説明

水酸化テトラメチルアンモニウム含有廃水の処理方法

【課題】 水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)含有廃水を生物処理する際に生じる、スタートアップの長期間化、処理の不安定性、低処理効率等の課題を解決し、安定かつ効率的にTMAHを生物処理する方法を提供すること。
【解決手段】 アエロモナス属に属する細菌、またはアエロモナス属に属する細菌を含む細菌群を用いることを特徴とする水酸化テトラメチルアンモニウム含有廃水の処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水酸化テトラメチルアンモニウム(以下、「TMAH」と称す。)を含有する廃水の処理方法に関する。さらに詳しくは、当該TMAHを分解する細菌として、アエロモナス属に属する細菌、または当該細菌を含む細菌群を用いる水酸化テトラメチルアンモニウムを含有する廃水の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
TMAHは、半導体工場のポジ型フォトレジストの現像液やその他、溶剤などの用途で使用されている。近年は、特に液晶の普及により生産量が急激に増加しており、対応して、TMAHを含有する廃水の発生量も増加している。
【0003】
従来、TMAHを含む廃水の処理は、TMAHが難生分解性物質あり、代表的な生物処理法である活性汚泥法で処理する場合に沈降性が悪い、馴養に時間を要するなどの課題を有したため、生物処理が困難だとされてきた。そこで、濃厚な廃水は燃焼し、希薄な廃水は逆浸透膜(例えば、特許文献1参照)やイオン交換樹脂を用いて処理を行ってきた。しかし、これらの方法は処理コストが高いという課題があった。
【0004】
TMAH含有廃水の処理コストを低減するためには、微生物を利用した処理を行うことが望ましい。しかし、生物処理法にも上述の課題があり、生物処理を適用する場合には、処理能力を安定に保ち、その他、処理スペースを大型化させないために、TMAH分解能力に優れた微生物を採用する必要がある。
【0005】
また、特に、TMAHを含有する廃水は、他の廃水と混合しない濃い濃度の状態で取り出すことが可能であるため、当該廃水を個別に生物処理する観点からも、TMAHに耐性を有しTMAHの処理性に優れた微生物を適用する必要がある。
【0006】
しかしながら、TMAHの生物処理結果に関する報告はあまりなく、TMAH分解微生物についても、産業上の利用の観点からは、パラコッカスに属するTMA−B株(例えば、特許文献2参照)やノカルディアに属するS−255株(例えば、特許文献3参照)などが報告されているに過ぎず、これらの株を用いてもTMAHの分解速度が必ずしも十分ではなく、TMAH廃水を処理する新規プラントを立ち上げるのに時間がかかる、シャットダウンやトラブル後の再スタートに時間がかかる、廃水の負荷が増したときなどに処理水が悪化する、高濃度の廃水を高速に処理するのが困難など、様々な問題が解決されないままであった。
【0007】
【特許文献1】特開昭60−118282号公報
【特許文献2】特開平2−49576号公報
【特許文献3】特開昭62−106898号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述のTMAH含有廃水を生物処理する際に生じる、スタートアップの長期間化、処理の不安定性、低処理効率等の課題を解決し、安定かつ効率的にTMAHを生物処理する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を達成するため鋭意研究した結果、本発明者らは、活性汚泥中にアエロモナス属に属する細菌、または、アエロモナス属に属する細菌を含む細菌群を、TMAHを含有する廃水に添加することにより、TMAHの処理性が向上することを見出した。すなわち、上記課題を解決するための本発明は以下の(1)〜(3)により構成される。
【0010】
(1)アエロモナス(Aeromonas)属に属する細菌、またはアエロモナス属に属する細菌を含む細菌群を用いて水酸化テトラメチルアンモニウム含有廃水を処理することを含む、廃水の処理方法。
【0011】
(2)前記アエロモナス属に属する細菌が、水酸化テトラメチルアンモニウムを菌体乾燥重量あたり5g/g(菌体)/日以上で分解する分解能を有すること特徴とする(1)に記載の方法。
【0012】
