説明

流動性有機物の粘度調整方法及びそのための粘度調整剤

【課題】 高分子物質を用いずに、粘度の温度依存を改良し、或いは、温度の上昇と共に逆に粘度を上昇させることにより、オイル等の流動性有機物の温度依存性を改良する方法及びそのための粘度調整剤を提供する。
【解決手段】油性の流体に、水素結合により線状及び/又は網状に連続的に結合して、親油性の超分子を形成する物質と、その分子間の結合力を制御する機能を有する、油溶性のアルコールなどの補助剤とを加えることにより、前記超分子を溶解している油性の流体の粘度の温度依存性を低減又は逆転させることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流動性有機物の粘度調整方法及びそのための粘度調整剤に関する。
【背景技術】
【0002】
流動性有機物の粘度は、多くの場合、温度上昇とともに減少する。
流動性有機物の一種である潤滑油は、産業機械や自動車の分野において広範に用いられており、可動部の摩擦を制御する、可動部の損耗を減少する、可動部の腐蝕を低減する等の種々の機能を有するものである。
近年、地球環境保護の観点から、産業機械や自動車の省燃費性が要求されてきており、潤滑油の粘性に関する温度特性の改良が望まれている。
すなわち、潤滑油の機能の発現には最適な粘度の範囲があり、高粘度では、エネルギー効率を悪化させ、低粘度では潤滑効果を失う。潤滑油の粘度は、温度依存性を有しているために、温度の上昇と共に減少する。この粘度の温度依存性のために、使用温度範囲の中で必要な粘度を保つためには、低温領域の高粘度化とこれに起因するエネルギー効率の悪化を許容する必要があった。したがって、粘度の温度依存性が小さい潤滑油が存在すれば、低温度領域でのエネルギー効率を悪化させないで済む。
また、JS10等の、JISZ8809に規定されている粘度計校正用標準液は、同様に温度依存性を有しているため、温度依存性がないか、或いは、温度依存性を非常に小さくした粘度計校正用標準液が望まれている。
【0003】
従来、潤滑油等の温度依存性を改良する目的で、ある種の重合体からなる高分子粘度指数向上剤を添加することが知られている(特許文献1,2等)。なお、粘度指数とは、潤滑油の粘度の温度依存性の尺度として用いられるものであり、粘度指数が大きいほど温度変化に対する安定性が高いことを意味する。
しかしながら、このような粘度指数向上剤には、粘度指数を向上させる機能とは別に、剪断安定性が要求される。特に、エンジンオイルなどの駆動系の潤滑油は、クランク軸やギアなどにより強い剪断力を受けるが、粘度指数向上剤として、高分子物質を用いた場合、この剪断力により、ベースポリマーのポリマー鎖が切断され、分子量の低下を生じ、その結果、粘度指数の低下を生じやすくなる。剪断安定性を向上させるためには、重量平均分子量を低くすることが必要であるが、重量平均分子量を低くすると、粘度指数を充分に向上させるために、添加量を増やすことが必要になる。
【0004】
一方、油脂などの流動性有機物を増粘・ゲル化する手段として、種々のゲル化剤が提案されている。
例えば、特許文献3では、アミノ酸アルキルアミドとベンゼンカルボン酸クロライドを反応させて得られたベンゼンカルボン酸アミド化合物を有効成分とするゲル化剤又は固化剤が、特許文献4では、シクロヘキサントリカルボキサミドのアルキル誘導体を有効成分とする増粘・ゲル化剤が、それぞれ提案されている。また、非特許文献1には、トリアルキル−1,3,5−ベンゼントリカルボキシアミドの増粘効果について、非特許文献2には、1−アシルアミノ−3,5−ビス(2−エチルヘキシルアミノカルボニル)ベンゼンの増粘効果について記載されている。
しかしながら、これらの増粘剤やゲル剤は、粘度の温度依存を改良する機能、或いは、温度の上昇とともに逆に粘度を上昇させる機能を有するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−301939号公報
【特許文献2】特開2008−540698号公報
【特許文献3】特開2000−72736号公報
【特許文献4】特開平9−344691号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Kenji Hanabusa1), Chiemi Koto1), Mutsumi Kimura1), Hirofusa Shirai1) and Akikazu Kakehi2), Chemistry Letters Vol.26(1997),No.5 p.429
【非特許文献2】Daisaku Inoue, Yasuhiko Sakakibara, Masahiro Suzuki, Hirofusa Shirai, Akio Kurose,y and Kenji Hanabusa, Chemistry Letters Vol.34(2005),No.3 p.348
【非特許文献3】Daisuke Ogata, Toshiyuki Shikata, and Kenji Hanabusa, J.Phys.Chem.B,2004,108(40),pp15503-15510
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、従来、流動性有機物の粘度を高めるための物質、特に、潤滑油の温度依存性を改良するために用いられている粘度指数向上剤には、主として、高分子物質が用いられるが、高分子物質は、剪断力などの強い力により分子が不可逆的に切断され、徐々に粘度低下が起こるという課題がある。
本発明は、こうした現状を鑑みてなされたものであって、高分子物質を用いずに、粘度の温度依存を改良し、或いは、温度の上昇と共に逆に粘度を上昇させることにより、オイル等の流動性有機物の温度依存性を改良する方法及びそのための粘度調整剤を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく研究を重ね、従来、有機ゲル化剤等に用いている、水素結合による超分子構造体を形成する物質を利用することを検討した。
水素結合等の分子間相互作用によって分子同士が特定の構造をとる物質を超分子と総称するが、その中で、水素結合により、オイル等の媒体中で、2次元的な配列で、繊維状に繋がった巨大な分子集合体を作る超分子形成物質が知られている。油溶性の超分子形成物質が、巨大分子集合体になれば、媒体である油をゲル化する作用を有する。この作用を有する物質が、有機ゲル化剤であって、ゲル化剤で形成された巨大分子の網の中に、流動性液体である媒体が取り込まれてゲル化する(非特許文献3等参照)。
【0009】
本発明者らは、この油溶性の超分子形成物質の分子間の結合が余り強固ではない場合には、媒体である流体に働く流動力や熱運動によって超分子集合体は切断と再結合を繰り返すようになり、媒体である流体は、ゲルではなく流動性のある粘稠なものとなると考えた。
そして、飽和炭化水素系の油や、流動パラフィン等の流動性の有機物に、油溶性の超分子形成物質を添加し、さらに、超分子形成に対する抑制作用を持つアルコール類などを補助剤に用いることにより、積極的に分子間結合を弱める調製を行い、油溶性の超分子物質を、流動性有機物の粘度調整剤として活用できることを見いだした。
【0010】
本発明はこれらの知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]水素結合により線状及び/又は網状に連続的に結合して、親油性の超分子を形成する物質を用いるとともに、その分子間の結合力を制御する機能を有する補助剤を加えることにより、前記超分子を溶解している油性の流体の粘度の温度依存性を低減又は逆転させることを特徴とする流動性有機物の粘度調整方法。
[2]前記親油性の超分子を形成する物質が、分子間水素結合を形成可能なアミド結合を複数有することにより線状に連続的に結合して油溶性の超分子を形成する物質であることを特徴とする[1]に記載の方法。
[3]前記補助剤が、油溶性のアルコールであることを特徴とする[1]又は[2]に記載の粘度調整方法。
[4]前記親油性の超分子を形成する物質が、下記の一般式(I)又は(II)であることを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
【化1】

