説明

水素の貯蔵方法

【課題】多孔性材料に対して、常温・常圧下においても安定に水素を貯蔵することが可能であり、しかも、貯蔵した水素を容易に放出することができる新規な方法、およびこの方法に使用できる新規な材料を提供する。
【解決手段】ケイ素含有無機質多孔体の表面に、反応性官能基を有するシラン化合物を付着させた後、水素雰囲気下で該多孔体に水素を吸蔵させ、その後、該多孔体の表面に該シラン化合物を結合させることを特徴とするケイ素含有無機質多孔体への水素吸蔵方法、及び該多孔体とシラン化合物との結合を開裂させることを特徴とする水素の放出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素の貯蔵方法、貯蔵した水素の放出方法、及び水素が貯蔵された多孔体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のエネルギー問題や環境問題に関連して、水素を有効に貯蔵する技術の開発は、現代の最重要技術課題の一つである。水素の貯蔵法としては、水素ボンベがあるが、水素の貯蔵量に対して、必要とする体積や重量が過大であることが問題視されている。したがって、高圧や圧縮された液化水素の貯蔵ではなく、何らかの方法で水素を高密度で貯蔵する技術が求められることとなる。
【0003】
近年多く取り組まれている技術は、多孔性材料に水素を吸着させることで、水素を吸蔵しようという試みである。代表的な多孔性材料は、活性炭等の多孔性炭素材料であるが、近年は、有機化合物と金属から形成された規則正しい構造を持つ材料、Metal-Organic-Framework(MOF)が注目されている。例えば、特許文献1では、亜鉛と安息香酸誘導体
からなる金属錯体材料について、水素の吸着特性が良好であると報告され、特許文献2では、金属と複素環モノカルボン酸とからなる金属錯体について、水素の吸着特性が良好であると報告されている。また、非特許文献1でも、金属錯体が水素貯蔵性能に優れていることが報告されている。更に、学術分野での研究は特に進展している(非特許文献2)。
【0004】
これらの多孔性材料は、特に液体窒素温度等の低温でかつ高圧下では、相当に高い水素の吸着能を持つが、このような条件下で吸着した水素も、そのまま常温・常圧に戻すと、ほとんど全てが脱離して、材料内には貯蔵できない。したがって、こうして一度吸着させた水素を空気中に逃がさずに貯蔵するには、これら材料を別の高圧ボンベ内に導入した「ハイブリッド水素貯蔵容器」が必要となる(非特許文献3)。
【0005】
一方、ゼオライトも、上述の金属錯体・MOFと比べるとやや劣るものの、良好な水素吸着能を有する多孔性物質である。特に、ゼオライトは、水素の分離等にも良く用いられているように、水素関連技術に用いられており、水素貯蔵技術への展開も期待できる。ゼオライトへの水素の吸着による貯蔵に関する技術も検討されているが(非特許文献4)、低温・高圧下では良好に水素を貯蔵するものの、常温では貯蔵性能は低くなり、常温常圧下での貯蔵性能は言及されていない。また、シリカやゼオライト等の多孔体にリチウム、チタン、ランタン、マグネシウム等のからなる水素吸蔵材を分散担持する技術も報告されているが、この場合の水素貯蔵機能は、多孔体が担っている訳ではない(特許文献3)。
【0006】
また、水素吸蔵合金や金属水素化物を多孔性材料にカプセル化して担持させる水素貯蔵技術も報告されているが(特許文献4、5)、この場合も、水素貯蔵はゼオライトではなく、金属水素化物類が担っている。
【0007】
他の技術としては、ゼオライトのマトリックスを鋳型として利用して製造した炭素材料を、水素貯蔵に用いる研究もあるが、この例では最終的にゼオライトは除去されている(特許文献6)。水素吸蔵合金等では、吸蔵した水素を放出するために、加熱等の処理も必要となる。ゼオライトの細孔の開閉させる試みもなされてはいるが、あくまで窒素のゼオライト細孔内への進入を抑制・するものであり、水素貯蔵とは全く関係がない(非特許文献5、6)。
【0008】
このように、多孔性材料そのもののみに水素を導入・貯蔵して、常温・常圧下でも導入
された水素を脱離・放出しないような材料は存在しなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008-030029号公報
【特許文献2】特開2007-277106号公報
【特許文献3】特開2003-277001号公報
【特許文献4】特表2007-527312号公報
