説明

河川水を用いた無動力海水または湖沼浄化システム

【目的】
河川水または湖沼水あるいは雨水は力学的エネルギーを保有しているので、そのエネルギーを利用して、浄化対象の海水または湖沼等に導き、所要の深度に注入し、両者の密度差を利用して、自然に対流・循環を誘起させることにより、また、同時に酸素の供給などを行うことにより、浄化を行う。
【構成】
河川水または湖沼水あるいは雨水を、導水管を用いて浄化対象の海中に注入する。なお、浄化対象が湖沼等である場合は、二本の導水管を用いて、一方を上層に他方を下層にそれぞれ接続し、注入の際には両者の密度差を考慮して、導水管を選択する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
河川水あるいは湖沼水または雨水が保有する力学的エネルギーを利用して、海水あるいは湖沼の循環および浄化を行う技術に関する。
【背景技術】
【0002】
海水あるいは湖沼に含まれる種々の汚濁物質などを浄化するために、希釈、濾過、沈殿、導水、攪拌、曝気、菌類や植生、薬剤、紫外線などを利用した方法が行われている。
【0003】
浄化の手法はこのように多岐にわたっているが、本発明は、力学的エネルギーを持つ河川水、湖沼水、雨水(以下、河川等と総称する)と海水あるいは湖沼または河川(以下、海水等と総称する)の密度差を利用して、無動力で海水等を循環・浄化する手法であることを念頭に背景技術を見る。
【0004】
希釈による浄化の手法は、河川水等を注入して汚濁物質の濃度を希釈する方法であるが、本発明の原理および結果として得られる希釈とは異なる。
【0005】
フィルターを用いて汚濁物質を濾過する手法があるが、本発明とは異なる。
【0006】
汚濁物質を沈殿させて除去する方法があるが、本発明とは異なる。
【0007】
海水を貧酸素域に導水することにより、その改善を図る研究が、吉本他(2009)により行われている。この研究で対象とされている導水は海水であり、また、導水がジェット流とされていることから、動力ポンプの使用が想定される。また、海洋における沖合高密度水と表層低密度水の導水効果が比較されている。しかしながら、本発明では、河川水等を用い、かつその力学的エネルギーおよび海水等との密度差を利用するので、この研究の意図および原理とは異なる。
【0008】
回転翼を設けて、攪拌あるいは循環させることにより、浄化を行う方法があるが、本発明とは原理が異なる。
【0009】
空気を注入することによって、酸素などを供給し、あるいは菌類を増殖させることによって浄化を行う曝気という手法がある。この手法では、空気と海水等では密度差があるため、必然的に気泡が上昇し、それに伴って副次的に循環も起きる。しかしながら、曝気の手法では注入されるのは空気であり、本発明の原理とは異なる。
【0010】
菌類あるいは植生を繁殖させて、浄化を行う手法があるが、本発明とは異なる。
【0011】
薬剤を注入して汚濁物質の中和や分解を行う手法があるが、本発明とは異なる。
【0012】
紫外線を照射することによって、殺菌などを行う手法があるが、本発明とは異なる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
「浚渫窪地における導水を用いた貧酸素改善に関する検討」(吉本侑矢他、土木学会論文集B2, Vol.B2-65, No1, 2009,1176-1180)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