(3)前記アエロモナスに属する細菌が、アエロモナスエスピーNIT01株(受託番号FERM P−20528)またはそれに由来の変異株であることを特徴とする(1)または(2)記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、TMAHを安定かつ効率的に生物処理することが可能となる。特に、TMAH処理性が一時的に悪化した生物処理槽に、アエロモナス属に属する細菌、またはアエロモナス属に属する細菌を含む細菌群を添加することでTMAH処理性(TMAH分解性)を改善することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明で使用されうるアエロモナス属に属する細菌は、寄託株や市販株の中からTMAH分解能力が高いものを選択して使用してもよいし、あるいはアエロモナス属細菌を新たに環境中から単離してもよい。
【0015】
アエロモナス属に属する細菌として、例えばアエロモナス・キャビエ(Aeromonas caviae)、アエロモナス・ハイドロフィラ(Aeromonas hydrophila)、アエロモナス・メディア(Aeromonas media) 、アエロモナス・サルモニシダ(Aeromonas salmonicida) 、アエロモナス・パンクタータ(Aeromonas punctata)、アエロモナス・ソビア(Aeromonas sobia)などが挙げられる。寄託株には、例えばアエロモナス・ハイドロフィラIFO13282、アエロモナス・キャビエFA440、ATCC15468、ATCC13136、アエロモナス・パンクタータIFO13288などが含まれる。
【0016】
高いTMAH分解能力をもつアエロモナス属細菌を環境中から単離する方法は、TMAHのみを唯一の炭素源、窒素源とし、その他に、リン酸塩を含み、必要に応じてマグネシウム塩などの無機塩を含む合成培地を調製し、当該培地を用いて、活性汚泥などを微生物源として用い、フラスコにより集積培養法によりTMAH分解性の高い菌群を得た後、当該汚泥からTMAH分解菌を単離することを含むことができる。あるいは、連続通気攪拌槽やメンブレンバイオリアクターを用い、同様の培地で汚泥の馴養を行い、徐々に処理を高速化させた後に、当該汚泥からTMAH分解菌を単離してもよい。
【0017】
集積培養や連続培養の際には、完全合成培地を用いて、徐々に培地入れ替え頻度もしくは培地供給速度を増大し、TMAHを菌体乾燥重量あたり、約1g/g(菌体)/日以上、約2g/g(菌体)/日以上、約3g/g(菌体)/日以上または約4g/g(菌体)/日以上、好ましくは約5g/g(菌体)/日以上の速度でTMAHを分解する菌群を選択した後、TMAHを唯一の炭素源、窒素源とする完全合成固体培地でTMAH分解菌を単離すると効率的である。
【0018】
本発明で使用されうるアエロモナス属に属する細菌はまた、寄託株、市販株、または環境中から単離された株をさらに、紫外線(UV)、γ線などの放射線の照射、あるいはN−ニトロソウレアもしくはその誘導体などの変異原物質による処理、あるいは当業界で公知の他の変異処理(遺伝子組換えを含む)にかけた後、上記と同様の培地でTMAH分解性の高い変異株を選択することによって得ることができる。このような変異処理によって、通常、親株より高いTMAH分解能をもつ変異株を得ることができる。
【0019】
好ましいアエロモナス属に属する細菌は、TMAHを菌体乾燥重量あたり5g/g(菌体)/日以上で分解する分解能を有する細菌である。かかる分解菌としては、例えば、アエロモナスエスピーNIT01株(受託番号FERM P−20528)またはそれに由来の変異株を例示することができる。NIT01株は、strain NIT−01の名称で、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番地1)に、平成17年4月28日付で寄託され、受託番号FERM P−20528が付与されている。変異株は、NIT01株を、上記と同様の突然変異処理にかけることによって得ることができ、NIT01株と同等以上のTMAH分解能を有する。好ましい細菌種は、アエロモナス・キャビエである。特に、本発明の好ましい細菌株であるアエロモナスエスピーNIT01株は、16S rRNAの配列比較において、NCBI BLAST相同性検索の結果、アエロモナス・キャビエと99%の相同性をもつ。
【0020】
本発明で使用されうるアエロモナス属に属する細菌は、TMAHの分解能の他に、炭素源として広範な糖、有機酸を利用可能であること、また、増殖速度が高いことを特徴とする。これらの性質は、菌体を準備または維持することを考えた場合に有利な点が多い。
【0021】
アエロモナス属に属する細菌は、通常、廃水処理に使用する前に、前培養を行って、その十分な菌体量を確保したのち、TMAHを含有する廃水の処理に使用される。
【0022】