【特許文献5】特開2004-275951号公報
【特許文献6】特開2003-231099号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Science vol.300, 1127 (2003)
【非特許文献2】Particuology vol.7, 129 (2009)
【非特許文献3】高圧力の科学と技術vol.17, 257 (2007)
【非特許文献4】材料研究学報(中国) vol.20, 591 (2006)
【非特許文献5】Microporous Mesoporous Mater., vo.115, 556 (2008)
【非特許文献6】Chem. Eng. J. vol.146, 520 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記した従来技術の現状に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、多孔性材料に対して、常温・常圧下においても安定に水素を貯蔵することが可能であり、しかも、貯蔵した水素を容易に放出することができる新規な方法、およびこの方法に使用できる新規な材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねてきた。その結果、多孔性材料としてケイ素含有無機質多孔体を用い、この表面に反応性官能基を有するシラン化合物を付着させたのち、該多孔体に水素を吸蔵させ、その後、加熱する方法によれば、該多孔体に付着したシラン化合物が、多孔体の表面に存在する水酸基と反応して結合が生じ、これにより細孔の開口部が塞がれて、細孔内の水素の放出を防止することが可能となり、更に、水素を吸蔵した多孔体を加熱する場合には、結合が開裂して吸蔵した水素を容易に放出できることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて完成されたものである。
【0013】
即ち、本発明は、以下の水素の貯蔵方法、貯蔵した水素の放出方法、及び水素が貯蔵された多孔体を提供するものである。
1. ケイ素含有無機質多孔体の表面に、反応性官能基を有するシラン化合物を付着させた後、水素雰囲気下で該多孔体に水素を吸蔵させ、その後、該多孔体の表面に該シラン化合物を結合させることを特徴とするケイ素含有無機質多孔体への水素吸蔵方法。
2. ケイ素含有無機質多孔体が、70%以上の開口部の開口径が3オングストローム〜
10オングストロームの範囲内にある多孔体である上記項1に記載の水素吸蔵方法。
3. ケイ素含有無機質多孔体がゼオライトである上記項1又は2に記載の水素吸蔵方法。
4. 反応性官能基を有するシラン化合物が、使用するケイ素含有無機質多孔体の開口部の開口径より大きい分子長を有する化合物である上記項1〜3のいずれかに記載の方法。5. ケイ素含有無機質多孔体の表面に、反応性官能基を有するシラン化合物を付着させる方法が、該シラン化合物又はその溶液中に、該ケイ素含有無機質多孔体を浸漬する方法である上記項1〜4のいずれかに記載の方法。
6. ケイ素含有無機質多孔体に水素を吸蔵させる方法が、該多孔体を水素圧が0.1M
Pa〜100MPaの水素雰囲気下に置く方法である上記項1〜5のいずれかに記載の方法。
7. ケイ素含有無機質多孔体の表面に、反応性官能基を有するシラン化合物を結合させる方法が、該多孔体表面の表面に存在する水酸基とシラン化合物の反応性官能基との反応が生じる温度以上に加熱する方法である上記項1〜6のいずれかに記載の方法。
8. 上記項1〜7のいずれかの方法で水素を貯蔵したケイ素含有無機質多孔体について、該多孔体とシラン化合物との結合を開裂させることを特徴とする水素の放出方法。
9. ケイ素含有無機質多孔体とシラン化合物との結合を開裂させる方法が、ケイ素含有無機質多孔体とシラン化合物との結合が開裂する温度以上に加熱する方法である上記項8に記載の水素の放出方法。
10.ケイ素含有無機質多孔体の細孔内に水素が存在し、且つ該多孔体の表面に反応性官能基を有するシラン化合物が結合している、水素を吸蔵した多孔体。
【0014】
以下、本発明の水素吸蔵方法について具体的に説明する。
【0015】
ケイ素含有無機質多孔体
