説明

油入電気機器の異常を診断する方法

【課題】油入電気機器の絶縁油中のBTEXの生成状態から該電気機器の異常を検出し、さらに異常の形態(例えば、放電によるものか、過熱によるものか)を推定できる手法を提供する。
【解決手段】油入電気機器から絶縁油をサンプルとして採取する。このサンプル中のBTEX(ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン)のそれぞれの含有量を計測し、ついでこの分布を求める。得られた個々の含有量とその分布と、異常形態が既知のサンプルのBTEXの含有量と分布とを比較、解析し、油入電気機器の異常の有無、異常の形態を予測する。絶縁油中のBTEXのそれぞれの生成量を、固相マイクロ抽出−ガスクロマトグラフィ−質量分析法で測定することが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、変圧器、コンデンサー、OF(油浸)ケーブル等の油入電力機器の放電や過熱の異常を検出して診断する方法に関し、絶縁油中に生成するベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレンのそれぞれの生成量と生成量の分布に基づいて異常を診断するようにしたものである。
【背景技術】
【0002】
変圧器、コンデンサー、OFケーブル等油入電力機器の保守には、放電や過熱の早期発見が重要である。
これまで、放電や過熱で生成するガスの絶縁油中濃度を測定し、ガス濃度比で判定する方法が使用されてきた(電協研第54巻第5号(1999)、IEC 60599−1999)。
【0003】
特に、異常過熱と放電の指標として絶縁油中に生成したアセチレンの濃度が使用されてきた。しかし、アセチレンは放電あるいは過熱いずれによっても生成するため、水素、エチレン、エタンなどほかの分解生成ガスとの比率で診断が行われている。
また、アセチレンは銅と反応して油中濃度が低下するため、必ずしも正確に状態を把握するとは限らない点が指摘されている。さらに、例えば変圧器の流動帯電のように、通常の油中アセチレン分析レベルでは検出が困難な場合もあり、より検出が容易な劣化指標が望まれている。
【0004】
さらには、B型コンサベータをもつ変圧器の場合はタップチエンジャーで生成したアセチレンが本体油に透過してくるため、本体の放電を検出することが困難になることが指摘されている。
【0005】
ところで、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン(以下、BTEXと略称する。)がアーク放電によって絶縁油中に生成することが、Kraemerらによって報告されている(CIGRE 12−108, 1996)。
彼らは、オンロードタップチエンジャー(LTC)の接点切り替えにおけるアークの発生による接点摩耗に関して、アーク放電に伴いBTEXが生成することを見いだした。
BTEX、特にはベンゼン、トルエンの生成量が交換電流とスイッチング回数に比例して増加することを報告している。
【0006】
しかしながら、Kraemerらの報告には、絶縁油中に生成したBTEXの生成状態と油入電気機器の異常形態とを関連ずける点はない。
【非特許文献1】電協研第54巻第5号(1999)、IEC 60599−1999
【非特許文献2】Kraemer et al、CIGRE 12−108,1996
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
よって、本発明における課題は、油入電気機器の絶縁油中のBTEXの生成状態から該電気機器の異常を検出し、さらに異常の形態(例えば、放電によるものか、過熱によるものか)を推定できる手法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる課題を解決するため、
請求項1にかかる発明は、絶縁油中に溶存するベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレンのそれぞれの生成量とこれらの生成量の分布から油入電気機器の異常を診断する方法である。
【0009】
請求項2にかかる発明は、絶縁油中のベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレンのそれぞれの生成量を、固相マイクロ抽出−ガスクロマトグラフィ−質量分析法で測定する請求項1記載の油入電気機器の異常を診断する方法である。
【0010】
請求項3にかかる発明は、請求項2において、固相マイクロ抽出を温度20〜60℃の範囲で行うことを特徴とする油入電気機器の異常を診断する方法である。
【0011】
