水素製造方法、水素製造装置および金属酸化物
【課題】水素を製造する二段階水分解方法において、金属酸化物から酸素を放出させる吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域を低温化させる水素製造方法を提供する。
【解決手段】金属酸化物1を80℃/分以上のレートで急速昇温し、吸熱反応によって金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップ(S1、S2)と、金属酸化物1の雰囲気を、酸素ガスの雰囲気から、酸素原子と水素原子を含む分子からなる原料ガス6の雰囲気に換え、金属酸化物1は原料ガス6を分解し、酸素原子を取り込み、水素原子から水素ガスを生成する水素生成ステップ(S3)とを有する。
【解決手段】金属酸化物1を80℃/分以上のレートで急速昇温し、吸熱反応によって金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップ(S1、S2)と、金属酸化物1の雰囲気を、酸素ガスの雰囲気から、酸素原子と水素原子を含む分子からなる原料ガス6の雰囲気に換え、金属酸化物1は原料ガス6を分解し、酸素原子を取り込み、水素原子から水素ガスを生成する水素生成ステップ(S3)とを有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素製造方法、水素製造装置およびそれらに使用する金属酸化物に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、燃料電池等に用いる燃料や、物質製造の原料として注目されている。特に、燃料に水素を用いることで、化石燃料に依存しないクリーンなエネルギシステムを実現することができる。このエネルギシステムでは、水素が燃料として燃焼され水が生成される。そして、このエネルギシステムが魅力的であるのは、水から水素が再生できることである。水から水素を再生する際に必要なエネルギを化石燃料に求めなければ、クリーンなエネルギシステムを実現できる。
【0003】
そこで、水から水素を製造する方法としては、集光した太陽光を熱エネルギとする二段階水分解方法が提案されている(例えば、非特許文献1−6参照)。二段階水分解方法は、2つのステップからなっており、第1ステップで、集光太陽ビームを金属酸化物に照射することにより金属酸化物を昇温して還元し、金属酸化物から酸素を放出させる。第2ステップで、還元された金属酸化物を水で酸化する。水を構成する酸素は還元された金属酸化物に取り込まれ、還元されていた金属酸化物は元の金属酸化物に戻る。一方、水は酸素を引き抜かれることにより、水素が生成される。
【非特許文献1】Tamaura, Y. Solar Fuel Production By Converstionof Concentrated Solar-Heat to Chemical Energy, Eco-Engineering, 15(3), p.p 109-119 (2003)
【非特許文献2】Tamaura, Y. Kaneko, H., Oxygen- releasing step of ZnFe2O4/ ZnO+Fe3O4) - system in air using concentrated solar energy for solar hydrogen production. Solar Energy 78, p.p616-622 (2005)
【非特許文献3】田村裕, 布施明徳, 金子宏, 長谷川紀子, 伊原学, 玉浦裕, “集光太陽エネルギの化学エネルギ変換(60) デュアル反応室による集光太陽熱利用2段階水分解反応”, 日本化学会第85春季年会講演予稿集, 2H2-26, 横浜, (2005).
【非特許文献4】H. Kaneko, A. Fuse, T. Miura, H. Ishihara, Y. Tamaura,“Two-step water splitting with concentrated solar heat using rotary-type solar furnace”, Proceedings of 13th International Symposium on Concentrating Solar Power and Chemical Energy Technologies, FB2-S10, June 20-23, 2006, Seville, Spain.
【非特許文献5】金子宏, 布施明徳, 三浦孝夫, 今枝修平, 石原英之, 田村裕, 玉浦裕, “ロータリー式太陽反応炉による集光太陽熱利用Ni,Mn-フェライト系二段階水分解反応”, 平成17年度日本太陽エネルギ学会・日本風力エネルギ協会合同研究発表会講演論文集, 487-489, 茅野, (2005).
【非特許文献6】H.Kaneko, T.Miura, H.Ishihara, T.Yokoyama, M.Chen, Y.Tamaura, “Solar rotary reactor for continuous H2 production using two-step water splitting process”, Proceedings of 16th World Hydrogen Energy Conference, 550, June 13-16, 2006, Lyon, France.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
二段階水分解方法の第1ステップでの金属酸化物から酸素を放出させる反応は、吸熱反応であるところから、吸熱反応の生成物である還元された金属酸化物に、太陽光の熱エネルギが化学エネルギに変換されて蓄積されることになる。しかし、吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域は、1800−2200℃以上であるため、酸素を放出させるには、この温度領域まで金属酸化物を昇温する必要がある。二段階水分解方法を実施する水素製造装置において、このような温度領域にまで金属酸化物を昇温しようとすると、高温での黒体再放射により太陽光の熱エネルギの吸収効率が低下して、大量の太陽光の熱エネルギが必要になり、高温耐熱設備の問題や太陽光の集光設備の大型化による設備コストの問題が考えられた。そして、金属酸化物からの黒体再放射により断熱設備等の周辺装置の温度が上昇するという水素製造装置の安定運転上の問題も考えられた。
【0005】
これらの問題を解決するためには、金属酸化物から酸素を放出させる吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域を、低温化させることが重要である。
【0006】
そこで、本発明では、前記した問題を解決し、吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域を低温化させる水素製造方法、水素製造装置およびそれらに使用する金属酸化物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明では、金属酸化物を80℃/分以上のレートで急速昇温し、吸熱反応によって前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップと、前記金属酸化物の雰囲気を、前記酸素ガスの雰囲気から、酸素原子と水素原子を含む分子からなる原料ガスの雰囲気に換え、前記金属酸化物は前記原料ガスを分解し、前記酸素原子を取り込み、前記水素原子から水素ガスを生成する水素生成ステップとを有する水素製造方法であることを特徴とする。
【0008】
前記酸素放出ステップでは、金属酸化物を80℃/分以上のレートで急速昇温することにより、中間体変換ステップと還元体変換ステップとを発生させることができる。中間体変換ステップでは、前記金属酸化物から前記酸素ガスが放出される反応が非平衡状態になるように、前記金属酸化物を第1温度まで昇温し、前記金属酸化物を不安定な状態で酸素原子が閉じ込められた中間体に変換する。還元体変換ステップでは、前記反応が平衡状態になるように、前記第1温度より高い第2温度まで昇温し、前記中間体から不安定な状態の前記酸素原子を放出し、前記中間体を前記金属酸化物の還元体に変換する。
【0009】
前記中間体は、前記金属酸化物に、前記金属酸化物を構成する金属原子が格子間原子となるフレンケル欠陥を生成したものであり、前記還元体変換ステップでは、前記フレンケル欠陥の消滅に伴って、前記中間体に酸素欠損が生成され、前記酸素ガスが放出される。
【0010】
より具体的に、金属酸化物がスピネル型化合物であれば、中間体変換ステップにおいて、前記急速昇温よって非平衡状態でフレンケル欠陥が生じたスピネル型化合物のフレンケル欠陥構造体(中間体)を生成し、還元体変換ステップにおいて、前記フレンケル欠陥構造体(中間体)はさらに昇温され、酸素を放出して安定相である酸素欠損型スピネル化合物の酸素欠損構造体(還元体)を生成する。
【0011】
そして、前記金属酸化物に、ニッケル(Ni)フェライト、コバルト(Co)フェライト、マンガン(Mn)フェライト、ニッケルコバルト(NiCo)フェライトを用いれば、前記急速昇温で1500℃以上に昇温することにより、吸熱反応による前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップを進行させることができる。従来の吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域が1800−2200℃以上であるので、300−700℃も低温化できたことになる。
【0012】
また、前記金属酸化物に、亜鉛(Zn)フェライトを用いれば、前記急速昇温で1200℃以上に昇温することにより、吸熱反応による前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップを進行させることができる。従来の吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域1800−2200℃以上に比べて、600−1000℃も低温化できたことになる。なお、亜鉛フェライトでは、前記急速昇温で1300℃以下に昇温することが好ましく、相分離を防止することができる。
【0013】
また、前記金属酸化物に、ニッケルマンガン(NiMn)フェライト、コバルトマンガン(CoMn)フェライトを用いれば、前記急速昇温で1300℃以上に昇温することにより、吸熱反応による前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップを進行させることができる。従来の吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域1800−2200℃以上に比べて、500−900℃も低温化できたことになる。
【0014】
このように、前記金属酸化物としては、各種フェライトを用いることができる。これは、鉄イオンの酸化還元反応に基づいて、酸素放出ステップと水素生成ステップとを進行させているからであると考えられる。したがって、ニッケル(Ni)フェライト、亜鉛(Zn)フェライト、マンガン(Mn)フェライト、およびこれらの複合フェライトであるニッケルマンガン(NiMn)フェライト、ニッケルコバルト(NiCo)フェライト、ニッケルマンガンコバルト(NiMnCo)フェライトなどのフェライトも、前記金属酸化物として利用できる。
【0015】
そして、一片の前記金属酸化物に対して、前記酸素放出ステップと前記水素生成ステップとを交互に繰り返すことにより、前記酸素放出ステップでは、水に起因する酸素が金属酸化物から放出され、前記酸素放出ステップと前記水素生成ステップからなる水分解の2ステップのサイクルを構築することができる。
【0016】
前記急速昇温では、集光した太陽光を前記金属酸化物に照射する。前記急速昇温により、吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域は、低温化されているので、水素製造装置においては、高温化による黒体再放射は弱く太陽光の熱エネルギの吸収効率は高い。このため太陽光の集光設備や断熱設備を小型化することができる。そして、金属酸化物からの黒体再放射が弱いので断熱設備等の周辺装置の温度は上昇せず、水素製造装置の運転を安全に行うことができる。
【0017】
前記原料ガスは、水すなわち水蒸気であることが、クリーンなエネルギサイクルを構成する上で好ましいが、これに限られない。たとえば、化石燃料によらないバイオマスなどによるアルコール等の炭化水素ガスも、前記原料ガスに用いることができる。すなわち、アルコール等の炭化水素ガスを原料ガスとして用いても水素の製造は可能であり、クリーンなエネルギサイクルを構成できる。
【0018】
前記酸素放出ステップでは、前記酸素ガスが放出される雰囲気の酸素分圧は0.4×104Pa(0.04気圧)以上であることが好ましい。前記酸素放出ステップは、従来に比べ低温化しても進行するが、それだけでなく、放出される酸素の分圧が高くなっても酸素を放出することができる。たとえば、酸素分圧が2×104Pa(0.2気圧)以上であれば、大気の酸素分圧以上になり、前記酸素ガスが放出される雰囲気に大気を用いることができる。また、酸素分圧は0.4×104Pa(0.04気圧)以上であれば、大気を窒素(N2)やアルゴン(Ar)で希釈することにより容易に得ることができる。
【0019】
また、本発明では、金属酸化物を80℃/分以上のレートで急速昇温し、酸素ガスの雰囲気下で、前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出反応室と、酸素原子と水素原子を含む分子からなる原料ガスの雰囲気下で、前記金属酸化物は前記原料ガスを分解し、前記酸素原子を取り込み、前記水素原子から水素ガスを生成する水素生成反応室とを有し、前記金属酸化物は、前記酸素放出反応室と、前記水素生成反応室とに交互に繰り返し入室する水素製造装置であることを特徴とする。
【0020】
一片の前記金属酸化物に対して、前記酸素放出反応室においては前記酸素放出ステップが進行し、前記水素生成反応室においては前記水素生成ステップが進行する。前記金属酸化物が前記酸素放出反応室と前記水素生成反応室とに交互に繰り返し入室することにより、前記酸素放出反応室では、水に起因する酸素が金属酸化物から放出され、前記水素生成反応室では、水に起因する水素が生成され、前記酸素放出ステップと前記水素生成ステップからなる水分解の2ステップのサイクルを構築することができる。
【0021】
前記水素製造装置は、前記金属酸化物が外周に配置され、前記金属酸化物を伴って回転するロータを有していることが好ましい。前記酸素放出反応室と前記水素生成反応室とは、前記ロータの外周面に沿って設けられる。前記ロータの前記外周面および前記金属酸化物は、前記酸素放出反応室と前記水素生成反応室とに対して移動しながらも、前記酸素放出反応室の壁の一面と、前記水素生成反応室の壁の一面を構成している。前記ロータの回転によって、前記金属酸化物は、前記酸素放出反応室と前記水素生成反応室とに対して移動し交互に入室することができる。
