説明

波動歯車装置を備えたアクチュエータの位置決め制御方法

【課題】波動歯車装置を備えたアクチュエータにおいて、波動歯車装置の非線形ばね特性に起因する負荷軸の位置決め制御に対する影響を厳密な線形化手法を用いて補償すること。
【解決手段】制御対象のアクチュエータから、厳密な線形化手法を用いて線形化されたプラントモデルを構築する。波動歯車装置の負荷トルクに対する非線形な弾性変形を測定する。測定結果を再現できるように、非線形ばねモデルτg(θtw)を定数項を零とした三次多項式で規定する。負荷加速度指令を指令値とした際のプラントモデルへの電流入力および当該プラントモデルのモータ位置を、フィードフォーワード電流指令およびフィードフォーワードモータ位置指令として、負荷軸の位置決め制御用のセミクローズドループ制御系に入力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータの回転出力を波動歯車装置を介して減速して負荷軸から出力するアクチュエータの位置決め制御方法に関する。さらに詳しくは、波動歯車装置の非線形ばね特性に起因する負荷軸の位置決め制御精度の低下を、厳密な線形化手法を利用して抑制できるようにした波動歯車装置を備えたアクチュエータの位置決め制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図9に示すように、アクチュエータ1としては、モータ2の出力回転を減速して出力するための減速機として波動歯車装置3を用いたものが知られている。この構成のアクチュエータ1の位置決め制御を行うコントローラ4としては、モータ軸5に取り付けたセンサ6によって当該モータ軸5の回転位置、回転速度を検出し、これに基づき減速機出力軸である負荷軸7の回転を制御するセミクローズドループ制御を行うものが知られている。かかるセミクローズドループ制御系では、負荷軸7の回転情報を直接に検出してモータ2を駆動制御していないので、波動歯車装置3の特性が負荷軸7の位置決め制御特性に大きな影響を与える。
【0003】
波動歯車装置においては、負荷トルクが加わった際には、入出力間に非線形な弾性変形が発生し、これが負荷軸の高精度制御の障害の一要因となっている。負荷軸の高精度制御を実現するためには、この非線形ばね特性の影響を考慮する必要がある。
【0004】
ここで、非線形要素を含む制御対象の制御方法としては入出力関係の厳密な線形化手法が知られている。厳密な線形化手法とは、非線形要素を含む制御対象に対して、図1に示すような線形化フィードバックα(x)と入力変換β(x)を施し、α(x)およびβ(x)を含む拡大系の入力νから、その出力yの特性がdny/dtn=νとなるα(x)、β(x)を定めることで線形化する手法である(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「非線形システム論」、石島他著、計測自動制御学会編、コロナ社、141〜168頁、1993
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、モータの回転出力を波動歯車装置を介して減速して負荷軸から出力するアクチュエータのセミクローズドループ制御系において、明確な解析、制御手法が確立されていない波動歯車装置の非線形ばね特性に起因する負荷軸の位置決め制御精度の低下を、厳密な線形化手法を利用して抑制できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明は、モータの出力回転を波動歯車装置を介して減速して負荷軸から出力し、前記モータのモータ軸の回転位置および速度に基づき、前記負荷軸の位置決め制御を行うアクチュエータの位置決め制御方法において、
前記波動歯車装置の負荷トルクに対する非線形な弾性変形に起因する前記負荷軸の位置決め精度の低下を抑制するための非線形ばね補償を行い、
前記非線形ばね補償においては、
制御対象である前記アクチュエータから、厳密な線形化手法を用いて線形化されたプラントモデルを構築し、その線形化フィードバックα(x)および入力変換β(x)並びにその拡大系の入力νから出力yまでの特性を、それぞれ(A)式および(B)式並びに(C)式で規定し、
【0008】
【数A】

【0009】
【数B】

【0010】
【数C】

【0011】
前記波動歯車装置の負荷トルクに対する非線形な弾性変形を測定し、
測定結果を再現できるように、前記非線形ばねモデルτg(θtw)を、(D)式に示す定数項を零とした三次多項式で規定し、
【0012】
【数D】

