水分管理シート、ガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池
【課題】 生産性良く製造することができ、形態保持性に優れるとともに、ガス拡散性、及び生成水の排出性に優れるガス拡散シートを製造することのできる水分管理シート、この水分管理シートを用いたガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池を提供すること。
【解決手段】 多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、導電剤と撥水材料が充填された、固体高分子形燃料電池の触媒層と導電性拡散基材との間に配置して使用する自立した水分管理シートであり、細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの範囲と5nm〜1μmの範囲にピークを有し、細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%であり、細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の80〜60%である。また、前記水分管理シートを用いたガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池である。
【解決手段】 多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、導電剤と撥水材料が充填された、固体高分子形燃料電池の触媒層と導電性拡散基材との間に配置して使用する自立した水分管理シートであり、細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの範囲と5nm〜1μmの範囲にピークを有し、細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%であり、細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の80〜60%である。また、前記水分管理シートを用いたガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、水分管理シート、ガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池に関するものであり、特に、水分管理シート単独で取り扱うことのできる形態保持性を有する自立した水分管理シート、これを使用したガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な形で利用されているエネルギーについては、石油資源の枯渇に対する懸念から、代替燃料の模索や省資源が重要な課題となっている。その中にあって、種々の燃料を化学エネルギーに変換し、電力として取り出す燃料電池について、活発な開発が続けられている。
【0003】
燃料電池は、例えば『燃料電池に関する技術動向調査』(非特許文献1)の第5頁に開示されているように、使用される電解質の種類によって、りん酸形燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)、固体酸化形燃料電池(SOFC)、固体高分子形燃料電池(PEFC)の4つに分類される。これら各種の燃料電池は、その電解質に応じて作動温度範囲に制約が有り、PEFCでは100℃以下の低温領域、PAFCでは180〜210℃の中温領域、MCFCでは600℃以上、SOFCは1000℃近くの高温領域で動作することが知られている。このうち、低温領域での出力が可能である一般的なPEFCは、燃料となる水素ガスと酸素ガス(若しくは空気)との化合反応に伴って生じる電力を取り出すが、比較的小型の装置構成で効率的に電力を取り出すことができる点で、実用化が急がれている。
【0004】
図1は、従来知られているPEFCの基本構成を示す、燃料電池要部断面の模式図である。図中、材質として実質的に同一の構成若しくは機能を有する構成成分には、同一のハッチングを付して示してある。PEFCは、図1に示すような、負極17a、固体高分子膜19及び正極17cからなる膜−電極接合体(MEA)を、1対のバイポーラプレート11a、11cで挟んだセル単位を複数積層した構造からなる。前記負極17aはプロトンと電子とに分解する触媒層15aと、触媒層15aに燃料ガスを供給するガス拡散層13aとからなり、前記触媒層15aとガス拡散層13aとの間には水分管理層14aが形成されており、他方、正極17cはプロトン、電子及び酸素ガスとを反応させる触媒層15cと、触媒層15cに酸素ガスを供給するガス拡散層13cとからなり、前記触媒層15cとガス拡散層13cとの間には水分管理層14cが形成されている。
【0005】
前記バイポーラプレート11aは燃料ガスを供給できる溝を有するため、このバイポーラプレート11aの溝を通して燃料ガスを供給すると、燃料ガスはガス拡散層13aを拡散し、水分管理層14aを透過して触媒層15aに供給される。供給された燃料ガスはプロトンと電子とに分解され、プロトンは固体高分子膜19を移動し、触媒層15cに到達する。他方、電子は図示しない外部回路を通り、正極17cへと移動する。一方、バイポーラプレート11cは酸素含有ガスを供給できる溝を有するため、このバイポーラプレート11cの溝を通して酸素含有ガスを供給すると、酸素含有ガスはガス拡散層13cを拡散し、水分管理層14cを透過して触媒層15cに供給される。供給された酸素含有ガスは固体高分子膜19を移動したプロトン及び外部回路を通って移動した電子と反応し、水を生成する。この生成した水は水分管理層14cを通って、燃料電池外へ排出される。また、負極においては、正極から逆拡散してきた水が水分管理層14aを通って、燃料電池外へ排出される。
【0006】
このような膜−電極接合体(MEA)の水分管理層14a、14cは、従来、カーボンペーパー等の導電性多孔シートにフッ素樹脂による撥水処理を施すとともに、カーボン粉末とフッ素系樹脂とを混合したペーストを塗布することによって、導電性多孔シート表面及び内部の一部に形成されていた(特許文献1)。しかしながら、このようにして形成した水分管理層は、カーボン粉末及びフッ素系樹脂が導電性多孔シートへ必要以上に染み込んでしまい、導電性多孔シートの細孔容積を低下させる結果、ガス拡散性及び生成水の排出性が低下しやすいため、高電流を取出す際に、生成水が細孔に詰まり、フラッディングによる発電性能の低下が問題となっていた。また、導電性多孔シート表面の水分管理層は形態保持性に劣っているため、長期的に水分管理層としての作用を発揮できないという問題もあった。
【0007】
なお、本願出願人は、ポリアクリロニトリル系樹脂繊維を静電紡糸法により紡糸し、繊維シートを形成した後、焼成して炭素繊維シート(水分管理前駆シート)を形成し、この炭素繊維シートをガス拡散前駆シートと積層し、加熱加圧することによりガス拡散電極前駆体を製造することを提案した(特許文献2)。この水分管理前駆シートは炭素繊維シートとして独立しているため、従来のような染み込みによるガス拡散性及び生成水の排出性の低下という問題は生じないものである。しかしながら、繊維シートを形成した後に焼成した炭素繊維シートは脆く、形態安定性に劣っているため、長期的に水分管理層としての作用を十分に発揮できるものではなかった。また、繊維シートを形成した後に焼成した炭素繊維シートは、焼成により著しく収縮し、生産性が低く、コスト高であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−182626号公報(実施例1など)
【特許文献2】特開2005−285370号公報(実施例1など)
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】『燃料電池に関する技術動向調査』(特許庁技術調査課編,平成13年5月31日,<URL>http://www.jpo.go.jp/shiryou/index.htm)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上述の問題点を解決するためになされたものであり、生産性良く製造することができ、形態保持性に優れるとともに、ガス拡散性、及び生成水の排出性に優れるガス拡散シートを製造することのできる水分管理シート、この水分管理シートを用いたガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の請求項1にかかる発明は、「固体高分子形燃料電池の触媒層と導電性拡散基材との間に配置して使用する、自立した水分管理シートであり、前記水分管理シートは多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、導電剤と撥水材料が充填されたものであり、細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの範囲に存在する第1のピークと、5nm〜1μmの範囲に存在する第2のピークとを少なくとも有し、前記細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%であり、前記細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の80〜60%であることを特徴とする水分管理シート。」である。
【0012】
本発明の請求項2にかかる発明は、「請求項1に記載の水分管理シートと導電性拡散基材とが積層されていることを特徴とするガス拡散シート。」である。
【0013】
本発明の請求項3にかかる発明は、「請求項2に記載のガス拡散シートと触媒層とが、水分管理シートと触媒層とが当接した状態で積層されていることを特徴とする膜−電極接合体。」である。
【0014】
本発明の請求項4にかかる発明は、「請求項3に記載の膜−電極接合体を備えていることを特徴とする固体高分子形燃料電池。」である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の請求項1にかかる発明は、自立した水分管理シートであり、導電性拡散基材に積層することによってガス拡散シートを形成できるため、ガス拡散性及び生成水の排出性に優れている。つまり、従来のように、導電性拡散基材にカーボン粉末と撥水材料とを混合したペーストを塗布した場合には、導電性拡散基材にペーストが必要以上に染み込んでしまい、導電性拡散基材の空隙を閉塞してしまうため、細孔容積が大幅に低下し、ガス拡散性及び生成水の排出性が低下するが、本発明においては、水分管理シートを導電性拡散基材に積層するだけでガス拡散シートを形成できるため、導電性拡散基材が本来有するガス拡散性及び水の排出性に優れている。
【0016】
また、水分管理シートは細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの範囲に存在する第1のピークを有し、かつ細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%であることによって、水分の排出を主とする通過経路を確保することができるため、水分が触媒層と導電性拡散基材間で留まらずに高い排水性を発揮できる。そのため、従来のような細孔直径が小さいピークが1つの細孔直径を持つマイクロポーラス層では、触媒層と導電性拡散基材間で液体水の移動が抑制され、生成水の多い高電流領域ではフラッディングを示すが、本発明の水分管理シートによれば、高電流領域におけるフラッディングを抑制できる。
【0017】
更に、5nm〜1μmの範囲に存在する第2のピークを有し、かつ細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の80〜60%であることによって、ガスの供給を主とする通過経路を確保することができるため、生成水の多い高電流領域においてもガス供給が妨げられず、高い発電性能を維持することができる。
