説明

水系塗料

【課題】表面にフッ素樹脂コーティングが施された金属基材の裏面にもフッ素樹脂コーティングを施す場合、多孔質微粒子を含む塗料で塗膜を形成する場合においても、比較的定温で焼付けが可能であり、塗膜表面の凹凸や塗膜内部の空孔をなくせる水系塗料を提供する。
【解決手段】水100重量部に対してポリエーテルスルホン系樹脂を90〜150重量部、このポリエーテルスルホン系樹脂を含む水系塗料組成物100重量部に対してHLB値が8未満のアセチレンジオール系界面活性剤を0.5〜8重量部添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水系塗料および該塗料から形成される塗膜を有する物品に関するものであり、さらに詳細にはポリエーテルスルホン系樹脂を含む水系塗料用組成物にHLB値が8未満のアセチレンジオール系界面活性剤を添加してなる水系塗料、ならびに該塗料から形成される塗膜を有する物品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フッ素樹脂は、耐熱性、非粘着性、耐汚染性に優れているため、フライパン、電子レンジ内板、IHジャー炊飯器の内釜、ガステーブル天板等の調理用器具に広く用いられている。
【0003】
調理用器具を構成するアルミニウムなどの金属基材にフッ素樹脂をコーティングする場合、金属基材上にプライマーを塗装し、さらにその上にフッ素樹脂からなるトップコーティング層を塗装した後、その塗膜を焼き付けて、2層からなるコーティング膜を形成する方法が知られている。
【0004】
そして、外部衝撃に対する保護層や断熱層を形成するために、フッ素樹脂コーティングが施された面の裏側に、さらにフッ素樹脂コーティングを施すことも行われている。
【0005】
また、塗膜に断熱性を付与するために、ガラスビーズなどの無機材料からなる多孔質微粒子を塗料に添加することも知られている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
表面にフッ素樹脂コーティングが施された金属基材の裏面にもフッ素樹脂コーティングを施す場合、裏面のフッ素樹脂コーティングの焼き付け時に、先に形成された表面のフッ素樹脂コーティングが溶融するという問題があった。
【0007】
また、多孔質微粒子を含む塗料で塗膜を形成すると、多孔質微粒子に起因して、表面に凹凸のある塗膜、あるいは内部に空孔のある塗膜が形成されることがある。
【0008】
このような塗膜表面の凹凸や塗膜内部の空孔をなくするために、この塗膜上にポリエーテルスルホン系樹脂を含む水系塗料を塗装すると、その塗料の乾燥過程で塗膜中に気泡が生じるという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記のような問題を解決すべく鋭意研究した結果、ポリエーテルスルホン系樹脂を含む水系塗料用組成物にHLB値が8未満のアセチレンジオール系界面活性剤を添加することにより、これらの問題を解決できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【発明の効果】
【0010】
すなわち、フッ素樹脂コーティングが施された面の裏側に、本発明に係る水系塗料からなる塗膜を施すと、本発明の水系塗料は比較的低温で焼付けができるため、先に表面側に施されたフッ素樹脂コーティングの溶融を回避できるという効果がある。
【0011】
また、本発明の水系塗料は擬塑性(チキソトロピー性)を有しているため、塗料乾燥過程での気泡発生を防止でき、物品の表面が美しく滑らかに仕上がるという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例1〜4および比較例1〜7で得られた各水系塗料の擬塑性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
かくして、本発明によれば、ポリエーテルスルホン系樹脂(PES)を含む水系塗料用組成物にHLB値が8未満のアセチレンジオール系界面活性剤を添加することにより、比較的低温で焼付けができ、擬塑性を有する水系塗料が提供される。
また、本発明によれば、該水系塗料から形成される塗膜を有する物品が提供される。
【0014】
以下、本発明をより詳細に説明する。
本発明における「ポリエーテルスルホン系樹脂」とは、パラフェニレン基がスルホン基とエーテル基で交互に結合した構造を有する熱可塑性のポリマーを意味し、中でもガラス転移温度が220〜230℃のポリマーが好ましい。
【0015】