分解菌を培養するための炭素源としては、TMAH以外にグルコース、蟻酸、ニュトリエントアガーなどから適宜利用可能なものを用いることができる。また窒素源としては、アンモニウム塩、硝酸塩、アミノ酸、ペプトンなどを用いてもよいが、TMAHなど窒素を含む有機物を基質として培養する場合には、特に窒素源を添加する必要はない。また、他の栄養塩としては、リン酸塩のような通常の細菌の培養に必要な無機塩類を単独または適宜組み合わせて用いればよい。
【0023】
培養方法としては、一般の好気性細菌の培養方法と同様の操作で行うことができ、固体培養でも液体培養でもよい。菌体を大量に早く得る観点からは、液体培養、特に、通気撹拌培養が望ましい。培養温度は、10℃〜40℃、好ましくは25℃〜35℃、pHは6〜8の条件が好ましい。TMAH以外の基質を用いる場合は、培地を滅菌処理し、純粋培養により菌を得ることが望ましい。上記のような方法で分解菌を培養した後は、菌体を遠心分離またはろ過分離などにより培養液から分離し、菌体を得ることができる。
【0024】
このようにして得られた菌体は、凍結乾燥法などにより、1年以上保存することが可能である。アエロモナス属の細菌を廃水処理に適用する場合には、細菌の培養液そのもの、培養液から分離した菌体あるいは保存菌体を、活性汚泥法や膜分離活性汚泥法の曝気槽あるいはその前段の槽に添加したり、菌体を包括や吸着により固定化し、利用したりすることもできる。また、濃厚廃水の分別処理槽を設け、当該槽に添加し利用することもできる。アエロモナス属の細菌は、立ち上げ時や、TMAHの処理性が低下あるいは消失した際に添加すると特に効果的であるが、トラブルを予防する目的から、常時、あるいは定期的に添加してもよい。
【0025】
本発明では、TMAHを分解する能力がある限り、アエロモナス属細菌のみを用いてもよいし、あるいはアエロモナス属の細菌を含む細菌群を用いてもよい。細菌群には、アエロモナス属以外の属の細菌が含まれてもよいが、TMAHの分解や廃水の処理に悪影響を及ぼさない細菌であるべきである。
【0026】
活性汚泥法は、曝気槽にフロックを高濃度に浮遊させ、そこに廃水を入れ、曝気して好気処理をした後、沈殿槽に導入し、凝集、沈殿させて上澄水を分離する方法であり、連続式と回分式がある。
【0027】
膜分離活性汚泥法は、槽内に配置した精密ろ過膜(孔径:例えば0.1〜0.4μm)を介する固液分離を利用して、フロックと廃水を接触させる方法である。
【0028】
細菌の固定化の担体には、有機担体及び無機担体が含まれる。有機担体の例には、多孔質中空樹脂、ポリウレタンフォーム、親水性ゲルなどが含まれ、例えば熱可塑性樹脂(例えばポリプロピレン、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、エチレン−酢酸ビニル、プロピレン−無水マレイン酸、エチレン−メタクリル酸など)、アルギン酸塩、カラギーナンなどが挙げられる。無機担体の例には、セラミックス焼成体、軽石などが含まれる。担体は、多孔性であるのが好ましく、細菌は孔中で増殖することができる。固定化菌体は、例えばカラムに充填し、この中に廃水を通過させる。
【0029】
TMAHは、上記したように半導体工場のポジ型フォトレジストの現像液や溶剤などの用途があり、年々その生産量が増加している。その製造工程やそれを利用する工程で排出されるTMAHを含む廃水の処理のために、本発明の細菌による処理方法を利用することができる。
【0030】
廃水中のTMAHの濃度は、特に制限されないが、通常0.01〜2%(W/V)である。
【0031】
添加直後の曝気槽中における細菌の濃度は、特に制限されないが、通常0.001〜10g/Lである。
【0032】
処理温度は、通常、約10℃〜約40℃、好ましくは約25℃〜約35℃である。また廃水のpHは約6〜約8、好ましくはpH約7に調整される。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を、実施例を用いてさらに詳細に説明する。なお、本発明は以下に実施例に限定されるものではない。なお、各実施例についての評価は、以下の通りに行った。
【0034】
[アエロモナス属に属する細菌の分解能]
分解能は、TMAH濃度0.1〜0.8%の培地に菌体を添加し、30℃で通気撹拌培養を行った際のTOC(全有機炭素濃度)、菌体濃度の経時変化を測定し、速度が最大になった時のTOC減少速度をその期間の平均菌体濃度で除して求めた。
【0035】
[TMAH処理性(分解性)]
TMAHの分解性は、培養前後の培養液の遠心上清のTOC濃度を測定し評価した。メンブレンバイオリアクターを用いた連続処理の場合は、供給液(人工廃水)と処理水のTOC濃度を測定し評価した。
[実施例1]
【0036】