【0018】
また、水分管理シートは非炭化処理多孔質基材シートに撥水材料及び導電剤が充填されており、撥水材料及び導電剤が非炭化処理多孔質基材シートによって補強された状態にあるため、形態保持性に優れている。したがって、長期的にわたって水分管理層としての作用を十分に発揮できるものである。更に、多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートを使用し、従来のような炭化処理による多孔質基材シートの収縮ということがないため、生産性良く製造できる水分管理シートである。
【0019】
本発明の請求項2にかかる発明は、請求項1に記載の水分管理シートと導電性拡散基材とが積層されているため、ガス拡散性及び生成水の排出性に優れ、しかも形態保持性に優れるガス拡散シートである。
【0020】
本発明の請求項3にかかる発明は、請求項2に記載のガス拡散シートと触媒層とが、水分管理シートと触媒層とが当接した状態で積層されているため、長期的に安定した発電性能を発揮できる固体高分子形燃料電池を製造できる膜−電極接合体である。
【0021】
本発明の請求項4にかかる発明は、請求項3に記載の膜−電極接合体を備える固体高分子形燃料電池であるため、長期的に安定した発電性能を発揮できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】固体高分子形燃料電池の概略構成を示す模式断面図
【図2】実施例1の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図3】実施例2の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図4】実施例3の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図5】実施例4の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図6】比較例1の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図7】比較例2の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図8】比較例3の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図9】比較例4の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図10】比較例5の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図11】比較例6のガス拡散シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図12】比較例7のガス拡散シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の水分管理シートは、多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、撥水材料及び導電剤が充填されたものである。本発明においては、多孔質基材シートによる撥水材料及び導電剤の形態保持性を高めるために、多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートを使用している。つまり、多孔質基材シート(例えば、ポリアクリロニトリル繊維からなる不織布)を形成した後に炭化処理を実施すると、炭化処理によって多孔質基材シートが脆くなり、撥水材料及び導電剤の十分な補強効果を発揮できず、形態保持性の優れる水分管理シートを得ることができないため、本発明においては、非炭化処理多孔質基材シートを使用している。また、多孔質基材シートを形成した後に炭化処理をすると、著しく収縮し、生産性が悪いという問題があるが、本発明においては、非炭化処理多孔質基材シートを使用しているため、水分管理シートを生産性良く製造することができる。
【0024】
このような非炭化処理多孔質基材シートは多孔質基材シート形成後に炭化処理をしておらず、水分管理シートに強度を付与できる限り特に限定するものではないが、例えば、ガラス繊維を用いて製造したガラス繊維不織布そのもの、炭素繊維を用いて製造したペーパー又は不織布そのもの、耐酸性のある有機繊維(例えば、ポリテトラフルオロエチレン繊維、ポリフッ化ビニリデン繊維、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維、ポリオレフィン繊維、ポリフェニレンサルファイド繊維、ポリエチレンテレフタレート繊維やポリトリメチレンテレフタレート繊維を代表とするポリエステル系繊維を単独で、又は2種類以上を含む)を用いて製造した有機繊維不織布そのものを挙げることができる。なお、本発明における「炭化処理」とは、多孔質基材シートを形成する繊維を炭化又は黒鉛化することを意味し、例えば、比較的低温(200〜400℃程度)の酸化性雰囲気中での熱処理、前記酸化性雰囲気中での処理に続いて、徐々に昇温し、400℃〜3000℃の不活性雰囲気中での熱処理などを意味する。
【0025】
これらの中でもガラス繊維不織布は酸性溶液やアルコール等に対する耐薬品性に優れ、また、極めて優れた強度並びに加工適性を有し、更には安価であるため好適である。この好適であるガラス繊維不織布は、ガラス繊維をアクリル樹脂、酢酸ビニル樹脂、及び/又はエポキシ樹脂を含むバインダで接着したものであるのが好ましい。塩素成分や金属イオンは燃料電池内において腐食性をきたす等の悪影響を及ぼすが、前記バインダは塩素成分や金属イオンといった不純物の混入が少ない樹脂として知られており、前記悪影響を及ぼさないためである。
【0026】
なお、バインダを構成する樹脂としてアクリル樹脂を用いる場合、自己架橋型アクリル樹脂を用いることが好ましい。燃料電池においては、触媒層での反応によりプロトンが生成し、水分管理シート周辺も強酸(pH2程度)雰囲気に曝されるため、水分管理シートも耐酸性を有するのが好ましく、前記自己架橋により硬化したアクリル樹脂は優れた耐酸性を示すためである。ここで、「自己架橋型アクリル樹脂」とは、同一又は異種のモノマー単位中に、1種又は2種以上の架橋可能な官能基を有するアクリル樹脂を意味し、この架橋可能な官能基の組み合わせとして、例えば、カルボン酸基とビニル基との組み合わせ、カルボン酸基とグリシジル基との組み合わせ、カルボン酸基とアミン基との組み合わせ、カルボン酸基とアミド基との組み合わせ、カルボン酸基とメチロール基との組み合わせ、カルボン酸基とエポキシ基との組み合わせを挙げることができる。これらの中でも窒素を含まず、耐酸化性に特に優れる、カルボン酸基とビニル基との組み合わせ、カルボン酸基とグリシジル基との組み合わせ、カルボン酸基とメチロール基との組み合わせ、又はカルボン酸基とエポキシ基との組み合わせが好ましい。
【0027】
また、ガラス繊維不織布におけるバインダの固形分接着量は、ガラス繊維不織布全体の質量を基準として3〜30質量%の範囲内であるのが好ましい。バインダの固形分接着量が3質量%未満の場合、ガラス繊維不織布としての機械的強度が低く、水分管理シートの形態保持性が悪くなる傾向があり、一方で、固形分接着量が30質量%を超える場合、バインダに由来する皮膜が過度に形成され、撥水材料及び導電剤を十分に充填することができない傾向があるためである。
【0028】
このようなガラス繊維不織布は周知の方法により製造することができるが、均一な地合いを有するガラス繊維不織布を製造できる湿式法により製造するのが好ましい。なお、ガラス繊維の繊維径及び繊維長は、湿式法により製造する際の分散性や機械的強度の優れるガラス繊維不織布であるように、4〜20μmの繊維径、5〜25mmの繊維長であるのが好ましい。また、ガラス繊維の成分としては、耐薬品性(特に耐酸性)の優れる、Eガラス、Cガラス又はQガラスを1種類以上使用することができる。ガラス繊維不織布の目付、厚さは特に限定するものではないが、目付は撥水材料及び導電剤の充填性から、1〜25g/m2であるのが好ましく、厚さは強度を確保できるように、10〜200μmであるのが好ましい。なお、「目付」はガラス繊維不織布を10cm角に切断した試料の質量を測定し、1m2の大きさの質量に換算した値をいい、「厚さ」はシックネスゲージ((株)ミツトヨ製:コードNo.547−321:測定力1.5N以下)を用いて測定した値をいう。
【0029】
本発明の水分管理シートは、前述のような非炭化処理多孔質基材シートに撥水材料及び導電剤が充填されたものであるため、非炭化処理多孔質基材シートによって補強された形態保持性に優れるものである。また、撥水材料が充填されているため排水性に優れているとともに、導電剤が充填されているため電気伝導性に優れている。
【0030】
本発明の撥水材料としては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−フルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、フルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体等が挙げられる。これらを単独で、あるいは混合しても良い。また、前記樹脂を構成する各種モノマーを共重合させた樹脂を用いることもできる。
【0031】
導電剤としては、例えば、カーボンブラック、カーボンナノチューブなどを挙げることができる。また、撥水材料と導電剤との質量比率は(撥水材料質量):(導電剤質量)は50〜20:50〜80であるのが好ましく、40〜25:60〜75であるのがより好ましい。撥水材料の質量比率が50mass%を超えると導電剤量が少なくなり導電性が不足しやすく、他方、20mass%を下回ると形態保持性および排水性が低下する傾向があるためである。
【0032】
このような撥水材料及び導電剤は非炭化処理多孔質基材シートの空隙に充填されていることが重要である。このように充填されていることによって、水分管理シートは形態保持性がある。そのため、撥水材料及び導電剤のみからなる層は非炭化処理多孔質基材シート表面に形成されておらず、非炭化処理多孔質基材シートと撥水材料及び導電剤とが併存する領域のみからなるのが好ましい。
【0033】
本発明の水分管理シートの見掛密度は0.2〜1.0g/cm3であるのが好ましい。1.0g/cm3よりも見掛密度が高いと、ガス透過性が低く、他方、0.2g/cm3よりも見掛密度が低いと、導電性及び撥水性が足りず、水分管理シートとしての役割を果たしにくい傾向があるためである。なお、見掛密度は目付(単位:g/cm2)を厚さ(単位:cm)で割った値である。
【0034】
なお、水分管理シートの目付、厚さは特に限定するものではないが、体積抵抗が小さくなるように、目付は10〜100g/m2であるのが好ましい。また、厚さは10〜200μmであるのが好ましい。厚さが10μmを下回ると水分管理シートの強度を維持することが難しくなる傾向があり、厚さが200μmを超えると体積抵抗の増加に加えて、燃料電池セルの厚膜化に繋がり、燃料電池が大型化してしまう傾向があるためである。
【0035】
