説明

水試料中トリチウムの電解濃縮素子

【課題】固体高分子電解質膜を用いる水試料中トリチウムの電解濃縮装置において、極低濃度の水試料中トリチウム濃度測定のために、電解濃縮操作ごとに固体高分子電解質膜を交換し、電解濃縮後に分解、洗浄、組み立てを簡単におこなえて、かつ、少量の試料水に対応できる構造の電解素子を提供する。
【解決手段】固体高分子電解質膜4を挟む陽極5、陰極電極7のうち、陽極電極5と固体高分子電解質膜4の間に白金メッシュ6を挿入することにより、電解素子分解の際、陽極電極5表面に塗布されている電解電圧軽減用触媒の剥落を軽減できる構造の電解素子。発生ガス放出のための小孔をもち、金リード線との電気的接触を得るための溝加工した材質金の平板集電体を用いることにより、固体高分子電解質膜の劣化を抑えることを可能にする構造の電解素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は液体シンチレーション計数装置によるトリチウム濃度測定に対応する、試料水中トリチウムの電解濃縮を実現するための電解濃縮素子に関する。
【背景技術】
【0002】
トリチウムは自然界に存在する放射性核種であり、水循環に係わるトレーサーとして水系分析などに利用されている。また、原子力発電所や再処理工場が稼動するとトリチウムが外部に放出されるので、環境への影響を監視するための測定が行われている。しかし、近年、河川水、湖水、海水などの自然環境水中のトリチウム濃度は低バックグラウンド液体シンチレーション計数装置を用いても直接測定が難しいレベルまで低下し、測定前に前処理として電解濃縮をおこなうことが不可欠となっている。電解濃縮の方法として従来は試料水にアルカリを添加したアルカリ電解が行われていたが、最近は固体高分子電解質膜を用いる方法が一般的となり、自作の素子が使用されている場合もあるが、市販の固体高分子電解質膜を用いた水電解濃縮装置が使用されている場合もある。
(例えば、非特許文献1のFig.4、非特許文献2のFig.1)
【非特許文献1】村中 健、法官 淳、海老川 誠、松沢弘一、田中憲仁:八戸工業大学紀要、第16巻、177-182(1997)
【非特許文献2】斎藤正明、高田 茂、島宗孝之、錦 善則、清水秀人、林 貴信:RADIOISOTOPES、45、285-292(1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
市販の装置では固体高分子電解質膜は繰り返し使用するので、この固体高分子電解質膜に濃縮された電解液が15ml程度残存することが分かっており、電解濃縮した試料水の影響(メモリー効果)を除くため、必ず、トリチウムフリー水を投入して、固体高分子電解質膜に含まれる水分中のトリチウム濃度を出来るだけ低下させるために濯ぎ電解操作が必要である。しかし、たとえそのような操作をおこなったとしてもトリチウム濃度を薄めるだけであるので、極低レベルの測定では前回試料の影響が現れる懸念が残る。これに対して本電解素子では固体高分子電解質膜を1回ごとに交換するのでこの処理工程は省略できメモリー効果の懸念はない。また、電解素子を試料容器に投入する方式を採っているので、電解水量を正確に把握できる利点がある。しかし、電極としてこれまで我々が用いてきた、陰極にニッケル板、陽極に白金板を波型加工した電極では市販の装置よりも電解電圧が高くなり、発熱のために電解電流を増やすことが難しいという欠点があった。そこで、市販の電解濃縮装置と同じく、陰極DSE(dimensionally stable electrode)電極、陽極DSE電極を用いると電解電圧を低く抑えることが可能となるが、電解素子を組み立てて電解濃縮をおこない、電解終了後分解して固体高分子電解質膜を交換する方式では電解濃縮回数を重ねることによって陽極DSE電極表面から電解過電圧軽減のための触媒が剥落し、その結果、電解電圧が増加することが課題である。
【0004】
電解濃縮1回ごとに固体高分子電解質膜を交換でき、電解電圧が小さく、繰り返し電解濃縮をおこなっても電極の劣化が少ない電解濃縮素子が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
陽極DSE電極表面に塗布されている触媒の剥落を防ぐため、陽極DSE電極と固体高分子電解質膜の間に白金メッシュを挿入する。
【0006】
集電体として多数の小孔をもつ材質金の平板を用い、集電体周縁に金リード線との電気的接触を得るための溝構造を配置する。
【発明の効果】
【0007】
上記の白金メッシュ挿入により電解素子の組み立て、電解濃縮、電解素子の分解操作を繰り返しても陽極DSE電極触媒の剥落が抑えられた。その理由は陽極DSE電極と固体高分子電解質膜が直接接触している部分が少ないためである。この発明は、DSE電極の繰り返し使用回数増加の効果がある。
【0008】
上記の集電体により固体高分子電解質膜の劣化が抑えられた。その理由は両DSE電極によって固体高分子電解質膜が2次元的に均等な力で押さえられる構造とし、固体高分子電解質膜内部の電解電流密度分布の不均一性を解消し、局所的発熱を減らしたためである。