請求項4にかかる発明は、トルエン、エチルベンゼン、キシレンのそれぞれの生成量とその分布に基づいて、油入電気機器での放電と過熱を判別する請求項1ないし3のいずれかに記載の油入電気機器の異常を診断する方法である。
【0012】
請求項5にかかる発明は、トルエン、エチルベンゼン、キシレンのそれぞれ生成量とその分布に基づいて、油入電気機器での放電の大小・頻度を判別する請求項1ないし4のいずれかに記載の油入電気機器の異常を診断する方法である。
【0013】
請求項6にかかる発明は、請求項4または5記載の方法において、油入電気機器の診断を、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレンの油中濃度と炭素数1〜3の炭化水素の油中ガスの分析結果とを合わせて行う油入電気機器の異常を診断する方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、油入電気機器の絶縁油中のBTEXのそれぞれの生成量とそれぞれの生成量分布状況に基づいて異常の有無以外に異常の形態を知ることができる。
また、絶縁油中のBTEXの生成量の測定に、固相マイクロ抽出−ガスクロマトグラフィ−質量分析法を用いるようにすれば、測定が簡単に短時間で実施できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を詳しく説明する。
本出願人は、放電の形態、加熱温度によるBTEXの生成への影響を検討し、その絶縁油中での分布と生成量が放電・加熱の形態と条件によって異なり、診断に適用できる可能性をみいだした。
放電の形態は、油入電気機器でも変圧器、コンデンサー、ケーブル等、機器毎に異なり、コンデンサー、ケーブルは狭い電極間隙におかれた絶縁油が高電界下にさらされるため、無声放電により水素ガスが発生しやすく、さらに進展するとコロナ放電(部分放電)が起こる。また、不純物等が原因の絶縁不良による放電も報告されている。
【0016】
一方、変圧器の場合は、絶縁紙の油未含浸のためのボイド等による微少放電から、導体接触不良、巻線間絶縁不良等による中エネルギー放電あるいはアーク放電、流動帯電で発生・蓄積した静電気による直流絶縁破壊など、いろいろな放電が起こりうる。
この放電時のエネルギーにより絶縁油(主成分は炭素数20−30程度の炭化水素)の一部が分解し、水素とエチレン、メタン等が発生するが、エネルギーがある程度高い場合にはアセチレンが生成する。これを利用して前述の油中ガス分析による診断が行われている。
【0017】
また、過熱は、過負荷による導体の過熱、循環電流、異物による鉄心の過熱等があり、700℃以上の異常過熱まで起こると言われている。過熱によって絶縁油の熱分解が起こるが、生成物は温度によって異なり、高温下ではアセチレンまでが生成する。従って、アセチレンは放電、過熱いずれにおいても生成し、どちらの原因で生成したか不明の場合もある。
【0018】
こうした放電、過熱の形態によってBTEXがどのように生成するかを、実験室的に検討した。
図1は、JIC C2101に規定する鉱油系絶縁油(JIC C2320に規定する1種2号油)の交流絶縁破壊試験で絶縁破壊を繰り返し、絶縁油中に生成したBTEXのそれぞれの生成量とその分布を示すものである。
この絶縁破壊を伴う放電ではトルエンのみが生成し、ほかの成分は生成しなかった。絶縁破壊を繰り返すことにより、トルエンの生成量のみが増大した。
【0019】
数種類の異なる絶縁油(JIS C 2320 1種2号油でパラフィン系及びナフテン系の各原油から精製した鉱油系絶縁油2種、直鎖型及び分岐型のアルキルベンゼン)のいずれの場合もトルエンのみが生成した。このように交流絶縁破壊ではもっぱらトルエンが生成した。
また、こうした放電によるBTEXの生成が絶縁油の種類によらないことが確認された。
【0020】
図2では、鉱油系絶縁油(JIC C2320に規定する1種2号油)について各種の放電実験をおこない、放電後のBTEXの生成分布を比較した。アルゴン中のグロー放電を絶縁油の油面上で行い、油中に浸すことで消弧させた。これを繰り返すとおもにベンゼンとトルエンが生成し、エチルベンゼンと各キシレンは少量生成した。
部分放電(微少放電)においては、形態によってベンゼン又はトルエンのみが生成した。これをアセチレンの生成と対比させるとアセチレンが多い、すなわちエネルギーが高いと思われる部分放電でベンゼンが生成すると考えられた。
【0021】
図2には絶縁油の過熱実験での結果も示した。300℃、450℃ではBTEXの生成は見られなかったが、750℃での過熱を繰り返すと、o−キシレン、p−キシレン、トルエン、エチルベンゼン、m−キシレンが生成した。