本発明の水分管理シートは上述のように、非炭化処理多孔質基材シートに、導電剤と撥水材料が充填されたものであるが、その充填した結果、細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの範囲に存在する第1のピークと、5nm〜1μmの範囲に存在する第2のピークの、少なくとも2つのピークを有するものである。そのため、細孔直径1μm〜120μmの範囲に存在する細孔による水分の排出を主とする通過経路と、細孔直径5nm〜1μmの範囲に存在する細孔によるガスの供給を主とする通過経路とが別々に確保されているため、ガス供給性及び水の排出性に優れている。第1のピークが細孔直径120μmよりも大きい場合、細孔の直径が大きくなるため水分の移動性が低下し、また、水分管理シートの平滑性が損なわれ、触媒層との接触抵抗が増大し、発電性能が低下する傾向がある。また、1μmよりも第1のピークが小さい場合、水分の通過経路を確保できない傾向があるため好ましくない。第1ピークは1μm〜50μmの範囲に存在するのが好ましく、1μm〜30μmの範囲に存在するのがより好ましい。他方、第2のピークが細孔直径1μmよりも大きい場合、第1のピークと重なり、1つのピークとなり、水分の通過を主とする経路とガスの通過を主とする経路を別々に確保することが難しくなる傾向がある。また、5nmよりも第2ピークが小さい場合、ガスの通過を主とする細孔直径が小さすぎるためにガス拡散性が低くなる傾向がある。第2ピークは10nm〜500nmの範囲に存在するのが好ましく、10nm〜200nmの範囲に存在するのがより好ましい。
【0036】
なお、本発明における細孔分布は水銀圧入法により測定したLog微分細孔容積分布グラフにおける細孔分布を意味する。水銀圧入法を採用するのは、第1ピークが細孔直径1μm〜120μmであり、第2ピークが細孔直径5nm〜1μmであることから、この範囲の細孔直径を測定するのに適した方法であるためである。なお、水銀圧入法は水銀ポロシメータにより実施できる。また、水銀圧入法による測定条件は次の通りである。
1.細孔直径の測定範囲:450〜0.003(μm)
2.水銀の接触角:130(°)
3.水銀の表面張力:485(mN/m)
【0037】
また、本発明においては、Log微分細孔容積分布グラフをもとにピークを読み取る。Log微分細孔容積分布グラフは差分細孔容積(dV)を、細孔直径の対数扱いの差分値d(logD)で割った値を求め、これを各区間の平均細孔直径に対してプロットしたものである。このように細孔直径の対数扱いの差分値d(logD)で割っているのは、差分細孔直径で割ると、細孔直径が小さい場合に分母が小さくなり、値が強調される一方で、細孔直径が大きい場合に分母が大きくなり、値が緩和されるためである。
【0038】
本発明における「ピーク」は、Log微分細孔容積分布グラフの極大点のうち、極大点をP点とした時に、この極大点Pの左側で、極大点Pに最も近い測定点をA点とし、更にこの極大点Pの右側で、極大点Pに最も近い測定点をB点とした時に、A−P点間を結んでできる直線LAの傾きIAの絶対値と、B−P点間を結んでできる直線LBの傾きIBの絶対値の平均値(IAV)が0.2以上、かつLog微分細孔容積値が0.1mL/g以上である場合に、その極大点P点を「ピーク」とする。なお、傾きの平均値IAVは次式で表される。
【0039】
また、本発明の水分管理シートは細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%、かつ細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の60〜80%であるのが好ましい。細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%であると、水分管理シートの水分排出性能が高く、フラッディングを抑制しやすいためである。つまり、細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20%未満であると、水分排出性能が低下し、水が滞留し易くなる傾向があり、また、40%超であると、生成水が多くなる高負荷電流領域において、ガスの通過経路を確保しにくく、ガス拡散性が低下し易くなりやすいためである。細孔直径1μm〜120μmの細孔容積は全細孔容積の20%〜35%であるのがより好ましい。他方で、細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の60〜80%であると、生成水が多くなる高負荷電流領域においてもガスの通過経路を確保することができ、フラッディングを抑制しやすいためである。つまり、細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の60%未満であると、生成水が多くなる高負荷電流領域において、ガスの通過経路が少なく、ガス拡散性が低下し易くなる傾向があり、また、80%超であると、水分の通過経路が不足し、導電性拡散基材と触媒層との間に水が留まりやすくなる傾向があるためである。細孔直径5nm〜1μmの細孔容積は全細孔容積の65%〜80%であるのがより好ましい。
【0040】
なお、細孔容積の全細孔容積に対して占める割合は、前述と同様に、水銀ポロシメータを用いた水銀圧入法より得た積算細孔容積(mL/g)から、上記細孔直径範囲の細孔容積を導き、全細孔容積に対して占める割合を算出した値である。
【0041】
このような、細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの範囲に存在する第1のピークと、5nm〜1μmの範囲に存在する第2のピークとを少なくとも有する本発明の水分管理シートは、例えば、撥水材料及び導電剤を含むペーストを非炭化処理多孔質基材シートに塗布した後、溶媒抽出法、温度による溶解度変化を利用する方法、溶媒蒸発を利用する方法等の相分離法を用いて製造することができる。この相分離法の中でも、溶媒抽出法によれば、緻密で連続した細孔を形成することができるため好適である。この溶媒抽出法とは、樹脂を第1の溶媒に溶解させた後、前記樹脂に対して不溶性かつ前記第1の溶媒と相溶性のある第2の溶媒で、第1の溶媒を置換することによって樹脂を相分離させ、その後、前記第2の溶媒を除去することによって細孔を形成する方法である。この好適である溶媒抽出法により相分離させる場合、撥水材料を溶解する第1の溶媒としてn−メチル−ピロリドン(NMP)を用いると、微細で均一な細孔を形成できるため好適である。なお、n−メチル−ピロリドン(NMP)と相溶性のある第2の溶媒としては、水、水とアルコールの混合溶液を例示できる。
【0042】
本発明の上述のような水分管理シートは、固体高分子形燃料電池の触媒層と導電性拡散基材との間に配置して使用できる、自立した水分管理シートである。本発明の水分管理シートは導電性拡散基材に積層することによってガス拡散シートを形成できるため、ガス拡散性に優れている。つまり、従来のように、導電性拡散基材にカーボン粉末と撥水材料とを混合したペーストを塗布した場合のように、導電性拡散基材にペーストが必要以上に染み込むということがないため、導電性拡散基材が本来有するガス拡散性を発揮することができる。また、水分管理シートは非炭化処理多孔質基材シートに撥水材料及び導電剤が充填されており、撥水材料及び導電剤が非炭化処理多孔質基材シートによって補強された状態にあるため、形態保持性に優れている。更には、水分管理シートを導電性拡散基材に積層するだけでガス拡散シートを形成でき、従来のように導電性拡散基材に撥水材料及び/又は導電剤を塗布する工程を省略できるため、作業性に優れるという効果も奏する。このように、「自立した」とは、水分管理シート単体で取り扱うことができ、ロール状に巻回して流通させることができる形態保持性を有することを意味する。
【0043】
本発明のガス拡散シートは前述のような水分管理シートと導電性拡散基材とが積層されたものであり、水分管理シートを備えているため、ガス拡散性、生成水の排出性、及び形態保持性に優れるガス拡散シートである。本発明のガス拡散シートは前述のような水分管理シートを備えていること以外は、従来のガス拡散層を構成する導電性拡散基材と同様の導電性拡散基材に水分管理シートを積層した構造を有する。
【0044】
この導電性拡散基材としては、例えば、カーボンペーパー、カーボン不織布、ガラス繊維不織布に導電剤と撥水材料を充填したもの、耐酸性のある有機繊維(例えば、ポリテトラフルオロエチレン繊維、ポリフッ化ビニリデン繊維、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維、ポリオレフィン繊維、ポリフェニレンサルファイド繊維、ポリエチレンテレフタレート繊維やポリトリメチレンテレフタレート繊維を代表とするポリエステル系繊維を単独で、又は2種類以上を含む)からなる有機繊維不織布に導電剤と撥水材料を充填したもの、耐酸性のある金属多孔シート(ステンレス鋼、チタンなどの金属からなる多孔シート)などを挙げることができる。
【0045】
なお、導電性拡散基材と水分管理シートとは一体化していても良いし、一体化していなくても良い。一体化する場合には、例えば、ホットプレスにより実施することができる。
【0046】
本発明の膜−電極接合体は前述のようなガス拡散シートと触媒層とが、水分管理シートと触媒層とが当接した状態で積層されているため、ガス拡散性、生成水の排出性、及び形態保持性に優れ、長期的に安定した発電性能を発揮できる固体高分子形燃料電池を製造できる。
【0047】
本発明の膜−電極接合体は前述のようなガス拡散シートを水分管理シートが触媒層と当接するように積層されていること以外は、従来の膜−電極接合体と全く同様であることができる。例えば、ガス拡散電極は、エチルアルコール、プロピルアルコール、ブチルアルコール、エチレングリコールジメチルエーテルなどからなる単一あるいは混合溶媒中に、触媒(例えば、白金などの触媒を担持したカーボン粉末)を加えて混合し、これにイオン交換樹脂溶液を加え、超音波分散等で均一に混合して触媒分散懸濁液を調製し、この触媒分散懸濁液を前述のガス拡散シートの水分管理シート面にコーティング又は散布し、乾燥して触媒層を形成することにより製造することができる。又は、前記触媒分散懸濁液を水分管理シートにコーティング又は散布し、乾燥して触媒層を形成した後に、導電性拡散基材に積層することにより製造できる。また、固体高分子膜としては、例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸系樹脂膜、スルホン化芳香族炭化水素系樹脂膜、アルキルスルホン化芳香族炭化水素系樹脂膜などを用いることができる。膜−電極接合体は、例えば、一対のガス拡散シートのそれぞれの触媒層の間に固体高分子膜を挟み、熱プレス法によって接合して製造できる。
【0048】
本発明の固体高分子形燃料電池は前述の膜−電極接合体を備えているため、ガス拡散性、生成水の排出性、及び形態保持性に優れ、長期的に安定した発電性能を発揮できる固体高分子形燃料電池である。本発明の燃料電池は前述のような膜−電極接合体を備えること以外は従来の燃料電池と全く同様であることができる。例えば、前述のような膜−電極接合体を1対のバイポーラプレートで挟んだセル単位を複数積層した構造からなる。バイポーラプレートとしては、導電性が高く、ガスを透過せず、導電性拡散基材にガスを供給できる流路を有するものであれば良く、特に限定するものではないが、例えば、カーボン成形材料、カーボン−樹脂複合材料、金属材料などを用いることができる。なお、燃料電池は、膜−電極接合体を1対のバイポーラプレートで挟んで固定したセル単位を複数積層することによって製造することができる。
【実施例】
【0049】
1.ガラス不織布1〜2の作製;
Eガラス(繊維径6.5μm、繊維長6mm)を用いて、常法の湿式法により繊維ウエブを形成した後、エポキシ樹脂を主成分とするバインダ(ビスフェノールA型)を含浸(固形分付着量:12質量%)し、乾燥して、ガラス不織布1(=非炭化処理多孔質基材シート、目付:11g/m2、厚さ:110μm)を製造した。
【0050】
また、目付を6g/m2としたこと以外は上記と同様にして、ガラス不織布2(=非炭化処理多孔質基材シート、厚さ:60μm)を製造した。
【0051】
2.導電性ペーストの調製;
(1)第1導電性ペーストの調製
撥水材料として、市販のポリフッ化ビニリデン(ソルベイソレクシス(株)製)をn−メチル−ピロリドン(NMP)に加え、ロッキングミルを用いて溶解させ、濃度10%溶液を得た。
