説明

海域底質からのリンの溶出抑制方法

【課題】海域底質からのリンの溶出を確実に抑制する方法を提供する。
【解決手段】海域底質に製鋼スラグを主体とする被覆材を用いてリン酸態リン(PO−P)の海水中への溶出を抑制する方法において、被覆予定海域の海域底質を底質表面から所定深さまで採取して、リンの溶出に影響する海域底質の厚みを推定し、且つ、模擬試験により、前記採取した海域底質を製鋼スラグを主体とする被覆材により被覆した後、製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水または直上水のpHの経時変化を測定し、このpHを8.3以上9.5以下の所定値に維持するために必要な海域底質単位量当たりの前記製鋼スラグを主体とする被覆材の量を決定し、当該決定した量に基づいて前記被覆予定海域の前記海域底質を前記製鋼スラグを主体とする被覆材で被覆する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、汚染した海域底質から発生するリンの海水中への溶出を、製鋼スラグを用いて抑制する方法に関する。更には、アンモニア臭及び硫化水素臭も抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
まず、背景技術を説明する。
【0003】
湖沼や海域での藻類の異常発生は、水中の窒素、リンなどの栄養塩類濃度が増大し、栄養過多の結果生ずるものであり、富栄養化と呼ばれている。都市下水や産業排水に含まれるリンは、湖沼や海域の富栄養化原因物質の一つであり、環境保全の観点から、下水・排水からのリン除去が進められて来た。近年、多くの水質規制の強化により、周辺からのリンの海域への流入負荷量は減少している。しかし、長年にわたり汚染された海域の底質にはリンが蓄積しており、特に水温が上昇する夏季、嫌気化した底質からリンが溶出し、富栄養化の主要な汚染源となっている。このような富栄養化海域の底質からの栄養塩の溶出を抑制できれば、海域での藻類の異常発生を抑制できる可能性が高いと考えられている。
【0004】
海域底質での酸化還元反応について簡単に説明する。一般に、有機成分の多い底質内部は嫌気的条件、換言すれば、溶存酸素(DO:Disolved Oxygen)の無い状態にある。このような環境下では、嫌気性微生物が、有機物と「酸素以外の酸化剤」の酸化還元反応系を支配している。この一連の嫌気性微生物による酸化還元反応のシーケンスを説明する。酸化力の最も強い成分であるDOが消失すると、順次、以下のような酸化剤が使用され、酸化還元反応が進行する。硝酸イオン(NO)、二酸化マンガン(MnO)、水酸化第二鉄(Fe(OH))、硫酸イオン(SO2−)、そして、極端な条件では二酸化炭素(CO)が酸化剤となる。より高次の酸化剤の枯渇に伴い、系全体の酸化還元電位(ORP:Oxidation Reduction Potential)は段階を追って低下していく。また、底質内のリンは、上記のFe(III)→Fe(II)の還元反応段階でFe(III)に吸着していたリン酸態リン(「リン酸態リン」とも呼ばれる)(PO−P)として溶出すると考えられている。また、この場合、底質内のカルシウム系化合物に吸着しているリンは、極めて溶出しにくいことが明らかになっている。
【0005】
このように、リンは、水からの除去に加えて、海域の汚濁防止の観点から、既に蓄積した海域底質からの溶出抑制技術が強く求められるようになってきた。
【0006】
この海域底質からのリンの溶出抑制技術として、以下のような方法が公知である。
(1)底質の浚渫
(2)リンの不溶化
(3)曝気による酸素供給
(4)底質の被覆
【0007】
第1に、底質の浚渫は、汚染源としての底質を海域から取り除く方法であり、広く実施されてきた。しかし、浚渫した底質が重金属、各種の有機塩素化合物などで広く汚染されていた場合、別途対策が必要となり、この処分方法が課題となる。
【0008】
第2に、リンの不溶化は、水処理技術である凝集沈殿法を応用する方法が提案されている。例えば、アルミニウムや鉄の凝集剤(例えば硫酸アルミニウム、ポリ塩化アルミニウム、塩化第二鉄、硫酸第二鉄など)を用い、以下のような反応でリン酸態リンを固定化する。
3+ +PO3− → MPO↓ ・・・(1)
ここで、M3+は、アルミニウム、鉄などの3価の金属イオンである。
