説明

活性金属の表面処理膜

【課題】高耐食性、表面清浄性、易洗浄性に優れた、原子レベルで平坦な表面を有する金属又は金属による表面被覆層とその表面処理方法を提供する。
【解決手段】電気化学的処理法を用いて、空気酸化膜を除去した後、アノード電位において酸化膜を一分子層だけ形成させた後、自然電位近くのカソード電位に保持して構造緩和させて生成分子膜が結晶化するまで保ち、次いで、アノード電位による一層の酸化分子膜の形成とその膜の構造緩和を多数回繰り返して活性金属表面に原子レベルで平坦な結晶性酸化膜を形成させる表面処理材の製造方法及びその表面処理材。
【効果】一般構造材料、配管材料、機能性材料の表面平坦性、表面清浄性並びに耐食性を向上させる表面処理技術を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般構造材料、配管材料、機能性材料の表面平坦性、表面清浄性並びに耐食性を向上させる表面処理技術に関するものであり、更に詳しくは、通常、活性な金属表面は非晶質の酸化膜で覆われているが、本発明は、電気化学的表面処理により、非晶質酸化膜を除去して原子レベルで平坦化された酸化膜で覆い、これにより、従来の粗い表面よりも耐食性、表面清浄性を向上させることを可能とする表面処理技術に関するものである。本発明は、活性金属表面に原子レベルで平坦な結晶性酸化膜を形成することによって、例えば、水、ガス、細菌等の吸着サイトを減少させて清浄性、耐食性を向上させること、一旦吸着した水、ガス、細菌等を容易に脱離、洗浄すること、また、その上に積層されるチタン酸バリウム等の強誘電体の結晶性を向上させることを可能にする活性金属の表面処理膜及びその表面処理方法を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
金属の耐食性を高めるために又は金属上に結晶性の良い薄膜を形成させるために、あるいは金属を高真空容器として使用する場合等においては、水、ガス、細菌等の金属表面への吸着を抑制するために、金属表面に原子レベルで平坦な結晶性酸化皮膜を形成することが必要とされている。
【0003】
従来、半導体系材料においては、例えば、水素中アニール(特許文献1、2)、熱処理(特許文献3、4)、蒸着(特許文献5)、再蒸発(特許文献6)等の方法により、原子レベルで平坦な表面の作製が行われてきた。しかし、これらは、本発明が対象としない半導体等の特定の材料系に関するものであり、平坦化方法も、活性金属を対象とした本発明とは全く異なっている。
【0004】
また、先行技術として、例えば、チタンの線素材を加熱し、溝ロ−ラ積層装置を使って平滑表面をもった光沢のある細線の形成方法が提案されている(特許文献7)。また、加熱した金属の平滑基板の表面にレーザー蒸着法で薄膜状の酸化チタン単結晶を成長させる方法が提案されている(特許文献8)。しかし、シリコン単結晶のように全体的には単結晶であっても、最表面が原子レベルで平坦かどうかは別問題であり、これらの方法では、最表面の構造については何も想定されていない。
【0005】
また、高温真空下において金属を液状化してフラックスとし、単結晶基板を用いて高温真空アニールによりフラックスを凝集させ、その後、フラックスを除去して、原子レベルで平坦な金属酸化物単結晶基板を作製する方法が提案されている(特許文献9)。しかし、この方法では、単結晶基板の使用が必須とされており、本発明が対象としている多結晶基板とは異なる。また、本発明は、他の材料や物質を用いて金属表面に形成させた膜ではなく、金属表面から生成した膜のみを対象とするものである。
【0006】
従来より、電気化学的方法に関しては、金属表面から生成した膜を利用している。溶融塩中において、陰極電解電位を−1.1Vよりも卑な電位で電解することにより、平滑で均質なTi−Al合金薄膜を製造する方法が提案されている(特許文献10)。
【0007】
また、陽極酸化の開始初期に、低い電流密度で陽極酸化を行い、次いで、高い電流密度で陽極酸化を行うことにより、最初から高い電流密度で陽極酸化するときに発生するような表面荒れを抑制し、平滑な酸化物皮膜を得る方法が提案されている(特許文献11)。
【0008】
また、交流電流を整流した直流電流を更にリップル補正してアルミニウム合金部品に印加し、その表面に陽極酸化皮膜を形成することにより、部品全表面に均一な電気化学反応を生じさせて平滑な陽極酸化皮膜を生成する方法が提案されている(特許文献12)。しかし、これらの方法では、いずれも、原子レベルの平坦性も分子層毎の構造緩和も想定されていない。
