説明

活性型EGFR特異抗体

【課題】活性化されたEGFRをリン酸化の有無にかかわらず正確に測定できる手段を提供すること。
【解決手段】EGFRの細胞内ドメインを免疫原として使用し、非変性の活性型EGFRと特異的に結合する抗体又はその抗原結合性断片を作製した。本発明の抗体又はその抗原結合性断片は、活性型EGFRがリン酸化形態と非リン酸化形態のいずれであっても結合できる。該抗体又はその抗原結合性断片を利用して免疫測定を行えば、試料中の活性型EGFRを従来法よりも正確に測定できる。EGFRの異常な活性化は発癌の原因となり、治療標的となっているため、本発明の抗体又はその抗原結合性断片は、癌の検出、とりわけEGFRを標的とする分子標的治療薬の投与対象となる癌の検出にも有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、活性型EGFRと特異的に結合する抗体、並びに該抗体を用いた活性型EGFRの測定方法及び癌の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor; EGFR)は、細胞内のチロシンキナーゼドメイン及び自己リン酸化部位、膜貫通ドメイン、並びに細胞外のEGFリガンド結合ドメインとから成る膜貫通型レセプターである。EGFRの異常な活性化は発癌の原因となることが知られており、治療標的となっている。それ故に、EGFRの活性化を簡便且つ確実に検出可能な方法の提供は、癌化メカニズム、癌の治療法の開発及び癌の診断において非常に有用である。
【0003】
細胞あるいは組織抽出液等試料中の活性化EGFRキナーゼの検出方法としては、活性化に伴って変化するEGFRのリン酸化状態を活性化のマーカーとして測定する方法(リン酸化EGFR測定法)が一般的に用いられている。一般には、EGFRのリン酸化が活性化と同義に解釈されている。感度の問題から一般的な手法は確立されていないが、合成ペプチド基質に対するリン酸化活性を測定する方法(酵素活性測定法)も考えられている。
【0004】
その他、EGFRの構造変化部位を認識する抗体も知られている(非特許文献1、2)。非特許文献1に記載の抗体は、細胞外ドメインのhighmannose修飾により構造変化した同ドメインを認識する。非特許文献2に記載の抗体は、リン酸化により構造変化した部位を認識する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】FASEB J 2005;19(7):780.
【非特許文献2】J Biol Chem 1995;270(14):7975-7979.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の通り、EGFRの活性化は通常EGFRのリン酸化レベルを指標として評価されている。しかしながら、本願発明者らは、リン酸化が必ずしもEGFRの活性化を反映していないという点に着目した。すなわち、EGFRのリン酸化とは、EGFRの活性化の結果二次的に起こるものであり、必ずしもEGFRの活性化を反映していない。また、EGFRが活性化されていなくても、生体試料中の他の活性化されたキナーゼにより交差的にEGFRがリン酸化される場合がある。測定対象とするリン酸化部位によっては、EGFRが活性化されているにも関わらずリン酸化されていない場合もある。さらに、生体中においては脱リン酸化酵素フォスファターゼの影響を受け、測定する時点における条件により測定値が大きく異なるケースがある。フォスファターゼの影響は生体試料調製時にも強く受け、低温下での実験、フォスファターゼ阻害剤の使用が不可欠であり、それらによる制御が不十分な場合は測定値が変動するリスクもある。従って、リン酸化を指標とした測定方法では、EGFRの活性化を適切に測定することができていない。
【0007】
上記したEGFRの構造変化を認識する公知の抗体のうち、非特許文献2に記載の抗体は、リン酸化により構造変化した部位を認識する抗体であるため、リン酸化を指標とする一般的な手法と同じ問題点を有する。また、非特許文献1に記載の抗体が認識する構造変化は、必ずしもEGFRの活性化の指標とはならない。
【0008】