海水等の汚濁物質などを浄化する手法や貧酸素域を改善する手法は、上述のように多岐にわたっているが、それぞれ一長一短がある。したがって、これらとは異なる原理と手法によって、より効率的、より簡便に浄化を行うことが出来れば、その利益は大きい。
本発明が解決しようとする課題は、河川水等を無動力によって海水等に導水し、注入することにより、海水等の循環および浄化ならびに酸素を供給する方法を見出すことである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の基礎的な原理は、力学的エネルギーの高い河川水等を海水等に導いて注入し、両者の密度差を利用して、自動的に対流および循環を誘起することによって、対象を浄化する。
具体的には、浄化の対象によって議論を二つに分ける。一つは、注入する側が河川水等で、注入される側が海水の場合である。二つは、注入する側が河川水等で、注入される側が河川あるいは湖沼であるが、注入側と注入される側で密度が異なる場合である。以下に、それぞれの場合について議論する。
【0016】
一つ目の河川水等の内、河川水を海水に注入する場合を考える。河川水が持つ力学的エネルギーを利用して、それらを河口あるいは河岸の海面下に導いて注入し、海水との密度差を利用して、海水の循環を自然に誘起させる。
河口付近の流れについてみると、流下する河川水は密度が海水に比べて小さいため、海の表層を占めるように広がる。しかしながら、河川水と海水の境界付近では常に塩分の混合が起きるので、流下した河川水の塩分濃度が増加し、沖合に進むにつれて河川水は通常の海水に変質する。実際の河川では、河口付近の塩分濃度の水平および鉛直分布は、河川水の流入規模や河口付近の地形に依存する。また、塩分濃度の分布は、河川水の流入が一定である限り持続するが、降水に伴って変化する。
【0017】
本発明では、河川水を、自然な流下と異なって一部を上流で分流して河口付近に導き、海面下のある深さに注入する。この場合は、密度の小さな河川水が密度の大きい海水中に注入されるため、その周辺では必然に流体力学的に不安定となることから、河川水が上昇して、海水が下降する対流が自動的に生じて、海水の循環が自然に起きる。すなわち、河川水と海水の循環および混合が自励的に起こり、河川水はより上層に向かい、逆に海水はより下層に沈降する。このような河川水の注入が継続する限り、このような循環もまた継続する。
【0018】
このような河川水の注入は、同時に河川水に含まれている酸素を周囲に供給することになるので、貧酸素域の改善につながる。
【0019】
河川水を海中まで導入し、注入するためには、当然、何らかのエネルギーが必要であるが、本発明では、河川水が自然に有する力学的エネルギーである位置エネルギーおよび運動エネルギーを利用する。
【0020】
図1を用いて、本発明の原理および概念を説明する。図は河道に沿う鉛直断面図である。説明の簡便のため、直線の導水管を考え、河口の地形は鉛直断面とする。
河川水を分流する上流の地点をAとし、その標高をH、地点Aにおける河川水の流速をVa、圧力をPaとする。A点において河川水の一部を分流させ、導水管によって河口の海中(地点C)に導き、そこで海水に注入する。注入地点Cの水深をHc、流速をVc、圧力をPc、地点Cの直上の海面気圧をPbとする。ここで全体の流れの場が時間とともに変化しない定常状態を仮定し、また、河川水と導水管の摩擦は無いと仮定する。このような系では、分流地点Aから注入地点Cに到る水塊の流速、圧力、位置エネルギーおよび運動エネルギーの関係は、力学的エネルギー保存の法則(この場合はベルヌーイの定理)によって支配される。河川水の密度を1kg/1m3、重力加速度をg、位置エネルギーの基準面を海面とすると、この定理は以下のように記述される。