【0009】
電解エツチング及び電解析出を繰り返すことにより、ニッケルやコバルト系金属の表面を溶液中において原子レベルで平坦化する方法が提案されている(特許文献13、14)。これらの方法は、バルク電析する電位より卑な電位で金属表面に単原子層を形成させる方法であり、溶液中で実現可能な原子レベルの平坦面である。
【0010】
しかし、これらは、空気中に取り出すと、自然酸化が進むため、非晶質な酸化物で覆われてしまう。空気中においても安定な原子レベルの平坦化表面を形成するには数原子層以上の酸化膜が必要であるが、これらの方法では、その形成方法については何も示されていない。また、ニッケル−クロム合金表面に原子レベルで平坦な結晶性酸化皮膜を形成させるために、不働態化が行われてきたが、膜厚が数ナノメータという薄い酸化膜であるため、原子レベルで平坦なテラスの幅も数ナノメータが限界であった(特許文献15)。
【0011】
以上のように、先行技術文献では、いずれの場合も、金属表面から生成した表面酸化膜に関しては、原子層あるいは分子層毎の構造緩和によって形成される原子レベルで平坦な表面は想定されていない。このようなことから、より高い耐食性、結晶性、かつ原子レベルの平坦性を備えた活性金属の表面処理膜の開発が強く望まれていた。
【0012】
【特許文献1】特開2002−217413号公報
【特許文献2】特開2002−343805号公報
【特許文献3】特開平11−176828号公報
【特許文献4】特開平09−102420号公報
【特許文献5】特開平01−203221号公報
【特許文献6】特開平07−206592号公報
【特許文献7】特開平08−141601号公報
【特許文献8】特開2002−20199号公報
【特許文献9】特開2006−96649号公報
【特許文献10】特開平05−51784号公報
【特許文献11】特開2005−320623号公報
【特許文献12】特開平07−126891号公報
【特許文献13】特開平11−29900号公報
【特許文献14】特開平11−29899号公報
【特許文献15】特開2004−52027号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
このような状況の中で、本発明者は、上記従来技術に鑑みて、電気化学的処理方法について鋭意研究を重ねた結果、金属表面を覆っている汚れや非晶質の酸化皮膜を除去した後、単分子層の陽極酸化膜の形成とカソード領域における原子層又は分子層毎の構造緩和を繰り返す特定の工程を採用することにより、原子レベルで平坦な表面を得ることに成功し、本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明は、金属母材表面又は金属の表面被覆層を備えた材料表面の平坦性を原子レベルまで向上させることにより、表面に形成される酸化膜の性状を改善して耐食性、清浄性等を向上させ、平坦で結晶性を有し、かつ水、ガス、細菌、汚れ等の吸着が少なく、一旦吸着した水、ガス、細菌、汚れ等も容易に脱離、洗浄することができ、清浄性において格段に優れた表面を有する表面処理金属の製造方法及びその表面処理材を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)電気化学的処理法を用いて、基材の金属母材表面又は金属の表面被覆層を有する材料表面上に原子レベルで平坦な酸化膜表面を形成した表面処理材を製造する方法であって、該基材表面の非晶質空気酸化膜を除去する工程、アノード電位において酸化膜を形成させる工程、及びカソード領域に保持して、形成した酸化膜の構造を緩和させて結晶化する工程により、上記基材表面に原子レベルで平坦な結晶性酸化膜を形成した表面処理材を作製することを特徴とする表面処理材の製造方法。
(2)電気化学的処理法を用いて、金属表面の非晶質空気酸化膜を除去し、アノード電位において原子層乃至分子層の第一層の酸化膜を形成させた後、自然電位又は自然電位より100mV以内の卑なカソードの電位に保持して、形成した酸化膜の構造を緩和させて結晶化するまでカソード領域に保ち、次いで、アノード電位にて第二層を形成させ、再び自然電位又はカソード電位に保持して、第二層の構造を緩和させて結晶性酸化膜を形成する、前記(1)に記載の方法。
