説明

水素製造方法及び酢酸利用水素生成菌

【課題】光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物を用いて水素を製造する方法を提供すること、及び、当該能力を備えた微生物を提供すること。
【解決手段】光エネルギーを用いず酢酸から水素を生産する能力を備えた微生物を用いて発酵法により水素を製造する方法。光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物を利用して水素を製造する方法に関する。更に、本発明は、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
水素はエネルギー変換効率が高く、燃焼しても二酸化炭素を発生しないことから、化石資源代替エネルギーとして、燃料電池や自動車燃料等への利用及び普及が期待されている。
【0003】
水素の生成方法には、メタンと水蒸気を高温高圧下で反応させて水素を発生する方法や、石炭を高温で燃焼する事により水素を発生する方法、微生物を利用してバイオマスから水素を生成する方法などが知られている。
【0004】
これらのうち、前2者の方法は、水素生成の原材料やエネルギー源として化石資源を大量に消費するという問題がある。一方、微生物を利用する方法は必要なエネルギーが比較的少なく、エネルギー収支も比較的良いという利点がある。またバイオマスを原材料として水素を生成することから資源循環の点でも優れている。このため、微生物による水素生成の高効率化が試みられ、様々な水素生成菌の研究がなされている。
【0005】
現在、水素生成菌として報告されているものには、グルコース解糖系からNADHとヒドロゲナーゼにより水素を生成するClostridium属の細菌(非特許文献1)、ギ酸からギ酸水素リアーゼにより水素を生成するEnterobacter属の細菌など(非特許文献2)の発酵により水素を生成する微生物が知られている。
【0006】
しかし、グルコース等の発酵により水素を生成する方法では、発酵が進むにつれ、酢酸を主とする有機酸が蓄積するため、pHが低下し、水素生成菌の生育が阻害される。また、原料の一部が酢酸となることにより、原料からの水素収率が低下する。
【0007】
このように水素収率が低下する問題に対し、水素生成菌と光合成細菌を組み合わせ、残存する有機酸を水素に変換する方法(非特許文献3)や、メタン発酵菌と組み合わせ、残存する酢酸をメタンに変換し、得られたメタンを水蒸気改質により水素に変換する方法(非特許文献4)なども知られている。しかしながら、光合成細菌により酢酸を水素に変換するには、光の照射が必要である。また、メタン発酵菌により酢酸をメタンに変換し、得られたメタンを水素に水蒸気改質する手法は、新たに投入エネルギーが必要になるという問題がある。
【0008】
また、有機酸を基質として微生物により水素を製造する方法も報告されているが、当該方法においては、水素化触媒を必要とし、水素化触媒に水素を付加させ、この水素化触媒から水素を取り出している(特許文献1)。
【特許文献1】特開2007−68438号公報
【非特許文献1】Kaushik N. and Debabrata D.: Improvement of fermentative hydrogen production: various approaches. Appl. Microbiol. Biotechnol. 65: 520-529(2004)
【非特許文献2】Yoshida A., Nishimura T., Kawaguchi H., Inui M., and Yukawa H.: Enhanced hydrogen production from formic acid by formate hydrogen lyase-overexpressing Escherichia coli strains. Appl. Environ. Microbiol. 71: 6762-6768(2005).
【非特許文献3】Kim M., Baek J., Yun Y., Jun S., Park S., Kim S.: Hydrogen production from Chlamydomonas reinhardtii biomass using a two-step conversion process: Anaerobic conversion and photosynthetic fermentation. Int. Hydrogen Energy. 31:812-816 (2006) .