【0052】
次いで、導電剤として市販のカーボンブラック(デンカブラック粒状品、電気化学工業(株)製)を前記溶液に混合し、撹拌した後、NMPを加えて希釈・分散し、カーボンブラックとポリフッ化ビニリデンの固形質量比60:40の固形分濃度13%の第1導電性ペーストを調製した。
【0053】
(2)第2導電性ペーストの調製
固形分濃度を10%に変更したこと以外は第1導電性ペーストの調製と同様にして、第2導電性ペーストを調製した。
【0054】
(3)第3導電性ペーストの調製
導電剤としての市販のカーボンブラック(デンカブラック粒状品、電気化学工業(株)製)、市販のPTFEディスパージョン(ダイキン工業(株)製)、及び非イオン性界面活性剤とを水に分散させ、更に増粘剤として、2%ヒドロキシエチルセルロース(HEC)水溶液を加え、カーボンブラックとPTFEの固形質量比60:40の固形分濃度20%の第3導電性ペーストを調製した。
【0055】
3.水分管理シートの作製
(実施例1〜4、比較例1〜5)
前記ガラス不織布1又はガラス不織布2に対して、第1導電性ペースト又は第2導電性ペーストを塗布して、それぞれ表1に示す物性を有する自立した水分管理シートを製造した。より具体的には、第1導電ペースト又は第2導電性ペーストをポリエステルフィルム上に塗布して塗工膜を形成し、この塗工膜上に作製したガラス不織布1又はガラス不織布2をそれぞれ積層した。更に、ガラス不織布1又はガラス不織布2に、塗工膜と同じ第1導電性ペースト又は第2導電性ペーストを塗布した後、水浴に浸漬させ、溶媒抽出法により細孔を形成した後、温度60℃の熱風乾燥機によって乾燥して、表1に示す物性を有する自立した水分管理シートを作製した。なお、実施例3、比較例1、比較例3及び比較例5においては、乾燥後に表1に示す条件でホットプレスを行い、表1に示す物性を有する自立した水分管理シートを作製した。これら水分管理シートはガラス不織布1又はガラス不織布2の空隙に撥水材料及び導電剤が充填された、ガラス不織布1又はガラス不織布2と撥水材料及び導電剤とが併存する領域のみから構成されていた。
【0056】
【表1】
#:固形分塗布量
【0057】
(比較例6)
カーボンペーパー(東レ株式会社製、目付:84g/m2、厚さ:190μm)を用意した。このカーボンペーパーの片面に第2導電性ペーストを塗布し、温度60℃で熱風乾燥機によって乾燥した後、加熱炉で、空気雰囲気中、温度350℃で1時間焼結し、目付110g/m2、厚さ220μmのガス拡散シートを製造した。このガス拡散シートはカーボンペーパー表面上及びカーボンペーパー内部の一部にマイクロポーラス層が形成されていた。
【0058】
(比較例7)
カーボンペーパー(東レ株式会社製、目付:84g/m2、厚さ:190μm)を用意した。カーボンペーパーをPTFEディスパージョンに浸漬させ、温度60℃の熱風乾燥機によって乾燥した後、温度350℃の加熱炉で1時間焼結し、撥水処理を施した。
【0059】
次いで、このカーボンペーパーの片面に第2導電性ペーストを塗布し、温度60℃で熱風乾燥機によって乾燥した後、加熱炉で、空気雰囲気中、温度350℃で1時間焼結し、目付126g/m2、厚さ230μmのガス拡散シートを製造した。このガス拡散シートには、カーボンペーパー表面上及びカーボンペーパー内部の一部にマイクロポーラス層が形成されていた。
【0060】
4.細孔分布の測定
オートポアIV 9510型((株)島津製作所製)を用い、実施例1〜4、比較例1〜5の水分管理シート、及び比較例6〜7のガス拡散シートの細孔分布測定を、水銀圧入法により実施し、細孔直径が450μm〜3nmの範囲の、積算細孔容積(mL/g)及びログ微分細孔容積(mL/g)を得た。測定条件は次の通りである。
1.水銀の接触角:130(°)
2.水銀の表面張力:485(mN/m)
【0061】
なお、比較例6〜7のガス拡散シートに関しては、導電性拡散基材であるカーボンペーパーおよび撥水処理を施したカーボンペーパーについても同様に細孔分布を測定したところ、細孔分布は10μm〜180μmの範囲に観測された。細孔径毎に水銀圧入容積を差し引きした結果、マイクロポーラス層の細孔分布はいずれも10nm〜2μmであった。また、カーボンペーパーの細孔に相当する細孔直径10μm〜180μmの容積に関し、撥水処理およびマイクロポーラス層形成に伴う細孔容積変化を評価した。
【0062】
この結果は図2〜図12及び表2に示すように、比較例1では細孔径分布の5nm〜1μmの範囲にピークが1つだけ観察されたのに対し、実施例1、実施例3〜4および比較例2〜5では細孔直径5nm〜1μmと細孔直径1μm〜120μmの範囲にそれぞれ1つずつ計2つのピーク、実施例2では細孔直径5nm〜1μmの範囲に2つ、細孔直径1μm〜120μmの範囲に1つの計3つのピークが観測された。更に、比較例6〜7のマイクロポーラス層の細孔分布では細孔直径5nm〜1μmの範囲にピークが1つ観測され、導電性拡散基材として用いたカーボンペーパーの細孔は約15%減少していた。
【0063】
【表2】
#:括弧内は全細孔容積に対する占有率
*:マイクロポーラス層における細孔
【0064】
5.膜−電極接合体の製造
エチレングリコールジメチルエーテル10.4gに対して、市販の白金担持炭素粒子(石福金属(株)製、炭素に対する白金担持量40質量%)を0.8g加え、超音波処理によって分散させた後、市販の5質量%ナフィオン溶液(米国シグマ・アルドリッチ社製、商品名)4.0gを加え、更に超音波処理により分散させ、更に攪拌機で攪拌して、触媒ペーストを調製した。
【0065】
次いで、この触媒ペーストを支持体(商品名:ナフロンPTFEテープ、ニチアス(株)製、厚さ0.1mm)に塗布し、熱風乾燥機によって60℃で乾燥し、当該支持体に対する白金担持量が0.5mg/cm2の触媒層を作製した。
【0066】
他方、固体高分子膜として、NafionNRE212CS(商品名、米国デュポン社製)を用意した。この固体高分子膜の両面に、前記触媒層を夫々積層した後、温度135℃、圧力2.6MPa、時間10分間の条件でホットプレスにより接合し、固体高分子膜−触媒層接合体を作製した。
【0067】
そして、前記固体高分子膜−触媒層接合体の両面に、実施例1〜4、比較例1〜5の水分管理シート、カーボンペーパー(東レ株式会社製、目付:84g/m2、厚さ:190μm)を順にそれぞれ積層し、ホットプレスにより膜−電極接合体(MEA)としたもの(MEA1〜9)、前記固体高分子膜−触媒層接合体の両面に、比較例6〜7のガス拡散シートを、ペースト塗布面が触媒層に当接するようにそれぞれ積層し、ホットプレスにより膜−電極接合体(MEA)としたもの(MEA10〜11)を、それぞれ作製した。
【0068】
6.発電試験
固体高分子形燃料電池セル『As−510−C25−1H』(商品名、エヌエフ回路設計ブロック(株)製)を用いて、締め付け圧1.5N・mで膜−電極接合体(MEA1〜11)をそれぞれ組み付け、それぞれ発電性能を評価した。この標準セルは、バイポーラプレートを含み、MEAの評価試験に用いるものである。発電は負極側に水素ガス利用率70%、正極側に空気ガス利用率45%を供給し、セル温度は80℃、バブラー温度80℃及のフル加湿条件で電位−電流曲線を測定した結果を表3に示す。
【0069】
【表3】
【0070】
表3の結果から、比較例1〜5の水分管理シートを用いた膜−電極接合体(MEA5〜9)においては、水分管理シートは非炭化処理多孔質基材シートを含んでいるため、導電性拡散基材(カーボンペーパー)の細孔容積は低下せず、導電性拡散基材を有効に利用することができた。しかし、比較例1の水分管理シートでは細孔分布ピークが1つしかなく、触媒層近傍における生成水の排出性が不足して高電流密度では電圧が低下した。
【0071】
比較例2、4の水分管理シートを用いた膜−電極接合体(MEA6、8)においては、比較例2、4の水分管理シートは細孔分布において、細孔直径5nm〜1μmおよび細孔直径1μm〜120μmの範囲にそれぞれ1つずつピークを有するが、細孔直径5nm〜1μmの範囲の細孔容積が不足しており、多量の水が生成される高電流密度ではガス拡散性が不足し、電圧が低下した。
【0072】
一方、比較例3、5の水分管理シートを用いた膜−電極接合体(MEA7、9)においては、比較例3、5の水分管理シートは細孔分布において、細孔直径5nm〜1μmおよび細孔直径1μm〜120μmの範囲にそれぞれ1つずつピークが観測されるが、細孔直径1μm〜120μmの範囲の細孔容積が少なく、効率的に水を排出することができず、高電流密度で電圧が低下した。
【0073】
また、比較例6のガス拡散シートを用いた膜−電極接合体(MEA10)および比較例7のガス拡散シートを用いた膜−電極接合体(MEA11)では、導電性拡散基材(カーボンペーパー)に導電剤及び撥水材料を塗布しているため、カーボンペーパーの細孔容積が低下し、高電流密度では生成水の排出が不足し、フラッディングが発生したことがわかった。
【0074】
これに対して、実施例1〜4の水分管理シートを用いた膜−電極接合体(MEA1〜4))においては、高電流を取り出した際も高いセル電圧を維持していた。高電流を取り出すと、正極で多量の生成水が発生し、いわゆるフラッディングが生じやすくなり、セル電圧が下がる傾向にあるが、細孔直径5nm〜1μmの範囲に第2のピークを有し、細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の60〜80%を有することから、ガス供給性に優れているとともに、細孔直径1μm〜120μmの範囲に第1のピークを有し、細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%であることから、生成水が多量に存在する条件下においても効率的に排水できることが分かった。
【0075】
7.形態保持性の評価;
前記(発電試験)の後、水分管理シート又はガス拡散シートを取り出し、その表面状態を観察したところ、実施例1〜4及び比較例1〜5の水分管理シートは試験前後で表面状態に変化はなかったのに対して、比較例6〜7のガス拡散シートは試験後にマイクロポーラス層の脱落が観察された。このように、本発明の水分管理シートは非炭化処理多孔質基材シートと撥水材料及び導電剤との密着性が高く、撥水材料及び導電剤が脱落したり、構造破壊の生じない、形態安定性に優れるものであったため、安定して発電性能を持続できるものであった。なお、本発明の水分管理シートは発電試験等の取り扱いの際に、形態安定性があるため、取り扱いやすいものであった。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の水分管理シートは固体高分子形燃料電池の触媒層と導電性拡散基材との間に配置して使用することができる。また、本発明の水分管理シートを使用してガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池を製造することができる。
【符号の説明】
【0077】
11a (負極側)バイポーラプレート
11c (正極側)バイポーラプレート
13a (負極側)ガス拡散層
13c (正極側)ガス拡散層
14a (負極側)水分管理層
14c (正極側)水分管理層
15a (負極側)触媒層
15c (正極側)触媒層
17a 負極
17c 正極
19 固体高分子膜
【技術分野】
【0001】
この発明は、水分管理シート、ガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池に関するものであり、特に、水分管理シート単独で取り扱うことのできる形態保持性を有する自立した水分管理シート、これを使用したガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な形で利用されているエネルギーについては、石油資源の枯渇に対する懸念から、代替燃料の模索や省資源が重要な課題となっている。その中にあって、種々の燃料を化学エネルギーに変換し、電力として取り出す燃料電池について、活発な開発が続けられている。
