説明

水溶性樹脂の架橋剤

【課題】水溶液として長時間安定であり、水溶性樹脂を低温域で効果的に架橋できる有機チタン系架橋剤を提供すること。
【解決手段】本発明による6配位構造を有する有機チタンを含んでなる架橋剤を使用した場合、水溶性樹脂の架橋が低温においても効果的に進行し、かつ配合液の安定性が高く、作業上大きな利点となるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、6配位構造を有する有機チタンまたはその水溶液に関するものであり、特に水溶性樹脂の架橋剤に関するものである。更には、該有機チタンまたはその水溶液は酸化チタン薄膜形成剤や光触媒前駆体、アンカーコート剤、カップリング剤などへの応用、紙や繊維へのコーティング剤、防錆処理剤用の無機バインダー、セラミックス焼結剤などに利用できる。
【技術背景】
【0002】
チタンアルコキシドは、架橋剤として分子中に水酸基、カルボキシル基などを有する化合物と反応するため、接着改良剤、塗料の架橋剤、塗料の耐熱向上剤などに利用されている。さらにゾルゲル法により酸化チタンの薄膜製造や、エステル化の触媒として工業的に幅広く使用されている。しかし、チタンアルコキシドは非常に高い加水分解性を有しているため、空気中の水分によっても作業中や保存中に不溶物を生じやすい。また、チタンアルコキシドを使用する際には有機溶媒を多量に使用する必要があり、環境負荷が極めて高い。このため、環境負荷が低く耐加水分解性を有するチタン化合物として、水溶性のチタン化合物が求められてきた。
現在市販されている水溶性のチタン化合物の技術はチタンアルコキシドにキレート化剤を反応させる方法がとられており、ヒドロキシカルボン酸である乳酸とチタンアルコキシドとを反応させた乳酸チタン、アルカノールアミンであるトリエタノールアミンとチタンアルコキシドを反応させたチタントリエタノールアミネート、ジカルボン酸であるシュウ酸とチタンアルコキシドとを反応させたシュウ酸チタンなどがある。これについては、たとえば、特許文献1や、非特許文献1に記載されている。しかしこれらのうちヒドロキシカルボン酸である乳酸とチタンアルコキシドとを反応させた乳酸チタンは保存中に白色沈殿を生じやすい。またアルカノールアミンであるトリエタノールアミンとチタンアルコキシドを反応させたチタントリエタノールアミネートも初期は水溶性であるが、水と1対1で混合し40℃で保存すると、一ヶ月後には濁りを生じ流動性がなくなり茶色のゲル状態となる。更に、後者のチタンアミネートは着色が強く、使用が制限される問題があった。
一方、これとは別に特定の配位子を有するペルオキソチタネート化合物が安定な水溶液を提供できることが特許文献3に記載されている。しかし、該化合物はペルオキソ基を配位子として有するために、酸化反応を起こしやすく利用が制限されることがあった。
【0003】
【特許文献1】特開昭53−98393
【特許文献2】特開2001−322815
【特許文献3】特開2000−159786
【非特許文献1】杉山岩吉、「含有金属有機化合物とその利用」、M.R.機能性物質シリーズNo.5、日本、シーエムアイ株式会社、昭和58年3月18日、p.73−74
【非特許文献2】インオーガニック ケミストリィ、43巻、15号、4546−4548頁、2004年(Inorganic Chemistry,vol.43(15),4546−4548,2004)
【発明の開示】

