流体分散可能物質を基板上にパターニングする方法
【課題】 タンパク質等の生理活性物質又は機能性有機材料を、それらの活性を保持したまま基板上にパターニングできる処理操作が比較的容易である新規な方法及びそれに用いる器具を提供すること。
【解決手段】 本発明の方法は、基板10に、所定のパターンに対応して形成された複数の孔16を有するシート材14を密着し、流体分散可能物質を含有する流体をシート材の上面の孔の開口より孔内へ導入し、孔の底に露呈した基板の表面に流体可能物質を固定する。基板上には、薄膜の形成に先立って、電極を形成し、所定のパターンに対応して薄膜に少なくとも一つの孔を穿孔して所定のパターンに対応して基板の表面を露呈した際に、孔において、電極の少なくとも一部が露呈される。
【解決手段】 本発明の方法は、基板10に、所定のパターンに対応して形成された複数の孔16を有するシート材14を密着し、流体分散可能物質を含有する流体をシート材の上面の孔の開口より孔内へ導入し、孔の底に露呈した基板の表面に流体可能物質を固定する。基板上には、薄膜の形成に先立って、電極を形成し、所定のパターンに対応して薄膜に少なくとも一つの孔を穿孔して所定のパターンに対応して基板の表面を露呈した際に、孔において、電極の少なくとも一部が露呈される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体に分散可能な物質(以下、「流体分散可能物質」という。)を基板上にパターニングする方法に係り、より詳細には、水その他の流体に分散若しくは溶解したタンパク質等の生理活性物質又は機能性材料をそれらの活性を保持しつつ基板上に任意のパターンにて固定する方法に係る。
【背景技術】
【0002】
タンパク質やDNAなどの生理活性物質或いは細胞の機能や活性を調べるために、ガラス又はその他の固体材料からなる基板上に、生理活性物質又は細胞をマイクロメートルオーダーの間隔のアレイ状に固定した標本、所謂「マイクロアレイ」又は「チップ」の開発の試みがなされている。かかるチップを用いると、少量の試料で種々の検査又は試験を迅速に行うことができるようになる。また、生理活性物質その他の機能性材料をチップ化して、種々のセンサを構築する試みも為されている。特に、特定の病気若しくは疾患に関わるDNA又はタンパク質等の物質をチップ化した標本は、迅速かつ精度の高い診断手段としての利用が期待されている。既に、DNAチップは実用化され種々の病気の診断に用いられている。
【0003】
微量の生理活性物質又は機能性材料を基板上に任意のパターンのアレイ状に固定する際には(以下、「パターニング」という。)、例えば、半導体回路製造技術の分野において利用されてきたMEMS、NEMS技術(マイクロ・ナノマシン技術)、フォトレジスト技術又はフォトリソグラフィ技術が用いられている。これらの技術によれば、マイクロメートルオーダー又はそれ以下のオーダーの種々の微細な構造を基板上に形成し、或いは、その表面に種々の処理、例えば、化学修飾を施すことができ、既に生理活性物質又は機能性材料の様々なパターニング方法が提案されている。実用化されているDNAチップの製造においても、フォトレジスト技術により、基板上に特定のパターンにてDNAに特異的に結合する部位が形成され、そのパターンに沿ってDNA分子を固定するという手法が取り入れられている。そのような生理活性物質又は機能性材料のマイクロアレイ又はチップの開発の試みの例は、例えば、下記の非特許文献1−4或いは特許文献1−4に記載されている。これらのチップ化において、下記の非特許文献5−7又は特許文献5−7に記載されている如き、MEMS、NEMS技術が利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平06−194513号公報
【特許文献2】特開平05−226637号公報
【特許文献3】特表2002−541458号公報
【特許文献4】米国特許第6559474号明細書
【特許文献5】特開2002−85961号公報
【特許文献6】特開2001−281233号公報
【特許文献7】特開平10−337173号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】エー・エス・ブラワズ(A.S.Blawas)外1名、バイオマテリアルズ(Biomaterials)、1998年、19巻、p.595-609
【非特許文献2】アンドレ・バーナード(Andre Bernard)外4名、アドバンスドマテリアルズ(Advanced Materials)、2000年7月、12巻、14号、p.1067-1070
【非特許文献3】トーマス・コダデック(ThomasKodadk)、ケミストリー・アンド・バイオロジー(Chemistry & Biology)、2001年、8巻、p.105-115
【非特許文献4】チャン・ソー・リー(Chang-SooLee)外4名、バイオセンサ・アンド・バイオエレクトロニカ(Biosensor &Bioelectronica)、2003年、18巻、p.437-444
【非特許文献5】ジェイ・クーパー・マクドナルド(J. Cooper McDonald)外1名、アカウンツオブケミカルリサーチ(ACCOUNTSOF CHEMICAL RESEARCH)、2002年7月、35巻、7号、p.491-499
【非特許文献6】ジェッサミン・エム・ケー・エヌジー(Jessamine M. K. Ng)外3名、エレクトロフォレシス(Electrophoresis)、2002年、23巻、p.3461-3473
【非特許文献7】「パリレン樹脂によるフレキシブル神経電極」 吉田裕美外2名、生産研究、2003年、55巻、6号、p.502-505
【非特許文献8】ヤスダ(Yasuda)外3名、セル(Cell)、1998年6月26日、93巻、7号、p.1117-1124
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
タンパク質は、DNAよりも直接的に生理的な反応に関与しているため、タンパク質分子を基板上にパターンニングした「タンパク質チップ」が実用化されれば、DNAチップよりも病気又は疾患等の診断の用途などに有用であると考えられている。しかしながら、DNAチップが成功裡に実用化されたのに対し、「タンパク質チップ」は、現在のところ、十分に実用化できていない。
【0007】
タンパク質チップの調製が困難である主な理由の一つは、タンパク質はDNAに比して失活しやすく、その活性を保持しつつ基板上にパターンニングすることが困難であるためである。DNA分子は、乾燥されても又は有機溶媒等に曝されても変性することはない。しかしながら、タンパク質分子は、種類によっては、乾燥や空気又は有機溶媒との接触により、簡単に変性し失活してしまい、このことが、タンパク質をその活性を保持したまま、基板上にパターニングすることを困難にしている。
【0008】
タンパク質チップの調製が困難となっているもう一つの理由は、パターニングされるべきタンパク質分子の種類は無限であり、なおかつタンパク質分子の性質がその種類によって全く異なるためである。DNAチップの場合、パターニングされるべき分子は、DNA分子のみである。従って、基板上には、DNA分子が特異的に結合する部位のみをパターニングすればよく、それ以外の部位は、DNA分子の非特異的結合又は吸着を防ぐ処理さえ施しておけばよい。しかしながら、タンパク質チップの場合に、DNAチップと同様の手法を用いるとすれば、パターニングされるべきタンパク質分子の種類に応じて、特異的な結合により基板に固定されるよう、異なる化学的処理を施さねばならない。更に、分子が結合されるべき部位以外の領域における非特異的結合を防ぐ必要があるところ、分子の種類によって非特異的結合の態様は様々であり、かかる様々な非特異的な結合を確実に阻止することは、非常に困難である。かくして、所望のパターンにて、分子を局在させようとしても、意図していない領域に無視できないほど多くの分子が固定されてしまうこととなっているのである。
【0009】
非特異的な結合が生じないように、タンパク質分子等をパターニングする方法として、非特許文献2には、基板にスタンプを押すが如くにタンパク質等を局所的に固着させる方法(マイクロコンタクトプリンティング法)が提案されている。しかしながら、同文献の方法では、スタンプのインクに対応する生理活性物質が空気中に曝されることになるため、変性しやすいタンパク質等のチップ又はマイクロアレイに応用することは困難である。
【0010】
タンパク質と同様に、乾燥や空気との接触により変性し又は失活してしまう生理活性物質又は機能性材料についても、それらの物質をパターニングすることは、上記のタンパク質のパターニングに於ける問題と同様の問題により、困難となっている。水溶液以外の特定の有機溶媒等の流体中に於いて安定であるが、乾燥や空気又は水その他の液体との接触によって変性し又は失活してしまう機能性物質についても、上記と同様の問題が生じ、パターニングが困難となっている。
【0011】
更に、タンパク質などの生理活性物質又は機能性材料は、極めて微量しか入手できない場合が多い。従って、パターニングに利用し得る量も当然に微量であるので、チップ又はマイクロアレイ上のパターニングされる領域の寸法も、微小であり、望ましくは、マイクロメートルからナノメートルのオーダーとなる。そのような微小領域に、任意の所望のパターンにて、物質を、変性させずに又は失活させずに的確に固定したいという要請が、パターニングをより困難なものとさせている。
【0012】
更にまた、生理活性物質又は機能性材料をパターニングしたチップ又はマイクロアレイを、例えば、ELISA(酵素結合抗体法)の如き、ウイルス、細胞又は物質の検定に用いる場合には、一つの基板上において、異なる物質を選択的に任意のパターンにて固定できることが望ましい。しかしながら、従前の生理活性物質又は機能性材料をパターニングしたチップ又はマイクロアレイに於いて、特に、パターニングされる領域の寸法や隣接する領域の間隔が微小である場合には、基板上への物質の適用は、基板をパターニングされるべき物質を分散した溶液に浸漬するか、又は、前記溶液を基板上に滴下又は載置することにより為されるので、一枚の基板上に異なる物質をそれぞれ任意のパターンにて固定することは非常に困難である。例えば、含有する物質が異なる種々の溶液を、一枚の基板上のマイクロメートル又はナノメートルのオーダーの寸法の任意の領域に選択的に滴下又は載置することは、極めて高度に熟練した技術を要する。しかも、その際に、所定の場所以外の物質の固定を防ぐことは、更に困難である。
【0013】
かくして、タンパク質など、失活しやすく非特異的結合(又は特異的結合)の制御の困難な物質を、その活性を保持しつつ所望のパターンの微小領域にパターニングすることのできる方法及びそのための装置の開発が望まれている。また、タンパク質チップ又はマイクロアレイ又はその他の生理活性物質又は機能性材料のチップ又はマイクロアレイを調製する上で、パターニングの操作が簡便でこの分野の通常の実験操作技術を有する者であれば誰でも(熟練した技術を要せず)実施可能であることが好ましい。更に、上記の如きチップ又はマイクロアレイに於いて、一つの基板上に、全く別の物質を、それぞれ、それらの物質の活性を保持しつつ選択的に任意の部位にパターニングできれば、なお一層好ましい。
【0014】
従って、本発明の解決しようとする一つの課題は、タンパク質等の生理活性物質又は機能性材料を、それらの活性を保持したまま基板上の微小領域にパターニングする新規な方法を提供することである。
【0015】
本発明のもう一つの課題は、上記の如き方法であって、意図しない領域に非特異的な結合又は吸着がない又は少ない態様にて、タンパク質等の生理活性物質又は機能性材料のパターニングが可能である方法を提供することである。
【0016】
本発明のもう一つの課題は、上記の如き方法であって、種々の種類のタンパク質等の生理活性物質又は機能性材料のパターニングが可能である方法を提供することである。
【0017】
本発明のもう一つの課題は、上記の如き方法であって、一つの基板上に於いて種々の物質を、それぞれ、それらの物質の活性を保持しつつ選択的に任意の部位にパターニングできる方法とそのための装置を提供することである。
【0018】
本発明のもう一つの課題は、上記の如き方法であって、タンパク質チップ又はマイクロアレイの調製に利用できる方法を提供することである。
【0019】
本発明のもう一つの課題は、上記の如き方法であって、物質のパターニングに於ける処理操作が比較的容易である方法を提供することである。
【0020】
本発明の更にもう一つの課題は、上記の如き方法であって、多様なパターンにて、物質のパターニングが可能となる方法を提供することである。
【0021】
本発明の更にもう一つの課題は、上記の如き方法において用いられるパターニング用の装置又は器具を提供することである。
【0022】
本発明の更にもう一つの課題は、上記の如きパターニング用の装置又は器具を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記の課題は、本発明によれば、流体に分散可能な流体分散可能物質を基板上に所定のパターンにて固定する方法であって、基板に、上面と下面とを有するシート材にして、所定のパターンに対応して形成された上面から下面まで貫通して開口した少なくとも一つの孔を有するシート材を下面が基板上に密着した状態のものを準備する過程と、流体分散可能物質を含有する流体をシート材の上面の開口より載置して孔内を流体にて満たし、シート材の下面の孔の開口の縁に囲繞された基板の表面領域に流体分散可能物質を固定する過程とを含み、これにより、実質的に所定のパターンに対応した基板の表面領域上のみに流体分散可能物質が固定されることを特徴とする方法により達成される。
【0024】
上記の本発明によれば、従前のタンパク質等の物質をパターニングする上での問題、即ち、基板上に於ける意図しない領域に物質が吸着してしまうという問題及びパターニングの操作中に物質が乾燥し又は空気に接触することにより、変性し或いは失活してしまうといった不具合が解消される。上記の本発明の構成においては、基板上に固定されるべき物質が展開される前に、基板上には、所定のパターンの孔を有する上記の如きシート材が密着されており、基板上において、シート材の孔に対応する表面以外は、マスクされた状態となっている。そして、固定されるべき物質は、流体中に存在した状態で、孔に与えられ、基板の表面に接触し、吸着等の作用により固定される。従って、容易に理解される如く、固定されるべき物質、即ち、パターニングされる物質は、基板の表面に到達するまでの間、基板上の意図しない領域に接触することもなく、また、乾燥状態又は空気に接触した状態となることも最小限に抑えられることとなる。かくして、パターニングされる物質は、パターンに対応する部位のみに、流体中に含有されたまま、変性又は失活する危険性が最小限に抑えられた状態で固定されることとなるのである。
【0025】
流体に分散可能な物質としては、典型的には、任意の生理活性物質又は機能性材料であってよく、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖質、細胞又は細胞の断片、或いは、マイクロビーズ、金属コロイド、色素分子、量子ドット、カーボンナノチューブといった物質であってよく、流体としては、典型的には、水又は水溶液であるが、任意の有機溶媒、ゲル体など流動性のある液状媒体であり、パターニングされるべき流体分散可能物質に対応して適宜選択されるものである。流体中に分散する物質の状態は、溶解していても、コロイド状態であっても、又は懸濁している状態であってもよく、本明細書においては、そのような状態の全てを含むものと理解されるべきである。
【0026】
ところで、タンパク質などの生理活性物質又は機能性材料を基板上にパターニングしチップ化することの一つの利点は、既に述べた如く、少量の試料にて種々の検査又は試験等を一度に行える点であった。従って、物質を固定する部位(サイト)の各々の領域は、その径又は幅が、例えば、数μmから数十μm程度であり、隣接するサイト間の距離は、例えば、10μmから数百μm程度であることが望ましい。
【0027】
しかしながら、パターニングされるべき物質を水溶液中にて保持した状態で取り扱う際、前記の如き微小な寸法のサイトに、局所的に特定の物質を含有する微量の流体を載置することは、扱う流体量が少なければ少ないほど熟練した実験技術を要する。現在のところ、例えば、ピペット又はチューブなどで秤かり取って滴下するなどの操作し得る水や有機溶媒の最小の体積は、ナノ(10−9)リットル(100μm3)若しくはピコリットルオーダー(10μm3)が限界であり、かかる流体の液滴を秤かり取るピペット又はチューブの最小の内径は、100μm程度が限界である。従って、流体に分散する物質を100μmよりも小さい径又は幅の領域に局所的与えることは、相当に難しく、10μmを下回ると、実質的に不可能である。
【0028】
また、そのような微小面積の各サイトに確実に目的の物質が固定されるよう、各サイトに割り当てられる流体中の物質量を確保する必要があるが、流体中の物質の濃度が高くできない場合があり、その場合、各サイトに割り当てられる流体量を多くしなければならない。従って、各サイトに割り当てられる流体量は、パターニングの操作上、できるだけ多い方が好ましいが、そうすると、微小領域に物質を局所的に固定することが、ますます、難しくなってしまう。
【0029】
上記の本発明によれば、シート材を貫通する孔において、上面に於ける開口の面積が該孔の下面に於ける開口の面積よりも大きく形成されていてよく、このことにより、ピペットでは、通常不可能なほど小さい領域にも、局所的に、流体を与えることを容易にし、尚且つ、下面の孔の開口部に於ける基板領域の各々に対し、より多くの体積の流体が割り当てられるよう構成されている。例えば、基板表面に接する下面の開口径を5μm又はそれ以下にして、上面の開口径を100μm以上にすれば、液滴を選択的に特定の孔に載置することは容易となり、しかも、物質の固定される領域を、5μm又はそれ以下の径の領域内に制限することができる。また、上面の開口が大きいので、下面の開口面積に比して相当に大きな体積の流体を、対応する孔へ与えることができる。即ち、流体中の物質の濃度が多少低くても、適当な量の物質が、できるだけ確実に、各孔へ与えられ、対応するサイトの基板表面に固定されるようになっている。
【0030】
上記の本発明の方法においては、更に、パターニングされる物質を基板に固定した後に、実験等の目的に応じてシート材を基板から除去してもよい。また、更に、シート材を基板より除去する過程に先立って、流体中の基板上に固定されていない余剰の物質を洗い流し、意図しない領域へのパターニングされるべき物質の吸着を確実に防止するようにされてよい。余剰の物質の洗い流しには、物質を含む流体と同一の流体又はその他の流体であってよい。また、余剰の物質の洗い流しは、意図しない領域への物質の吸着を防ぐためであるから、シート材を基板から除去する前が好ましいが、実験の手順等の都合により、シート材の除去の後、速やかに行われてもよく、そのような手順で行われる場合も本発明の範囲に含まれることは理解されるべきである。
【0031】
他方、パターニングされる物質の基板への結合を確実にするために、基板の表面が、パターニングされる物質が結合しやすくなる化学的に処理されていてよい。物質と表面との結合は、特異的であっても、非特異的であってもよい。留意されるべきことは、物質を固定する際には、基板上の物質が固定されるべきサイト以外の領域は、シート材にてマスクされているので、基板の全表面が一様に化学処理されていても、物質のパターニングは、成功裡に達成される。従って、基板上の化学的処理自体を所定のパターンにて行う必要はなく、かかる基板表面の化学的処理は、極めて簡単化される。予定外の領域に物質が吸着してしまうことがないので、物質が容易に効率よく基板上に固定できるようにするべく、基板全面が物質と十分に強く結合するよう処理されていてもよい(下記の実施例2参照)。
【0032】
これとは、逆に、本発明の方法においては、流体分散可能物質を含有する流体をシート材の上面の開口より載置して孔内を流体にて満たす過程に先立って、孔の開口した領域に露呈した基板表面の領域に基板上に固着可能な物質を固定する過程が行われてもよい。例えば、シート材の孔に露呈した基板領域のみを任意の物質で被覆する処理が行われてもよい。基板に固着可能な物質は、例えば、蒸着可能な金属、有機物、樹脂などであってよい。上記の如く、タンパク質などの流体分散可能物質をパターニングした後にシート材を除去してしまうと、タンパク質がパターニングされたサイトがどこなのかが容易に見分けられなくなる場合がある。そのような場合、シート材の孔において露呈された基板表面に、マーカーとしてパターニングに先立って、任意の被覆が為されてもよい。
【0033】
上記の本発明の方法において、シート材の担持する所定のパターンは、パターニングの用途又は目的に応じて任意に選択されてよいことは理解されるべきである。特に、DNAチップの如く、ハイスループットの、物質の機能又は活性を検査又は試験するためのチップ、特にタンパク質チップとして用いられる場合には、シート材において複数の孔が格子状に配列されていてよいが、その他の任意の形状、たとえば、細長い長方形や、任意の屈曲した部位を有する経路の如き形状であってもよい。上記の本発明の過程により実現され得るパターンにて、物質をパターニングすることは、全て本発明の範囲に属すると理解されるべきである。
【0034】
本発明のパターニング方法は、タンパク質チップのためのパターニング方法として有用であり、上記の如く、新規な有孔シート材が用いられ、特に、有孔シート材の孔は、下面の開口が上面の開口よりも大きくすることにより、パターニングを有利に行うことができる。シート材に穿孔されている孔のシート材の下面に於ける開口径は、100nm程度まで下げられてよく、シート材の厚さは1μm程度まで下げられてよい。
【0035】
かくして、本発明によれば、上面と下面とを有し、少なくとも一つの上面から下面まで貫通して開口した孔を有するシート材にして、孔が所定のパターンにて該シート上にて配列され、孔の上面の開口面積が下面の開口面積よりも大きく形成された新規なシート材が提供される。
【0036】
上記の本発明の方法に用いられる新規なシート材は、好ましくは、基板との密着性の良いもので形成されることが好ましく、従って、材料としては、高分子樹脂、特に弾性を有する樹脂から形成されてよい。例えば、そのような高分子樹脂は、ポリジメチルシロキサン、シリコンゴム、パリレン(ポリパラキシレン)、ポリイミド、ポリアクリルアミド、アガロースゲルであってよい。最も好ましい材料は、現在のところ、ポリジメチルシロキサンである。ポリジメチルシロキサンは、無色透明なので、チップを顕微鏡用のプレパラートとしても利用する場合に有利であり、また、ガラス基板等との密着性が高いため、基板表面のマスクに好適である。勿論、その他の材料、例えば、金属性のシート材であってもよい。
【0037】
上記の本発明において用いられるシート材は、当業者において公知の任意の方法で構成されてよいが、本発明の発明者は、以下に開示する如き、上記の方法に用いられるのに好適なシート材を製造する方法を発明した。
【0038】
本発明のシート材を製造する方法によれば、上面と下面とを有し、少なくとも一つの上面から下面まで貫通して開口した孔を有する高分子樹脂から成るシート材にして、孔が所定のパターンにて該シート上にて配列され、孔の上面の開口面積が下面の開口面積よりも大きく形成されたシート材を、液状の高分子樹脂を鋳型に流し込み硬化することにより調製する方法にして、基台部と該基台部上に形成され先端へ向かって径の漸減する実質的に錐体状の少なくとも一つの突起部とを有する鋳型を準備する過程と、鋳型上へ液状の高分子樹脂を載置し、所定の回転数にて高分子樹脂を鋳型上にスピンコートする過程と、高分子樹脂を硬化する過程と、ドライエッチングにて、硬化した高分子樹脂の鋳型の突起部の先端部分に付着した部分を除去し、シート材の下面に対応する硬化した高分子樹脂の表面に孔を開口する過程と、硬化した高分子樹脂を鋳型から剥離する過程とを含み、前記スピンコートをする過程における所定の回転数を制御することにより、孔の下面に於ける口径の大きさが制御されることを特徴とする方法が提供される。硬化した高分子樹脂の穿孔過程におけるドライエッチングは、SF6プラズマガスによるドライエッチングが特に好適であることが見出された。また、高分子樹脂としては、上記の如く、ポリジメルシロキサンが好適である。
【0039】
上記の方法において注目されるべき特徴は、シート材の下面の孔の口径がスピンコートする際の回転数によって制御できるという点である。以下の実施形態の欄において詳述される如く、スピンコートは、液状の高分子樹脂を鋳型上に一様に広げるために行われるところ、本発明者は、かかるスピンコートの際の回転数を制御することによって、下面の孔の口径を少なくとも2μmから12μmの範囲にて自在に制御できることを見出した。このことは、シート材がタンパク質等のパターニングに用いられる場合に、物質の固定されるべき基板上の個々のサイトの面積を制御できることになり、極めて有用である。
【0040】
上記の方法において、鋳型へ液状の高分子樹脂を載置するのに先立って、鋳型の表面に剥離剤が適用されると、硬化した高分子樹脂、即ち、シート材を鋳型から剥離しやすくなるため有利である。特に、鋳型がポリジメチルシロキサン及びシリコンゴムから選択される高分子樹脂より形成される場合には、剥離剤としてパリレンが有用であることが本発明者により見出された。更に、上記の鋳型が異方性エッチングにより形成された少なくとも一つの窪みを有するシリコン板を鋳型として成形されたものであってよく、突起部がピラミッド形状を有していてよい。
【0041】
シリコン板は、異方性エッチングすることにより、ピラミッド形状の窪みが自然に形成される。かかるピラミッド形状は、本発明のパターニング方法のためのシート材の、上面の開口面積が下面の開口面積よりも大きい孔の形状として好適な形状である。従って、かかるシリコン板の窪みを有利に利用するべく、本発明では、一旦、窪みを有するシリコン板を鋳型として、シート材の成形のための鋳型を成形し、その鋳型を用いて、シート材にシリコン板の形状を容易に写し取れるよう構成されている。
【0042】