【0009】
第3に、曝気による酸素供給は、前述したように、底質内のリンは、Fe(III)→Fe(II)の還元反応段階でFe(III)に吸着していたリン酸態リン(PO−P)が溶出すると考えられているため、Fe(III)→Fe(II)の還元反応を防止しようとするものである。
【0010】
第4に、底質の被覆による方法は、窒素やリンで汚染された底質を砂や粘土によって被覆し、底質からの栄養塩の溶出を抑制するものであり、一般に覆砂と呼ばれる。良質な被覆材が容易に手にはいる場合には、非常に有効な方法であると考えられている(例えば、非特許文献1を参照)。また、鉄鋼生産に伴い副生する高炉スラグ、製鋼スラグが物理的な被覆効果とともに薬剤効果を併せ持つ利点があるとして検討されている(例えば、非特許文献2を参照)。
【0011】
【特許文献1】特開2003−286711号公報
【特許文献2】特開2005−47789号公報
【非特許文献1】三河湾での覆砂による底質浄化の環境に及ぼす効果の現地実験、堀江毅ほか、土木学会論文集、No.553/II−34、p225−p235、1996
【非特許文献2】製鋼スラグ散布による沿岸海域でのリン除去の基礎的研究、伊藤一明ほか、水環境学会誌、Vol.19、No.6、p501−p507、1996
【非特許文献3】最新の底質分析と化学動態、寒川喜三郎ほか、p27−p39、1996
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
これまでに提案・実施されてきた海域底質からのリンの溶出抑制技術は、以下のような課題を有している。
【0013】
1)底質の浚渫
底質の浚渫方法は、汚染が大規模かつ栄養塩以外の物質で汚染されている場合、浚渫した土砂の2次処理(重金属、各種の有機塩素化合物などの処理)に膨大な費用がかかるとともに、処分先に課題を有する。したがって、今後は比較的小規模で、汚濁の程度が小さい海域に限られてくると思われる。
【0014】
2)薬剤によるリンの不溶化
(1)式からは、理論的には1モルのリンとアルミニウム、鉄などの1モルの金属陽イオンとが1:1で反応するように見える。しかし、海水中には、表1に示すように、重炭酸イオン(HCO)を2mM以上含有している。金属陽イオンM3+は、(2)式のように、HCOと反応する。
3+ +3HCO→ M(OH)↓ +3CO ・・・(2)
本方法は、海水の場合、適用量が膨大になることが容易に予想される。
【0015】
【表1】

3)曝気による酸素供給
曝気による酸素供給も小規模な湖沼域に適した方法であり、海域に適用することは現実的には困難である。
【0016】
4)底質の被覆
結局のところ、海域の場合、底質を天然砂や粘土などの被覆材によって被覆し、底質からの栄養塩の溶出を抑制する方法が最も経済的で、効果的と考えられる。特に、良質な被覆材が容易に手に入る場合には、非常に有効な方法であると考えられる。良質な被覆材として、鉄鋼生産に伴い副生する高炉スラグや製鋼スラグが覆砂効果とともに薬剤効果を併せ持つ利点がある。すなわち、鉄鋼生産に伴い副生するスラグは、底質での硫化水素の発生を抑制するとともに、リンの固定化作用があるとされている。また、スラグを他の被覆材と混合して用いてもよく、この場合、スラグを50質量%以上含むことなどが記載されている(例えば、非特許文献2、特許文献1を参照)。
【0017】
しかし、発明者らが検討したところによれば、従来法による天然砂やスラグを用いた被覆によるリンの溶出抑制方法には以下の課題があることを知見した。
【0018】
(1)海域底質におけるリンの溶出を抑制するpH制御が困難である
従来法によると、天然砂の被覆によってリンの溶出が抑制され、また、スラグによってリンを固定化(吸着)できると述べられている。しかし、発明者らは、海域底質からのリンの溶出を抑制する最も重要な制御要因は、「被覆材の種類」よりもむしろ「被覆材のアルカリ性側におけるpH制御」であることを知見した。
従来法では、被覆材の添加量の設定方法が明確でなく、また、pHを制御するために被覆材の添加量を調節するという発想は全く見られない。