(3)原子層乃至分子層一層程度の膜形成とその膜構造緩和の工程を1〜100回繰り返し、1〜50nmの結晶性酸化膜を形成する、前記(2)に記載の方法。
(4)各分子層毎の構造緩和を図りながら結晶化した分子層を積層して、最表面において原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜を有する卑な金属又は活性な金属に結晶性酸化膜を形成した表面処理材を作製する、前記(3)に記載の方法。
(5)電気化学的処理法を用いて、空気酸化膜を除去し、アノード電位において酸化膜をn(n=2〜30)分子層だけ形成した後、自然電位又はカソード電位に保持して、(n−1)分子層だけ溶解させた後、生成膜の構造を緩和させて結晶化し、次いで、アノード電位にてm(m=2〜30)分子層だけ酸化膜を形成させ、再び自然電位又はカソードの電位に保持して、(m−1)分子層だけ溶解させた後、構造緩和させて生成膜を結晶化する、前記(1)に記載の方法。
(6)生成した膜よりも薄い膜を溶解させ、次いで、膜構造を緩和する時間だけ自然電位又はカソードの電位に保持して、各原子層乃至分子層毎に構造緩和させることを1〜100回繰り返して積層し、最表面において原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜表面を有する卑な金属又は活性な金属に結晶性酸化膜を形成した表面処理材を作製する、前記(5)に記載の方法。
(7)電気化学処理法において、空気酸化膜を除去した後、アノード電流密度を0.001〜1μA/cmに保持して、極めてゆっくりと構造緩和が逐次可能な酸化速度で酸化することにより、分子層状に徐々に結晶化するようにして形成された、原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜を有する卑な金属又は活性な金属に結晶性酸化膜を形成する、前記(6)に記載の方法。
(8)卑な金属又は活性な金属が、チタン、バナジウム、アルミニウム、鉄、クロム、銅、亜鉛、又はこれら2種類以上を組み合わせた合金である、前記(4)、(6)又は(7)に記載の方法。
(9)金属母材表面又は金属の表面被覆層を有する材料表面上に原子レベルで平坦な酸化膜表面を形成した表面処理材であって、1)卑な金属又は活性な金属の最表面において原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜が形成されていること、2)膜厚が0.5〜50nmであること、3)1平方μmにおける二乗平均表面粗さが0超〜2nm、100平方nmにおける二乗平均表面粗さが0超〜0.3nm、50平方nmにおける二乗平均表面粗さが0超〜0.2nm、20平方nmにおける二乗平均表面粗さが0超〜0.1nmであること、を特徴とする表面処理材。
【0016】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、電気化学的処理法を用いて、基材の金属母材表面又は金属の表面被覆層を有する材料表面上に原子レベルで平坦な酸化膜表面を形成した表面処理材を製造する方法であって、該基材表面の非晶質空気酸化膜を除去する工程、アノード電位において酸化膜を形成させる工程、及びカソード領域に保持して、形成した酸化膜の構造を緩和させて結晶化する工程により、上記基材表面に原子レベルで平坦な結晶性酸化膜を形成した表面処理材を作製することを特徴とするものである。
【0017】
また、本発明は、金属母材表面又は金属の表面被覆層を有する材料表面上に原子レベルで平坦な酸化膜表面を形成した表面処理材であって、1)卑な金属又は活性な金属の最表面において原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜が形成されていること、2)膜厚が0.5〜50nmであること、3)1平方μmにおける二乗平均表面粗さが2nm以下、100平方nmにおける二乗平均表面粗さが0.3nm以下、50平方nmにおける二乗平均表面粗さが0.2nm以下、20平方nmにおける二乗平均表面粗さが0.1nm以下であること、を特徴とするものである。
【0018】
本発明は、陽極酸化により形成される酸化膜を急速に成長させず、カソード領域に保持して、原子層乃至単分子層単位で非晶質から最も安定な結晶質構造に変化するまでの構造緩和時間を設定、制御することにより、原子層乃至分子層毎に結晶化し、最終的に積層された最表面において原子レベルで平坦な基板の金属由来の陽極酸化膜の形成を可能にしたことを特徴としている。この原子レベルで平坦な結晶質陽極酸化膜の表面状態は、以下に説明する走査型プローブ顕微鏡で原子像を観測することにより確認することができる。