具体的には、粉体状のポリエーテルスルホン系樹脂が好ましく、スミカエクセル(Sumika excel:商標)4100MP、5200P、7600P、5003P(住友化学株式会社製)およびウルトラゾーン(Ultrason:商標)E2020P、E6020P(BASF社製)がより好ましく、これらの中でもスミカエクセル(商標)4100MPが特に好ましい。
【0016】
上記で好ましい例として挙げられたポリエーテルスルホン系樹脂は、例えば、耐熱性、耐クリープ性、寸法安定性、難燃性、耐熱水性などの特性を有し、弾性率は−100℃〜200℃の温度範囲で安定である。
【0017】
本発明における「アセチレンジオール系界面活性剤」とは、ヒドロキシ基および炭素−炭素3重結合からなる親水性基を、分岐した炭化水素でできた疎水性基が挟む構造の左右対称の非イオン性分子を有する界面活性剤であり、好ましくはサーフィノール(商標)420、104、SE−F、ダイノール(Dynol:商標)604(エアープロダクツジャパン株式会社製)が挙げられ、これらのアセチレンジオール系界面活性剤は、2種以上を併用してもよい。
【0018】
アセチレンジオール系界面活性剤のHLB値は、8未満であるのが好ましく、2〜7がより好ましく、3〜6が特に好ましい。アセチレンジオール系界面活性剤のHLB値が8以上であると擬塑性が発現し難いという不都合がある。
【0019】
本発明において、上記のようなポリエーテルスルホン系樹脂およびアセチレンジオール系界面活性剤を含む「水系塗料」とは、有機溶剤を実質的に含まない塗料であり、揮発性有機化合物の含量が1%以下であり、芳香族炭化水素系溶剤の含量が0.1%未満である、環境に優しい水ベースの塗料を意味する。
【0020】
本発明における水系塗料用組成物は、水100重量部に対して、ポリエーテルスルホン系樹脂を90〜150重量部、好ましくは100〜120重量部含み、本発明における水系塗料はかかる水系塗料用組成物100重量部に対してアセチレンジオール系界面活性剤を0.5〜8重量部、好ましくは0.5〜3重量部含む。
【0021】
本発明の水系塗料には、着色のための各種顔料あるいは染料を任意に配合することができる。そのような顔料や染料の種類および配合割合は特に限定されず、公知の処方および配合方法をそのまま採用することができる。
【0022】
本発明の水系塗料は、例えば、まず水とポリエーテルスルホン系樹脂および顔料および/または染料とを常温で撹拌下に混合して水系塗料用組成物を製造し、このようにして得られる水系塗料用組成物にアセチレンジオール系界面活性剤を常温で撹拌下に添加することにより製造することができる。なお、アセチレンジオール系界面活性剤は、水系塗料の使用直前に水系塗料用組成物に添加してもよい。
【0023】
本発明の水系塗料は、使用に際して好適なチキソトロピー性を付与するために撹拌するのが好ましく、その攪拌時の圧力は、通常0.5〜2MPa、好ましくは0.7〜1.5MPa、特に好ましくは0.8〜1.2MPaである。
【0024】
本発明の水系塗料は、例えばアルミニウム、ステンレス、チタン、鉄、またはこれらを組み合わせた複合材を基材として製造された、例えば炊飯釜などを含む釜、圧力鍋などを含む鍋およびフライパンなどの調理用器具、特にIH用の調理器具に対して好適に使用される。
【0025】
本発明の水系塗料を塗布して形成される塗膜の厚さは任意であるが、表面に凹凸のある塗膜あるいは内部に空孔のある塗膜の上に本発明の水系塗料からなる塗膜を形成する場合には、この塗膜の厚さを約80μm以上とするのが好ましい。
【0026】
なお、本発明の水系塗料は塗装すべき物品の表面に直接塗装してもよいが、本発明の水系塗料を構成する水系塗料用組成物により形成される塗膜層(A)の上面に、本発明の水系塗料を塗装して塗膜層(B)を形成させてなる複合塗膜層としてもよい。
また、上記の塗膜層(A)を2重、3重に形成させた上に塗膜層(B)を形成させてもよく、あるいは上記の複合塗膜層を2重、3重に形成させてもよい。
【実施例】
【0027】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0028】
実施例1
水100重量部に対してポリエーテルスルホン系樹脂・スミカエクセル(商標)4100MP(ガラス転移温度:230℃)を103重量部、ならびにカーボンブラック入り黒色顔料を4重量部および黒酸化鉄で被覆された雲母入り黒色顔料を5重量部含む塗料SL−831TC(商標、三井・デュポン フロロケミカル株式会社製)を用いて、水系塗料用組成物を調製した。この水系塗料用組成物100重量部に対してアセチレンジオール系界面活性剤として、サーフィノール(Surfynol:商標)420(HLB値=4)を1重量部加え、攪拌機(TAMATO SCIENTIFIC CO. LTD. 製)で攪拌(80rpm、5分間)して、水系塗料を製造した。
【0029】
実施例2