従って、本願発明の目的は、活性化されたEGFRをリン酸化の有無にかかわらず正確に測定できる手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、EGFRの細胞内ドメインを免疫原として作製した抗体から、リン酸化の有無にかかわらず、活性化されたEGFRを特異的に認識して結合する抗体を獲得することに成功し、本願発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、非変性の活性型EGFRと特異的に結合する抗体又はその抗原結合性断片を提供する。また、本発明は、非変性の試料と上記本発明の抗体又はその抗原結合性断片とを接触させ、試料中の活性型EGFRと前記抗体又はその抗原結合性断片との間の抗原抗体反応を利用した免疫測定により前記試料中の活性型EGFRを測定することを含む、活性型EGFRの測定方法を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の方法により、生体から分離した試料中の活性型EGFRを測定することを含む、癌の検出方法を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の抗体又はその抗原結合性断片を含む、活性型EGFRの測定キットを提供する。さらに、本発明は、上記本発明の抗体又はその抗原結合性断片を含む、癌の検出キットを提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、活性型EGFR自体をリン酸化によらずに直接的に測定可能な抗体が初めて提供された。本発明の抗体又はその抗原結合性断片は、非変性の活性型EGFRと特異的に結合し、活性型EGFRがリン酸化形態と非リン酸化形態のいずれであっても結合できる。従って、本発明によれば、従来の測定法よりも正確に活性型EGFRを測定可能になる。当業者に周知の通り、EGFRの異常な活性化は発癌の原因となり、治療標的となっている。本発明の抗体又はその抗原結合性断片は、癌の検出、とりわけEGFRを標的とする分子標的治療薬の投与対象となる癌の検出にも有用である。また、本発明の抗体又はその抗原結合性断片は、癌化メカニズムの解明や癌の新規治療法の開発にも貢献でき、癌の診断及び治療に広く貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】(a) 実施例で作製された各抗体で細胞抽出液中のEGFRを免疫沈降し、沈降されたEGFRをウエスタンブロットにより検出した結果を示す。写真の上部(IP mAb)には免疫沈降に用いた抗体を、左側(WB)にはウエスタンブロットで検出に用いた抗体を示す。(b) 実施例で作製された各抗体を用いたウエスタンブロットにより、変性させた細胞抽出液中のEGFRを検出した結果を示す。
【図2】ゲフィチニブ処理によりリン酸化を阻害した条件下でリガンド刺激した細胞からの抽出液について、各抗体を用いたEGFRの免疫沈降実験を行なった結果を示す。(a) 免疫沈降に抗体5-1を用いた場合の結果である。左側(WB)にはウエスタンブロットで検出に用いた抗体を示す。(b) 左側(IP)に示した各抗体で免疫沈降を行なった結果である。ウエスタンブロットの検出には抗体19-1を用いた。
【図3】ヒト肺癌由来野生型EGFR発現細胞株(A549、H460)、ヒト肺癌由来活性化変異EGFR発現細胞株(PC-9、HCC4006)、及びヒト肺癌由来EGFR過剰発現細胞株(HCC827)について、細胞抽出液中のEGFRを活性化EGFR特異抗体により免疫沈降した結果を示す。(a)全抽出物をウエスタンブロットで検出した結果である。左側(WB)にはウエスタンブロットで検出に用いた抗体を示す。(b)抗体4-2で免疫沈降したEGFRをウエスタンブロットで検出した結果である。ウエスタンブロットの検出には抗体19-1を用いた。
【図4】活性化EGFR特異抗体を用いてリガンド刺激した細胞を免疫染色した結果を示す。(a)抗体5-1で免疫染色した結果である。(b)抗体30-2で免疫染色した結果である。Mergedとして、抗体30-2による染色像及びα-EEA1による染色像を重ねた像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の抗体は、変性されていない活性型EGFRと特異的に結合する。すなわち、タンパク質非変性の条件下において、活性型EGFRとのみ結合し、活性化されていない(非活性型の)EGFRとは実質的に結合しない。「実質的に結合しない」とは、非活性型EGFRとは検出可能なレベルで結合しないか、又は検出し得るレベルで非活性型EGFRと結合しても、その結合の程度が活性型EGFRとの結合よりも明らかに少なく、活性型EGFRと結合しているわけではないことが当業者にとって明瞭な程度にしか結合しないことを意味する。
【0014】