【0019】
金属表面に汚れや付着物があると、そこに常時水分が保持されるようになり、そのようなところから錆が生成してゆく。本発明の表面処理方法により形成した原子レベルで平坦な表面では、処理前に比べて、汚れ、細菌、水分等の吸着サイトとなる表面の凸凹の量を著しく減少させることができる。本発明は、汚れ、細菌、水等の吸着を減少させることによって、また、吸着してしまった汚れ等の不純物を容易に脱離、洗浄することによって、清浄な金属表面を保ち、耐食性及び抗菌性を向上させることができるという極めて簡便かつ有用な表面平坦化処理方法を含んでいる。
【0020】
本発明の表面平坦化処理方法は、次の工程からなる。
(1)金属母材表面又は金属の表面被覆層を備えた材料表面の表面清浄化処理工程
(2)陽極酸化による原子層乃至分子層形成過程
(3)カソード領域における、形成された酸化膜の膜構造緩和工程
(4)分子層毎に酸化膜形成と膜構造緩和を繰り返して分子膜を積層する積層工程
以上の工程により、金属表面上に原子レベルで平坦な結晶性酸化膜表面を形成することができる。
【0021】
次に、上記工程についてそれぞれ詳しく説明する。
前記(1)の表面清浄化処理工程においては、金属表面を研磨して十分平坦な表面を作製した後、例えば、エチルアルコール、プロピルアルコール又はアセトン等の溶媒中で超音波洗浄機を用いて超音波処理することにより脱脂洗浄する。スパッター法等によって形成した薄膜材料の場合は、すでに薄膜形成後の表面が研磨面と同等以上の平滑面を有するので、この研磨工程は不要であり、研磨は、板材等のバルク材の場合に必要である。
【0022】
上記表面清浄化処理工程では、溶媒中で表面を超音波処理して脱脂洗浄することが好適である。次に、希硫酸やリン酸等の酸性水溶液中において、自然電位よりも十分卑な電位、例えば、−800mV〜−2000mV(銀/塩化銀電極基準)の、いくつかの電位で、5分間以上カソード領域に保持することによって、非晶質酸化皮膜や表面の汚れを除去し、表面清浄化を図る。
【0023】
次に、前記(2)の陽極酸化による原子層乃至分子層形成工程においては、アノード領域、好ましくはバルク電析が可能な不働態化領域において、0.01〜10秒間電位を保持して、単分子層の陽極酸化膜を形成する。次に、前記(3)のカソード領域における膜構造緩和工程においては、自然電位又は自然電位よりも0.1V程度卑なカソード領域に保持することにより、前工程において形成された単分子非晶質酸化膜層の構造を緩和させ、原子レベルで平坦で最も安定な結晶質の膜を形成させる。
【0024】
すなわち、本発明では、 電気化学的処理法を用いて、金属表面の非晶質空気酸化膜を除去し、アノード電位において原子層乃至分子層の第一層の酸化膜を形成させた後、自然電位又は自然電位より100mV以内の卑なカソードの電位に保持して、形成した酸化膜の構造を緩和させて結晶化するまでカソード領域に保ち、次いで、アノード電位にて第二層を形成させ、再び自然電位又はカソード電位に保持して、第二層の構造を緩和させて結晶性酸化膜を形成する。
【0025】
なお、前記工程において、単分子層を越える1.1分子層以上の膜が形成された場合には、膜構造緩和工程の前に単分子層以外の分子団や分子層を還元溶解させる必要がある。これには、自然電位よりも0.1V以上卑なカソード電位領域を使う。これは、単分子層以外の分子が単分子膜上に存在すると、膜構造緩和による原子レベルの平坦化が著しく阻害されるからである。したがって、本発明の特徴は、この酸化物分子層毎の緩和工程にあり、それにより、単なる電位変動では得られなかった優れた原子レベルで平坦な膜表面の形成が可能となっている。
【0026】
次に、前記(4)の積層工程においては、前記(2)と(3)の工程を繰り返し、分子層毎に酸化膜形成と膜構造緩和をしながら、必要とされる耐食性が保持されるまで分子層を積み重ねる。例えば、原子層乃至分子層一層程度の膜形成とその膜構造緩和の工程を1〜100回繰り返し、1〜50nmの結晶性酸化膜を形成する。大気中で使用される材料であれば、3分子層〜15分子層であるが、大気中よりも過酷な環境で使用される材料の場合には、数十層の膜を形成させると信頼性が向上する。
【0027】