【0022】
前記酸素放出反応室で生じた酸素が、前記水素生成反応室に混入すると、金属酸化物には水蒸気起因ではない酸素が取り込まれることになり、水の分解が阻害される。そのため、前記酸素放出反応室と前記水素生成反応室とは分離される必要がある。一方、金属酸化物は前記酸素放出反応室と前記水素生成反応室との間を容易に行き来できる必要がある。この2つの要請を満たすために、前記酸素放出反応室と、前記水素生成反応室とは、不活性ガスを用いたガスシールによって分離されていることが好ましい。
【0023】
また、前記金属酸化物の急速昇温を容易に達成するために、前記金属酸化物の前記太陽光が照射されない面には、断熱材を設けることが好ましい。
【0024】
また、本発明に係る金属酸化物は、スピネル型化合物であり、80℃/分以上のレートでの急速昇温より非平衡状態でのフレンケル欠陥が生じており、不安定な状態で酸素原子が閉じ込められている金属酸化物であることを特徴とする。この金属酸化物は、前記酸素放出ステップ内の中間体変換ステップにおいて生成される中間体に相当する。
【0025】
この中間体に相当する前記金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数は、前記還元体変換ステップにおいて、前記金属酸化物から酸素を放出させた際の前記金属酸化物(還元体)を急冷クエンチしたときの格子定数より小さく、前記酸素放出ステップ前、あるいは、前記水素生成ステップ後における前記フレンケル欠陥が消滅している際の前記金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数より大きいという特徴を有する。
【0026】
具体的に、前記金属酸化物に、ニッケル(Ni)フェライトを用いれば、前記中間体に相当する金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数は、0.8346nm以上、0.8352nm以下の範囲に入る。なお、前記還元体変換ステップ後の前記還元体を急冷クエンチしたときの格子定数は、0.83528nmであり、前記酸素放出ステップ前における前記金属酸化物の格子定数は、0.8339nmである。このように、ステップを挟んで格子定数が異なっていることにより、中間体の存在を確認することができる。
【発明の効果】
【0027】
このような水素製造方法、水素製造装置およびそれらに使用する金属酸化物によれば、吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域を低温化させる、水素製造方法、水素製造装置およびそれらに使用する金属酸化物を提供することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
次に、本発明の実施形態および実施例1乃至4について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。なお、各図において、共通する部分には同一の符号を付し重複した説明を省略する。
【0029】
(実施形態)
図1に示すように、金属酸化物1は、3つの構造体を交互に遷移しながら、水を分解し水素を発生させる。3つの構造体とは、酸素無欠損構造体2、フレンケル(Flenkel)欠陥構造体3と酸素欠損構造体4である。そして、酸素無欠損構造体2からフレンケル欠陥構造体3に遷移するステップが中間体変換ステップS1であり、フレンケル欠陥構造体3から酸素欠損構造体4に遷移するステップが還元体変換ステップS2であり、酸素欠損構造体4から酸素無欠損構造体2に遷移するステップが水素生成ステップS3である。なお、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2とは、後述するように、1つの反応室内で進行させるので、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2とを合わせて、1つの酸素放出ステップS1−S2として捉えることができる。
【0030】
酸素放出ステップS1−S2では、酸素無欠損構造体2の金属酸化物1を80℃/分以上のレートで急速昇温し、吸熱反応によって前記金属酸化物1から酸素ガスを放出させる。水素生成ステップS3では、前記金属酸化物1の雰囲気を、前記酸素ガスの雰囲気から、水素の原料ガスとなる水蒸気6の雰囲気に換え、前記金属酸化物1は前記水蒸気を分解し、前記金属酸化物1は水蒸気6を構成していた酸素原子を取り込み、水蒸気6を構成していた水素原子から水素ガスを生成する。
【0031】
前記酸素放出ステップS1−S2では、酸素無欠損構造体2の金属酸化物1を80℃/分以上のレートで急速昇温することにより、金属酸化物1をフレンケル欠陥構造体(中間体)3にまず変換し、フレンケル欠陥構造体(中間体)3を酸素欠損構造体4に変換させている。
【0032】
フレンケル欠陥構造体(中間体)3に変換する中間体変換ステップS1では、酸素無欠損構造体2の金属酸化物1から酸素ガスが放出される吸熱反応が非平衡状態になるように、金属酸化物1を第1温度まで80℃/分以上のレートで急速昇温し、前記金属酸化物を不安定な状態で酸素原子が閉じ込められたフレンケル欠陥構造体(中間体)3に変換している。
【0033】
酸素欠損構造体4に変換する還元体変換ステップS2では、金属酸化物1から酸素ガスが放出される吸熱反応が平衡状態になるように、前記第1温度より高い第2温度まで昇温し、フレンケル欠陥構造体(中間体)3から不安定な状態の前記酸素原子を放出し、フレンケル欠陥構造体(中間体)3を酸素欠損構造体(還元体)4に変換している。
【0034】
フレンケル欠陥構造体(中間体)3は、金属酸化物1に、金属酸化物1を構成する金属原子が格子間原子となるフレンケル欠陥7を生成したものである。還元体変換ステップS2では、フレンケル欠陥7の消滅に伴って、フレンケル欠陥構造体(中間体)3に酸素欠損8が生成され、酸素ガスが放出される。
【0035】
金属酸化物1がスピネル型化合物であれば、中間体変換ステップS1において、急速昇温よって非平衡状態でフレンケル欠陥7が生じたスピネル型化合物のフレンケル欠陥構造体(中間体)3を生成し、還元体変換ステップS2において、フレンケル欠陥構造体(中間体)3はさらに昇温され、酸素を放出して安定相である酸素欠損型スピネル化合物の酸素欠損構造体(還元体)4を生成する。
【0036】
金属酸化物1に、ニッケル(Ni)フェライトを用いれば、80℃/分以上のレートの急速昇温では1500℃以上に昇温することにより、吸熱反応による金属酸化物1から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップSI−S2を進行させることができる。従来の吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域が1800−2200℃以上であるので、300−700℃も低温化できたことになる。なお、フレンケル欠陥構造体(中間体)3は、急速昇温中の1400℃以上1500℃未満の温度域で存在している。
【0037】
そして、一片の金属酸化物1に対して、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2と水素生成ステップS3とをこの順番に繰り返すことにより、還元体変換ステップS2では、水に起因する酸素が金属酸化物1から放出され、水素生成ステップS3では、水に起因する水素が生成され、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2と水素生成ステップS3とからなる水分解の3ステップのサイクルを構築することができ、水から水素を製造する水素製造方法としてのサイクルを構築できる。もちろん、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2とを、1ステップの酸素放出ステップとみなせば、2ステップの水分解のサイクルが構築できたことになる。
【0038】
80℃/分以上のレートの急速昇温では、集光した太陽光5を酸素無欠損構造体2の金属酸化物1に照射する。この急速昇温により、吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域は、低温化されているので、水素製造装置においては、高温化による黒体再放射は弱く太陽光の熱エネルギの吸収効率は高い。このため太陽光の集光設備や断熱設備を小型化することができる。そして、金属酸化物からの黒体再放射が弱いので断熱設備等の周辺装置の温度は上昇せず、水素製造装置の運転を安全に行うことができる。
【0039】
前記還元体変換ステップS2では、雰囲気の酸素分圧が8×104Pa(0.8気圧)でも、酸素ガスが放出されている。酸素を放出する吸熱反応は、従来における酸素放出可能な酸素の分圧より高くなっても酸素を放出することができる。酸素分圧8×104Pa(0.8気圧)は、大気圧の酸素分圧2×104Pa(0.2気圧)より高いので、雰囲気に大気を用いても、酸素を放出させる吸熱反応を進行させることができる。
【0040】
なお、従来のように酸素無欠損構造体2の金属酸化物1を50℃/分以下のレートで緩やかに昇温した場合には、雰囲気の酸素分圧が0.5×104Pa(0.05気圧)未満の低酸素分圧でないと酸素は放出されない。これは、ステップS4の経路に示すように、フレンケル欠陥構造体(中間体)3を経ることなく、酸素無欠損構造体2から酸素欠損構造体4へ遷移しているためである。一方、急速昇温のレートが、80℃/分以上であれば、100℃/分でも、200℃/分でもフレンケル欠陥構造体(中間体)3は生成されることが確認されている。
【0041】
急速昇温という手法により非平衡状態で形成させた中間体(遷移状態反応性フェライト)は1550℃で、熱力学的平衡状態に戻ろうとするが、その時の反応の自由エネルギは負で、高酸素分圧下(1気圧付近)においても酸素放出反応が進行する。2000kW/m2程度の集光した太陽光5を金属酸化物1に瞬時に照射して急速昇温する中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2に続いて、反応温度を1100−1200℃に下げて水蒸気と反応させて水素を発生させると共に金属酸化物1を元の酸化型に戻す水素生成ステップS3を連続的に繰り返すことにより水蒸気の分解が可能となる。
【0042】
図2に示すように、水素製造装置20は、酸素放出反応室9と水素生成反応室10とを有している。酸素放出反応室9では、金属酸化物1を80℃/分以上のレートで急速昇温し、酸素ガスの雰囲気下で、金属酸化物1から酸素ガスを放出させる。
【0043】
水素生成反応室10では、原料ガス6である水の雰囲気下で、金属酸化物1は原料ガス6を分解し、原料ガス6の水を構成していた酸素原子を取り込み、水を構成していた水素原子から水素ガスを生成する。金属酸化物1は、酸素放出反応室9と、水素生成反応室10とに交互に繰り返し入室する。図2には、2片の金属酸化物1が記載されているが、金属酸化物1は1片でも3片以上でもよい。
【0044】
酸素放出反応室9においては、まず、中間体変換ステップS1が進行し、金属酸化物1は、酸素無欠損構造体2からフレンケル欠陥構造体(中間体)3に遷移する。次に、還元体変換ステップS2が進行し、金属酸化物1は、フレンケル欠陥構造体(中間体)3から酸素欠損構造体(還元体)4に遷移する。
【0045】
水素生成反応室10においては、水素生成ステップS3が進行し、金属酸化物1は、酸素欠損構造体(還元体)4から酸素無欠損構造体2に遷移する。
【0046】
金属酸化物1が、酸素放出反応室9と水素生成反応室10とに交互に繰り返し入室することにより、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2と水素生成ステップS3とをこの順番に繰り返すことができる。
【0047】
図3では、図2で示した水素製造装置20の構成を達成するための、水素製造装置20の具体的な断面図を示している。
【0048】
図3に示すように、水素製造装置20は、回転軸12を回転軸として回転する円筒状のロータ11を有している。ロータ11は回転軸12に連結されたモータ13によって反時計回りに回転する。ロータ11の外周には、短冊状の板の金属酸化物1が複数枚(12枚)配置され、金属酸化物1は、ロータ11の回転に伴って回転する。
【0049】
金属酸化物1の急速昇温を容易に達成するために、金属酸化物1の集光した太陽光5が照射されない面には、ケース15に収められた断熱材14が設けられている。
【0050】
ロータ11の外側には、中心軸が回転軸12に一致するような円筒状の外壁21、22、23が設けられている。外壁21、22、23は、ロータ11の回転に伴って回転はせずに、基本的に台座に対して固定されている。なお、太陽の運行に伴って、集光した太陽光5を生成するために、外壁21、22、23を回転させてもよい。
【0051】
外壁21、22、23には、3つのガスシール16a、16b、16cが設けられている。それぞれのガスシール16a、16b、16cは、ディスパージョンヘッド17と、ディスパージョンヘッド17にアルゴン等の不活性ガスを供給する不活性ガス供給装置18と、ディスパージョンヘッド17を介して不活性ガスを吸引する吸引装置19とを有している。ディスパージョンヘッド17の一面は、ロータ11および金属酸化物1に隣接して対向するように配置されている。その一面には、ロータ11の回転方向に複数の溝が形成されている。溝は一つ置きに不活性ガス供給装置18に接続されて、不活性ガスの吹き出し口になり、残りの溝は吸引装置19に接続されて、不活性ガスの吸引口になる。こうして、不活性ガスをディスパージョンヘッド17から吹き出しながら吸引することにより、ディスパージョンヘッド17からロータ11および金属酸化物1への間に、不活性ガスのいわゆるエアカーテンを形成することが出来る。このエアカーテンによれば、ディスパージョンヘッド17に対してロータ11の回転方向の前後で雰囲気を分離することができる。
【0052】
酸素放出反応室9は、ロータ11および金属酸化物1と、外壁21と、ガスシール16a、16bおよびガスシール16a、16bによって形成されるエアカーテンによって仕切られている。
【0053】
水素生成反応室10は、ロータ11および金属酸化物1と、外壁22と、ガスシール16b、16cおよびガスシール16b、16cによって形成されるエアカーテンによって仕切られている。
【0054】
酸素放出反応室9と水素生成反応室10とは、ロータ11の外周面に沿って設けられる。ロータ11の外周面および金属酸化物1は、酸素放出反応室9と水素生成反応室10とに対して移動しながらも、酸素放出反応室9の壁の一面と、水素生成反応室10の壁の一面を構成している。ロータ11の回転によって、金属酸化物1は、酸素放出反応室9と水素生成反応室10とに対して移動し交互に入室することができる。
【0055】