活性型EGFRとは、下流の因子に情報を伝達し得る状態に構造変化したEGFRを指す。EGFRは、通常の生体細胞内では非活性型で存在する。EGFRの細胞外リガンド結合ドメインにEGFが結合すると、このリガンド刺激を受けてEGFRが活性型となり、細胞内ドメイン中のATP結合部位にATPが結合して自己リン酸化が生じ、下流の因子にシグナルを伝達する。EGFRを活性化するリガンドとしては、EGFの他、TGF-α、アンフィレギュリン (amphiregulin)、ヘパリン結合EGF様増殖因子 (Heparin-binding EGF-like Growth Factor; HB-EGF)等の天然のリガンドが知られている。その他、リガンド刺激によらず活性化状態を呈するEGFRの活性化変異体(例えば配列番号2のEGFR配列中の746番Gluから750番Alaの領域の欠失など)が知られており、活性化変異EGFRを発現するヒト肺癌由来細胞株(例えばPC-9、HCC4006等)が公知である。また、EGFRの過剰発現によりEGFRが活性化され下流のシグナル経路が動いているEGFR過剰発現細胞株(例えばHCC827等)も知られている。本発明の抗体が認識する活性型EGFRには、このような、当業者の間で活性型EGFRと認識される、活性化形態にある種々のEGFRが包含される。
【0015】
本発明の抗体は、非変性の(変性されていない)活性型EGFRと特異的に結合する抗体である。変性条件下では、本発明のこの特異性は失われる。すなわち、加熱、凍結、紫外線等の物理的な処理、又は酸、塩基、グアニジン、界面活性剤等の化学的な処理により試料中のタンパク質が変性され、タンパク質の本来の立体構造が失われた条件下では、本発明の抗体の活性型EGFRへの特異性は失われ、活性型EGFRのみならず非活性型のEGFRとも結合する(下記実施例参照)。このことは、本発明の抗体が、活性化に関連するEGFRの立体構造の変化を認識していることを示唆している。
【0016】
本発明の抗体は、活性型のEGFRをリン酸化の有無にかかわらず検出可能である。すなわち、リン酸化されていない活性型EGFR及びリン酸化されている活性型EGFRの両者に結合できる。上記の通り、EGFRの活性型への変化はリン酸化に先行して生じるものであるが、従来の活性型EGFR測定法ではリン酸化を指標としてEGFRの活性化が評価されている。本発明の抗体によれば、活性型EGFRそのものを直接的に検出できるので、従来法よりもより正確にEGFRの活性化を評価することが可能になる。
【0017】
EGFR遺伝子の塩基配列及びアミノ酸配列は公知であり、例えばNCBIのデータベースにアクセッション番号NM_005228(mRNA)及びNP_005219(タンパク質)として登録されている。これらの配列を配列表の配列番号1及び2に示す。なお、EGFRのアミノ酸配列中、N末端の24残基(配列番号2中のaa1-24の領域)はシグナル配列であり、細胞内でタンパク質として発現された後この24残基は除去される。配列番号3に示すアミノ酸配列は、このシグナル配列が除去されたEGFRタンパク質のアミノ酸配列である。
【0018】
本発明の抗体としては、特に限定されないが、EGFRタンパク質(配列番号3)中のaa956-998(「第956番〜第998番アミノ酸」の意)内の領域又はaa1023-1115内の領域に結合するものが挙げられる。下記実施例では、確立された3つの抗体について、EGFR細胞内ドメインの各種断片を用いて結合性を解析しており、抗体4-2及び25-1がaa956-998内の領域と、抗体30-2がaa1023-1115内の領域と結合することが確認されている。従って、それぞれの抗体のエピトープはそれぞれの領域内に存在すると考えられる。
【0019】
EGFRの活性化と構造変化に関しては、EGFRキナーゼドメインの結晶構造解析の報告があり、キナーゼドメインの構造変化と活性化とが密接に関連していることが示されている(Cancer Research 2004;64:6652-6659)。抗体4-2及び25-1のエピトープが存在するaa956-998の領域は、同報告において活性化により構造変化することが示されている領域と一致しているが、この点もまた、本発明の抗体が活性化による構造変化を認識していることを示唆している。
【0020】
抗体は、ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよいが、免疫測定等のためには再現性の高いモノクローナル抗体が好ましい。
【0021】