なお、積層数の増加と共に、不働態領域を越えて陽極酸化電位を高くしたり、陽極酸化時間を長くしたり、カソード電位を調整したり、緩和時間を長くしたりして、これらの条件を制御する必要がある。活性金属の場合、酸化膜は、その金属のおかれた環境におけるバリア膜であり、単分子膜では穏和な大気中においても十分な環境バリア性はなく、溶液中から空気中に取り出した後、空気酸化が進行してしまい、結局、原子レベルで平坦な表面は保てなくなってしまう。したがって、少なくとも2層以上の積層工程が必要である。本発明では、各分子層毎の構造緩和を図りながら結晶化した分子層を積層して、最表面において原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜を有する卑な金属又は活性な金属に結晶性酸化膜を形成する。
【0028】
本発明では、電気化学的処理法を用いて、空気酸化膜を除去し、アノード電位において酸化膜をn(n=2〜30)分子層だけ形成した後、自然電位又はカソード電位に保持して、(n−1)分子層だけ溶解させた後、生成膜の構造を緩和させて結晶化し、次いで、アノード電位にてm(m=2〜30)分子層だけ酸化膜を形成させ、再び自然電位又はカソードの電位に保持して、好ましくは(m−1)分子層だけ溶解させた後、構造緩和させて生成膜を結晶化する。
【0029】
また、本発明では、生成した膜よりも薄い膜を溶解させ、次いで、膜構造を緩和する時間だけ自然電位又はカソードの電位に保持して、各原子層乃至分子層毎に構造緩和させることを1〜100回繰り返して積層し、最表面において原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜表面を有する卑な金属又は活性な金属に結晶性酸化膜を形成した表面処理材を作製する。
【0030】
更に、本発明では、電気化学処理法において、空気酸化膜を除去した後、アノード電流密度を0.001〜1μA/cmに保持して、極めてゆっくりと構造緩和が逐次可能な酸化速度で酸化することにより、分子層状に徐々に結晶化するようにして形成された、原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さがが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜を有する卑な金属又は活性な金属に結晶性酸化膜を形成する。
【0031】
後記する実施例では、特定の金属の純チタンを用いて説明しているが、本発明は、活性金属であれば、それ以外の金属に適用可能であり、例えば、アルミニウム、バナジウム、クロム、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、又はこれら2種類以上を組み合わせた合金、ステンレス鋼等の活性金属においても同様に本発明を適用することが可能であり、同等の作用・効果を得ることができる。また、本発明において使用できる金属は、金属板等のバルク材だけでなく、金属と同成分の皮膜をめっき、スパッター法等の物理的蒸着法、化学的蒸着法等の手段により、金属(バルク材)や他の金属又はセラミックス等に被覆層を形成した薄膜金属材料にも適用することが可能である。
【0032】
本発明においては、例えば、機械研磨ができないような装置や器具の構造あるいは材料に対しては、スパッター法等により金属と同成分の被覆層を形成し、これに、本発明の方法による表面処理を施すことで、酸化膜の性状を改善して耐食性を向上させ、かつガスや細菌等の吸着が少なく清浄性において格段に優れた表面をもつ材料とすることができる。いずれの場合においても、金属又は同等の金属表面被覆層をもつ表面の問題であり、本発明の条件を達成できれば、同等の作用・効果を有する表面処理材を作製することが可能である。
【0033】
本発明では、電気化学的表面処理法を改善し、結晶化させる構造緩和工程を設定することにより、チタン、バナジウム、アルミニウム、鉄、ニッケル、クロム、コバルト、銅、亜鉛、又はこれら2種類以上を組み合わせた合金上又は同合金の表面被覆層を備えた材料の表面酸化膜層の表面を、原子レベルで平坦化することにより、耐食性を一層向上させ、かつガスや細菌吸着の少ない表面処理膜を有する金属等の材料を得ることができる。
【0034】