そして、急速昇温による中間体(フレンケル欠陥構造体)3を介するソーラ水素生成反応を連続的に行わせる反応炉として、高温(1550℃)の酸素放出反応室9と低温(1100−1300℃)の水素生成反応室10とを、交互に金属酸化物1が回転しながら入室するロータリー式反応炉を用いて実現している。酸素放出反応室9で集光した太陽光5に当らなくなるとほぼ同時に、不活性ガスによるガスシール16bを金属酸化物1が通過するように構成する。これにより、照射が遮断されて温度が低下することにより酸素による酸化反応(バックリアクション)を停止でき、この停止の上で、酸素放出反応室9内の酸素分圧が高いところから、水素生成反応室10での水蒸気雰囲気での水蒸気との反応による水素生成ステップS3ヘと進ませることができる。
【0056】
以上、水素製造方法、および水素製造装置20によれば、3つの特徴を有する。
【0057】
(1)高酸素分圧下(1気圧付近)においても、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2、特に、酸素放出反応を進行させることができる。
【0058】
(2)2000kW/m2程度の集光した太陽光5を金属酸化物1に瞬時に照射して急速昇温する中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2からなる酸素放出ステップに続いて、反応温度を1100−1200℃に下げて水蒸気と反応させて水素を発生させると共に反応性セラミックスを元の酸化型に戻す水素生成ステップS3を連続的に繰り返すことにより可能となる。
【0059】
(3)高温(1550℃)の酸素放出反応室9と、低温(1100−1300℃)の水素生成反応室10とを、交互に金属酸化物1が回転しながら入室するロータリー式反応炉により、この急速昇温による中間体(フレンケル欠陥構造体:遷移状態反応性フェライト)3を介するソーラ水素生成反応を連続的に行わせることができる。これにより、酸素放出反応室9内の酸素分圧を大気圧程度にまで高くすることができる。従来のアルゴンガスなどの不活性ガスの酸素放出反応室9への流通が不要となる。
【0060】
酸素放出反応室9で生じた酸素が、水素生成反応室10に混入すると、水素生成反応室10において、金属酸化物1には水蒸気起因ではない酸素が取り込まれることになり、水の分解が阻害される。そのため、酸素放出反応室9と水素生成反応室10とは分離される必要がある。一方、金属酸化物1は酸素放出反応室9と水素生成反応室10との間を容易に行き来できる必要がある。この2つの要請を満たすために、酸素放出反応室9と、水素生成反応室10とは、不活性ガスを用いたガスシール16bによって分離されていることが好ましい。また、同様に、外壁23とガスシール16a、16cとで囲まれた空間と、ガスシール16a、16cおよびガスシール16a、16cによって形成されるエアカーテンによって、酸素放出反応室9と水素生成反応室10とは分離されている。
【0061】
主ビーム照射装置24は、太陽光を集めて、集光した太陽光5を生成し、酸素放出反応室9の外壁21を透過させて、金属酸化物1に照射する。キャリアガス供給装置25は、キャリアガスとなる空気や、アルゴン、窒素の不活性ガスや、不活性ガスで希釈された空気を、酸素放出反応室9に供給する。酸素回収装置26は、金属酸化物1から放出された酸素をキャリアガスと共に、酸素放出反応室9から流入させ、酸素を回収し、不活性ガスはキャリアガス供給装置25に戻す。
【0062】
副ビーム照射装置27は、太陽光を集光した太陽光を、水素生成反応室10の外壁22を透過させて、金属酸化物1に照射する。水素生成反応室10内の金属酸化物1は、すでに、酸素放出反応室9において昇温されているので、副ビーム照射装置27は、主ビーム照射装置24ほど大きな時間当たりの熱量を供給できなくてもよい。水蒸気供給装置28は、水素の原料ガス6である水蒸気を、水素生成反応室10に供給する。水素回収装置29は、金属酸化物1で生成された水素を水蒸気と共に、水素生成反応室10から流入させ、水素を回収し、水蒸気は液化して廃棄したり水蒸気供給装置28に戻したりする。
【0063】
水素製造装置20によれば、ロータ11の回転に伴って、金属酸化物1が酸素放出反応室9に入室すると、そのまま回転しながら集光した太陽光5が照射されて急速昇温し、酸素を放出する。酸素を放出した金属酸化物1は、酸素放出反応室9に留まることなく、ロータ11の回転によって水素生成反応室10に入室する。水素生成反応室10では、金属酸化物1は回転しながら、水蒸気を分解して酸素を吸収し水素を生成する。水素製造装置20によれば、金属酸化物1の80℃/分以上のレートでの急速昇温が可能であるので、
金属酸化物1が酸素を放出する吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域を低温化させることができる。
【0064】
また、水素製造装置20においては、酸素放出反応室9の酸素分圧が1気圧程度になることが想定される。このため酸素放出反応室9と水素生成反応室10を分離するガスシール16bの位置を、金属酸化物1が集光した太陽光5の照射位置から外れて低温化する直後にしている。これにより、一旦、酸素欠損型となったスピネル型化合物が低温化して周辺酸素ガスで酸化されることを防ぐことができる。ロータ11表面に載せた金属酸化物1の厚さは数mm程度しかなく、金属酸化物1の下床は断熱材14で断熱してあるが、集光した太陽光5が遮断されると、金属酸化物1の熱容量が小さいために50−100℃近くはすぐにさがり1450−1500℃となり、酸素欠損8と酸素ガスとが再結合する逆反応が進行するのを防ぐことができる。また、水素生成反応室10を酸素放出反応室9の近くに置き、水素生成反応室における反応温度が1200℃以上にキープできるようにしている。これらにより、ステップS1乃至S3を連続的に行わせることが可能となる。また、NiMnフェライトでは、1200℃までの急速加熱により酸素放出が起こることを用いて、酸素放出と水素生成とが連続的に行えることが確認されている。
【0065】
還元体変換ステップS2における、酸素放出量は実験的に、20cm3/秒(g当たり)であり、集光した太陽光のエネルギ密度が2000kW/m2であれば、金属酸化物1(Niフェライト)が、0.5mm(セラミックス層の厚み)×1m2(ロータ11表面に載せた面積)の大きさで、集光した太陽光5を熱吸収できる。現実的な厚みとして2mmとすれば20cm2の面積でロータ表面に載せればよい。集光した太陽光5の照射面積を200cm2(14cm四角窓)とすれば、直径1mのロータ11では回転速度5°/sであり、およそ1.2分で一回転となり極めて現実的な運転が可能になる。また、ロータ11表面に金属酸化物1を載せたときには、金属酸化物1の下床をアルミナウールのような断熱性の高い断熱材14とすることにより、ロータ11表面素材(ステンレス)との間での断熱性を高め、集光した太陽光5の照射による熱がロータ11側に漏れないようになり、急速昇温が可能となる。
【0066】
(実施例1)
実施例1では、実施形態で説明した水素製造装置20で、水素の製造が可能であることを説明するために、水素製造装置20と等価的に機能することができる評価装置30を作製した。
【0067】
まず、図4に示すような、棒状の金属酸化物31を作製した。金属酸化物31には、市販されているニッケルフェライト(NiFe2O4 :格子定数a0=0.8339nm)(添川理化学製)を棒状に成形し、120℃で1時間乾燥させた。その後、リアクタ33内に熱電対34と共に固定した。リアクタ33の周囲には擬似集光太陽ビームを照射する赤外イメージ炉32を配置している。熱電対34により金属酸化物31の温度の測定が可能である。制御部35は、熱電対34と赤外イメージ炉32に接続し、金属酸化物31を所定のレート、例えば、50℃/分、80℃/分、200℃/分のレートで、所定の温度、例えば、1500℃、1550℃まで、昇温することができる。リアクタ33の上流側からは、キャリアガスとしてアルゴンと空気を所定の比率で流すことができ、原料ガスである水蒸気を流すことができる。また、昇温直後にアルゴンをリアクタ33に大量に流すことにより、金属酸化物31を急冷(クエンチ)することができる。この急冷(クエンチ)により、高温で生じる非平衡状態の中間体(フレンケル欠陥構造体)3を、室温においても評価可能にしている。中間体(フレンケル欠陥構造体)3の有無の評価には、X線回折(XRD)による金属酸化物31の格子定数の変化を用いた。また、リアクタ33の下流側にはダイレクトマス分析計(DMS:Direct gas Mass Spectrometer)36が接続されており、リアクタ33内で生成したガス、例えば、酸素、水素の質量分析が可能になっている。この質量分析から、金属酸化物31から放出される酸素の酸素放出量を計測することができる。
【0068】
図5に示すように、まず、金属酸化物31の格子定数の測定を行った。温度1350℃の条件においては、図4のリアクタ33にアルゴンのみを100ml/分のレートで供給し、金属酸化物31の雰囲気をアルゴン雰囲気にした。そして、このアルゴンガスの気流中で、金属酸化物31を1100℃から200℃/minのレートで1350℃まで急速昇温し、1350℃に達した直後にアルゴンを大量に流し急冷(クエンチ)した。そして、室温において金属酸化物31の格子定数をXRDにより測定したところ、格子定数は0.83447nmであった。
【0069】
以下同様に、1400℃に達した直後にアルゴンを大量に流し急冷(クエンチ)し、室温において金属酸化物31の格子定数を測定したところ、格子定数は0.83498nmであった。1450℃に達した直後にアルゴンを大量に流し急冷(クエンチ)し、室温において金属酸化物31の格子定数を測定したところ、格子定数は0.83498nmであった。1500℃に達した直後にアルゴンを大量に流し急冷(クエンチ)し、室温において金属酸化物31の格子定数を測定したところ、格子定数は0.83500nmであった。1550℃に達した直後にアルゴンを大量に流し急冷(クエンチ)し、室温において金属酸化物31の格子定数を測定したところ、格子定数は0.83528nmであった。
【0070】
次に、図6に示すように、金属酸化物31からの酸素放出量の測定を行った。温度1350℃の条件においては、図4のリアクタ33にアルゴンのみを100ml/分のレートで供給し、金属酸化物31の雰囲気をアルゴン雰囲気にした。そして、このアルゴンガスの気流中で、金属酸化物31を1100℃から200℃/minのレートで1350℃まで急速昇温し、1350℃に達した後1350℃一定で3分間保持した。そして、急速昇温から3分間の保持までの間にリアクタ33から放出された酸素の体積をDMS36で測定し、測定された酸素の体積を、金属酸化物31の質量当りの酸素の体積に換算したところ、酸素放出量は0.10cm3/gであった。
【0071】
以下連続して、温度を階段状に上昇させた。金属酸化物31を1350℃から200℃/minのレートで1400℃まで急速昇温し、1400℃に達した後1400℃一定で3分間保持した。そして、1350℃からの急速昇温から3分間の1400℃での保持までの間にリアクタ33から放出された酸素の体積を測定し、金属酸化物31の質量当りの酸素の体積に換算したところ、酸素放出量は0.18cm3/gであった。同様に、金属酸化物31を1400℃から200℃/minのレートで1450℃まで急速昇温し、1450℃に達した後1450℃一定で3分間保持した。そして、1400℃からの急速昇温から3分間の1450℃での保持までの間にリアクタ33から放出された酸素の体積を測定し、金属酸化物31の質量当りの酸素の体積に換算したところ、酸素放出量は0.26cm3/gであった。金属酸化物31を1450℃から200℃/minのレートで1500℃まで急速昇温し、1500℃に達した後1500℃一定で3分間保持した。そして、1450℃からの急速昇温から3分間の1500℃での保持までの間にリアクタ33から放出された酸素の体積を測定し、金属酸化物31の質量当りの酸素の体積に換算したところ、酸素放出量は4.1cm3/gであった。金属酸化物31を1500℃から200℃/minのレートで1550℃まで急速昇温し、1550℃に達した後1550℃一定で3分間保持した。そして、1500℃からの急速昇温から3分間の1550℃での保持までの間にリアクタ33から放出された酸素の体積を測定し、金属酸化物31の質量当りの酸素の体積に換算したところ、酸素放出量は24.2cm3/gであった。
【0072】
図7では、図5で測定した温度に対する格子定数(スピネル型化合物)が正方形でプロットされ、曲線B1の関係が示されている。また、図6で測定した温度に対する酸素放出量が菱形でプロットされ、曲線A1の関係が示されている。
【0073】
ニッケルフェライト(NiFe2O4)の酸素無欠損構造体2における鉄イオンはすべてFe3+であり、酸素放出反応はFe3+のFe2+への還元反応に基づく。従って、酸素放出反応が起こる場合には、Fe3+のFe2+への金属イオンの置換による酸素欠損8が生じ酸素欠損構造体4になるため、通常は黒丸でプロットされた点線B2に示すように、スピネル型化合物のまま格子定数が大きく増加する。しかし、急速昇温した場合には、スピネル型化合物の格子定数は1350℃から1400℃の間で0.83447nmから0.83498nmまで0.00051nmも大きく増大した(曲線B1)。これは酸素放出をほとんど伴わないもので(曲線A1)、通常の酸素欠損8の形成による格子定数の増大によるものとは考えられない。つまり、急速昇温によってスピネル型化合物の格子間隔は広がるが、格子酸素イオン(O2−)は結晶構造中に留まったままとなり酸素ガスとしては放出されない状態がクエンチされていることが示唆される。今回のような急速昇温を伴う集光ビームの照射下においては、酸素放出反応が律則となって、酸素ガス放出の化学反応過程が進行しない状態のまま(非平衡状態)、図1に示すように、スピネル型化合物の格子振動エネルギがν1からν2へ急激に増大し、その高い振動エネルギによって、カチオン正規の格子点の金属イオン(Fe3+)が格子間に移動し、いわゆるフレンケル欠陥7を生じ、トータルとして、照射した集光ビームのエネルギがフレンケル欠陥7の不安定な結晶構造としての化学エネルギに変換されるものと推察される。
【0074】
さらに急速昇温の終点温度を1400℃から、1450℃、および1500℃まで高くしてもスピネル型化合物の格子定数は増大したままでほぼ一定(0.8350nm)に維持された(曲線B1)。また、酸素ガス放出反応は1400℃ではほとんど進行しなかったが、1450と1500℃ではわずかな酸素ガスの放出が見られた(曲線A1)。1400〜1500℃の温度範囲で、格子定数が一定となる理由は次のように考えられる。金属イオン(Fe3+)がスピネル型構造の格子間に移動したフレンケル欠陥7ではウスタイト相の結晶構造が容易に形成でき、また、実際に1450℃と1500℃ではわずかな酸素ガス放出反応に応じてウスタイト相がほんのわずかであるが生成することが認められた。このことから、1400℃で形成されるフレンケル欠陥7は格子定数0.8350nmが限界で、それ以上に格子振動エネルギν2が増大すると、このウスタイト相の形成機構を通じた酸素ガス放出反応過程が進行するようになる。格子間に移動したFe3+がウスタイト相の結晶構造を形成しているが、さらに熱エネルギが吸収されてFe3+がFe2+に還元されてウスタイト相が分離する。