アセチレンジオール系界面活性剤として、サーフィノール(商標)420の代わりにサーフィノール(商標)104(HLB値=4)を用い、実施例1と同様にして、水系塗料を製造した。
【0030】
実施例3
アセチレンジオール系界面活性剤として、サーフィノール(商標)420の代わりにダイノール(商標)604(HLB値=4)を用い、実施例1と同様にして、水系塗料を製造した。
【0031】
実施例4
アセチレンジオール系界面活性剤として、サーフィノール(商標)420の代わりにサーフィノール(商標)SE−F(HLB値=6)を用い、実施例1と同様にして、水系塗料を製造した。
【0032】
実施例5
水100重量部に対してポリエーテルスルホン系樹脂・スミカエクセル(商標)4100MP(ガラス転移温度:230℃)を100重量部、ならびにカーボンブラック入り黒色顔料を4重量部および黒酸化鉄で被膜された雲母入り黒色顔料を5重量部含む塗料SL-831TC(商標、三井・デュポン フロロケミカル株式会社製)を用いて、水系塗料用組成物を調製した。
この水系塗料陽組成物100重量部に対してアセチレンジオール系界面活性剤として、サーフィノール(商標)420(HLB値=4)を0.5重量部加え、攪拌機(TAMATO SCIENTIFIC CO. LTD. 製)で攪拌(80rpm、5分間)して、水系塗料を製造した。
【0033】
実施例6
アセチレンジオール系界面活性剤として、サーフィノール(商標)420(0.5重量部)の代わりにサーフィノール(商標)420(HLB値=4)を2重量部加え、実施例5と同様にして、水系塗料を製造した。
【0034】
実施例7
アセチレンジオール系界面活性剤として、サーフィノール(商標)420(0.5重量部)の代わりにサーフィノール(商標)420(HLB値=4)およびサーフィノール(商標)104(HLB値=4)を各々0.5重量部混合して(合計1重量部)加え、実施例5と同様にして、水系塗料を製造した。
【0035】
実施例8
水100重量部に対してポリエーテルスルホン系樹脂・スミカエクセル(商標)4100MP(ガラス転移温度:230℃を120重量部、ならびにカーボンブラック入り黒色顔料を4重量部および黒酸化鉄で被膜された雲母入り黒色顔料を5重量部含む塗料SL-831TC(商標、三井・デュポン フロロケミカル株式会社製)を用いて、水系塗料用組成物を調製した。
この水系塗料用組成物100重量部に対してアセチレンジオール系界面活性剤として、サーフィノール(商標)420(HLB値=4)を0.5重量部加え、攪拌機(TAMATO SCIENTIFIC Co. LTD. 製)で攪拌(80rpm、5分間)して、水系塗料を製造した。
【0036】
比較例1
アセチレンジオール系界面活性剤として、サーフィノール(商標)420の代わりにサーフィノール(商標)440(HLB値=8)を用い、実施例1と同様にして、水系塗料を製造した。
【0037】
比較例2
アセチレンジオール系界面活性剤として、サーフィノール(商標)420の代わりにサーフィノール(商標)MD20(HLB値=16)を用い、実施例1と同様にして、水系塗料を製造した。
【0038】
比較例3
アセチレンジオール系界面活性剤として、サーフィノール(商標)420の代わりにサーフィノール(商標)485(HLB値=17)を用い、実施例1と同様にして、水系塗料を製造した。
【0039】
比較例4
アセチレンジオール系界面活性剤として、サーフィノール(商標)420の代わりにダイノール(商標)607(HLB値=8)を用い、実施例1と同様にして、水系塗料を製造した。
【0040】
比較例5
界面活性剤として、サーフィノール(商標)420の代わりに、アルカンジオール系界面活性剤、エンバイロジェム(EnviroGem:商標)AD01((HLB値=4)、エアープロダクツジャパン株式会社製)を用い、実施例1と同様にして、水系塗料を製造した。
【0041】
比較例6
界面活性剤として、サーフィノール(商標)420の代わりに、サーフィノール(商標)2502(HLB値=8)を用い、実施例1と同様にして、水系塗料を製造した。
【0042】
比較例7
界面活性剤として、サーフィノール(商標)420の代わりに、メトローズ6%水溶液(HLB値=10)を用い、実施例1と同様にして、水系塗料を製造した。
【0043】
試験例1
(擬塑性)
上記の実施例1〜4ならびに比較例1〜7で得られた各水系塗料について、B型粘度計(株式会社 東京計器製)を用い、No.3ローターを使用し、回転数が6rpm、12rpm、30rpmおよび60rpmのときの粘度を測定した。
結果を図1に示す。
【0044】
試験例2
(発泡抑制効果)
最外層がアルミニウムの釜の表面をイソプロピルアルコールで脱脂し、サンドブラストで表面を十分に粗面化し、エアーブローにより表面のダストを除去した。