本発明の表面処理材は、1)卑な金属又は活性な金属の最表面において原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜が形成されていること、2)膜厚が0.5〜50nmであること、3)1平方μmにおける二乗平均表面粗さが2nm以下、100平方nmにおける二乗平均表面粗さが0.3nm以下、50平方nmにおける二乗平均表面粗さが0.2nm以下、20平方nmにおける二乗平均表面粗さが0.1nm以下であること、で特徴付けられ、本発明の表面処理材は、これらの点で、従来製品と区別(識別)することができる。
【発明の効果】
【0035】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)本発明は、金属母材表面又は金属による表面被覆層の平坦性を向上させることにより、金属又は金属による表面被覆層の表面に形成される酸化膜の性状を改善して耐食性を向上させ、かつ水、ガス、細菌等の吸着が少なく清浄性において格段に優れた表面を有する表面処理材を提供することを可能とする。
(2)これによって、例えば、真空容器に使用した場合には、真空容器内壁の水やガスの吸着サイトが少なく、吸着した水やガスが容易に脱離し、迅速に超高真空に到達させることができ、より高い真空環境を得ることができる。
(3)原子レベルで平坦な表面には細菌が付きにくいため、医療機器、飲食料製造機器、エアコンや洗濯機の洗濯水槽等、細菌発生を嫌う機器用の材料としても適する材料表面とすることができる。
(4)本発明の方法は、スパッター膜等の表面被覆層にも適用できるので、金属板もしくはそれ以外の金属又はセラミックス等の材料を基板として金属による表面被覆層を形成し、上記と同様な効果を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
次に、実施例及び比較例により本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの例によって何ら限定されるものではない。すなわち、本発明は、本発明の技術思想の範囲における、50時間以内の表面処理時間、±200V以内の表面処理電位、100℃以下の溶液温度、酸性溶液の種類及び濃度、工程の変更等を当然含むものである。
【実施例1】
【0037】
純チタンのスパッター薄膜を30℃の0.1M/Lの硫酸水溶液中において、銀/塩化銀電極基準で−1000mVに6分間、−1500mVに3秒間、−800mVに3分間、それぞれ保持して、空気酸化膜の除去と表面の清浄化を行った。その直後に、自然電位に近く、カソード領域の−265mVに30分間保持して、金属地金表面を水溶液中で安定化させた後、不働態領域の−50mVで1秒間保持して単分子の酸化膜を形成させた。その後、再び−265mVで30分間保持して形成させた分子膜の構造緩和を図った。このサイクルを5回繰り返して膜を積層した。
【0038】
操作の簡単さから、不働態領域の同じ電位に保持する操作を繰り返したが、自然電位領域の電位を使う場合には、繰り返す度に電位を上昇させないと、積層できない場合があった。この方法により得られたチタン酸化膜表面を、走査型プローブ顕微鏡で観察したところ、長さ8nmに及ぶ原子レベルで平坦なテラスと単分子層のステップによって構成された表面を確認した。その観察像の例を図1に示した。
【実施例2】
【0039】
カソード処理により、純チタン表面の空気酸化膜の除去と表面の清浄化を行った。その直後にカソード領域の−265mVに30分間保持して、金属地金表面を水溶液中で安定化させた後、不働態領域の500mVで1秒間保持して酸化膜を形成させた。その後、再び−265mVで30分間保持して、形成させた分子膜の構造緩和を図った。このサイクルを5回繰り返して膜を積層した。
【0040】
この方法により得られたチタン酸化膜表面を、走査型プローブ顕微鏡で観察したところ、原子レベルで平坦なテラスと単分子層のステップによって構成された表面を確認できた。その観察像の例を図2に示した。このときの表面粗さRmsは0.123nmであり、テラスの幅は4nmを越えており、テラスの長さは20nm以上に達し、極めて平坦な表面ができた。
【実施例3】
【0041】
純チタンのスパッター薄膜表面の空気酸化膜の除去と表面の清浄化を行った直後にカソード領域の−265mVに30分間保持して、金属地金表面を水溶液中で安定化させた後、不働態領域の1000mVで1秒間保持して酸化膜を形成させた。その後、再び−265mVで30分間保持して、形成させた分子膜の構造緩和を図った。このサイクルを5回繰り返して膜を積層した。