本発明では、水素を吸蔵させるための材料として、ケイ素含有無機質多孔体を用いる。該ケイ素含有無機質多孔体としては、例えば、金属ケイ酸塩、二酸化ケイ素(シリカ)等を例示できる。これらのケイ素含有無機質多孔体は、表面に水酸基を有するものであり、後述する反応性官能基を有するシラン化合物と反応して、該シラン化合物を該ケイ素含有無機質多孔体の表面に固定することができる。その結果、結合したシラン化合物によって、ケイ素含有無機質多孔体表面の開口部が塞がれて、該多孔体の細孔内に吸蔵された水素の脱離・放出を防止することが可能となる。
【0016】
ケイ素含有無機質多孔体としては、水素を十分に吸蔵することができるように、開口径が水素の分子径である3オングストローム程度よりも大きい細孔を有するものが好ましい。また、開口径の最大値については、後述するシラン化合物によって開口部を容易に閉塞できるように、10オングストローム程度以下であることが好ましい。従って、開口径は3オングストローム〜10オングストローム程度であることが好ましく、3オングストローム〜6オングストローム程度であることがより好ましい。この様な開口径の範囲内の開口部が全開口部の70%程度以上であることが好ましく、90%程度以上であることが好ましく、全ての開口部が上記した開口径の範囲内にあることが特に好ましい。尚、ケイ素含有無機質多孔体の開口径とは、開口部の形状が真円ではない場合には、開口部の最長部分の長さをいう。
【0017】
本発明では、ケイ素含有無機質多孔体として、特に、オングストロームレベルで細孔構造が整っている材料であるゼオライトを好適に用いることができる。特に、ゼオライトの内で、細孔径が3オングストローム〜10オングストローム程度の範囲内にあるものとして、細孔を構成する環員数が8〜10程度のものを例示できる。これらの内で、8員環のゼオライトとしては、国際ゼオライト学会(International Zeolite Association : IZA)
により認められている構造コードで表すと、ANA、CHA、ERI、GIS、KFI、LTA、NAT、PAU、YUG、DDR等を例示でき、10員環のゼオライトとしては、AEL、EUO、FER、HEU、MEL、MFI、NES、TON、WEI等を例示できる。
【0018】
これらのゼオライトの中で、CHAとしてはシャバサイトを例示でき、LTAとしてはA型ゼオライトを例示できる。またMFIとしては、ZSM−5、アルミノシリケート、シリカライト、チタノシリケート、フェロシリケート、ガロシリケート、バナドシリケート、ジルコノシリケート等を例示できる。尚、ゼオライトがイオン交換性の対カチオンを持つ場合は、対カチオンとしてはプロトン、ナトリウムイオン等を例示することができる

【0019】
これらのゼオライトの中で、例えば、MFI型ゼオライトは、その全ての細孔の直径が5〜6オングストロームの範囲内であり、大きさが良好に揃っているため、細孔出口を単一のシラン化合物で塞ぐことが可能である点で好適である。
【0020】
シラン化合物
本発明では、ケイ素含有無機質多孔体の開口部を閉塞する材料として、反応性官能基を有するシラン化合物を用いる。反応性官能基としては、ケイ素含有無機質多孔体の表面に存在する水酸基と反応性を有する官能基であればよく、例えば、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、ビニル基、アリル基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルキルチオ基、アミノ基などを例示できる。本発明で用いるケイ素含有無機質多孔体は、これらの反応性官能基を少なくとも一個有することが必要であり、二個以上有することが好ましい。
【0021】
本発明で用いるシラン化合物は、ケイ素含有無機質多孔体の開口部を完全に閉塞できるように、該シラン化合物の分子長が、使用するケイ素含有無機質多孔体の開口部の開口径より大きいものを用いる。この場合、シラン化合物の分子長は、その次元の少なくとも一つがケイ素含有無機質多孔体の開口径より大きければよい。
【0022】
この様なシラン化合物の具体例としては、下記化学式(1)〜(3)で表される化合物を挙げることができる。
【0023】
【化1】

【0024】
(式中、R〜Rは、同一又は異なって、それぞれ、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、ビニル基、アリル基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルキルチオ基、アミノ基、アルキル基、シクロアルキル基、又はアリール基である。但し、R〜Rの少なくとも一つと、R〜Rの少なくとも一つは、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、ビニル基、アリル基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルキルチオ基、又はアミノ基である。