【非特許文献4】最首公司 バイオマスの現状と課題 バイオマスの可能性と限界.: 産業と環境. 35:33-35 (2006).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物を用いて水素を製造する方法を提供すること、及び、当該能力を備えた微生物を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、酢酸を微生物単独で水素に変換することができれば、pHの低下を防ぐことができるとともに、酢酸からも水素が得られ、水素の収率が向上し得ると考え、鋭意検討を行った。
【0011】
その結果、驚くべきことに酢酸から水素を気相に直接生成する能力を有する微生物を見出し、更に検討を重ねて、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明は、以下の微生物、及び、当該微生物を利用した水素の製造方法に関する。
【0013】
項1:光エネルギーを用いず酢酸から水素を生産する能力を備えた微生物を用いて発酵法により水素を製造する方法。
【0014】
好ましくは、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生産する能力を備えた微生物を用いて、水素化物質の非存在下、発酵法により水素を製造する方法。
【0015】
好ましくは、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を有する微生物を、有機性基質を含む培地中で培養する工程を備えた水素の製造方法。
【0016】
項2:光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物に加えて、炭素源から有機酸又は有機酸及び水素を生成する能力を備えた微生物を用いる
項1に記載の水素の製造方法。
【0017】
好ましくは、炭素源から酢酸又は酢酸及び水素を生成する能力を備えた微生物を、炭素源を含む培地中で培養する工程、及び、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物を、酢酸を含む培地中で培養する工程
を備えた水素の製造方法。
【0018】
尚、この場合、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物を培養する工程と、炭素源から酢酸又は酢酸と水素を生成する微生物を培養する工程を同時に行う場合が含まれる。換言すると、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を有する微生物、及び炭素源から酢酸又は酢酸及び水素を生成する能力を有する炭素源利用微生物を、炭素源を含む培地中で混合培養する工程を備えた水素の製造方法が含まれる。
【0019】
好ましくは、前記光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物が、バチルス属に属する微生物である項1又は2に記載の製造方法。
【0020】
好ましくは、前記光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物が、バチルス・スピーシーズ(Bacillus sp.)HPA1株(受領番号 FERM AP−21330 )である項1又は2に記載の製造方法。
【0021】
項3:光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物。
【0022】
好ましくは、バチルス属に属する項3に記載の微生物。
【0023】
好ましくは、酢酸から水素を生成する能力を備えた新規微生物バチルス・スピーシーズ(Bacillus sp.)HPA1株(受領番号 FERM AP−21330)。
【0024】
以下、本発明について、更に詳細に説明する。
【0025】
1.水素製造方法
本発明は、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を有する微生物を利用して、発酵法により水素を製造することのできる方法を提供する。
【0026】
即ち、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を有する微生物により、有機性基質を含む培地で培養することにより、光エネルギー、更には水素化触媒等も要せずに、直接水素を生成することが可能な方法を提供する。
【0027】
培地は、本発明の微生物が生育可能な成分を備えたものであれば、特に限定されない。例えば、酢酸を基質の一つとして含む培地や、グルコース等の炭素源を含む培地中で炭素源から酢酸又は酢酸及び水素を生成する微生物を培養することによって、酢酸が生成された培地を使用することができる。
【0028】