【化2】

(式中、R〜Rは、それぞれ独立に炭素数4〜20の、直鎖状、分岐鎖状、又は環状の構造を有するアルキル基を表す。)
[5]前記親油性の超分子を形成する物質が、N,N',N"-トリス(3,7-ジメチルオクチル)ベンゼン-1,3,5-トリ-カルボキシアミド(N,N',N"-tris(3,7-dimethyloctyl)benzene-1,3,5-tri-carboxyamide)、又は1-オクタデカノイルアミノ-3,5-ビス(2-エチルへキシルアミノ-カルボニル)ベンゼン(1-octadecanoylamino-3,5-bis(2-ethylhexylamino-carbonyl)benzene)であることを特徴とする[4]に記載の方法。
[6]水素結合により線状及び/又は網状に連続的に結合する、親油性の超分子を形成する物質と、その分子間の結合力を弱める機能を有する補助剤とを有効成分とすることを特徴とする流動性有機物の粘度調整剤。
[7]前記親油性の超分子を形成する物質が、分子間水素結合を形成可能なアミド結合を複数有することにより線状に連続的に結合して油溶性の超分子を形成する物質であることを特徴とする[6]に記載の流動性有機物の粘度調整剤。
[8]前記補助剤が、油溶性のアルコールであることを特徴とする[6]又は[7]に記載の流動性有機物の粘度調整剤。
[9]前記親油性の超分子を形成する物質が、下記の一般式(I)又は(II)であることを特徴とする[6]〜[8]のいずれかに記載の流動性有機物の粘度調整剤。
【化1】