以上のように、放電の形態と過熱温度によって生成するBTEXの分布が異なり、生成量は各放電又は過熱の経過(時間又は累積頻度)によると考えられ、油中BTEXの生成分布と生成量による診断の可能性が示唆された。
【0022】
ついで、実際の稼働中の油入電気機器から採取した絶縁油中のBTEX分析結果を図3に要約した。
負荷時タップ切替器(LTC)の場合、ベンゼンとトルエンが主な生成物であり、図2に示したグロー放電と類似のパターンを示した。変圧器の場合、ベンゼン以外の成分が検出され、トルエンとp−キシレンが多かったが、機器により分布に差が見られた。
変圧器の場合、1種類の放電・過熱のみならず、複数の事象が発生していることも考えられ、時間的に生成物分布の変化を追跡することで、新たに生じた異常を検出することができる可能性がある。
【0023】
こうしたトレンド管理が容易なのは、銅と反応するアセチレンとは異なり、BTEXが化学的に安定であるために、絶縁油中に安定して存在し、生成したBTEXは累積して油中濃度が常に増大するためである。コンデンサーの場合、アセチレンが大量に生成しているものも含めてキシレン類とエチルベンゼンが生成し、p−キシレンが最も多かった。実験室での部分放電とは異なる分布であり、異なる放電又は過熱が起こっていることが考えられた。
【0024】
このように想定される放電又は過熱のモデル実験後の絶縁油中のBTEX生成分布と生成量を分析し、稼働中の油入電気機器から採取した絶縁油中のBTEX生成分布と生成量と比較することにより、機器で生じている異常の有無、異常の形態を検出するための有用な手段がえられる。生成物分布から複数の事象が起こっていると推定された場合は、経時的に追跡することで最近の事象を解析することが可能といえる。
【0025】
現在広く行われている油中ガス分析によるアセチレンの生成傾向は、BTEXと必ずしも合致するものでなく、生成のメカニズムが異なる可能性があることを示す。
このことは、稼働中の電気機器内の絶縁油中のBTEXを分析することによって、従来検出できなかったあるいは識別できなかった異常を検出しうる可能性がある。
また、必要により油中ガス分析結果とあわせることにより、異常の診断を従来のガス分析単独の診断よりも正確になし得る可能性があることを示すものである。
【0026】
絶縁油中のBTEX含有量の測定法は、種々の分析方法で実施できるが、固相マイクロ抽出−ガスクロマトグラフィー−質量分析法(SPME−GC−MS法)が、操作が容易で所要時間も短時間で済むために好適である。
SPMEでは、細いニードルの先端にファイバー状の固相が結合されたものを吸着又は分配の固定層として使用する。
【0027】
サンプルの入った密封容器にニードルを挿入し、ニードル内に格納されたファイバーを出して、サンプル液の表面上にファイバーをサンプル液に接しない状態で(ヘッドスペース)配し、所定の温度で所定の時間保持することで、ヘッドスペース内の成分を固定層に吸着させる(ヘッドスペース抽出という)。
【0028】
絶縁油中にファイバを浸して抽出すると、絶縁油が大量にファイバーに吸着されるため、対象成分の測定が困難になる。また、ヘッドスペース抽出を温度20℃〜60℃の範囲で行うことが好ましい。60℃を超えると絶縁油の一部が抽出されるため、測定を妨害する。20℃未満では対象成分の濃縮が困難になる。妨害成分の抽出を抑え、抽出時間を1時間以内に抑えるためには温度20℃〜60℃の範囲が必要である
【0029】
本発明に用いるSPMEファイバーとしては、市販のほとんどのファイバーを使用することができるが、脱着温度やくり返し使用可能な回数等を考慮すると、PDMS/DVB(ポリジメチルシロキサンをスチレンジビニルベンゼン吸着剤に担持させたもの)の使用がとくに好ましい。
【0030】
ヘッドスペースの容積に対して絶縁油量が多いと平衡化に長時間が必要となるほか、ファイバーに抽出される量が必要以上に多くなり、GC−MS分離能が低下する。ヘッドスペース容量が絶縁油量に対して大きすぎると、平衡化と吸着に長時間を必要とする。好ましい絶縁油量とヘッドスペース容積は0.2−0.5mL/5−30mLの範囲である。
【0031】
この後、ニードルを所定の温度に保持したGC−MS注入口に挿入して吸着成分を脱着させることで測定を行う。
GC−MS条件としては、対象成分の脱着に必要な注入部温度150−270℃、好ましくは230−250℃、カラムは一般的な極性または無極性カラムが使用できるが、少量の混入油分のパージのために250℃以上の耐熱性のあるカラムが好ましい。
【0032】
本発明では、キシレン異性体の分離が可能なCarbowax系のカラムが特に好ましく使用される。もちろん、分離カラムには充填カラム、キャピラリーカラムとも用いることができる。GC−MS分析はトータルイオンモード(TIM)で行うことも、選択イオンモード(SIM)で行うこともできる。