また、本発明の製造方法には、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を有する微生物を単独で用いる場合に加えて、他の微生物を更に用いる場合も含まれる。
【0029】
他の微生物の種類は特に限定されないが、例えば、炭素源から有機酸や水素を生成する能力を有する微生物が挙げられる。
【0030】
例えば、本発明の製造方法は、炭素源から酢酸又は酢酸及び水素を生成する能力を備えた微生物を、炭素源を含む培地中で培養する工程、及び、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物を、酢酸を含む培地中で培養する工程を備えた方法とすることができる。
【0031】
この場合、炭素源から酢酸又は酢酸及び水素を生成する工程は、酢酸から水素を生成する工程に先立って行ってもよく、同時に行うものであってもよい。
【0032】
例えば、前者の場合は、炭素源から酢酸又は酢酸及び水素を生成する能力を備えた微生物を、炭素源を含む培地中で培養する工程と、上記工程後、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を有する微生物を、得られた酢酸を含む培地中で培養する工程を備えた方法とすることができる。
【0033】
また、後者の場合は、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を有する微生物、及び炭素源から酢酸又は酢酸及び水素を生成する能力を有する炭素源利用微生物を、炭素源を含む培地中で混合培養する工程を備えた方法とすることができる。この場合、酢酸から水素を生成する能力を有する微生物は、炭素源から酢酸又は酢酸及び水素を生成する能力を有する微生物により炭素源から生成された酢酸を含む培地中で培養されることとなる。
【0034】
炭素源から酢酸又は酢酸及び水素を生成する能力を有する微生物は、特定の属或いは特定の種に限定されず、そのような性質を有することが知られた公知の微生物を用いることができる。また、微生物は1種でなく、2種以上組み合わせて用いることもできる。例えば、炭素源から酢酸以外の有機酸を生成する微生物と、前記有機酸から酢酸を生成する能力を有する微生物を組み合わせて用いることができる。
【0035】
例えば、炭素源を基質として有機酸又は有機酸及び水素を生成する能力を有する微生物を利用する工程としては、Clostridium属の細菌をグルコース又は糖質バイオマスを含む培地に培養する工程や、Clostridium属の細菌をピルビン酸を含む培地に培養する工程などを挙げることができる。
【0036】
また、本発明には、本発明の効果を阻害しない範囲であれば、炭素源から他の経路により水素を生成する工程を更に設けることもできる。例えば、Enterobacter属及び/又はEscherichia属の細菌を、ギ酸を含む培地に培養して、水素を生成する工程等を更に設けることもできる。
【0037】
微生物の培養方法及び培養条件は、水素の生成が可能な範囲で適宜設定することができるが、好ましくは、嫌気条件下で行う。
【0038】
また生成された水素は気相から直接利用することもでき、また公知の方法に従って分離又は回収して利用することもできる。
【0039】
光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を有する微生物は、酢酸を基質として、微生物単独で酢酸から水素を生成し得る微生物であれば、特に限定されないが、下記に記載された本発明の酢酸利用水素生産菌が好ましく用いられる。なお、微生物単独で酢酸から水素を生成可能とは、光や水素化物質等の非存在下に、基質から水素を直接気相に生成可能であることを意味する。従って、水素の生成工程において他の微生物が共存することを妨げる趣旨ではない。
【0040】
また、酢酸から水素を生成する能力を有する微生物とは、酢酸だけでなく、酢酸以外の有機物から水素を生成する能力を備えたものであってもよい。
【0041】
2.酢酸利用水素生成菌
本発明は、上記製造方法において用いることのできる、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物、換言すると、光エネルギーを用いず酢酸を水素に変換する能力を備えた微生物を提供する。以下、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物を、「酢酸利用水素生成菌」とも称する。
【0042】
本発明の酢酸利用水素生成菌は、酢酸から水素を生成する工程において光を要せず、光合成反応を利用せずに水素生成が可能である。また、水素生成のために他の菌株との共生を要さず、分離した単一菌株として、水素生成が可能である。また、培地中で酢酸から水素を生成する際に、水素化物質や他のエネルギーを必要とせず、微生物単独で水素を気相に直接生成することが可能である。尚、水素生成において、他の菌株等との共生乃至共存を妨げる趣旨ではない。
