説明

水溶性金属加工用油剤組成物

【課題】切削、研削、組成加工に用いられ、耐微生物劣化性に優れて腐敗を十分に抑制することができるとともに、人体への刺激の弱い水溶性金属加工用油剤組成物を提供すること。
【解決手段】下記一般式(1)で表されるトリオールポリアルキレングリコールトリアミンを含有することを特徴とする水溶性金属加工用油剤組成物とする。


(式中、Rは水素又はエチル基であり、nは0又は1であり、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を表し、x、y、zは1以上の整数であり、x+y+zは3〜40の整数である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削、研削、塑性加工等の金属加工に用いられる水溶性金属加工用油剤組成物に関する。さらに詳しくは、切削、研削、塑性加工等の金属加工に用いられ、耐微生物劣化性に優れて腐敗を十分に抑制できる水溶性金属加工用油剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
水溶性金属加工用油剤は、一般に鉱油、油脂、脂肪酸、脂肪酸エステル、極圧添加剤、界面活性剤、消泡剤、金属防食剤、酸化防止剤、防腐剤、防黴剤等を、目的に応じて適宜混合して製造される。水溶性切削・研削油剤は、通常水で10〜100倍に希釈して使用されるが、この希釈水はクーラントと呼ばれている。このクーラントには、切削性及び研削性に関する性能、例えば仕上げ面精度の向上、工具寿命の延長等の性能(以下、一次性能という。)と作業性その他の性能(以下、二次性能という。)が要求される。二次性能としては、防錆性が良いこと、劣化しにくく管理しやすいこと、人体に無害であること、泡立ちが少ないこと、悪臭が少ないこと等が挙げられる。
【0003】
クーラントの状態で上記種々の性能を発揮させるために、従来様々なアミンを用いた水溶性加工油剤が開発されてきた。特許文献1には、特定のアミンを特定比で組み合わせることにより、腐敗を著しく抑制できる水溶性加工油剤が開示されている。特許文献2には、特殊なジアミンを添加することにより、水溶性切削油剤が具備すべき諸性能を損なうことなしに耐微生物劣化性を向上させ、かつ、鉄イオンの溶出を減少させることができる抗菌性水溶性切削油剤が開示されている。特許文献3には、特定のアミンを配合することで、微生物の増殖抑制による耐腐敗劣化性能、特に酵母真菌類に対しても抗菌性を有し、切削性能にも優れる水溶性切削研削油剤が開示されている。
【特許文献1】特開平5−279688号公報
【特許文献2】特開平2−228394号公報
【特許文献3】特開平9−316482号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように水溶性切削油剤の原液を希釈して得られるクーラントには細菌、酵母、黴等の微生物の好適な栄養源となる物質が多く存在し、クーラントが腐敗しやすいという問題点があり、これを防ぐことは非常に重要なことである。また、微生物の増殖と並行して、鉄イオンのクーラントへの溶出が、クーラント劣化の他の原因として挙げられる。クーラントを用いて金属加工を続けると、徐々に鉄イオンがクーラント中に溶出し、これが原因でクーラントが変色(赤褐色)するとともに、この変色した物質が加工物表面に付着してその外観を損ねる。また、鉄イオンの溶出は、加工物の錆の発生を促すという問題も引き起こす。
【0005】
クーラントの腐敗の進行に伴い、循環系統のパイプ詰まりだけでなく、クーラントの腐敗による悪臭が作業環境の悪化を引き起こす。さらに、腐敗による油剤交換の頻度が高くなれば、油剤の管理やコストの点でも不利になる。
【0006】
従って、クーラントの腐敗防止のために各種の防腐剤や殺菌剤が使用されている。しかし、一般には、防腐剤や殺菌剤は短期間に分解若しくは不活性化して、その効果が著しく低下するという問題点があった。
【0007】
防腐剤や殺菌剤としては、ホルムアルデヒド放出型化合物、フェノール系化合物等を添加することは良く知られている。しかし、このような防腐剤や殺菌剤を、菌や黴を完全に抑制しうるほど多量に添加すれば、皮膚刺激性が激しくなり、人体に対して悪影響を及ぼすため好ましくない。
【0008】
上記特許文献1及び2の水溶性切削油剤においては、これらの問題を解決すべく、例えばアルカノールアミン、ジシクロヘキシルアミン、アルキルジアミン等カルボン酸塩を含有する水溶性切削油剤等を開示しているが、クーラントの腐敗をある程度抑制することができる一方、アルカリ度が強い分、人体に対する刺激がいまだ強いという問題がある。
【0009】
また、上記特許文献3の水溶性切削油剤の場合は、メタ若しくはオルトキシレンジアミンのエチレンオキシド又はプロピレンオキシド付加物や1,3−ビスアミノメチルシクロヘキシルアミン、1,4−ビスアミノメチルシクロヘキシルアミンのエチレンオキシド又はプロピレンオキシド付加物を含有するもの等を開示している。しかし、アルカノールアミンやジシクロへキシルアミンが切削油剤に長年使用されてきたことからバクテリアに耐性ができ腐敗の抑制効果が相対的に低下してきているため、この油剤がこれらバクテリアの耐性に十分に機能しうるだけの防腐・防菌効果を持てなくなっているという問題がある。
【0010】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、切削、研削、塑性加工に用いられ、耐微生物劣化性に優れて腐敗を十分に抑制することができるとともに、人体への刺激の弱い水溶性金属加工用油剤組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、微生物の増殖による耐腐敗劣化について鋭意検討した結果、トリオールポリアルキレングリコールトリアミン又はポリアルキレングリコールジアミンが、防腐剤や殺菌剤として、細菌に対して極めて良好な抗菌性を示し水溶性切削油剤の耐微生物劣化性を著しく向上させることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明の第一の態様は、下記一般式(1)で表されるトリオールポリアルキレングリコールトリアミンを含有することを特徴とする水溶性金属加工用油剤組成物である。
【0013】
【化1】