上記の孔を有するシート材は、基板上に密着させる前に予め形成されるものであるが、本発明のパターニング方法では、シート材をその下面が基板上に密着した状態のものを準備する過程において、孔を有するシート材を、物質をパターニングする基板上で形成するようになっていてもよい。従って、本発明のパターニング方法においては、流体に分散可能な流体分散可能物質を基板上に所定のパターンにて固定する方法の、基板にシート材を密着した状態のものを準備する過程において、基板上にシート材となる材料の薄膜を基板上に密着した状態となるよう形成し、所定のパターンに対応して薄膜に少なくとも一つの孔を穿孔して所定のパターンに対応して基板の表面を露呈することにより、基板にシート材を密着した状態のものを形成するようになっていてよい。
【0043】
上記の如く、基板上に直接にシート材となる薄膜を形成し、所定のパターンにて薄膜を穿孔して、基板表面を露呈させる方法によれば、パターニングされる物質を基板に固定するまで(パターニングをするまで)、シート材は、穿孔後、そのまま、基板に密着された状態に保持されているので、予め形成されたシート材に基板に密着する場合よりも、パターンの歪みや崩れがなく、狙った場所に的確に物質をパターニングできる点で優れている。特に、孔のパターンが、単なる格子状ではなく、細長い長方形状であったり、屈曲部を有する経路を成すように形成されている場合、或いは、例えば、孔が閉じた周路を形成する場合のように、孔によってシート材が物理的に分離されるパターンであっても、シート材が基板状に密着されたままであるから、実質的に、予定されたパターンが崩れたり、変形したりすることがなく、有利である。また、予め形成したシート材を基板に密着させる場合には、所定のパターンの孔の形状を保持するために、シート材の孔以外の部分、即ち、孔の枠の部分が、或る程度の剛性を必要とするため、隣接する孔の間隔を、或る程度大きく取っておく必要があるところ、基板上でシート材を作成する場合には、枠の剛性が小さくてもよいので、隣接する孔の間隔を小さくすることができる。更に、基板上でシート材が形成されるので、基板の表面に凹凸があっても、シート材と基板とが密着したものを得ることができる(このことにより、後述の如く、基板上に任意の形状にて電極を配置したり、基板上に予め、窪みや突起が形成させておくことも可能となり、パターニングの用途が拡がることとなる。)。即ち、基板上に薄膜を構成して穿孔する方式を取る場合、予めシート材を形成してから、基板に貼り付ける方式よりも、パターンのバリエーションの幅が大きく、より多様なパターンにてパターニングが行えるようになるのである。
【0044】
上記のシート材となる材料は、基板上に密着して薄膜を形成可能な任意の材料であってよいが、好ましくは、蒸着可能な物質であり、その場合、薄膜は、蒸着可能な物質を基板上に蒸着することにより形成されてよく、薄膜の形成操作が簡便となる。また、蒸着により形成されることにより、基板上に凹凸が形成されていても、一様な厚みにて(コンフォーマルに)薄膜が形成されるので、基板上の凹凸の或る領域において、薄膜の厚みにムラが発生しないので有利である(例えば、膜厚が薄いと、意図しない領域に孔が形成され、或いは膜厚が厚いと、以下に説明する如く、穿孔操作における条件の調節が難しくなり得る。)。
【0045】
後述の本発明の実施形態に説明される如く、基板上に密着した薄膜を形成する材料としては、本発明者は、パリレン(ポリパラキシレン)が好適であることを見出した。パリレンは、通常の真空蒸着法によって、タンパク質などの生理活性物質又は機能性材料のマイクロアレイやチップに、基板として利用されるガラス又はシリコン板等に薄膜を形成することができ、また、MEMS技術の分野において、公知の方法により、例えば、フォトリソグラフィー法、レーザービーム加工,FIB (集束イオンビーム)加工法によって、任意のパターンにて容易に穿孔できるので有利である。
【0046】
また、基板上で薄膜を形成した後穿孔してシート材を形成する場合においても、パターニングされる物質を適用した後、シート材は、基板上に密着した状態から除去されてよい。物質をパターニングした基板を任意の実験や測定に用いる際の操作上、好ましくは、機械的に、即ち、ピンセットなどを用いて剥離可能であり、完全に基板から除去できることが好ましい(例えば、化学的な方法やプラズマエッチングなどパターニングされた物質に損傷を与え得る方法でしか剥離できない材料は好ましくない。)。
【0047】
この点に関し、本発明者は、パリレン膜は、熱酸化シリコン膜層、純シリコン膜層、クロム蒸着膜層、界面活性剤膜層に対して、異なる密着力を有することを見い出した(非特許文献7参照)。従って、本発明のパターニング方法においても、シート材となる材料としてパリレンを用いる場合、基板上に前記薄膜を形成するのに先立って、薄膜が形成される基板の表面に、熱酸化シリコン膜層、純シリコン膜層、クロム蒸着膜層及び界面活性剤膜層からなる群から選択された層を形成し、基板に対する前記シート材の密着力を制御することにより、薄膜を基板上に形成した後の一連の操作、即ち、薄膜を穿孔して基板表面を露呈させ、次いで、パターニングされる物質を載置して基板表面に固定するまでの操作(場合によっては、余剰の物質を除去する操作を含む。)の間、シート材を安定的に基板上に保持するのに適当な密着力を調節することが可能となり、かかるパターニングの一連の操作が、予定されたパターンを崩さずに行うことができるようになる。
【0048】
既に述べた如く、基板上で薄膜を形成した後穿孔してシート材を形成する場合には、基板上に凹凸があってもよい。従って、基板上に、薄膜の形成に先立って、電極を形成し、所定のパターンに対応して薄膜に少なくとも一つの孔を穿孔して所定のパターンに対応して基板の表面を露呈した際に、孔において、電極の少なくとも一部を露呈させるようになっていてよい。このように電極を基板上に設けることにより、パターニングされた物質の電気的特性を測定することが可能となる。更に、電圧又は電流に応答して特性の変化するタンパク質などを電極上に又は電極の近傍にパターニングすることによって、種々のセンサ等のマイクロ素子として利用するなど、パターニングされた物質のマイクロアレイ又はチップの応用範囲を拡大することができる。
【0049】
ところで、既に述べた如く、生理活性物質又は機能性材料をパターニングしたチップ又はマイクロアレイに於いて、生理活性物質又は機能性材料がパターニングされるサイトの寸法及びサイトの間隔は、マイクロメートル又はナノメートルのオーダーであることが期待されるところ、個々のサイトに選択的に任意の異なる物質を、それらを失活させることなく与えることは、非常に困難である。かかる問題は、前記の如く、シート材の上面の貫通孔の開口面積を大きくすることにより、ある程度まで解決されるが、例えば、シート材を基板上にて形成する場合、シート材自体の厚さを稼げない場合或いは、隣接するサイトの間隔が、要求される溶液の滴下量に対して狭すぎる場合(例えば、隣接するサイトにそれぞれ与えられた溶液が混ざってしまう場合)などには、一つの基板上で任意のパターンにて別の物質を選択的にパターニングすることは難しくなる。
【0050】
そこで、本発明においては、好ましくは、シート材が複数の所定のパターンに対応して形成された上面から下面まで貫通して開口した孔を有する場合に、シート材を下面が基板上に密着した状態のものを準備する過程において、シート材の上側に、個々の孔に対して流路が設けられてよい。流路は、基板の外部よりアクセス可能な入口端を有し対応する孔の開口の縁に囲繞された基板の表面領域のみに連通し且該表面領域以外の基板表面には接触しないよう構成される。そして、流体分散可能物質を含有する流体は、前記流路の基板の外部よりアクセス可能な入口端から対応する孔のみへ導入されるようになっていてよい。なお、一つの基板に対しては、複数の流路が付設されることは理解されるべきである。また、一つの流路においては、二つ以上の任意の数の孔が在ってもよいことは理解されるべきである。
【0051】
上記の態様によれば、シート材の貫通孔に対して、溶液その他の流体は、滴下により与えられるのではなく、基板の外部からアクセス可能な入口端を介して流路を通して与えられるので、極めて高度な溶液の滴下技術を要することなく、一つの基板上で異なる物質を選択的にパターニングすることが可能となる。ここで設けられる複数の流路は、互いに流体的に絶縁されており、従って、互いに異なる流路に連通する孔に与えられる溶液が混合してしまうといった問題が解消されることとなる。
【0052】
上記の本発明の態様における一つの実施形態として、流路は、シート材の上面に、少なくとも一部が該シート材の貫通孔の位置に整合した経路を有する溝状構造を有する蓋部材を重畳することにより設けられてよい。蓋部材は、好適には、例えば、ポリジメチルシロキサンその他のMEMS又はNEMS技術に於いて通常用いられている材料からなるシート状又は板状の部材に前記の如き溝状構造を切削又は成型により形成したものであってよい。現在のところ、最も好適な材料は、ポリジメチルシロキサンに適量の任意のぬれ性を改善する物質を含有させたものであることが見出されているが、その他の同様の性質を有する任意の材料が用いられてもよいことは理解されるべきである。
【0053】
上記の本発明の態様におけるもう一つの実施形態として、流路は、基板の上面に溝状構造を切削又は成型により形成したものであってよい。この場合、基板表面に凹凸ができるため、有孔シート材は、基板上にシート材となる材料の薄膜を基板上に密着した状態となるよう形成し、所定のパターンに対応して薄膜に少なくとも一つの孔を穿孔して基板の表面を露呈することにより形成されることが好ましい。貫通孔は、溝状構造の一部に設けられることとなることは理解されるべきである。この場合、基板の溝状構造からなる流路は、穿孔された孔の部分を除いてシート材でマスクされることとなる。現在のところ、かかるシート材として最も好適な材料は、パリレンであることが見出されているが、その他の同様の性質を有する任意の材料が用いられてもよいことは理解されるべきである。また、適用される流体が流路から溢れ、別の流路に流入することを防ぐために、任意に、例えば、シート状の蓋部材が、シート材の上に重畳されてよい。
【0054】
上記の本発明の態様におけるもう一つの実施形態として、流路は、シート材の上面に該シート材の少なくとも一つの貫通孔を経由する溝状構造を切削又は成型により形成したものであってよい。この場合に於いても、適用される流体が流路から溢れ、別の流路に流入することを防ぐために、任意に、例えば、シート状の蓋部材が、シート材の上に重畳されてよい。
【0055】
上記の流路を設ける態様に於いて留意されるべきことは、流路を通して、パターニングするべき物質を含む溶液を灌流することにより、基板上のサイトに要求される量の物質が十分に固定されるように十分な量の溶液をサイトの表面に接触させることができる。言い換えれば、一つの孔に割り当てられる溶液量を実質的に多くすることができ、従って、物質の濃度が低い溶液しか入手できなくとも、十分な量の物質をサイトに固定することが可能となる。更に、物質の固定後にシート材を除去すれば、流路内のサイト以外の領域に付着してしまった物質は、基板上から除去され、かくして、所望のパターンにて、種々の互いに異なる物質が選択的にパターニングされた基板が得られることとなる。
【0056】
更に、基板上に溝状構造を形成して流路を設ける態様に於いては特に、一連のパターニング操作中及びパターニングされた基板を任意のアッセイに用いるための操作中に、流路内に常に一定量の溶液を保持することが可能となり、従って、乾燥や空気との接触によって容易に失活又は変性しやすい物質の活性を保護しやすくなり有利である。
【0057】
上記の本発明の方法は、流体に分散可能な流体分散可能物質が所定のパターンにて固定される基板を含む装置であって、前記基板の一方の面の少なくとも一部の表面が、該基板の表面から脱離可能に密着したマスキング手段によって被覆され、前記マスキング手段の上側には、前記基板の外部より液体が導入可能な端部を有する複数の流路が形成されており、前記複数の流路の各々に於いてその内壁の少なくとも一部を構成する前記マスキング手段が前記所定パターンにて該マスキング手段を貫通し前記基板の表面を露呈する少なくとも一つの孔を有し、前記複数の流路の各々に、その端部から前記流体分散可能物質を含有する流体を流通させることにより、前記孔の開口に露呈された基板表面に前記流体分散可能物質が固定されることを特徴する装置を用いて実行することができる。ここで、マスキング手段とは、任意の材料から構成され基板表面をマスクする任意の手段であってよく、例えば、パリレンなどの蒸着可能な物質から成り、前記蒸着可能な物質を前記基板上に蒸着することにより形成された薄膜、又は、任意の高分子樹脂から成るシート状の部材であってよい。かかる装置に於いては、前記流体分散可能物質が固定された後、前記マスキング手段が除去され、前記所定のパターンの基板表面上にのみ前記流体分散可能物質が固定されているようになっているようになっていてよい。
【0058】
上記の装置に於いて、前記複数の流路は、一方の面に複数の溝状構造を有する蓋部材を、該溝状構造の少なくとも一部が前記マスキング手段を貫通する前記対応する孔の位置に整合するよう前記マスキング手段の上面に重畳することにより形成されたもの、前記基板の上面に複数の溝状構造が形成され前記マスキング手段が前記溝状構造の内部を被覆することにより形成されたもの、或いは、前記マスキング手段の上面に形成された複数の溝状構造のいずれであってもよいことは理解されるべきである。前記流路の径及び前記孔の開口径並びに互いに隣接する前記孔の間隔は、MEMS又はNEMS技術を用いることにより、マイクロメートルのオーダー又はナノメートルのオーダーとすることができる。
【発明の効果】
【0059】
従来のタンパク質分子等の生理活性物質又は機能性材料を基板上にパターニングしチップ化する方法のうち、生理活性物質等の活性を保持し得る方法は、それらの殆どにおいて、基板上に目的の物質が特異的に結合するサイトをパターニングした後、目的の物質を基板上に流すという手法であった。かかる方法では、タンパク質など非特異的に基板上に吸着しやすい物質の場合、特異的な結合が生ずるサイト以外での物質の吸着が激しいため、所謂タンパク質チップとして、DNAチップの如く、種々の検査又は病気の診断用などに実用化するに至らなかった。また、マイクロコンタクトプリンティング法の場合、物質のパターニング自体は、成功裡に行われるが、物質が乾燥したり、空気に接触しやすく、容易に変性しやすいタンパク質のパターニングには不向きであった。
【0060】
本発明による有孔シート材を用いたパターニング方法によれば、前記の如く、従来のタンパク質等のパターニング方法に於ける問題点が解消され、物質の活性を保ったまま、予定されたパターンにて物質をパターニングすることができる。
【0061】
更に、本発明の方法は、パターニングの処理操作が従来に比して簡単化される点で有利である。シート材の孔は、上面の開口が下面の開口より大きく形成されている場合、各孔に割り当てられる溶液を多くすることができる。かくして、流体を微小領域に局所的に与え又は接触させることが容易となり、また、流体中の物質の濃度が多少低くても、流体量を大きくできるので、各孔に適当量の物質を与えることが容易となる。例えば、孔の上側が広いことにより、目的の孔に確実に溶液を選択的に与えることが容易となる(以下、実施例3参照)。また、濃度が低い場合には、流体を孔へ与えた後、物質が基板に接触するまで、十分に時間を取ればよい。
【0062】
また、更に、シート材の上面に、シート材の個々の孔に対応してマイクロ流路を設ける態様によれば、マイクロメートル又はナノメートルオーダーの任意の領域に任意の物質のみをパターニングでき、しかも、溶液の適用に於いて、高度に熟練した溶液操作技術を要しない点で有利である。実際、従来に於いて、一枚の基板上に、マイクロメートル又はナノメートルオーダーの寸法のパターンにて、任意の物質を選択的に且その活性を損なわないようにパターニングできたという例は存在していない。そのようにパターニングできた試料標本(実施例5及び6参照)を提供することは、本発明に於いてシート材等のマスキング手段とマイクロ流路とを用いることによって初めて達成されたことである。本発明により提供されるパターニング試料標本は、従前の、例えば、ELISAに用いられる試料標本に比して、寸法が非常に小さくすることができ、従って、パターニングされるべき物質量を著しく低減することができる。また、本発明により提供される試料標本は、光学顕微鏡下で一度に観察できるので、タンパク質等の生理活性物質の機能を調べるための試料としても有用である。
【0063】
更に、本発明によれば、パターニングに用いられる新規な有孔シート材が提供される。かかるシート材を用いれば、シート材に密着し得る基板であれば、任意の又は汎用の基板上に物質をパターニングすることができることは留意されるべきである。従前の如く、予め基板上に結合サイトをパターニングしておく必要がないので、種々の装置又は器具のための標本を調製するのに有利である。
【0064】
更に又、本発明によれば、PDMSなどの高分子樹脂から有孔シート材を成形する際に、スピンコートの回転数を制御するだけで孔径、特に、基板表面を露呈させる開口径を制御できる方法が提供される。かかる方法においては、鋳型を変更することなく、孔径が制御できるため、同一の鋳型を用いて、適宜、孔径の大きさ、即ち、パターニングされる領域の大きさを選択できることとなり、パターニングされた試料標本を用いた検査又は診断ための準備が容易となり、又、その準備のための労力及び費用を低減し得る。
【0065】
そして、更に、本発明において、孔を有するシート材を、物質をパターニングする基板上で形成する態様によれば、既に述べた如く、基板上に形成し得るパターンのバリエーションの幅を広げることが可能となる。従って、種々の実験装置又は計測装置の試料として、それらの装置の仕様に合わせて、任意のパターンにて物質をパターニングすることも行いやすくなる。
【0066】
本発明は、主としてタンパク質、DNA等、生理活性物質の解析のハイスループットの検出チップを調製する目的で発明されたものであるが、本発明のパターニング方法、有孔シート材及びその調製方法は、その他の物質のパターニングにも応用でき、汎用性が高いことは理解されるべきである。例えば、生理活性物質ではないが、種々の機能を有する材料、即ち、機能性材料の中には、タンパク質と同様に化学的又は物理的な安定性が低く、乾燥されたり、空気に接触することにより容易に変性し又は失活してしまうものが存在する。また、生化学的、生物物理学的、細胞生物学的実験に用いられるマイクロビーズ、金コロイド又はその他の金属コロイド、色素分子、量子ドット、カーボンナノチューブなど物質(ナノ機能素子と呼ばれることもある。)は、一旦乾燥したり、空気に接触すると、凝集を起こしてしまい、その後、適当に水等の液体に分散することは難しくなってしまう。そういったタンパク質等の生理活性物質と同様に、機能又は活性の保持について弱さを有する物質にも、本発明の方法は、有利に用いることができ、そのような機能性材料のパターニングに本発明の方法を適用する場合も、本発明の範囲に属すると理解されるべきである。また、有孔シート材の孔径をスピンコートの回転数を制御することにより制御する方法は、一般のマイクロ加工技術又は半導体回路製造技術等の分野に応用することができ、そのような分野での利用も本発明の範囲に含まれると理解されるべきである。
【0067】
更に、本発明によれば、従来では、不可能であったパターンにて、上記の如き生理活性物質や機能性材料を、それらの活性を保持したまま、パターニングすることが可能であり、或いは、基板上に電極を配し、その電極に合わせて生理活性物質や機能性材料などの物質を固定することができ、更に、本発明のマイクロ流路を採用した態様によれば、一枚の基板に選択的に数種類の物質をパターニングできるので、従来では、不可能であった種々の実験又は測定方法の開発又は利用にも応用できる。特に、凹凸がある基板や、あらかじめ電極を配線したり、構造物が作られていたりしている基板上の細部にもパターニングが可能であるため、さらに複雑な解析手法を組み込んだ高度な解析・分析が可能なデバイス(プロテインチップやナノエレクトロニクス製品)が実現できる。
【0068】
かくして、本発明のパターニング方法は、タンパク分析装置、超高速ナノエレクトロニックデバイス、創薬スクリーニング装置などの製品に応用することができ、バイオテクノロジー、バイオチップ、膜タンパク質分析、創薬スクリーニング、バイオセンサー、ナノエレクトロニクス、ナノ材料工学、ナノ光学デバイスの分野において利用可能である。
【0069】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】本発明のパターニング方法により調製されたタンパク質チップの模式的な斜視図(A)と、上面図(B)。
【図2】本発明によるタンパク質等の水溶性物質をパターニングする過程の模式図。(A)ガラス等の基板10上に、有孔シート材14を貼着した状態。(B)タンパク質等のパターニングされる物質の水溶液をシート材の上に載置した状態。(C)基板表面に吸着していない余剰の物質をバッファで洗い流した状態。(D)シート材を基板から除去。(E)図1に示す状態。各サイトのみに物質が固定されている。
【図3】(A)本発明の一つの実施形態である格子状に配列された孔を有する有孔シート材の模式的な斜視図。(B)(A)のシート材の孔の拡大上面図と側方断面図。(C)本発明のもう一つの実施形態である長孔が配列されたシート材。
【図3a】(D)本発明の実施形態の一つである有孔シート材の模式図。穿孔された部分の拡大図。(E)本発明の実施形態の更にもう一つである有孔シート材の模式図。穿孔された部分の拡大図。
【図4】本発明による図3(A)に示すシート材の製造過程の模式図。(A)シリコンウェハ上にSiO2膜が形成された状態。(B)TMAHエッチングにより、シリコンウェハにピラミッド形状の窪みが形成された状態。(C)SiO2膜をBHFにより除去し、液状の高分子樹脂(PDMS)をシリコンウェハ上にて硬化して、シート材のための鋳型を形成。(D)鋳型上に剥離剤(パリレン)を適用した状態。(E)鋳型上にてシート材となる高分子樹脂(PDMS)をスピンコートした状態。(F)ドライエッチング(SF6プラズマガスを使用)により、鋳型の突起部先端の樹脂を除去。(G)硬化した樹脂を鋳型から剥離し、シート材が完成。
【図5】シート材の下面に於ける孔の開口部付近の電子顕微鏡像(A)ドライエッチング前(B)ドライエッチング後。(C)孔の開口径とスピンコートの回転数との関係を示すグラフ図。図中点は、実測値であり、線は、各回転数に於ける平均値を示す。
【図6】(a)PDMSで調製された鋳型の光学顕微鏡像と電子顕微鏡像(右下)。(b)完成したシート材の写真。(c)には、孔の底部付近の上方から見た光学顕微鏡像。(d)には、シート材の、孔の断面の電子顕微鏡像。
【図6A】本発明のパターニングの応用例の模式図:カーボンナノチューブのパターニング。(a)表面に電極が貼り付けられた基板。(b)基板上に長孔が設けられたシート材(パリレン膜)が密着された状態。孔の両端に電極の一部が露呈されている。(c)カーボンナノチューブが分散された溶液をシート材上に滴下した状態。(d)シート材を除去した状態の基板。長孔には、その長手方向にしかカーボンナノチューブが進入しないため、電極対を架橋した状態のカーボンナノチューブだけが残る。
【図6B】本発明のパターニングの応用例の模式図:神経細胞のパターニング。(a)NGFを経路状にパターニングした基板。(b)NGFの経路の両端のみに孔を有するシート材を基板上に密着させ、神経細胞が分散された溶液を滴下した状態。(c)シート材を除去した後、神経細胞を培養すると、NGF経路に沿って神経細胞が成長する。
【図6C】(a)マイクロ流路を有する蓋部材が重畳されたパターニング用基板の模式的な平面図。(b)(a)の基板のサイト近傍の模式的な拡大断面図。(c)(a)のマイクロ流路内に蛍光ビーズが分散された溶液を流入させた状態の基板の蛍光顕微鏡像。
【図6D】(a)マイクロ流路(溝状構造)が形成された基板の実体顕微鏡像。(b)(a)の基板の中央部(長方形にて囲繞した領域)の拡大像。
【図6E】図6Dの基板を用いたパターニング方法の一連の操作を示す模式図。
【図6F】シート材の上面に溝状構造を形成した場合のパターニング用基板サイト近傍の模式的な拡大断面図。
【図7】(A)PDMSからなる有孔シート材を用いて図2に示されている方法で蛍光標識したアルブミンをパターニングした標本の蛍光顕微鏡像。(B)(A)の線A−Aに於ける蛍光強度の分布図。
【図8】(a)孔の開口寸法約20μm×20μmのシート材を用いて、F1ATPaseを基板上にパターニングした標本の光学顕微鏡像。図中の矢印がF1ATPaseに結合したマイクロビーズである。(b)(a)のビーズの運動を示す光学顕微鏡像。図中、矢印は、ビーズの向きを示す。(c)F1ATPaseの回転運動の模式図。
【図9】三色の蛍光ビーズを別々の孔に与えた場合の光学顕微鏡像。像において、左列が赤色ビーズ、中列が緑色ビーズ、右列が青色ビーズの像である。図において、シート材は除去されている。下図は、パターニングの際の試料の模式的な断面図である。
【図10】(A)パリレン膜を基板上に蒸着して格子状パターンにて穿孔して得たシート材の透過光像。(B)そのシート材を用いて蛍光標識したアルブミンをパターニングした標本の蛍光顕微鏡像。(C)不規則なパターンにて穿孔されたシート材を用いて蛍光標識したアルブミンをパターニングした標本の蛍光顕微鏡像。
【図11】種々のシート材(パリレン膜を基板上に蒸着して穿孔して得られたもの)を用いて蛍光標識したアルブミンをパターニングした標本の蛍光顕微鏡像。
【図12】(a)図6Cに示された基板を用いて選択的に基板上にパターニングされた種々の蛍光ビーズの蛍光顕微鏡像。(b)(a)よりも間隔の狭いパターンにて選択的に基板上にパターニングされた種々の蛍光ビーズの蛍光顕微鏡像。
【図13】図6Dに示された基板を用いて選択的に基板上にパターニングされた種々のタンパク質及びビーズの蛍光顕微鏡像。
【符号の説明】
【0071】
10…基板
12…サイト
14…シート材
16…孔
18…タンパク質等
20…水溶液
21…鋳型
22…突起部
24…基台
26…シリコンウェハ
28…窪み
30…剥離剤、パリレン薄膜
32…PDMS
20…突起部
22…鋳型
24…剥離用薄膜
60…溝状構造(流路)
62…蓋部材
65…入口側流路
66…出口側流路
67…入口部
70…溝状構造(流路)
70a…窪み
72…蓋部材