【0043】
2-1)水素生成能力
本発明の微生物における酢酸から水素を生成する能力は、例えば、以下のように確認することができる。
【0044】
a)水素生成の確認
酢酸又は酢酸イオンを主な基質として含む培地に、色素及び水素化触媒と、対象となる微生物を加えて培養する。培養後、色素の脱色により水素の発生の有無を確認する。
【0045】
色素としては、例えば、エバンスブルーなどのアゾ化合物及び水素化触媒としては、例えばウィルキンソン触媒や金属ナノコロイドが挙げられる。当該色素は水素が存在しない条件下で青色を呈するが、微生物により水素が生成されると水素化触媒により水素が付加され脱色する。
【0046】
b)酢酸減少量と水素生成量の解析
酢酸又は酢酸イオンを主な基質として含む培地に、対象となる微生物を加えて培養し、酢酸イオン濃度の経時的変化を測定すると共に、同じ系内のガス濃度の変化を測定する。酢酸又は酢酸イオン濃度の減少と共に、水素の発生又は増加が見られるかを確認する。
【0047】
酢酸又は酢酸イオン濃度は、例えば、HPLC分析により測定することができる。
【0048】
またガス濃度の変化、及びガス中の水素の発生及び増加は、例えば、ガスクロマトグラフィー(GC)分析によって測定することができる。
【0049】
2-2)酢酸利用水素生成菌の取得
上記能力を有する微生物は、例えば、以下のような探索を行って、得ることができる。
【0050】
環境中から取得した土壌サンプルを滅菌水に懸濁した土壌懸濁液として調製した試料に、色素及び水素化触媒を酢酸ナトリウムを含む培地に加えて、嫌気条件下で培養する。培養後、色素の脱色が確認されたサンプルを、培地上でシングルコロニーアイソレーションし、1次スクリーニング取得菌株とする。
【0051】
1次スクリーニングで取得した単離菌株を、色素及び水素化触媒を加えた酢酸ナトリウムを含む培地に一白金耳植菌して、嫌気条件下で培養する。培養後、色素の脱色が確認されたサンプルを2次スクリーニング取得菌株とする。
【0052】
2次スクリーニングで取得した菌株を、酢酸ナトリウムを含む培地にて培養する。生育が十分確認できたプレートを用いて、菌懸濁液を作製する。嫌気ボックス内で、適当な容器を用いて、基質として酢酸ナトリウムを含む培地に、色素及び水素化触媒を加え、更に作製した菌懸濁液を添加して、培養し、色素の色変化を確認する。色素が脱色したサンプルについて、ヘッドスペース中のガス組成をガスクロマトグラフィー(GC)分析し、水素の生成が確認された菌株を取得する。
【0053】
このように取得された菌株の一つとして、バチルス・スピーシーズ(Bacillus sp.)HPA1株を挙げることができる。
【0054】
2-3)Bacillus sp.HPA1株
Bacillus sp.HPA1株は、下記のような菌学的性質を有する。
【0055】
(形態学的性質)
通性嫌気性のグラム染色陽性の桿菌。培養温度37℃の好気条件下で生育性を示し、LB Agar培地上でのコロニー色はクリーム色を呈する。
【0056】
また、後述の実施例に示される簡易形態観察結果を有する。
【0057】
(分類学的性質)
HPA1株の16S rDNA部分配列は、BLASTを用いたアポロンDB-BA3.0に対する相同性検索の結果、Bacillus由来の16S rDNAに対し高い相同性を示し、B. licheniformisDSM13株およびB. aeriusK24株の16S rDNAに対し、相同率99.4 %の高い相同性を示す。
【0058】
またBLASTを用いた国際塩基配列データベースGenBank/DDBJ/EMBLに対する相同性検索の結果においても、B. licheniformisおよびB. aerius由来の16S rDNAに対し、高い相同性を示す。
【0059】
当該相同性検索結果に基づき、16SrDNAを用いて行った簡易分子系統解析の結果、HPA1株はB. licheniformis、B. aeriusおよびB. stratosphericusの16S rDNAと系統枝を形成し、枝の長さからB. licheniformisおよびB. aeriusに最も近縁であることが示された。しかし、HPA1株とB. licheniformisおよびB. aeriusの16S rDNAは完全には一致しない。
【0060】
また、簡易形態観察の結果は、Bacillusの一般性状を示していると考えられるが、今回の観察では芽胞形成は確認できなかった。
【0061】