従来から用いられている天然砂はpHが中性付近にあり、被覆材の間隙水中のpHがアルカリ性側に維持されるようにpH制御することは困難である。また、鉄鋼生産に伴い副生する高炉スラグや製鋼スラグは、後述するようにCaOを含むため、海水のpHを上昇させやすい利点がある。しかし、スラグを過剰に添加しすぎると海水のpHが急激に上昇し、pHが9.5を超えると、海水のMgイオンと反応し、水酸化マグネシウムMg(OH)を形成、白濁化する課題がある。また、逆に、スラグの添加量が少ないと、pH上昇の効果が消失してしまう。実際、海域底質は腐敗の程度によってはpHが大幅に低下する。このような場合、一定品質のスラグを用いたとしても、添加量を調節しpH制御を適切に行わなければ、そのリン溶出抑制効果がばらついてしまう結果となる。
従来の知見では、このようなpH制御の視点が欠けており、リン溶出抑制効果は極めて不安定である。例えば、スラグを他の被覆材と混合して用いてもよく、この場合、スラグを50質量%以上含むことなどが記載されている(例えば、非特許文献2、特許文献1を参照)がpH制御については全く触れられていない。
【0019】
(2)硫化水素臭の発生制御が困難である
発明者らが検討したところによれば、海域の場合、天然砂、スラグあるいは他の被覆材を用いて底質を被覆した場合と、被覆しない場合とを比較し、いずれの場合でも底質内部での硫化水素の蓄積は顕著であった。海域底質には、表1に示したように大量の硫酸イオンが存在する。有機物があれば容易に硫化水素は発生してしまう。硫酸還元細菌により、硫酸イオンと有機酸や水素とが反応し、硫化水素が形成される。スラグを被覆材に用いた場合でも、この傾向は変わらなかった。
SO2−+4H+H → 4HO +HS ・・・(3)
CHCOO+SO2− → 2HCO+HS ・・・(4)
生成した硫化物は水中で以下のように解離する。
S ⇔ HS+ H ・・・(5)
([HS][H])/[HS]=K1=10−7 ・・・(5a)
また、上記で生成したHS−は、以下のように解離する。
HS → S2− + H ・・・(6)
([S2−][H])/[HS]=10−12 ・・・(6a)
SはHSよりもはるかに毒性が強い。上記式(5a)、(6a)より、pHが低くなるとHSの存在割合が増加する。pHが7だと50%弱がHSであるが、pHが8で10%弱、pHが9で1%弱となる。なお、ここでいう存在割合とは、S=[HS]+[HS]+[H]に対する各成分の割合(モル比)である。このように、海域底質の嫌気化が顕著に進み底質のpHが低下すると、硫化水素臭が顕著となる。硫化水素臭の抑制の観点からもpHの適正管理が非常に重要である。
従来のリンの溶出抑制方法は、pH制御の視点が欠けており、このままでは、硫化水素臭の抑制も困難である。
【0020】
(3)アンモニア臭の発生抑制が困難である
底質内の窒素を含む有機化合物が生物分解されると、有機酸、アンモニアばかりでなく、アルカリ度(主として重炭酸塩濃度)が上昇する。
RCHNHCOOH+2HO→RCOOH+NH+CO+2H・・・(6)
NH+CO+2HO → NH+HCO・・・(7)
アンモニアは水中で以下のように解離する。
NH⇔ NH+ H・・・(8)
([NH][H])/[NH]=K=4.8×10−10 ・・・(8a)
NHはNHよりもはるかに毒性が強い。上記式(8a)より、pHが高くなるとNHの存在割合が増加する。pHが7だと0.5%弱であるが、pHが8で5%弱、pHが9で30%となる。pHが9.5になると65%がNH態となる。なお、ここでいう存在割合とは、N=[NH]+[NH]に対する各成分の割合(モル比)である。このように高pHになると、アンモニア臭が生じやすい。この結果から、例えば、底質に大量のスラグを一度に添加すると、底質のpHが急激に上昇し、アンモニア臭が発生する場合があることが予想される。アンモニア臭の抑制の観点からもpHの適正管理が非常に重要である。
このように、従来のリンの溶出抑制方法は、pH制御の視点が欠けており、このままでは、アンモニア臭の制御も困難である。
【0021】
本発明は、海域の底質からのリンの溶出を抑制する覆砂法のこれまでの課題を解決し、被覆材の間隙水のpHを制御することにより、リンの溶出を確実に抑制し、また、更には硫化水素臭やアンモニア臭の発生も抑制可能な海底底質からのリンの溶出抑制方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、上記の課題を解決するため検討を重ねた結果、以下の方法により、海域の底質からのリンの溶出を抑制する覆砂法のこれまでの課題を解決し、リンの溶出を確実に抑制するとともに、硫化水素臭やアンモニア臭の発生を抑制する方法を提供することに成功した。