【0075】
なお、図7の三角形のプロットの点線A2は、熱天秤を用いて50℃/分以下の緩慢な昇温速度で高温のArガス気流で終点温度まで金属酸化物31の温度を上げ、終点温度間の金属酸化物31の重量変化を放出酸素量として測定した結果である。黒丸プロットの点線B2は、同様の昇温条件の50℃/分以下の緩慢な昇温速度で赤外イメージ炉32を用いて終点温度まで温度を上げ、到達した時点で急冷してクエンチし、室温にてスピネル型化合物の格子定数を測定した結果である。点線A2に見られるように、急速昇温での酸素放出量の変化(曲線A1)とは異なり、終点温度1350〜1500℃(横軸)においても酸素放出が起こっていることが確認される(点線A2)。緩慢な温度上昇でのArガス気流中(不純物の酸素ガスによる低酸素分圧=pO2[impurity])においては、終点温度の平衡酸素分圧(pO2[impurity])に向かって還元反応が緩やかに進行しているので、昇温によって増大した格子振動エネルギは格子酸素イオン(O2−)が酸素ガスとして遊離する還元反応(熱天秤での重量滅少として観測それる酸素放出反応;曲線A2)として利用され、急速昇温の場合のようなフレンケル欠陥7は生じないものと思われる。その代わり、酸素ガス放出反応が進行するので酸素欠損8が形成され、格子定数のより大きな格子欠損型スピネル横造(酸素欠損構造体)4が生成すると考えられる。実際に点線B2に見られるように、緩慢昇温でのスピネル型構造の格子定数は、急速昇温の場合の曲線B1よりも大きくなっている。
【0076】
また、終点温度1400〜1500℃の間では緩慢な昇温で酸素欠損の生じたスピネル型化合物の格子定数は0.8356nm付近にあり(点線B2)、急速昇温で終点温度1400〜1500℃の間で一定となる格子定数(0.8350nm)(曲線B1)よりも0.0006nmだけ大きい。これは酸素欠損8が生成するはずのものが、急速昇温では酸素ガス放出反応速度が律則となってフレンケル欠陥7を生じて0.0006nmだけ格子間隔が縮まったまま非平衡状態でクエンチされたことを示唆する。
【0077】
さらに、終点温度を1550℃にまで上げると、急速昇温(曲線A1)と緩慢昇温(点線A2)のいずれにおいても酸素放出量に大きな増大が見られた。またいずれもウスタイト相(FeO)の形成がわずか見られるが主生成物はスピネル型化合物であったことから、この酸素放出はスピネル型化合物の酸素欠損度の増大によるものとみられる。つまり、1550℃では酸素ガス放出反応の反応速度が大きくなり、急速昇温による格子振動エネルギν2の急激な増大に応じて酸素ガスの放出反応が進行し、酸素欠損スピネル型構造(酸素欠損構造体4)が形成されるものと推察される。恐らく、1550℃までの急速昇温中、1400〜1500℃の温度を通過する間、酸素ガスの放出反応は進行しないで、遷移状態とみることができるフレンケル欠陥7のスピネル型化合物(フレンケル欠陥構造体3:遷移状態反応性フェライト)になっていると考えられる。この遷移状態反応性フェライトは1550℃の終点温度においては、酸素を放出して安定な酸素欠損型スピネル化合物(酸素欠損構造体4)へと変化する。1550℃での酸素放出量(25cm3/g)は使用したニッケルフェライト(NiFe2O4)のFe3+の約25%程度が還元される量に相当していたことから、フレンケル欠陥7についてもこの程度のFe3+が格子間に移動しているものと推察される。
【0078】
以上から、図1に示すように、1550℃への急速昇温によって、中間体変換ステップS1が進行し、非平衡状態で遷移状態反応性フェライト(フレンケル欠陥構造体3のスピネル型化合物)が生成する。この生成反応は式(1)で表される。還元体変換ステップS2において、式(2)に示すように、遷移状態反応性フェライトが1550℃では安定相である酸素欠損型スピネル化合物(酸素欠損反応性フェライト:酸素欠損構造体4)に容易に変化する。これは、この式(2)の反応の△Gは十分に大きな負の値と考えられ、反応が右側に偏っているからである。式(2)の反応での酸素ガス放出は大きな酸素分圧下においても進行すると期待される。
(酸素無欠損構造体)→(フレンケル欠陥構造体) (1)
(フレンケル欠陥構造体)=(酸素欠損構造体)+O2 (2)
(酸素欠損構造体)+H2O=(酸素無欠損構造体)+ H2 (3)
【0079】
実際に、下記実施例2でも述べるように空気をArガスで1/5に希釈した気流中で、3gのニッケルフェライトを用いて、赤外イメージ炉32の擬似集光太陽光を照射して、急速昇温により1550℃まで昇温したときに発生した酸素ガスをDMS36により測定すると、気流中の酸素分圧(1/10気圧)よりもさらに高いレベル(0.8気圧)で酸素ガスが放出することが確認された。空気中の酸素濃度は0.2気圧であるので、空気中でも酸素放出を大量かつ瞬間に起こさせると考えられる。
【0080】
また、酸素放出後に赤外イメージ炉32による集光照射を遮断して照射を瞬時に停止し、リアクタ33内にArガスを急速注入して反応炉内をArガスで置換し急冷した。そして、室温においてニッケルフェライトを取り出しXRDの測定を行った。XRDより、酸素欠損型スピネル化合物は、酸素欠損状態であると共に、わずかなウスタイト相の形成が確認された。この酸素欠損型スピネル化合物は式(3)の反応により水素を生成させることが確認された。
【0081】
これらの実験結果に基づけば、酸素放出反応室9内において集光した太陽光5を照射して急速昇温による酸素放出反応を行わせ、その後、1気圧程度に酸素ガスが充満している酸素放出反応室9から酸素欠損状態を維持したまま、水蒸気との反応による水素生成反応室10へと移動させることにより、水素の製造は可能であると考えられる。
【0082】
(実施例2)
実施例2でも、実施例1で用いた評価装置30を用いて評価実験を行った。実施例1では、図4のリアクタ33にアルゴンのみを100ml/分のレートで供給したが、実施例2では、アルゴンと空気の混合ガスを供給した。混合の比率は、空気1に対してアルゴン4に設定した。大気の酸素分圧が2×104Pa(0.2気圧)であるので、大気をアルゴンで5倍に希釈したので、酸素分圧は0.4×104Pa(0.04気圧)になっている。
【0083】
そして、図8に示すように、金属酸化物31からの酸素放出量の測定を行った。図4のリアクタ33にアルゴンと空気の混合ガスを100ml/分のレートで供給し、金属酸化物31の雰囲気を混合ガスの雰囲気にした。そして、この混合ガスの気流中で、金属酸化物31を1100℃から200℃/minのレートで1500℃まで急速昇温し、1500℃に達した後1500℃一定で3分間保持した。以下連続して、温度を階段状に上昇させ、金属酸化物31を1500℃から200℃/minのレートで1550℃まで急速昇温し、1550℃に達した後1550℃一定で3分間保持した。さらに、金属酸化物31を1550℃から200℃/minのレートで1600℃まで急速昇温し、1600℃に達した後1600℃一定で3分間保持した。図8は、このような温度シーケンスをしたときの、金属酸化物31からの酸素放出量の時間プロファイルである。急速昇温を、1500℃までする場合、1550℃までする場合、1600℃までする場合のそれぞれのばあいにおいて、酸素の放出が観測された。また、酸素放出量は、急速昇温の終点温度が高いほど高くなっている。
【0084】
実施例2によれば、酸素分圧が0.4×104Pa(0.04気圧)であっても酸素が放出されることがわかった。
【0085】
(実施例3)
実施例3でも、実施例1で用いた評価装置30を用いて評価実験を行った。実施例1では、図4のリアクタ33にアルゴンのみを100ml/分のレートで供給したが、実施例3では、空気のみを供給した。大気の酸素分圧が2×104Pa(0.2気圧)であるので、金属酸化物1の雰囲気の酸素分圧は2×104Pa(0.2気圧)になっている。
【0086】
そして、図9に示すように、金属酸化物31からの酸素放出量の測定を行った。図4のリアクタ33に空気のみを100ml/分のレートで供給し、金属酸化物31の雰囲気を空気の雰囲気にした。そして、この空気の気流中で、金属酸化物31を実施例2と同じ温度シーケンスで昇温した。図9は、このような温度シーケンスをしたときの、金属酸化物31からの酸素放出量の時間プロファイルである。急速昇温を、1500℃までする場合、1550℃までする場合、1600℃までする場合のそれぞれのばあいにおいて、酸素の放出が観測された。また、酸素放出量は、急速昇温の終点温度が高いほど高くなっている。実施例3によれば、空気中であっても酸素が放出されることがわかった。
【0087】
(実施例4)
実施例4でも、実施例1で用いた評価装置30を用いて評価実験を行った。実施例4では、図4のリアクタ33に水蒸気を供給し、水の分解による酸素と水素を検出した。中間体変換ステップS1と、還元体変換ステップS2と、水素生成ステップS3とからなる3ステップのサイクルを、1サイクル20分間で3回実施した。そして、図10に示すように、金属酸化物31からの酸素放出量の測定を行った。また、図11に示すように、金属酸化物31からの水素生成量の測定を行った。酸素放出量も水素生成量も20分間の周期で量が増加していることが確認された。このことから、増加した酸素放出量も水素生成量は酸化還元反応による水分解に伴うものであると考えられる。図10の酸素の信号強度と、図11の水素の信号強度の比である、H2/O2比は1.6で、理論値2.0よりも低い値であった。これは、図10の最初の酸素放出ピークのみが特に大きく、初期の金属酸化物31中の過剰のFe3+が還元されているためだと考えられる。この最初のピークを除外すれば、ほぼ理論値2.0に近い値となる。このことからも、水蒸気が原料ガスとして、水素と酸素が生成していると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明の実施形態に係る金属酸化物の状態遷移図である。
【図2】本発明の実施形態に係る水素製造装置の構成図である。
【図3】本発明の実施形態に係る水素製造放置の断面図である。
【図4】実施例1で用いた水素製造装置の評価装置の構成図である。
【図5】アルゴン雰囲気中の金属酸化物の温度に対する格子定数の関係を示す表である。
【図6】アルゴン雰囲気中の金属酸化物の温度に対する酸素放出量の関係を示す表である。
【図7】アルゴン雰囲気中の金属酸化物の温度に対する、酸素放出量の関係と格子定数の関係を示すグラフである。
【図8】実施例2の4倍希釈の空気雰囲気中の金属酸化物の温度を階段状に上昇させた際の酸素放出量のプロファイルである。
【図9】実施例3の空気雰囲気中の金属酸化物の温度を階段状に上昇させた際の酸素放出量のプロファイルである。
【図10】実施例4に係る水素製造方法の三段階水分解反応により、放出された酸素のプロファイルのプロファイルである。
【図11】実施例4に係る水素製造方法の三段階水分解反応により、放出された酸素のプロファイルのプロファイルである。
【符号の説明】
【0089】
1 金属酸化物(板状)
2 酸素無欠損構造体
3 中間体(フレンケル欠陥構造体)
4 酸素欠損構造体
5 集光した太陽光
6 原料ガス
7 フレンケル欠陥
8 酸素欠損
9 酸素放出反応室
10 水素生成反応室
11 ロータ
12 回転軸
14 断熱材
16a、16b、16c ガスシール
17 ディスパージョンヘッド
20 水素製造装置
24 主ビーム照射装置
30 評価装置
31 金属酸化物(棒状)
32 赤外イメージ炉(擬似集光太陽ビーム照射装置)
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素製造方法、水素製造装置およびそれらに使用する金属酸化物に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、燃料電池等に用いる燃料や、物質製造の原料として注目されている。特に、燃料に水素を用いることで、化石燃料に依存しないクリーンなエネルギシステムを実現することができる。このエネルギシステムでは、水素が燃料として燃焼され水が生成される。そして、このエネルギシステムが魅力的であるのは、水から水素が再生できることである。水から水素を再生する際に必要なエネルギを化石燃料に求めなければ、クリーンなエネルギシステムを実現できる。
【0003】
そこで、水から水素を製造する方法としては、集光した太陽光を熱エネルギとする二段階水分解方法が提案されている(例えば、非特許文献1−6参照)。二段階水分解方法は、2つのステップからなっており、第1ステップで、集光太陽ビームを金属酸化物に照射することにより金属酸化物を昇温して還元し、金属酸化物から酸素を放出させる。第2ステップで、還元された金属酸化物を水で酸化する。水を構成する酸素は還元された金属酸化物に取り込まれ、還元されていた金属酸化物は元の金属酸化物に戻る。一方、水は酸素を引き抜かれることにより、水素が生成される。
【非特許文献1】Tamaura, Y. Solar Fuel Production By Converstionof Concentrated Solar-Heat to Chemical Energy, Eco-Engineering, 15(3), p.p 109-119 (2003)
【非特許文献2】Tamaura, Y. Kaneko, H., Oxygen- releasing step of ZnFe2O4/ ZnO+Fe3O4) - system in air using concentrated solar energy for solar hydrogen production. Solar Energy 78, p.p616-622 (2005)
【非特許文献3】田村裕, 布施明徳, 金子宏, 長谷川紀子, 伊原学, 玉浦裕, “集光太陽エネルギの化学エネルギ変換(60) デュアル反応室による集光太陽熱利用2段階水分解反応”, 日本化学会第85春季年会講演予稿集, 2H2-26, 横浜, (2005).
【非特許文献4】H. Kaneko, A. Fuse, T. Miura, H. Ishihara, Y. Tamaura,“Two-step water splitting with concentrated solar heat using rotary-type solar furnace”, Proceedings of 13th International Symposium on Concentrating Solar Power and Chemical Energy Technologies, FB2-S10, June 20-23, 2006, Seville, Spain.
【非特許文献5】金子宏, 布施明徳, 三浦孝夫, 今枝修平, 石原英之, 田村裕, 玉浦裕, “ロータリー式太陽反応炉による集光太陽熱利用Ni,Mn-フェライト系二段階水分解反応”, 平成17年度日本太陽エネルギ学会・日本風力エネルギ協会合同研究発表会講演論文集, 487-489, 茅野, (2005).