【化2】

(式中、R〜Rは、それぞれ独立に炭素数4〜20の、直鎖状、分岐鎖状、又は環状の構造を有するアルキル基を表す。)
[10]前記親油性の超分子を形成する物質が、N,N',N"-トリス(3,7-ジメチルオクチル)ベンゼン-1,3,5-トリ-カルボキシアミド、又は1-オクタデカノイルアミノ-3,5-ビス(2-エチルへキシルアミノ-カルボニル)ベンゼンであることを特徴とする[9]に記載の流動性有機物の粘度調整剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、流動性有機物の粘度の温度依存性を小さくし、若しくは通常と逆に、即ち、温度上昇と共に粘度を上昇させることが可能となる。特に、本発明を、潤滑油に適用した場合には、低温での粘度を下げることができ、省エネルギーに貢献する。また、本発明では、高分子を用いることなく、低分子が会合した超分子を用いるため、切断されても元に戻るため、粘度の安定性が期待される。さらに、粘度の温度依存性の小さいことは、粘度の値が再現しやすいため、本発明により得られた流体は、標準液体としての価値が高い。さらにまた、本発明の粘度調整剤において、分子間結合を弱める機能を有する物質が少ない場合には、粘弾性流体が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】トリデカンに、DO3Bと、補助剤としてドデカノールを添加したときの粘度の温度依存性を示す図
【図2】トリデカンに、OEH2Bと、補助剤としてドデカノールを添加したときの粘度の温度依存性を示す図
【図3】トリデカンに、OEH2Bと、ドデカノール(1.03w%)を添加し、ずり速度を変えて測定したときの、粘度の温度依存性を示す図
【図4】トリデカンに、DO3Bと、補助剤として安息香酸を添加したときの粘度の温度依存性を示す図
【図5】高温に晒されたDO3B含有溶液の粘度の温度依存性を示す図
【図6】流動パラフィン系のオイル(JS10)に、高温に晒されたDO3B含有溶液を混合したときの粘度の温度依存性を示す図
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の方法は、水素結合により線状に連続的に結合する、油溶性の超分子を形成する物質を用いるとともに、該油溶性の超分子物質の分子間の結合力を制御する機能を有する、アルコールなどの補助剤を加えることにより、前記超分子を溶解している流動性有機物の粘度の温度依存性を低減又は逆転させることを特徴とする流動性有機物の粘度調整方法である。
また、本発明の流動性有機物の粘度調整剤は、水素結合により線状に連続的に結合する油溶性の超分子物質と、該超分子物質の分子間の結合力を弱める機能を有する補助剤を有効成分とすることを特徴とするものである。
【0014】
本発明において用いる油溶性の超分子物質は、水素結合により、オイルなどの流体の中で線状に繋がった巨大な分子集合体を作る親油性の物質であって、従来有機ゲル化剤として多く用いられているものであり、代表的には、分子間水素結合を形成可能なアミド結合を複数有することにより線状に連続的に結合して油溶性の超分子を形成する物質があげられる。
具体的には、アミド結合を官能基として有する、線状に連続的に結合する、親油性の超分子物質であって、好ましいものとして、下記の一般式(I)又は(II)で表されるものが例示される。
【0015】
【化1】