【発明を実施するための形態】
【0072】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。図中、同一の符号は、同一の部位を示す。以下においては、タンパク質等の、特に水溶性又は水に分散可能な物質についてのパターニングの方法に関連して説明されるが、上記の如く、その他の物質にも同様に適用可能であり、かかるその他の物質のパターニングについても本発明の範囲に属すると理解されるべきである。
【0073】
図1には、本発明の水溶性物質を基板上に所定のパターンにて固定する方法(パターニング方法)の一つの実施形態に従って調製されたタンパク質チップ又はマイクロアレイ、即ち、所定のパターンにて、基板10上の特定の部位(サイト)にタンパク質分子を固定したものの模式図が示されている。図1の例は、主として、顕微鏡下において、観察されるよう調製されたプレパラートの形態である。もちろん、本発明のパターニング方法は、DNAチップを用いた検査又は試験を行うための自動化された装置又は機械に適合した試験標本にも適用可能であることは理解されるべきである。図示の例では、タンパク質分子が固定されるスポット又はサイト12の各々は、一辺が約2μmから数十μm程度の概ね四角形領域であり、それらのサイトが約100μmの間隔にて格子状に又はアレイ状に配列されている。サイトの間隔は、以下に述べる如く、シート材の調製方法によっては、1μm以下まで低減することが可能である。また、同図において、シート材は、タンパク質分子の固定後に除去されているが(後述のパターニングの方法の説明を参照。)、検査又は試験の目的又は用途に応じて、シート材は除去されなくてもよい。
【0074】
タンパク質等の水溶性物質の基板上へのパターニング方法 図2には、本発明の教示するところに従って、図1に示されている如く、タンパク質等の生理活性物質を基板上にパターニングする方法の手順が模式的に示されている。
【0075】
本発明のパターニング方法においては、まず、図2(A)に示されている如く、ガラス等の基板10、例えば、顕微鏡の観察に用いられるカバーガラス又はスライドガラス上に、所定のパターンにて穿孔された少なくとも一つの孔を有するシート材14が密着されたものが準備される。各々の孔は、シート材の上面から下面まで、貫通して各々の面に開口した貫通孔16である。後述の如く、タンパク質等の物質は、シート材の孔のパターンに従って、基板上に固定されることとなる。孔のパターン、即ち、配列と個々の孔の形状及び寸法とは、使用者により、任意に設定されてよい。また、図示の例では、本発明のシート材の孔16は、上面の孔の開口が、下面の孔の開口よりも大きくなるよう構成されている。このことにより、後述の如く、各孔に割り当てられる、パターニングされるべき物質を含む水溶液の量を多くすることができ、従って、物質の水溶液中の濃度が少々低くても、適当な量の物質をできるだけ確実に各孔に注入し、固定できるようになっている。また、溶液が載置される領域が大きくなるため、溶液の滴下操作が容易になる。シート材の調製方法は、後で詳細に説明される。
【0076】
ついで、図2(B)に示されている如く、タンパク質等のパターニングされるべき物質18を含有する水溶液20が、シート材14の上に載置され、シート材14の孔16に水溶液が満たされる。シート材の孔の下面において、基板表面が露出しているため、パターニングされる物質は、基板表面に吸着又は結合して固定される。基板と物質との吸着力若しくは結合力又は水溶液中の物質の濃度にもよるが、物質が十分な量にて又は十分な強さにて、基板に固定されるべく、この水溶液の載置後、その状態で適宜静置されてよい。図から容易に理解されるように、基板表面の孔の開いた部分以外の領域10bは、シート材によりマスクされているため(シート材と基板との密着が不十分でない限り)、物質は、シート材の下面の孔の開口パターンに従って固定され、それ以外の領域に吸着又は固定されることが阻止される。
【0077】
基板の表面は、物質が吸着しやすくなるよう種々の化学的処理が施され、物質が効率よく基板上に固定されるようになっていてよい。かかる化学的処理としては、例えば、従来のタンパク質チップ又はDNAチップに於いて行われていたように、パターニングされる物質と特異的に結合する反応基を基板の表面に付加することが考えられる。或いは、パターニングされる物質が疎水的な(又は親水的な)表面に吸着しやすいものであれば、単にそのように吸着しやすい表面に基板表面を改変するだけであってもよい。重要なことは、本発明の方法の場合、物質がパターニングされるべき領域以外は、シート材によりマスクされ、物質の接触が阻止されているので、従前のチップの調製方法で試みられていた如く、パターニングされるべき領域のみを化学的に処理するといった技術的に複雑な処置は必要がないという点である。本発明において基板表面に対して行われる表面処理は、物質が効率よく基板表面に吸着できれば良いのであって、パターニングされるべき領域とそれ以外の領域とを区別するためになされるのではない。従って、基板表面の処理は、予め基板の全面にわたって施されてよい。
【0078】
図2(B)において、水溶液をシート材の上面に載置する際、孔に空気がトラップされる場合がある。このことを回避するため、水溶液は、予め脱気されてよい。また、載置後、比較的真空度の低い真空チャンバ内に基板ごと静置して孔にトラップされた空気を除去されるようにしてもよい。
【0079】
ついで、図2(C)に示されている如く、基板表面に吸着していない余剰の物質は、任意の水溶液又はバッファによって洗い流されてよい。図2(B)の水溶液中にパターニングされるべき物質の濃度が低く、殆どの物質が、シート材の孔16の底面に露呈した基板表面10sに吸着又は固定されるような状態であれば、上記の洗い流す操作は省略されてよい。
【0080】
洗い流す操作に関して、図から理解されるように、物質は、孔の底部に固定されるようになっているため、洗浄用の水溶液又はバッファを流す際に、物質の固定されている領域の近傍に於いて、過度に強い流れが発生することが防止され、従って、固定された物質が洗い流し操作の過程で基板表面から外れてしまうといった可能性を低減することができる。かかる特徴は、検査又は試験の過程において、標本の溶液交換を行う際にも、基板上に固定した物質へ過度に強い流れが当たらず、物質が基板から剥がれにくくなるので有利である。
【0081】
更に、図2(D)に示されている如く、シート材14が基板10から除去されてよい(図2(E)参照。)。例えば、シート材の孔の側面にもパターニングされるべき物質が吸着してしまい、その後の実験に支障がある場合、或いは、測定装置に適合するためにシート材が邪魔になる場合には、シート材14は除去されることとなるであろう。
【0082】
有孔シート材 図2のパターニング方法において用いられた複数の貫通孔を有するシート材は、基板との密着性が高ければ、任意のものであってよい。また、上面の孔の開口が下面の孔の開口よりも大きいものであれば、溶液の滴下又は載置が、操作上、非常に簡便となるので好ましい(溶液の載置について熟練した技術がさほど必要ではなくなる)。シート材の材質は、基板との密着性を高いことが重要であるので、弾性を有する高分子樹脂、例えば、ポリジメチルシロキサン、シリコンゴム、パリレン、ポリイミド、ポリアクリルアミド、アガロースゲル等が好ましく、より好適には、ポリジメチルシロキサン(PDMS)(以下の有孔シート材の調製方法I参照)又はパリレン(以下の有孔シート材の調製方法II参照)である。
【0083】
タンパク質チップに用いる目的でタンパク質等の生理活性物質をパターニングする場合に、上面の孔の口径を大きく形成されるシート材は、図3に模式的に示されているように、好ましくは、厚さが100μm程度であり、シート材14の孔16は、好ましくは、下面の開口径が数μmから十数μmであり、上面の開口径が数十μmから数百μmであってよいが、下面の開口径は、100nm程度まで低減されてよい。図3の例では、孔16は、四角錐台形状であり、シート材において、格子状に配列されているが、孔の形状は、その他の錐体形状であってよい。
【0084】
また、シート材に形成される孔のパターンについては、図3(C)に示されている如く、複数の線状の貫通孔16aがシート材に配列されていてもよい。また、点状の孔が、六方格子その他の任意の格子パターンで配列されてよい。更に、以下の有孔シート材の調製方法IIに記載される如く、基板上にてシート材が形成され所定のパターンにて穿孔される場合には、基板上に電極を配置しておくことも可能であり、また、図3(C)、図3a(D)[隣接する孔の間隔が短く、シート材が一旦剥がされると、シート材の孔付近の剛性が孔の形状を保持するのに十分でなくなる場合]、図3a(E)[孔が周路を形成し、シート材が分離している場合]の如きパターンのように、一旦、基板からシート材を剥がしてしまうと、再びそのパターンにて基板に密着させることが困難である場合のような、複雑なパターンであってもよい。そのような任意のパターンのシート材を用いたパターニング方法は、全て、本発明の範囲に属する。
【0085】
有孔シート材の調製方法I 図4には、図3(A)及び(B)に示されている如き、格子状に並んだ四角錐体状の貫通孔を有するシート材を、液状の高分子樹脂を鋳型に流し込み硬化することにより調製する方法の過程が例示されている。液状の高分子樹脂としては、PDMSが用いられるが、以下に記載する方法と同様の方法により、シート材を形成しうる任意の材料が用いられてよく、本発明の範囲に属すると理解されるべきである。
【0086】
図4Aから図4Cは、シート材の鋳型21を成形する過程を示している。図4Dの鋳型21は、シート材と相補的な形状、即ち、四角錐体若しくはピラミッド形状の突起部22が、複数、基台24上に格子状に配列された形状を有する。かかる鋳型も、好ましくは、PDMSから形成される。鋳型の典型的な調製手順は、以下の通りである。
【0087】
(a)表面を熱で酸化させた(SiO2)シリコンウェハ26(図4(A))の上に、S1830フォトレジスト(シプレイ社)をスピンコーター(MIKASA SPINNER IH-D2)を用いて3000rpm 90秒にてスピンコーティング、即ち、回転させて薄く一様にコートする。
【0088】
(b)紫外線を照射し、所定のパターンを感光し、レジストのエッチャントで紫外線の当たったところのレジストを除去する。かくして、完成されるシート材の孔に対応するレジストが除去される。
【0089】
(c)SiO2をBHF(バッファードふっ酸)でエッチングし、更に、TMAH(水酸化テトラメチルアンモニウム)溶液中で反応させると、Siだけが結晶方向に沿ってエッチングされ、ピラミッドの形状の窪み28が形成される(図4(B))。かかるシリコンウェハ26は、鋳型のための「鋳型」となる。
【0090】
(d)ピラミッド形状の窪みが形成されたシリコンウェハ上に、PDMS(SYLGARD184:ダウ・コーニング)を硬化剤と10:2で混合したものを流し、85℃、1時間で硬化し、ピラミッド形状の突起部を複数有するのシート材のための鋳型21が形成される(図4(C))。PDMSで調製された鋳型の例の光学顕微鏡像と電子顕微鏡像が、図6(a)に示されている。
【0091】
次いで、図4D−4Fに例示されている如く、上記の鋳型を用いて、シート材を調製する。シート材の典型的な調製手順は、以下の通りである。
【0092】
(e)上記(d)において調製されたPDMSからなる鋳型の上に、剥離剤30をコートする。これは、以下に記載する手順で鋳型21上に形成されたシート材を鋳型から容易に剥がすために任意に用いられる。特に、鋳型がPDMSで形成され、シート材もPDMSで形成される場合、鋳型とシート材のPDMSが互いに結合してしまい離れなくなるので、容易にシート材を剥がすために必要となる。剥離剤としては、パリレン薄膜30が、好適であり、パリレンは、ラブコーターPDS2010(SpecialtyCoatingSystems)を用いて蒸着する。(図4(D))
【0093】
(f)パリレンをコートした鋳型21上に、PDMS32を硬化剤と10:2で混合したものをスピンコートする。スピンコートは、任意の装置、例えば、スピンコーター(MIKASA SPINNER IH-D2)を用いて行われてよいが、以下に詳細に述べる如く、スピンコートをする際の回転数により、完成されたシート材の下面の孔の口径を制御することが可能であり、従って、回転数は、所望の孔の口径を得るべく制御される。(図4(E))。
【0094】
(g)鋳型21上にスピンコートされた液状のPDMSを、85℃にて1時間静置し、硬化する。この状態において、鋳型の突起部の先端は、シート材となる硬化した高分子樹脂の上面(シート材の下面)から突出するが、かかる先端は、先細になっているため、シート材の樹脂に覆われているままか、図5(A)に示されている如く、不規則な形状となっている。かかる状態では、前記の如き、パターニングのサイト12の形状を定めるのには不適当である(サイトの形状及び寸法が安定しないため)。
【0095】
本発明者は、鋳型の突起部の先端にも薄くPDMS膜が残ってしまうことを解消すべく、図4(E)の状態で硬化した高分子樹脂の上面にドライエッチングを施すことにより、かかる突起部の先端付近の高分子樹脂の孔の形状を整えることができることを見出した。具体的には、SF6プラズマガス(PlasmaEtchingSystem(samco)を使用)を10分間当てることにより、先端に残った高分子樹脂(PDMS)を取り除き、これにより、孔の形状が整えられる。なお、ドライエッチングとして、SF6プラズマガスと同様の効果を有する別の手段が用いられてもよいことは、当業者にとって理解されるべきである。SF6プラズマガスにてドライエッチングを施した後の孔の形状の顕微鏡像が図5(B)に例示されている。
【0096】
シート材14の下面の孔16の寸法、即ち、基板上において物質が固定されるサイト12の寸法は、上記(f)にて簡単に述べた如く、液状の高分子樹脂をスピンコートする際の回転数を制御することにより、調節することが可能である。図5(C)に鋳型の突起部の高さが約100μmであるときの、スピンコートの回転数と孔の寸法(開口径)との関係が示されている。同図から理解される如く、600-1100rpmの範囲では、回転数を制御することにより、10数μm程度までの小孔(最小約2μm)を任意に穿つことが可能である。回転数が600rpm以下のときは膜の厚みが100μm程度となるので、ここで用いた鋳型によっては、完全に穿孔できなかった。しかしながら、鋳型の突起部の高さは任意に変更されてよく、従って、更に広範囲に亙って孔径の制御が可能であることは理解されるべきである。
【0097】
(h)かくして、鋳型から、硬化した樹脂を剥がすことにより、図3に示すごとき有孔シート材14が調製され、しかる後、図2(A)に示される如く、基板上に密着される。図6(b)には、完成したシート材の写真、図6(c)には、孔の顕微鏡像、図6(d)には、シート材の、孔の断面を示す顕微鏡像が示されている。
【0098】
上記の方法にて調製されるシート材は、所定のパターンにて形成された孔の枠に、或る程度の剛性を有するので、鋳型又は基板から剥がした後、再度、基板上に貼り付けても、所定のパターンに形成された孔の形状が崩れることない。従って、シート材は、繰り返しパターニングに使用することができ、一枚のシート材で、再現性よく、複数の基板に同一のパターンにて、物質をパターニングできる点で有利である。
【0099】
有孔シート材の調製方法II 上記の有孔シート材の調製方法Iでは、シート材14は、基板10とは別の鋳型上にて薄膜を形成し、所定のパターンにて穿孔することにより、調製された。しかしながら、シート材14の材料として、基板10上で薄膜として形成可能であり、その後、基板上で所定のパターンにて穿孔可能な材料が選択される場合、シート材14は、基板10で直接的に形成されてよい。その場合、基板上に物質18をパターニングするまでに、シート材14を基板から一度も剥がす必要がないため、一度、基板又は鋳型から剥がしてしまうと、再現することが難しいパターン、例えば、隣接する孔の間隔が小さいため、枠の寸法が小さく(細く又は薄く)、基板から剥がされると、枠となる部分において、孔の形状を維持するのに十分な剛性が得られないパターン、或いは、孔が周路を形成し、シート材が孔によって分離しているパターンでも、物質のパターニングが可能となる(図3(C)、図3a(D)−(E)参照)。
【0100】
以下の例では、シート材の材料として蒸着可能な樹脂であるパリレンを使用した例について説明されるが、その他の材料、例えば、PDMSを用いても基板上での薄膜形成過程が異なるだけで、本発明の方法が同様に実行できることは理解されるべきである。
【0101】
シート材14の材料としてパリレンが選択される場合には、基板上にパリレンを蒸着し、パリレン膜を形成する。しかる後に、当業者にとって公知の手法にて、所定のパターンにてパリレン膜をエッチングし、パリレン膜を穿孔することにより、シート材を形成することができる。典型的な調製手順は、以下の通りである。
【0102】
(a)パリレンとしては、パリレンN、パリレンC、パリレンDが用いられてよい。パリレンは、任意の熱CVD蒸着機、例えば、ラブコーターPDS2010(SpecialtyCoatingSystems)を用いて、パターニングに用いる基板上に、例えば、厚み5μmとなるように蒸着される。基板は、ガラス又はシリコンウェアであってよい。蒸着されるパリレン膜と基板表面との密着力を調整するために、基板の表面は、予め、適当な処理が施されてよく、例えば、基板上に、2%程度の界面活性剤を与えると、パリレン膜が極めて容易に剥離できるようになる。また、基板表面が、シリコンが露呈した状態、熱による酸化シリコン膜層にて被覆された状態にすることで、密着力が増大する。本発明者の実験によれば、酸化シリコン膜を形成することにより、比較的密着力が増大するが、ピンセットでパリレン膜を掴み、引っ張ることで、パリレン膜を基板から剥離することができることが見出され、従って、酸化シリコン膜を基板上に形成しておくことが本発明の目的に好適である。
【0103】
なお、以下に述べるように、蒸着されたパリレンの薄膜上には、プラズマエッチングによる穿孔の際の孔の形状の精度を上げる目的で、更にアルミニウム膜が蒸着形成されてよい。
【0104】
(b)次いで、パリレン蒸着膜(又はアルミニウム蒸着膜)の上に、例えば、S1830フォトレジスト(シプレイ社)をスピンコーター(MIKASA SPINNER IH-D2)を用いて3000rpm 90秒にてスピンコーティング、即ち、回転させて薄く一様にコートする。
【0105】
(c)紫外線を照射し、所定のパターンを感光し、レジストのエッチャントで紫外線の当たったところのレジストを除去する。かくして、完成されるシート材の孔に対応するレジストが除去される。アルミニウム蒸着膜がある場合、更に、レジストの除去された部位の蒸着膜が、当業者にとって公知の任意の方法で除去される。かくして、穿孔されるべきパリレン膜が露呈される。
【0106】
(d)次いで、O2プラズマエッチング又はそれと同様の方法により、露呈されたパリレン膜が除去される。ここで、レジスト膜の下にアルミニウム膜が蒸着されていると、レジスト膜に損傷があっても、アルミニウム膜により、エッチングが阻止されるので有利である。
【0107】
(e)ついで、レジスト膜(及びアルミニウム膜)を除去すると、基板表面が所定のパターンにて露呈された図2(A)の状態となる。(ただし、孔の形状は、必ずしも上側の開口面積の大きい錐体状とはならないことは理解されるであろう。)
【0108】
なお、上記の方法は、所謂、フォトリソグラフィー法による穿孔方法であるが、パリレン膜は、その他の、当業者にとって公知の微細加工技術、例えば、レーザービーム加工,FIB(集束イオンビーム)加工法などによって、任意のパターンにて容易に穿孔されてよいことは理解されるべきであり、そのような方法により、シート材に所定のパターンの孔が設けられる場合も本発明の範囲に属する。
【0109】
上記のシート材14が基板10上で形成される場合には、基板上に電極などが別に設けられ、基板上に凹凸があってもよいことは理解されるべきである。例えば、図6A(a)に示す如く、基板上に対になった電極40をフォトリソグラフィー法などにより形成し、電極40の一部が露呈するよう、パリレン膜からなるシート材14に孔42を穿孔したものを調製することができる(図6A(b))。かかる電極を有する基板と、孔を有するシート材によれば、孔にカーボンナノチューブ(CNT)などのナノ機能素子44を電極間に架橋した状態で固定できるので(図6A(c))、かかる機能素子の電気的特性の測定が可能となる(図6A(d))。また、電極間に電位感受性の物質(電位に応答して、発光する量子ドットや電位感受性蛍光色素など)をパターニングすることで、任意のパターンにて電位感受性の物質がアレイ状に固定された新規なデバイスを形成することも可能である。
【0110】
更に、例えば、図6B(a)に示す如く、神経成長因子NGFを、適当な経路をなすようにパターニングした基板上(本発明の方法によりパターニングされたものでよい。)に、図6B(b)の如く、本発明の方法により、NGFの経路の末端にのみ孔16を有するシート材14を密着したものを調製し、その孔16に対応する部位に神経細胞46を固定し、しかる後に、シート材14を除去して、神経細胞を培養すれば、所定のパターンにて成長した神経細胞46aが得られる(図6B(c))。
【0111】
選択的パターニング方法とその装置 既に述べた如く、一つの基板に於いて、種々の異なる物質を選択的に別々のサイトにパターニングすることができれば、例えば、図1又は図3a(D)などに示されている基板のパターンに於いて、マイクロメートルオーダー以下の寸法のサイトの各々に、それぞれ、別の物質をパターニングすることができれば、ELISAなどのウイルスや細胞の検定、或いは、タンパク質等の生理活性物質の特性の検査を極めて微量にて行えるようになり、非常に有用である。その際、パターニングされる物質の活性を損なわないようにするためには、できるだけ物質を乾燥させたり、空気に接触させたりしないようにすることも重要である。そこで、本発明に於いては、既に述べた有孔シート材を用いた一連のパターニング法に於いて、更に、パターニングされる物質を含む溶液を基板上に導くために、個々のサイトに対応してマイクロ流路を設けた。かかる態様によれば、溶液は、マイクロ流路を介して対応するサイトにのみ流入することが許され、かくして、一つの基板上に数種類の異なる物質を、それぞれ、任意のサイトにのみ「選択的に」固定することが可能となる。
【0112】
図6C(a)は、上記の如きマイクロ流路を採用したパターニング方法の一つの実施形態に於ける基板の模式的な全体図であり、同(b)は、サイト近傍の構造を示す模式的な拡大断面図を示す。また、同(c)は、(a)の基板の中央部の拡大図(蛍光顕微鏡像)を示す。これらの図を参照して、基板10は、通常の平坦な面を有する部材であり、シート材14は、上記の有孔シート材の調製方法I又はIIにおいて記載した方法で調製されたシート材(材料は、PDMSでもパリレンであってもよく、その他の前記の如き任意の材料であってよい。)であり、図示の例では、孔16が9個(3×3)配列されている(図6C(c)参照)。そして、更に、本実施形態に於いては、下面に複数の溝状構造60が形成された蓋部材62が、シート部材14の上に重畳される。蓋部材62の溝状構造60の各々は、孔16の一つと整合するよう位置決めされ、かくして、個々の孔には、一つの流路が対応する。図示の例では、9本の流路L1−L9が、蓋部材の下面に形成され、基板中央部において、それぞれ孔16を一つ有している。また、一つの流路は、好ましくは一つの入口側流路65と出口側流路66からなる。入口側流路の外端には、溶液を導入するための円形の入口部67と、内部の空気を流出させるための出口部68とを有する。(図では、L1とL9の流路についてのみ、符号が付されている。)溶液を入口部に与えるため、入口部67の上面は、穿孔されてよく、または、出口部68は、蓋部材の側面にて開放されていてよい。
【0113】
蓋部材は、シート材の上面に密着可能な任意の材料にて形成されてよく、また、溝状構造も切削又は蓋部材を成型する際に同時に成型されるようになっていてよい。蓋部材の材料としては、例えば、PDMSであってよい。この点に関し、本発明者は、基板上に固定される物質が水溶液中に担持されている場合には、水溶液が導入される流路内が親水性の度合が適度に高く、又は、適度にぬれ性を有していると、水溶液を流路の入口部67に載置するだけで自発的に流路内に流入することを見出した。従って、PDMSを蓋部材の材料として用いる場合には、PDMSの表面が適度なぬれ性を有していることが好ましい。そのためには、例えば、PDMSにぬれ性増加添加剤、例えば、DOW CORNING57等が好適に用いられてよい。また、シート材がパリレンにて形成され、蓋部材が前記の如きぬれ性が増強されたPDMSで形成される場合には、パリレンのシート材を形成する過程に於いて、有孔シート材の調製方法IIに記載のパリレン膜の上面に適用されるアルミニウム蒸着膜を除去せずに蓋部材を重畳すると、シート材と蓋部材とが良好に密着された状態が維持され、シート材上面に形成される複数の流路が互いに流体的に絶縁されることが見出された(この場合、流路の内壁は、ぬれ性の増強されたPDMS表面とアルミニウム蒸着膜にて構成される)。図6C(c)は、上記に記載の蓋部材を重畳したシート部材と基板に於いて、複数の流路のそれぞれに種々のビーズ分散溶液を流通させた状態の蛍光顕微鏡写真であり、同図から理解される如く、流路からの溶液の漏れがなく、流路が互いに絶縁又は隔離されていることが理解されるであろう。流路の径、サイトの寸法並びに流路間又はサイト間の間隔は、マイクロメートルのオーダーであってよい。なお、溶液の流路内への導入に於いては、強制的に溶液を流路内へ圧送してもよく、そのために、シリンジ又はシリンジポンプなどの装置などが用いられてよい。そのように強制的に溶液を流路内へ流入させる場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
【0114】
その他の追加的な基板上又はシート材上の処理は、上述の如く任意に行われてよいことは理解されるべきである。
【0115】
