に塗布することによって当該部材の表面に防汚性を付与することができる水中部材用の防汚性付与剤であって、フェノール類とアルケニル芳香族炭化水素とを酸触媒の存在下で反応させて得られたフェノール系オリゴマーを含むことを特徴とする水中部材用防汚性付与剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水中に浸漬して使用される部材の表面に塗布することにより、部材の表面に貝類、管棲多毛類、藻類等の水棲汚損生物や腔腸動物等が付着する汚染を防止することができ、かつ、環境への負荷が少ない水中部材用防汚性付与剤に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶の養殖用又は定置用の漁網等は、海中や淡水に長時間保持されるため、ヒドロ虫、オベリア等の腔腸動物や、貝類、管棲多毛類、海藻類、コケムシ類及び軟体動物類等の水棲生物が付着する。これらの水棲生物が付着した魚網等は、その重さが増して海中に没してしまい魚が逃亡してしまうことになる。そのため、これら付着物の除去に多大な労力を要し、これによる経済損失は計り知れないものとなっている。
【0003】
これまで、付着生物への対策として種々の研究や提案等がなされてきており、長年に渡って一連の有機錫化合物が使用されてきた。しかしながら、有機錫化合物には、環境ホルモン作用があり、それを使用することによって環境を破壊する可能性が高いとして、国内ではその使用が禁止されている。このような理由から低公害性の漁網防汚剤、防汚塗料等の水中部材用防汚性付与財の出現が望まれている。
【0004】
このような状況のもと、例えば、ベンゾチアゾール化合物を有効成分とする水中防汚塗料(特許文献1参照)、テトラアルキルチウラムジスルフィッド化合物とその他の化合物とを組み合わせた種々の漁網防汚剤、防汚塗料組成物及び漁網防汚剤溶液(特許文献2、特許文献3及び特許文献4参照)、ピリチオン金属塩を有効成分とする抗菌剤及び水中防汚塗料(特許文献5、特許文献6参照)、3−イソチアゾロン化合物を有効成分とする海洋構築物の汚染防止剤(特許文献7参照)、マレイミド化合物を有効成分とする防汚塗料(特許文献8、特許文献9、特許文献10、特許文献11、特許文献12及び特許文献13参照)がそれぞれ提案されている。
しかしながら、上記の防汚剤等は水中部材の表面に塗布して数ヶ月もすると、この水中部材の表面が種々の汚れで覆われることにより急激に水棲生物の付着が始まる。また、これらの防汚剤等には錫化合物と同じような重金属等が使用されることが多く、長期間の継続的な使用による環境への影響が懸念される。
【特許文献1】特公昭51−10849号公報
【特許文献2】特開昭60−38306号公報
【特許文献3】特開昭63−284275号公報
【特許文献4】特公平1−11606号公報
【特許文献5】特公昭54−14610号公報
【特許文献6】特開昭54−15939号公報
【特許文献7】特公昭61−50984号公報
【特許文献8】特公平1−20665号公報
【特許文献9】特公平2−2424号公報
【特許文献10】特開昭53−9320号公報
【特許文献11】特開平5−201804号公報
【特許文献12】特開平6−100405号公報
【特許文献13】特開平6−100408号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明者らは、水中に浸漬して使用される水中部材の表面に防汚性付与剤を塗布し、この防汚性付与剤が海水や淡水により洗われて水中で徐々に溶け出していくことで、常に防汚性付与剤を塗布した水中部材の表面に新生面が保たれて水中部材の表面に汚れが付着することを防止し、同時に、水中に溶け出す防汚性付与剤が毒性や環境ホルモン性の物質等を含むことなく環境への負担の少ないものとすることにより、上述した問題が全て解決されることを見出し、本発明を完成した。
【0006】