【0003】
燃料電池は、例えば『燃料電池に関する技術動向調査』(非特許文献1)の第5頁に開示されているように、使用される電解質の種類によって、りん酸形燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)、固体酸化形燃料電池(SOFC)、固体高分子形燃料電池(PEFC)の4つに分類される。これら各種の燃料電池は、その電解質に応じて作動温度範囲に制約が有り、PEFCでは100℃以下の低温領域、PAFCでは180〜210℃の中温領域、MCFCでは600℃以上、SOFCは1000℃近くの高温領域で動作することが知られている。このうち、低温領域での出力が可能である一般的なPEFCは、燃料となる水素ガスと酸素ガス(若しくは空気)との化合反応に伴って生じる電力を取り出すが、比較的小型の装置構成で効率的に電力を取り出すことができる点で、実用化が急がれている。
【0004】
図1は、従来知られているPEFCの基本構成を示す、燃料電池要部断面の模式図である。図中、材質として実質的に同一の構成若しくは機能を有する構成成分には、同一のハッチングを付して示してある。PEFCは、図1に示すような、負極17a、固体高分子膜19及び正極17cからなる膜−電極接合体(MEA)を、1対のバイポーラプレート11a、11cで挟んだセル単位を複数積層した構造からなる。前記負極17aはプロトンと電子とに分解する触媒層15aと、触媒層15aに燃料ガスを供給するガス拡散層13aとからなり、前記触媒層15aとガス拡散層13aとの間には水分管理層14aが形成されており、他方、正極17cはプロトン、電子及び酸素ガスとを反応させる触媒層15cと、触媒層15cに酸素ガスを供給するガス拡散層13cとからなり、前記触媒層15cとガス拡散層13cとの間には水分管理層14cが形成されている。
【0005】
前記バイポーラプレート11aは燃料ガスを供給できる溝を有するため、このバイポーラプレート11aの溝を通して燃料ガスを供給すると、燃料ガスはガス拡散層13aを拡散し、水分管理層14aを透過して触媒層15aに供給される。供給された燃料ガスはプロトンと電子とに分解され、プロトンは固体高分子膜19を移動し、触媒層15cに到達する。他方、電子は図示しない外部回路を通り、正極17cへと移動する。一方、バイポーラプレート11cは酸素含有ガスを供給できる溝を有するため、このバイポーラプレート11cの溝を通して酸素含有ガスを供給すると、酸素含有ガスはガス拡散層13cを拡散し、水分管理層14cを透過して触媒層15cに供給される。供給された酸素含有ガスは固体高分子膜19を移動したプロトン及び外部回路を通って移動した電子と反応し、水を生成する。この生成した水は水分管理層14cを通って、燃料電池外へ排出される。また、負極においては、正極から逆拡散してきた水が水分管理層14aを通って、燃料電池外へ排出される。
【0006】
このような膜−電極接合体(MEA)の水分管理層14a、14cは、従来、カーボンペーパー等の導電性多孔シートにフッ素樹脂による撥水処理を施すとともに、カーボン粉末とフッ素系樹脂とを混合したペーストを塗布することによって、導電性多孔シート表面及び内部の一部に形成されていた(特許文献1)。しかしながら、このようにして形成した水分管理層は、カーボン粉末及びフッ素系樹脂が導電性多孔シートへ必要以上に染み込んでしまい、導電性多孔シートの細孔容積を低下させる結果、ガス拡散性及び生成水の排出性が低下しやすいため、高電流を取出す際に、生成水が細孔に詰まり、フラッディングによる発電性能の低下が問題となっていた。また、導電性多孔シート表面の水分管理層は形態保持性に劣っているため、長期的に水分管理層としての作用を発揮できないという問題もあった。
【0007】
なお、本願出願人は、ポリアクリロニトリル系樹脂繊維を静電紡糸法により紡糸し、繊維シートを形成した後、焼成して炭素繊維シート(水分管理前駆シート)を形成し、この炭素繊維シートをガス拡散前駆シートと積層し、加熱加圧することによりガス拡散電極前駆体を製造することを提案した(特許文献2)。この水分管理前駆シートは炭素繊維シートとして独立しているため、従来のような染み込みによるガス拡散性及び生成水の排出性の低下という問題は生じないものである。しかしながら、繊維シートを形成した後に焼成した炭素繊維シートは脆く、形態安定性に劣っているため、長期的に水分管理層としての作用を十分に発揮できるものではなかった。また、繊維シートを形成した後に焼成した炭素繊維シートは、焼成により著しく収縮し、生産性が低く、コスト高であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−182626号公報(実施例1など)
【特許文献2】特開2005−285370号公報(実施例1など)
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】『燃料電池に関する技術動向調査』(特許庁技術調査課編,平成13年5月31日,<URL>http://www.jpo.go.jp/shiryou/index.htm)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上述の問題点を解決するためになされたものであり、生産性良く製造することができ、形態保持性に優れるとともに、ガス拡散性、及び生成水の排出性に優れるガス拡散シートを製造することのできる水分管理シート、この水分管理シートを用いたガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の請求項1にかかる発明は、「固体高分子形燃料電池の触媒層と導電性拡散基材との間に配置して使用する、自立した水分管理シートであり、前記水分管理シートは多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、導電剤と撥水材料が充填されたものであり、細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの範囲に存在する第1のピークと、5nm〜1μmの範囲に存在する第2のピークとを少なくとも有し、前記細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%であり、前記細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の80〜60%であることを特徴とする水分管理シート。」である。
【0012】
本発明の請求項2にかかる発明は、「請求項1に記載の水分管理シートと導電性拡散基材とが積層されていることを特徴とするガス拡散シート。」である。
【0013】
本発明の請求項3にかかる発明は、「請求項2に記載のガス拡散シートと触媒層とが、水分管理シートと触媒層とが当接した状態で積層されていることを特徴とする膜−電極接合体。」である。
【0014】
本発明の請求項4にかかる発明は、「請求項3に記載の膜−電極接合体を備えていることを特徴とする固体高分子形燃料電池。」である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の請求項1にかかる発明は、自立した水分管理シートであり、導電性拡散基材に積層することによってガス拡散シートを形成できるため、ガス拡散性及び生成水の排出性に優れている。つまり、従来のように、導電性拡散基材にカーボン粉末と撥水材料とを混合したペーストを塗布した場合には、導電性拡散基材にペーストが必要以上に染み込んでしまい、導電性拡散基材の空隙を閉塞してしまうため、細孔容積が大幅に低下し、ガス拡散性及び生成水の排出性が低下するが、本発明においては、水分管理シートを導電性拡散基材に積層するだけでガス拡散シートを形成できるため、導電性拡散基材が本来有するガス拡散性及び水の排出性に優れている。
【0016】
また、水分管理シートは細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの範囲に存在する第1のピークを有し、かつ細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%であることによって、水分の排出を主とする通過経路を確保することができるため、水分が触媒層と導電性拡散基材間で留まらずに高い排水性を発揮できる。そのため、従来のような細孔直径が小さいピークが1つの細孔直径を持つマイクロポーラス層では、触媒層と導電性拡散基材間で液体水の移動が抑制され、生成水の多い高電流領域ではフラッディングを示すが、本発明の水分管理シートによれば、高電流領域におけるフラッディングを抑制できる。
【0017】
更に、5nm〜1μmの範囲に存在する第2のピークを有し、かつ細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の80〜60%であることによって、ガスの供給を主とする通過経路を確保することができるため、生成水の多い高電流領域においてもガス供給が妨げられず、高い発電性能を維持することができる。
【0018】
また、水分管理シートは非炭化処理多孔質基材シートに撥水材料及び導電剤が充填されており、撥水材料及び導電剤が非炭化処理多孔質基材シートによって補強された状態にあるため、形態保持性に優れている。したがって、長期的にわたって水分管理層としての作用を十分に発揮できるものである。更に、多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートを使用し、従来のような炭化処理による多孔質基材シートの収縮ということがないため、生産性良く製造できる水分管理シートである。
【0019】
本発明の請求項2にかかる発明は、請求項1に記載の水分管理シートと導電性拡散基材とが積層されているため、ガス拡散性及び生成水の排出性に優れ、しかも形態保持性に優れるガス拡散シートである。
【0020】
本発明の請求項3にかかる発明は、請求項2に記載のガス拡散シートと触媒層とが、水分管理シートと触媒層とが当接した状態で積層されているため、長期的に安定した発電性能を発揮できる固体高分子形燃料電池を製造できる膜−電極接合体である。
【0021】
本発明の請求項4にかかる発明は、請求項3に記載の膜−電極接合体を備える固体高分子形燃料電池であるため、長期的に安定した発電性能を発揮できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】固体高分子形燃料電池の概略構成を示す模式断面図
【図2】実施例1の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図3】実施例2の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図4】実施例3の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図5】実施例4の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図6】比較例1の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図7】比較例2の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図8】比較例3の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図9】比較例4の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図10】比較例5の水分管理シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図11】比較例6のガス拡散シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【図12】比較例7のガス拡散シートのLog微分細孔容積分布グラフ