【0023】
使用する被覆材としては、物理的な被覆効果と共に薬剤効果を併せ持ち、且つ、材料コストが安い、鉄鋼生産に伴い副生する高炉スラグや製鋼スラグを検討したが、検討の結果、高炉スラグは本発明に適用すると固結しやすい問題等があった。このため、製鋼スラグを単独で、あるいは、製鋼スラグを主体で含むとともに、高炉スラグや他の被覆材と混合して含有する被覆材が好適であることを知見した。
【0024】
本発明の要旨とするところは次の(1)〜(6)である。
(1) 海域底質に製鋼スラグ単独の被覆材又は製鋼スラグを主体とする被覆材を用いてリン酸態リン(PO−P)の海水中への溶出を抑制する方法において、被覆予定海域の海域底質を底質表面から所定深さまで採取して、リンの溶出に影響する海域底質の厚みを推定し、底質表面からの厚みが前記推定した厚みとなる区間から採取した海域底質を前記被覆材により被覆した後、前記被覆材の間隙水または直上水のpHの経時変化を測定し、測定したpHを8.3以上9.5以下の所定値に維持するために必要な海域底質単位量当たりの前記被覆材の量を決定する模擬試験を行い、前記被覆予定海域の前記海域底質を、前記模擬試験により決定した量の前記被覆材で被覆することを特徴とする、海域底質からのリンの溶出抑制方法。
(2) 前記pHの所定値を8.3以上9.0以下の所定値とし、前記海域底質からのリン酸態リン(PO−P)の溶出抑制に加えて、前記海域底質からのアンモニア(NH)臭および硫化水素(HS)臭の発生を抑制することを特徴とする(1)に記載の海域底質からのリンの溶出抑制方法。
(3) 前記製鋼スラグが炭酸化処理されていることを特徴とする(1)又は(2)記載の海域底質からのリンの溶出抑制方法。
(4) 前記製鋼スラグを主体とする被覆材製鋼スラグには、土砂が混合されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の海域底質からのリンの溶出抑制方法。
(5) 前記海域底質を前記被覆材で被覆した海域において、前記被覆材の間隙水のpHの経時変化をモニタリングし、前記間隙水のpHが8.3以上9.5以下の所定値以下に低下した場合には、前記間隙水のpHが8.3以上9.5以下の所定値となるように、新たに前記被覆材を前記海域底質に投入することを特徴とする、(1)〜(4)のいずれかに記載の海域底質からのリンの溶出抑制方法。
(6) 前記海域底質を前記被覆材で被覆した海域において、前記被覆材の直上水のDO(溶存酸素)の経時変化をモニタリングし、前記直上水のDOが1mg/L未満に低下した場合には、前記直上水のDOが1mg/L以上となるように、新たに前記被覆材を前記海域底質に投入することを特徴とする、(1)〜(5)のいずれかに記載の海域底質からのリンの溶出抑制方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明により、被覆予定海域の海域底質に対して、リンの溶出抑制に必要なpHに対応する製鋼スラグの量を、模擬試験により事前に決定し、当該決定量に基づいて、被覆予定海域の海域底質を製鋼スラグ単独又は土砂を混合した製鋼スラグなどの製鋼スラグを主体とする被覆材で覆うことで、海水の白濁を防止しながら、海域の底質からリンの溶出を確実に抑制することができる。また、更には硫化水素臭やアンモニア臭の発生も抑制又は抑制可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0027】
本発明は、海域底質に製鋼スラグ単独の被覆材又は製鋼スラグを主体とする被覆材(以下、「製鋼スラグを主体とする被覆材」との用語には、製鋼スラグ単独の被覆材も含むものとする。)を被覆してリン酸態リン(PO−P)の海水中への溶出を抑制する方法において、まず、事前に海域底質を所定深さまで採取し、リンの溶出に影響する海域底質の厚みを粒度やリン含有量から推定した後、模擬試験によって、対象とする海域底質を製鋼スラグを主体とする被覆材により被覆した後、被覆した製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水または直上水中のpHが8.3以上9.5以下の所定値に維持されるように海域底質に被覆する製鋼スラグを主体とする被覆材の量を事前に決定する。