【非特許文献6】H.Kaneko, T.Miura, H.Ishihara, T.Yokoyama, M.Chen, Y.Tamaura, “Solar rotary reactor for continuous H2 production using two-step water splitting process”, Proceedings of 16th World Hydrogen Energy Conference, 550, June 13-16, 2006, Lyon, France.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
二段階水分解方法の第1ステップでの金属酸化物から酸素を放出させる反応は、吸熱反応であるところから、吸熱反応の生成物である還元された金属酸化物に、太陽光の熱エネルギが化学エネルギに変換されて蓄積されることになる。しかし、吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域は、1800−2200℃以上であるため、酸素を放出させるには、この温度領域まで金属酸化物を昇温する必要がある。二段階水分解方法を実施する水素製造装置において、このような温度領域にまで金属酸化物を昇温しようとすると、高温での黒体再放射により太陽光の熱エネルギの吸収効率が低下して、大量の太陽光の熱エネルギが必要になり、高温耐熱設備の問題や太陽光の集光設備の大型化による設備コストの問題が考えられた。そして、金属酸化物からの黒体再放射により断熱設備等の周辺装置の温度が上昇するという水素製造装置の安定運転上の問題も考えられた。
【0005】
これらの問題を解決するためには、金属酸化物から酸素を放出させる吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域を、低温化させることが重要である。
【0006】
そこで、本発明では、前記した問題を解決し、吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域を低温化させる水素製造方法、水素製造装置およびそれらに使用する金属酸化物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明では、金属酸化物を80℃/分以上のレートで急速昇温し、吸熱反応によって前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップと、前記金属酸化物の雰囲気を、前記酸素ガスの雰囲気から、酸素原子と水素原子を含む分子からなる原料ガスの雰囲気に換え、前記金属酸化物は前記原料ガスを分解し、前記酸素原子を取り込み、前記水素原子から水素ガスを生成する水素生成ステップとを有する水素製造方法であることを特徴とする。
【0008】
前記酸素放出ステップでは、金属酸化物を80℃/分以上のレートで急速昇温することにより、中間体変換ステップと還元体変換ステップとを発生させることができる。中間体変換ステップでは、前記金属酸化物から前記酸素ガスが放出される反応が非平衡状態になるように、前記金属酸化物を第1温度まで昇温し、前記金属酸化物を不安定な状態で酸素原子が閉じ込められた中間体に変換する。還元体変換ステップでは、前記反応が平衡状態になるように、前記第1温度より高い第2温度まで昇温し、前記中間体から不安定な状態の前記酸素原子を放出し、前記中間体を前記金属酸化物の還元体に変換する。
【0009】
前記中間体は、前記金属酸化物に、前記金属酸化物を構成する金属原子が格子間原子となるフレンケル欠陥を生成したものであり、前記還元体変換ステップでは、前記フレンケル欠陥の消滅に伴って、前記中間体に酸素欠損が生成され、前記酸素ガスが放出される。
【0010】
より具体的に、金属酸化物がスピネル型化合物であれば、中間体変換ステップにおいて、前記急速昇温よって非平衡状態でフレンケル欠陥が生じたスピネル型化合物のフレンケル欠陥構造体(中間体)を生成し、還元体変換ステップにおいて、前記フレンケル欠陥構造体(中間体)はさらに昇温され、酸素を放出して安定相である酸素欠損型スピネル化合物の酸素欠損構造体(還元体)を生成する。
【0011】
そして、前記金属酸化物に、ニッケル(Ni)フェライト、コバルト(Co)フェライト、マンガン(Mn)フェライト、ニッケルコバルト(NiCo)フェライトを用いれば、前記急速昇温で1500℃以上に昇温することにより、吸熱反応による前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップを進行させることができる。従来の吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域が1800−2200℃以上であるので、300−700℃も低温化できたことになる。
【0012】
また、前記金属酸化物に、亜鉛(Zn)フェライトを用いれば、前記急速昇温で1200℃以上に昇温することにより、吸熱反応による前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップを進行させることができる。従来の吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域1800−2200℃以上に比べて、600−1000℃も低温化できたことになる。なお、亜鉛フェライトでは、前記急速昇温で1300℃以下に昇温することが好ましく、相分離を防止することができる。
【0013】
また、前記金属酸化物に、ニッケルマンガン(NiMn)フェライト、コバルトマンガン(CoMn)フェライトを用いれば、前記急速昇温で1300℃以上に昇温することにより、吸熱反応による前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップを進行させることができる。従来の吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域1800−2200℃以上に比べて、500−900℃も低温化できたことになる。
【0014】
このように、前記金属酸化物としては、各種フェライトを用いることができる。これは、鉄イオンの酸化還元反応に基づいて、酸素放出ステップと水素生成ステップとを進行させているからであると考えられる。したがって、ニッケル(Ni)フェライト、亜鉛(Zn)フェライト、マンガン(Mn)フェライト、およびこれらの複合フェライトであるニッケルマンガン(NiMn)フェライト、ニッケルコバルト(NiCo)フェライト、ニッケルマンガンコバルト(NiMnCo)フェライトなどのフェライトも、前記金属酸化物として利用できる。
【0015】
そして、一片の前記金属酸化物に対して、前記酸素放出ステップと前記水素生成ステップとを交互に繰り返すことにより、前記酸素放出ステップでは、水に起因する酸素が金属酸化物から放出され、前記酸素放出ステップと前記水素生成ステップからなる水分解の2ステップのサイクルを構築することができる。
【0016】
前記急速昇温では、集光した太陽光を前記金属酸化物に照射する。前記急速昇温により、吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域は、低温化されているので、水素製造装置においては、高温化による黒体再放射は弱く太陽光の熱エネルギの吸収効率は高い。このため太陽光の集光設備や断熱設備を小型化することができる。そして、金属酸化物からの黒体再放射が弱いので断熱設備等の周辺装置の温度は上昇せず、水素製造装置の運転を安全に行うことができる。
【0017】
前記原料ガスは、水すなわち水蒸気であることが、クリーンなエネルギサイクルを構成する上で好ましいが、これに限られない。たとえば、化石燃料によらないバイオマスなどによるアルコール等の炭化水素ガスも、前記原料ガスに用いることができる。すなわち、アルコール等の炭化水素ガスを原料ガスとして用いても水素の製造は可能であり、クリーンなエネルギサイクルを構成できる。
【0018】
前記酸素放出ステップでは、前記酸素ガスが放出される雰囲気の酸素分圧は0.4×104Pa(0.04気圧)以上であることが好ましい。前記酸素放出ステップは、従来に比べ低温化しても進行するが、それだけでなく、放出される酸素の分圧が高くなっても酸素を放出することができる。たとえば、酸素分圧が2×104Pa(0.2気圧)以上であれば、大気の酸素分圧以上になり、前記酸素ガスが放出される雰囲気に大気を用いることができる。また、酸素分圧は0.4×104Pa(0.04気圧)以上であれば、大気を窒素(N2)やアルゴン(Ar)で希釈することにより容易に得ることができる。
【0019】
また、本発明では、金属酸化物を80℃/分以上のレートで急速昇温し、酸素ガスの雰囲気下で、前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出反応室と、酸素原子と水素原子を含む分子からなる原料ガスの雰囲気下で、前記金属酸化物は前記原料ガスを分解し、前記酸素原子を取り込み、前記水素原子から水素ガスを生成する水素生成反応室とを有し、前記金属酸化物は、前記酸素放出反応室と、前記水素生成反応室とに交互に繰り返し入室する水素製造装置であることを特徴とする。
【0020】
一片の前記金属酸化物に対して、前記酸素放出反応室においては前記酸素放出ステップが進行し、前記水素生成反応室においては前記水素生成ステップが進行する。前記金属酸化物が前記酸素放出反応室と前記水素生成反応室とに交互に繰り返し入室することにより、前記酸素放出反応室では、水に起因する酸素が金属酸化物から放出され、前記水素生成反応室では、水に起因する水素が生成され、前記酸素放出ステップと前記水素生成ステップからなる水分解の2ステップのサイクルを構築することができる。
【0021】
前記水素製造装置は、前記金属酸化物が外周に配置され、前記金属酸化物を伴って回転するロータを有していることが好ましい。前記酸素放出反応室と前記水素生成反応室とは、前記ロータの外周面に沿って設けられる。前記ロータの前記外周面および前記金属酸化物は、前記酸素放出反応室と前記水素生成反応室とに対して移動しながらも、前記酸素放出反応室の壁の一面と、前記水素生成反応室の壁の一面を構成している。前記ロータの回転によって、前記金属酸化物は、前記酸素放出反応室と前記水素生成反応室とに対して移動し交互に入室することができる。
【0022】
前記酸素放出反応室で生じた酸素が、前記水素生成反応室に混入すると、金属酸化物には水蒸気起因ではない酸素が取り込まれることになり、水の分解が阻害される。そのため、前記酸素放出反応室と前記水素生成反応室とは分離される必要がある。一方、金属酸化物は前記酸素放出反応室と前記水素生成反応室との間を容易に行き来できる必要がある。この2つの要請を満たすために、前記酸素放出反応室と、前記水素生成反応室とは、不活性ガスを用いたガスシールによって分離されていることが好ましい。
【0023】
また、前記金属酸化物の急速昇温を容易に達成するために、前記金属酸化物の前記太陽光が照射されない面には、断熱材を設けることが好ましい。
【0024】
また、本発明に係る金属酸化物は、スピネル型化合物であり、80℃/分以上のレートでの急速昇温より非平衡状態でのフレンケル欠陥が生じており、不安定な状態で酸素原子が閉じ込められている金属酸化物であることを特徴とする。この金属酸化物は、前記酸素放出ステップ内の中間体変換ステップにおいて生成される中間体に相当する。
【0025】
この中間体に相当する前記金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数は、前記還元体変換ステップにおいて、前記金属酸化物から酸素を放出させた際の前記金属酸化物(還元体)を急冷クエンチしたときの格子定数より小さく、前記酸素放出ステップ前、あるいは、前記水素生成ステップ後における前記フレンケル欠陥が消滅している際の前記金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数より大きいという特徴を有する。
【0026】
具体的に、前記金属酸化物に、ニッケル(Ni)フェライトを用いれば、前記中間体に相当する金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数は、0.8346nm以上、0.8352nm以下の範囲に入る。なお、前記還元体変換ステップ後の前記還元体を急冷クエンチしたときの格子定数は、0.83528nmであり、前記酸素放出ステップ前における前記金属酸化物の格子定数は、0.8339nmである。このように、ステップを挟んで格子定数が異なっていることにより、中間体の存在を確認することができる。
【発明の効果】
【0027】
このような水素製造方法、水素製造装置およびそれらに使用する金属酸化物によれば、吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域を低温化させる、水素製造方法、水素製造装置およびそれらに使用する金属酸化物を提供することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
次に、本発明の実施形態および実施例1乃至4について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。なお、各図において、共通する部分には同一の符号を付し重複した説明を省略する。
【0029】
(実施形態)
図1に示すように、金属酸化物1は、3つの構造体を交互に遷移しながら、水を分解し水素を発生させる。3つの構造体とは、酸素無欠損構造体2、フレンケル(Flenkel)欠陥構造体3と酸素欠損構造体4である。そして、酸素無欠損構造体2からフレンケル欠陥構造体3に遷移するステップが中間体変換ステップS1であり、フレンケル欠陥構造体3から酸素欠損構造体4に遷移するステップが還元体変換ステップS2であり、酸素欠損構造体4から酸素無欠損構造体2に遷移するステップが水素生成ステップS3である。なお、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2とは、後述するように、1つの反応室内で進行させるので、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2とを合わせて、1つの酸素放出ステップS1−S2として捉えることができる。
【0030】
酸素放出ステップS1−S2では、酸素無欠損構造体2の金属酸化物1を80℃/分以上のレートで急速昇温し、吸熱反応によって前記金属酸化物1から酸素ガスを放出させる。水素生成ステップS3では、前記金属酸化物1の雰囲気を、前記酸素ガスの雰囲気から、水素の原料ガスとなる水蒸気6の雰囲気に換え、前記金属酸化物1は前記水蒸気を分解し、前記金属酸化物1は水蒸気6を構成していた酸素原子を取り込み、水蒸気6を構成していた水素原子から水素ガスを生成する。
【0031】
前記酸素放出ステップS1−S2では、酸素無欠損構造体2の金属酸化物1を80℃/分以上のレートで急速昇温することにより、金属酸化物1をフレンケル欠陥構造体(中間体)3にまず変換し、フレンケル欠陥構造体(中間体)3を酸素欠損構造体4に変換させている。
【0032】
フレンケル欠陥構造体(中間体)3に変換する中間体変換ステップS1では、酸素無欠損構造体2の金属酸化物1から酸素ガスが放出される吸熱反応が非平衡状態になるように、金属酸化物1を第1温度まで80℃/分以上のレートで急速昇温し、前記金属酸化物を不安定な状態で酸素原子が閉じ込められたフレンケル欠陥構造体(中間体)3に変換している。
【0033】
酸素欠損構造体4に変換する還元体変換ステップS2では、金属酸化物1から酸素ガスが放出される吸熱反応が平衡状態になるように、前記第1温度より高い第2温度まで昇温し、フレンケル欠陥構造体(中間体)3から不安定な状態の前記酸素原子を放出し、フレンケル欠陥構造体(中間体)3を酸素欠損構造体(還元体)4に変換している。
【0034】
フレンケル欠陥構造体(中間体)3は、金属酸化物1に、金属酸化物1を構成する金属原子が格子間原子となるフレンケル欠陥7を生成したものである。還元体変換ステップS2では、フレンケル欠陥7の消滅に伴って、フレンケル欠陥構造体(中間体)3に酸素欠損8が生成され、酸素ガスが放出される。
【0035】