【0016】
【化2】

【0017】
なお、上記式中、R〜Rは、それぞれ独立に、炭素数4〜40の直鎖状、分岐鎖状、又は環状の構造を有するアルキル基を表す。
このようなアルキル基としては、具体的は、Rとしては、(CH)CH、(CH)11CH、(CH)17CH、CCH(CH)CCH(CH)等、Rとしては、(CH)10CH、(CH)16CH等、Rとしては、CHCH(C)C等が挙げられる。
【0018】
本発明において、該超分子物質の分子間の結合力を制御する機能を有する補助剤としては、油溶性のアルコール、有機カルボン酸、一級アミンなどがあげられるが、特に、油溶性のアルコールは、流動性有機物の温度依存性の逆転現象を引き起こすので、好ましく用いられる。
本発明において用いられる油溶性のアルコールとしては、オクタノール、ドデカノール等の脂肪族アルコールが好ましい。プロパノール等の炭素数が少ないものは蒸発しやすく、効果が変動し、また、炭素数が多すぎると、低温での溶解性が悪くなり、アルコール添加の効果を失うためである。
一方、有機カルボン酸、一級アミンなどは、加えることにより粘度を低下させるので、形成される超分子の分子間結合を弱める機能を有する補助剤であるが、後述する例に示すように、通常みられる温度依存性と同様に、温度の上昇と共に粘度が減少する特性を示す。
【0019】
本発明において、前記油溶性の超分子物質及び補助剤が添加される油性の流体は、特に限定されないが、超分子形成による増粘効果が認められる物質が対象である。例として、トリデカンなどの飽和炭化水素系の油、流動パラフィンなどが挙げられる。
添加される超分子形成物質の必要量は、期待する増粘作用の大きさに依存するが、流動性有機物に対して、0.1wt%程度から増粘効果が現れる。
また、添加される補助剤の量は、補助剤の増粘作用を減じる効果の大きさによって異なるが、アルコールの場合、流動性有機物に対して、0.1M(重量モル濃度)(1.3wt%:オクタノール換算)程度、或いはそれ以下に最適値がある場合が多い。補助剤が酸の場合は効果が強く、最適濃度はこれより低い。
さらに、本発明において、油溶性の超分子形成物質は混合して使うことが可能である。両者はほぼ同一のレオロジー的特性を示すが、溶解性がやや異なり、混合により溶解性が改善できる。
【0020】
本発明によれば、流動性有機物の粘度の温度依存性を小さくし、若しくは通常と逆に、即ち、温度上昇と共に粘度を上昇させることが可能となる。
特に、本発明の粘度調整方法及び粘度調整剤を、潤滑油に適用した場合には、低温での粘度を下げることができ、省エネルギーに貢献する。
また、本発明では、粘度調整剤に高分子を用いることなく、低分子が会合した超分子を用いることにより、切断されても元に戻るため、粘度の安定性が期待される。
さらに、粘度の温度依存性の小さいことは、粘度の値が再現しやすいため、本発明により得られた流体は、標準液体としての価値が高い。
さらにまた、本発明の粘度調整剤において、分子間結合を弱める機能を有する物質が少ない場合には、粘弾性流体が得られるため、ゲル化剤としても用いることができる。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0022】
最初に、実施例及び比較例に用いた材料及び測定方法について記載する。
<油溶性の超分子物質>
・N,N',N"-トリス(3,7-ジメチルオクチル)ベンゼン-1,3,5-トリ-カルボキシアミド(N,N',N"-tris(3,7-dimethyloctyl)benzene-1,3,5-tri-carboxyamide)(上記非特許文献1参照。以下、「DO3B」と記す。)
・1-オクタデカノイルアミノ-3,5-ビス(2-エチルへキシルアミノ-カルボニル)ベンゼン(1-octadecanoylamino-3,5-bis(2-ethylhexylamino-carbonyl)benzene)(上記非特許文献2参照。以下、「OEH2B」と記す。)
<補助剤>
・ドデカノール
・安息香酸
<流動性有機物>
・トリデカン(tridecane)
・流動パラフィン
【0023】
<粘度の測定方法>
粘度は、回転粘度計を用いて測定した。増粘された試料は、非ニュートン性で、粘度にずり速度依存性が表れる可能性が高いため、ずり速度を変化させながら(回転数を変えながら)粘度測定を行った。なお、測定温度の表記は、設定温度であり、実際の温度は60℃の場合、1℃程度低い。
【0024】
(実施例1)
本実施例では、流動性物質に、超分子形成物質と補助剤としてドデカノールを添加した場合の粘度の温度依存性を以下のようにして確かめた。
流動性有機物としてトリデカンを用い、これに上記DO3Bを超分子形成物質として、濃度5mwMとなるように加え、これに、補助剤としてドデカノールを加えた。
図1に、トリデカンにDO3Bとドデカノールを加えたときの粘度の変化を示す。
ドデカノール濃度は、プロットの上から、0mM(◆)、45mM(■)、90mM(●)、133mM(▼)(濃度は全て重量モル濃度)であり、粘度測定のずり速度は、100s−1である。
図1から、ドデカノールが、流動性有機物であるトリデカンの粘度の温度依存性を逆転させる補助剤として有効であることが分かる。
図1には、補助剤を加えない試料の結果が示されているが、該結果から明らかなように、補助剤を加えない試料は、粘度が高い。また、非ニュートン性も大きい。
【0025】
(実施例2)
本実施例では、流動性有機物としてトリデカンを用い、これに上記OEH2Bを超分子形成物質として加え(濃度は実施例1と同じく5mwM)、補助剤として同じくドデカノールを用いて、粘度の温度依存性を確かめた。
図2に、トリデカンにOEH2Bとドデカノールを加えたときの粘度の変化を示す。