【0025】
【化2】

【0026】
(式中、R〜Rは、同一又は異なって、それぞれ、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、ビニル基、アリル基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルキルチオ基、アミノ基、アルキル基、シクロアルキル基、又はアリール基である。但し、R〜Rの少なくとも一つは、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、ビニル基、アリル基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルキルチオ基、又はアミノ基である。)、
【0027】
【化3】

【0028】
(式中、R〜Rは、同一又は異なって、それぞれ、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、ビニル基、アリル基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルキルチオ基、アミノ基、アルキル基、シクロアルキル基、又はアリール基である。但し、R〜Rの少なくとも一つは、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、ビニル基、アリル基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルキルチオ基、又はアミノ基である。nは1〜3の整数である。)。
【0029】
上記化学式(1)〜(3)において、アルキル基としては、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、イソブチル、tert−ブチル、sec−ブチル、n−ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、n−ヘキシル、イソヘキシル、3−メチルペンチル等の直鎖又は分枝鎖状の炭素数1〜6程度の低級アルキル基を例示できる。
【0030】
アシルオキシ基及びアルキルチオ基におけるアルキル基としては、上記したアルキル基と同様の基を例示できる。
【0031】
シクロアルキル基としては、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル等の炭素数3〜10程度のシクロアルキル基を例示できる。
【0032】
ハロゲン原子としては、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等を例示できる。
【0033】
アリール基の具体例としては、フェニル基、ナフチル基、トリール基などを例示できる。
【0034】
上記化学式(1)で表されるシラン化合物におけるフェニル基の置換基の置換位置は、オルト、メタ、パラのいずれであってもよい。
【0035】
上記化学式(2)で表されるシラン化合物における置換基は、該シラン化合物が、使用するケイ素含有無機質多孔体の開口径より大きい分子長を有するものとなるように適宜選択する必要がある。例えば、使用するケイ素含有無機質多孔体の開口径に応じて、R〜Rで表される基の少なくとも一つとして、アルキル基、アリール基、アシルオキシ基、アルキルチオ基、シクロアルキル基等から適切な大きさを有する基を選択すればよい。この様な基としては、フェニル基以上の大きさを有する基が好ましく、例えば、フェニル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等を例示できる。
【0036】
水素の吸蔵方法
以下、本発明の水素貯蔵方法、及び貯蔵された水素の放出方法の概要を模式的に示す図1を参照して、本発明の水素貯蔵方法について具体的に説明する。
【0037】
まず、本発明の水素の吸蔵方法では、ケイ素含有無機質多孔体の表面に、反応性官能基を有するシラン化合物を付着させる。
【0038】
シラン化合物を付着させる方法については特に限定はないが、例えば、シラン化合物又は該シラン化合物を溶解した溶液中に該ケイ素含有無機質多孔体を浸漬する方法、該シラ