金属酸化物1がスピネル型化合物であれば、中間体変換ステップS1において、急速昇温よって非平衡状態でフレンケル欠陥7が生じたスピネル型化合物のフレンケル欠陥構造体(中間体)3を生成し、還元体変換ステップS2において、フレンケル欠陥構造体(中間体)3はさらに昇温され、酸素を放出して安定相である酸素欠損型スピネル化合物の酸素欠損構造体(還元体)4を生成する。
【0036】
金属酸化物1に、ニッケル(Ni)フェライトを用いれば、80℃/分以上のレートの急速昇温では1500℃以上に昇温することにより、吸熱反応による金属酸化物1から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップSI−S2を進行させることができる。従来の吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域が1800−2200℃以上であるので、300−700℃も低温化できたことになる。なお、フレンケル欠陥構造体(中間体)3は、急速昇温中の1400℃以上1500℃未満の温度域で存在している。
【0037】
そして、一片の金属酸化物1に対して、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2と水素生成ステップS3とをこの順番に繰り返すことにより、還元体変換ステップS2では、水に起因する酸素が金属酸化物1から放出され、水素生成ステップS3では、水に起因する水素が生成され、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2と水素生成ステップS3とからなる水分解の3ステップのサイクルを構築することができ、水から水素を製造する水素製造方法としてのサイクルを構築できる。もちろん、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2とを、1ステップの酸素放出ステップとみなせば、2ステップの水分解のサイクルが構築できたことになる。
【0038】
80℃/分以上のレートの急速昇温では、集光した太陽光5を酸素無欠損構造体2の金属酸化物1に照射する。この急速昇温により、吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域は、低温化されているので、水素製造装置においては、高温化による黒体再放射は弱く太陽光の熱エネルギの吸収効率は高い。このため太陽光の集光設備や断熱設備を小型化することができる。そして、金属酸化物からの黒体再放射が弱いので断熱設備等の周辺装置の温度は上昇せず、水素製造装置の運転を安全に行うことができる。
【0039】
前記還元体変換ステップS2では、雰囲気の酸素分圧が8×104Pa(0.8気圧)でも、酸素ガスが放出されている。酸素を放出する吸熱反応は、従来における酸素放出可能な酸素の分圧より高くなっても酸素を放出することができる。酸素分圧8×104Pa(0.8気圧)は、大気圧の酸素分圧2×104Pa(0.2気圧)より高いので、雰囲気に大気を用いても、酸素を放出させる吸熱反応を進行させることができる。
【0040】
なお、従来のように酸素無欠損構造体2の金属酸化物1を50℃/分以下のレートで緩やかに昇温した場合には、雰囲気の酸素分圧が0.5×104Pa(0.05気圧)未満の低酸素分圧でないと酸素は放出されない。これは、ステップS4の経路に示すように、フレンケル欠陥構造体(中間体)3を経ることなく、酸素無欠損構造体2から酸素欠損構造体4へ遷移しているためである。一方、急速昇温のレートが、80℃/分以上であれば、100℃/分でも、200℃/分でもフレンケル欠陥構造体(中間体)3は生成されることが確認されている。
【0041】
急速昇温という手法により非平衡状態で形成させた中間体(遷移状態反応性フェライト)は1550℃で、熱力学的平衡状態に戻ろうとするが、その時の反応の自由エネルギは負で、高酸素分圧下(1気圧付近)においても酸素放出反応が進行する。2000kW/m2程度の集光した太陽光5を金属酸化物1に瞬時に照射して急速昇温する中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2に続いて、反応温度を1100−1200℃に下げて水蒸気と反応させて水素を発生させると共に金属酸化物1を元の酸化型に戻す水素生成ステップS3を連続的に繰り返すことにより水蒸気の分解が可能となる。
【0042】
図2に示すように、水素製造装置20は、酸素放出反応室9と水素生成反応室10とを有している。酸素放出反応室9では、金属酸化物1を80℃/分以上のレートで急速昇温し、酸素ガスの雰囲気下で、金属酸化物1から酸素ガスを放出させる。
【0043】
水素生成反応室10では、原料ガス6である水の雰囲気下で、金属酸化物1は原料ガス6を分解し、原料ガス6の水を構成していた酸素原子を取り込み、水を構成していた水素原子から水素ガスを生成する。金属酸化物1は、酸素放出反応室9と、水素生成反応室10とに交互に繰り返し入室する。図2には、2片の金属酸化物1が記載されているが、金属酸化物1は1片でも3片以上でもよい。
【0044】
酸素放出反応室9においては、まず、中間体変換ステップS1が進行し、金属酸化物1は、酸素無欠損構造体2からフレンケル欠陥構造体(中間体)3に遷移する。次に、還元体変換ステップS2が進行し、金属酸化物1は、フレンケル欠陥構造体(中間体)3から酸素欠損構造体(還元体)4に遷移する。
【0045】
水素生成反応室10においては、水素生成ステップS3が進行し、金属酸化物1は、酸素欠損構造体(還元体)4から酸素無欠損構造体2に遷移する。
【0046】
金属酸化物1が、酸素放出反応室9と水素生成反応室10とに交互に繰り返し入室することにより、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2と水素生成ステップS3とをこの順番に繰り返すことができる。
【0047】
図3では、図2で示した水素製造装置20の構成を達成するための、水素製造装置20の具体的な断面図を示している。
【0048】
図3に示すように、水素製造装置20は、回転軸12を回転軸として回転する円筒状のロータ11を有している。ロータ11は回転軸12に連結されたモータ13によって反時計回りに回転する。ロータ11の外周には、短冊状の板の金属酸化物1が複数枚(12枚)配置され、金属酸化物1は、ロータ11の回転に伴って回転する。
【0049】
金属酸化物1の急速昇温を容易に達成するために、金属酸化物1の集光した太陽光5が照射されない面には、ケース15に収められた断熱材14が設けられている。
【0050】
ロータ11の外側には、中心軸が回転軸12に一致するような円筒状の外壁21、22、23が設けられている。外壁21、22、23は、ロータ11の回転に伴って回転はせずに、基本的に台座に対して固定されている。なお、太陽の運行に伴って、集光した太陽光5を生成するために、外壁21、22、23を回転させてもよい。
【0051】
外壁21、22、23には、3つのガスシール16a、16b、16cが設けられている。それぞれのガスシール16a、16b、16cは、ディスパージョンヘッド17と、ディスパージョンヘッド17にアルゴン等の不活性ガスを供給する不活性ガス供給装置18と、ディスパージョンヘッド17を介して不活性ガスを吸引する吸引装置19とを有している。ディスパージョンヘッド17の一面は、ロータ11および金属酸化物1に隣接して対向するように配置されている。その一面には、ロータ11の回転方向に複数の溝が形成されている。溝は一つ置きに不活性ガス供給装置18に接続されて、不活性ガスの吹き出し口になり、残りの溝は吸引装置19に接続されて、不活性ガスの吸引口になる。こうして、不活性ガスをディスパージョンヘッド17から吹き出しながら吸引することにより、ディスパージョンヘッド17からロータ11および金属酸化物1への間に、不活性ガスのいわゆるエアカーテンを形成することが出来る。このエアカーテンによれば、ディスパージョンヘッド17に対してロータ11の回転方向の前後で雰囲気を分離することができる。
【0052】
酸素放出反応室9は、ロータ11および金属酸化物1と、外壁21と、ガスシール16a、16bおよびガスシール16a、16bによって形成されるエアカーテンによって仕切られている。
【0053】
水素生成反応室10は、ロータ11および金属酸化物1と、外壁22と、ガスシール16b、16cおよびガスシール16b、16cによって形成されるエアカーテンによって仕切られている。
【0054】
酸素放出反応室9と水素生成反応室10とは、ロータ11の外周面に沿って設けられる。ロータ11の外周面および金属酸化物1は、酸素放出反応室9と水素生成反応室10とに対して移動しながらも、酸素放出反応室9の壁の一面と、水素生成反応室10の壁の一面を構成している。ロータ11の回転によって、金属酸化物1は、酸素放出反応室9と水素生成反応室10とに対して移動し交互に入室することができる。
【0055】
そして、急速昇温による中間体(フレンケル欠陥構造体)3を介するソーラ水素生成反応を連続的に行わせる反応炉として、高温(1550℃)の酸素放出反応室9と低温(1100−1300℃)の水素生成反応室10とを、交互に金属酸化物1が回転しながら入室するロータリー式反応炉を用いて実現している。酸素放出反応室9で集光した太陽光5に当らなくなるとほぼ同時に、不活性ガスによるガスシール16bを金属酸化物1が通過するように構成する。これにより、照射が遮断されて温度が低下することにより酸素による酸化反応(バックリアクション)を停止でき、この停止の上で、酸素放出反応室9内の酸素分圧が高いところから、水素生成反応室10での水蒸気雰囲気での水蒸気との反応による水素生成ステップS3ヘと進ませることができる。
【0056】
以上、水素製造方法、および水素製造装置20によれば、3つの特徴を有する。
【0057】
(1)高酸素分圧下(1気圧付近)においても、中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2、特に、酸素放出反応を進行させることができる。
【0058】
(2)2000kW/m2程度の集光した太陽光5を金属酸化物1に瞬時に照射して急速昇温する中間体変換ステップS1と還元体変換ステップS2からなる酸素放出ステップに続いて、反応温度を1100−1200℃に下げて水蒸気と反応させて水素を発生させると共に反応性セラミックスを元の酸化型に戻す水素生成ステップS3を連続的に繰り返すことにより可能となる。
【0059】
(3)高温(1550℃)の酸素放出反応室9と、低温(1100−1300℃)の水素生成反応室10とを、交互に金属酸化物1が回転しながら入室するロータリー式反応炉により、この急速昇温による中間体(フレンケル欠陥構造体:遷移状態反応性フェライト)3を介するソーラ水素生成反応を連続的に行わせることができる。これにより、酸素放出反応室9内の酸素分圧を大気圧程度にまで高くすることができる。従来のアルゴンガスなどの不活性ガスの酸素放出反応室9への流通が不要となる。
【0060】
酸素放出反応室9で生じた酸素が、水素生成反応室10に混入すると、水素生成反応室10において、金属酸化物1には水蒸気起因ではない酸素が取り込まれることになり、水の分解が阻害される。そのため、酸素放出反応室9と水素生成反応室10とは分離される必要がある。一方、金属酸化物1は酸素放出反応室9と水素生成反応室10との間を容易に行き来できる必要がある。この2つの要請を満たすために、酸素放出反応室9と、水素生成反応室10とは、不活性ガスを用いたガスシール16bによって分離されていることが好ましい。また、同様に、外壁23とガスシール16a、16cとで囲まれた空間と、ガスシール16a、16cおよびガスシール16a、16cによって形成されるエアカーテンによって、酸素放出反応室9と水素生成反応室10とは分離されている。
【0061】
主ビーム照射装置24は、太陽光を集めて、集光した太陽光5を生成し、酸素放出反応室9の外壁21を透過させて、金属酸化物1に照射する。キャリアガス供給装置25は、キャリアガスとなる空気や、アルゴン、窒素の不活性ガスや、不活性ガスで希釈された空気を、酸素放出反応室9に供給する。酸素回収装置26は、金属酸化物1から放出された酸素をキャリアガスと共に、酸素放出反応室9から流入させ、酸素を回収し、不活性ガスはキャリアガス供給装置25に戻す。
【0062】
副ビーム照射装置27は、太陽光を集光した太陽光を、水素生成反応室10の外壁22を透過させて、金属酸化物1に照射する。水素生成反応室10内の金属酸化物1は、すでに、酸素放出反応室9において昇温されているので、副ビーム照射装置27は、主ビーム照射装置24ほど大きな時間当たりの熱量を供給できなくてもよい。水蒸気供給装置28は、水素の原料ガス6である水蒸気を、水素生成反応室10に供給する。水素回収装置29は、金属酸化物1で生成された水素を水蒸気と共に、水素生成反応室10から流入させ、水素を回収し、水蒸気は液化して廃棄したり水蒸気供給装置28に戻したりする。
【0063】
水素製造装置20によれば、ロータ11の回転に伴って、金属酸化物1が酸素放出反応室9に入室すると、そのまま回転しながら集光した太陽光5が照射されて急速昇温し、酸素を放出する。酸素を放出した金属酸化物1は、酸素放出反応室9に留まることなく、ロータ11の回転によって水素生成反応室10に入室する。水素生成反応室10では、金属酸化物1は回転しながら、水蒸気を分解して酸素を吸収し水素を生成する。水素製造装置20によれば、金属酸化物1の80℃/分以上のレートでの急速昇温が可能であるので、
金属酸化物1が酸素を放出する吸熱反応の自由エネルギが負となる温度領域を低温化させることができる。
【0064】
また、水素製造装置20においては、酸素放出反応室9の酸素分圧が1気圧程度になることが想定される。このため酸素放出反応室9と水素生成反応室10を分離するガスシール16bの位置を、金属酸化物1が集光した太陽光5の照射位置から外れて低温化する直後にしている。これにより、一旦、酸素欠損型となったスピネル型化合物が低温化して周辺酸素ガスで酸化されることを防ぐことができる。ロータ11表面に載せた金属酸化物1の厚さは数mm程度しかなく、金属酸化物1の下床は断熱材14で断熱してあるが、集光した太陽光5が遮断されると、金属酸化物1の熱容量が小さいために50−100℃近くはすぐにさがり1450−1500℃となり、酸素欠損8と酸素ガスとが再結合する逆反応が進行するのを防ぐことができる。また、水素生成反応室10を酸素放出反応室9の近くに置き、水素生成反応室における反応温度が1200℃以上にキープできるようにしている。これらにより、ステップS1乃至S3を連続的に行わせることが可能となる。また、NiMnフェライトでは、1200℃までの急速加熱により酸素放出が起こることを用いて、酸素放出と水素生成とが連続的に行えることが確認されている。
【0065】
還元体変換ステップS2における、酸素放出量は実験的に、20cm3/秒(g当たり)であり、集光した太陽光のエネルギ密度が2000kW/m2であれば、金属酸化物1(Niフェライト)が、0.5mm(セラミックス層の厚み)×1m2(ロータ11表面に載せた面積)の大きさで、集光した太陽光5を熱吸収できる。現実的な厚みとして2mmとすれば20cm2の面積でロータ表面に載せればよい。集光した太陽光5の照射面積を200cm2(14cm四角窓)とすれば、直径1mのロータ11では回転速度5°/sであり、およそ1.2分で一回転となり極めて現実的な運転が可能になる。また、ロータ11表面に金属酸化物1を載せたときには、金属酸化物1の下床をアルミナウールのような断熱性の高い断熱材14とすることにより、ロータ11表面素材(ステンレス)との間での断熱性を高め、集光した太陽光5の照射による熱がロータ11側に漏れないようになり、急速昇温が可能となる。
【0066】
(実施例1)
実施例1では、実施形態で説明した水素製造装置20で、水素の製造が可能であることを説明するために、水素製造装置20と等価的に機能することができる評価装置30を作製した。
【0067】