したがって、本発明の目的は、水中に浸漬して使用される部材の表面に塗布することによって、ヒドロ虫、オベリア等の腔腸動物や、貝類、管棲多毛類、海藻類、コケムシ類及び軟体動物類等の水棲生物等が付着することを防止すると同時に、二次汚染の心配がなく環境への負担の少ない防汚性付与剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は、水中に浸漬して使用される部材の表面に塗布することによって当該部材の表面に防汚性を付与することができる水中部材用の防汚性付与剤であって、フェノール類とアルケニル芳香族炭化水素とを酸触媒の存在下で反応させて得られたフェノール系オリゴマーを含むことを特徴とする水中部材用防汚性付与剤である。
【0008】
本発明の水中部材用防汚性付与剤は、フェノール類とアルケニル芳香族炭化水素とを酸触媒の存在下で反応させて得られたフェノール系オリゴマーを含むものである。このようなフェノール系オリゴマーについては、水への溶解性、安全性、環境ホルモンとしてのおそれがない等の観点から、好ましくは下記一般式(1)で表される化合物を主成分とするものであるのがよい。
(Ar1−R1−)mAr2−OH (1)
(式中、Ar1は炭素数6〜10の芳香族炭化水素基を示し、R1は炭素数2〜5の脂肪族炭化水素基を示し、mは1〜4の数を示し、Ar2は炭素数6〜10の芳香族炭化水素基を示す。)
【0009】
本発明におけるフェノール系オリゴマーは、数平均分子量300〜1200、水酸基当量100〜500、軟化点120℃以下であるオリゴマーであるのがよい。フェノール類としては、フェノール、o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール、2,6-キシレノール、3,5-キシレノール、p-tert-ブチルフェノール等の1価のフェノール類、レゾシノール、ビスフェノールA等2価のフェノール類等を挙げることができるが、フェノール又は低級アルキルフェノールが好ましく、より好ましくはフェノールである。また、これらのフェノール類は1種でもよく、2種以上を混合して使用してもよい。フェノール類製造工程で得られる粗製フェノール、フェノールと低級アルキルフェノールの混合物、蒸留残油等も好ましいフェノール類である。例えば、タール油をアルカリ抽出水溶液で抽出して得られるタール酸分を加水分解して得られる粗タール酸や、これを蒸留して得られるフェノールを主成分とする粗フェノール等がある。
【0010】
また、アルケニル芳香族炭化水素としては、スチレン、α−メチルスチレン、ジビニルスチレン、あるいは基本構造部分がナフタレン、ビフェニルであるビニル化合物等を挙げることができるが、スチレン、ジビニルベンゼンが好ましい。また、これらのアルケニル芳香族炭化水素については1種でもよく、2種以上を混合して使用してもよい。
【0011】
フェノール類とアルケニル芳香族炭化水素の割合は、フェノール類1重量部に対してアルケニル芳香族炭化水素1重量部以上、4重量部未満であるのがよく、好ましくは2〜3重量部であるのがよいが、フェノール類の種類により最適割合は多少異なる。アルケニル芳香族炭化水素の割合が多すぎると水への溶解性が低下するという傾向がある。また、例えばフェノール類を同一割合配合した場合の水への溶解性向上効果は、p-tert-ブチルフェノール、p-クレゾール、フェノールの順に大きくなる。
【0012】
また、フェノール類とアルケニル芳香族炭化水素との反応に用いる酸触媒については、塩酸、硫酸、スルホン酸類、リン酸類、塩素酸類等のプロトン酸類、塩化アルミニウム、三フッ化ホウ素及びそれらの錯体類等のルイス酸類、ゼオライト、活性白土等の固体酸類が使用できる。反応性の面で三フッ化ホウ素エーテル錯体が好ましい。
【0013】
この反応は、無溶剤でも、溶剤で希釈しても行うことができる。溶剤を用いる場合、反応混合物を溶解可能な溶剤である必要があり、例えば、トルエン、キシレン、メチルエチルケトン(MEK)、メチルイソブチルケトン等の有機溶剤を1種又は2種以上を混合して使用することができる。反応性や経済性の面からトルエン又はキシレンが好ましい。
【0014】
この反応を行う温度については、60〜140℃が好ましく、60℃以下では未反応成分が残ってしまい、140℃以上では副反応が起こり、改質剤の性能を落としてしまう。反応活性の面から反応温度は、特に80〜85℃が好ましい。