ン化合物又はその溶液を該ケイ素含有無機質多孔体に噴霧する方法などを例示できる。
【0039】
その後、必要に応じて、該ケイ素含有無機質多孔体の表面に付着した溶媒を、減圧留去などの方法で除去することによって、シラン化合物をケイ素含有無機質多孔体の表面に付着させることができる。この場合、ケイ素含有無機質多孔体の開口径より分子長が大きいシラン化合物を用いることによって、細孔の内部に侵入することなく、ケイ素含有無機質多孔体の表面のみにシラン化合物を付着させることができる。
【0040】
溶媒の種類については特に限定はなく、使用するシラン化合物を溶解できる溶媒であって、ケイ素含有無機質多孔体に変質などを生じさせないものであればよい。例えば、アセトン、ジクロロメタン、テトラヒドロフラン、メタノール、エタノール、イソプロパノール、エチレングリコール、ベンゼン、トルエン、ヘキサン、シクロヘキサン、ジエチルエーテル、水、アセトニトリル等を用いることができる。溶媒の使用量についても特に限定はなく、例えば、浸漬法でシラン化合物を付着させる場合には、ケイ素含有無機質多孔体を十分に浸漬できる量であればよい。但し、溶媒を除去する工程の効率を考慮すると、溶媒の使用量はできるだけ少ないことが好ましく、溶媒を使用しないことが特に好ましい。
【0041】
ケイ素含有無機質多孔体に付着させるシラン化合物の量については、特に限定的ではないが、通常、該多孔体100重量部に対してシラン化合物を2〜30重量部程度とすればよく、5〜20重量部程度とすることが好ましい。
【0042】
次いで、該ケイ素含有無機質多孔体の細孔内に水素を吸蔵させる。水素を吸蔵させる方法としては、例えば、加圧した水素の雰囲気下に、シラン化合物を付着させたケイ素含有無機質多孔体を置けばよい。水素の圧力は、例えば、0.1MPa〜100MPa程度とすればよく、1〜100MPa程度とすることが好ましい。具体的な方法としては、例えば、オートクレーブ等の耐圧性容器内に、シラン化合物を付着させたケイ素含有無機質多孔体を入れた後、空気やその他吸着物を減圧下で十分に除去し、引き続いて、該耐圧性容器に水素を導入して、該多孔体の細孔内に水素を吸蔵させればよい。
【0043】
水素を吸蔵させる際の温度については、ケイ素含有無機質多孔体とシラン化合物の反応が生じる温度より低い温度とすればよく、例えば、液体窒素温度である−196℃〜50℃程度とすればよい。
【0044】
水素を吸蔵させる時間については、通常は、水素の吸蔵が平衡状態となるまでとすればよく、一般的に、1〜20時間程度である。
【0045】
次いで、水素を吸蔵したケイ素含有無機質多孔体と、その表面に付着しているシラン化合物とを反応させることによって、該シラン化合物を無機質多孔体の表面に結合して固定化する。シラン化合物と該無機質多孔体とを反応させる方法としては、該シラン化合物に含まれる反応性官能基と無機質多孔体の表面に存在する水酸基との反応が生じる温度以上に加熱すればよい。具体的な反応温度は、反応性官能基の種類によって異なるが、通常、0℃〜200℃程度とすることが好ましく、50〜150℃程度とすることがより好ましい。この際、該多孔体からの水素の離脱を防止できるように、加圧水素雰囲気下において反応を進行させる。通常は、加圧した水素雰囲気下で水素を吸蔵させた後、引き続き、同様の水素雰囲気下で加熱して、シラン化合物と該無機質多孔体との反応を進行させればよい。加熱時間は特に限定的ではないが、通常、1〜50時間程度とすればよく、3〜20時間程度とすることが好ましい。
【0046】
上記した方法によって、ケイ素含有無機質多孔体の表面に付着しているシラン化合物を該多孔体の表面に結合することができる。シラン化合物として、その分子長が、使用する
ケイ素含有無機質多孔体の開口部の開口径より大きいものを用いていることによって、該多孔体の開口部が該シラン化合物によって閉塞される。その結果、水素を吸蔵した多孔体を常温・常圧雰囲気下に置いた場合にも、水素の脱離・放出を防止することが可能となる。
【0047】
水素の放出方法
上記した方法で水素を吸蔵したケイ素含有無機質多孔体から水素を放出させる方法については、特に限定的ではないが、ケイ素含有無機質多孔体とシラン化合物との結合を開裂させることができる方法であればよい。これによって、該無機質多孔体の開口部を閉塞しているシラン化合物の結合が切れて、開口部から水素を放出させることが可能となる。
【0048】
具体的な方法としては、ケイ素含有無機質多孔体とシラン化合物との結合が開裂する温度以上に加熱する方法、酸と反応させる方法、フッ素アニオンと反応させる方法などを例示できる。