以上の諸性質から本菌株はBacillus属に属すると考えられるが、該当種が判明しないことから、バチルス・スピーシーズ(Bacillus sp.)に属せしめるのが適当であると認められた。そのため、本菌を新菌株と認定し、バチルス・スピーシーズ(Bacillus sp.)HPA1株と命名した。尚、本菌株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(〒305-8566茨城県つくば市東1-1-1中央第6)に、受領番号 FERM AP−21330として、平成19年7月30日に寄託された。以下、本菌株を「HPA1株」とも称する。
【0062】
HPA1株は、例えば、LB培地(ペプトン10 g/L、乾燥酵母エキス5 g/L、塩化ナトリウム5 g/L)で培養可能である。但し、当該培地に限定されることはなく、通常の微生物の生育に必要であって、菌株が資化可能な栄養源を備えた培地であれば、培養可能である。
【0063】
また、HPA1株の培養方法及び条件は、菌株が生育する範囲で適宜設定することができ、好気条件下、静置培養により行うことができる。また嫌気条件下で培養可能である。
【0064】
培養温度は、菌株が良好に生育出来る温度範囲で適宜設定できるが、通常20〜40℃、好ましくは、30〜37℃程度である。
【0065】
また、培養において、光は、要しない。
【0066】
HPA1株は、凍結乾燥法及び凍結法により保管可能である。例えば、室温で、保護剤として10%スキムミルクを用いて、凍結乾燥法により保管できる。また、-80℃で、保護剤として20% グリセロールを用いて、凍結法により保管できる。但し、当該条件に限定されることはない。
【0067】
HPA1株は、後述する実施例にも示されるように、酢酸から水素を生成する能力に特に優れている。
【0068】
尚、本発明の水素製造方法及び酢酸利用水素生成菌の利用においては、微生物を用いた水素製造における公知の技術を、必要に応じて付加し得るものである。
【発明の効果】
【0069】
本発明は、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を有する微生物を利用した水素の製造方法を提供する。本発明の方法によれば、発酵法において副生成物として蓄積していた酢酸等の有機酸からも水素を得ることが可能になる。また、発酵法において菌体の生育や酵素の活性阻害の要因となっていたpH低下を抑制することができる。これにより、微生物を用いた水素生成の収率を一層向上させることが可能となる。
【0070】
また本発明は、光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物を提供する。当該微生物によれば、これまで発酵法による直接の変換が不可能と考えられていた酢酸から水素を得ることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0071】
以下、本発明をより詳細に説明するために、実施例や試験例を用いて説明するが、本発明はこれらの例に制限されるものではない。
【実施例1】
【0072】
酢酸利用水素生成菌のスクリーニング
1.スクリーニング手順
酢酸利用水素生成菌を以下のようにスクリーニングした。
【0073】
i)1次スクリーニング
滅菌済み96穴マイクロプレートに36.5 mM 酢酸ナトリウムを含む改変Wolfe培地140μl、水素検出薬(色素:エバンスブルー、水素化触媒:ウィルキンソン触媒)を各20μl、及び土壌サンプルを滅菌水に懸濁した土壌懸濁液20μlを加えて嫌気条件下(窒素100 %)で37℃、3日間静置培養した。培養後、色素の脱色が確認されたサンプルを改変Wolfe寒天培地上でシングルコロニーアイソレーションし、1次スクリーニング取得菌株とした。
【0074】
ii)2次スクリーニング
滅菌済み96穴マイクロプレートに基質として36.5 mM酢酸ナトリウムを含む改変Wolfe培地140μl、水素検出薬(色素:エバンスブルー、水素化触媒:ウィルキンソン触媒)を各20μl入れ、1次スクリーニングで単離した取得菌株を一白金耳植菌して37℃、3日間嫌気条件下(窒素100 %)で静置培養した。培養後、色素の脱色が確認されたサンプルを2次スクリーニング取得菌株とした。
【0075】
iii)3次スクリーニング
2次スクリーニング取得菌株を、基質として36.5 mM酢酸ナトリウムを含む改変Wolfe寒天培地にて培養した。生育が十分確認できたプレートに滅菌済み嫌気水1.5 mlを加えて懸濁し、菌懸濁液を作製した。嫌気ボックス内で、10 ml容バイアル瓶にYeast Extractを含まない改変Wolfe培地7 ml、水素検出薬(色素:エバンスブルー、水素化触媒:ウィルキンソン触媒)を各1 ml、菌懸濁液1 mlをそれぞれ添加して、ブチルゴム栓で密栓した。基質には12.2 mM酢酸ナトリウムを用いた。これを37℃で静置培養し、水素指示薬の色変化を確認した。指示薬が脱色したサンプルは、色素が脱色してから2日後にヘッドスペース中のガス組成をガスクロマトグラフィー(GC)分析した。
【0076】
1-2)材料