【0013】
負荷加速度指令を指令値とした際の前記プラントモデルへの電流入力および当該プラントモデルのモータ位置を、それぞれ、フィードフォーワード電流指令およびフィードフォーワードモータ位置指令として、前記負荷軸の位置決め制御用のセミクローズドループ制御系に入力することを特徴としている。
【発明の効果】
【0014】
本発明では、アクチュエータの波動歯車装置における非線形ばね特性補償法として、波動歯車装置の入出力軸間の非線形ばね特性に対して、厳密な線形化手法に基づくフィードフォーワード非線形ばね補償系を構築した。これにより、負荷軸のオーバーシュートが減少し、当該負荷軸を滑らかに目標位置に精度良く整定させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】厳密な線形化手法を示すブロック線図である。
【図2】非線形ばねモデルを示すグラフである。
【図3】本発明によるフィードフォーワード非線形ばね補償系を示すブロック線図である。
【図4】非線形ばね補償効果確認実験に用いた指令波形を示すグラフである。
【図5】非線形ばね補償効果確認実験における位置決め応答を示すグラフである。
【図6】非線形ばね補償効果確認実験における位置決め応答を示すグラフである。
【図7】非線形ばね補償効果確認実験における位置決め応答を示すグラフである。
【図8】非線形ばね補償効果確認実験における位置決め応答を示すグラフである。
【図9】本発明の制御対象である波動歯車装置を備えたアクチュエータを示す概略ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[1.厳密な線形化手法]
(1.1数式展開)
厳密な線形化手法は、非線形関数を含む物理方程式に基づいて線形化フィードバックα(x)、入力変換β(x)を導出することで、制御対象を線形化するものである。なお、以下の各数式における記号の意味は次の通りである。
【0017】
(記号一覧)

【0018】
まず、制御対象の特性を非線形な微分方程式で表現する。制御対象である図9に示すアクチュエータ1の大域的な特性は、波動歯車装置の入出力軸間でねじれが生ずる2慣性モデルで表される。入力uを電流iとし、状態量xを負荷位置θl、負荷速度ωl、モータ位置θm、およびモータ速度ωmとすると、波動歯車装置を表す2慣性モデルの状態方程式は(1)式となる。(1)式の右辺を展開すると(2)式となる。
【0019】
【数1】

【0020】
【数2】

【0021】
本発明では、非線形ばねの補償を目指すために(2)式中の線形ばねモデルKg(θm/N−θl)を、ねじれθtw=θm/N−θlによりばねトルクが変化する非線形ばねモデルτg(θtw)に置き換えることで、制御対象の特性を(3)式に示す一階の非線形微分方程式で表現する。
【0022】
【数3】

【0023】
次に、最終制御量である負荷位置θlを一階ずつ微分しながら(3)式を用いて展開していく。θlの一階微分dθl/dt、二階微分dθl/dt、三階微分dθl/dtはそれぞれ(4)式、(5)式、(6)式となり、三階微分した段階で制御入力である電流iが式中に現れる。
【0024】
【数4】

【0025】
【数5】

【0026】
【数6】

【0027】
(6)式を解くことで任意の入力iに対する負荷位置θlを求めることができるものの、(6)式は、三階の非線形微分方程式であり一般解を求めることが困難である。そこで(6)式より拡大系の入力νと状態量θl、ωl、θm、ωmを用いて(7)式として電流iを算出する。(7)式より線形化フィードバックα(x)、入力変換β(x)は(8)式、(9)式となる。この場合、拡大系の入力νから出力yまでの特性は(10)式となる。
【0028】
【数7】

【0029】
【数8】

【0030】
【数9】

【0031】
【数10】

【0032】
(1.2非線形ばねモデル)
(8)式より、非線形ばね補償の際に、非線形ばねモデルτg(θtw)及びその一階微分dτg(θtw)/dtが必要となることから、τg(θtw)は一階微分可能である必要がある。そこで、本発明では、図2の線Iで示す実機ばね特性の測定結果に対して、非線形ばねモデルτg(θtw)として(11)式に示す、定数項を零とした三次多項式で表現し、その特性を図2の線IIで示す。図2より、構築した非線形ばねモデルは、ヒステリシス特性を考慮していないものの、線IIIで示す線形ばねに比べ、実機ばね特性の測定結果を精度良く再現できているといえる。
【0033】
【数11】