かくして、上記の態様に於いて、個々の流路に別々の物質を含む溶液を導入し、対応するサイトの基板表面に物質を固定し、しかる後、余剰の物質を洗い出してから、図2(D)に示される如く、蓋部材とシート部材とが除去される。その結果、図2(E)に示される如き、予定されていない場所には、物質が実質的に吸着していない試料基板が調製されるが、ここでは、各サイトに固定されている物質は、それぞれ互いに別の物質とすることができる。
【0116】
図6Dは、マイクロ流路を採用したパターニング用の基板のもう一つの実施形態を示す。この実施形態に於いては、マイクロ流路は、基板上面に、図6D(a)に示されている如き溝状構造70として複数形成される。図示の例では、溝状構造は、L1−L10が形成され、L1−L2、L3−L4、L6−L7、L8−L9の組が、それぞれ基板中央部にて接続しており、L5−L10が直線的に接続されている。また、各溝状構造の基板の外方には、溝に比してやや広い窪み70aが形成される。かかる窪みは、後述の如く、溶液を流路に導入する際、容易に基板の外部からアクセス可能な溶液の適用場所となる。更に、図示の基板表面には、図2に於けるシート材14に相当する薄膜が、溝状構造の内部及び外部に形成され、シート材には、図6D(b)に示されている如く、基板中央部付近に孔16が穿孔されている。孔16に於いては、基板表面が露呈される。また、シート材の上面には、後述の如く蓋部材が重畳され、各溝状構造が溶液の流路として用いられる際に溶液が溢れないように、各溝状構造で形成される流路を互いに流体的に絶縁又は隔離するようになっていてよい。
【0117】
図6Eは、図6Dに示されている如き基板を用いて、物質をパターニングするまでの一連の操作を模式的表した基板の断面図を示している。
【0118】
図6E(a)に於いて、まず、基板10の上面に任意の方法にて溝状構造70が形成される。基板は、前記の図2に関連して説明される如き、パターニングに通常用いられる任意の材料で構成されてよいが、溝をエンドミルEMなどによる機械加工により研削して形成する場合には、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、シリコンゴムなどその他の任意の高分子樹脂が好適である。特に、光学顕微鏡の観察試料として用いる場合には、基板は透明であることが望ましいが、それに限定されるものではないことは、当業者にとって理解されるべきである。また、パターニングされるべき物質が、基板表面に良好に吸着されるように任意の化学的処理若しくはコートが施されていてよい。なお、溝状構造の形状は、図6Dに示されているものに限定されず、本発明の実施に於いて、適宜設計されてよいことは理解されるべきである。
【0119】
次いで、図6E(b)に於いて示す如く、シート材14が適用される。ここで、本実施形態の場合、基板に凹凸があるので、シート材は、前記の有孔シート材の調製方法IIに記載の要領にてパリレンの如き蒸着により基板表面をコンフォーマルに被覆する薄膜として形成されることが好ましい。そして、図6E(c)に於いて示す如く、切削又はエッチング等の任意の方法にて、所定のパターンにて、孔16がシート材14に穿孔され、基板10の表面が、孔16の部分のみ露呈される。図から理解される如く、孔16は、溝70の内部の底面に設けられる。
【0120】
孔16の形成後、図6E(d)に示されている如く、シート材の上面には、蓋部材72が重畳され、これにより、溝状構造70が、流体を流通するための流路を形成する。蓋部材を重畳するのは、溝70から溶液が溢れることを防ぐためである。この点に関し、蓋部材の材料は、図6Cに関連して説明された実施形態と同様に、溶液が水溶液である場合には、適度なぬれ性を有していることが好ましい。従って、ここでの蓋部材もぬれ性増加添加剤を含むPDMS又は同等の性質を有するシート状部材であってよい。蓋部材を重畳する際、後で溶液を流路に導入するための基板外部からアクセス可能な入口部(図6Dの例では、窪み70a)が開放されるようになっていることが留意されるべきである。
【0121】
かくして、物質を基板上にパターニングするための構成、即ち、パターニングするための装置が完成したこととなる。なお、その他の追加的な基板上又はシート材上の処理は、上述の如く任意に行われてよいことは理解されるべきである。
【0122】
物質を基板上の任意のサイトに固定する際には、物質を含有する溶液が、アクセス可能な入口部に滴下又は載置される。個々の流路とその流路中に設けられるシート材の孔16は、互いに流体的に絶縁又は隔離されているので、各流路には、別の物質を含有する溶液を与えることができる。溶液がアクセス可能な入口部に与えられると、蓋部材72が適度なぬれ性を有している場合には、溶液は、自発的に流路内へ流入し、図6E(e)の如く、孔16が溶液74で満たされることとなり、サイトに露呈した基板表面に溶液中に分散された物質76が接触し、その場所に固定される。次いで、図6E(f)に示されている如く、十分な量の物質が、サイトに固定された後、シート材14が基板上から機械的に剥離され除去され、かくして、所定のサイトにのみ物質が固定された基板が得られることとなる(図6E(g))。基板表面の乾燥を防ぐために、再度基板上に蓋部材72が重畳されてよい。
【0123】
上記の構成に於いて、溶液を流路に導入し、サイトの基板表面に物質を固定する際、流路内のサイト以外の部分、即ち、シート材の表面にもパターニングされるべき物質が吸着することがあるが、シート材を剥離することにより、予定外の場所に固定された物質は、全てシート材と共に除去されることは理解されるべきである。シート材の剥離に先立って、溶液中に残っているパターニングされるべき物質を除去するために、流路内を任意の溶媒で洗浄することが望ましい。
【0124】
更に、本実施形態に於いては、図6E(e)−(g)から理解される如く、基板上面に溝として流路が形成され、その溝底にサイトが設けられるため、常に、サイトを溶液に浸漬した状態を維持しつつ一連の操作が可能となる。従って、各サイトに固定された物質は、常に溶液中にあり、乾燥することがないので、物質が失活してしまう危険性を低減することができる。
【0125】
図6C−6Eに示されている如き、マイクロ流路を用いる場合には、溶液を順次流入させることができるので、図2に示された場合に比して、サイトの基板表面に接触させる溶液量をより多くでき、従って、各サイト当たりの物質の吸着量を多くできることは留意されるべきである。既に述べた如く、生理活性物質又は機能性材料は、種類によっては、極めて微量しか得られなかったり、或いは、物質の濃度の低い溶液でしか得られない場合がある。その場合、ただ単に一定量の溶液を各サイトに与えるだけでは、(そのサイトを乾燥せずに)適用可能な溶液量が十分でないと、サイトに於ける物質吸着密度を高くすることは困難となる(サイトに接触可能な物質の絶対量は、サイトに適用された溶液中の物質量を超えることはない。)。しかしながら、本実施態様の如く、順次溶液を流通させることにより、接触可能な物質の絶対量を多くすることができ、従って、各サイトの物質の吸着量を大きくすることが可能となるのである。しかも、各サイトに上記の如き流路がそれぞれ設けられているから、各溶液の物質の濃度又はサイト上に吸着されるべき物質量に応じて、各サイトごとに任意に溶液量を制御することができ有利である。かかる作用効果は、基板表面のパターニングされるべき物質に対する親和性を高くなるよう処理し、シート材表面の親和性を低いものとすれば、より効果的である。物質の固定の際には、サイト以外の領域は、シート材でマスクされているから、基板の親和性処理は、基板全体に施されていてもよく、基板表面処理操作も、簡単となる。
【0126】
更に、上記の一連の操作に於いて、各流路に流す溶液は、何度も流すことができるので、一つの流路に数種類の溶液を順次流しても良い。例えば、始めに第一の物質を流して基板に固定した後、第一の物質と結合する第二又は第三の物質の溶液を流入させ、第一の物質のみが基板に吸着したそれらの物質の複合体をパターニングするといったことも可能となる(例えば、溶液中で第一及び第二の物質を混合してしまうと、基板に第二の物質が吸着し、所望の活性が得られないという場合も有り得る。)。そのような一連の操作に於いて、適時、シート材を基板から除去してもよいことは理解されるべきである。
【0127】
なお、図6Fの如く、上記の如き流路は、シート材14の上面に溝状構造を研削又は成型、エッチング等の任意の方法により形成してもよい。
【0128】
上記に説明した本発明の有効性を検証するために、以下の如き実験を行った。なお、以下の実施例は、本発明の有効性を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではないことは理解されるべきである。
【実施例1】
【0129】
蛍光タンパク質のパターニングI PDMSからなる有孔シート材を用いてFITC蛍光標識したアルブミン(AlubminBovine, Fluorescein Isothiocyanate:SIGMA)を図2に示されている方法でパターニングし蛍光顕微鏡で観察した。顕微鏡は、オリンパスIX70、蛍光キューブ(フィルタセット)はBCIP、対物レンズは10倍のものを使用した。シート材の下面の小孔の開口寸法は、5μm×5μmとした。図7(A)は、蛍光顕微鏡像であり、図7(B)は、図7(A)の線A−Aに於ける蛍光強度の分布である。
【0130】
上記の実験において、小孔に水溶液を導入する際に、小孔内に空気がトラップされ、該孔内を水溶液で充填することが困難であったので、水溶液を予め脱気して、孔内の空気を水溶液に吸収させて、空泡を排除した。また、PDMSは疎水性であり、液滴をはじいてしまうため、上記のエッチング装置によりO2プラズマを当て、液滴と接する表面を親水性となるよう予め処理した。図7(A)において、明るい点の部分が、蛍光標識されたタンパク質分子が固定されたサイトの像であり、図から明らかな如く、タンパク質分子が、所定のパターンにて、即ち、格子状に並べられた所定のサイトに固定されていることが確認された。同図に於いて、蛍光像が、実際よりも大きな範囲に広がって見えるのは、蛍光の散乱の効果のためである。図7(B)を参照すると、孔のあった部分にだけ、蛍光アルブミンがパターニングされていることが理解されるであろう。孔以外の領域において、即ち、孔の周囲に於いて、蛍光強度は、バックグラウンドのレベルであり、これにより、非特異的吸着がないことが確認された。
【実施例2】
【0131】
活性のある酵素のパターニング F1ATPaseは、回転軸と外殻とから成る回転モーターの如き構造を有するATP加水分解酵素であり、ATPの分解に伴って回転軸構造を有する部分が、外殻構造に対して相対的に回転することが知られている(図8(C)参照)。かかるタンパク質の回転運動は、光学顕微鏡下で容易に可視化されるので(例えば、上記非特許文献8参照)、本発明によりF1ATPaseを基板上にパターニングし、回転運動が観察される否かにより、基板上のタンパク質が活性を保持しているか否かを確かめた。
【0132】
実験では、ガラス基板の表面をNi-NTAで処理し、F1ATPase50に、かかるNi-NTAで処理した表面に固定できるようタグを導入し、F1ATPaseが効率よく基板表面に結合できるようにした。そして、ガラス基板に図4に例示された方法により調製されたPDMSから成るシート材14を密着させ、図2に例示された方法により、F1ATPaseのパターニングを行った。なお、タンパク質分子の大きさは10nm程度なので、回転運動を可視化するために、タンパク質の軸部にマイクロビーズ52(0.5μm)を付加し、ビーズ52の回転により、回転の有無、即ち、活性を保持しているか否かを観察した。
【0133】
パターニングの具体的な手順は、以下の通りである。(a)PDMSシート材14をNi-NTA処理ガラス10の上に密着させ、その上から約1/1000μM F1ATPaseを含有する水溶液を添加した。F1ATPaseの軸部の先端には、ビオチンが修飾付加されている。(b)約3分間室温に静置した後、50mM MOPS-KOH/50mM KCl(pH7.0)の水溶液にて、シート材上を洗浄した。(c)0.46μm ストレプトアビジンコートされたビーズ(Molecular probe)を添加し、5分間室温に静置した。これにより、ビーズは、ストレプトアビジンとビオチンとの結合を介してF1ATPaseの軸部に付加される。(d)再度、50mM MOPS-KOH/50mM KCl の水溶液にて、シート材上を洗浄し、(e)2mM ATP/2mM MgCl2の水溶液を添加して、光学顕微鏡(オリンパスIX70、油浸対物レンズ100倍)下で、ビーズの回転を観察した。
【0134】
図8(a)は、孔の開口寸法が約20μm×20μmのシート材を用いて、F1ATPaseを基板上にパターニングした例の光学顕微鏡像(位相差顕微鏡像)であり、像中の矢印が互いに結合した二つのビーズである。図8(b)は、ビーズの像を0.13秒毎に経時的に捉えたものであり、図中の矢印は、二つのビーズの向きを表している。同図のビーズの向きが変化していることから理解されるように、図にて反時計周りに回転することが観察され、これは、図8(c)に模式的に示されている如く、F1ATPaseによる回転である(上記非特許文献8参照)。このことにより、本発明によりパターニングされたタンパク質分子F1ATPaseが活性を保持したままであることが確かめられた。なお、図8では、孔径が約20μmであるが、同様の実験結果は、孔径が約5μmの場合にも得られた。
【実施例3】
【0135】
選択的パターニングI 本発明のシート材においては、上面の孔径は、下面の孔径より大きいため、溶液の滴下操作が容易である。このことを確かめるべく、3種類の異なる蛍光ビーズを、同一基板上の15μmx15μmの寸法のサイトに与え、互いに混合しないことを確かめた。図9は、三色の蛍光ビーズを別々の孔に与えた場合の光学顕微鏡像である(詳細なその他の実験条件は、実施例1と同様である。)。蛍光ビーズはMolecular ProbeのFluospheres(赤:0.2μm、緑:0.2μm、青:1.0μm)を用いた。同図から理解される如く、別々の孔に与えられたビーズは、互いに混合しなかった。これにより、本発明によれば、一つの基板上に何種類ものタンパク質を同時に、別々の孔に固定するべく、パターニングできることが確かめられた。
【実施例4】
【0136】
蛍光タンパク質のパターニングII パリレンからなる有孔シート材を基板上にて調製し、蛍光標識したアルブミンを図2に示されている方法でパターニングし蛍光顕微鏡で観察した。
【0137】
図10(A)は、上記の有孔シート材の調製方法IIに記載の方法によりガラス基板上にて調製されたシート材(及び基板)の透過光による顕微鏡像であり、シート材には、10μm四方の孔が格子状に形成されている。シート材の高さは、約5μmである。図10(B)は、図10(A)の基板上に図2の方法によりパターニングされた蛍光標識したアルブミンの蛍光顕微鏡像である。アルブミンは、蛍光色素IC3−PE−マレイミド(N-Ethyl-N'-{5-[N"-(2-mareimidoetyl)piperazinocarbonyl]pentyl}-indocarbocyanine chloride(株式会社同仁化学研究所))により蛍光標識し、約3mg/mlの濃度にてシート材の上に滴下した。顕微鏡は、オリンパスIX70、蛍光キューブ(フィルタセット)はW−IG(励起側波長520−550nm、蛍光側波長565nm−)、対物レンズは60倍(ドライ)のものを使用した。なお、図10(B)は、シート材を除去した状態の図10(A)の像と同一の場所の像である。
【0138】
図10(B)において、明るい部分、即ち、蛍光標識されたタンパク質(アルブミン)が固定された部分は、図10(A)の孔のパターンと同一のパターンで並んでおり、このことにより、有孔シート材の調製方法IIに記載の方法によりガラス基板上にてシート材を調製した場合にも、シート材のパターンに従って、成功裡にタンパク質等の物質がパターニングされることが確認された。
【0139】
図10(C)は、図10(A)及び(B)と同様の手順により、ガラス基板上にパターニングされた蛍光標識アルブミンの蛍光顕微鏡像である。ただし、この例においては、図10(A)の格子状パターンの如き規則的なパターンではなく、図10(C)に示される如き不規則なパターンにて穿孔されたシート材が用いられ、タンパク質は、シート材のパターン通りに基板上に固定された。このことにより、有孔シート材を基板上にて調製する方法によれば、任意の不規則なパターンにおいてもパターニングが成功裡に行われることが示された。
【0140】
図11(A)−(C)は、有孔シート材の調製方法IIに記載の方法によりガラス基板上にて調製されたシート材を用いてタンパク質をパターニングした場合の更に別の例を示している。これらの実験では、、約5mg/mlの濃度のFITC蛍光標識されたアルブミン(AlubminBovine, Fluorescein Isothiocyanate:SIGMA)溶液をシート材の上に滴下した。顕微鏡は、オリンパスIX70、蛍光キューブ(フィルタセット)はBCIP、対物レンズは10倍(ドライ)のものを使用した。図11(A)−(C)は、それぞれ、シート材を除去した後の基板の蛍光顕微鏡像である。
【0141】
上記の実験において、シート材の高さは、約5μmである。(A)の格子状パターンの孔の口径は、18μm、隣接する孔の間隔、即ち、シート材が形成している枠の厚みは、2μmである。図から明らかな如く、孔のあった部分にだけ、蛍光アルブミンがパターニングされていることが理解されるであろう。即ち、タンパク質分子が、所定のパターンにて、即ち、格子状に並べられた所定のサイトに固定され、シート材の枠の厚みが2μmと薄いにもかかわらず、溶液中のタンパク質分子がシート材の枠と基板との間に侵入することはなく、パターニング操作中にシート材と基板との密着性が保持されていることが確認された。
【0142】
(B)及び(C)の像は、本発明により、任意の形状のパターンにて、タンパク質等の物質を基板上にパターニングできることを示している。特に、(B)のcenterの文字列のうち、eの文字を参照すると、暗い部分が明るい部分により、完全に分離されていることは、注意されるべきである。このようなパターンの場合、シート材が孔により物理的に分離されることになる。すなわち、像(B)は、基板上でシート材に穿孔する方法を採用することにより、基板上をマスクするシート材が分離するパターンであっても、物質のパターニングが可能であることを示している。像(C)の円形状のパターンにおいては、明るい円内に、円外の部分に連結された暗い部分が設けられている。このパターンの場合、円外の暗い部分と内側の暗い部分をマスクしていたシート材が連結されている。通常、シート材が分離するパターンにおいて、シート材を基板から剥離する際、円の内側の暗い部分の如く、シート材全体から分離した微小なシート材の片を剥離することは困難であるが、像(C)の如く、一部に連結した部分を残すことにより、シート材全体を剥離する際、微小なシート材の片も一体として容易に剥離することが可能となる。
【実施例5】
【0143】
選択的パターニングII 実施例4と同様の要領にてパリレンからなる有孔シート材を基板上にて調製し、更に、図6C示されている如き下面に溝状構造を有する蓋部材をシート材の上面に重畳して流路を形成したものを用いて、一つの基板上に於いてサイトごとに別の物質をパターニングできることを確かめた。
【0144】
図12(a)及び(b)は、図6Cに関連して説明した要領により、一つの基板上に於いて、3種類の色の異なる蛍光ビーズを、それぞれ別々のサイトにパターニングし、シート材(及び蓋部材)を除去した状態でのビーズの蛍光顕微鏡像である。
【0145】
図12(a)の実験の基板に於いて、シート材には、約50μm任意の輪郭の孔が3×3の格子状に穿孔されている(図6C(c)参照)。シート材の高さは、約5μmである。パリレンのシート材はアルミニウム蒸着膜を除去せずに用いた。蓋部材は、DOW CORNING57(ぬれ性増加添加剤)を添加したPDMSを用いて作成した。シート材の上に重畳された際に蓋部材の下面となる面に形成される流路の径は、約150μm程度(出口側の流路は、その半分程度)である。蛍光ビーズはMolecular ProbeのFluospheres(赤:0.2μm、緑:0.2μm、青:1.0μm)を用いた。ビーズは、水溶液に分散し、各流路の入口部に溶液を与えることにより、適用した。図6C(c)の流路L1、L6及びL8には、緑色ビーズ、L3、L4及びL7には、青色ビーズ、L2、L5及びL9には、赤色ビーズを適量分散した溶液を、それぞれ与えた。(その他の実験条件は、実施例3又は4と同様である。)
【0146】
溶液を流路の入口端に適用すると、蓋部材はシート材上に密着した状態を維持し、溶液は、既に述べた如く自発的に流路内に流入し、各流路からの溶液の漏れは確認されなかった。適当な時間が経過した後、各流路内にビーズの含まれていない溶液を流通させることにより、流路内壁及びサイト表面に吸着しなかったビーズを洗い流し、基板からシート材を除去した。
【0147】
図12(a)から理解される如く、格子点のサイト領域の小さい種々のマーク形状以外の領域には、ビーズが吸着していなかった。また、同図において、各色のビーズは、対応するサイトにのみ、吸着していることが確認され、これにより、図6Cに関連して説明したマイクロ流路を採用したパターニング方法により、一つの基板上に別々の物質を選択的に任意のサイトに固定できることが確認された。
【0148】
図12(b)は、隣接するサイトの間隔が図12(a)の場合よりも小さい場合の例である。各サイトに対して互いに異なる色のビーズがパターニングできることが理解されるであろう。
【実施例6】
【0149】
選択的パターニングIII 図6Dに示された如き溝状構造が形成された基板を用いて、図6Eに関連して説明された要領にて、複数の種類のタンパク質又はビーズを、それぞれ、一つの基板上の別々のサイトに選択的にパターニングした。
【0150】
基板は、厚さ2mmのポリメチルメタクリレート板を用い、その上面を3DCAD/CAMモデリングマシンを用いて切削して溝状構造を形成した。次いで、その上に、パリレンCからなる膜を蒸着し、溝内の底部にエンドミルにて孔16を穿孔し、基板表面を露呈させた。なお、シート材となるパリレンの蒸着に先立って、基板上には、界面活性剤を適用し、シート材の剥離が容易になるよう処理した。更に、シート材の上にPDMSシートを重畳した。次いで、複数の種類の物質を、それぞれ別の流路に適用し、適当な時間静置した後に、流路内を溶媒で洗い流し、流路内が溶液で満たされている状態でシート材と蓋部材とを基板上から剥離した。
【0151】
図13は、各流路に別々の蛍光標識された物質を流し、所定のサイトにて各物質を固定した状態の蛍光顕微鏡像である。なお、適用された物質の蛍光波長が異なるので、それぞれの蛍光波長に適合した光学フィルタを用いて撮影したものがそれらの位置を合わせて合成した状態で示されている。図6Dに於けるL1−L2、L3−L4、L5−L10、L6−L7、L8−L9の流路の組には、それぞれ、図13に於けるサイトS1、S2、S3及びS6、S4、S5に対応する。そして、流路L1−L2、L3−L4、L5−L10、L6−L7、L8−L9には、それぞれ、蛍光ビーズ、FITC標識牛血清アルブミン、量子ドット標識抗マウスIgG、GFP、FITC標識抗マウスIgGを適用した。
【0152】
図13から理解される如く、シート材を除去した状態に於いて、基板に於いて、所定のサイトにのみ前記の種々タンパク質等が固定された。また、それぞれのサイトには、それぞれの対応する流路に流した物質のみが固定された(蛍光の色により確認される。)。従って、図6Eに関連して説明された方法及び装置によって、一つの基板上に複数の物質が選択的にパターニングできることが確認された。
【0153】
以上の説明は、本発明の実施の態様に関連してなされているが、当業者にとつて多くの修正及び変更が容易になされることは、理解されるべきであり、本発明は、上記に例示された実施態様のみに限定されるものではなく、本発明の概念から逸脱することなく種々の装置に適用されることは理解されるであろう。
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体に分散可能な物質(以下、「流体分散可能物質」という。)を基板上にパターニングする方法に係り、より詳細には、水その他の流体に分散若しくは溶解したタンパク質等の生理活性物質又は機能性材料をそれらの活性を保持しつつ基板上に任意のパターンにて固定する方法に係る。
【背景技術】
【0002】
タンパク質やDNAなどの生理活性物質或いは細胞の機能や活性を調べるために、ガラス又はその他の固体材料からなる基板上に、生理活性物質又は細胞をマイクロメートルオーダーの間隔のアレイ状に固定した標本、所謂「マイクロアレイ」又は「チップ」の開発の試みがなされている。かかるチップを用いると、少量の試料で種々の検査又は試験を迅速に行うことができるようになる。また、生理活性物質その他の機能性材料をチップ化して、種々のセンサを構築する試みも為されている。特に、特定の病気若しくは疾患に関わるDNA又はタンパク質等の物質をチップ化した標本は、迅速かつ精度の高い診断手段としての利用が期待されている。既に、DNAチップは実用化され種々の病気の診断に用いられている。
【0003】
微量の生理活性物質又は機能性材料を基板上に任意のパターンのアレイ状に固定する際には(以下、「パターニング」という。)、例えば、半導体回路製造技術の分野において利用されてきたMEMS、NEMS技術(マイクロ・ナノマシン技術)、フォトレジスト技術又はフォトリソグラフィ技術が用いられている。これらの技術によれば、マイクロメートルオーダー又はそれ以下のオーダーの種々の微細な構造を基板上に形成し、或いは、その表面に種々の処理、例えば、化学修飾を施すことができ、既に生理活性物質又は機能性材料の様々なパターニング方法が提案されている。実用化されているDNAチップの製造においても、フォトレジスト技術により、基板上に特定のパターンにてDNAに特異的に結合する部位が形成され、そのパターンに沿ってDNA分子を固定するという手法が取り入れられている。そのような生理活性物質又は機能性材料のマイクロアレイ又はチップの開発の試みの例は、例えば、下記の非特許文献1−4或いは特許文献1−4に記載されている。これらのチップ化において、下記の非特許文献5−7又は特許文献5−7に記載されている如き、MEMS、NEMS技術が利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平06−194513号公報