【0028】
これは、実際に海域へ製鋼スラグを主体とする被覆材の適用を行なった場合、被覆した製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水中のpHを長期間安定して、8.3以上9.5以下に維持できることが、リン酸態リン(PO−P)の海水中への溶出を長期間抑制する観点からは最も重要であると新たに認知したためである。
【0029】
そして、事前に模擬試験によって被覆した製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水または直上水中のpHが8.3以上9.5以下の所定値に維持できる製鋼スラグを主体とする被覆材の量を決定することは必須の条件である。
【0030】
ここで、製鋼スラグを主体とする被覆材における製鋼スラグと他の材料(他の高炉スラグや土砂)との混合割合であるが、混合した被覆材の間隙水または直上水中のpHが8.3以上9.5以下の所定値に維持できるように混合割合を決定する。これは、後述するように、他の材料が酸性土砂などの場合には、pHを上記の範囲に維持することは必須の条件であるためである。
【0031】
なお、「間隙水」とは被覆した製鋼スラグを主体とする被覆材粒子の間隙中に存在する海水とし、「直上水」とは、海域底質の製鋼スラグを主体とする被覆材表面付近の海水とする。「間隙水」と「直上水」を比較すると、「間隙水」を測定することがより正確に製鋼スラグを主体とする被覆材被覆材付近のpHの状態を示せるが、模擬試験(例えば、ビーカーを用いた模擬バッチ実験)においては、スラグ添加量が少なく、製鋼スラグを主体とする被覆材の「間隙水」の測定が困難であり、また、海域底質量に対する海水量が小さいことから、「間隙水」のpHと「直上水」のpHは大きな差異は無く、「直上水」のpHを「間隙水」のpHとみなすことができる。
【0032】
したがって、ビーカーを用いた模擬バッチ実験においては、「間隙水」のpH、「直上水」のpHのいずれを測定してもかまわない。後述するビーカーを用いた模擬バッチ実験においては、製鋼スラグを主体とする被覆材の添加量が少なく、測定が容易な「直上水」のpH値を連続測定した。
【0033】
「直上水」のpHは、市販のpHセンサーをビーカー内部の海水内に設置し、製鋼スラグを主体とする被覆材の上部の海水中のpHを測定する。「直上水」はビーカーを用いた模擬バッチ実験においては、水量が小さく、内部で均一になっているため、ビーカー内部のどの箇所を測定してもかまわない。
【0034】
また、「直上水」のpH測定であれば、センサーが汚れにくい利点があり、連続的な測定も可能である。なお、製鋼スラグを主体とする被覆材の「間隙水」のpHは、製鋼スラグを主体とする被覆材内部の海水をポンプなどで採取し、採取した海水のpHを市販のpHセンサーで測定すればよいが、ビーカーを用いた模擬バッチ実験においては、被覆材の厚みが薄くなり、ポンプで間隙水のみを採取することは困難な場合が多い。
【0035】
実海域において被覆した製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水中のpHを維持することの重要性について説明する。
【0036】
図2は、人工海水1Lにリン酸態リン(PO−P)を10mg/L溶解させ、人工海水のpHを水酸化ナトリウムまたは炭酸化した製鋼スラグを単独で投入することで変動させた事例である。縦軸に人工海水のリン酸態リン(PO−P)、横軸に人工海水のpHを示す。海域底質から溶出してくるリンは、リン酸態リン(PO−P)であり、このような底質なしの実験でも、海域におけるリン酸態リン(PO−P)とpHの関係を推定できる。
【0037】
一般に、嫌気性条件下で海域底質からリン酸態リン(PO−P)が溶出する場合、先にも述べたように、Fe(III)に吸着していた、リン酸態リン(PO−P)が溶出すると考えられている。この場合、Fe(II)イオンとリン酸態リン(PO−P)が溶出する。実際の東京湾の測定結果では、海域底質間隙水のリン酸態リン(PO−P)濃度は5mg/L〜20mg/L程度である(非特許文献1)。このように、本実験のリン酸態リン(PO−P)濃度は、海域底質間隙水のリン酸態リン(PO−P)濃度レベルである。
【0038】