【問題を解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、水と任意の割合で混合させる事ができ、かつ長期にわたり濁りや沈殿を生じず安定性に優れた水溶性チタン化合物またはその水溶液と、それを利用した水溶性樹脂の架橋剤に関するものである。従来の水溶性チタンは水溶液の安定性やそれらの着色等に問題があった。本発明は、水分の影響を受けず取扱が容易であり、経時的に安定な水溶液を形成でき、架橋剤やチタン成分を含む薄膜原料などに使用する際に、優れた性能を発揮する事ができるチタン化合物を提供することにある。
【課題を解決しようとする手段】
【0005】
本発明者等は、水と任意の割合で混合させる事ができ、かつ長期にわたり濁りや沈殿を生じず安定性に優れた水溶性チタン化合物、またはその水溶液とそれを利用した水溶性樹脂の架橋方法について鋭意検討した結果、特定の6配位構造を有する有機チタンまたはその水溶液は経時的安定が極めて高く、架橋剤として極めて有用であることを見出した。特に乳酸またはその誘導体が配位した有機チタンを用いた場合は、水溶性樹脂の架橋に対しては高い効果を示した。
【0006】
すなわち、本発明は
(1)式(I)で表され、6配位構造を有する有機チタンまたはその水溶液を含んでなる水溶性樹脂の架橋剤、
【化1】
Ti[OCH(R)COOH] (I)
式中、Rは水素またはメチル基を表す
(2)水溶性樹脂がポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸塩、またはそれらの共重合体である上記(1)の架橋剤、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明は、特定の6配位構造を有する有機チタンを用いることにより水と任意の割合で混合させる事ができ、かつ長期にわたり濁りや沈殿を生じず安定な水溶性チタン化合物を提供するものである。更には、本発明の有機チタン化合物またはその水溶液を、水溶性樹脂を効果的に架橋できる架橋剤として提供するものである。本発明の有機チタンは従来の有機チタン化合物とは異なり、その水溶液が極めて安定であるので、その利用の際の取扱が容易であり、酸化チタン薄膜の形成剤としても有用である。更に、水溶性樹脂としてポリビニルアルコールを選択した際の架橋反応は低温においてより効果的に実施することができる。
また、水溶性チタン化合物であるので、有機溶剤の使用と排出を低減でき、作業者および環境に対する負荷を大幅に軽減できる。
【発明の実施するための最良の形態】
【0008】
以下に本発明についてさらに詳細に説明する。本発明の6配位構造を有する有機チタンは式(I)で表される。
【化2】
Ti[OCH(R)COOH] (I)
式中、Rは水素またはメチル基を表す
【0009】
即ち、本発明の6配位構造を有する有機チタンを具体的に例示すると、非特許文献2に記載されているような3モルの乳酸分子が2座配位子としてキレート配位し、中心のチタン金属が6配位構造を有したものである。このような構造は、一般的に知られている既存の乳酸がキレート配位したチタン化合物とは異なる。
たとえば、松本製薬工業(株)の製品TC−310は(II)式で示される構造を有しており、その水溶液としての安定性や架橋剤としての性能において本発明の有機チタンに劣る。
【0010】
(HO)Ti[OCH(CH)COOH] (II)
【0011】
本発明の有機チタンは式(I)で示され、Rが水素またはメチル基であるヒドロキシカルボン酸が3モルキレート配位した錯体である。この際、キレート配位するヒドロキシカルボン酸は3モル共同一の配位子である必要はなく、全量がチタン1モルに対して3モルであれば任意の量を取ることができる。例えば、Rが水素とメチル基のヒドロキシカルボン酸を合計3モルずつ導入された錯体も本発明の有機チタンに含まれる。
本発明の有機チタンは、たとえば金属チタン粉末に過酸化水素水を作用させて溶解したチタンペロキシ溶液に、チタンに対して約3倍モルの乳酸を加え溶解させ、これを加熱乾燥させて得ることができる。しかし、本発明の有機チタンは(I)で表され、6配位構造を有する限り、どのような方法により製造してもその効果に変わりはない。
また、本発明の有機チタンを利用する際は、粉体のままでも適当な濃度の水溶液にしても構わないが、水溶液として利用することが好ましい。
また、他のチタン成分または必要に応じてその他の成分を共存させて利用しても、本質的な効果が失わない限り本発明に含まれる。
【0012】
本発明の有機チタンは水に容易に溶解し、安定な水溶液を提供する。
この水溶液は水溶性樹脂の架橋剤や場合により酸化チタン薄膜形成剤としても利用できる。
本発明の水溶液を用いて水溶性樹脂を架橋することができる。架橋が有効に起きる水溶性樹脂としてはポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリアクリル酸またはその塩が挙げられるが、樹脂中に水酸基を有する高分子、例えばポリビニルアルコールやビニルアルコール単位を有する共重合体、セルロース系、ポリエステル系樹脂等が好ましい態様を示す。
特に、ポリビニルアルコールやその共重合体は架橋効果が高く、本発明の乳酸チタンが有効な架橋剤として作用する。
ポリビニルアルコール系樹脂としては、完全ケン化型ポリビニルアルコール、部分ケン化型ポリビニルアルコール、カチオン変性ポリビニルアルコール、アニオン変性ポリビニルアルコール、シラノール変性ポリビニルアルコールなどが挙げられる。
ビニルアルコール単位を含む共重合体としては、エチレンなどのオレフィン類と酢酸ビニルを共重合しその後ケン化して製造されており、例えばエチレン酢酸ビニル共重合体ケン化物などが挙げられる。
セルロース系樹脂としては、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロース等が挙げられる。