【特許文献2】特開平05−226637号公報
【特許文献3】特表2002−541458号公報
【特許文献4】米国特許第6559474号明細書
【特許文献5】特開2002−85961号公報
【特許文献6】特開2001−281233号公報
【特許文献7】特開平10−337173号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】エー・エス・ブラワズ(A.S.Blawas)外1名、バイオマテリアルズ(Biomaterials)、1998年、19巻、p.595-609
【非特許文献2】アンドレ・バーナード(Andre Bernard)外4名、アドバンスドマテリアルズ(Advanced Materials)、2000年7月、12巻、14号、p.1067-1070
【非特許文献3】トーマス・コダデック(ThomasKodadk)、ケミストリー・アンド・バイオロジー(Chemistry & Biology)、2001年、8巻、p.105-115
【非特許文献4】チャン・ソー・リー(Chang-SooLee)外4名、バイオセンサ・アンド・バイオエレクトロニカ(Biosensor &Bioelectronica)、2003年、18巻、p.437-444
【非特許文献5】ジェイ・クーパー・マクドナルド(J. Cooper McDonald)外1名、アカウンツオブケミカルリサーチ(ACCOUNTSOF CHEMICAL RESEARCH)、2002年7月、35巻、7号、p.491-499
【非特許文献6】ジェッサミン・エム・ケー・エヌジー(Jessamine M. K. Ng)外3名、エレクトロフォレシス(Electrophoresis)、2002年、23巻、p.3461-3473
【非特許文献7】「パリレン樹脂によるフレキシブル神経電極」 吉田裕美外2名、生産研究、2003年、55巻、6号、p.502-505
【非特許文献8】ヤスダ(Yasuda)外3名、セル(Cell)、1998年6月26日、93巻、7号、p.1117-1124
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
タンパク質は、DNAよりも直接的に生理的な反応に関与しているため、タンパク質分子を基板上にパターンニングした「タンパク質チップ」が実用化されれば、DNAチップよりも病気又は疾患等の診断の用途などに有用であると考えられている。しかしながら、DNAチップが成功裡に実用化されたのに対し、「タンパク質チップ」は、現在のところ、十分に実用化できていない。
【0007】
タンパク質チップの調製が困難である主な理由の一つは、タンパク質はDNAに比して失活しやすく、その活性を保持しつつ基板上にパターンニングすることが困難であるためである。DNA分子は、乾燥されても又は有機溶媒等に曝されても変性することはない。しかしながら、タンパク質分子は、種類によっては、乾燥や空気又は有機溶媒との接触により、簡単に変性し失活してしまい、このことが、タンパク質をその活性を保持したまま、基板上にパターニングすることを困難にしている。
【0008】
タンパク質チップの調製が困難となっているもう一つの理由は、パターニングされるべきタンパク質分子の種類は無限であり、なおかつタンパク質分子の性質がその種類によって全く異なるためである。DNAチップの場合、パターニングされるべき分子は、DNA分子のみである。従って、基板上には、DNA分子が特異的に結合する部位のみをパターニングすればよく、それ以外の部位は、DNA分子の非特異的結合又は吸着を防ぐ処理さえ施しておけばよい。しかしながら、タンパク質チップの場合に、DNAチップと同様の手法を用いるとすれば、パターニングされるべきタンパク質分子の種類に応じて、特異的な結合により基板に固定されるよう、異なる化学的処理を施さねばならない。更に、分子が結合されるべき部位以外の領域における非特異的結合を防ぐ必要があるところ、分子の種類によって非特異的結合の態様は様々であり、かかる様々な非特異的な結合を確実に阻止することは、非常に困難である。かくして、所望のパターンにて、分子を局在させようとしても、意図していない領域に無視できないほど多くの分子が固定されてしまうこととなっているのである。
【0009】
非特異的な結合が生じないように、タンパク質分子等をパターニングする方法として、非特許文献2には、基板にスタンプを押すが如くにタンパク質等を局所的に固着させる方法(マイクロコンタクトプリンティング法)が提案されている。しかしながら、同文献の方法では、スタンプのインクに対応する生理活性物質が空気中に曝されることになるため、変性しやすいタンパク質等のチップ又はマイクロアレイに応用することは困難である。
【0010】
タンパク質と同様に、乾燥や空気との接触により変性し又は失活してしまう生理活性物質又は機能性材料についても、それらの物質をパターニングすることは、上記のタンパク質のパターニングに於ける問題と同様の問題により、困難となっている。水溶液以外の特定の有機溶媒等の流体中に於いて安定であるが、乾燥や空気又は水その他の液体との接触によって変性し又は失活してしまう機能性物質についても、上記と同様の問題が生じ、パターニングが困難となっている。
【0011】
更に、タンパク質などの生理活性物質又は機能性材料は、極めて微量しか入手できない場合が多い。従って、パターニングに利用し得る量も当然に微量であるので、チップ又はマイクロアレイ上のパターニングされる領域の寸法も、微小であり、望ましくは、マイクロメートルからナノメートルのオーダーとなる。そのような微小領域に、任意の所望のパターンにて、物質を、変性させずに又は失活させずに的確に固定したいという要請が、パターニングをより困難なものとさせている。
【0012】
更にまた、生理活性物質又は機能性材料をパターニングしたチップ又はマイクロアレイを、例えば、ELISA(酵素結合抗体法)の如き、ウイルス、細胞又は物質の検定に用いる場合には、一つの基板上において、異なる物質を選択的に任意のパターンにて固定できることが望ましい。しかしながら、従前の生理活性物質又は機能性材料をパターニングしたチップ又はマイクロアレイに於いて、特に、パターニングされる領域の寸法や隣接する領域の間隔が微小である場合には、基板上への物質の適用は、基板をパターニングされるべき物質を分散した溶液に浸漬するか、又は、前記溶液を基板上に滴下又は載置することにより為されるので、一枚の基板上に異なる物質をそれぞれ任意のパターンにて固定することは非常に困難である。例えば、含有する物質が異なる種々の溶液を、一枚の基板上のマイクロメートル又はナノメートルのオーダーの寸法の任意の領域に選択的に滴下又は載置することは、極めて高度に熟練した技術を要する。しかも、その際に、所定の場所以外の物質の固定を防ぐことは、更に困難である。
【0013】
かくして、タンパク質など、失活しやすく非特異的結合(又は特異的結合)の制御の困難な物質を、その活性を保持しつつ所望のパターンの微小領域にパターニングすることのできる方法及びそのための装置の開発が望まれている。また、タンパク質チップ又はマイクロアレイ又はその他の生理活性物質又は機能性材料のチップ又はマイクロアレイを調製する上で、パターニングの操作が簡便でこの分野の通常の実験操作技術を有する者であれば誰でも(熟練した技術を要せず)実施可能であることが好ましい。更に、上記の如きチップ又はマイクロアレイに於いて、一つの基板上に、全く別の物質を、それぞれ、それらの物質の活性を保持しつつ選択的に任意の部位にパターニングできれば、なお一層好ましい。
【0014】
従って、本発明の解決しようとする一つの課題は、タンパク質等の生理活性物質又は機能性材料を、それらの活性を保持したまま基板上の微小領域にパターニングする新規な方法を提供することである。
【0015】
本発明のもう一つの課題は、上記の如き方法であって、意図しない領域に非特異的な結合又は吸着がない又は少ない態様にて、タンパク質等の生理活性物質又は機能性材料のパターニングが可能である方法を提供することである。
【0016】
本発明のもう一つの課題は、上記の如き方法であって、種々の種類のタンパク質等の生理活性物質又は機能性材料のパターニングが可能である方法を提供することである。
【0017】
本発明のもう一つの課題は、上記の如き方法であって、一つの基板上に於いて種々の物質を、それぞれ、それらの物質の活性を保持しつつ選択的に任意の部位にパターニングできる方法とそのための装置を提供することである。
【0018】
本発明のもう一つの課題は、上記の如き方法であって、タンパク質チップ又はマイクロアレイの調製に利用できる方法を提供することである。
【0019】
本発明のもう一つの課題は、上記の如き方法であって、物質のパターニングに於ける処理操作が比較的容易である方法を提供することである。
【0020】
本発明の更にもう一つの課題は、上記の如き方法であって、多様なパターンにて、物質のパターニングが可能となる方法を提供することである。
【0021】
本発明の更にもう一つの課題は、上記の如き方法において用いられるパターニング用の装置又は器具を提供することである。
【0022】
本発明の更にもう一つの課題は、上記の如きパターニング用の装置又は器具を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記の課題は、本発明によれば、流体に分散可能な流体分散可能物質を基板上に所定のパターンにて固定する方法であって、基板に、上面と下面とを有するシート材にして、所定のパターンに対応して形成された上面から下面まで貫通して開口した少なくとも一つの孔を有するシート材を下面が基板上に密着した状態のものを準備する過程と、流体分散可能物質を含有する流体をシート材の上面の開口より載置して孔内を流体にて満たし、シート材の下面の孔の開口の縁に囲繞された基板の表面領域に流体分散可能物質を固定する過程とを含み、これにより、実質的に所定のパターンに対応した基板の表面領域上のみに流体分散可能物質が固定されることを特徴とする方法により達成される。
【0024】
上記の本発明によれば、従前のタンパク質等の物質をパターニングする上での問題、即ち、基板上に於ける意図しない領域に物質が吸着してしまうという問題及びパターニングの操作中に物質が乾燥し又は空気に接触することにより、変性し或いは失活してしまうといった不具合が解消される。上記の本発明の構成においては、基板上に固定されるべき物質が展開される前に、基板上には、所定のパターンの孔を有する上記の如きシート材が密着されており、基板上において、シート材の孔に対応する表面以外は、マスクされた状態となっている。そして、固定されるべき物質は、流体中に存在した状態で、孔に与えられ、基板の表面に接触し、吸着等の作用により固定される。従って、容易に理解される如く、固定されるべき物質、即ち、パターニングされる物質は、基板の表面に到達するまでの間、基板上の意図しない領域に接触することもなく、また、乾燥状態又は空気に接触した状態となることも最小限に抑えられることとなる。かくして、パターニングされる物質は、パターンに対応する部位のみに、流体中に含有されたまま、変性又は失活する危険性が最小限に抑えられた状態で固定されることとなるのである。
【0025】
流体に分散可能な物質としては、典型的には、任意の生理活性物質又は機能性材料であってよく、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖質、細胞又は細胞の断片、或いは、マイクロビーズ、金属コロイド、色素分子、量子ドット、カーボンナノチューブといった物質であってよく、流体としては、典型的には、水又は水溶液であるが、任意の有機溶媒、ゲル体など流動性のある液状媒体であり、パターニングされるべき流体分散可能物質に対応して適宜選択されるものである。流体中に分散する物質の状態は、溶解していても、コロイド状態であっても、又は懸濁している状態であってもよく、本明細書においては、そのような状態の全てを含むものと理解されるべきである。
【0026】
ところで、タンパク質などの生理活性物質又は機能性材料を基板上にパターニングしチップ化することの一つの利点は、既に述べた如く、少量の試料にて種々の検査又は試験等を一度に行える点であった。従って、物質を固定する部位(サイト)の各々の領域は、その径又は幅が、例えば、数μmから数十μm程度であり、隣接するサイト間の距離は、例えば、10μmから数百μm程度であることが望ましい。
【0027】
しかしながら、パターニングされるべき物質を水溶液中にて保持した状態で取り扱う際、前記の如き微小な寸法のサイトに、局所的に特定の物質を含有する微量の流体を載置することは、扱う流体量が少なければ少ないほど熟練した実験技術を要する。現在のところ、例えば、ピペット又はチューブなどで秤かり取って滴下するなどの操作し得る水や有機溶媒の最小の体積は、ナノ(10−9)リットル(100μm3)若しくはピコリットルオーダー(10μm3)が限界であり、かかる流体の液滴を秤かり取るピペット又はチューブの最小の内径は、100μm程度が限界である。従って、流体に分散する物質を100μmよりも小さい径又は幅の領域に局所的与えることは、相当に難しく、10μmを下回ると、実質的に不可能である。
【0028】
また、そのような微小面積の各サイトに確実に目的の物質が固定されるよう、各サイトに割り当てられる流体中の物質量を確保する必要があるが、流体中の物質の濃度が高くできない場合があり、その場合、各サイトに割り当てられる流体量を多くしなければならない。従って、各サイトに割り当てられる流体量は、パターニングの操作上、できるだけ多い方が好ましいが、そうすると、微小領域に物質を局所的に固定することが、ますます、難しくなってしまう。
【0029】
上記の本発明によれば、シート材を貫通する孔において、上面に於ける開口の面積が該孔の下面に於ける開口の面積よりも大きく形成されていてよく、このことにより、ピペットでは、通常不可能なほど小さい領域にも、局所的に、流体を与えることを容易にし、尚且つ、下面の孔の開口部に於ける基板領域の各々に対し、より多くの体積の流体が割り当てられるよう構成されている。例えば、基板表面に接する下面の開口径を5μm又はそれ以下にして、上面の開口径を100μm以上にすれば、液滴を選択的に特定の孔に載置することは容易となり、しかも、物質の固定される領域を、5μm又はそれ以下の径の領域内に制限することができる。また、上面の開口が大きいので、下面の開口面積に比して相当に大きな体積の流体を、対応する孔へ与えることができる。即ち、流体中の物質の濃度が多少低くても、適当な量の物質が、できるだけ確実に、各孔へ与えられ、対応するサイトの基板表面に固定されるようになっている。
【0030】
上記の本発明の方法においては、更に、パターニングされる物質を基板に固定した後に、実験等の目的に応じてシート材を基板から除去してもよい。また、更に、シート材を基板より除去する過程に先立って、流体中の基板上に固定されていない余剰の物質を洗い流し、意図しない領域へのパターニングされるべき物質の吸着を確実に防止するようにされてよい。余剰の物質の洗い流しには、物質を含む流体と同一の流体又はその他の流体であってよい。また、余剰の物質の洗い流しは、意図しない領域への物質の吸着を防ぐためであるから、シート材を基板から除去する前が好ましいが、実験の手順等の都合により、シート材の除去の後、速やかに行われてもよく、そのような手順で行われる場合も本発明の範囲に含まれることは理解されるべきである。
【0031】
他方、パターニングされる物質の基板への結合を確実にするために、基板の表面が、パターニングされる物質が結合しやすくなる化学的に処理されていてよい。物質と表面との結合は、特異的であっても、非特異的であってもよい。留意されるべきことは、物質を固定する際には、基板上の物質が固定されるべきサイト以外の領域は、シート材にてマスクされているので、基板の全表面が一様に化学処理されていても、物質のパターニングは、成功裡に達成される。従って、基板上の化学的処理自体を所定のパターンにて行う必要はなく、かかる基板表面の化学的処理は、極めて簡単化される。予定外の領域に物質が吸着してしまうことがないので、物質が容易に効率よく基板上に固定できるようにするべく、基板全面が物質と十分に強く結合するよう処理されていてもよい(下記の実施例2参照)。
【0032】
これとは、逆に、本発明の方法においては、流体分散可能物質を含有する流体をシート材の上面の開口より載置して孔内を流体にて満たす過程に先立って、孔の開口した領域に露呈した基板表面の領域に基板上に固着可能な物質を固定する過程が行われてもよい。例えば、シート材の孔に露呈した基板領域のみを任意の物質で被覆する処理が行われてもよい。基板に固着可能な物質は、例えば、蒸着可能な金属、有機物、樹脂などであってよい。上記の如く、タンパク質などの流体分散可能物質をパターニングした後にシート材を除去してしまうと、タンパク質がパターニングされたサイトがどこなのかが容易に見分けられなくなる場合がある。そのような場合、シート材の孔において露呈された基板表面に、マーカーとしてパターニングに先立って、任意の被覆が為されてもよい。
【0033】
上記の本発明の方法において、シート材の担持する所定のパターンは、パターニングの用途又は目的に応じて任意に選択されてよいことは理解されるべきである。特に、DNAチップの如く、ハイスループットの、物質の機能又は活性を検査又は試験するためのチップ、特にタンパク質チップとして用いられる場合には、シート材において複数の孔が格子状に配列されていてよいが、その他の任意の形状、たとえば、細長い長方形や、任意の屈曲した部位を有する経路の如き形状であってもよい。上記の本発明の過程により実現され得るパターンにて、物質をパターニングすることは、全て本発明の範囲に属すると理解されるべきである。
【0034】
本発明のパターニング方法は、タンパク質チップのためのパターニング方法として有用であり、上記の如く、新規な有孔シート材が用いられ、特に、有孔シート材の孔は、下面の開口が上面の開口よりも大きくすることにより、パターニングを有利に行うことができる。シート材に穿孔されている孔のシート材の下面に於ける開口径は、100nm程度まで下げられてよく、シート材の厚さは1μm程度まで下げられてよい。
【0035】
かくして、本発明によれば、上面と下面とを有し、少なくとも一つの上面から下面まで貫通して開口した孔を有するシート材にして、孔が所定のパターンにて該シート上にて配列され、孔の上面の開口面積が下面の開口面積よりも大きく形成された新規なシート材が提供される。
【0036】
上記の本発明の方法に用いられる新規なシート材は、好ましくは、基板との密着性の良いもので形成されることが好ましく、従って、材料としては、高分子樹脂、特に弾性を有する樹脂から形成されてよい。例えば、そのような高分子樹脂は、ポリジメチルシロキサン、シリコンゴム、パリレン(ポリパラキシレン)、ポリイミド、ポリアクリルアミド、アガロースゲルであってよい。最も好ましい材料は、現在のところ、ポリジメチルシロキサンである。ポリジメチルシロキサンは、無色透明なので、チップを顕微鏡用のプレパラートとしても利用する場合に有利であり、また、ガラス基板等との密着性が高いため、基板表面のマスクに好適である。勿論、その他の材料、例えば、金属性のシート材であってもよい。
【0037】
上記の本発明において用いられるシート材は、当業者において公知の任意の方法で構成されてよいが、本発明の発明者は、以下に開示する如き、上記の方法に用いられるのに好適なシート材を製造する方法を発明した。
【0038】
本発明のシート材を製造する方法によれば、上面と下面とを有し、少なくとも一つの上面から下面まで貫通して開口した孔を有する高分子樹脂から成るシート材にして、孔が所定のパターンにて該シート上にて配列され、孔の上面の開口面積が下面の開口面積よりも大きく形成されたシート材を、液状の高分子樹脂を鋳型に流し込み硬化することにより調製する方法にして、基台部と該基台部上に形成され先端へ向かって径の漸減する実質的に錐体状の少なくとも一つの突起部とを有する鋳型を準備する過程と、鋳型上へ液状の高分子樹脂を載置し、所定の回転数にて高分子樹脂を鋳型上にスピンコートする過程と、高分子樹脂を硬化する過程と、ドライエッチングにて、硬化した高分子樹脂の鋳型の突起部の先端部分に付着した部分を除去し、シート材の下面に対応する硬化した高分子樹脂の表面に孔を開口する過程と、硬化した高分子樹脂を鋳型から剥離する過程とを含み、前記スピンコートをする過程における所定の回転数を制御することにより、孔の下面に於ける口径の大きさが制御されることを特徴とする方法が提供される。硬化した高分子樹脂の穿孔過程におけるドライエッチングは、SF6プラズマガスによるドライエッチングが特に好適であることが見出された。また、高分子樹脂としては、上記の如く、ポリジメルシロキサンが好適である。
【0039】
上記の方法において注目されるべき特徴は、シート材の下面の孔の口径がスピンコートする際の回転数によって制御できるという点である。以下の実施形態の欄において詳述される如く、スピンコートは、液状の高分子樹脂を鋳型上に一様に広げるために行われるところ、本発明者は、かかるスピンコートの際の回転数を制御することによって、下面の孔の口径を少なくとも2μmから12μmの範囲にて自在に制御できることを見出した。このことは、シート材がタンパク質等のパターニングに用いられる場合に、物質の固定されるべき基板上の個々のサイトの面積を制御できることになり、極めて有用である。
【0040】
上記の方法において、鋳型へ液状の高分子樹脂を載置するのに先立って、鋳型の表面に剥離剤が適用されると、硬化した高分子樹脂、即ち、シート材を鋳型から剥離しやすくなるため有利である。特に、鋳型がポリジメチルシロキサン及びシリコンゴムから選択される高分子樹脂より形成される場合には、剥離剤としてパリレンが有用であることが本発明者により見出された。更に、上記の鋳型が異方性エッチングにより形成された少なくとも一つの窪みを有するシリコン板を鋳型として成形されたものであってよく、突起部がピラミッド形状を有していてよい。
【0041】
シリコン板は、異方性エッチングすることにより、ピラミッド形状の窪みが自然に形成される。かかるピラミッド形状は、本発明のパターニング方法のためのシート材の、上面の開口面積が下面の開口面積よりも大きい孔の形状として好適な形状である。従って、かかるシリコン板の窪みを有利に利用するべく、本発明では、一旦、窪みを有するシリコン板を鋳型として、シート材の成形のための鋳型を成形し、その鋳型を用いて、シート材にシリコン板の形状を容易に写し取れるよう構成されている。
【0042】
上記の孔を有するシート材は、基板上に密着させる前に予め形成されるものであるが、本発明のパターニング方法では、シート材をその下面が基板上に密着した状態のものを準備する過程において、孔を有するシート材を、物質をパターニングする基板上で形成するようになっていてもよい。従って、本発明のパターニング方法においては、流体に分散可能な流体分散可能物質を基板上に所定のパターンにて固定する方法の、基板にシート材を密着した状態のものを準備する過程において、基板上にシート材となる材料の薄膜を基板上に密着した状態となるよう形成し、所定のパターンに対応して薄膜に少なくとも一つの孔を穿孔して所定のパターンに対応して基板の表面を露呈することにより、基板にシート材を密着した状態のものを形成するようになっていてよい。
【0043】
上記の如く、基板上に直接にシート材となる薄膜を形成し、所定のパターンにて薄膜を穿孔して、基板表面を露呈させる方法によれば、パターニングされる物質を基板に固定するまで(パターニングをするまで)、シート材は、穿孔後、そのまま、基板に密着された状態に保持されているので、予め形成されたシート材に基板に密着する場合よりも、パターンの歪みや崩れがなく、狙った場所に的確に物質をパターニングできる点で優れている。特に、孔のパターンが、単なる格子状ではなく、細長い長方形状であったり、屈曲部を有する経路を成すように形成されている場合、或いは、例えば、孔が閉じた周路を形成する場合のように、孔によってシート材が物理的に分離されるパターンであっても、シート材が基板状に密着されたままであるから、実質的に、予定されたパターンが崩れたり、変形したりすることがなく、有利である。また、予め形成したシート材を基板に密着させる場合には、所定のパターンの孔の形状を保持するために、シート材の孔以外の部分、即ち、孔の枠の部分が、或る程度の剛性を必要とするため、隣接する孔の間隔を、或る程度大きく取っておく必要があるところ、基板上でシート材を作成する場合には、枠の剛性が小さくてもよいので、隣接する孔の間隔を小さくすることができる。更に、基板上でシート材が形成されるので、基板の表面に凹凸があっても、シート材と基板とが密着したものを得ることができる(このことにより、後述の如く、基板上に任意の形状にて電極を配置したり、基板上に予め、窪みや突起が形成させておくことも可能となり、パターニングの用途が拡がることとなる。)。即ち、基板上に薄膜を構成して穿孔する方式を取る場合、予めシート材を形成してから、基板に貼り付ける方式よりも、パターンのバリエーションの幅が大きく、より多様なパターンにてパターニングが行えるようになるのである。
【0044】
上記のシート材となる材料は、基板上に密着して薄膜を形成可能な任意の材料であってよいが、好ましくは、蒸着可能な物質であり、その場合、薄膜は、蒸着可能な物質を基板上に蒸着することにより形成されてよく、薄膜の形成操作が簡便となる。また、蒸着により形成されることにより、基板上に凹凸が形成されていても、一様な厚みにて(コンフォーマルに)薄膜が形成されるので、基板上の凹凸の或る領域において、薄膜の厚みにムラが発生しないので有利である(例えば、膜厚が薄いと、意図しない領域に孔が形成され、或いは膜厚が厚いと、以下に説明する如く、穿孔操作における条件の調節が難しくなり得る。)。
【0045】
後述の本発明の実施形態に説明される如く、基板上に密着した薄膜を形成する材料としては、本発明者は、パリレン(ポリパラキシレン)が好適であることを見出した。パリレンは、通常の真空蒸着法によって、タンパク質などの生理活性物質又は機能性材料のマイクロアレイやチップに、基板として利用されるガラス又はシリコン板等に薄膜を形成することができ、また、MEMS技術の分野において、公知の方法により、例えば、フォトリソグラフィー法、レーザービーム加工,FIB (集束イオンビーム)加工法によって、任意のパターンにて容易に穿孔できるので有利である。
【0046】