【0014】
(上記一般式(1)において、Rは水素又はエチル基であり、nは0又は1であり、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を表し、x、y、zは1以上の整数であり、x+y+zは3〜40の整数である。)
【0015】
上記一般式(1)において、O−Aで示すオキシアルキレン基又はポリオキシアルキレン基等の「オキシアルキレン」では、オキシエチレン、オキシプロピレン、オキシブチレン等を使用することができるが、このうち、オキシエチレン又はオキシプロピレンが、親水性が高く水への分散性が優れるため好ましい。さらに、上記「オキシアルキレン」は、オキシエチレンとオキシプロピレン等の複数のオキシアルキレン基の混合基であっても良い。
【0016】
また、その付加モル数の合計x+y+zは、3〜50が好ましい。この数値が50を越えると耐腐敗性が低下する。
【0017】
本発明の第二の態様は、下記一般式(2)で表されるポリアルキレングリコールジアミンを含有することを特徴とする水溶性金属加工用油剤組成物である。
【0018】
【化2】


【0019】
(上記一般式(2)において、Rは炭素数2〜6の炭化水素基を表し、Aは反復単位相互間で同一又は異なっていてもよい炭素数2〜6のアルキレン基を表し、反復数mは2〜10の整数である。)
【0020】
上記一般式(2)において、O−Aで示すオキシアルキレン基又はポリオキシアルキレン基等の「オキシアルキレン」では、オキシエチレン、オキシプロピレンが、親水性が高く水への分散性が優れるため好ましい。さらに、上記「オキシアルキレン」は、オキシエチレンとオキシプロピレン等の複数のオキシアルキレン基の混合基であってもよい。
【0021】
mは、11以上では粘度が高くなるため、クーラントの流動性が悪くなる。一方、アミン価は小さくなると抗菌性が低下するため、2価以上のアミンである必要がある。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、切削、研削、塑性加工に用いられ、耐微生物劣化性に優れて腐敗を十分に抑制することができるとともに、人体への刺激の少ない水溶性金属加工用油剤組成物を提供することができる。
【0023】
本発明のこのような作用及び利得は、次に説明する発明を実施するための最良の形態から明らかにされる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の水溶性金属加工用油剤組成物は、下記一般式(1)で表されるトリオールポリアルキレングリコールトリアミン又は下記一般式(2)で表されるポリアルキレングリコールジアミンを含有することを特徴とする。
【0025】
【化3】