【0033】
前者は油中成分の同定に好ましく使用され、後者は対象成分の高感度分析に特に適している。本発明にはSIMモードを使用するのが感度面から好ましい。モニターイオンをBTEXの分子イオンに絞ることにより、妨害成分の干渉を最小にすることができる。カラム温度はカラムに応じてBTEXが適切な時間に分離・溶出するような温度に設定し、これらが溶出した後に温度を上げて、少量の油成分を溶出させることが望ましい。
【0034】
本発明におけるBTEXの測定には、ほかの方法を使用することも可能である。例えば、特開平8−72892号公報に示されたパージアンドトラップ抽出法とGC−MSを組み合わせる方法、HPLCによる方法などがあげられる。
しかし、前者では絶縁油が大量にGC−MSに注入されるおそれがあり、その場合は以後の測定に支障を来す。後者も油分からの分離が困難で、かつ感度的に不十分である。また固相を使用しないヘッドスペース抽出法は簡便であるが、濃縮手段でないために感度的に不十分である。
【0035】
このように、SPME−GC−MS法は、もっとも簡便で迅速な抽出・測定方法である。従来、この方法は水中の有機成分の抽出に用いられてきたが、抽出条件を最適化することで、絶縁油中の成分抽出にも適用できることを今回見いだしたものである。
【0036】
以下、具体例を示す。
[A]稼働中の油入電気機器から採取した絶縁油の分析を行った。
分析条件は、次の通りである。
SPMEファイバー:PDMS/DVB(スペルコ社製)
抽出温度:30℃(あらかじめ10分間静置して平衡化)、10分
絶縁油量:0.2 mL
ヘッドスペース:25 mL
GC−MS:島津製作所GC−MS QP5050
カラム:DB−Wax 内径0.25 mm 膜厚0.25 μm 長さ2 5m(J&W社製)
注入口温度:240℃
カラム温度:50℃
MS:SIMモード
【0037】
(1)負荷時タップ切替器A,B,Cから採取した絶縁油から、
トルエンが A:22.9ppm、B:29.7ppm、C:14.5ppm、
ベンゼンが A:5.0ppm、 B:5.1ppm、C:20.1ppm
検出されたほか、エチルベンゼン、3種のキシレンも少量(1ppm程度)検出された。
【0038】
(2)油中アセチレンが0.02−0.1%と微量検出された変圧器D,E,Fから採取した絶縁油から、
トルエンが D:8.6ppm、E:7.1ppm、F:12.7ppm,
p−キシレンが D:15.7ppm、E:6.3ppm、F:15.2ppm、
o−キシレンが D:6.6ppm、E:4.0ppm、F:6.4ppm、
m−キシレンが D:4.7ppm、E:2.7ppm、F:4.2ppm、
エチルベンゼンが D:5.2ppm、E:2.5ppm、F:3.8ppm、
検出された。ベンゼンは1ppm以下であった。
【0039】
(3)油中アセチレンが1ppm以上検出されたことから、内部放電の疑いのある変圧器G,Hの絶縁油から、
G:トルエン48.2ppm、p−キシレン2.4ppm、o−キシレン2.2ppm、m−キシレン0.7ppm、エチルベンゼン1.6ppm、
H:トルエン10.3ppm、p−キシレン14.5ppm、o−キシレン5.8ppm、m−キシレン4.5ppm、エチルベンゼン5.0ppmが検出された。ベンゼンは1ppm以下であった。
【0040】
(4)アセチレンと水素の生成から放電の疑われる油浸コンデンサーI,J,Kから採取した絶縁油から、
トルエンが I:2.2ppm、J:1.8ppm、K:2.1ppm、
p−キシレンが I:11.4ppm、J:10.2ppm、K:12.2ppm、
o−キシレンが I:5.4ppm、J:4.6ppm、K:5.7ppm、
m−キシレンが I:3.2ppm、J:2.8ppm、K:3.5ppm、
エチルベンゼンが I:2.4ppm、J:2.2ppm、K:2.6ppmが検出された.ベンゼンは検出されなかった。
【0041】
(5)アセチレン、エチレン等の生成パターンから過熱が疑われている変圧器L, Mから採取した絶縁油からは、BTEXは検出されなかった。
【0042】
[B]実験室で各種放電および加熱を行った絶縁油(JIS C2320 1種2号絶縁油)の分析を行った.分析条件は先と同様である。
【0043】
(6)外径2mmのステンレス2線を電極として絶縁油の沿面上、5mmの間隔で保持し、アルゴンガス雰囲気下、交流9kVでグロー放電させながら油中に浸して消弧させた。これを300回くり返した後の絶縁油から
ベンゼン5.9ppm、トルエン4.1ppm,p−キシレン0.5ppm、o−キシレン0.3ppm、m−キシレン0.3ppm、エチルベンゼン1.2ppmが検出された.また、油中ガス分析の結果、アセチレン18.7ppmであった。
【0044】