本発明の抗活性型EGFR抗体は、例えば、野生型EGFRの細胞内ドメイン(配列番号2ではaa669-1210、配列番号3ではaa645-1186の領域)を免疫原として用いて、周知のハイブリドーマ法により調製することができる。すなわち、野生型EGFRの細胞内ドメイン断片を周知の遺伝子工学的手法により調製し、これを免疫原として用いて動物(ヒトを除く)を免疫し、該動物から抗体産生細胞を得てミエローマ細胞等の不死化細胞と融合させることによりハイブリドーマを作製し、該ハイブリドーマから、所望の結合性を有する抗体を産生するハイブリドーマをスクリーニングし、スクリーニングしたハイブリドーマから抗体を回収することにより、本発明のモノクローナル抗体を得ることができる。
【0022】
スクリーニングは、(1) EGFRの活性型と非活性型とを用いて、活性型への特異的な結合を確認する、(2) リン酸化されていない活性型EGFRとリン酸化されている活性型EGFRの両者への結合を確認する、の2つの観点から行なえばよい。活性型及び非活性型のEGFRは、例えば、野生型のEGFRを発現する公知の細胞株(例えばA549、H460等)をEGF処理(培養液にEGFを添加する等)したもの及びEGF処理しないものからタンパク質を抽出して調製することができる。このように細胞をリガンド処理すると、EGFRの自己リン酸化も生じるため、リン酸化形態の活性型EGFRが得られる。リン酸化されていない形態の活性型EGFRについては、例えばゲフィチニブ等のリン酸化阻害剤の共存下でリガンド処理すればよい。通常、常法により作製した抗体を活性型への特異的結合を指標にスクリーニングし、得られた抗体について、リン酸化の有無にかかわらず結合するものをスクリーニングすることで、本発明の抗体を適宜取得することができる。なお、ここでいう「特異的結合」も上記の定義の通りである。
【0023】
本発明の抗体から抗原結合性断片を調製することも可能である。「抗原結合性断片」とは、例えば免疫グロブリンのFab断片やF(ab')2断片のような、当該抗体の対応抗原に対する結合性(抗原抗体反応性)を維持している抗体断片を意味する。このような抗原結合性断片も免疫測定に利用可能であることは周知であり、もとの抗体と同様に有用である。Fab断片やF(ab')2断片は、周知の通り、モノクローナル抗体をパパインやペプシンのようなタンパク分解酵素で処理することにより得ることができる。なお、抗原結合性断片は、Fab断片やF(ab')2断片に限定されるものではなく、対応抗原との結合性を維持しているいかなる断片であってもよく、遺伝子工学的手法により調製されたものであってもよい。また、例えば、遺伝子工学的手法により、一本鎖可変領域 (scFv: single chain fragment of variable region) を大腸菌内で発現させた抗体を用いることもできる。scFvの作製方法も周知であり、上記の通りに作製したハイブリドーマのmRNAを抽出し、一本鎖cDNAを調製し、免疫グロブリンH鎖及びL鎖に特異的なプライマーを用いてPCRを行なって免疫グロブリンH鎖遺伝子及びL鎖遺伝子を増幅し、これらをリンカーで連結し、適切な制限酵素部位を付与してプラスミドベクターに導入し、それで大腸菌を形質転換し、大腸菌からscFvを回収することによりscFvを作製することができる。このようなscFvも「抗原結合性断片」として本発明の範囲に包含される。
【0024】
本発明により、リン酸化の有無に影響されずに活性型EGFRへの特異性を発揮できる抗体及びその抗原結合性断片が提供されるため、該抗体又はその抗原結合性断片を用いた免疫測定により、試料中の活性型EGFRを従来よりも正確に測定することが可能になる。すなわち、本発明は、上記した本発明の抗体又はその抗原結合性断片と試料中の活性型EGFRとの間の抗原抗体反応を利用した免疫測定により、試料中の活性型EGFRを測定することを含む、活性型EGFRの測定方法も提供する。なお、本発明において、「測定」という語には、検出、定量、半定量が包含されるものとする。
【0025】
上記したように、本発明の抗体が有する活性型EGFRへの特異性は、活性型EGFRが変性を受けていない条件下で発揮される。従って、本発明の抗体又はその抗原結合性断片を用いて活性型EGFRの測定を実施する場合には、試料中のタンパク質を変性させない条件下で抗活性型EGFR抗体又はその抗原結合性断片と接触させる必要がある。
【0026】
免疫測定方法自体はこの分野において周知である。非変性の試料を本発明の抗体又はその抗原結合性断片と接触させるという上記条件を満足できる限り、周知のいずれの免疫測定方法でも採用することができる。すなわち、反応形式に基づき分類すると、サンドイッチ法、競合法、凝集法等があり、標識に基づき分類すると、酵素免疫分析、放射免疫分析、蛍光免疫分析等があるが、これらのいずれもが本発明で言う「免疫測定」に包含され、本発明の測定方法に採用することができる。特に限定されないが、具体例を挙げると、免疫沈降、ELISA、免疫染色等の手法を好ましく採用することができる。