【0026】
【化4】


【0027】
上記一般式(1)のトリオールポリアルキレングリコールトリアミン又は上記一般式(2)で表されるポリアルキレングリコールジアミンと、アニオン系界面活性剤、非イオン系活性剤及び水とを含み、本組成物全体を100質量部とする場合、上記トリオールトリアルキレングリコールトリアミン又はポリアルキレングリコールジアミンの添加量は、0.5〜40質量部、好ましくは1〜40質量部、さらに好ましくは1〜20質量部とすることができる。これらの範囲においては、よりすぐれた耐腐敗性が得られる。
【0028】
上記のトリオールトリアルキレングリコールトリアミン又はポリアルキレングリコールジアミンの含有量は、クーラント中に0.001〜1質量%存在することが望ましい。含有量が0.001質量%未満では耐腐敗性向上効果がなく、また、含有量が1質量%を越えてもその効果は向上せず不経済だからである。上記の化合物(1)又は(2)は、水溶性金属加工用油剤原液に組成してもよく、クーラント中に添加してもよい。
【0029】
本発明の水溶性金属加工用油剤組成物は、上記の化合物(1)又は(2)を必須成分として含有するが、界面活性剤、鉱物油、油脂、合成エステル、極圧添加剤、消泡剤、金属防食剤、防腐剤等は、従来の油剤に用いられているものを任意に選択して配合使用することができる。本発明の水溶性金属加工油剤組成物は、各成分を混合して製造される。
【0030】
界面活性剤としては、アニオン系界面活性剤とノニオン系界面活性剤が挙げられる。アニオン系界面活性剤としては、脂肪酸のアミン化合物の塩又はアルカリ金属塩、石油スルホネートが用いられる。
【0031】
上記脂肪酸としては、通常の水系の金属加工油に使用されている炭素数が6〜36のものが使用される。例えばカプロン酸、カプリル酸、ノナン酸、ラウリン酸、オレイン酸、エルカ酸、リシノレン酸、菜種油脂肪酸、リシノレン酸縮合物が用いられる。
【0032】
アミン化合物としては、アルカノールアミン、シクロヘキシルアミン等が挙げられる。なかでも、ジエタノールアミン、モノイソプロパノールアミン、ジシクロヘキシルアミンが挙げられる。
【0033】
ノニオン系活性剤としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリエチレングリコール−ポリプロピレングリコールブロックポリマー、ヤシ油脂肪酸ジエタノールアミドが好ましく用いられる。
【0034】
鉱物油としては、スピンドル油、マシン油が挙げられる。
【0035】
合成エステルとしては、オレイン酸2エチルヘキシル、トリメチロールプロパントリオレイトが好ましく用いられる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0037】
(1)水溶性金属加工油剤組成物の調製
表1に示す配合割合で実施例1〜4及び比較例1〜4の各組成物を調整した。組成を示す単位は質量部である。なお、表1において用いた成分は以下の通りである。
<成分>
鉱物油:スピンドル油(動粘度8mm/s(40℃)、アニリン点59℃)。
合成エステル:オレイン酸2エチルヘキシル。
石油スルホネート:石油スルホン酸ナトリウム。
ノニオン系活性剤A:ポリエチレングリコール−ポリプロピレングリコールブロックポリマーのプルロニック型活性剤とポリオキシアルキレンアルキルエーテル(炭素数C15、C16)の混合物。
メタキシレンジアミンEO2:メタキシレンジアミンにエチレンオキシドを2モル付加したものであり、各アミノ基にエチレンオキシドを1モルずつ、合計2モル付加したものである。
防腐剤:ヘキサヒドロートリス(2−ヒドロキシエチル)−S−トリアジン。
【0038】
【表1】