また、基板上で薄膜を形成した後穿孔してシート材を形成する場合においても、パターニングされる物質を適用した後、シート材は、基板上に密着した状態から除去されてよい。物質をパターニングした基板を任意の実験や測定に用いる際の操作上、好ましくは、機械的に、即ち、ピンセットなどを用いて剥離可能であり、完全に基板から除去できることが好ましい(例えば、化学的な方法やプラズマエッチングなどパターニングされた物質に損傷を与え得る方法でしか剥離できない材料は好ましくない。)。
【0047】
この点に関し、本発明者は、パリレン膜は、熱酸化シリコン膜層、純シリコン膜層、クロム蒸着膜層、界面活性剤膜層に対して、異なる密着力を有することを見い出した(非特許文献7参照)。従って、本発明のパターニング方法においても、シート材となる材料としてパリレンを用いる場合、基板上に前記薄膜を形成するのに先立って、薄膜が形成される基板の表面に、熱酸化シリコン膜層、純シリコン膜層、クロム蒸着膜層及び界面活性剤膜層からなる群から選択された層を形成し、基板に対する前記シート材の密着力を制御することにより、薄膜を基板上に形成した後の一連の操作、即ち、薄膜を穿孔して基板表面を露呈させ、次いで、パターニングされる物質を載置して基板表面に固定するまでの操作(場合によっては、余剰の物質を除去する操作を含む。)の間、シート材を安定的に基板上に保持するのに適当な密着力を調節することが可能となり、かかるパターニングの一連の操作が、予定されたパターンを崩さずに行うことができるようになる。
【0048】
既に述べた如く、基板上で薄膜を形成した後穿孔してシート材を形成する場合には、基板上に凹凸があってもよい。従って、基板上に、薄膜の形成に先立って、電極を形成し、所定のパターンに対応して薄膜に少なくとも一つの孔を穿孔して所定のパターンに対応して基板の表面を露呈した際に、孔において、電極の少なくとも一部を露呈させるようになっていてよい。このように電極を基板上に設けることにより、パターニングされた物質の電気的特性を測定することが可能となる。更に、電圧又は電流に応答して特性の変化するタンパク質などを電極上に又は電極の近傍にパターニングすることによって、種々のセンサ等のマイクロ素子として利用するなど、パターニングされた物質のマイクロアレイ又はチップの応用範囲を拡大することができる。
【0049】
ところで、既に述べた如く、生理活性物質又は機能性材料をパターニングしたチップ又はマイクロアレイに於いて、生理活性物質又は機能性材料がパターニングされるサイトの寸法及びサイトの間隔は、マイクロメートル又はナノメートルのオーダーであることが期待されるところ、個々のサイトに選択的に任意の異なる物質を、それらを失活させることなく与えることは、非常に困難である。かかる問題は、前記の如く、シート材の上面の貫通孔の開口面積を大きくすることにより、ある程度まで解決されるが、例えば、シート材を基板上にて形成する場合、シート材自体の厚さを稼げない場合或いは、隣接するサイトの間隔が、要求される溶液の滴下量に対して狭すぎる場合(例えば、隣接するサイトにそれぞれ与えられた溶液が混ざってしまう場合)などには、一つの基板上で任意のパターンにて別の物質を選択的にパターニングすることは難しくなる。
【0050】
そこで、本発明においては、好ましくは、シート材が複数の所定のパターンに対応して形成された上面から下面まで貫通して開口した孔を有する場合に、シート材を下面が基板上に密着した状態のものを準備する過程において、シート材の上側に、個々の孔に対して流路が設けられてよい。流路は、基板の外部よりアクセス可能な入口端を有し対応する孔の開口の縁に囲繞された基板の表面領域のみに連通し且該表面領域以外の基板表面には接触しないよう構成される。そして、流体分散可能物質を含有する流体は、前記流路の基板の外部よりアクセス可能な入口端から対応する孔のみへ導入されるようになっていてよい。なお、一つの基板に対しては、複数の流路が付設されることは理解されるべきである。また、一つの流路においては、二つ以上の任意の数の孔が在ってもよいことは理解されるべきである。
【0051】
上記の態様によれば、シート材の貫通孔に対して、溶液その他の流体は、滴下により与えられるのではなく、基板の外部からアクセス可能な入口端を介して流路を通して与えられるので、極めて高度な溶液の滴下技術を要することなく、一つの基板上で異なる物質を選択的にパターニングすることが可能となる。ここで設けられる複数の流路は、互いに流体的に絶縁されており、従って、互いに異なる流路に連通する孔に与えられる溶液が混合してしまうといった問題が解消されることとなる。
【0052】
上記の本発明の態様における一つの実施形態として、流路は、シート材の上面に、少なくとも一部が該シート材の貫通孔の位置に整合した経路を有する溝状構造を有する蓋部材を重畳することにより設けられてよい。蓋部材は、好適には、例えば、ポリジメチルシロキサンその他のMEMS又はNEMS技術に於いて通常用いられている材料からなるシート状又は板状の部材に前記の如き溝状構造を切削又は成型により形成したものであってよい。現在のところ、最も好適な材料は、ポリジメチルシロキサンに適量の任意のぬれ性を改善する物質を含有させたものであることが見出されているが、その他の同様の性質を有する任意の材料が用いられてもよいことは理解されるべきである。
【0053】
上記の本発明の態様におけるもう一つの実施形態として、流路は、基板の上面に溝状構造を切削又は成型により形成したものであってよい。この場合、基板表面に凹凸ができるため、有孔シート材は、基板上にシート材となる材料の薄膜を基板上に密着した状態となるよう形成し、所定のパターンに対応して薄膜に少なくとも一つの孔を穿孔して基板の表面を露呈することにより形成されることが好ましい。貫通孔は、溝状構造の一部に設けられることとなることは理解されるべきである。この場合、基板の溝状構造からなる流路は、穿孔された孔の部分を除いてシート材でマスクされることとなる。現在のところ、かかるシート材として最も好適な材料は、パリレンであることが見出されているが、その他の同様の性質を有する任意の材料が用いられてもよいことは理解されるべきである。また、適用される流体が流路から溢れ、別の流路に流入することを防ぐために、任意に、例えば、シート状の蓋部材が、シート材の上に重畳されてよい。
【0054】
上記の本発明の態様におけるもう一つの実施形態として、流路は、シート材の上面に該シート材の少なくとも一つの貫通孔を経由する溝状構造を切削又は成型により形成したものであってよい。この場合に於いても、適用される流体が流路から溢れ、別の流路に流入することを防ぐために、任意に、例えば、シート状の蓋部材が、シート材の上に重畳されてよい。
【0055】
上記の流路を設ける態様に於いて留意されるべきことは、流路を通して、パターニングするべき物質を含む溶液を灌流することにより、基板上のサイトに要求される量の物質が十分に固定されるように十分な量の溶液をサイトの表面に接触させることができる。言い換えれば、一つの孔に割り当てられる溶液量を実質的に多くすることができ、従って、物質の濃度が低い溶液しか入手できなくとも、十分な量の物質をサイトに固定することが可能となる。更に、物質の固定後にシート材を除去すれば、流路内のサイト以外の領域に付着してしまった物質は、基板上から除去され、かくして、所望のパターンにて、種々の互いに異なる物質が選択的にパターニングされた基板が得られることとなる。
【0056】
更に、基板上に溝状構造を形成して流路を設ける態様に於いては特に、一連のパターニング操作中及びパターニングされた基板を任意のアッセイに用いるための操作中に、流路内に常に一定量の溶液を保持することが可能となり、従って、乾燥や空気との接触によって容易に失活又は変性しやすい物質の活性を保護しやすくなり有利である。
【0057】
上記の本発明の方法は、流体に分散可能な流体分散可能物質が所定のパターンにて固定される基板を含む装置であって、前記基板の一方の面の少なくとも一部の表面が、該基板の表面から脱離可能に密着したマスキング手段によって被覆され、前記マスキング手段の上側には、前記基板の外部より液体が導入可能な端部を有する複数の流路が形成されており、前記複数の流路の各々に於いてその内壁の少なくとも一部を構成する前記マスキング手段が前記所定パターンにて該マスキング手段を貫通し前記基板の表面を露呈する少なくとも一つの孔を有し、前記複数の流路の各々に、その端部から前記流体分散可能物質を含有する流体を流通させることにより、前記孔の開口に露呈された基板表面に前記流体分散可能物質が固定されることを特徴する装置を用いて実行することができる。ここで、マスキング手段とは、任意の材料から構成され基板表面をマスクする任意の手段であってよく、例えば、パリレンなどの蒸着可能な物質から成り、前記蒸着可能な物質を前記基板上に蒸着することにより形成された薄膜、又は、任意の高分子樹脂から成るシート状の部材であってよい。かかる装置に於いては、前記流体分散可能物質が固定された後、前記マスキング手段が除去され、前記所定のパターンの基板表面上にのみ前記流体分散可能物質が固定されているようになっているようになっていてよい。
【0058】
上記の装置に於いて、前記複数の流路は、一方の面に複数の溝状構造を有する蓋部材を、該溝状構造の少なくとも一部が前記マスキング手段を貫通する前記対応する孔の位置に整合するよう前記マスキング手段の上面に重畳することにより形成されたもの、前記基板の上面に複数の溝状構造が形成され前記マスキング手段が前記溝状構造の内部を被覆することにより形成されたもの、或いは、前記マスキング手段の上面に形成された複数の溝状構造のいずれであってもよいことは理解されるべきである。前記流路の径及び前記孔の開口径並びに互いに隣接する前記孔の間隔は、MEMS又はNEMS技術を用いることにより、マイクロメートルのオーダー又はナノメートルのオーダーとすることができる。
【発明の効果】
【0059】
従来のタンパク質分子等の生理活性物質又は機能性材料を基板上にパターニングしチップ化する方法のうち、生理活性物質等の活性を保持し得る方法は、それらの殆どにおいて、基板上に目的の物質が特異的に結合するサイトをパターニングした後、目的の物質を基板上に流すという手法であった。かかる方法では、タンパク質など非特異的に基板上に吸着しやすい物質の場合、特異的な結合が生ずるサイト以外での物質の吸着が激しいため、所謂タンパク質チップとして、DNAチップの如く、種々の検査又は病気の診断用などに実用化するに至らなかった。また、マイクロコンタクトプリンティング法の場合、物質のパターニング自体は、成功裡に行われるが、物質が乾燥したり、空気に接触しやすく、容易に変性しやすいタンパク質のパターニングには不向きであった。
【0060】
本発明による有孔シート材を用いたパターニング方法によれば、前記の如く、従来のタンパク質等のパターニング方法に於ける問題点が解消され、物質の活性を保ったまま、予定されたパターンにて物質をパターニングすることができる。
【0061】
更に、本発明の方法は、パターニングの処理操作が従来に比して簡単化される点で有利である。シート材の孔は、上面の開口が下面の開口より大きく形成されている場合、各孔に割り当てられる溶液を多くすることができる。かくして、流体を微小領域に局所的に与え又は接触させることが容易となり、また、流体中の物質の濃度が多少低くても、流体量を大きくできるので、各孔に適当量の物質を与えることが容易となる。例えば、孔の上側が広いことにより、目的の孔に確実に溶液を選択的に与えることが容易となる(以下、実施例3参照)。また、濃度が低い場合には、流体を孔へ与えた後、物質が基板に接触するまで、十分に時間を取ればよい。
【0062】
また、更に、シート材の上面に、シート材の個々の孔に対応してマイクロ流路を設ける態様によれば、マイクロメートル又はナノメートルオーダーの任意の領域に任意の物質のみをパターニングでき、しかも、溶液の適用に於いて、高度に熟練した溶液操作技術を要しない点で有利である。実際、従来に於いて、一枚の基板上に、マイクロメートル又はナノメートルオーダーの寸法のパターンにて、任意の物質を選択的に且その活性を損なわないようにパターニングできたという例は存在していない。そのようにパターニングできた試料標本(実施例5及び6参照)を提供することは、本発明に於いてシート材等のマスキング手段とマイクロ流路とを用いることによって初めて達成されたことである。本発明により提供されるパターニング試料標本は、従前の、例えば、ELISAに用いられる試料標本に比して、寸法が非常に小さくすることができ、従って、パターニングされるべき物質量を著しく低減することができる。また、本発明により提供される試料標本は、光学顕微鏡下で一度に観察できるので、タンパク質等の生理活性物質の機能を調べるための試料としても有用である。
【0063】
更に、本発明によれば、パターニングに用いられる新規な有孔シート材が提供される。かかるシート材を用いれば、シート材に密着し得る基板であれば、任意の又は汎用の基板上に物質をパターニングすることができることは留意されるべきである。従前の如く、予め基板上に結合サイトをパターニングしておく必要がないので、種々の装置又は器具のための標本を調製するのに有利である。
【0064】
更に又、本発明によれば、PDMSなどの高分子樹脂から有孔シート材を成形する際に、スピンコートの回転数を制御するだけで孔径、特に、基板表面を露呈させる開口径を制御できる方法が提供される。かかる方法においては、鋳型を変更することなく、孔径が制御できるため、同一の鋳型を用いて、適宜、孔径の大きさ、即ち、パターニングされる領域の大きさを選択できることとなり、パターニングされた試料標本を用いた検査又は診断ための準備が容易となり、又、その準備のための労力及び費用を低減し得る。
【0065】
そして、更に、本発明において、孔を有するシート材を、物質をパターニングする基板上で形成する態様によれば、既に述べた如く、基板上に形成し得るパターンのバリエーションの幅を広げることが可能となる。従って、種々の実験装置又は計測装置の試料として、それらの装置の仕様に合わせて、任意のパターンにて物質をパターニングすることも行いやすくなる。
【0066】
本発明は、主としてタンパク質、DNA等、生理活性物質の解析のハイスループットの検出チップを調製する目的で発明されたものであるが、本発明のパターニング方法、有孔シート材及びその調製方法は、その他の物質のパターニングにも応用でき、汎用性が高いことは理解されるべきである。例えば、生理活性物質ではないが、種々の機能を有する材料、即ち、機能性材料の中には、タンパク質と同様に化学的又は物理的な安定性が低く、乾燥されたり、空気に接触することにより容易に変性し又は失活してしまうものが存在する。また、生化学的、生物物理学的、細胞生物学的実験に用いられるマイクロビーズ、金コロイド又はその他の金属コロイド、色素分子、量子ドット、カーボンナノチューブなど物質(ナノ機能素子と呼ばれることもある。)は、一旦乾燥したり、空気に接触すると、凝集を起こしてしまい、その後、適当に水等の液体に分散することは難しくなってしまう。そういったタンパク質等の生理活性物質と同様に、機能又は活性の保持について弱さを有する物質にも、本発明の方法は、有利に用いることができ、そのような機能性材料のパターニングに本発明の方法を適用する場合も、本発明の範囲に属すると理解されるべきである。また、有孔シート材の孔径をスピンコートの回転数を制御することにより制御する方法は、一般のマイクロ加工技術又は半導体回路製造技術等の分野に応用することができ、そのような分野での利用も本発明の範囲に含まれると理解されるべきである。
【0067】
更に、本発明によれば、従来では、不可能であったパターンにて、上記の如き生理活性物質や機能性材料を、それらの活性を保持したまま、パターニングすることが可能であり、或いは、基板上に電極を配し、その電極に合わせて生理活性物質や機能性材料などの物質を固定することができ、更に、本発明のマイクロ流路を採用した態様によれば、一枚の基板に選択的に数種類の物質をパターニングできるので、従来では、不可能であった種々の実験又は測定方法の開発又は利用にも応用できる。特に、凹凸がある基板や、あらかじめ電極を配線したり、構造物が作られていたりしている基板上の細部にもパターニングが可能であるため、さらに複雑な解析手法を組み込んだ高度な解析・分析が可能なデバイス(プロテインチップやナノエレクトロニクス製品)が実現できる。
【0068】
かくして、本発明のパターニング方法は、タンパク分析装置、超高速ナノエレクトロニックデバイス、創薬スクリーニング装置などの製品に応用することができ、バイオテクノロジー、バイオチップ、膜タンパク質分析、創薬スクリーニング、バイオセンサー、ナノエレクトロニクス、ナノ材料工学、ナノ光学デバイスの分野において利用可能である。
【0069】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】本発明のパターニング方法により調製されたタンパク質チップの模式的な斜視図(A)と、上面図(B)。
【図2】本発明によるタンパク質等の水溶性物質をパターニングする過程の模式図。(A)ガラス等の基板10上に、有孔シート材14を貼着した状態。(B)タンパク質等のパターニングされる物質の水溶液をシート材の上に載置した状態。(C)基板表面に吸着していない余剰の物質をバッファで洗い流した状態。(D)シート材を基板から除去。(E)図1に示す状態。各サイトのみに物質が固定されている。
【図3】(A)本発明の一つの実施形態である格子状に配列された孔を有する有孔シート材の模式的な斜視図。(B)(A)のシート材の孔の拡大上面図と側方断面図。(C)本発明のもう一つの実施形態である長孔が配列されたシート材。
【図3a】(D)本発明の実施形態の一つである有孔シート材の模式図。穿孔された部分の拡大図。(E)本発明の実施形態の更にもう一つである有孔シート材の模式図。穿孔された部分の拡大図。
【図4】本発明による図3(A)に示すシート材の製造過程の模式図。(A)シリコンウェハ上にSiO2膜が形成された状態。(B)TMAHエッチングにより、シリコンウェハにピラミッド形状の窪みが形成された状態。(C)SiO2膜をBHFにより除去し、液状の高分子樹脂(PDMS)をシリコンウェハ上にて硬化して、シート材のための鋳型を形成。(D)鋳型上に剥離剤(パリレン)を適用した状態。(E)鋳型上にてシート材となる高分子樹脂(PDMS)をスピンコートした状態。(F)ドライエッチング(SF6プラズマガスを使用)により、鋳型の突起部先端の樹脂を除去。(G)硬化した樹脂を鋳型から剥離し、シート材が完成。
【図5】シート材の下面に於ける孔の開口部付近の電子顕微鏡像(A)ドライエッチング前(B)ドライエッチング後。(C)孔の開口径とスピンコートの回転数との関係を示すグラフ図。図中点は、実測値であり、線は、各回転数に於ける平均値を示す。
【図6】(a)PDMSで調製された鋳型の光学顕微鏡像と電子顕微鏡像(右下)。(b)完成したシート材の写真。(c)には、孔の底部付近の上方から見た光学顕微鏡像。(d)には、シート材の、孔の断面の電子顕微鏡像。
【図6A】本発明のパターニングの応用例の模式図:カーボンナノチューブのパターニング。(a)表面に電極が貼り付けられた基板。(b)基板上に長孔が設けられたシート材(パリレン膜)が密着された状態。孔の両端に電極の一部が露呈されている。(c)カーボンナノチューブが分散された溶液をシート材上に滴下した状態。(d)シート材を除去した状態の基板。長孔には、その長手方向にしかカーボンナノチューブが進入しないため、電極対を架橋した状態のカーボンナノチューブだけが残る。
【図6B】本発明のパターニングの応用例の模式図:神経細胞のパターニング。(a)NGFを経路状にパターニングした基板。(b)NGFの経路の両端のみに孔を有するシート材を基板上に密着させ、神経細胞が分散された溶液を滴下した状態。(c)シート材を除去した後、神経細胞を培養すると、NGF経路に沿って神経細胞が成長する。
【図6C】(a)マイクロ流路を有する蓋部材が重畳されたパターニング用基板の模式的な平面図。(b)(a)の基板のサイト近傍の模式的な拡大断面図。(c)(a)のマイクロ流路内に蛍光ビーズが分散された溶液を流入させた状態の基板の蛍光顕微鏡像。
【図6D】(a)マイクロ流路(溝状構造)が形成された基板の実体顕微鏡像。(b)(a)の基板の中央部(長方形にて囲繞した領域)の拡大像。
【図6E】図6Dの基板を用いたパターニング方法の一連の操作を示す模式図。
【図6F】シート材の上面に溝状構造を形成した場合のパターニング用基板サイト近傍の模式的な拡大断面図。
【図7】(A)PDMSからなる有孔シート材を用いて図2に示されている方法で蛍光標識したアルブミンをパターニングした標本の蛍光顕微鏡像。(B)(A)の線A−Aに於ける蛍光強度の分布図。
【図8】(a)孔の開口寸法約20μm×20μmのシート材を用いて、F1ATPaseを基板上にパターニングした標本の光学顕微鏡像。図中の矢印がF1ATPaseに結合したマイクロビーズである。(b)(a)のビーズの運動を示す光学顕微鏡像。図中、矢印は、ビーズの向きを示す。(c)F1ATPaseの回転運動の模式図。
【図9】三色の蛍光ビーズを別々の孔に与えた場合の光学顕微鏡像。像において、左列が赤色ビーズ、中列が緑色ビーズ、右列が青色ビーズの像である。図において、シート材は除去されている。下図は、パターニングの際の試料の模式的な断面図である。
【図10】(A)パリレン膜を基板上に蒸着して格子状パターンにて穿孔して得たシート材の透過光像。(B)そのシート材を用いて蛍光標識したアルブミンをパターニングした標本の蛍光顕微鏡像。(C)不規則なパターンにて穿孔されたシート材を用いて蛍光標識したアルブミンをパターニングした標本の蛍光顕微鏡像。
【図11】種々のシート材(パリレン膜を基板上に蒸着して穿孔して得られたもの)を用いて蛍光標識したアルブミンをパターニングした標本の蛍光顕微鏡像。
【図12】(a)図6Cに示された基板を用いて選択的に基板上にパターニングされた種々の蛍光ビーズの蛍光顕微鏡像。(b)(a)よりも間隔の狭いパターンにて選択的に基板上にパターニングされた種々の蛍光ビーズの蛍光顕微鏡像。
【図13】図6Dに示された基板を用いて選択的に基板上にパターニングされた種々のタンパク質及びビーズの蛍光顕微鏡像。
【符号の説明】
【0071】
10…基板
12…サイト
14…シート材
16…孔
18…タンパク質等
20…水溶液
21…鋳型
22…突起部
24…基台
26…シリコンウェハ
28…窪み
30…剥離剤、パリレン薄膜
32…PDMS
20…突起部
22…鋳型
24…剥離用薄膜
60…溝状構造(流路)
62…蓋部材
65…入口側流路
66…出口側流路
67…入口部
70…溝状構造(流路)
70a…窪み
72…蓋部材
【発明を実施するための形態】
【0072】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。図中、同一の符号は、同一の部位を示す。以下においては、タンパク質等の、特に水溶性又は水に分散可能な物質についてのパターニングの方法に関連して説明されるが、上記の如く、その他の物質にも同様に適用可能であり、かかるその他の物質のパターニングについても本発明の範囲に属すると理解されるべきである。
【0073】
図1には、本発明の水溶性物質を基板上に所定のパターンにて固定する方法(パターニング方法)の一つの実施形態に従って調製されたタンパク質チップ又はマイクロアレイ、即ち、所定のパターンにて、基板10上の特定の部位(サイト)にタンパク質分子を固定したものの模式図が示されている。図1の例は、主として、顕微鏡下において、観察されるよう調製されたプレパラートの形態である。もちろん、本発明のパターニング方法は、DNAチップを用いた検査又は試験を行うための自動化された装置又は機械に適合した試験標本にも適用可能であることは理解されるべきである。図示の例では、タンパク質分子が固定されるスポット又はサイト12の各々は、一辺が約2μmから数十μm程度の概ね四角形領域であり、それらのサイトが約100μmの間隔にて格子状に又はアレイ状に配列されている。サイトの間隔は、以下に述べる如く、シート材の調製方法によっては、1μm以下まで低減することが可能である。また、同図において、シート材は、タンパク質分子の固定後に除去されているが(後述のパターニングの方法の説明を参照。)、検査又は試験の目的又は用途に応じて、シート材は除去されなくてもよい。
【0074】
タンパク質等の水溶性物質の基板上へのパターニング方法 図2には、本発明の教示するところに従って、図1に示されている如く、タンパク質等の生理活性物質を基板上にパターニングする方法の手順が模式的に示されている。
【0075】
本発明のパターニング方法においては、まず、図2(A)に示されている如く、ガラス等の基板10、例えば、顕微鏡の観察に用いられるカバーガラス又はスライドガラス上に、所定のパターンにて穿孔された少なくとも一つの孔を有するシート材14が密着されたものが準備される。各々の孔は、シート材の上面から下面まで、貫通して各々の面に開口した貫通孔16である。後述の如く、タンパク質等の物質は、シート材の孔のパターンに従って、基板上に固定されることとなる。孔のパターン、即ち、配列と個々の孔の形状及び寸法とは、使用者により、任意に設定されてよい。また、図示の例では、本発明のシート材の孔16は、上面の孔の開口が、下面の孔の開口よりも大きくなるよう構成されている。このことにより、後述の如く、各孔に割り当てられる、パターニングされるべき物質を含む水溶液の量を多くすることができ、従って、物質の水溶液中の濃度が少々低くても、適当な量の物質をできるだけ確実に各孔に注入し、固定できるようになっている。また、溶液が載置される領域が大きくなるため、溶液の滴下操作が容易になる。シート材の調製方法は、後で詳細に説明される。
【0076】
ついで、図2(B)に示されている如く、タンパク質等のパターニングされるべき物質18を含有する水溶液20が、シート材14の上に載置され、シート材14の孔16に水溶液が満たされる。シート材の孔の下面において、基板表面が露出しているため、パターニングされる物質は、基板表面に吸着又は結合して固定される。基板と物質との吸着力若しくは結合力又は水溶液中の物質の濃度にもよるが、物質が十分な量にて又は十分な強さにて、基板に固定されるべく、この水溶液の載置後、その状態で適宜静置されてよい。図から容易に理解されるように、基板表面の孔の開いた部分以外の領域10bは、シート材によりマスクされているため(シート材と基板との密着が不十分でない限り)、物質は、シート材の下面の孔の開口パターンに従って固定され、それ以外の領域に吸着又は固定されることが阻止される。