Wolfe培地(/L)の組成を表1に示す。またWolfe培地に用いたSolution B(g/L)の組成を表2に、Solution C(mg/L)の組成を表3に示す。
【0077】
尚、改変Wolfe培地は、Wolfe培地(/L)の組成において、Yeast extractを0.2 g/Lとし、酢酸を用いてpHを7.0に調整して作製した。また、寒天プレート作製時には寒天末を20 g/ L添加して調製した。また、Wolfe+LB培地を作製する際はYeast extract 4.8 g/L(最終濃度 5.0 g/L)、Polypeptone 10.0 g/Lを追加した。
【0078】
【表1】

【0079】
【表2】

【0080】
【表3】

1-3)スクリーニング結果
環境中から土壌200サンプルを採取して1次スクリーニングに供した結果、154サンプルで色素の脱色が確認された。
【0081】
1次スクリーニングを通過した各サンプル培養液をシングルコロニーアイソレーションし、2次スクリーニングを行った結果、65菌株で色素の脱色が確認された。
【0082】
これらの2次スクリーニング取得菌株に関して、3次スクリーニングを行い、色素の脱色が確認され、GC分析で水素が確認された菌株を取得した。
【0083】
3次スクリーニングの取得菌株のうち、HPA1株の培養1週間後の色素の色変化の結果を図1に示す。図1中、Aは植菌なしの系、BはHPA1株植菌、酢酸ナトリウム未添加の系、CはHPA1株植菌、酢酸ナトリウム添加の系における結果を示す。
【0084】
またHPA1株の培養1週間後のヘッドスペースをGCで分析した結果を図2に示す。
【0085】
この結果、図1に示されるように、HPA1株を植菌し、酢酸ナトリウムを添加した系(C)では指示薬の脱色が確認されたが、植菌していない系(A)、および植菌したが酢酸ナトリウムを含まない系(B)では色素の脱色は確認されなかった。
【0086】
また、図2に示されるように、GC分析の結果、水素のピークが確認された。
【0087】
このことから、HPA1株が培地中の酢酸イオンを利用して水素を生成した可能性が示唆された。
【実施例2】
【0088】
水素生成量の評価
3次スクリーニングにおけるGC分析の結果、水素濃度が高かった上位10菌株についてより正確な水素生成量を評価するため、水素定量装置を用いて水素生成を行った。装置の概略を図3に示す。
【0089】
菌株を121℃、15分間オートクレーブ滅菌したWolfe+LB培地100 mlに植菌し、37℃、24時間前培養した。この前培養液を遠心集菌し、O.D.660=1.0になるように0.9 %生理食塩水で調整後、Wolfe培地 200 mlに20 ml添加した。これを37℃、3日間培養した。培養は穏やかに撹拌しながら行った(スターラー回転数:200 rpm)。基質には酢酸ナトリウム(60.9 mM)を用いた。培養3日後に系内のヘッドスペースのガス濃度をGC分析した。当該GC分析条件を分析条件1として以下に示す。
【0090】
<分析条件1>
GC :HITACHI G-3900(日立ハイテクノロジーズ、東京)
Injector temp :50℃
Detector :TCD
Detector temp :50℃
Column :Molecular Sieve 5A(80/100 mesh)、Stainless column(2 m)
Oven temp :50℃
Carrier gas :N2
流量 :20 ml/min
アプライ量 :50μl
【0091】
菌株ごとの水素生成量の結果を図4に示す。その結果、図4に示されるように、HPA1株が最も高い水素生成量を示した。
【実施例3】
【0092】
水素定量装置を用いた水素生成量と酢酸減少量の解析
3-1)解析手順
実施例2において最も高い値を示したHPA1株に関して、酢酸消費量と水素生成の関係を解析するために、酢酸イオン減少量の経時的な解析を行った。
酢酸利用水素生成菌を121℃、15分間オートクレーブ滅菌したLB培地に植菌し、37℃、24時間前培養した。この前培養液2 mlをA培地 200 mlに添加して37℃、3日間培養した。培養は穏やかに撹拌しながら行った(スターラー回転数:200 rpm)。基質には酢酸ナトリウム(1 mM)を用いた。LB培地の組成を表4に示す。また、A培地の組成を表5に、A培地に用いた微量要素の組成を表6に示す。
【0093】
また、培養24時間ごとに培養液を採取して系内の酢酸イオン濃度をHPLC分析し、培養3日後に系内のヘッドスペースのガス濃度をGC分析した。HPLC分析の条件を分析条件2として下記に示す。またGC分析の条件を分析条件3として下記に示す。
【0094】
また、酢酸イオン濃度の変化量及び水素生成量に基づき、酢酸1モルから生成された水素モル量(以下、水素収率とも称する)を、下記計算式1により、算出した。
【0095】
【表4】