【0049】
ケイ素含有無機質多孔体とシラン化合物との結合が開裂する温度以上に加熱する方法では、加熱温度は、通常、100〜300℃程度、加熱時間は 30分〜3時間程度とすればよい。
【0050】
酸と反応させる方法では、例えば、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、トリフルオロ酢酸、トリフルオロメタンスルフォン酸等のブレンステッド酸、塩化アルミニウム、臭化アルミニウム、ヨウ化アルミニウム、塩化ホウ素、四塩化チタン、塩化スズ、スズのトリフルオロメタンスルフォナート、ランタンのトリフルオロメタンスルフォナート等のルイス酸など含む溶液に水素を吸蔵した多孔体を浸漬する方法、この溶液を該多孔体に噴霧する方法などを例示できる。
【0051】
また、フッ素アニオンと反応させる方法では、フッ素アニオンを含む化合物として、例えば、フッ化水素酸、フッ化アンモニウム、フッ素化テトラメチルアンモニウム等を用いて、酸と反応させる方法と同様にして処理すればよい。
【0052】
水素を貯蔵した多孔体
上記した方法で水素を貯蔵した多孔体は、ケイ素含有無機質多孔体の細孔内に水素が存在し、且つ該多孔体の表面に反応性官能基を有するシラン化合物が結合した状態となっている。
【0053】
この場合、水素の貯蔵量については、通常、10MPaの気体として水素が細孔内に充填された場合は0.1wt%程度となり、それ以上の水素を貯蔵した場合の水素の状態は、細孔内の表面に吸着している状態であると考えられる。
【発明の効果】
【0054】
本発明の水素吸蔵方法によれば、ゼオライトなどのケイ素含有無機質多孔体を水素吸蔵材料として用いて、該多孔体の細孔内に水を導入・貯蔵することが可能であり、貯蔵された水素は、常温・常圧下においても脱離することなく、該多孔体の内部に安定に保持される。更に、貯蔵された水素は加熱などの方法によって容易に放出できる。
【0055】
従って、本発明方法によれば、ゼオライトなどの微粉体状の多孔体内部に水素を充填・貯蔵することができるため、携帯電話やその他の携帯電気・電子機器に必要な小型電源、例えば、小型燃料電池へのエネルギー供給源として利用することが可能となる。
【0056】
更に、本発明方法によって水素を貯蔵した多孔体は、自動車類等の運輸・輸送関連機械
におけるエネルギー源としての水素の貯蔵に応用することも可能である。
【0057】
その他、本発明による水素貯蔵方法は、水素を貯蔵して運搬する一般的な技術へと応用可能な有用性の高い新規な方法である。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の水素貯蔵方法、及び貯蔵された水素の放出方法の概要を模式的に示す図面。
【図2】実施例1で求めた水素吸脱着等温線を示すグラフ。
【図3】実施例2で測定したTG−MSスペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0059】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
【0060】
実施例1
ゼオライト(ZSM−5)への水素の貯蔵
ケイ素含有無機質多孔体としてプロトン型のゼオライトであるZSM−5(トーソー社製:HSZ-840HOA)(開口径が5.1×5.5オングストロームと5.3×5.6オングストロームの二種類の開口部を有する多孔体、比表面積:373m/g、細孔容積:0.168mL/g)を用い、500℃で焼成処理を行って吸着物を除去した。
【0061】
反応性官能基を有するシラン化合物として、下記式
【0062】
【化4】

【0063】
で表されるジシラン化合物を用い、該ジシラン化合物0.1gをアセトン10mLに溶解さ
せた溶液中に、上記したゼオライト(ZSM−5)1gを浸漬して30分間撹拌した後、減圧下でアセトンを除去して、該ジシラン化合物をZSM−5の表面に付着させた。
【0064】
次いで、上記した方法でジシラン化合物を付着させたZSM−5を0.2g採取して、ステンレス製の容器に入れ、50℃に加熱しながら、この容器を減圧にして容器内の空気を除去し、常圧水素を該容器に導入した。
【0065】
この処理をさらにもう一度行った後、該容器内に10MPaの水素を充填し、室温で24時間放置した。その後、150℃に加熱して20時間放置した後、温度を室温に戻し、水素をパージして、該容器内のZSM−5を回収した。