(7)JIS C2101に規定される球形電極を使用する交流絶縁破壊試験を200回繰り返した後の絶縁油から、トルエン11.6ppmが検出され、ほかの成分はほとんど検出されなかった。また、油中ガス分析の結果、アセチレン110.6ppmが検出された。
【0045】
(8)ASTM D887に規定される平板電極を用いて交流5kVで部分放電を120分間継続した後の絶縁油から、ベンゼン0.3ppm、アセチレン607.4ppmが検出されたが、ほかの成分はほとんど検出されなかった。
【0046】
(9)ASTM D2330に規定される同心円電極を使用したガス吸収試験を窒素雰囲気下で行い、水素ガスを40000ppm、80000ppm発生させた後の絶縁油から、トルエンがそれぞれ0.4ppm、0.5ppm、アセチレン0.8ml、6.2ppmが検出され、ほかの成分はほとんど検出されなかった。
【0047】
(10)窒素雰囲気下で、絶縁油に浸漬したカートリッジヒーターを用いて加熱試験をおこなった。8時間の加熱で300℃以下ではBTEXの生成は見られなかった。
【0048】
(11)キューリーポイント誘導加熱器を用いて窒素雰囲気下で絶縁油の高温加熱を行った.特定のパイロフォイルを用いて所定の温度(450、760℃)に昇温し、15秒後に加熱を終了した。これを40回繰り返した後の絶縁油中には450℃ではBTEXの生成は見られず、760℃ではo−キシレンが2.4ppm、p−キシレンが0.9ppm、トルエンが0.8ppmが検出された。ほかの成分も少量(0.3ppm程度)検出された。
【0049】
以上のように、種々の放電の形態によってBTEXの生成量と生成物分布は異なっている。また過熱でも300℃以下ではBTEXは生成しないが、700℃程度ではキシレン等の生成が見られた。アセチレンの生成傾向はBTEXと必ずしも合致するものでなく、生成のメカニズムが異なる可能性があることを示す。
【0050】
このことは、稼働中の油入電気機器のBTEXを分析することによって、従来検出できなかったあるいは識別できなかった異常を検出しうる可能性がある。
また、必要により油中ガス分析結果とあわせることにより、異常の診断を従来のガス分析単独の診断よりも正確になし得る可能性があることを示すものである。SPME−GC−MS法は、そのための簡易なBTEXの分析法となる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】JIC C2101に規定する鉱油系絶縁油(JIC C2320に規定する1種2号油)の交流絶縁破壊試験で絶縁破壊を繰り返した場合に生成したBTEXの生成量と分布を示すグラフである。
【図2】鉱油系絶縁油(JIC C2320に規定する1種2号油)について各種の放電、過熱実験を実施した後のBTEXの生成分布を示すグラフである。
【図3】実際の稼働中の油入電気機器から採取した絶縁油中のBTEXの生成量とその分布を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁油中に溶存するベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレンのそれぞれの生成量とこれらの生成量の分布から油入電気機器の異常を診断する方法。
【請求項2】
絶縁油中のベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレンのそれぞれの生成量を、固相マイクロ抽出−ガスクロマトグラフィ−質量分析法で測定する請求項1記載の油入電気機器の異常を診断する方法。
【請求項3】
請求項2において、固相マイクロ抽出を温度20〜60℃の範囲で行うことを特徴とする油入電気機器の異常を診断する方法。
【請求項4】
トルエン、エチルベンゼン、キシレンのそれぞれの生成量とその分布に基づいて、油入電気機器での放電と過熱を判別する請求項1ないし3のいずれかに記載の油入電気機器の異常を診断する方法。
【請求項5】
トルエン、エチルベンゼン、キシレンのそれぞれ生成量とその分布に基づいて、油入電気機器での放電の大小・頻度を判別する請求項1ないし4のいずれかに記載の油入電気機器の異常を診断する方法。
【請求項6】
請求項4または5記載の方法において、油入電気機器の診断を、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレンの油中濃度と炭素数1〜3の炭化水素の油中ガスの分析結果とを合わせて行う油入電気機器の異常を診断する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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