【0042】
この方法により得られたチタン酸化膜表面を、走査型プローブ顕微鏡で観察したところ、原子レベルで平坦なテラスを確認できた。その観察像の例を図3に示した。また、このときの原子の並びが全面に渡って観察され、原子レベルで平坦な表面が長さも幅も8nm以上に渡って形成されていることを確認した。また、本実施例3の表面処理を施したものは、従来のものに比べ耐食性が30%以上向上した。
【実施例4】
【0043】
純鉄スパッター薄膜表面の空気酸化膜の除去と表面の清浄化を行った直後に、−350mVに1800ミリ秒保持して単分子膜を形成させ、−800mVに60秒間保持して膜製造を緩和し、以後順次―150mVに864ミリ秒、−800mVに60秒、50mVに486ミリ秒、−800mVに60秒、250mVに333ミリ秒、−800mVに60秒、450mVに288ミリ秒、−800mVに60秒、650mVに252ミリ秒、−800mVに60秒、800mVに216ミリ秒、−800mVに60秒間保持して、7層の膜形成と構造緩和を図りながら、約2nmの膜を形成した。この方法により得られた純鉄酸化膜表面を、走査型プローブ顕微鏡で観察したところ、1平方μmにおける二乗平均表面粗さが0.628nmの平坦な酸化膜表面が得られた。
【0044】
(比較例1)
純チタンのスパッター薄膜を30℃の0.1M/Lの硫酸水溶液中において、銀/塩化銀電極基準で−1000mVに6分間、−1500mVに3秒間、−800mVに3分間、それぞれ保持して、空気酸化膜の除去と表面の清浄化を行った。その直後に、不働態領域の50mVで15分間保持した。
【0045】
この方法により得られたチタン酸化膜表面を、走査型プローブ顕微鏡で観察したが、一部にステップ−テラスが見られるものの、多くの場合、そのテラスの幅が4nmよりも狭く、高耐食性の表面とは言い難い。同じステップ−テラス構造でも、ステップ密度が高くなると、テラス部よりも活性サイトであるステップ周辺の挙動が支配的になり、本発明の目的は達成できない。したがって、テラスの幅も長さも共に4nmに達しないものは本発明の原子レベルで平坦な表面を有する金属の対象とはしないこととする。
【0046】
このように、単分子層毎に膜構造緩和時間を設けておらず、本発明の条件を満たしていないものは、原子レベルで平坦な広いテラスが広範囲にわたって形成されず、平坦性に欠けるという問題が発生した。また、このとき、実施例1と同程度の耐食性の向上は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
以上詳述したように、本発明は、活性金属の表面処理膜に係るものであり、本発明により、金属又は金属による表面被覆層の表面に形成される酸化膜の性状を改善して耐食性を向上させ、かつ水、ガス、細菌等の吸着が少なく清浄性において格段に優れた表面を有する表面処理材を提供することが可能となる。これによって、例えば、真空容器に使用した場合には、真空容器内壁の水やガスの吸着サイトが少なく、迅速に超高真空に到達させることができ、より高い真空環境を得ることができる。本発明は、原子レベルで平坦な表面には細菌が付きにくく、繁殖するサイトも限定されるため、医療機器、飲食料製造機器の他、エアコンや洗濯機の洗濯水槽等、細菌発生を嫌う機器用の材料として好適な材料を提供するものとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】純チタンを−50mVで1秒間不働態化と30分構造緩和を繰り返して形成された原子レベルで平坦な酸化チタン表面であり、1辺10nmである。
【図2】純チタンを500mVで1秒間不働態化と30分構造緩和を繰り返して形成された原子レベルで平坦な酸化チタン表面であり、1辺21nmである。
【図3】純チタンを1000mVで1秒間不働態化と30分構造緩和を繰り返して形成された原子レベルで平坦な酸化チタン表面であり、1辺8nmである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気化学的処理法を用いて、基材の金属母材表面又は金属の表面被覆層を有する材料表面上に原子レベルで平坦な酸化膜表面を形成した表面処理材を製造する方法であって、該基材表面の非晶質空気酸化膜を除去する工程、アノード電位において酸化膜を形成させる工程、及びカソード領域に保持して、形成した酸化膜の構造を緩和させて結晶化する工程により、上記基材表面に原子レベルで平坦な結晶性酸化膜を形成した表面処理材を作製することを特徴とする表面処理材の製造方法。