ドデカノールの濃度は、プロットの上から、0mM(◆)、34mM(■)、55mM(●)、89mM(▼)(濃度は全て重量モル濃度)であり、粘度測定のずり速度は、100s−1である。
図2から、ドデカノールが、流動性有機物であるトリデカンの粘度の温度依存性を逆転させる補助剤として有効であることが分かる。
【0026】
図1、及び図2に示す結果から、超分子形成物質と高級アルコールの組み合わせで、通常とは温度依存性が逆の、高温で粘度が上昇することが分かる。
【0027】
(実施例3)
上記実施例2の結果、ドデカノール濃度55mM(1.03w%)は、温度の低下と共に粘度が減少する効果が測定を実施した濃度の中で最適であることが分かる。
本実施例では、この試料を用いて、粘度がずり速度によって変化する(非ニュートン性)試料であることを確かめた。
すなわち、流動性有機物としてトリデカンを用い、超分子形成物質である上記OEH2Bを5mwM(重量モル濃度)加え、さらに、1.03w%のドデカノールを加えた試料を作成した(実施例2の55mMのプロット参照)。
得られた試料について、10〜60℃における幾つかのずり速度での粘度を測定した。
結果を、図3に示す。
図中の数字、3.16(■)、31.6(●)、316(▲)は、それぞれ、粘度測定のずり速度(s−1)を示す。
図3から明らかなように、高温の粘度上昇はずり速度に依存しており、低いずり速度では、10倍以上の粘度上昇が観測される。また、30℃では、非ニュートン性は小さいが、温度依存性の逆転効果は存在している。即ち、超分子形成物質と補助剤の濃度の組み合わせで、非ニュートン性と温度依存性を同時に調節できることを示している。
【0028】
(実施例4)
本実施例では、アルコール以外の補助剤について確かめた。
流動性有機物としてトリデカンを用い、超分子形成物質である上記DO3Bを5mwM(濃度は全て重量モル濃度)加え、さらに、安息香酸を0〜27.5mwM加えた試料を作成し、温度依存性を確かめた。
図4に、安息香酸を加えたときの粘度の変化を示す。
安息香酸の濃度は、プロットの上から、0mM(◆)、3.7mM(■)、13.5mM(●)、27.5mM(▼)であり、粘度測定のずり速度は、100s−1である。
図4から明らかなように、補助剤として安息香酸を用いた場合の粘度の温度依存性は、一般に見られる温度の上昇と共に粘度が減少する特性を示すが、該補助剤は、加えることにより粘度を低下させるので、形成される超分子の分子間結合を弱める機能を有していることが分かる。
【0029】
(実施例5)
本実施例では、DO3Bのみで、補助剤を添加しない溶液を、高温に晒された場合の粘度の温度依存性を調べた。
流動性有機物としてトリデカンを用い、DO3Bを10mM(重量モル濃度)溶かした試料を作成し、約150℃以上で数分間の加熱を繰り返した。加熱は空気中でおこなった。
加熱を繰り返す毎に粘度の低下が観測され、加熱による試料の変質が判明した。
数回加熱し、見た目に粘度が大きく低下した試料を用い、10〜60℃における粘度を測定した。
結果を図5に示す。図中の数字、32(●)及び320(▲)は、それぞれ、粘度測定のずり速度(s−1)を示す。
図5から明らかなように、この試料は、上記実施例で見た試料と同様に、粘度の温度依存性が逆転しており、補助剤を添加しなくても、加熱によって試料を変質させれば、上記と同様の効果を発揮させることが可能であることが判明した。溶媒分子の酸化等により、何らかの、上記補助剤に相当する分子間結合を弱める機能を有する物質が生成したと推察される。
なお、図5で、二つのずり速度(shear rate)の粘度の値が異なるのは測定上の問題であると考えられ、本試料の非ニュートン性は非常に小さいといえる。
【0030】
(実施例6)
本実施例では、流動パラフィン系のオイル(JS10)に、温度依存性が逆転していることを確認した前記実施例5の試料を加えて、温度依存性を非常に小さくできることを確認した。なお、JS10は、JISZ8809に規定されている粘度計校正用標準液の一つである。
用いた試料は、加熱により粘度変化した上記実施例5に用いた混合物で、DOB3を含む試料の割合が53%のものである。比較のために、JS10についても、粘度を測定した。
図6にその結果を示す。
図は、JS10だけ(―■−)のものは、10℃から60℃へ温度が上昇すると、粘度が約1/4になるのに対し、混合試料(−▲−)は、40℃で最大の粘度となることを示している。この温度範囲では、粘度の最大値と最小値の偏差は20%程度である。このことから、粘度の温度依存性を小さくした試料を作製できることが確かめられた。
なお、本実施例では、実施例5の試料を用いたが、実施例1、2に示したような、温度依存性を逆転させる機能を有する油溶性アルコール等の補助剤を用いた試料を用いた場合にも、同様の効果が得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素結合により線状及び/又は網状に連続的に結合して、親油性の超分子を形成する物質を用いるとともに、その分子間の結合力を制御する機能を有する補助剤を加えることにより、前記超分子を溶解している油性の流体の粘度の温度依存性を低減又は逆転させることを特徴とする流動性有機物の粘度調整方法。
【請求項2】
前記親油性の超分子を形成する物質が、分子間水素結合を形成可能なアミド結合を複数有することにより線状に連続的に結合して油溶性の超分子を形成する物質であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記補助剤が、油溶性のアルコールであることを特徴とする請求項1又は2に記載の粘度調整方法。
【請求項4】
前記親油性の超分子を形成する物質が、下記の一般式(I)又は(II)であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【化1】