【0039】
(2)微生物劣化試験
表1に示す組成の実施例及び比較例の水溶性金属加工用油剤組成物を水道水で3.3質量%に希釈し試料とした。
各試料2000gを5Lの水槽に入れた。鋳物切屑200gと潤滑油(商品名 バクトラNo.2SLC モービル石油(株)製)100gを水槽にいれてポンプで循環させた。これに種菌として腐敗したエマルション(pH 7.8 、生菌数10個以上/mL)を初日60mL、1日後20mL、2日後20mL、7日後20mL、その後一週間ごとに20mLずつ添加した。蒸発した水分は、毎日水道水を補給した。一週間毎に各試料の一部を採取して生菌数を測定するとともに、pH及び臭気の有無を測定した。
(2−1)生菌数の測定
生菌数は普通寒天培地を用いプレートカウント法で測定した。
(2−2)臭気の評価
臭気は、その強さを下記の三段階の評価基準により測定した。
○:腐敗臭なし
△:やや腐敗臭がある
×:腐敗臭がある
(2−3)錆止め性の評価
錆止め性の観察は、鋳物切屑法によって行った。具体的には、約15gのドライカットした鋳物切屑(FC25、8ないし12メッシュ)をペトリ皿(内径60mm)に採取し、これに試料液25mLを添加し十分に振とうした後、約4分間静置した。次に試料液を傾斜法によって除去し、ペトリ皿上に発生する錆を経時的に観察した。この操作を一週間毎に行い、各週の6時間目と24時間目の錆の発生状況を下記の四段階の評価基準により測定した。
◎:錆の発生なし
○:錆が数点発生
△:錆が十数点発生
×:錆が1/3面以上発生
【0040】
【表2】

【0041】
【表3】

【0042】
(3)評価結果
表2には本発明の実施例の評価結果を、表3には本発明の比較例の評価結果を示す。実施例1〜4の試料では、3週間経過してもpHの低下が少なくpH9.0以上を維持していた。これに対して、比較例1〜4の試料では、pHの低下が大きく1週間経過した時点でpH9.0以下に低下してしまった。
【0043】
また、実施例1〜4の試料では、3週間経過しても生菌数は10(個/mL)未満または10(個/mL)であった。これに対して、比較例1、2及び4の試料では、2週間経過時点で生菌数は10(個/mL)と著しく増加しており、耐微生物劣化性がもはや機能していないと判断し、測定を中止した。比較例3の試料においても、3週間経過した時点で生菌数が10(個/mL)と著しく増加していた。
【0044】
また、実施例1〜4の試料では、3週間経過後も腐敗臭は発生しなかった。これに対して、比較例1〜4の試料では、1週間経過した時点で腐敗臭が発生した。
【0045】
さらに、実施例1〜4の試料では、3週間経過しても24時間錆が発生しなかった。これに対して比較例1、2及び4の試料では、1週間目の特に24時間経過後には既に錆がペトリ皿上に数点発生しており、さらに2週間経過後には大量の錆が発生した。
【0046】
以上のことから、本実施例の水溶性金属加工用油剤組成は、優れた耐微生物劣化性を有しており、防錆性の側面からも腐敗を十分に抑制できることがわかった。
【0047】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う水溶性金属加工用油剤組成物もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるトリオールポリアルキレングリコールトリアミンを含有することを特徴とする水溶性金属加工用油剤組成物。
【化1】



(上記一般式(1)において、Rは水素又はエチル基であり、nは0又は1であり、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を表し、x、y、zは1以上の整数であり、x+y+zは3〜40の整数である。)
【請求項2】
下記一般式(2)で表されるポリアルキレングリコールジアミンを含有することを特徴とする水溶性金属加工用油剤組成物。
【化2】



(上記一般式(2)において、Rは炭素数2〜6の炭化水素基を表し、Aは反復単位相互間で同一又は異なっていてもよい炭素数2〜6のアルキレン基を表し、反復数mは2〜10の整数である。)

【公開番号】特開2007−254562(P2007−254562A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−79814(P2006−79814)
【出願日】平成18年3月22日(2006.3.22)
【出願人】(000115083)ユシロ化学工業株式会社 (69)
【Fターム(参考)】