図2の実験結果から、いずれの場合も、人工海水のpHの上昇によって、海水中のリン酸態リン(PO−P)は低下した。これは以下の原理に従うと思われる。リン酸態リン(PO−P)は、十分なカルシウムイオン(Ca2+)の存在下で、pHを上昇させると(9)式のようにカルシウムアパタイトを形成する。
5Ca2++3PO3−+OH→Ca(OH)(PO・・・(9)
【0039】
本反応式から、PO−P 1モルを除去するためには、Ca2+が1.7モル必要なことがわかる。質量比でいえば、1.43倍となる。すなわち、PO−Pが10mg/Lの場合、必要なCa2+は14.3mg/Lである。ところが、表1に示すように海水中には400mg/LのCa2+が既に存在している。
【0040】
したがって、海水の場合には、この(9)式の進行を促すためにはCa2+をあえて供給しなくてもかまわないと思われる。むしろ、(9)式の進行を進めるためには、pHを上昇させることが重要である。
【0041】
また、図2の実験結果から、海水中のPO−Pを10mg/Lから1mg/L以下(90%除去)にする為には、pHを9.5にする必要が、また、PO−Pを2mg/L(80%除去)以下にする為には、pHを9.0超にする必要があることが、また、PO−Pを5mg/L以下(50%除去)にする為には、pHを8.5超にする必要があることがわかる。また、PO−Pを8mg/L以下(20%除去)にする為には、pHを8.3超にする必要があることがわかる。
【0042】
一般に、海域底質からのリン酸態リン(PO−P)の海水中への溶出削減目標は、対象海域によって削減目標値が設定される。例えば、海域底質に製鋼スラグを主体とする被覆材を用いてリン酸態リン(PO−P)の海水中への溶出を安定して抑制するためには、図2の結果から製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水のpHを8.3以上に維持することが望ましいと考えられる。実海域の海水のpHは、8.0〜8.3程度の範囲にあるため、pHが8.3未満の海水程度の場合、スラグにはわずかの吸着能力があるものの、リン酸態リン(PO−P)を安定して除去できないと考えられる。したがって、海域底質に製鋼スラグを主体とする被覆材を用いてリン酸態リン(PO−P)の海水中への溶出を安定して抑制するためには製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水のpHを8.3以上に維持することが必要である。また、図2の結果から、pHを9.5超としてもリン除去率はほとんどかわらない。さらに、詳細は後述するが、pHを9.5超に上昇させるとMg(OH)が生成し、海水の白濁化が進行する課題がある。したがって、製鋼スラグの間隙水のpHの上限は9.5とすることが必要である。
【0043】
このように、被覆した製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水のpHを長期間安定して、8.3以上9.5以下に維持することが、リン酸態リン(PO−P)の海水中への溶出を長期間抑制する観点からは最も重要である。
【0044】
次に、事前に海域底質に被覆する製鋼スラグを主体とする被覆材の量を決定する模擬試験の方法について述べる。すなわち、対象となる汚濁海域の底質を底質表面から所定深さまで一定量採取し、製鋼スラグを主体とする被覆材により被覆した後、被覆した製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水または直上水中のpHの経時変化を測定し、このpHが8.3以上9.5以下の所定値に維持されるように、本模擬試験によって海域底質に被覆する製鋼スラグを主体とする被覆材の量を事前に決定する。
【0045】
以下は、発明者が実施した模擬試験の方法の1例である。被覆材としては、製鋼スラグを単独で使用した。
【0046】
汚濁の進んだ海域から底質を底質表面から所定深さまで一定量採取し、遠心分離(3000rpm×20分間)して、ビーカー(容量:10L)に水分を低減させた海域底質1〜2kg(湿重、例えば含水率30%)を充填する。その後、炭酸化した製鋼スラグを一定量海域底質表面に添加する。さらに、その後、人工海水5Lを底質をかきまぜないように各ビーカーにゆっくりと添加し、光を遮断しながら、嫌気状態、室温(22〜24℃)で各ビーカーを1ヶ月程度放置する。1ヶ月間、被覆した製鋼スラグの直上水(スラグ表面付近の海水)中のpHを連続的(10〜60秒毎)にモニタリング、記録し、pHの経時変化を測定する。この直上水中のpHは、模擬試験においては製鋼スラグの間隙水中のpHとみなすことができる。