【0096】
【表5】

【0097】
【表6】

【0098】
<分析条件2>
HPLC :HITACHI L-2130(日立ハイテクノロジーズ、東京)
Column :TSKgel IC-Anion-PWxl (4.6 mm × 7.5 cm)(東ソー、東京)
Column temp:30℃
移動相 :1 mM フタル酸(pH3.4)
流速 :1.0 ml/min
Detector:HITACHI L-2470 Conductimetry Detector(日立ハイテクノロジーズ、東京)
【0099】
<分析条件3>
GC :HITACHI G-3900(日立ハイテクノロジーズ、東京)
Injector temp :50℃
Detector :TCD
Detector temp :50℃
Column :Molecular Sieve 5A(80/100 mesh)、Stainless column(2 m)
Oven temp :50℃
Carrier gas :N2
流量 :20 ml/min
アプライ量 :50μl
【0100】
計算式1
水素収率(mol / mol-酢酸ナトリウム)=水素生成量/(酢酸イオン濃度減少量×培地体積)
【0101】
3-2)解析結果
A培地+1 mM酢酸ナトリウムの系における酢酸イオン減少量の結果を表7に示す。また、培養3日目における水素生成量および水素収率を表8に示す。
【0102】
【表7】

【0103】
【表8】

表7に示されるように、培養0日目から1日目にかけて酢酸イオン濃度が0.09 mM減少している事が確認された。
【0104】
また、表8に示されるように、3日間の培養で0.64μmolの水素生成が確認できた。
【0105】
これらの事より、HPA1株は酢酸イオンを水素に変換していることが示唆された。また減少した酢酸イオンがすべて水素に変換されて水素生成量が増加したと仮定する場合、水素収率は0.042 mol/mol−酢酸ナトリウムとなった。
【実施例4】
【0106】
HPA1株の同定
HPA1株を同定するため、簡易形態観察および16S rDNA(16S rRNA遺伝子)の部分塩基配列(約500 bp)に基づく解析を行った。
【0107】
4-1)解析手段
培養条件
HPA1株を以下の条件で培養し、解析に用いた。
【0108】
・培地 LB Agar(Becton Dickinson、MD、USA)
・培養温度 37℃
・培養時間 24時間
・その他条件 好気培養
【0109】
簡易形態観察
HPA1株の簡易形態観察は以下を用いた。
【0110】
・グラム染色 フェイバーG「ニッスイ」(日水製薬、東京)
・光学顕微鏡 BX50F4(オリンパス、東京)
・実体顕微鏡 SZH10(オリンパス、東京)
【0111】
16S rDNA配列の決定及び相同性検索
抽出からサイクルシークエンスまでの操作は各プロトコールに従った。また、決定したHPA1株の16SrDNAの部分塩基配列(約500 bp)を配列表の配列番号1に示す。
【0112】
・DNA抽出 InstaGene Matrix(BIO RAD、CA、USA)
・PCR MicroSeq 500 16S rDNA Bacterial Identification PCR Kit
(Applied Biosystems、CA、USA)
・サイクルシークエンス
MicroSeq 500 16S rDNA Bacterial Identification Sequencing Kit
(Applied Biosystems、CA、USA)
・シークエンス ABI PRISM 3100 Genetic Analyzer System
(Applied Biosystems、CA、USA)
・配列決定 ChromasPro 1.34(Technelysium Pty Ltd.、Tewantin、AUS)
・相同性検索および簡易分子系統解析
ソフトウェア
アポロン2.0(テクノスルガ・ラボ、静岡)
データベース
アポロンDB-BA3.0(テクノスルガ・ラボ、静岡)
国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)
【0113】
4-2)HPA1株の解析結果
1)簡易形態観察
簡易形態観察の結果、HPA1株はグラム染色陽性、好気条件下での生育性を示す桿菌で、LB Agar培地上でのコロニー色はクリーム色を呈した。表9に簡易形態観察の結果を示す。また、図5にコロニー像を示す。図6にグラム染色像を示す。
【0114】
【表9】

2)相同性検索
BLASTを用いたアポロンDB-BA3.0に対する相同性検索の結果、HPA1株の16S rDNA部分配列はBacillus由来の16S rDNAに対し高い相同性を示し、B. licheniformisDSM13株およびB. aeriusK24株の16S rDNAに対し、相同率99.4 %の高い相同性を示した。表10にアポロンDB-BAの検索結果を示す。