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の水分管理シートは、多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、撥水材料及び導電剤が充填されたものである。本発明においては、多孔質基材シートによる撥水材料及び導電剤の形態保持性を高めるために、多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートを使用している。つまり、多孔質基材シート(例えば、ポリアクリロニトリル繊維からなる不織布)を形成した後に炭化処理を実施すると、炭化処理によって多孔質基材シートが脆くなり、撥水材料及び導電剤の十分な補強効果を発揮できず、形態保持性の優れる水分管理シートを得ることができないため、本発明においては、非炭化処理多孔質基材シートを使用している。また、多孔質基材シートを形成した後に炭化処理をすると、著しく収縮し、生産性が悪いという問題があるが、本発明においては、非炭化処理多孔質基材シートを使用しているため、水分管理シートを生産性良く製造することができる。
【0024】
このような非炭化処理多孔質基材シートは多孔質基材シート形成後に炭化処理をしておらず、水分管理シートに強度を付与できる限り特に限定するものではないが、例えば、ガラス繊維を用いて製造したガラス繊維不織布そのもの、炭素繊維を用いて製造したペーパー又は不織布そのもの、耐酸性のある有機繊維(例えば、ポリテトラフルオロエチレン繊維、ポリフッ化ビニリデン繊維、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維、ポリオレフィン繊維、ポリフェニレンサルファイド繊維、ポリエチレンテレフタレート繊維やポリトリメチレンテレフタレート繊維を代表とするポリエステル系繊維を単独で、又は2種類以上を含む)を用いて製造した有機繊維不織布そのものを挙げることができる。なお、本発明における「炭化処理」とは、多孔質基材シートを形成する繊維を炭化又は黒鉛化することを意味し、例えば、比較的低温(200〜400℃程度)の酸化性雰囲気中での熱処理、前記酸化性雰囲気中での処理に続いて、徐々に昇温し、400℃〜3000℃の不活性雰囲気中での熱処理などを意味する。
【0025】
これらの中でもガラス繊維不織布は酸性溶液やアルコール等に対する耐薬品性に優れ、また、極めて優れた強度並びに加工適性を有し、更には安価であるため好適である。この好適であるガラス繊維不織布は、ガラス繊維をアクリル樹脂、酢酸ビニル樹脂、及び/又はエポキシ樹脂を含むバインダで接着したものであるのが好ましい。塩素成分や金属イオンは燃料電池内において腐食性をきたす等の悪影響を及ぼすが、前記バインダは塩素成分や金属イオンといった不純物の混入が少ない樹脂として知られており、前記悪影響を及ぼさないためである。
【0026】
なお、バインダを構成する樹脂としてアクリル樹脂を用いる場合、自己架橋型アクリル樹脂を用いることが好ましい。燃料電池においては、触媒層での反応によりプロトンが生成し、水分管理シート周辺も強酸(pH2程度)雰囲気に曝されるため、水分管理シートも耐酸性を有するのが好ましく、前記自己架橋により硬化したアクリル樹脂は優れた耐酸性を示すためである。ここで、「自己架橋型アクリル樹脂」とは、同一又は異種のモノマー単位中に、1種又は2種以上の架橋可能な官能基を有するアクリル樹脂を意味し、この架橋可能な官能基の組み合わせとして、例えば、カルボン酸基とビニル基との組み合わせ、カルボン酸基とグリシジル基との組み合わせ、カルボン酸基とアミン基との組み合わせ、カルボン酸基とアミド基との組み合わせ、カルボン酸基とメチロール基との組み合わせ、カルボン酸基とエポキシ基との組み合わせを挙げることができる。これらの中でも窒素を含まず、耐酸化性に特に優れる、カルボン酸基とビニル基との組み合わせ、カルボン酸基とグリシジル基との組み合わせ、カルボン酸基とメチロール基との組み合わせ、又はカルボン酸基とエポキシ基との組み合わせが好ましい。
【0027】
また、ガラス繊維不織布におけるバインダの固形分接着量は、ガラス繊維不織布全体の質量を基準として3〜30質量%の範囲内であるのが好ましい。バインダの固形分接着量が3質量%未満の場合、ガラス繊維不織布としての機械的強度が低く、水分管理シートの形態保持性が悪くなる傾向があり、一方で、固形分接着量が30質量%を超える場合、バインダに由来する皮膜が過度に形成され、撥水材料及び導電剤を十分に充填することができない傾向があるためである。
【0028】
このようなガラス繊維不織布は周知の方法により製造することができるが、均一な地合いを有するガラス繊維不織布を製造できる湿式法により製造するのが好ましい。なお、ガラス繊維の繊維径及び繊維長は、湿式法により製造する際の分散性や機械的強度の優れるガラス繊維不織布であるように、4〜20μmの繊維径、5〜25mmの繊維長であるのが好ましい。また、ガラス繊維の成分としては、耐薬品性(特に耐酸性)の優れる、Eガラス、Cガラス又はQガラスを1種類以上使用することができる。ガラス繊維不織布の目付、厚さは特に限定するものではないが、目付は撥水材料及び導電剤の充填性から、1〜25g/m2であるのが好ましく、厚さは強度を確保できるように、10〜200μmであるのが好ましい。なお、「目付」はガラス繊維不織布を10cm角に切断した試料の質量を測定し、1m2の大きさの質量に換算した値をいい、「厚さ」はシックネスゲージ((株)ミツトヨ製:コードNo.547−321:測定力1.5N以下)を用いて測定した値をいう。
【0029】
本発明の水分管理シートは、前述のような非炭化処理多孔質基材シートに撥水材料及び導電剤が充填されたものであるため、非炭化処理多孔質基材シートによって補強された形態保持性に優れるものである。また、撥水材料が充填されているため排水性に優れているとともに、導電剤が充填されているため電気伝導性に優れている。
【0030】
本発明の撥水材料としては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−フルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、フルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体等が挙げられる。これらを単独で、あるいは混合しても良い。また、前記樹脂を構成する各種モノマーを共重合させた樹脂を用いることもできる。
【0031】
導電剤としては、例えば、カーボンブラック、カーボンナノチューブなどを挙げることができる。また、撥水材料と導電剤との質量比率は(撥水材料質量):(導電剤質量)は50〜20:50〜80であるのが好ましく、40〜25:60〜75であるのがより好ましい。撥水材料の質量比率が50mass%を超えると導電剤量が少なくなり導電性が不足しやすく、他方、20mass%を下回ると形態保持性および排水性が低下する傾向があるためである。
【0032】
このような撥水材料及び導電剤は非炭化処理多孔質基材シートの空隙に充填されていることが重要である。このように充填されていることによって、水分管理シートは形態保持性がある。そのため、撥水材料及び導電剤のみからなる層は非炭化処理多孔質基材シート表面に形成されておらず、非炭化処理多孔質基材シートと撥水材料及び導電剤とが併存する領域のみからなるのが好ましい。
【0033】
本発明の水分管理シートの見掛密度は0.2〜1.0g/cm3であるのが好ましい。1.0g/cm3よりも見掛密度が高いと、ガス透過性が低く、他方、0.2g/cm3よりも見掛密度が低いと、導電性及び撥水性が足りず、水分管理シートとしての役割を果たしにくい傾向があるためである。なお、見掛密度は目付(単位:g/cm2)を厚さ(単位:cm)で割った値である。
【0034】
なお、水分管理シートの目付、厚さは特に限定するものではないが、体積抵抗が小さくなるように、目付は10〜100g/m2であるのが好ましい。また、厚さは10〜200μmであるのが好ましい。厚さが10μmを下回ると水分管理シートの強度を維持することが難しくなる傾向があり、厚さが200μmを超えると体積抵抗の増加に加えて、燃料電池セルの厚膜化に繋がり、燃料電池が大型化してしまう傾向があるためである。
【0035】
本発明の水分管理シートは上述のように、非炭化処理多孔質基材シートに、導電剤と撥水材料が充填されたものであるが、その充填した結果、細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの範囲に存在する第1のピークと、5nm〜1μmの範囲に存在する第2のピークの、少なくとも2つのピークを有するものである。そのため、細孔直径1μm〜120μmの範囲に存在する細孔による水分の排出を主とする通過経路と、細孔直径5nm〜1μmの範囲に存在する細孔によるガスの供給を主とする通過経路とが別々に確保されているため、ガス供給性及び水の排出性に優れている。第1のピークが細孔直径120μmよりも大きい場合、細孔の直径が大きくなるため水分の移動性が低下し、また、水分管理シートの平滑性が損なわれ、触媒層との接触抵抗が増大し、発電性能が低下する傾向がある。また、1μmよりも第1のピークが小さい場合、水分の通過経路を確保できない傾向があるため好ましくない。第1ピークは1μm〜50μmの範囲に存在するのが好ましく、1μm〜30μmの範囲に存在するのがより好ましい。他方、第2のピークが細孔直径1μmよりも大きい場合、第1のピークと重なり、1つのピークとなり、水分の通過を主とする経路とガスの通過を主とする経路を別々に確保することが難しくなる傾向がある。また、5nmよりも第2ピークが小さい場合、ガスの通過を主とする細孔直径が小さすぎるためにガス拡散性が低くなる傾向がある。第2ピークは10nm〜500nmの範囲に存在するのが好ましく、10nm〜200nmの範囲に存在するのがより好ましい。
【0036】
なお、本発明における細孔分布は水銀圧入法により測定したLog微分細孔容積分布グラフにおける細孔分布を意味する。水銀圧入法を採用するのは、第1ピークが細孔直径1μm〜120μmであり、第2ピークが細孔直径5nm〜1μmであることから、この範囲の細孔直径を測定するのに適した方法であるためである。なお、水銀圧入法は水銀ポロシメータにより実施できる。また、水銀圧入法による測定条件は次の通りである。
1.細孔直径の測定範囲:450〜0.003(μm)
2.水銀の接触角:130(°)
3.水銀の表面張力:485(mN/m)
【0037】
また、本発明においては、Log微分細孔容積分布グラフをもとにピークを読み取る。Log微分細孔容積分布グラフは差分細孔容積(dV)を、細孔直径の対数扱いの差分値d(logD)で割った値を求め、これを各区間の平均細孔直径に対してプロットしたものである。このように細孔直径の対数扱いの差分値d(logD)で割っているのは、差分細孔直径で割ると、細孔直径が小さい場合に分母が小さくなり、値が強調される一方で、細孔直径が大きい場合に分母が大きくなり、値が緩和されるためである。
【0038】
本発明における「ピーク」は、Log微分細孔容積分布グラフの極大点のうち、極大点をP点とした時に、この極大点Pの左側で、極大点Pに最も近い測定点をA点とし、更にこの極大点Pの右側で、極大点Pに最も近い測定点をB点とした時に、A−P点間を結んでできる直線LAの傾きIAの絶対値と、B−P点間を結んでできる直線LBの傾きIBの絶対値の平均値(IAV)が0.2以上、かつLog微分細孔容積値が0.1mL/g以上である場合に、その極大点P点を「ピーク」とする。なお、傾きの平均値IAVは次式で表される。