【0027】
各免疫測定に必要な試薬類も周知であり、用いる抗体が本発明の抗体又はその抗原結合性断片であること以外は、通常の免疫測定用キットを用いて免疫測定を行なうことができる。すなわち、本発明は、上記した本発明の抗体又はその抗原結合性断片を含む、本発明の測定方法を実施するための測定キットも提供する。抗体又はその抗原結合性断片以外でキットに含まれる試薬類は、公知の通常の免疫測定用キットと同様で良い。
【0028】
試料については何ら限定されず、活性型EGFRを含有し得る試料であればいかなるものであってもよい。生体から分離した生体由来試料でもよいし、生体に由来しない試料(例えば実験室で遺伝子工学的手法により調製した活性型EGFR試料など)であってもよい。例えば、生体由来の試料としては、血液試料(全血、血漿、血清等)、細胞抽出液、組織試料等が挙げられるが、これらに限定されない。生体は、特に限定されないが、ヒト、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ハムスター等の哺乳動物である。
【0029】
当業者に周知の通り、EGFRの異常な活性化は発癌の原因となり、治療標的となっている。下記実施例にも具体的に示される通り、本発明の抗体を用いれば、各種の癌由来細胞株における活性型EGFRを検出することができる。肺癌等のある種の癌では健常者よりも多く活性型EFGRが存在することが知られており、そのようなEGFRが異常に活性化するタイプの癌に対しては、ゲフィチニブ等のようなEGFRを標的とする分子標的治療薬が有効である。癌か否かを検出すべき生体から分離した試料に対して本発明の活性型EGFR測定方法を実施すれば、該生体の癌を検出可能であり、とりわけEGFRを標的とする分子標的治療薬の投与対象となるかどうかを調べるのに有用である。従って、本発明の活性型EGFR測定方法は、癌の検出方法、とりわけEGFRを標的とする分子標的治療薬の投与対象となる癌の検出方法としても有用である。また、上記した活性型EGFR測定キットも、方法の場合と同様、癌の検出キット、特にEGFRを標的とする分子標的治療薬の投与対象となる癌の検出キットとしても有用である。
【0030】
対象となる生体が癌であるか否かが未確定である場合、該生体から分離した試料に対して本発明の測定方法を行ない、試料中の活性型EGFRを測定すれば、癌であるか否かを判断できる。健常生体由来の試料における活性型EGFR量と比較して測定値が有意に高ければ、該生体は癌を罹患している恐れが高い。このような生体が実際に癌と確定診断された場合、EGFRを標的とする分子標的治療薬が該生体の癌の治療に有効であり得るので、そのような分子標的治療薬の利用を積極的に取り入れることで癌を効果的に治療し得る。つまり、本発明の検出方法は、分子標的治療薬の利用を検討する目的で、既に癌であると診断された生体に対しても実施することができる。なお、EFGRの活性化が見られる癌としては、肺癌、大腸癌、乳癌等が知られているが、このような公知の例に限らず、EGFRの活性化が本発明の方法により実際に確認できた癌であればEGFRを標的とする分子標的治療薬は有効であり得るため、本発明の範囲は癌の種類で限定されるものではない。
【0031】
分子標的治療薬とは、医学治療の分野では一般的な語であり、通常、疾患に関与する遺伝子又は遺伝子産物を標的として特異的に作用する薬剤を指す。本発明では、「EGFRを標的とする分子標的治療薬」とは、EGFRを作用の標的とする薬剤を指し、非活性型のEGFRに結合して活性型への変化若しくは下流へのシグナル伝達を阻害するもの、又は活性型のEGFRに結合して下流へのシグナル伝達を阻害するものが包含される。そのようなEGFRを標的とする分子標的治療薬としては、ゲフィチニブ、エルロチニブ等が知られており、また各種の新規物質が開発中である。本発明の抗体又はその抗原結合性断片を用いれば、活性型EGFRを従来法よりも正確に測定できるので、EGFRが過剰に活性化しているタイプの癌患者を好ましく検出することができ、治療手段の選択に大いに貢献できる。
【0032】