【0115】
【表10】

また、GenBank/DDBJ/EMBLに対する相同性検索の結果においても、HPA1株の16S rDNAはB. licheniformisおよびB. aerius由来の16S rDNAに対し、高い相同性を示した。表11に国際塩基配列データベース 検索の結果を示す。
【0116】
【表11】

上記相同性検索の結果から、HPA1株の16S rDNAとアポロンDB-BA3.0に対する相同性検索上位10株の16S rDNAを用いて簡易分子系統解析を行った。結果を図7に示す。
【0117】
その結果、HPA1株はB. licheniformis、B. aeriusおよびB. stratosphericusの16S rDNAと系統枝を形成し、枝の長さからB. licheniformisおよびB. aeriusに最も近縁であることが示された。
【0118】
3-3)解析結果に基づく同定
系統解析の結果、HPA1株はBacillusに含まれ、B. licheniformisまたはB. aeriusに帰属する可能性もあると考えられた。そこで、HPA1株とB. licheniformisおよびB. aeriusの16S rDNAの配列を比較した(表12)。
【0119】
【表12】

配列比較の結果、表12に示されるように、HPA1株とB. licheniformisおよびB. aeriusの16S rDNA間には、それぞれ3塩基の相違が認められた。
【0120】
これらのうち、2塩基はHPA1株における混合塩基(IUBコード Y = CまたはTを意味する)であることから、ほぼ一致するとも考えられる。しかし、残りの1塩基はHPA株とB. licheniformis間ではAとG、HPA1株とB. aerius間ではGとCで明らかに異なり、HPA1株とこれら2種の16S rDNAは完全には一致しなかった。
【0121】
このことから、HPA1株がこれら2種と近縁であるものの、種として異なる菌株である可能性も否定できない。
【0122】
よって、今回の解析結果から、HPA1株をB. licheniformisおよびB. aeriusに近縁なBacillus sp.とすることが妥当であると考えられた。
【図面の簡単な説明】
【0123】
【図1】HPA1株の水素検出薬の色変化の結果を示す。Aは植菌なしの系、BはHPA1株植菌及び酢酸ナトリウム未添加の系、CはHPA1株植菌及び酢酸ナトリウム添加の系の結果を示す。
【図2】HPA1株が生成した水素のGC分析の結果を示す。
【図3】実施例2で用いた水素定量装置の模式図を示す。
【図4】実施例2における水素生成量の測定結果を示す。
【図5】HPA1株の簡易形態観察におけるコロニー像を示す。
【図6】HPA1株の簡易形態観察におけるグラム染色像を示す。
【図7】HPA1株の16S rDNAとアポロンDB-BA3.0に対する相同性検索上位10株の16S rDNAを用いて行った簡易分子系統解析における系統樹を示す。図中、左下の線はスケールバーを示す。系統枝の分岐に位置する数字はブートストラップ値を示す。株名の末尾のTはその種の基準株(Type strain)を示す。BSLはバイオセーフティーレベル(レベル2以上を表記)であることを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光エネルギーを用いず酢酸から水素を生産する能力を備えた微生物を用いて発酵法により水素を製造する方法。
【請求項2】
光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物に加えて、炭素源から有機酸又は有機酸及び水素を生成する能力を備えた微生物を用いる
請求項1に記載の水素の製造方法。
【請求項3】
光エネルギーを用いず酢酸から水素を生成する能力を備えた微生物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−34046(P2009−34046A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−201319(P2007−201319)
【出願日】平成19年8月1日(2007.8.1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17〜18年度、経済産業省、新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「バイオマスエネルギー高効率転換技術開発/バイオマスエネルギー先導技術研究開発/発酵法によるバイオマスからの水素生産収率改善技術に関する研究開発」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】