【0039】
また、本発明の水分管理シートは細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%、かつ細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の60〜80%であるのが好ましい。細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%であると、水分管理シートの水分排出性能が高く、フラッディングを抑制しやすいためである。つまり、細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20%未満であると、水分排出性能が低下し、水が滞留し易くなる傾向があり、また、40%超であると、生成水が多くなる高負荷電流領域において、ガスの通過経路を確保しにくく、ガス拡散性が低下し易くなりやすいためである。細孔直径1μm〜120μmの細孔容積は全細孔容積の20%〜35%であるのがより好ましい。他方で、細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の60〜80%であると、生成水が多くなる高負荷電流領域においてもガスの通過経路を確保することができ、フラッディングを抑制しやすいためである。つまり、細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の60%未満であると、生成水が多くなる高負荷電流領域において、ガスの通過経路が少なく、ガス拡散性が低下し易くなる傾向があり、また、80%超であると、水分の通過経路が不足し、導電性拡散基材と触媒層との間に水が留まりやすくなる傾向があるためである。細孔直径5nm〜1μmの細孔容積は全細孔容積の65%〜80%であるのがより好ましい。
【0040】
なお、細孔容積の全細孔容積に対して占める割合は、前述と同様に、水銀ポロシメータを用いた水銀圧入法より得た積算細孔容積(mL/g)から、上記細孔直径範囲の細孔容積を導き、全細孔容積に対して占める割合を算出した値である。
【0041】
このような、細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの範囲に存在する第1のピークと、5nm〜1μmの範囲に存在する第2のピークとを少なくとも有する本発明の水分管理シートは、例えば、撥水材料及び導電剤を含むペーストを非炭化処理多孔質基材シートに塗布した後、溶媒抽出法、温度による溶解度変化を利用する方法、溶媒蒸発を利用する方法等の相分離法を用いて製造することができる。この相分離法の中でも、溶媒抽出法によれば、緻密で連続した細孔を形成することができるため好適である。この溶媒抽出法とは、樹脂を第1の溶媒に溶解させた後、前記樹脂に対して不溶性かつ前記第1の溶媒と相溶性のある第2の溶媒で、第1の溶媒を置換することによって樹脂を相分離させ、その後、前記第2の溶媒を除去することによって細孔を形成する方法である。この好適である溶媒抽出法により相分離させる場合、撥水材料を溶解する第1の溶媒としてn−メチル−ピロリドン(NMP)を用いると、微細で均一な細孔を形成できるため好適である。なお、n−メチル−ピロリドン(NMP)と相溶性のある第2の溶媒としては、水、水とアルコールの混合溶液を例示できる。
【0042】
本発明の上述のような水分管理シートは、固体高分子形燃料電池の触媒層と導電性拡散基材との間に配置して使用できる、自立した水分管理シートである。本発明の水分管理シートは導電性拡散基材に積層することによってガス拡散シートを形成できるため、ガス拡散性に優れている。つまり、従来のように、導電性拡散基材にカーボン粉末と撥水材料とを混合したペーストを塗布した場合のように、導電性拡散基材にペーストが必要以上に染み込むということがないため、導電性拡散基材が本来有するガス拡散性を発揮することができる。また、水分管理シートは非炭化処理多孔質基材シートに撥水材料及び導電剤が充填されており、撥水材料及び導電剤が非炭化処理多孔質基材シートによって補強された状態にあるため、形態保持性に優れている。更には、水分管理シートを導電性拡散基材に積層するだけでガス拡散シートを形成でき、従来のように導電性拡散基材に撥水材料及び/又は導電剤を塗布する工程を省略できるため、作業性に優れるという効果も奏する。このように、「自立した」とは、水分管理シート単体で取り扱うことができ、ロール状に巻回して流通させることができる形態保持性を有することを意味する。
【0043】
本発明のガス拡散シートは前述のような水分管理シートと導電性拡散基材とが積層されたものであり、水分管理シートを備えているため、ガス拡散性、生成水の排出性、及び形態保持性に優れるガス拡散シートである。本発明のガス拡散シートは前述のような水分管理シートを備えていること以外は、従来のガス拡散層を構成する導電性拡散基材と同様の導電性拡散基材に水分管理シートを積層した構造を有する。
【0044】
この導電性拡散基材としては、例えば、カーボンペーパー、カーボン不織布、ガラス繊維不織布に導電剤と撥水材料を充填したもの、耐酸性のある有機繊維(例えば、ポリテトラフルオロエチレン繊維、ポリフッ化ビニリデン繊維、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維、ポリオレフィン繊維、ポリフェニレンサルファイド繊維、ポリエチレンテレフタレート繊維やポリトリメチレンテレフタレート繊維を代表とするポリエステル系繊維を単独で、又は2種類以上を含む)からなる有機繊維不織布に導電剤と撥水材料を充填したもの、耐酸性のある金属多孔シート(ステンレス鋼、チタンなどの金属からなる多孔シート)などを挙げることができる。
【0045】
なお、導電性拡散基材と水分管理シートとは一体化していても良いし、一体化していなくても良い。一体化する場合には、例えば、ホットプレスにより実施することができる。
【0046】
本発明の膜−電極接合体は前述のようなガス拡散シートと触媒層とが、水分管理シートと触媒層とが当接した状態で積層されているため、ガス拡散性、生成水の排出性、及び形態保持性に優れ、長期的に安定した発電性能を発揮できる固体高分子形燃料電池を製造できる。
【0047】
本発明の膜−電極接合体は前述のようなガス拡散シートを水分管理シートが触媒層と当接するように積層されていること以外は、従来の膜−電極接合体と全く同様であることができる。例えば、ガス拡散電極は、エチルアルコール、プロピルアルコール、ブチルアルコール、エチレングリコールジメチルエーテルなどからなる単一あるいは混合溶媒中に、触媒(例えば、白金などの触媒を担持したカーボン粉末)を加えて混合し、これにイオン交換樹脂溶液を加え、超音波分散等で均一に混合して触媒分散懸濁液を調製し、この触媒分散懸濁液を前述のガス拡散シートの水分管理シート面にコーティング又は散布し、乾燥して触媒層を形成することにより製造することができる。又は、前記触媒分散懸濁液を水分管理シートにコーティング又は散布し、乾燥して触媒層を形成した後に、導電性拡散基材に積層することにより製造できる。また、固体高分子膜としては、例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸系樹脂膜、スルホン化芳香族炭化水素系樹脂膜、アルキルスルホン化芳香族炭化水素系樹脂膜などを用いることができる。膜−電極接合体は、例えば、一対のガス拡散シートのそれぞれの触媒層の間に固体高分子膜を挟み、熱プレス法によって接合して製造できる。
【0048】
本発明の固体高分子形燃料電池は前述の膜−電極接合体を備えているため、ガス拡散性、生成水の排出性、及び形態保持性に優れ、長期的に安定した発電性能を発揮できる固体高分子形燃料電池である。本発明の燃料電池は前述のような膜−電極接合体を備えること以外は従来の燃料電池と全く同様であることができる。例えば、前述のような膜−電極接合体を1対のバイポーラプレートで挟んだセル単位を複数積層した構造からなる。バイポーラプレートとしては、導電性が高く、ガスを透過せず、導電性拡散基材にガスを供給できる流路を有するものであれば良く、特に限定するものではないが、例えば、カーボン成形材料、カーボン−樹脂複合材料、金属材料などを用いることができる。なお、燃料電池は、膜−電極接合体を1対のバイポーラプレートで挟んで固定したセル単位を複数積層することによって製造することができる。
【実施例】
【0049】
1.ガラス不織布1〜2の作製;
Eガラス(繊維径6.5μm、繊維長6mm)を用いて、常法の湿式法により繊維ウエブを形成した後、エポキシ樹脂を主成分とするバインダ(ビスフェノールA型)を含浸(固形分付着量:12質量%)し、乾燥して、ガラス不織布1(=非炭化処理多孔質基材シート、目付:11g/m2、厚さ:110μm)を製造した。
【0050】
また、目付を6g/m2としたこと以外は上記と同様にして、ガラス不織布2(=非炭化処理多孔質基材シート、厚さ:60μm)を製造した。
【0051】
2.導電性ペーストの調製;
(1)第1導電性ペーストの調製
撥水材料として、市販のポリフッ化ビニリデン(ソルベイソレクシス(株)製)をn−メチル−ピロリドン(NMP)に加え、ロッキングミルを用いて溶解させ、濃度10%溶液を得た。
【0052】
次いで、導電剤として市販のカーボンブラック(デンカブラック粒状品、電気化学工業(株)製)を前記溶液に混合し、撹拌した後、NMPを加えて希釈・分散し、カーボンブラックとポリフッ化ビニリデンの固形質量比60:40の固形分濃度13%の第1導電性ペーストを調製した。
【0053】
(2)第2導電性ペーストの調製
固形分濃度を10%に変更したこと以外は第1導電性ペーストの調製と同様にして、第2導電性ペーストを調製した。
【0054】
(3)第3導電性ペーストの調製
導電剤としての市販のカーボンブラック(デンカブラック粒状品、電気化学工業(株)製)、市販のPTFEディスパージョン(ダイキン工業(株)製)、及び非イオン性界面活性剤とを水に分散させ、更に増粘剤として、2%ヒドロキシエチルセルロース(HEC)水溶液を加え、カーボンブラックとPTFEの固形質量比60:40の固形分濃度20%の第3導電性ペーストを調製した。
【0055】
3.水分管理シートの作製
(実施例1〜4、比較例1〜5)
前記ガラス不織布1又はガラス不織布2に対して、第1導電性ペースト又は第2導電性ペーストを塗布して、それぞれ表1に示す物性を有する自立した水分管理シートを製造した。より具体的には、第1導電ペースト又は第2導電性ペーストをポリエステルフィルム上に塗布して塗工膜を形成し、この塗工膜上に作製したガラス不織布1又はガラス不織布2をそれぞれ積層した。更に、ガラス不織布1又はガラス不織布2に、塗工膜と同じ第1導電性ペースト又は第2導電性ペーストを塗布した後、水浴に浸漬させ、溶媒抽出法により細孔を形成した後、温度60℃の熱風乾燥機によって乾燥して、表1に示す物性を有する自立した水分管理シートを作製した。なお、実施例3、比較例1、比較例3及び比較例5においては、乾燥後に表1に示す条件でホットプレスを行い、表1に示す物性を有する自立した水分管理シートを作製した。これら水分管理シートはガラス不織布1又はガラス不織布2の空隙に撥水材料及び導電剤が充填された、ガラス不織布1又はガラス不織布2と撥水材料及び導電剤とが併存する領域のみから構成されていた。
【0056】
【表1】
#:固形分塗布量
【0057】
(比較例6)
カーボンペーパー(東レ株式会社製、目付:84g/m2、厚さ:190μm)を用意した。このカーボンペーパーの片面に第2導電性ペーストを塗布し、温度60℃で熱風乾燥機によって乾燥した後、加熱炉で、空気雰囲気中、温度350℃で1時間焼結し、目付110g/m2、厚さ220μmのガス拡散シートを製造した。このガス拡散シートはカーボンペーパー表面上及びカーボンペーパー内部の一部にマイクロポーラス層が形成されていた。
【0058】
(比較例7)