【実施例】
【0009】
図1に新規電解素子の構成図を示す。固体高分子電解質膜4は陽極DSE電極5と白金メッシュ6の複合電極と陰極DSE電極7に挟まれている。電極の大きさは4cm×4cmである。その外側にガス放出孔付き材質金の平板集電体3が配置され、さらにその外側に固定支持体1が配置されている。また、固体高分子電解質膜を均等な力で支持するためにスペーサー2を用いる。
【0010】
図2に集電体の構造を示す。集電体材質は金板で、小孔の大きさは1mmφである。集電体の周縁にその金板を折り曲げて溝加工を施し、金リード線との電気的接触を得る。
【0011】
図3に固定支持体の構造を示す。固定支持体の材質はアクリルで、ガス放出のための小孔の大きさは1.5mmφであり、集電体の孔と同心円状に配置されるように周辺部にガイド溝をもつ。
【0012】
図4に電解濃縮槽の略図を示す。電解素子は電解濃縮槽の中に上側に陰極、下側に陽極を配置する。電解素子締め付けには長さの異なるボルトを使用し、電解濃縮素子に傾きを持たせ、電解槽底面に対して斜めに配置する。電解素子を斜めに配置するのは下側の陽極から放出される酸素ガスの放出を促すためである。市販の電解濃縮装置では水素ガスと酸素ガスを分離放出する構造となっているが、本装置では水素ガス、酸素ガス共に試料水中に投入され、電解槽上部の共通の孔から放出される。
【0013】
電解電流6Aまでは水素ガス、酸素ガスの混合による爆発は発生していない。水素ガスは固定支持体に設けた放出孔および集電体の小孔から少量ずつ分離して放出されるために酸素ガスとの再結合が起こりにくいと考えている。
【0014】
図5に電解電圧の電解時間依存性を示す。固体高分子電解質膜は電解濃縮1回ごとに新しいものに交換する。電解電流6Aの場合の電解電圧は3.6Vから4.2Vの範囲にあった。
【0015】
図5に示したように5回の電解濃縮操作において、陽極DSE電極表面触媒の剥落が少ないこと、および、固体高分子電解質膜の損傷が少ないことを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0016】
本電解素子を市販の電解濃縮装置と比較した場合、利点は(1)電解濃縮ごとに固体高分子電解質膜を新品と交換するので、メモリー効果の心配がなく、極低レベルのトリチウム濃度測定に適している。(2)電解素子電解槽に投入して電解濃縮をおこなうので電解量を電子天秤で精密に測定ができ、電解素子をさらに小型化すれば、より少ない試料水量の電解濃縮に対応できる。欠点は市販の装置よりも電解濃縮に時間を多く要する点である。
【0017】
したがって、市販の大電流で電解濃縮できる装置と本素子を用いる方法は相補的な関係にあり、試料水のトリチウム濃度や試料水量によって電解濃縮装置の使い分けがおこなわれると考えられる。すなわち、(1)トリチウム濃度が比較的高く、試料水量が多い場合には市販の装置が単独で用いられ、(2)試料水が多いが、トリチウム濃度が低い場合は、市販の装置で大まかな電解濃縮をおこない、その後、本装置でメモリー効果の心配なしにさらに電解濃縮をおこない、(3)試料水量が少ない場合は本素子またはさらに少量の電解水量に対応できる電解素子単独で電解濃縮をおこなうことになる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】電解素子の構成図
【図2】集電体の構造図
【図3】固定支持体の構造図
【図4】本電解素子を組み立て投入した電解濃縮槽の略図
【図5】電解電圧の経時変化
【符号の説明】
【0019】
1・・・電解素子固定支持体
2・・・スペーサー
3・・・集電体
4・・・固体高分子電解質膜
5・・・陽極DSE電極
6・・・白金メッシュ
7・・・陰極DSE電極


【特許請求の範囲】
【請求項1】
水を水素と酸素に電気分解する際、軽水素を含む水よりも重水素やトリチウムを含む水は電気分解されにくい性質を利用して、水試料中のトリチウム濃度を電解濃縮する方法において、電解濃縮操作ごとに新規固体高分子電解質膜を使用することを特徴とする電解濃縮素子。
【請求項2】
電解操作ごとに分解、洗浄、組み立てをおこなう電解素子において、固体高分子電解質膜を挟む多孔質金属板電極のうち、電解電圧軽減のために陽極電極表面に塗布されている触媒の剥落を防止するために陽極電極と固体高分子電解質膜の間に白金メッシュを挿入することを特徴とする請求項1の電解素子。
【請求項3】
集電体は材質金の平板にガス放出のための小孔を穿ち、周辺に金リード線との電気的接触を得るための加工溝を有すること特徴とする請求項1の電解素子。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−262562(P2007−262562A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−93198(P2006−93198)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(303002930)財団法人青森県工業技術教育振興会 (17)
【Fターム(参考)】