まず、図4に示すような、棒状の金属酸化物31を作製した。金属酸化物31には、市販されているニッケルフェライト(NiFe2O4 :格子定数a0=0.8339nm)(添川理化学製)を棒状に成形し、120℃で1時間乾燥させた。その後、リアクタ33内に熱電対34と共に固定した。リアクタ33の周囲には擬似集光太陽ビームを照射する赤外イメージ炉32を配置している。熱電対34により金属酸化物31の温度の測定が可能である。制御部35は、熱電対34と赤外イメージ炉32に接続し、金属酸化物31を所定のレート、例えば、50℃/分、80℃/分、200℃/分のレートで、所定の温度、例えば、1500℃、1550℃まで、昇温することができる。リアクタ33の上流側からは、キャリアガスとしてアルゴンと空気を所定の比率で流すことができ、原料ガスである水蒸気を流すことができる。また、昇温直後にアルゴンをリアクタ33に大量に流すことにより、金属酸化物31を急冷(クエンチ)することができる。この急冷(クエンチ)により、高温で生じる非平衡状態の中間体(フレンケル欠陥構造体)3を、室温においても評価可能にしている。中間体(フレンケル欠陥構造体)3の有無の評価には、X線回折(XRD)による金属酸化物31の格子定数の変化を用いた。また、リアクタ33の下流側にはダイレクトマス分析計(DMS:Direct gas Mass Spectrometer)36が接続されており、リアクタ33内で生成したガス、例えば、酸素、水素の質量分析が可能になっている。この質量分析から、金属酸化物31から放出される酸素の酸素放出量を計測することができる。
【0068】
図5に示すように、まず、金属酸化物31の格子定数の測定を行った。温度1350℃の条件においては、図4のリアクタ33にアルゴンのみを100ml/分のレートで供給し、金属酸化物31の雰囲気をアルゴン雰囲気にした。そして、このアルゴンガスの気流中で、金属酸化物31を1100℃から200℃/minのレートで1350℃まで急速昇温し、1350℃に達した直後にアルゴンを大量に流し急冷(クエンチ)した。そして、室温において金属酸化物31の格子定数をXRDにより測定したところ、格子定数は0.83447nmであった。
【0069】
以下同様に、1400℃に達した直後にアルゴンを大量に流し急冷(クエンチ)し、室温において金属酸化物31の格子定数を測定したところ、格子定数は0.83498nmであった。1450℃に達した直後にアルゴンを大量に流し急冷(クエンチ)し、室温において金属酸化物31の格子定数を測定したところ、格子定数は0.83498nmであった。1500℃に達した直後にアルゴンを大量に流し急冷(クエンチ)し、室温において金属酸化物31の格子定数を測定したところ、格子定数は0.83500nmであった。1550℃に達した直後にアルゴンを大量に流し急冷(クエンチ)し、室温において金属酸化物31の格子定数を測定したところ、格子定数は0.83528nmであった。
【0070】
次に、図6に示すように、金属酸化物31からの酸素放出量の測定を行った。温度1350℃の条件においては、図4のリアクタ33にアルゴンのみを100ml/分のレートで供給し、金属酸化物31の雰囲気をアルゴン雰囲気にした。そして、このアルゴンガスの気流中で、金属酸化物31を1100℃から200℃/minのレートで1350℃まで急速昇温し、1350℃に達した後1350℃一定で3分間保持した。そして、急速昇温から3分間の保持までの間にリアクタ33から放出された酸素の体積をDMS36で測定し、測定された酸素の体積を、金属酸化物31の質量当りの酸素の体積に換算したところ、酸素放出量は0.10cm3/gであった。
【0071】
以下連続して、温度を階段状に上昇させた。金属酸化物31を1350℃から200℃/minのレートで1400℃まで急速昇温し、1400℃に達した後1400℃一定で3分間保持した。そして、1350℃からの急速昇温から3分間の1400℃での保持までの間にリアクタ33から放出された酸素の体積を測定し、金属酸化物31の質量当りの酸素の体積に換算したところ、酸素放出量は0.18cm3/gであった。同様に、金属酸化物31を1400℃から200℃/minのレートで1450℃まで急速昇温し、1450℃に達した後1450℃一定で3分間保持した。そして、1400℃からの急速昇温から3分間の1450℃での保持までの間にリアクタ33から放出された酸素の体積を測定し、金属酸化物31の質量当りの酸素の体積に換算したところ、酸素放出量は0.26cm3/gであった。金属酸化物31を1450℃から200℃/minのレートで1500℃まで急速昇温し、1500℃に達した後1500℃一定で3分間保持した。そして、1450℃からの急速昇温から3分間の1500℃での保持までの間にリアクタ33から放出された酸素の体積を測定し、金属酸化物31の質量当りの酸素の体積に換算したところ、酸素放出量は4.1cm3/gであった。金属酸化物31を1500℃から200℃/minのレートで1550℃まで急速昇温し、1550℃に達した後1550℃一定で3分間保持した。そして、1500℃からの急速昇温から3分間の1550℃での保持までの間にリアクタ33から放出された酸素の体積を測定し、金属酸化物31の質量当りの酸素の体積に換算したところ、酸素放出量は24.2cm3/gであった。
【0072】
図7では、図5で測定した温度に対する格子定数(スピネル型化合物)が正方形でプロットされ、曲線B1の関係が示されている。また、図6で測定した温度に対する酸素放出量が菱形でプロットされ、曲線A1の関係が示されている。
【0073】
ニッケルフェライト(NiFe2O4)の酸素無欠損構造体2における鉄イオンはすべてFe3+であり、酸素放出反応はFe3+のFe2+への還元反応に基づく。従って、酸素放出反応が起こる場合には、Fe3+のFe2+への金属イオンの置換による酸素欠損8が生じ酸素欠損構造体4になるため、通常は黒丸でプロットされた点線B2に示すように、スピネル型化合物のまま格子定数が大きく増加する。しかし、急速昇温した場合には、スピネル型化合物の格子定数は1350℃から1400℃の間で0.83447nmから0.83498nmまで0.00051nmも大きく増大した(曲線B1)。これは酸素放出をほとんど伴わないもので(曲線A1)、通常の酸素欠損8の形成による格子定数の増大によるものとは考えられない。つまり、急速昇温によってスピネル型化合物の格子間隔は広がるが、格子酸素イオン(O2−)は結晶構造中に留まったままとなり酸素ガスとしては放出されない状態がクエンチされていることが示唆される。今回のような急速昇温を伴う集光ビームの照射下においては、酸素放出反応が律則となって、酸素ガス放出の化学反応過程が進行しない状態のまま(非平衡状態)、図1に示すように、スピネル型化合物の格子振動エネルギがν1からν2へ急激に増大し、その高い振動エネルギによって、カチオン正規の格子点の金属イオン(Fe3+)が格子間に移動し、いわゆるフレンケル欠陥7を生じ、トータルとして、照射した集光ビームのエネルギがフレンケル欠陥7の不安定な結晶構造としての化学エネルギに変換されるものと推察される。
【0074】
さらに急速昇温の終点温度を1400℃から、1450℃、および1500℃まで高くしてもスピネル型化合物の格子定数は増大したままでほぼ一定(0.8350nm)に維持された(曲線B1)。また、酸素ガス放出反応は1400℃ではほとんど進行しなかったが、1450と1500℃ではわずかな酸素ガスの放出が見られた(曲線A1)。1400〜1500℃の温度範囲で、格子定数が一定となる理由は次のように考えられる。金属イオン(Fe3+)がスピネル型構造の格子間に移動したフレンケル欠陥7ではウスタイト相の結晶構造が容易に形成でき、また、実際に1450℃と1500℃ではわずかな酸素ガス放出反応に応じてウスタイト相がほんのわずかであるが生成することが認められた。このことから、1400℃で形成されるフレンケル欠陥7は格子定数0.8350nmが限界で、それ以上に格子振動エネルギν2が増大すると、このウスタイト相の形成機構を通じた酸素ガス放出反応過程が進行するようになる。格子間に移動したFe3+がウスタイト相の結晶構造を形成しているが、さらに熱エネルギが吸収されてFe3+がFe2+に還元されてウスタイト相が分離する。
【0075】
なお、図7の三角形のプロットの点線A2は、熱天秤を用いて50℃/分以下の緩慢な昇温速度で高温のArガス気流で終点温度まで金属酸化物31の温度を上げ、終点温度間の金属酸化物31の重量変化を放出酸素量として測定した結果である。黒丸プロットの点線B2は、同様の昇温条件の50℃/分以下の緩慢な昇温速度で赤外イメージ炉32を用いて終点温度まで温度を上げ、到達した時点で急冷してクエンチし、室温にてスピネル型化合物の格子定数を測定した結果である。点線A2に見られるように、急速昇温での酸素放出量の変化(曲線A1)とは異なり、終点温度1350〜1500℃(横軸)においても酸素放出が起こっていることが確認される(点線A2)。緩慢な温度上昇でのArガス気流中(不純物の酸素ガスによる低酸素分圧=pO2[impurity])においては、終点温度の平衡酸素分圧(pO2[impurity])に向かって還元反応が緩やかに進行しているので、昇温によって増大した格子振動エネルギは格子酸素イオン(O2−)が酸素ガスとして遊離する還元反応(熱天秤での重量滅少として観測それる酸素放出反応;曲線A2)として利用され、急速昇温の場合のようなフレンケル欠陥7は生じないものと思われる。その代わり、酸素ガス放出反応が進行するので酸素欠損8が形成され、格子定数のより大きな格子欠損型スピネル横造(酸素欠損構造体)4が生成すると考えられる。実際に点線B2に見られるように、緩慢昇温でのスピネル型構造の格子定数は、急速昇温の場合の曲線B1よりも大きくなっている。
【0076】
また、終点温度1400〜1500℃の間では緩慢な昇温で酸素欠損の生じたスピネル型化合物の格子定数は0.8356nm付近にあり(点線B2)、急速昇温で終点温度1400〜1500℃の間で一定となる格子定数(0.8350nm)(曲線B1)よりも0.0006nmだけ大きい。これは酸素欠損8が生成するはずのものが、急速昇温では酸素ガス放出反応速度が律則となってフレンケル欠陥7を生じて0.0006nmだけ格子間隔が縮まったまま非平衡状態でクエンチされたことを示唆する。
【0077】
さらに、終点温度を1550℃にまで上げると、急速昇温(曲線A1)と緩慢昇温(点線A2)のいずれにおいても酸素放出量に大きな増大が見られた。またいずれもウスタイト相(FeO)の形成がわずか見られるが主生成物はスピネル型化合物であったことから、この酸素放出はスピネル型化合物の酸素欠損度の増大によるものとみられる。つまり、1550℃では酸素ガス放出反応の反応速度が大きくなり、急速昇温による格子振動エネルギν2の急激な増大に応じて酸素ガスの放出反応が進行し、酸素欠損スピネル型構造(酸素欠損構造体4)が形成されるものと推察される。恐らく、1550℃までの急速昇温中、1400〜1500℃の温度を通過する間、酸素ガスの放出反応は進行しないで、遷移状態とみることができるフレンケル欠陥7のスピネル型化合物(フレンケル欠陥構造体3:遷移状態反応性フェライト)になっていると考えられる。この遷移状態反応性フェライトは1550℃の終点温度においては、酸素を放出して安定な酸素欠損型スピネル化合物(酸素欠損構造体4)へと変化する。1550℃での酸素放出量(25cm3/g)は使用したニッケルフェライト(NiFe2O4)のFe3+の約25%程度が還元される量に相当していたことから、フレンケル欠陥7についてもこの程度のFe3+が格子間に移動しているものと推察される。
【0078】
以上から、図1に示すように、1550℃への急速昇温によって、中間体変換ステップS1が進行し、非平衡状態で遷移状態反応性フェライト(フレンケル欠陥構造体3のスピネル型化合物)が生成する。この生成反応は式(1)で表される。還元体変換ステップS2において、式(2)に示すように、遷移状態反応性フェライトが1550℃では安定相である酸素欠損型スピネル化合物(酸素欠損反応性フェライト:酸素欠損構造体4)に容易に変化する。これは、この式(2)の反応の△Gは十分に大きな負の値と考えられ、反応が右側に偏っているからである。式(2)の反応での酸素ガス放出は大きな酸素分圧下においても進行すると期待される。
(酸素無欠損構造体)→(フレンケル欠陥構造体) (1)
(フレンケル欠陥構造体)=(酸素欠損構造体)+O2 (2)
(酸素欠損構造体)+H2O=(酸素無欠損構造体)+ H2 (3)
【0079】
実際に、下記実施例2でも述べるように空気をArガスで1/5に希釈した気流中で、3gのニッケルフェライトを用いて、赤外イメージ炉32の擬似集光太陽光を照射して、急速昇温により1550℃まで昇温したときに発生した酸素ガスをDMS36により測定すると、気流中の酸素分圧(1/10気圧)よりもさらに高いレベル(0.8気圧)で酸素ガスが放出することが確認された。空気中の酸素濃度は0.2気圧であるので、空気中でも酸素放出を大量かつ瞬間に起こさせると考えられる。
【0080】
また、酸素放出後に赤外イメージ炉32による集光照射を遮断して照射を瞬時に停止し、リアクタ33内にArガスを急速注入して反応炉内をArガスで置換し急冷した。そして、室温においてニッケルフェライトを取り出しXRDの測定を行った。XRDより、酸素欠損型スピネル化合物は、酸素欠損状態であると共に、わずかなウスタイト相の形成が確認された。この酸素欠損型スピネル化合物は式(3)の反応により水素を生成させることが確認された。
【0081】
これらの実験結果に基づけば、酸素放出反応室9内において集光した太陽光5を照射して急速昇温による酸素放出反応を行わせ、その後、1気圧程度に酸素ガスが充満している酸素放出反応室9から酸素欠損状態を維持したまま、水蒸気との反応による水素生成反応室10へと移動させることにより、水素の製造は可能であると考えられる。
【0082】
(実施例2)
実施例2でも、実施例1で用いた評価装置30を用いて評価実験を行った。実施例1では、図4のリアクタ33にアルゴンのみを100ml/分のレートで供給したが、実施例2では、アルゴンと空気の混合ガスを供給した。混合の比率は、空気1に対してアルゴン4に設定した。大気の酸素分圧が2×104Pa(0.2気圧)であるので、大気をアルゴンで5倍に希釈したので、酸素分圧は0.4×104Pa(0.04気圧)になっている。
【0083】
そして、図8に示すように、金属酸化物31からの酸素放出量の測定を行った。図4のリアクタ33にアルゴンと空気の混合ガスを100ml/分のレートで供給し、金属酸化物31の雰囲気を混合ガスの雰囲気にした。そして、この混合ガスの気流中で、金属酸化物31を1100℃から200℃/minのレートで1500℃まで急速昇温し、1500℃に達した後1500℃一定で3分間保持した。以下連続して、温度を階段状に上昇させ、金属酸化物31を1500℃から200℃/minのレートで1550℃まで急速昇温し、1550℃に達した後1550℃一定で3分間保持した。さらに、金属酸化物31を1550℃から200℃/minのレートで1600℃まで急速昇温し、1600℃に達した後1600℃一定で3分間保持した。図8は、このような温度シーケンスをしたときの、金属酸化物31からの酸素放出量の時間プロファイルである。急速昇温を、1500℃までする場合、1550℃までする場合、1600℃までする場合のそれぞれのばあいにおいて、酸素の放出が観測された。また、酸素放出量は、急速昇温の終点温度が高いほど高くなっている。
【0084】
実施例2によれば、酸素分圧が0.4×104Pa(0.04気圧)であっても酸素が放出されることがわかった。
【0085】
(実施例3)
実施例3でも、実施例1で用いた評価装置30を用いて評価実験を行った。実施例1では、図4のリアクタ33にアルゴンのみを100ml/分のレートで供給したが、実施例3では、空気のみを供給した。大気の酸素分圧が2×104Pa(0.2気圧)であるので、金属酸化物1の雰囲気の酸素分圧は2×104Pa(0.2気圧)になっている。
【0086】
そして、図9に示すように、金属酸化物31からの酸素放出量の測定を行った。図4のリアクタ33に空気のみを100ml/分のレートで供給し、金属酸化物31の雰囲気を空気の雰囲気にした。そして、この空気の気流中で、金属酸化物31を実施例2と同じ温度シーケンスで昇温した。図9は、このような温度シーケンスをしたときの、金属酸化物31からの酸素放出量の時間プロファイルである。急速昇温を、1500℃までする場合、1550℃までする場合、1600℃までする場合のそれぞれのばあいにおいて、酸素の放出が観測された。また、酸素放出量は、急速昇温の終点温度が高いほど高くなっている。実施例3によれば、空気中であっても酸素が放出されることがわかった。
【0087】
(実施例4)