カーボンペーパー(東レ株式会社製、目付:84g/m2、厚さ:190μm)を用意した。カーボンペーパーをPTFEディスパージョンに浸漬させ、温度60℃の熱風乾燥機によって乾燥した後、温度350℃の加熱炉で1時間焼結し、撥水処理を施した。
【0059】
次いで、このカーボンペーパーの片面に第2導電性ペーストを塗布し、温度60℃で熱風乾燥機によって乾燥した後、加熱炉で、空気雰囲気中、温度350℃で1時間焼結し、目付126g/m2、厚さ230μmのガス拡散シートを製造した。このガス拡散シートには、カーボンペーパー表面上及びカーボンペーパー内部の一部にマイクロポーラス層が形成されていた。
【0060】
4.細孔分布の測定
オートポアIV 9510型((株)島津製作所製)を用い、実施例1〜4、比較例1〜5の水分管理シート、及び比較例6〜7のガス拡散シートの細孔分布測定を、水銀圧入法により実施し、細孔直径が450μm〜3nmの範囲の、積算細孔容積(mL/g)及びログ微分細孔容積(mL/g)を得た。測定条件は次の通りである。
1.水銀の接触角:130(°)
2.水銀の表面張力:485(mN/m)
【0061】
なお、比較例6〜7のガス拡散シートに関しては、導電性拡散基材であるカーボンペーパーおよび撥水処理を施したカーボンペーパーについても同様に細孔分布を測定したところ、細孔分布は10μm〜180μmの範囲に観測された。細孔径毎に水銀圧入容積を差し引きした結果、マイクロポーラス層の細孔分布はいずれも10nm〜2μmであった。また、カーボンペーパーの細孔に相当する細孔直径10μm〜180μmの容積に関し、撥水処理およびマイクロポーラス層形成に伴う細孔容積変化を評価した。
【0062】
この結果は図2〜図12及び表2に示すように、比較例1では細孔径分布の5nm〜1μmの範囲にピークが1つだけ観察されたのに対し、実施例1、実施例3〜4および比較例2〜5では細孔直径5nm〜1μmと細孔直径1μm〜120μmの範囲にそれぞれ1つずつ計2つのピーク、実施例2では細孔直径5nm〜1μmの範囲に2つ、細孔直径1μm〜120μmの範囲に1つの計3つのピークが観測された。更に、比較例6〜7のマイクロポーラス層の細孔分布では細孔直径5nm〜1μmの範囲にピークが1つ観測され、導電性拡散基材として用いたカーボンペーパーの細孔は約15%減少していた。
【0063】
【表2】
#:括弧内は全細孔容積に対する占有率
*:マイクロポーラス層における細孔
【0064】
5.膜−電極接合体の製造
エチレングリコールジメチルエーテル10.4gに対して、市販の白金担持炭素粒子(石福金属(株)製、炭素に対する白金担持量40質量%)を0.8g加え、超音波処理によって分散させた後、市販の5質量%ナフィオン溶液(米国シグマ・アルドリッチ社製、商品名)4.0gを加え、更に超音波処理により分散させ、更に攪拌機で攪拌して、触媒ペーストを調製した。
【0065】
次いで、この触媒ペーストを支持体(商品名:ナフロンPTFEテープ、ニチアス(株)製、厚さ0.1mm)に塗布し、熱風乾燥機によって60℃で乾燥し、当該支持体に対する白金担持量が0.5mg/cm2の触媒層を作製した。
【0066】
他方、固体高分子膜として、NafionNRE212CS(商品名、米国デュポン社製)を用意した。この固体高分子膜の両面に、前記触媒層を夫々積層した後、温度135℃、圧力2.6MPa、時間10分間の条件でホットプレスにより接合し、固体高分子膜−触媒層接合体を作製した。
【0067】
そして、前記固体高分子膜−触媒層接合体の両面に、実施例1〜4、比較例1〜5の水分管理シート、カーボンペーパー(東レ株式会社製、目付:84g/m2、厚さ:190μm)を順にそれぞれ積層し、ホットプレスにより膜−電極接合体(MEA)としたもの(MEA1〜9)、前記固体高分子膜−触媒層接合体の両面に、比較例6〜7のガス拡散シートを、ペースト塗布面が触媒層に当接するようにそれぞれ積層し、ホットプレスにより膜−電極接合体(MEA)としたもの(MEA10〜11)を、それぞれ作製した。
【0068】
6.発電試験
固体高分子形燃料電池セル『As−510−C25−1H』(商品名、エヌエフ回路設計ブロック(株)製)を用いて、締め付け圧1.5N・mで膜−電極接合体(MEA1〜11)をそれぞれ組み付け、それぞれ発電性能を評価した。この標準セルは、バイポーラプレートを含み、MEAの評価試験に用いるものである。発電は負極側に水素ガス利用率70%、正極側に空気ガス利用率45%を供給し、セル温度は80℃、バブラー温度80℃及のフル加湿条件で電位−電流曲線を測定した結果を表3に示す。
【0069】
【表3】
【0070】
表3の結果から、比較例1〜5の水分管理シートを用いた膜−電極接合体(MEA5〜9)においては、水分管理シートは非炭化処理多孔質基材シートを含んでいるため、導電性拡散基材(カーボンペーパー)の細孔容積は低下せず、導電性拡散基材を有効に利用することができた。しかし、比較例1の水分管理シートでは細孔分布ピークが1つしかなく、触媒層近傍における生成水の排出性が不足して高電流密度では電圧が低下した。
【0071】
比較例2、4の水分管理シートを用いた膜−電極接合体(MEA6、8)においては、比較例2、4の水分管理シートは細孔分布において、細孔直径5nm〜1μmおよび細孔直径1μm〜120μmの範囲にそれぞれ1つずつピークを有するが、細孔直径5nm〜1μmの範囲の細孔容積が不足しており、多量の水が生成される高電流密度ではガス拡散性が不足し、電圧が低下した。
【0072】
一方、比較例3、5の水分管理シートを用いた膜−電極接合体(MEA7、9)においては、比較例3、5の水分管理シートは細孔分布において、細孔直径5nm〜1μmおよび細孔直径1μm〜120μmの範囲にそれぞれ1つずつピークが観測されるが、細孔直径1μm〜120μmの範囲の細孔容積が少なく、効率的に水を排出することができず、高電流密度で電圧が低下した。
【0073】
また、比較例6のガス拡散シートを用いた膜−電極接合体(MEA10)および比較例7のガス拡散シートを用いた膜−電極接合体(MEA11)では、導電性拡散基材(カーボンペーパー)に導電剤及び撥水材料を塗布しているため、カーボンペーパーの細孔容積が低下し、高電流密度では生成水の排出が不足し、フラッディングが発生したことがわかった。
【0074】
これに対して、実施例1〜4の水分管理シートを用いた膜−電極接合体(MEA1〜4))においては、高電流を取り出した際も高いセル電圧を維持していた。高電流を取り出すと、正極で多量の生成水が発生し、いわゆるフラッディングが生じやすくなり、セル電圧が下がる傾向にあるが、細孔直径5nm〜1μmの範囲に第2のピークを有し、細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の60〜80%を有することから、ガス供給性に優れているとともに、細孔直径1μm〜120μmの範囲に第1のピークを有し、細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%であることから、生成水が多量に存在する条件下においても効率的に排水できることが分かった。
【0075】
7.形態保持性の評価;
前記(発電試験)の後、水分管理シート又はガス拡散シートを取り出し、その表面状態を観察したところ、実施例1〜4及び比較例1〜5の水分管理シートは試験前後で表面状態に変化はなかったのに対して、比較例6〜7のガス拡散シートは試験後にマイクロポーラス層の脱落が観察された。このように、本発明の水分管理シートは非炭化処理多孔質基材シートと撥水材料及び導電剤との密着性が高く、撥水材料及び導電剤が脱落したり、構造破壊の生じない、形態安定性に優れるものであったため、安定して発電性能を持続できるものであった。なお、本発明の水分管理シートは発電試験等の取り扱いの際に、形態安定性があるため、取り扱いやすいものであった。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の水分管理シートは固体高分子形燃料電池の触媒層と導電性拡散基材との間に配置して使用することができる。また、本発明の水分管理シートを使用してガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池を製造することができる。
【符号の説明】
【0077】
11a (負極側)バイポーラプレート
11c (正極側)バイポーラプレート
13a (負極側)ガス拡散層
13c (正極側)ガス拡散層
14a (負極側)水分管理層
14c (正極側)水分管理層
15a (負極側)触媒層
15c (正極側)触媒層
17a 負極
17c 正極
19 固体高分子膜
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子形燃料電池の触媒層と導電性拡散基材との間に配置して使用する、自立した水分管理シートであり、前記水分管理シートは多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、導電剤と撥水材料が充填されたものであり、細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの範囲に存在する第1のピークと、5nm〜1μmの範囲に存在する第2のピークとを少なくとも有し、前記細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%であり、前記細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の80〜60%であることを特徴とする水分管理シート。
【請求項2】
請求項1に記載の水分管理シートと導電性拡散基材とが積層されていることを特徴とするガス拡散シート。
【請求項3】
請求項2に記載のガス拡散シートと触媒層とが、水分管理シートと触媒層とが当接した状態で積層されていることを特徴とする膜−電極接合体。
【請求項4】
請求項3に記載の膜−電極接合体を備えていることを特徴とする固体高分子形燃料電池。
【請求項1】
固体高分子形燃料電池の触媒層と導電性拡散基材との間に配置して使用する、自立した水分管理シートであり、前記水分管理シートは多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、導電剤と撥水材料が充填されたものであり、細孔分布において、細孔直径1μm〜120μmの範囲に存在する第1のピークと、5nm〜1μmの範囲に存在する第2のピークとを少なくとも有し、前記細孔直径1μm〜120μmの細孔容積が全細孔容積の20〜40%であり、前記細孔直径5nm〜1μmの細孔容積が全細孔容積の80〜60%であることを特徴とする水分管理シート。
【請求項2】
請求項1に記載の水分管理シートと導電性拡散基材とが積層されていることを特徴とするガス拡散シート。
【請求項3】
請求項2に記載のガス拡散シートと触媒層とが、水分管理シートと触媒層とが当接した状態で積層されていることを特徴とする膜−電極接合体。
【請求項4】
請求項3に記載の膜−電極接合体を備えていることを特徴とする固体高分子形燃料電池。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2011−233274(P2011−233274A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−100400(P2010−100400)
【出願日】平成22年4月23日(2010.4.23)
【出願人】(000229542)日本バイリーン株式会社 (378)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年4月23日(2010.4.23)
【出願人】(000229542)日本バイリーン株式会社 (378)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]