【化2】

(式中、R〜Rは、それぞれ独立に炭素数4〜20の、直鎖状、分岐鎖状、又は環状の構造を有するアルキル基を表す。)
【請求項5】
前記親油性の超分子を形成する物質が、N,N',N"-トリス(3,7-ジメチルオクチル)ベンゼン-1,3,5-トリ-カルボキシアミド、又は1-オクタデカノイルアミノ-3,5-ビス(2-エチルへキシルアミノ-カルボニル)ベンゼンであることを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
水素結合により線状及び/又は網状に連続的に結合する、親油性の超分子を形成する物質と、その分子間の結合力を弱める機能を有する補助剤とを有効成分とすることを特徴とする流動性有機物の粘度調整剤。
【請求項7】
前記親油性の超分子を形成する物質が、分子間水素結合を形成可能なアミド結合を複数有することにより線状に連続的に結合して油溶性の超分子を形成する物質であることを特徴とする請求項6に記載の流動性有機物の粘度調整剤。
【請求項8】
前記補助剤が、油溶性のアルコールであることを特徴とする請求項6又は7に記載の流動性有機物の粘度調整剤。
【請求項9】
前記親油性の超分子を形成する物質が、下記の一般式(I)又は(II)であることを特徴とする請求項6〜8のいずれか1項に記載の流動性有機物の粘度調整剤。
【化1】

【化2】

(式中、R〜Rは、それぞれ独立に炭素数4〜20の、直鎖状、分岐鎖状、又は環状の構造を有するアルキル基を表す。)
【請求項10】
前記親油性の超分子を形成する物質が、N,N',N"-トリス(3,7-ジメチルオクチル)ベンゼン-1,3,5-トリ-カルボキシアミド、又は1-オクタデカノイルアミノ-3,5-ビス(2-エチルへキシルアミノ-カルボニル)ベンゼンであることを特徴とする請求項9に記載の流動性有機物の粘度調整剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−77195(P2012−77195A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−223332(P2010−223332)
【出願日】平成22年10月1日(2010.10.1)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】