【0066】
回収したZSM−5をアセトン100mLで2回洗浄し、ZSM−5に強固に結合していないジシラン化合物を除去した。
【0067】
上記した方法で加熱処理を行って得られた試料について、液体窒素温度下における1気圧までの水素吸脱着等温線を図2に示す。また、その他、ジシラン化合物による処理を行っていない試料(ZSM−5)、及びジシラン化合物を付着させた後、加熱処理を行っていない試料についても、液体窒素温度下における1気圧までの水素吸脱着等温線を図2に示す。
【0068】
水素を吸着させた後、加熱処理を行った試料については、水素が著しく吸着されなくなっており、このことは細孔内に水素が進入出来なくなっていることを示している。したがって、細孔内に存在する水素は、外部へ放出されないと考えられる。
【0069】
実施例2
実施例1で得られた試料を29mg採取し、熱分析装置とマス・スペクトル装置を一体化したTG−MS装置を用い、温度を徐々に上げて、水素に対応するフラグメント2の変化を観測した。結果を図3に示す。また、比較として、水素に代えてヘリウムを用いて実施例1と同様の方法で作製した試料についてもTG−MSスペクトルを測定した。
【0070】
図3に示すように、水素を貯蔵した試料ではフラグメント2の上昇が観測された。水素に代えてヘリウム加圧下で得た試料との比較により、300〜500℃に観測されたフラグメント2の変化はこのサンプル特有のものであることを確認した。この面積値より計算できるサンプルから放出された水素量は、0.20重量%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイ素含有無機質多孔体の表面に、反応性官能基を有するシラン化合物を付着させた後、水素雰囲気下で該多孔体に水素を吸蔵させ、その後、該多孔体の表面に該シラン化合物を結合させることを特徴とするケイ素含有無機質多孔体への水素吸蔵方法。
【請求項2】
ケイ素含有無機質多孔体が、70%以上の開口部の開口径が3オングストローム〜10オ
ングストロームの範囲内にある多孔体である請求項1に記載の水素吸蔵方法。
【請求項3】
ケイ素含有無機質多孔体がゼオライトである請求項1又は2に記載の水素吸蔵方法。
【請求項4】
反応性官能基を有するシラン化合物が、使用するケイ素含有無機質多孔体の開口部の開口径より大きい分子長を有する化合物である請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
ケイ素含有無機質多孔体の表面に、反応性官能基を有するシラン化合物を付着させる方法が、該シラン化合物又はその溶液中に、該ケイ素含有無機質多孔体を浸漬する方法である請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
ケイ素含有無機質多孔体に水素を吸蔵させる方法が、該多孔体を水素圧が0.1MPa〜100MPaの水素雰囲気下に置く方法である請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
ケイ素含有無機質多孔体の表面に、反応性官能基を有するシラン化合物を結合させる方法が、該多孔体表面の表面に存在する水酸基とシラン化合物の反応性官能基との反応が生じる温度以上に加熱する方法である請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかの方法で水素を貯蔵したケイ素含有無機質多孔体について、該多孔体とシラン化合物との結合を開裂させることを特徴とする水素の放出方法。
【請求項9】
ケイ素含有無機質多孔体とシラン化合物との結合を開裂させる方法が、ケイ素含有無機質多孔体とシラン化合物との結合が開裂する温度以上に加熱する方法である請求項8に記載の水素の放出方法。
【請求項10】
ケイ素含有無機質多孔体の細孔内に水素が存在し、且つ該多孔体の表面に反応性官能基を有するシラン化合物が結合している、水素を吸蔵した多孔体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−84445(P2011−84445A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−239945(P2009−239945)
【出願日】平成21年10月19日(2009.10.19)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】