癌の検出を行なう場合、検出精度を高める観点から、複数の健常者について活性型EGFR量を測定して健常基準値を定め、これと対象試料中の活性型EGFR量とを対比して有意差があるかどうかを調べることが好ましい。さらに、EGFRが過剰に活性化している複数の既知の癌患者についても活性型EGFR量を測定して癌基準値を定め、これとの有意差があるかどうかを調べることにより、さらに検出精度を高めることができるので、より好ましい。癌基準値は、疑陽性、陽性等の段階分けをして複数設けてもよい。このような基準値は、実施の都度定める必要はなく、予め決定された基準値を用いることができる。
【0033】
また、本発明の抗体又はその抗原結合性断片は、例えば癌の治療等に有用な新規化合物のスクリーニングに用いることもできる。本発明の抗体又はその抗原結合性断片は、癌の診断及び治療手段の選択に貢献できるほか、癌化メカニズムの解明や癌の新規治療法の開発にも貢献できる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0035】
1.抗体作製
常法により昆虫細胞にて発現させたEGFR細胞内ドメイン(配列番号2ではaa669-1210、配列番号3ではaa645-1186の領域)を、フロイントアジュバントと共にマウスに免疫し、常法のハイブリドーマ法によりEGFR細胞内ドメインに対する抗体を産生するハイブリドーマを作製した。免疫原に対する抗体の反応性をELISAにて分析し、免疫原と結合する抗体を産生するハイブリドーマを選択し、抗体を回収した(抗体4-2、5-1、19-1、25-1、30-2)。以下の実験で示される通り、これらの抗体のうち、5-1及び19-1は全ての状態のEGFRに結合する(活性型EGFRへの特異性がない)抗体であり、4-2、25-1及び30-2は活性型EGFRに特異的に結合するものであった。
【0036】
2.エピトープ解析
下記表1に示すEGFR細胞内ドメインの各種フラグメントを常法により大腸菌でGST融合タンパク質として発現させ、これらをSDS-PAGEした後PVDF膜に転写した。確立した抗体によるウエスタンブロットを行ない、反応した全フラグメントのオーバーラップ領域を各抗体のエピトープとして決定した。確立した各抗体の各フラグメントとの反応性を表1に示す。確立した抗体4-2及び25-1はEGFRのキナーゼドメインC末端に隣接する部位(aa956-998)を、抗体30-2はaa1023-1115の領域を認識することが確認された。aa956-998の領域は、結晶構造解析により構造変化することが示されている領域(Cancer Research 2004; 64: 6652-6659)と一致する領域である。
【0037】
【表1】

【0038】
3.活性化EGFR特異性の解析
未処理及びEGF処理したA549の細胞抽出液に対して、確立した各抗体及び全ての状態のEGFRを認識する抗体5-1でEGFRを免疫沈降した。免疫沈降されたEGFRをSDS-PAGEし、PVDFに転写後、全ての状態のEGFRを認識する抗EGFR抗体19-1によるウエスタンブロットにて免疫沈降されたEGFRを検出した(図1(a))。確立した抗体4-2、25-1、30-2はいずれも、EGF処理した細胞抽出液のみでEGFRが検出され、EGFリガンド刺激により活性化されたEGFRを特異的に免疫沈降することが確認された。
【0039】
4.リン酸化非依存性の解析
未処理及びEGF処理したA549の細胞抽出液をSDSサンプルバッファーで変性したものをSDS-PAGEし、PVDF膜に転写後、確立した抗体によるウエスタンブロットにて検出した(図1(b))。図中の抗体α-pY1148とは、EGFRのリン酸化ドメインの一つpY1148の周辺配列をもとに合成したペプチドを免疫原として確立された抗体である。図1(b)に示される通り、リン酸化EGFR特異抗体α-pY1148(右端)とは異なり、確立した抗体4-2、25-1、30-2は、EGF刺激に関わらず、PVDF膜に転写された変性後のEGFRと反応した。
【0040】
EGFR特異的阻害剤ゲフィチニブ存在下で上記3と同様の免疫沈降実験を行なった(図2(b))。リン酸化が阻害された条件下(ゲフィチニブ+)においても、確立した抗体4-2、25-1、30-2は、EGFリガンド刺激により活性化されたEGFRを特異的に免疫沈降した。これにより、確立した抗体4-2、25-1、30-2が、EGFリガンド刺激により活性化された非変性のEGFRをリン酸化の有無にかかわらず認識できることが確認された。
【0041】
5.活性化変異あるいは過剰発現により活性化されたEGFRに対する反応性の解析