実施例4でも、実施例1で用いた評価装置30を用いて評価実験を行った。実施例4では、図4のリアクタ33に水蒸気を供給し、水の分解による酸素と水素を検出した。中間体変換ステップS1と、還元体変換ステップS2と、水素生成ステップS3とからなる3ステップのサイクルを、1サイクル20分間で3回実施した。そして、図10に示すように、金属酸化物31からの酸素放出量の測定を行った。また、図11に示すように、金属酸化物31からの水素生成量の測定を行った。酸素放出量も水素生成量も20分間の周期で量が増加していることが確認された。このことから、増加した酸素放出量も水素生成量は酸化還元反応による水分解に伴うものであると考えられる。図10の酸素の信号強度と、図11の水素の信号強度の比である、H2/O2比は1.6で、理論値2.0よりも低い値であった。これは、図10の最初の酸素放出ピークのみが特に大きく、初期の金属酸化物31中の過剰のFe3+が還元されているためだと考えられる。この最初のピークを除外すれば、ほぼ理論値2.0に近い値となる。このことからも、水蒸気が原料ガスとして、水素と酸素が生成していると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明の実施形態に係る金属酸化物の状態遷移図である。
【図2】本発明の実施形態に係る水素製造装置の構成図である。
【図3】本発明の実施形態に係る水素製造放置の断面図である。
【図4】実施例1で用いた水素製造装置の評価装置の構成図である。
【図5】アルゴン雰囲気中の金属酸化物の温度に対する格子定数の関係を示す表である。
【図6】アルゴン雰囲気中の金属酸化物の温度に対する酸素放出量の関係を示す表である。
【図7】アルゴン雰囲気中の金属酸化物の温度に対する、酸素放出量の関係と格子定数の関係を示すグラフである。
【図8】実施例2の4倍希釈の空気雰囲気中の金属酸化物の温度を階段状に上昇させた際の酸素放出量のプロファイルである。
【図9】実施例3の空気雰囲気中の金属酸化物の温度を階段状に上昇させた際の酸素放出量のプロファイルである。
【図10】実施例4に係る水素製造方法の三段階水分解反応により、放出された酸素のプロファイルのプロファイルである。
【図11】実施例4に係る水素製造方法の三段階水分解反応により、放出された酸素のプロファイルのプロファイルである。
【符号の説明】
【0089】
1 金属酸化物(板状)
2 酸素無欠損構造体
3 中間体(フレンケル欠陥構造体)
4 酸素欠損構造体
5 集光した太陽光
6 原料ガス
7 フレンケル欠陥
8 酸素欠損
9 酸素放出反応室
10 水素生成反応室
11 ロータ
12 回転軸
14 断熱材
16a、16b、16c ガスシール
17 ディスパージョンヘッド
20 水素製造装置
24 主ビーム照射装置
30 評価装置
31 金属酸化物(棒状)
32 赤外イメージ炉(擬似集光太陽ビーム照射装置)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属酸化物を80℃/分以上のレートで急速昇温し、前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップと、
前記金属酸化物の雰囲気を、前記酸素ガスの雰囲気から、酸素原子と水素原子を含む分子からなる原料ガスの雰囲気に換え、前記金属酸化物は前記原料ガスを分解し、前記酸素原子を取り込み、前記水素原子から水素ガスを生成する水素生成ステップとを有することを特徴とする水素製造方法。
【請求項2】
前記酸素放出ステップと前記水素生成ステップとを交互に繰り返すことを特徴とする請求項1に記載の水素製造方法。
【請求項3】
前記急速昇温では、集光した太陽光を前記金属酸化物に照射することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の水素製造方法。
【請求項4】
前記酸素放出ステップは、
前記金属酸化物から前記酸素ガスが放出される反応が非平衡状態になるように、前記金属酸化物を第1温度まで昇温し、前記金属酸化物を不安定な状態で酸素原子が閉じ込められた中間体に変換する中間体変換ステップと、
前記反応が平衡状態になるように、前記第1温度より高い第2温度まで昇温し、前記中間体から不安定な状態の前記酸素原子を放出し、前記中間体を前記金属酸化物の還元体に変換する還元体変換ステップとを有することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項5】
前記中間体は、前記金属酸化物に、前記金属酸化物を構成する金属原子が格子間原子となるフレンケル欠陥を生成したものであり、
前記還元体変換ステップでは、前記フレンケル欠陥の消滅に伴って、前記中間体に酸素欠損が生成され、前記酸素ガスが放出されることを特徴とする請求項4に記載の水素製造方法。
【請求項6】
前記酸素放出ステップは、
前記急速昇温よって非平衡状態でフレンケル欠陥が生じたスピネル型化合物のフレンケル欠陥構造体を生成し、
前記フレンケル欠陥構造体が昇温されると、酸素を放出して安定相である酸素欠損型スピネル化合物の酸素欠損構造体を生成することを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項7】
前記原料ガスは、水蒸気であることを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項8】
前記金属酸化物は、フェライトであることを特徴とする請求項1乃至請求項7のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項9】
前記金属酸化物は、ニッケル(Ni)フェライト、コバルト(Co)フェライト、マンガン(Mn)フェライト、ニッケルコバルト(NiCo)フェライトであり、前記急速昇温では1500℃以上に昇温することを特徴とする請求項1乃至請求項8のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項10】
前記金属酸化物は、亜鉛(Zn)フェライトであり、前記急速昇温では1200℃以上に昇温することを特徴とする請求項1乃至請求項8のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項11】
前記金属酸化物は、ニッケルマンガン(NiMn)フェライト、コバルトマンガン(CoMn)フェライトであり、前記急速昇温では1300℃以上に昇温することを特徴とする請求項1乃至請求項8のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項12】
前記酸素ガスが放出される雰囲気の酸素分圧は0.4×104Pa(0.04気圧)以上であることを特徴とする請求項1乃至請求項11のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項13】
金属酸化物を80℃/分以上のレートで急速昇温し、酸素ガスの雰囲気下で、前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出反応室と、
酸素原子と水素原子を含む分子からなる原料ガスの雰囲気下で、前記金属酸化物は前記原料ガスを分解し、前記酸素原子を取り込み、前記水素原子から水素ガスを生成する水素生成反応室とを有し、
前記金属酸化物は、前記酸素放出反応室と、前記水素生成反応室とに交互に繰り返し入室することを特徴とする水素製造装置。
【請求項14】
前記急速昇温で、集光した太陽光を前記金属酸化物に照射することを特徴とする請求項13に記載の水素製造装置。
【請求項15】
前記金属酸化物が外周に配置され、前記金属酸化物を伴って回転するロータを有し、
前記酸素放出反応室と、前記水素生成反応室とは、前記ロータの外周面に沿って設けられ、
前記外周面は、前記酸素放出反応室の壁の一面と、前記水素生成反応室の壁の一面を構成し、
前記ロータの回転によって、前記金属酸化物は、前記酸素放出反応室と、前記水素生成反応室とに対して移動することを特徴とする請求項13または請求項14に記載の水素製造装置。
【請求項16】
前記酸素放出反応室と、前記水素生成反応室とは、不活性ガスを用いたガスシールによって分離されていることを特徴とする請求項13乃至請求項15のいずれか1項に記載の水素製造装置。
【請求項17】
前記金属酸化物の前記太陽光が照射されない面には、断熱材を設けることを特徴とする請求項13乃至請求項16のいずれか1項に記載の水素製造装置。
【請求項18】
スピネル型化合物であり、80℃/分以上のレートでの急速昇温より非平衡状態でのフレンケル欠陥が生じており、不安定な状態で酸素原子が閉じ込められていることを特徴とする金属酸化物。
【請求項19】
前記急速昇温された前記金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数は、
前記金属酸化物から酸素を放出させた際の前記金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数より小さく、
前記フレンケル欠陥が消滅している際の前記金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数より大きいことを特徴とする請求項18に記載の金属酸化物。
【請求項20】
前記金属酸化物は、ニッケル(Ni)フェライトであり、
前記急速昇温された前記金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数は、0.8346nm以上であり、0.8352nm以下であることを特徴とする請求項18または請求項19に記載の金属酸化物。
【請求項1】
金属酸化物を80℃/分以上のレートで急速昇温し、前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出ステップと、
前記金属酸化物の雰囲気を、前記酸素ガスの雰囲気から、酸素原子と水素原子を含む分子からなる原料ガスの雰囲気に換え、前記金属酸化物は前記原料ガスを分解し、前記酸素原子を取り込み、前記水素原子から水素ガスを生成する水素生成ステップとを有することを特徴とする水素製造方法。
【請求項2】
前記酸素放出ステップと前記水素生成ステップとを交互に繰り返すことを特徴とする請求項1に記載の水素製造方法。
【請求項3】
前記急速昇温では、集光した太陽光を前記金属酸化物に照射することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の水素製造方法。
【請求項4】
前記酸素放出ステップは、
前記金属酸化物から前記酸素ガスが放出される反応が非平衡状態になるように、前記金属酸化物を第1温度まで昇温し、前記金属酸化物を不安定な状態で酸素原子が閉じ込められた中間体に変換する中間体変換ステップと、
前記反応が平衡状態になるように、前記第1温度より高い第2温度まで昇温し、前記中間体から不安定な状態の前記酸素原子を放出し、前記中間体を前記金属酸化物の還元体に変換する還元体変換ステップとを有することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項5】
前記中間体は、前記金属酸化物に、前記金属酸化物を構成する金属原子が格子間原子となるフレンケル欠陥を生成したものであり、
前記還元体変換ステップでは、前記フレンケル欠陥の消滅に伴って、前記中間体に酸素欠損が生成され、前記酸素ガスが放出されることを特徴とする請求項4に記載の水素製造方法。
【請求項6】
前記酸素放出ステップは、
前記急速昇温よって非平衡状態でフレンケル欠陥が生じたスピネル型化合物のフレンケル欠陥構造体を生成し、
前記フレンケル欠陥構造体が昇温されると、酸素を放出して安定相である酸素欠損型スピネル化合物の酸素欠損構造体を生成することを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項7】
前記原料ガスは、水蒸気であることを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項8】
前記金属酸化物は、フェライトであることを特徴とする請求項1乃至請求項7のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項9】
前記金属酸化物は、ニッケル(Ni)フェライト、コバルト(Co)フェライト、マンガン(Mn)フェライト、ニッケルコバルト(NiCo)フェライトであり、前記急速昇温では1500℃以上に昇温することを特徴とする請求項1乃至請求項8のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項10】
前記金属酸化物は、亜鉛(Zn)フェライトであり、前記急速昇温では1200℃以上に昇温することを特徴とする請求項1乃至請求項8のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項11】
前記金属酸化物は、ニッケルマンガン(NiMn)フェライト、コバルトマンガン(CoMn)フェライトであり、前記急速昇温では1300℃以上に昇温することを特徴とする請求項1乃至請求項8のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項12】
前記酸素ガスが放出される雰囲気の酸素分圧は0.4×104Pa(0.04気圧)以上であることを特徴とする請求項1乃至請求項11のいずれか1項に記載の水素製造方法。
【請求項13】
金属酸化物を80℃/分以上のレートで急速昇温し、酸素ガスの雰囲気下で、前記金属酸化物から酸素ガスを放出させる酸素放出反応室と、
酸素原子と水素原子を含む分子からなる原料ガスの雰囲気下で、前記金属酸化物は前記原料ガスを分解し、前記酸素原子を取り込み、前記水素原子から水素ガスを生成する水素生成反応室とを有し、
前記金属酸化物は、前記酸素放出反応室と、前記水素生成反応室とに交互に繰り返し入室することを特徴とする水素製造装置。
【請求項14】
前記急速昇温で、集光した太陽光を前記金属酸化物に照射することを特徴とする請求項13に記載の水素製造装置。
【請求項15】
前記金属酸化物が外周に配置され、前記金属酸化物を伴って回転するロータを有し、
前記酸素放出反応室と、前記水素生成反応室とは、前記ロータの外周面に沿って設けられ、
前記外周面は、前記酸素放出反応室の壁の一面と、前記水素生成反応室の壁の一面を構成し、
前記ロータの回転によって、前記金属酸化物は、前記酸素放出反応室と、前記水素生成反応室とに対して移動することを特徴とする請求項13または請求項14に記載の水素製造装置。
【請求項16】
前記酸素放出反応室と、前記水素生成反応室とは、不活性ガスを用いたガスシールによって分離されていることを特徴とする請求項13乃至請求項15のいずれか1項に記載の水素製造装置。
【請求項17】
前記金属酸化物の前記太陽光が照射されない面には、断熱材を設けることを特徴とする請求項13乃至請求項16のいずれか1項に記載の水素製造装置。
【請求項18】
スピネル型化合物であり、80℃/分以上のレートでの急速昇温より非平衡状態でのフレンケル欠陥が生じており、不安定な状態で酸素原子が閉じ込められていることを特徴とする金属酸化物。
【請求項19】
前記急速昇温された前記金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数は、
前記金属酸化物から酸素を放出させた際の前記金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数より小さく、
前記フレンケル欠陥が消滅している際の前記金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数より大きいことを特徴とする請求項18に記載の金属酸化物。
【請求項20】
前記金属酸化物は、ニッケル(Ni)フェライトであり、
前記急速昇温された前記金属酸化物を急冷クエンチしたときの格子定数は、0.8346nm以上であり、0.8352nm以下であることを特徴とする請求項18または請求項19に記載の金属酸化物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2008−94636(P2008−94636A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−274864(P2006−274864)
【出願日】平成18年10月6日(2006.10.6)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年10月6日(2006.10.6)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】
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