Vc2 - 2gHc+ 2Pc =Va2+2gH+2Pa
(1)
Pc=Pb
+gHc
(2)
(1)、(2)より、
Vc2 =Va2+2gH+2(Pb- Pa)
(3)

【0021】
関係式(3)は、注入地点における河川水の流速は、分流地点の標高と流速、分流地点と注入地点の地上気圧差のみで決まり、注入される地点の水深および導水管の傾斜および形状には依存しないことを示している。また、分流地点の流速が速いほど、標高が高いほど、両地点の地上気圧差が大きいほど、注入地点の流速は大きくなることを意味している。水力学の原理は、ひとたびこのような導水管を設置すれば、河川水は、この関係式を満足するように、無動力で永久に自動的に海中に注入される。
【0022】
河川水の分流地点が河口付近である場合には、河川水の位置エネルギーは利用できないが、運動エネルギーは利用できる。
【0023】
図1では、説明の簡便のため、河口付近の地形断面をBを通る鉛直面とし、また、注入地点をその面内のCとした。しかしながら、地形の断面は曲面であっても、また、注入地点をさらに沖合の海中に延長した場合でも、この原理は変わらない。
【0024】
実際には、河川水と導水管との摩擦が存在するため、C点における流速は、このVcより必ず小さくなる。なお、導水管の口径が大きいほど、また、導水管が短いほど摩擦の影響が小さくなることは自明である。
【0025】
以上の開示では、河川水の河口付近までの導水手段として暗渠の導水管を用いたが、古代ローマの水道橋のように明渠の導水路を用いる場合でも、全く同じ原理が適用可能である。
【0026】
以上のように、河川水と海水が対象の場合、本発明の特徴は、自然に流下している河川水の一部を、上流部で分流して河口付近に導水し、海面より下部に注入することによって、河川水と海水の密度差を利用して対流を起こさせて、海水の循環を自然に誘起させることであり、また、これらの循環を河川水が自然に持つ力学的エネルギーを利用して、無動力で行うことである。
【0027】
次に、注入する流体が、河川水ではなく、湖沼水および雨水の場合であっても、それらが力学的エネルギーを保有している限り、河川水の場合と全く同様の原理が適用できる。
ただし、湖沼水の場合は、図1における分流地点Aが湖沼に対応し、雨水の場合は、雨水の取得地点がAに対応する。また、湖沼水および雨水のいずれの場合も、河口あるいは河岸付近等への導水および海中への注水は、河川水の場合と全く同様である。
【0028】
二つ目の場合を考える。すなわち、注入するのは河川水あるいは湖沼水または雨水であり、注入される対象は別の河川あるいは湖沼の場合である。図2にその原理および概念図を示す。注入側である湖沼あるいは河川または雨水をB、注入される側の河川あるいは湖沼をAとして、図のように導水管Sおよび導水管Gで接続する。ここで注入の際に、両者の密度を考慮して、どちらか一方の管路を用いる。すなわち、Bの密度がAの密度より小さい時は導水管Gを通じてAの下部へ注入することにより、自然に対流を起こすことができる。これとは逆に、Bの密度の方が大きい場合は、導水管Sを通じてAの表層部へ注入することにより、力学的に不安定が生じるので、やはり対流を自然に起こすことができる。
【0029】
詰まるところ、本発明によれば、注入する側が河川水または湖沼水あるいは雨水のいずれであっても、また、注入される側が海水または湖沼あるいは河川のいずれであっても、注入する側が必要な力学的エネルギーを持つ限り、両者の密度差を利用して、自然に対流を起こさせることができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によって、湖沼や河川、海中の沈殿物あるいは汚濁物質の除去や拡散のほか、酸素の供給により貧酸素域の改善が可能となるので、湖沼および河川、海洋の環境の保存や再生に寄与できるほか、海洋活動などの活性化に役立つ。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0031】
図1のように、河川の上流部で河川水の一部を導水管あるいは導水路によって分流し、堤防あるいは道路または建築物を経由して河口あるいは河岸まで導き、所定の深度および沖合において、海中に注入する。注入口は、必要に応じて点・線・面状に配置する。また、注入口の形状は、必要に応じて、穴、スリットなどを用いる。
【実施例2】
【0032】
湖沼水あるいは雨水を用いて、実施例1と同様に海中に注入する。
【実施例3】
【0033】
浄化対象が湖沼あるいは河川である場合、図2のように導水管あるいは導水路を設置する。注入側の湖沼と浄化対象側の密度差を考慮して、適切な管路を選択する。

【産業上の利用可能性】
【0034】
新たな海水あるいは湖沼の浄化システムに関する産業に波及が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】注入側が河川水あるいは湖沼水または雨水で、浄化対象が海水の場合の発明の原理を示す概念図
【図2】注入側が河川水あるいは湖沼水または雨水で、浄化対象が湖沼あるいは河川である場合の発明の原理を示す概念図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
力学的エネルギーを保有する河川水または湖沼水あるいは雨水を、導水管あるいは導水路を用いて河口あるいは河岸に導いて、海面下に注入し、海水との密度差を利用して、無動力によって自然に対流および循環を起こさせることを特徴とする浄化システム。
【請求項2】
力学的エネルギーを保有する河川水または湖沼水あるいは雨水を、二本の導水管あるいは導水路を用いて他の河川あるいは湖沼に導水し、注入する。その際、一方の管路を上層に、他方の管路を下層に注入できるように接続する。注入する水の密度が注入される水の密度より小さい場合は下層に注入し、逆に大きい場合は上層に注入することによって、注入する水と注入される水の密度差を利用して、無動力によって自然に対流および循環を起こさせることを特徴とする浄化システム。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−17557(P2012−17557A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−153781(P2010−153781)
【出願日】平成22年7月6日(2010.7.6)
【出願人】(308005017)
【Fターム(参考)】