【0077】
基板の表面は、物質が吸着しやすくなるよう種々の化学的処理が施され、物質が効率よく基板上に固定されるようになっていてよい。かかる化学的処理としては、例えば、従来のタンパク質チップ又はDNAチップに於いて行われていたように、パターニングされる物質と特異的に結合する反応基を基板の表面に付加することが考えられる。或いは、パターニングされる物質が疎水的な(又は親水的な)表面に吸着しやすいものであれば、単にそのように吸着しやすい表面に基板表面を改変するだけであってもよい。重要なことは、本発明の方法の場合、物質がパターニングされるべき領域以外は、シート材によりマスクされ、物質の接触が阻止されているので、従前のチップの調製方法で試みられていた如く、パターニングされるべき領域のみを化学的に処理するといった技術的に複雑な処置は必要がないという点である。本発明において基板表面に対して行われる表面処理は、物質が効率よく基板表面に吸着できれば良いのであって、パターニングされるべき領域とそれ以外の領域とを区別するためになされるのではない。従って、基板表面の処理は、予め基板の全面にわたって施されてよい。
【0078】
図2(B)において、水溶液をシート材の上面に載置する際、孔に空気がトラップされる場合がある。このことを回避するため、水溶液は、予め脱気されてよい。また、載置後、比較的真空度の低い真空チャンバ内に基板ごと静置して孔にトラップされた空気を除去されるようにしてもよい。
【0079】
ついで、図2(C)に示されている如く、基板表面に吸着していない余剰の物質は、任意の水溶液又はバッファによって洗い流されてよい。図2(B)の水溶液中にパターニングされるべき物質の濃度が低く、殆どの物質が、シート材の孔16の底面に露呈した基板表面10sに吸着又は固定されるような状態であれば、上記の洗い流す操作は省略されてよい。
【0080】
洗い流す操作に関して、図から理解されるように、物質は、孔の底部に固定されるようになっているため、洗浄用の水溶液又はバッファを流す際に、物質の固定されている領域の近傍に於いて、過度に強い流れが発生することが防止され、従って、固定された物質が洗い流し操作の過程で基板表面から外れてしまうといった可能性を低減することができる。かかる特徴は、検査又は試験の過程において、標本の溶液交換を行う際にも、基板上に固定した物質へ過度に強い流れが当たらず、物質が基板から剥がれにくくなるので有利である。
【0081】
更に、図2(D)に示されている如く、シート材14が基板10から除去されてよい(図2(E)参照。)。例えば、シート材の孔の側面にもパターニングされるべき物質が吸着してしまい、その後の実験に支障がある場合、或いは、測定装置に適合するためにシート材が邪魔になる場合には、シート材14は除去されることとなるであろう。
【0082】
有孔シート材 図2のパターニング方法において用いられた複数の貫通孔を有するシート材は、基板との密着性が高ければ、任意のものであってよい。また、上面の孔の開口が下面の孔の開口よりも大きいものであれば、溶液の滴下又は載置が、操作上、非常に簡便となるので好ましい(溶液の載置について熟練した技術がさほど必要ではなくなる)。シート材の材質は、基板との密着性を高いことが重要であるので、弾性を有する高分子樹脂、例えば、ポリジメチルシロキサン、シリコンゴム、パリレン、ポリイミド、ポリアクリルアミド、アガロースゲル等が好ましく、より好適には、ポリジメチルシロキサン(PDMS)(以下の有孔シート材の調製方法I参照)又はパリレン(以下の有孔シート材の調製方法II参照)である。
【0083】
タンパク質チップに用いる目的でタンパク質等の生理活性物質をパターニングする場合に、上面の孔の口径を大きく形成されるシート材は、図3に模式的に示されているように、好ましくは、厚さが100μm程度であり、シート材14の孔16は、好ましくは、下面の開口径が数μmから十数μmであり、上面の開口径が数十μmから数百μmであってよいが、下面の開口径は、100nm程度まで低減されてよい。図3の例では、孔16は、四角錐台形状であり、シート材において、格子状に配列されているが、孔の形状は、その他の錐体形状であってよい。
【0084】
また、シート材に形成される孔のパターンについては、図3(C)に示されている如く、複数の線状の貫通孔16aがシート材に配列されていてもよい。また、点状の孔が、六方格子その他の任意の格子パターンで配列されてよい。更に、以下の有孔シート材の調製方法IIに記載される如く、基板上にてシート材が形成され所定のパターンにて穿孔される場合には、基板上に電極を配置しておくことも可能であり、また、図3(C)、図3a(D)[隣接する孔の間隔が短く、シート材が一旦剥がされると、シート材の孔付近の剛性が孔の形状を保持するのに十分でなくなる場合]、図3a(E)[孔が周路を形成し、シート材が分離している場合]の如きパターンのように、一旦、基板からシート材を剥がしてしまうと、再びそのパターンにて基板に密着させることが困難である場合のような、複雑なパターンであってもよい。そのような任意のパターンのシート材を用いたパターニング方法は、全て、本発明の範囲に属する。
【0085】
有孔シート材の調製方法I 図4には、図3(A)及び(B)に示されている如き、格子状に並んだ四角錐体状の貫通孔を有するシート材を、液状の高分子樹脂を鋳型に流し込み硬化することにより調製する方法の過程が例示されている。液状の高分子樹脂としては、PDMSが用いられるが、以下に記載する方法と同様の方法により、シート材を形成しうる任意の材料が用いられてよく、本発明の範囲に属すると理解されるべきである。
【0086】
図4Aから図4Cは、シート材の鋳型21を成形する過程を示している。図4Dの鋳型21は、シート材と相補的な形状、即ち、四角錐体若しくはピラミッド形状の突起部22が、複数、基台24上に格子状に配列された形状を有する。かかる鋳型も、好ましくは、PDMSから形成される。鋳型の典型的な調製手順は、以下の通りである。
【0087】
(a)表面を熱で酸化させた(SiO2)シリコンウェハ26(図4(A))の上に、S1830フォトレジスト(シプレイ社)をスピンコーター(MIKASA SPINNER IH-D2)を用いて3000rpm 90秒にてスピンコーティング、即ち、回転させて薄く一様にコートする。
【0088】
(b)紫外線を照射し、所定のパターンを感光し、レジストのエッチャントで紫外線の当たったところのレジストを除去する。かくして、完成されるシート材の孔に対応するレジストが除去される。
【0089】
(c)SiO2をBHF(バッファードふっ酸)でエッチングし、更に、TMAH(水酸化テトラメチルアンモニウム)溶液中で反応させると、Siだけが結晶方向に沿ってエッチングされ、ピラミッドの形状の窪み28が形成される(図4(B))。かかるシリコンウェハ26は、鋳型のための「鋳型」となる。
【0090】
(d)ピラミッド形状の窪みが形成されたシリコンウェハ上に、PDMS(SYLGARD184:ダウ・コーニング)を硬化剤と10:2で混合したものを流し、85℃、1時間で硬化し、ピラミッド形状の突起部を複数有するのシート材のための鋳型21が形成される(図4(C))。PDMSで調製された鋳型の例の光学顕微鏡像と電子顕微鏡像が、図6(a)に示されている。
【0091】
次いで、図4D−4Fに例示されている如く、上記の鋳型を用いて、シート材を調製する。シート材の典型的な調製手順は、以下の通りである。
【0092】
(e)上記(d)において調製されたPDMSからなる鋳型の上に、剥離剤30をコートする。これは、以下に記載する手順で鋳型21上に形成されたシート材を鋳型から容易に剥がすために任意に用いられる。特に、鋳型がPDMSで形成され、シート材もPDMSで形成される場合、鋳型とシート材のPDMSが互いに結合してしまい離れなくなるので、容易にシート材を剥がすために必要となる。剥離剤としては、パリレン薄膜30が、好適であり、パリレンは、ラブコーターPDS2010(SpecialtyCoatingSystems)を用いて蒸着する。(図4(D))
【0093】
(f)パリレンをコートした鋳型21上に、PDMS32を硬化剤と10:2で混合したものをスピンコートする。スピンコートは、任意の装置、例えば、スピンコーター(MIKASA SPINNER IH-D2)を用いて行われてよいが、以下に詳細に述べる如く、スピンコートをする際の回転数により、完成されたシート材の下面の孔の口径を制御することが可能であり、従って、回転数は、所望の孔の口径を得るべく制御される。(図4(E))。
【0094】
(g)鋳型21上にスピンコートされた液状のPDMSを、85℃にて1時間静置し、硬化する。この状態において、鋳型の突起部の先端は、シート材となる硬化した高分子樹脂の上面(シート材の下面)から突出するが、かかる先端は、先細になっているため、シート材の樹脂に覆われているままか、図5(A)に示されている如く、不規則な形状となっている。かかる状態では、前記の如き、パターニングのサイト12の形状を定めるのには不適当である(サイトの形状及び寸法が安定しないため)。
【0095】
本発明者は、鋳型の突起部の先端にも薄くPDMS膜が残ってしまうことを解消すべく、図4(E)の状態で硬化した高分子樹脂の上面にドライエッチングを施すことにより、かかる突起部の先端付近の高分子樹脂の孔の形状を整えることができることを見出した。具体的には、SF6プラズマガス(PlasmaEtchingSystem(samco)を使用)を10分間当てることにより、先端に残った高分子樹脂(PDMS)を取り除き、これにより、孔の形状が整えられる。なお、ドライエッチングとして、SF6プラズマガスと同様の効果を有する別の手段が用いられてもよいことは、当業者にとって理解されるべきである。SF6プラズマガスにてドライエッチングを施した後の孔の形状の顕微鏡像が図5(B)に例示されている。
【0096】
シート材14の下面の孔16の寸法、即ち、基板上において物質が固定されるサイト12の寸法は、上記(f)にて簡単に述べた如く、液状の高分子樹脂をスピンコートする際の回転数を制御することにより、調節することが可能である。図5(C)に鋳型の突起部の高さが約100μmであるときの、スピンコートの回転数と孔の寸法(開口径)との関係が示されている。同図から理解される如く、600-1100rpmの範囲では、回転数を制御することにより、10数μm程度までの小孔(最小約2μm)を任意に穿つことが可能である。回転数が600rpm以下のときは膜の厚みが100μm程度となるので、ここで用いた鋳型によっては、完全に穿孔できなかった。しかしながら、鋳型の突起部の高さは任意に変更されてよく、従って、更に広範囲に亙って孔径の制御が可能であることは理解されるべきである。
【0097】
(h)かくして、鋳型から、硬化した樹脂を剥がすことにより、図3に示すごとき有孔シート材14が調製され、しかる後、図2(A)に示される如く、基板上に密着される。図6(b)には、完成したシート材の写真、図6(c)には、孔の顕微鏡像、図6(d)には、シート材の、孔の断面を示す顕微鏡像が示されている。
【0098】
上記の方法にて調製されるシート材は、所定のパターンにて形成された孔の枠に、或る程度の剛性を有するので、鋳型又は基板から剥がした後、再度、基板上に貼り付けても、所定のパターンに形成された孔の形状が崩れることない。従って、シート材は、繰り返しパターニングに使用することができ、一枚のシート材で、再現性よく、複数の基板に同一のパターンにて、物質をパターニングできる点で有利である。
【0099】
有孔シート材の調製方法II 上記の有孔シート材の調製方法Iでは、シート材14は、基板10とは別の鋳型上にて薄膜を形成し、所定のパターンにて穿孔することにより、調製された。しかしながら、シート材14の材料として、基板10上で薄膜として形成可能であり、その後、基板上で所定のパターンにて穿孔可能な材料が選択される場合、シート材14は、基板10で直接的に形成されてよい。その場合、基板上に物質18をパターニングするまでに、シート材14を基板から一度も剥がす必要がないため、一度、基板又は鋳型から剥がしてしまうと、再現することが難しいパターン、例えば、隣接する孔の間隔が小さいため、枠の寸法が小さく(細く又は薄く)、基板から剥がされると、枠となる部分において、孔の形状を維持するのに十分な剛性が得られないパターン、或いは、孔が周路を形成し、シート材が孔によって分離しているパターンでも、物質のパターニングが可能となる(図3(C)、図3a(D)−(E)参照)。
【0100】
以下の例では、シート材の材料として蒸着可能な樹脂であるパリレンを使用した例について説明されるが、その他の材料、例えば、PDMSを用いても基板上での薄膜形成過程が異なるだけで、本発明の方法が同様に実行できることは理解されるべきである。
【0101】
シート材14の材料としてパリレンが選択される場合には、基板上にパリレンを蒸着し、パリレン膜を形成する。しかる後に、当業者にとって公知の手法にて、所定のパターンにてパリレン膜をエッチングし、パリレン膜を穿孔することにより、シート材を形成することができる。典型的な調製手順は、以下の通りである。
【0102】
(a)パリレンとしては、パリレンN、パリレンC、パリレンDが用いられてよい。パリレンは、任意の熱CVD蒸着機、例えば、ラブコーターPDS2010(SpecialtyCoatingSystems)を用いて、パターニングに用いる基板上に、例えば、厚み5μmとなるように蒸着される。基板は、ガラス又はシリコンウェアであってよい。蒸着されるパリレン膜と基板表面との密着力を調整するために、基板の表面は、予め、適当な処理が施されてよく、例えば、基板上に、2%程度の界面活性剤を与えると、パリレン膜が極めて容易に剥離できるようになる。また、基板表面が、シリコンが露呈した状態、熱による酸化シリコン膜層にて被覆された状態にすることで、密着力が増大する。本発明者の実験によれば、酸化シリコン膜を形成することにより、比較的密着力が増大するが、ピンセットでパリレン膜を掴み、引っ張ることで、パリレン膜を基板から剥離することができることが見出され、従って、酸化シリコン膜を基板上に形成しておくことが本発明の目的に好適である。
【0103】
なお、以下に述べるように、蒸着されたパリレンの薄膜上には、プラズマエッチングによる穿孔の際の孔の形状の精度を上げる目的で、更にアルミニウム膜が蒸着形成されてよい。
【0104】
(b)次いで、パリレン蒸着膜(又はアルミニウム蒸着膜)の上に、例えば、S1830フォトレジスト(シプレイ社)をスピンコーター(MIKASA SPINNER IH-D2)を用いて3000rpm 90秒にてスピンコーティング、即ち、回転させて薄く一様にコートする。
【0105】
(c)紫外線を照射し、所定のパターンを感光し、レジストのエッチャントで紫外線の当たったところのレジストを除去する。かくして、完成されるシート材の孔に対応するレジストが除去される。アルミニウム蒸着膜がある場合、更に、レジストの除去された部位の蒸着膜が、当業者にとって公知の任意の方法で除去される。かくして、穿孔されるべきパリレン膜が露呈される。
【0106】
(d)次いで、O2プラズマエッチング又はそれと同様の方法により、露呈されたパリレン膜が除去される。ここで、レジスト膜の下にアルミニウム膜が蒸着されていると、レジスト膜に損傷があっても、アルミニウム膜により、エッチングが阻止されるので有利である。
【0107】
(e)ついで、レジスト膜(及びアルミニウム膜)を除去すると、基板表面が所定のパターンにて露呈された図2(A)の状態となる。(ただし、孔の形状は、必ずしも上側の開口面積の大きい錐体状とはならないことは理解されるであろう。)
【0108】
なお、上記の方法は、所謂、フォトリソグラフィー法による穿孔方法であるが、パリレン膜は、その他の、当業者にとって公知の微細加工技術、例えば、レーザービーム加工,FIB(集束イオンビーム)加工法などによって、任意のパターンにて容易に穿孔されてよいことは理解されるべきであり、そのような方法により、シート材に所定のパターンの孔が設けられる場合も本発明の範囲に属する。
【0109】
上記のシート材14が基板10上で形成される場合には、基板上に電極などが別に設けられ、基板上に凹凸があってもよいことは理解されるべきである。例えば、図6A(a)に示す如く、基板上に対になった電極40をフォトリソグラフィー法などにより形成し、電極40の一部が露呈するよう、パリレン膜からなるシート材14に孔42を穿孔したものを調製することができる(図6A(b))。かかる電極を有する基板と、孔を有するシート材によれば、孔にカーボンナノチューブ(CNT)などのナノ機能素子44を電極間に架橋した状態で固定できるので(図6A(c))、かかる機能素子の電気的特性の測定が可能となる(図6A(d))。また、電極間に電位感受性の物質(電位に応答して、発光する量子ドットや電位感受性蛍光色素など)をパターニングすることで、任意のパターンにて電位感受性の物質がアレイ状に固定された新規なデバイスを形成することも可能である。
【0110】
更に、例えば、図6B(a)に示す如く、神経成長因子NGFを、適当な経路をなすようにパターニングした基板上(本発明の方法によりパターニングされたものでよい。)に、図6B(b)の如く、本発明の方法により、NGFの経路の末端にのみ孔16を有するシート材14を密着したものを調製し、その孔16に対応する部位に神経細胞46を固定し、しかる後に、シート材14を除去して、神経細胞を培養すれば、所定のパターンにて成長した神経細胞46aが得られる(図6B(c))。
【0111】
選択的パターニング方法とその装置 既に述べた如く、一つの基板に於いて、種々の異なる物質を選択的に別々のサイトにパターニングすることができれば、例えば、図1又は図3a(D)などに示されている基板のパターンに於いて、マイクロメートルオーダー以下の寸法のサイトの各々に、それぞれ、別の物質をパターニングすることができれば、ELISAなどのウイルスや細胞の検定、或いは、タンパク質等の生理活性物質の特性の検査を極めて微量にて行えるようになり、非常に有用である。その際、パターニングされる物質の活性を損なわないようにするためには、できるだけ物質を乾燥させたり、空気に接触させたりしないようにすることも重要である。そこで、本発明に於いては、既に述べた有孔シート材を用いた一連のパターニング法に於いて、更に、パターニングされる物質を含む溶液を基板上に導くために、個々のサイトに対応してマイクロ流路を設けた。かかる態様によれば、溶液は、マイクロ流路を介して対応するサイトにのみ流入することが許され、かくして、一つの基板上に数種類の異なる物質を、それぞれ、任意のサイトにのみ「選択的に」固定することが可能となる。
【0112】
図6C(a)は、上記の如きマイクロ流路を採用したパターニング方法の一つの実施形態に於ける基板の模式的な全体図であり、同(b)は、サイト近傍の構造を示す模式的な拡大断面図を示す。また、同(c)は、(a)の基板の中央部の拡大図(蛍光顕微鏡像)を示す。これらの図を参照して、基板10は、通常の平坦な面を有する部材であり、シート材14は、上記の有孔シート材の調製方法I又はIIにおいて記載した方法で調製されたシート材(材料は、PDMSでもパリレンであってもよく、その他の前記の如き任意の材料であってよい。)であり、図示の例では、孔16が9個(3×3)配列されている(図6C(c)参照)。そして、更に、本実施形態に於いては、下面に複数の溝状構造60が形成された蓋部材62が、シート部材14の上に重畳される。蓋部材62の溝状構造60の各々は、孔16の一つと整合するよう位置決めされ、かくして、個々の孔には、一つの流路が対応する。図示の例では、9本の流路L1−L9が、蓋部材の下面に形成され、基板中央部において、それぞれ孔16を一つ有している。また、一つの流路は、好ましくは一つの入口側流路65と出口側流路66からなる。入口側流路の外端には、溶液を導入するための円形の入口部67と、内部の空気を流出させるための出口部68とを有する。(図では、L1とL9の流路についてのみ、符号が付されている。)溶液を入口部に与えるため、入口部67の上面は、穿孔されてよく、または、出口部68は、蓋部材の側面にて開放されていてよい。
【0113】
蓋部材は、シート材の上面に密着可能な任意の材料にて形成されてよく、また、溝状構造も切削又は蓋部材を成型する際に同時に成型されるようになっていてよい。蓋部材の材料としては、例えば、PDMSであってよい。この点に関し、本発明者は、基板上に固定される物質が水溶液中に担持されている場合には、水溶液が導入される流路内が親水性の度合が適度に高く、又は、適度にぬれ性を有していると、水溶液を流路の入口部67に載置するだけで自発的に流路内に流入することを見出した。従って、PDMSを蓋部材の材料として用いる場合には、PDMSの表面が適度なぬれ性を有していることが好ましい。そのためには、例えば、PDMSにぬれ性増加添加剤、例えば、DOW CORNING57等が好適に用いられてよい。また、シート材がパリレンにて形成され、蓋部材が前記の如きぬれ性が増強されたPDMSで形成される場合には、パリレンのシート材を形成する過程に於いて、有孔シート材の調製方法IIに記載のパリレン膜の上面に適用されるアルミニウム蒸着膜を除去せずに蓋部材を重畳すると、シート材と蓋部材とが良好に密着された状態が維持され、シート材上面に形成される複数の流路が互いに流体的に絶縁されることが見出された(この場合、流路の内壁は、ぬれ性の増強されたPDMS表面とアルミニウム蒸着膜にて構成される)。図6C(c)は、上記に記載の蓋部材を重畳したシート部材と基板に於いて、複数の流路のそれぞれに種々のビーズ分散溶液を流通させた状態の蛍光顕微鏡写真であり、同図から理解される如く、流路からの溶液の漏れがなく、流路が互いに絶縁又は隔離されていることが理解されるであろう。流路の径、サイトの寸法並びに流路間又はサイト間の間隔は、マイクロメートルのオーダーであってよい。なお、溶液の流路内への導入に於いては、強制的に溶液を流路内へ圧送してもよく、そのために、シリンジ又はシリンジポンプなどの装置などが用いられてよい。そのように強制的に溶液を流路内へ流入させる場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
【0114】
その他の追加的な基板上又はシート材上の処理は、上述の如く任意に行われてよいことは理解されるべきである。
【0115】
かくして、上記の態様に於いて、個々の流路に別々の物質を含む溶液を導入し、対応するサイトの基板表面に物質を固定し、しかる後、余剰の物質を洗い出してから、図2(D)に示される如く、蓋部材とシート部材とが除去される。その結果、図2(E)に示される如き、予定されていない場所には、物質が実質的に吸着していない試料基板が調製されるが、ここでは、各サイトに固定されている物質は、それぞれ互いに別の物質とすることができる。
【0116】
図6Dは、マイクロ流路を採用したパターニング用の基板のもう一つの実施形態を示す。この実施形態に於いては、マイクロ流路は、基板上面に、図6D(a)に示されている如き溝状構造70として複数形成される。図示の例では、溝状構造は、L1−L10が形成され、L1−L2、L3−L4、L6−L7、L8−L9の組が、それぞれ基板中央部にて接続しており、L5−L10が直線的に接続されている。また、各溝状構造の基板の外方には、溝に比してやや広い窪み70aが形成される。かかる窪みは、後述の如く、溶液を流路に導入する際、容易に基板の外部からアクセス可能な溶液の適用場所となる。更に、図示の基板表面には、図2に於けるシート材14に相当する薄膜が、溝状構造の内部及び外部に形成され、シート材には、図6D(b)に示されている如く、基板中央部付近に孔16が穿孔されている。孔16に於いては、基板表面が露呈される。また、シート材の上面には、後述の如く蓋部材が重畳され、各溝状構造が溶液の流路として用いられる際に溶液が溢れないように、各溝状構造で形成される流路を互いに流体的に絶縁又は隔離するようになっていてよい。
【0117】
図6Eは、図6Dに示されている如き基板を用いて、物質をパターニングするまでの一連の操作を模式的表した基板の断面図を示している。
【0118】
図6E(a)に於いて、まず、基板10の上面に任意の方法にて溝状構造70が形成される。基板は、前記の図2に関連して説明される如き、パターニングに通常用いられる任意の材料で構成されてよいが、溝をエンドミルEMなどによる機械加工により研削して形成する場合には、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、シリコンゴムなどその他の任意の高分子樹脂が好適である。特に、光学顕微鏡の観察試料として用いる場合には、基板は透明であることが望ましいが、それに限定されるものではないことは、当業者にとって理解されるべきである。また、パターニングされるべき物質が、基板表面に良好に吸着されるように任意の化学的処理若しくはコートが施されていてよい。なお、溝状構造の形状は、図6Dに示されているものに限定されず、本発明の実施に於いて、適宜設計されてよいことは理解されるべきである。
【0119】
次いで、図6E(b)に於いて示す如く、シート材14が適用される。ここで、本実施形態の場合、基板に凹凸があるので、シート材は、前記の有孔シート材の調製方法IIに記載の要領にてパリレンの如き蒸着により基板表面をコンフォーマルに被覆する薄膜として形成されることが好ましい。そして、図6E(c)に於いて示す如く、切削又はエッチング等の任意の方法にて、所定のパターンにて、孔16がシート材14に穿孔され、基板10の表面が、孔16の部分のみ露呈される。図から理解される如く、孔16は、溝70の内部の底面に設けられる。
【0120】
孔16の形成後、図6E(d)に示されている如く、シート材の上面には、蓋部材72が重畳され、これにより、溝状構造70が、流体を流通するための流路を形成する。蓋部材を重畳するのは、溝70から溶液が溢れることを防ぐためである。この点に関し、蓋部材の材料は、図6Cに関連して説明された実施形態と同様に、溶液が水溶液である場合には、適度なぬれ性を有していることが好ましい。従って、ここでの蓋部材もぬれ性増加添加剤を含むPDMS又は同等の性質を有するシート状部材であってよい。蓋部材を重畳する際、後で溶液を流路に導入するための基板外部からアクセス可能な入口部(図6Dの例では、窪み70a)が開放されるようになっていることが留意されるべきである。