これらの水系樹脂の形態は、水または水を含む溶媒に溶解しているいわゆる水溶性樹脂、エマルジョン、ディスパージョンなどの様に水に分散した樹脂、これらの形態の樹脂と水酸基を有しない樹脂とが2種以上混合したものでも架橋効果を発現する。例えば、ポリビニルアルコールを保護コロイドとした酢酸ビニルエマルジョンやアクリルエマルジョンなどのように、水酸基を有する樹脂と水酸基を有しない樹脂とが混合した状態であっても有用である。
【0014】
ポリビニルアルコールを例にして架橋方法を説明する。
水溶性樹脂の架橋剤として利用する場合は、樹脂の種類によっても異なるが樹脂の官能基に対するチタンのモル比は66対1が好ましい。
【0015】
薄膜形成剤として使用する場合は、本発明のチタン化合物を単独または水を含む適当に溶剤に溶解または分散して、薄膜を形成させることができる。
水溶液で使用する場合、薄膜は通常の方法、即ち、浸漬や塗布により形成させることができるが、その際に粘度調整や他の機能を付加するために適当な添加剤を共存させることもできる。
【0016】
以下に本発明を実施例によりさらに詳しく説明する。
【0017】
本願発明の有機チタンの製造方法を以下に例示するが、得られる有機チタンの構造が本願発明と同一である限り本例の方法に限定されるものではない。
【0018】
有機チタンの製造例
300mlビーカーに金属チタン粉末を0.48g秤量した後に、30%の過酸化水素水を40gおよび30%のアンモニア水10gを水冷しながら加えた。チタン粉末は発熱を伴いながら溶解するので、ビーカーの冷却を継続する。チタンが溶解したことを確認した後に、乳酸2.7gを添加して混合した。この反応混合物をホットプレートで80℃加熱して水分等を蒸発乾固することによって粉末状の有機チタンを得た。
得られた有機チタンは3モルの乳酸がチタン原子に対してキレート状に6配位した構造を有することがエックス線回折から判明した。
得られた有機チタン粉末に再度蒸留水を加えることによりその有機チタン水溶液を得た。
【実施例1および比較例1】
【0019】
以下の方法でポリビニルアルコールの水溶液を調製し、チタン化合物による架橋性能を調べるために不溶化率を測定した。
不溶化率は高いほど架橋度が高いことを示している。
ポリビニルアルコール水溶液の調整
ポリビニルアルコールとして「ゴーセノール」N−300(日本合成化学工業(株)社製)を用い5%水溶液を調製した。
【0020】
(1)成膜方法
5%ポリビニルアルコール水溶液100重量部に対し、チタン水溶液を所定量加え、混合した。その後径が10cmのポリプロピレンのカップに約10g測り取り、105℃で2時間、または40℃で16時間乾燥し、均一な膜を得た。
【0021】
(2)評価方法
不溶化率の測定:100mLのビーカーに成膜した膜と約50mLの水を入れ、1時間煮沸し、室温において濾紙を使用し不溶分を濾別する。その後、105℃にて2時間乾燥し、濾紙と不溶分の質量を測定する。
不溶化率(%)=[(c−b)/a]×100
ここで、a=試験前の膜の質量(g)
b=濾紙の質量(g)
c=濾紙+不溶分の質量(g)
【0022】
本発明の有機チタンと組成が類似した既存の乳酸チタン(松本製薬工業(株)製:TC−310)による不溶化率を表1に示したが、比較例に対して、低温側の40℃における不溶化率が高いことが判る。即ち、本願発明の特定の構造を有するチタン化合物が有効に架橋効果を発現している。
【実施例2および比較例2】
【0023】
エチレン酢酸ビニル共重合体ケン化物(日本合成化学工業(株)製:ソアノール16DX)を水/n−プロピルアルコールの1対1溶液で5%に希釈し、これを100gとり実施例1で作ったチタン水溶液(チタン含有率3.0%)を2.8g加えたのち、実施例1と同様にして、成膜後に不溶化率を測定した。不溶化率の測定は、成膜後の膜をフラスコに入れ、水/i−プロピルアルコールの1対1溶液を加え90℃の浴中で加熱し、ポリビニルアルコールの不溶化率と同様に測定した。本発明の有機チタンと既存の乳酸チタン(松本製薬工業(株)製:TC−310)による不溶化率を表1に示す。
【実施例3】
【0024】
製造例で作成した有機チタン水溶液を、充分に洗浄した無アルカリガラス基板上に滴下しスピンコーターでコートした。スピンコーターは2000rpmで20秒の条件で行った。コートしたガラス板を風乾後、550℃で1時間焼成した。上記ガラス板の光触媒の効果を調べるため、有機色素の退色試験を行った。濃度10mg/Lのメチレンブルーの水溶液を作りこれを上記ガラス板に0.1mlたらしポリエチレンフィルムで被覆した後、これに紫外線を360分照射して退色の有無を調べた。紫外線はブラックライト20W、紫外線照度1.0mW/cmで行った。比較として無塗装のガラス板を使用した。製造例で作成した有機チタン水溶液を塗布したガラス板に着色したメチレンブルーは明らかに退色が認められたが、比較として用いた無塗布のガラス板は有意な退色が認められなかった。
【0025】
本発明の有機チタンおよびその水溶液は、優れた長期安定性、作業性、反応性を有し、水溶性であるため、有機溶剤の排出量が削減でき、環境負荷が極めて少ない水溶性樹脂の架橋剤として有用である。
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I)で表され、6配位構造を有する有機チタンまたはその水溶液を含んでなる水溶性樹脂の架橋剤。
【化1】

式中、Rは水素またはメチル基を表す
【請求項2】
水溶性樹脂がポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸塩、またはそれらの共重合体である請求項1の架橋剤。

【公開番号】特開2006−169491(P2006−169491A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−382667(P2004−382667)
【出願日】平成16年12月16日(2004.12.16)
【出願人】(000188939)松本製薬工業株式会社 (26)
【Fターム(参考)】