【請求項2】
電気化学的処理法を用いて、金属表面の非晶質空気酸化膜を除去し、アノード電位において原子層乃至分子層の第一層の酸化膜を形成させた後、自然電位又は自然電位より100mV以内の卑なカソードの電位に保持して、形成した酸化膜の構造を緩和させて結晶化するまでカソード領域に保ち、次いで、アノード電位にて第二層を形成させ、再び自然電位又はカソード電位に保持して、第二層の構造を緩和させて結晶性酸化膜を形成する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
原子層乃至分子層一層程度の膜形成とその膜構造緩和の工程を1〜100回繰り返し、1〜50nmの結晶性酸化膜を形成する、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
各分子層毎の構造緩和を図りながら結晶化した分子層を積層して、最表面において原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜を有する卑な金属又は活性な金属に結晶性酸化膜を形成した表面処理材を作製する、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
電気化学的処理法を用いて、空気酸化膜を除去し、アノード電位において酸化膜をn(n=2〜30)分子層だけ形成した後、自然電位又はカソード電位に保持して、(n−1)分子層だけ溶解させた後、生成膜の構造を緩和させて結晶化し、次いで、アノード電位にてm(m=2〜30)分子層だけ酸化膜を形成させ、再び自然電位又はカソードの電位に保持して、(m−1)分子層だけ溶解させた後、構造緩和させて生成膜を結晶化する、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
生成した膜よりも薄い膜を溶解させ、次いで、膜構造を緩和する時間だけ自然電位又はカソードの電位に保持して、各原子層乃至分子層毎に構造緩和させることを1〜100回繰り返して積層し、最表面において原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜表面を有する卑な金属又は活性な金属に結晶性酸化膜を形成した表面処理材を作製する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
電気化学処理法において、空気酸化膜を除去した後、アノード電流密度を0.001〜1μA/cmに保持して、極めてゆっくりと構造緩和が逐次可能な酸化速度で酸化することにより、分子層状に徐々に結晶化するようにして形成された、原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜を有する卑な金属又は活性な金属に結晶性酸化膜を形成する、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
卑な金属又は活性な金属が、チタン、バナジウム、アルミニウム、鉄、クロム、銅、亜鉛、又はこれら2種類以上を組み合わせた合金である、請求項4、6又は7に記載の方法。
【請求項9】
金属母材表面又は金属の表面被覆層を有する材料表面上に原子レベルで平坦な酸化膜表面を形成した表面処理材であって、1)卑な金属又は活性な金属の最表面において原子レベルで平坦なテラスの幅又は長さが8〜100nmに及ぶ結晶性酸化膜が形成されていること、2)膜厚が0.5〜50nmであること、3)1平方μmにおける二乗平均表面粗さが0超〜2nm、100平方nmにおける二乗平均表面粗さが0超〜0.3nm、50平方nmにおける二乗平均表面粗さが0超〜0.2nm、20平方nmにおける二乗平均表面粗さが0超〜0.1nmであること、を特徴とする表面処理材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2008−240022(P2008−240022A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−79002(P2007−79002)
【出願日】平成19年3月26日(2007.3.26)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)