【0047】
また、数日毎に直上水のリン酸態リン(PO−P)濃度を測定し、底質からのリンの溶出抑制の経時変化を追跡する。
【0048】
表2に1ヶ月間の直上水中のpHを測定した結果(平均値)を示す。この底質は、かなり腐敗が進んでいるため、製鋼スラグがない場合、直上水中のpHは7.3程度まで低下した(海水のpH:8.0〜8.3)。一方、この底質を所定量の製鋼スラグにより被覆し、pHを測定すると、被覆量の増大とともに直上水中のpHも上昇した。この結果、直上水中のpHを8.3以上に維持するための必要なスラグ被覆量は、海域底質(含水率30%の湿量)に対して、10質量%以上必要であると推定された。
【0049】
なお、用いた製鋼スラグは、後述するような炭酸化処理を施した製鋼スラグ(炭酸化製鋼スラグ)である。しかし、このように腐敗が進み、pHの低い底質の場合には、用いる製鋼スラグは、炭酸化処理を行わない製鋼スラグでも、pHが9.5を超えることは無く、海水が白濁化しないため、使用可能である。炭酸化製鋼スラグあるいは製鋼スラグを高炉スラグや他の砂などの被覆材と混合して用い、直上水中のpHを8.3以上9.5以下の所定値に維持してもかまわない。
【0050】
【表2】

【0051】
このように、模擬試験により、設定海域底質の間隙水のpHを制御するための製鋼スラグの必要な基本的な量を知見した後、実際の海域において被覆に必要なスラグ量を以下の順に設定する。
【0052】
1)設定海域のリンの溶出に関与している底質層の厚み調査
市販のコアサンプラーを用いて、被覆予定の海域底質において、底質表面から所定深さ(溶出するPO−Pが存在すると考えられる層深さ)まで柱状試料を採取し、海域底質の実態を調査する。通常は2m採取すれば十分であるが、採取の結果、2mの深さでも未だ溶出するPO−Pが多く含まれている場合は、適宜、深さを深くして再度採取する。
この結果により、リンの溶出に強く影響する海域底質層の厚みを推定する。リンの溶出に強く影響する海域底質の特性として、底質の粒度、有機物含有量(強熱減量、COD値などで測定)、リン含有量がある。
例えば、底質の粒度から礫層、砂層なのか粘土・シルト層なのか判別できる。通常、リン溶出に深く関与する底質は粘土・シルト層である。また、底質のリン含有量(mg−P/g−底質)からリンの溶出ポテンシャルを推定できる。通常、底質のリン含有量は、表層付近のリン含有量が高く、底部にむけて減少する。より詳細にリンの溶出を検討するには、底質のリン形態を分析してもよい。底質を1NのNaOH溶液で振とう試験を行うと、Al−PやFe−Pの形態のリンが溶出する。このような条件下で溶出するAl−PやFe−Pの形態のリンが多い底質ほど、リンの溶出は生じやすい。さらに、底質の有機物含有量も底質の嫌気化の進行に影響し、リンの溶出を促進する要素となる。
これらの測定結果から、リンの溶出に強く関与している底質層の厚みを推定する。例えば、粘土・シルト層で、リン含有量(mg−P/g−底質)、有機物含有量が一定値以上の層をリンの溶出に強く影響する海域底質層とする。この結果、例えば、リンの溶出に強く影響する海域底質層厚みを2mと推定した場合、2m以内の底質から15〜30cm毎に層別のサンプルを採取し、混合・均一化し、被覆材の量を決めるための模擬試験の試料として用いる。
【0053】
2)設定海域のリン溶出量の削減目標値の設定
底質からのリンの溶出は、水温の影響を強く受け、リン溶出の大半は夏場にピークとなる。このため、例えば、スラグ被覆によって夏場3ヶ月間に底質から溶出するリン溶出量のピーク量を50%を削減すると設定する。この場合、水温の低い他の季節は、50%以上の削減が可能であり、年間平均して50%以上の削減効果が期待される。なお、このような底質からのリン削減目標値は、設定海域の目標リン濃度によって、適宜決定される。
【0054】
3)pH制御値の設定、模擬試験の実施、製鋼スラグ被覆量の決定