【0034】
[2.FF非線形ばね補償]
上記のように、線形化フィードバックα(x)および入力変換β(x)が(8)式および(9)式によって導出される。しかし、(8)式から分かるように、線形化フィードバックα(x)には、負荷位置θl、負荷速度ωlが必要となる。本発明の制御対象のアクチュエータの制御系は、セミクローズドループ制御系であり、負荷軸の情報を得ることができない。
【0035】
そこで、図3に示すように、図1のブロック線図全体をコントローラ内部に実装し、負荷加速度指令を指令値とした際のプラントモデルへの電流入力irefおよびプラントモデルのモータ位置θmをそれぞれFF電流指令、FFモータ位置指令として入力する。これにより、プラントモデルの特性と実機の特性が等しければ、実機は線形化されたプラントモデルと同様に動作し、非線形ばね特性を補償可能である。
【0036】
[3.補償効果確認実験]
上述したフィードフォーワード非線形ばね補償方法を実機のアクチュエータのコントローラに実装し、位置決め実験にてその補償効果を確認した。表1に実験条件を示す。なお、従来法の既約分解表現に基づく2自由度制御系では、図2の線形ばねモデル(線III)を用いており、指令には、従来法、本発明の方法の双方とも、図3に示す台形加速度をローパスフィルタに通した指令を用いた。
【0037】
【表1】

【0038】
図5〜図8には、負荷軸36Load deg の連続した12回分の位置決め応答を示す。各図の(a)は従来法の応答結果を示し、(b)は本発明の方法における応答結果を示す。各図における水平破線は、負荷軸整定範囲±30Loadarc−sec、モータ整定範囲±10Motor pulse、電流最大定格±0.64Aである。図5、6の負荷位置、モータ位置応答より、従来法では、負荷軸、モータ軸とも0.05Load deg、0.025Load deg程度のオーバーシュートが存在するのに対して、本発明の方法では、負荷軸で0.02Load deg程度、モータ軸で0.01 Load deg程度とオーバーシュートが小さくなっている。
【0039】
[まとめ]
以上説明したように、波動歯車装置における非線形特性補償法として、波動歯車装置の入出力軸間の非線形ばね特性に対して、厳密な線形化手法に基づくフィードフォーワード非線形ばね補償系を構築し、その補償効果を実機実験により確認した。その結果、厳密な線形化手法に基づく非線形ばね補償を行うことにより、負荷軸のオーバーシュートが減少し滑らかに整定させることができることが確認された。
【符号の説明】
【0040】
1 アクチュエータ
2 モータ
3 波動歯車装置
4 コントローラ
5 モータ軸
6 センサ
7 負荷軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータの出力回転を波動歯車装置を介して減速して負荷軸から出力し、前記モータのモータ軸の回転位置および速度に基づき、前記負荷軸の位置決め制御を行うアクチュエータの位置決め制御方法において、
前記波動歯車装置の負荷トルクに対する非線形な弾性変形に起因する前記負荷軸の位置決め精度の低下を抑制するための非線形ばね補償を行い、
前記非線形ばね補償においては、
制御対象である前記アクチュエータから、厳密な線形化手法を用いて線形化されたプラントモデルを構築し、その線形化フィードバックα(x)および入力変換β(x)並びにその拡大系の入力νから出力yまでの特性を、それぞれ(A)式および(B)式並びに(C)式で規定し、
【数A】

【数B】

【数C】

前記波動歯車装置の負荷トルクに対する非線形な弾性変形を測定し、
測定結果を再現できるように、前記非線形ばねモデルτg(θtw)を、(D)式に示す定数項を零とした三次多項式で規定し、
【数D】

負荷加速度指令を指令値とした際の前記プラントモデルへの電流入力および当該プラントモデルのモータ位置を、それぞれ、フィードフォーワード電流指令およびフィードフォーワードモータ位置指令として、前記負荷軸の位置決め制御用のセミクローズドループ制御系に入力することを特徴とする波動歯車装置を備えたアクチュエータの位置決め制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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