野生型EGFR、活性化変異EGFRを発現するあるいはEGFRを過剰発現する各種肺癌由来細胞株の細胞抽出液に対して、確立した抗体で免疫沈降した。免疫沈降されたEGFRをSDS-PAGEし、PVDF膜に転写後、全ての状態のEGFRを認識するEGFR抗体19-1によるウエスタンブロットにて検出した(図3)。確立した抗体4-2は、野生型EGFRを発現する細胞株(A549、H460)のEGFRに対してはEGF刺激依存的な反応性を示したが、変異EGFR発現細胞株(PC-9、HCC4006)及びEGFR過剰発現細胞株(HCC827)に対してはEGF未刺激の条件でもEGFRと反応した。これらの変異株及び過剰発現株は、EGFRの活性化を生じるヒト癌由来細胞株として知られているものであり、このような癌において発現するものを含めた各種態様の活性化EGFRに対しても確立した抗体が特異的に反応できることが示された。確立した抗体が特異的に反応した活性化変異EGFRはゲフィチニブ等の癌の分子標的治療薬の治療標的となっており、分子標的治療薬の治療対象癌を診断する等の癌の診断にも有用であることが示された。
【0042】
6.細胞免疫染色系における活性化EGFRの検出
未処理及びEGF処理したA549細胞をPFAで固定し、TritonX100含有緩衝液で細胞を透過処理した。全ての状態のEGFRを認識する抗EGFR抗体5-1を反応させた後、反応した抗体を抗マウスAlexaFluor488蛍光標識二次抗体(図4(a))で検出した。あるいは、活性化EGFR特異抗体30-2及び抗EEA1ウサギ抗体で反応させた後、反応した抗体30-2をAlexaFluor488蛍光標識二次抗体で、反応したanti-EEA1ウサギ抗体をAlexaFluor555蛍光標識二次抗体で検出した(図4(b))。その結果、抗体5-1はEGF未処理A549細胞の細胞膜局在EGFRと反応した。一方、抗体30-2は、EGF未処理A549細胞のEGFRとは反応しなかったが、EGF刺激したA549細胞の、EEA1と共に初期エンドソームに局在するEGFRと特異的に反応した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非変性の活性型EGFRと特異的に結合する抗体又はその抗原結合性断片。
【請求項2】
リン酸化された活性型EGFRとリン酸化されていない活性型EGFRの両者に結合する請求項1記載の抗体又はその抗原結合性断片。
【請求項3】
非変性の非活性型EGFRとは実質的に結合しない請求項1又は2記載の抗体又はその抗原結合性断片。
【請求項4】
配列番号3に示すEGFRタンパク質のアミノ酸配列中のaa956-998内の領域又はaa1023-1115内の領域に結合する請求項1ないし3のいずれか1項に記載の抗体又はその抗原結合性断片。
【請求項5】
前記抗体がモノクローナル抗体である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の抗体又はその抗原結合性断片。
【請求項6】
非変性の試料と請求項1ないし5のいずれか1項に記載の抗体又はその抗原結合性断片とを接触させ、試料中の活性型EGFRと前記抗体又はその抗原結合性断片との間の抗原抗体反応を利用した免疫測定により前記試料中の活性型EGFRを測定することを含む、活性型EGFRの測定方法。
【請求項7】
請求項6記載の方法により、生体から分離した試料中の活性型EGFRを測定することを含む、癌の検出方法。
【請求項8】
EGFRを標的とする分子標的治療薬の投与対象となる癌を検出する方法である請求項7記載の方法。
【請求項9】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の抗体又はその抗原結合性断片を含む、活性型EGFRの測定キット。
【請求項10】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の抗体又はその抗原結合性断片を含む、癌の検出キット。
【請求項11】
EGFRを標的とする分子標的治療薬の投与対象となる癌を検出するキットである請求項10記載の検出キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−144124(P2011−144124A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−5115(P2010−5115)
【出願日】平成22年1月13日(2010.1.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第68回日本癌学会学術総会記事、第444頁、2009年8月31日発行
【出願人】(306008724)富士レビオ株式会社 (55)
【Fターム(参考)】