この表面に、ポリエーテルスルホン系樹脂、スミカエクセル(商標)4100MPに中空セラミックSL−125(平均粒径:80μm、太平洋セメント株式会社製)を配合した塗料、SL−830MC(商標、三井・デュポン フロロケミカル株式会社製)を用い、焼成後の膜厚が400μmとなるように塗装した。
次いで、その表面に、実施例1〜8ならびに比較例1〜7で得られた各水系塗料を焼付け後の膜厚が80μmとなるように塗装し、発泡の有無を目視観察した。
結果を表1に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
実施例9
厚さ0.5mmのフェライト系ステンレスに、厚さ1.0mmのアルミニウムを接合したクラッド材を基材とし、フェライト系ステンレス側を外面にしてプレス成形して作製した釜状容器を塗装対象物品として用いた。この釜状容器の内面のアルミニウム表面にサンドブラストをかけ、表面を十分に粗面化し、エアブローにより表面のダストを除去した。次いで、フッ素樹脂、接着成分および顔料を含有する液状のプライマ塗料を、成膜後の膜厚が10μmとなるように塗装し、120℃で20分間乾燥した。
【0047】
プライマの乾燥が終わり、基材の温度が十分に下がったところで、内面側にトップコート処理として、顔料や光輝材などの添加物を含有するフッ素樹脂の粉体塗料を焼成後の膜厚が50μmとなるように塗装し、次いで390℃で20分間焼成処理して、フッ素樹脂コートに成膜した。
【0048】
上記のフッ素樹脂コートを施した釜状容器の外面側のフェライト系ステンレス表面にサンドブラストをかけ、表面を十分に粗面化し、エアブローにより表面のダストを除去した。この外面側に、ポリエーテルスルホン系樹脂・スミカエクセル(商標)4100MPに中空セラミックSL−125を配合した塗料、SL−830MCを、焼成後の膜厚が400μmとなるように塗装し、150℃で15分間乾燥し、次いで290℃で20分間焼成処理して成膜した。
この表面に、実施例1で得られた水系塗料を、焼成後の膜厚が80μmとなるように塗装し、150℃で15分間乾燥し、次いで290℃で20分間焼成処理して、塗装された釜を製造した。
【0049】
実施例10
基材として厚さ2mmのフェライト系ステンレスを用いた以外は、実施例9と同様にして、塗装されたフライパンを製造した。
【0050】
実施例11
基材として厚さ2.5mmのアルミニウムを用いた以外は、実施例9と同様にして、塗装された鍋を製造した。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の水系塗料は、調理用器具に塗膜を形成するための塗料として、特にIH用の調理器具に塗膜を形成するための塗料として、極めて好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエーテルスルホン系樹脂を含む水系塗料用組成物に、HLB値が8未満のアセチレンジオール系界面活性剤を1種または2種以上添加したことを特徴とする水系塗料。
【請求項2】
水100重量部に対するポリエーテルスルホン系樹脂の配合割合が90〜150重量部であり、この水系塗料組成物100重量部に対するアセチレンジオール系界面活性剤の添加割合が0.5〜8重量部である、請求項1に記載の塗料。
【請求項3】
請求項1または2に記載の水系塗料用組成物により形成される1層または2層以上の塗膜層(A)と、請求項1または2に記載の水系塗料により形成される塗膜層(B)とからなる複合塗膜層。
【請求項4】
前記の塗膜層(A)の上面に、前記の塗膜層(B)が形成されてなる請求項3に記載の複合塗膜層。
【請求項5】
前記の塗膜層(B)の膜厚が80μm以上である、請求項3または4に記載の複合塗膜層。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれか一つに記載の複合塗膜層を有する物品。
【請求項7】
物品が調理用器具である、請求項6に記載の物品。
【請求項8】
調理用器具が釜、鍋またはフライパンである、請求項7に記載の物品。
【請求項9】
調理用器具がIH用の調理器具である、請求項8に記載の物品。

【図1】
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【公開番号】特開2010−196039(P2010−196039A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−9232(P2010−9232)
【出願日】平成22年1月19日(2010.1.19)
【出願人】(000174851)三井・デュポンフロロケミカル株式会社 (59)
【Fターム(参考)】