8Lのラボメンブレンバイオリアクターに、工場廃水処理設備の活性汚泥を初濃度8g/Lで添加し、水滞留時間約1日、室温条件で、TMAH濃度0.1%の廃水供給し、汚泥の馴養を開始した。約1ヶ月半経過時点でTOC除去率が95%以上と良好になったため、TMAHを唯一の炭素源、窒素源とする固体培地を用いてTMAH分解菌の単離を試みた。その結果、数種の分解菌が得られたが、増殖速度、分解能、プレート生菌数のいずれにおいても優れている株として、NIT01株が得られた。本株(受託番号FERM P−20528)の16S rRNA遺伝子の配列を解読した結果、アエロモナス属に属する細菌と100%一致したため、同属に属する細菌と同定された。NIT01株を栄養ブイヨン培地100mlで一晩培養した後、培養液を9,000gで遠心分離し、菌体を回収した。容積0.7Lの小型のメンブレンバイオリアクター(膜は中空糸、ポリスルホン製、孔径0.2ミクロン、膜面積0.02m)を2系列(A槽、B槽)準備し、廃水処理場の活性汚泥をそれぞれ5g/Lの濃度で仕込んだ後、B槽にのみ上述のNIT01の回収菌体を全量添加した。当該装置を用いて、TMAH濃度0.1%、リン酸水素一カリウム0.02%、硫酸マグネシウム七水和物0.02%、pH7に調製した人工廃水を水滞留時間1日の条件で処理したところ、B槽では処理開始直後に流出水のTOC濃度の一時的な上昇がみられたが3日目以降はTOC除去率が95%以上で維持され、TMAH分解処理が速やかに立ち上がったことが確認された。他方、A槽では流出水のTOC濃度が上昇しつづけ、3日目時点では流入水のTOCとほぼ同じ値となり、さらに4日経過してもTOCはほとんど除去されなかった。
[実施例2]
【0037】
上記B槽を用いて、廃水の負荷を徐々に上げていく検討を実施した。10日運転経過時点で、廃水の濃度を、実施例1記載の濃度の2倍にし、以降、7日経過ごとに濃度を3倍、4倍、5倍と高め、処理を行ったが、TOC除去率は95%以上で維持された。
[実施例3]
【0038】
ニュートリエントアガー上に生育したNIT01株一白金耳量を、TMAH濃度0.1%、リン酸水素一カリウム0.2%、硫酸マグネシウム七水和物0.02%、酵母エキス0.02%、pH7の液体培地5mlに接種し、30℃で5日間、培養した。上記培養液を全量、実施例1記載と同一のメンブレンバイオリアクター装置に供給し、実施例1記載と同一の人工廃水を用いて処理を開始した。この際、NIT01株以外の菌体接種は行わなかった。水滞留時間は、はじめ1日に保持し徐々に短縮していった。その結果、4.5時間保持しても、菌体濃度1g/LでTMAHは95%処理されていた。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、TMAH含有廃水の処理に利用することができる。特に、TMAH廃水を処理する新規プラントを立ち上げる際やシャットダウンやトラブル後の運転再開時に、本細菌を直接添加し、利用することで、必要時間を大幅に短縮できる。また、廃水の負荷が増して処理水が一時的に悪化した場合に、本細菌を添加、利用することで、処理水を良好なレベルに安定に維持することができる。また、高濃度TMAH含有廃水を個別前処理する際にも利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アエロモナス(Aeromonas)属に属する細菌、またはアエロモナス属に属する細菌を含む細菌群を用いて水酸化テトラメチルアンモニウム含有廃水を処理することを含む、廃水の処理方法。
【請求項2】
前記アエロモナス属に属する細菌が、水酸化テトラメチルアンモニウムを菌体乾燥重量あたり5g/g(菌体)/日以上で分解する分解能を有すること特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記アエロモナスに属する細菌が、アエロモナスエスピーNIT01株(受託番号FERM P−20528)またはそれに由来の変異株であることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。

【公開番号】特開2006−326435(P2006−326435A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−151220(P2005−151220)
【出願日】平成17年5月24日(2005.5.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成13年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 基盤技術研究促進事業(民間基盤技術研究支援制度)、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】