【0015】
また、反応条件を変化させることにより得られるオリゴマーの物性を調整することが可能である。例えば、反応温度を調整することにより、平均分子量を上げることや軟化点を上げることが可能であり、フェノール類とアルケニル芳香族炭化水素の割合を変化させることにより、水酸基当量を変化させることが可能である。そして、数平均分子量200〜1200、好ましくは300〜1000、水酸基当量50〜500、好ましくは150〜400、軟化点120℃以下、好ましくは常温液状又は50℃以下とすることがよい。
【0016】
本発明の水中部材用防汚性付与剤は溶剤で希釈して使用してもよく、無溶剤で使用してもよい。溶剤に希釈して用いる際には、好ましくはメチルシクロヘキサンやエチルシクロヘキサンのような毒性の少ない溶剤に溶解させて使用するのがよい。溶剤を用いた時には、水中部材の表面に塗布した後は、その溶剤の蒸発を待ってから水中部材を水中に浸漬して使用するのが望ましい。尚、使用する溶剤として溶解力の高いエステル系やエーテル系の溶剤を当然に使用することができるが、このような溶解力の高い溶剤を使用しないでも上記メチルシクロヘキサンやエチルシクロヘキサンのみでも粘度低下の目的で使用できる。
一方、溶剤を用いないで本発明における水中部材用防汚性付与剤を使用する際には、オリゴマーの粘度を下げる目的で加熱するのがよい。
【0017】
また、本発明における水中部材用防汚性付与剤は、上記フェノール系オリゴマー単独で防汚性付与剤として使用してもよく、公知の他の防汚剤と併用して使用することもできる。
【発明の効果】
【0018】
本発明における水中部材用防汚性付与剤は、養殖用又は定置用の魚網およびそれらを支持するブイ等の漁具をはじめ、海洋構造物や橋げた等の水中に浸漬して使用するものや、ブイ、船底等の一部が水中に浸漬して使用するものである水中部材の表面に塗布することによって、貝類、管棲多毛類及び藻類等の水棲汚損生物、並びに腔腸動物等の付着を防ぎ、優れた防汚性を付与することができる。すなわち、上記のような水中部材の表面に塗布した防汚性付与剤は、海水や淡水により洗われて水中で徐々に溶け出していくため、防汚性付与剤を塗布した水中部材の表面には常に新生面が保たれる。そのため、水中部材の表面に汚れが付着することを防いで、ヒドロ虫、オベリア等の腔腸動物や、貝類、管棲多毛類、海藻類、コケムシ類及び軟体動物類等の水棲生物等が水中部材の表面に付着することを防止することができる。
また、本発明における防汚性付与剤は、毒性や環境ホルモン性の物質等を含まないため、水中に溶け出しても環境に対する二次汚染の心配がなくて環境への負担が少ない。更には、本発明における防汚性付与剤は保存安定性にも優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
つぎに実施例をあげて本発明を説明する。なお、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
[オリゴマーの合成]
フェノールを100部、トルエン150部、三フッ化ホウ素を3部、スチレン200部をフラスコに仕込み、80℃で2時間反応させた。反応終了後、水を加えて触媒をクエンチした。その後、フラスコにコンデンサーを取付け、常圧で蒸留を開始した。トルエンの留出後、未反応のフェノールを回収し、フラスコに残ったオリゴマーは299部であった。
【0021】
[防汚性付与剤の調製]
(実施例1)
上記で合成したオリゴマー50部とメチルシクロヘキサン50部を混合し溶解させて防汚性付与剤とした。
【0022】
[漁網用防汚性付与剤としての効力確認試験]
上記で調製した防汚性付与剤をポリエチレン製無結節網(6節、400デニール/60本)に浸漬塗装し、乾燥させた。このように、防汚性付与剤を塗布した魚網を40cm×60cmの鉄枠に固定し、平成15年5月から6ケ月間、北九州市戸畑区新日鐵化学OS地区港湾に0.5mに浸海保持し、網に対する汚損状況を調べた。