【0121】
かくして、物質を基板上にパターニングするための構成、即ち、パターニングするための装置が完成したこととなる。なお、その他の追加的な基板上又はシート材上の処理は、上述の如く任意に行われてよいことは理解されるべきである。
【0122】
物質を基板上の任意のサイトに固定する際には、物質を含有する溶液が、アクセス可能な入口部に滴下又は載置される。個々の流路とその流路中に設けられるシート材の孔16は、互いに流体的に絶縁又は隔離されているので、各流路には、別の物質を含有する溶液を与えることができる。溶液がアクセス可能な入口部に与えられると、蓋部材72が適度なぬれ性を有している場合には、溶液は、自発的に流路内へ流入し、図6E(e)の如く、孔16が溶液74で満たされることとなり、サイトに露呈した基板表面に溶液中に分散された物質76が接触し、その場所に固定される。次いで、図6E(f)に示されている如く、十分な量の物質が、サイトに固定された後、シート材14が基板上から機械的に剥離され除去され、かくして、所定のサイトにのみ物質が固定された基板が得られることとなる(図6E(g))。基板表面の乾燥を防ぐために、再度基板上に蓋部材72が重畳されてよい。
【0123】
上記の構成に於いて、溶液を流路に導入し、サイトの基板表面に物質を固定する際、流路内のサイト以外の部分、即ち、シート材の表面にもパターニングされるべき物質が吸着することがあるが、シート材を剥離することにより、予定外の場所に固定された物質は、全てシート材と共に除去されることは理解されるべきである。シート材の剥離に先立って、溶液中に残っているパターニングされるべき物質を除去するために、流路内を任意の溶媒で洗浄することが望ましい。
【0124】
更に、本実施形態に於いては、図6E(e)−(g)から理解される如く、基板上面に溝として流路が形成され、その溝底にサイトが設けられるため、常に、サイトを溶液に浸漬した状態を維持しつつ一連の操作が可能となる。従って、各サイトに固定された物質は、常に溶液中にあり、乾燥することがないので、物質が失活してしまう危険性を低減することができる。
【0125】
図6C−6Eに示されている如き、マイクロ流路を用いる場合には、溶液を順次流入させることができるので、図2に示された場合に比して、サイトの基板表面に接触させる溶液量をより多くでき、従って、各サイト当たりの物質の吸着量を多くできることは留意されるべきである。既に述べた如く、生理活性物質又は機能性材料は、種類によっては、極めて微量しか得られなかったり、或いは、物質の濃度の低い溶液でしか得られない場合がある。その場合、ただ単に一定量の溶液を各サイトに与えるだけでは、(そのサイトを乾燥せずに)適用可能な溶液量が十分でないと、サイトに於ける物質吸着密度を高くすることは困難となる(サイトに接触可能な物質の絶対量は、サイトに適用された溶液中の物質量を超えることはない。)。しかしながら、本実施態様の如く、順次溶液を流通させることにより、接触可能な物質の絶対量を多くすることができ、従って、各サイトの物質の吸着量を大きくすることが可能となるのである。しかも、各サイトに上記の如き流路がそれぞれ設けられているから、各溶液の物質の濃度又はサイト上に吸着されるべき物質量に応じて、各サイトごとに任意に溶液量を制御することができ有利である。かかる作用効果は、基板表面のパターニングされるべき物質に対する親和性を高くなるよう処理し、シート材表面の親和性を低いものとすれば、より効果的である。物質の固定の際には、サイト以外の領域は、シート材でマスクされているから、基板の親和性処理は、基板全体に施されていてもよく、基板表面処理操作も、簡単となる。
【0126】
更に、上記の一連の操作に於いて、各流路に流す溶液は、何度も流すことができるので、一つの流路に数種類の溶液を順次流しても良い。例えば、始めに第一の物質を流して基板に固定した後、第一の物質と結合する第二又は第三の物質の溶液を流入させ、第一の物質のみが基板に吸着したそれらの物質の複合体をパターニングするといったことも可能となる(例えば、溶液中で第一及び第二の物質を混合してしまうと、基板に第二の物質が吸着し、所望の活性が得られないという場合も有り得る。)。そのような一連の操作に於いて、適時、シート材を基板から除去してもよいことは理解されるべきである。
【0127】
なお、図6Fの如く、上記の如き流路は、シート材14の上面に溝状構造を研削又は成型、エッチング等の任意の方法により形成してもよい。
【0128】
上記に説明した本発明の有効性を検証するために、以下の如き実験を行った。なお、以下の実施例は、本発明の有効性を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではないことは理解されるべきである。
【実施例1】
【0129】
蛍光タンパク質のパターニングI PDMSからなる有孔シート材を用いてFITC蛍光標識したアルブミン(AlubminBovine, Fluorescein Isothiocyanate:SIGMA)を図2に示されている方法でパターニングし蛍光顕微鏡で観察した。顕微鏡は、オリンパスIX70、蛍光キューブ(フィルタセット)はBCIP、対物レンズは10倍のものを使用した。シート材の下面の小孔の開口寸法は、5μm×5μmとした。図7(A)は、蛍光顕微鏡像であり、図7(B)は、図7(A)の線A−Aに於ける蛍光強度の分布である。
【0130】
上記の実験において、小孔に水溶液を導入する際に、小孔内に空気がトラップされ、該孔内を水溶液で充填することが困難であったので、水溶液を予め脱気して、孔内の空気を水溶液に吸収させて、空泡を排除した。また、PDMSは疎水性であり、液滴をはじいてしまうため、上記のエッチング装置によりO2プラズマを当て、液滴と接する表面を親水性となるよう予め処理した。図7(A)において、明るい点の部分が、蛍光標識されたタンパク質分子が固定されたサイトの像であり、図から明らかな如く、タンパク質分子が、所定のパターンにて、即ち、格子状に並べられた所定のサイトに固定されていることが確認された。同図に於いて、蛍光像が、実際よりも大きな範囲に広がって見えるのは、蛍光の散乱の効果のためである。図7(B)を参照すると、孔のあった部分にだけ、蛍光アルブミンがパターニングされていることが理解されるであろう。孔以外の領域において、即ち、孔の周囲に於いて、蛍光強度は、バックグラウンドのレベルであり、これにより、非特異的吸着がないことが確認された。
【実施例2】
【0131】
活性のある酵素のパターニング F1ATPaseは、回転軸と外殻とから成る回転モーターの如き構造を有するATP加水分解酵素であり、ATPの分解に伴って回転軸構造を有する部分が、外殻構造に対して相対的に回転することが知られている(図8(C)参照)。かかるタンパク質の回転運動は、光学顕微鏡下で容易に可視化されるので(例えば、上記非特許文献8参照)、本発明によりF1ATPaseを基板上にパターニングし、回転運動が観察される否かにより、基板上のタンパク質が活性を保持しているか否かを確かめた。
【0132】
実験では、ガラス基板の表面をNi-NTAで処理し、F1ATPase50に、かかるNi-NTAで処理した表面に固定できるようタグを導入し、F1ATPaseが効率よく基板表面に結合できるようにした。そして、ガラス基板に図4に例示された方法により調製されたPDMSから成るシート材14を密着させ、図2に例示された方法により、F1ATPaseのパターニングを行った。なお、タンパク質分子の大きさは10nm程度なので、回転運動を可視化するために、タンパク質の軸部にマイクロビーズ52(0.5μm)を付加し、ビーズ52の回転により、回転の有無、即ち、活性を保持しているか否かを観察した。
【0133】
パターニングの具体的な手順は、以下の通りである。(a)PDMSシート材14をNi-NTA処理ガラス10の上に密着させ、その上から約1/1000μM F1ATPaseを含有する水溶液を添加した。F1ATPaseの軸部の先端には、ビオチンが修飾付加されている。(b)約3分間室温に静置した後、50mM MOPS-KOH/50mM KCl(pH7.0)の水溶液にて、シート材上を洗浄した。(c)0.46μm ストレプトアビジンコートされたビーズ(Molecular probe)を添加し、5分間室温に静置した。これにより、ビーズは、ストレプトアビジンとビオチンとの結合を介してF1ATPaseの軸部に付加される。(d)再度、50mM MOPS-KOH/50mM KCl の水溶液にて、シート材上を洗浄し、(e)2mM ATP/2mM MgCl2の水溶液を添加して、光学顕微鏡(オリンパスIX70、油浸対物レンズ100倍)下で、ビーズの回転を観察した。
【0134】
図8(a)は、孔の開口寸法が約20μm×20μmのシート材を用いて、F1ATPaseを基板上にパターニングした例の光学顕微鏡像(位相差顕微鏡像)であり、像中の矢印が互いに結合した二つのビーズである。図8(b)は、ビーズの像を0.13秒毎に経時的に捉えたものであり、図中の矢印は、二つのビーズの向きを表している。同図のビーズの向きが変化していることから理解されるように、図にて反時計周りに回転することが観察され、これは、図8(c)に模式的に示されている如く、F1ATPaseによる回転である(上記非特許文献8参照)。このことにより、本発明によりパターニングされたタンパク質分子F1ATPaseが活性を保持したままであることが確かめられた。なお、図8では、孔径が約20μmであるが、同様の実験結果は、孔径が約5μmの場合にも得られた。
【実施例3】
【0135】
選択的パターニングI 本発明のシート材においては、上面の孔径は、下面の孔径より大きいため、溶液の滴下操作が容易である。このことを確かめるべく、3種類の異なる蛍光ビーズを、同一基板上の15μmx15μmの寸法のサイトに与え、互いに混合しないことを確かめた。図9は、三色の蛍光ビーズを別々の孔に与えた場合の光学顕微鏡像である(詳細なその他の実験条件は、実施例1と同様である。)。蛍光ビーズはMolecular ProbeのFluospheres(赤:0.2μm、緑:0.2μm、青:1.0μm)を用いた。同図から理解される如く、別々の孔に与えられたビーズは、互いに混合しなかった。これにより、本発明によれば、一つの基板上に何種類ものタンパク質を同時に、別々の孔に固定するべく、パターニングできることが確かめられた。
【実施例4】
【0136】
蛍光タンパク質のパターニングII パリレンからなる有孔シート材を基板上にて調製し、蛍光標識したアルブミンを図2に示されている方法でパターニングし蛍光顕微鏡で観察した。
【0137】
図10(A)は、上記の有孔シート材の調製方法IIに記載の方法によりガラス基板上にて調製されたシート材(及び基板)の透過光による顕微鏡像であり、シート材には、10μm四方の孔が格子状に形成されている。シート材の高さは、約5μmである。図10(B)は、図10(A)の基板上に図2の方法によりパターニングされた蛍光標識したアルブミンの蛍光顕微鏡像である。アルブミンは、蛍光色素IC3−PE−マレイミド(N-Ethyl-N'-{5-[N"-(2-mareimidoetyl)piperazinocarbonyl]pentyl}-indocarbocyanine chloride(株式会社同仁化学研究所))により蛍光標識し、約3mg/mlの濃度にてシート材の上に滴下した。顕微鏡は、オリンパスIX70、蛍光キューブ(フィルタセット)はW−IG(励起側波長520−550nm、蛍光側波長565nm−)、対物レンズは60倍(ドライ)のものを使用した。なお、図10(B)は、シート材を除去した状態の図10(A)の像と同一の場所の像である。
【0138】
図10(B)において、明るい部分、即ち、蛍光標識されたタンパク質(アルブミン)が固定された部分は、図10(A)の孔のパターンと同一のパターンで並んでおり、このことにより、有孔シート材の調製方法IIに記載の方法によりガラス基板上にてシート材を調製した場合にも、シート材のパターンに従って、成功裡にタンパク質等の物質がパターニングされることが確認された。
【0139】
図10(C)は、図10(A)及び(B)と同様の手順により、ガラス基板上にパターニングされた蛍光標識アルブミンの蛍光顕微鏡像である。ただし、この例においては、図10(A)の格子状パターンの如き規則的なパターンではなく、図10(C)に示される如き不規則なパターンにて穿孔されたシート材が用いられ、タンパク質は、シート材のパターン通りに基板上に固定された。このことにより、有孔シート材を基板上にて調製する方法によれば、任意の不規則なパターンにおいてもパターニングが成功裡に行われることが示された。
【0140】
図11(A)−(C)は、有孔シート材の調製方法IIに記載の方法によりガラス基板上にて調製されたシート材を用いてタンパク質をパターニングした場合の更に別の例を示している。これらの実験では、、約5mg/mlの濃度のFITC蛍光標識されたアルブミン(AlubminBovine, Fluorescein Isothiocyanate:SIGMA)溶液をシート材の上に滴下した。顕微鏡は、オリンパスIX70、蛍光キューブ(フィルタセット)はBCIP、対物レンズは10倍(ドライ)のものを使用した。図11(A)−(C)は、それぞれ、シート材を除去した後の基板の蛍光顕微鏡像である。
【0141】
上記の実験において、シート材の高さは、約5μmである。(A)の格子状パターンの孔の口径は、18μm、隣接する孔の間隔、即ち、シート材が形成している枠の厚みは、2μmである。図から明らかな如く、孔のあった部分にだけ、蛍光アルブミンがパターニングされていることが理解されるであろう。即ち、タンパク質分子が、所定のパターンにて、即ち、格子状に並べられた所定のサイトに固定され、シート材の枠の厚みが2μmと薄いにもかかわらず、溶液中のタンパク質分子がシート材の枠と基板との間に侵入することはなく、パターニング操作中にシート材と基板との密着性が保持されていることが確認された。
【0142】
(B)及び(C)の像は、本発明により、任意の形状のパターンにて、タンパク質等の物質を基板上にパターニングできることを示している。特に、(B)のcenterの文字列のうち、eの文字を参照すると、暗い部分が明るい部分により、完全に分離されていることは、注意されるべきである。このようなパターンの場合、シート材が孔により物理的に分離されることになる。すなわち、像(B)は、基板上でシート材に穿孔する方法を採用することにより、基板上をマスクするシート材が分離するパターンであっても、物質のパターニングが可能であることを示している。像(C)の円形状のパターンにおいては、明るい円内に、円外の部分に連結された暗い部分が設けられている。このパターンの場合、円外の暗い部分と内側の暗い部分をマスクしていたシート材が連結されている。通常、シート材が分離するパターンにおいて、シート材を基板から剥離する際、円の内側の暗い部分の如く、シート材全体から分離した微小なシート材の片を剥離することは困難であるが、像(C)の如く、一部に連結した部分を残すことにより、シート材全体を剥離する際、微小なシート材の片も一体として容易に剥離することが可能となる。
【実施例5】
【0143】
選択的パターニングII 実施例4と同様の要領にてパリレンからなる有孔シート材を基板上にて調製し、更に、図6C示されている如き下面に溝状構造を有する蓋部材をシート材の上面に重畳して流路を形成したものを用いて、一つの基板上に於いてサイトごとに別の物質をパターニングできることを確かめた。
【0144】
図12(a)及び(b)は、図6Cに関連して説明した要領により、一つの基板上に於いて、3種類の色の異なる蛍光ビーズを、それぞれ別々のサイトにパターニングし、シート材(及び蓋部材)を除去した状態でのビーズの蛍光顕微鏡像である。
【0145】
図12(a)の実験の基板に於いて、シート材には、約50μm任意の輪郭の孔が3×3の格子状に穿孔されている(図6C(c)参照)。シート材の高さは、約5μmである。パリレンのシート材はアルミニウム蒸着膜を除去せずに用いた。蓋部材は、DOW CORNING57(ぬれ性増加添加剤)を添加したPDMSを用いて作成した。シート材の上に重畳された際に蓋部材の下面となる面に形成される流路の径は、約150μm程度(出口側の流路は、その半分程度)である。蛍光ビーズはMolecular ProbeのFluospheres(赤:0.2μm、緑:0.2μm、青:1.0μm)を用いた。ビーズは、水溶液に分散し、各流路の入口部に溶液を与えることにより、適用した。図6C(c)の流路L1、L6及びL8には、緑色ビーズ、L3、L4及びL7には、青色ビーズ、L2、L5及びL9には、赤色ビーズを適量分散した溶液を、それぞれ与えた。(その他の実験条件は、実施例3又は4と同様である。)
【0146】
溶液を流路の入口端に適用すると、蓋部材はシート材上に密着した状態を維持し、溶液は、既に述べた如く自発的に流路内に流入し、各流路からの溶液の漏れは確認されなかった。適当な時間が経過した後、各流路内にビーズの含まれていない溶液を流通させることにより、流路内壁及びサイト表面に吸着しなかったビーズを洗い流し、基板からシート材を除去した。
【0147】
図12(a)から理解される如く、格子点のサイト領域の小さい種々のマーク形状以外の領域には、ビーズが吸着していなかった。また、同図において、各色のビーズは、対応するサイトにのみ、吸着していることが確認され、これにより、図6Cに関連して説明したマイクロ流路を採用したパターニング方法により、一つの基板上に別々の物質を選択的に任意のサイトに固定できることが確認された。
【0148】
図12(b)は、隣接するサイトの間隔が図12(a)の場合よりも小さい場合の例である。各サイトに対して互いに異なる色のビーズがパターニングできることが理解されるであろう。
【実施例6】
【0149】
選択的パターニングIII 図6Dに示された如き溝状構造が形成された基板を用いて、図6Eに関連して説明された要領にて、複数の種類のタンパク質又はビーズを、それぞれ、一つの基板上の別々のサイトに選択的にパターニングした。
【0150】
基板は、厚さ2mmのポリメチルメタクリレート板を用い、その上面を3DCAD/CAMモデリングマシンを用いて切削して溝状構造を形成した。次いで、その上に、パリレンCからなる膜を蒸着し、溝内の底部にエンドミルにて孔16を穿孔し、基板表面を露呈させた。なお、シート材となるパリレンの蒸着に先立って、基板上には、界面活性剤を適用し、シート材の剥離が容易になるよう処理した。更に、シート材の上にPDMSシートを重畳した。次いで、複数の種類の物質を、それぞれ別の流路に適用し、適当な時間静置した後に、流路内を溶媒で洗い流し、流路内が溶液で満たされている状態でシート材と蓋部材とを基板上から剥離した。
【0151】
図13は、各流路に別々の蛍光標識された物質を流し、所定のサイトにて各物質を固定した状態の蛍光顕微鏡像である。なお、適用された物質の蛍光波長が異なるので、それぞれの蛍光波長に適合した光学フィルタを用いて撮影したものがそれらの位置を合わせて合成した状態で示されている。図6Dに於けるL1−L2、L3−L4、L5−L10、L6−L7、L8−L9の流路の組には、それぞれ、図13に於けるサイトS1、S2、S3及びS6、S4、S5に対応する。そして、流路L1−L2、L3−L4、L5−L10、L6−L7、L8−L9には、それぞれ、蛍光ビーズ、FITC標識牛血清アルブミン、量子ドット標識抗マウスIgG、GFP、FITC標識抗マウスIgGを適用した。
【0152】
図13から理解される如く、シート材を除去した状態に於いて、基板に於いて、所定のサイトにのみ前記の種々タンパク質等が固定された。また、それぞれのサイトには、それぞれの対応する流路に流した物質のみが固定された(蛍光の色により確認される。)。従って、図6Eに関連して説明された方法及び装置によって、一つの基板上に複数の物質が選択的にパターニングできることが確認された。
【0153】
以上の説明は、本発明の実施の態様に関連してなされているが、当業者にとつて多くの修正及び変更が容易になされることは、理解されるべきであり、本発明は、上記に例示された実施態様のみに限定されるものではなく、本発明の概念から逸脱することなく種々の装置に適用されることは理解されるであろう。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体に分散可能な流体分散可能物質を基板上に所定のパターンにて固定する方法であって、
前記基板に、上面と下面とを有するシート材にして、前記所定のパターンに対応して形成された前記上面から前記下面まで貫通して開口した少なくとも一つの孔を有するシート材を前記下面が前記基板上に密着した状態のものを準備する過程と、
前記流体分散可能物質を含有する流体を前記シート材の前記上面の開口より載置して前記孔内を前記流体にて満たし、前記シート材の前記下面の前記孔の開口の縁に囲繞された前記基板の表面領域に前記流体分散可能物質を固定する過程と、
を含み、これにより、実質的に前記所定のパターンに対応した前記基板の表面領域上のみに前記流体分散可能物質が固定される方法にして、
前記基板に前記シート材を密着した状態のものを準備する過程において、前記基板上に前記シート材となる材料の薄膜を前記基板上に密着した状態となるよう形成し、前記所定のパターンに対応して前記薄膜に少なくとも一つの孔を穿孔して前記所定のパターンに対応して前記基板の表面を露呈することにより、前記基板に前記シート材を密着した状態のものを形成すること、及び、
前記基板上に、前記薄膜の形成に先立って、電極を形成し、前記所定のパターンに対応して前記薄膜に少なくとも一つの孔を穿孔して前記所定のパターンに対応して前記基板の表面を露呈した際に、前記孔において、前記電極の少なくとも一部を露呈させることを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1の方法であって、前記シート材となる材料がポリパラキシレンであり、前記基板上に前記薄膜を形成するのに先立って、前記薄膜が形成される前記基板の表面に、熱酸化シリコン膜層、純シリコン膜層、クロム蒸着膜層及び界面活性剤膜層からなる群から選択された層を形成し、前記基板に対する前記シート材の密着力を制御することを特徴とする方法。
【請求項1】
流体に分散可能な流体分散可能物質を基板上に所定のパターンにて固定する方法であって、
前記基板に、上面と下面とを有するシート材にして、前記所定のパターンに対応して形成された前記上面から前記下面まで貫通して開口した少なくとも一つの孔を有するシート材を前記下面が前記基板上に密着した状態のものを準備する過程と、
前記流体分散可能物質を含有する流体を前記シート材の前記上面の開口より載置して前記孔内を前記流体にて満たし、前記シート材の前記下面の前記孔の開口の縁に囲繞された前記基板の表面領域に前記流体分散可能物質を固定する過程と、
を含み、これにより、実質的に前記所定のパターンに対応した前記基板の表面領域上のみに前記流体分散可能物質が固定される方法にして、
前記基板に前記シート材を密着した状態のものを準備する過程において、前記基板上に前記シート材となる材料の薄膜を前記基板上に密着した状態となるよう形成し、前記所定のパターンに対応して前記薄膜に少なくとも一つの孔を穿孔して前記所定のパターンに対応して前記基板の表面を露呈することにより、前記基板に前記シート材を密着した状態のものを形成すること、及び、
前記基板上に、前記薄膜の形成に先立って、電極を形成し、前記所定のパターンに対応して前記薄膜に少なくとも一つの孔を穿孔して前記所定のパターンに対応して前記基板の表面を露呈した際に、前記孔において、前記電極の少なくとも一部を露呈させることを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1の方法であって、前記シート材となる材料がポリパラキシレンであり、前記基板上に前記薄膜を形成するのに先立って、前記薄膜が形成される前記基板の表面に、熱酸化シリコン膜層、純シリコン膜層、クロム蒸着膜層及び界面活性剤膜層からなる群から選択された層を形成し、前記基板に対する前記シート材の密着力を制御することを特徴とする方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図3a】
【図4】
【図6A】
【図6B】
【図5】
【図6】
【図6C】
【図6D】
【図6E】
【図6F】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図3a】
【図4】
【図6A】
【図6B】
【図5】
【図6】
【図6C】
【図6D】
【図6E】
【図6F】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2011−99865(P2011−99865A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−269986(P2010−269986)
【出願日】平成22年12月3日(2010.12.3)
【分割の表示】特願2004−273193(P2004−273193)の分割
【原出願日】平成16年9月21日(2004.9.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年5月21日から23日化学とマイクロ・ナノシステム研究会主催の「第9回化学とマイクロ・ナノシステム研究会」において文書をもって発表
【出願人】(801000049)財団法人生産技術研究奨励会 (72)
【出願人】(000178594)山崎製パン株式会社 (42)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年12月3日(2010.12.3)
【分割の表示】特願2004−273193(P2004−273193)の分割
【原出願日】平成16年9月21日(2004.9.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年5月21日から23日化学とマイクロ・ナノシステム研究会主催の「第9回化学とマイクロ・ナノシステム研究会」において文書をもって発表
【出願人】(801000049)財団法人生産技術研究奨励会 (72)
【出願人】(000178594)山崎製パン株式会社 (42)
【Fターム(参考)】
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