また、比較例として、ポリブテン50部とメチルシクロヘキサン50部にジンクピリチオン(和光純薬製Pr.G)5部を加えて混合分散したものを、上記と同じくポリエチレン製無結節網(6節、400デニール/60本)に浸漬塗装し、乾燥させて、実施例1と同様にして網に対する汚損状況を調べた(比較例1)。
結果を表1に示す。尚、表中の数字は海棲生物の付着面積(%)を表す。
【0023】
【表1】

【0024】
[水中への溶解テスト]
上記で調製した実施例1に係る防汚性付与剤を5cm×5cmの木綿布に浸漬塗装し、乾燥した後、撹拌器つきの蒸留水を満たしたビーカー内に入れ、10時間撹拌を続け、水中より取り出した後、乾燥して初期の重さと比較して、溶解率を計算した。
それぞれの減少率は下記のとおりだった。
(実施例1) 0.1%
(比較例1) 0.0%
【実施例2】
【0025】
[安全性テスト]
上記実施例1に係る防汚性付与剤について、調製の際に反応条件の違いにより得られる2種類のオリゴマーA及びB(Aはフェノールにスチレンが1〜2個付加したもの、Bはフェノールにスチレンが2〜3個付加したものを表す)のAMES試験を行った。結果はいずれも陰性であった。
【0026】
[環境ホルモン性試験]
遺伝子組み替え酵母によるスクリーン試験により上記2種類のオリゴマーA及びBについてエストロゲン活性試験を行った。試験はSumpterらが開発した酵母スクリーン試験に基づいて行った(Routledge, E J and Sumpter J P (1996) Estrogenic Activity of Surfactants and Some of Their Degradation Products Assessed Using a Recombinant Yeast Screen. Environmental Toxicology and Chemistry 15, 241-248.参照)。オリゴマーAとBをそれぞれ0.049、0.098、0.20、0.39、0.78、1.56、3.13、6.25、12.5、25、50及び100mg/l(各濃度n=4で実施)の濃度の水溶液として、各水溶液に組み替え酵母(Saccharomyces cerevisiae)を入れて約3日間25±1℃の温度で保った。遺伝子組み替え酵母によるスクリーン試験の応答はエストロゲン様物質の陽性対照物質として17β-エストラジオール及びビスフェノールAを用いて確認した。その結果、オリゴマーAは17β-エストラジオールと比べて1/90,000の活性であり、オリゴマーBは17β-エストラジオールと比べて1/95,000の活性であり、上記エストロゲン活性試験では2種類のオリゴマーA及びBは12.5mg/l以下の濃度では共に陰性であった。尚、ビスフェノールAの影響力は17β-エストラジオールの1/18,500の活性である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水中に浸漬して使用される部材の表面に塗布することによって当該部材の表面に防汚性を付与することができる水中部材用の防汚性付与剤であって、フェノール類とアルケニル芳香族炭化水素とを酸触媒の存在下で反応させて得られたフェノール系オリゴマーを含むことを特徴とする水中部材用防汚性付与剤。
【請求項2】
フェノール系オリゴマーが、下記一般式(1)で表される請求項1に記載の水中部材用防汚性付与剤。
(Ar1−R1−)mAr2−OH (1)
(式中、Ar1は炭素数6〜10の芳香族炭化水素基を示し、R1は炭素数2〜5の脂肪族炭化水素基を示し、mは1〜4の数を示し、Ar2は炭素数6〜10の芳香族炭化水素基を示す)
【請求項3】
水中部材が漁具である請求項1又は2に記載の水中部材用防汚性付与剤。

【公開番号】特開2006−1879(P2006−1879A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−179511(P2004−179511)
【出願日】平成16年6月17日(2004.6.17)
【出願人】(000006644)新日鐵化学株式会社 (747)
【Fターム(参考)】