例えば、リンの溶出に強く影響する海域底質層厚みを2mと推定した場合、2m以内の底質から15〜30cm毎に層別のサンプルを採取し、さらに、混合・均一化し、被覆材の量を決めるための模擬試験の試料として用いる。製鋼スラグの被覆量を計算するため、採取した底質の比重を測定しておく。図2の実験結果から、リン溶出量を50%以上削減するためには、pHを8.5超とする必要があると推定される。さらに、表2から、pH制御値を仮に8.6に定めると、底質に対して、製鋼スラグを20質量%の添加が必要と推定される。この条件下で実際に模擬実験を実施し、直上水のpHおよびリン酸態リン(PO−P)濃度の経時変化をモニタリングし、効果を確認する。
模擬試験結果が良好であれば、仮に比重がスラグと海域底質が同一のとき、2mの底質に対して、2m×0.2=40cmの製鋼スラグ被覆量と決定する。
製鋼スラグ単独ではなく、製鋼スラグを主体とする被覆材の場合も、同様の方法で被覆量を推定する。
しかし、実際には、実海域においては、水流のpHへの影響などの課題が生じる場合なども想定される。したがって、海域底質に製鋼スラグを主体とする被覆材を被覆してリン酸態リン(PO−P)の海水中への溶出を抑制する方法においては、実海域において海域底質に製鋼スラグを主体とする被覆材を被覆した後、被覆材の間隙水のpHを定期的にモニタリングするとともに、被覆した製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水中のpHが8.3〜9.5の間の所定値よりも低下した場合には、新たに製鋼スラグを主体とする被覆材を海域底質に被覆することが望ましい。この方法については後述する。
また、pHの下限は、図2に記載されているように、pH=8.3から8.5にかけて急速にリン除去割合が進む傾向にあり、より高いリン除去率を得るためにはpH=8.5以上とすることがより望ましい。
【0055】
次に、リンの溶出抑制に加えて、硫化水素臭(HS)、アンモニア臭(NH)の抑制を併用する方法について説明する。
【0056】
海域底質からのアンモニア臭および硫化水素臭の発生を同時に抑制することを併用する場合には、製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水のpHをより厳密に制御することが望ましい。
【0057】
前述したように、pHが低くなるとHSの存在割合が増加する。例えば、pHが7だと50%弱がHSであるが、pHが8で10%弱、pHが9で1%弱となる。硫化水素臭は高アルカリになればなるほど弱くなる。
【0058】
しかし、逆に、pHが高くなるとNHの存在割合は増加する。pHが7だと0.5%弱であるが、pHが8で5%弱、pHが9で30%となる。pHが9.5になると65%がNH態となる。このように高アルカリではアンモニア臭が生じやすい。
【0059】
また、硫化水素とアンモニアは、人間の嗅覚閾値がかなり異なる。例えば悪臭抑制法で規定されている大気中の規制濃度は、アンモニアが2〜5ppmに対して、硫化水素は0.06〜0.2ppmである。アンモニア臭よりも硫化水素臭の方が感知しやすく、25〜30倍厳しく設定されている。この規制値を参考とすると、pHはややアルカリ側で制御することが望ましく、pHの上限がpH=9.0程度であれば、硫化水素臭とアンモニア臭がともに感知しにくいと考えられる。
【0060】
これらの結果から、海域底質からのアンモニア臭および硫化水素臭の発生を抑制しながら、リン溶出の抑制をはかる場合には、製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水のpHを8.3以上9.0以下の所定値に管理することが望ましいと思われる。本pHの範囲内であれば、リンの溶出を抑制できるとともにアンモニア臭および硫化水素臭を抑制できる。尚、pHの下限は前述したように、8.5以上がより好ましい。
【0061】
次に、被覆材として用いる製鋼スラグについて説明する。
【0062】
製鋼スラグは、製鉄業の転炉、溶銑予備処理炉、電気炉などから発生する。一般に、製鋼スラグ中のCaOは、カルシウムシリケート(2CaO・SiO、3CaO・SiO)やフェライトシリケート(2CaO・Fe)、の形態で存在するが、精錬処理中に完全に溶融しきれない未さい化とも称されるCaOが一部存在する。CaOは、容易に水と反応し、Ca(OH)を生成し、周辺水域をアルカリ化する。
CaO+H0 →Ca(OH)・・・(10)
Ca(OH) →Ca2+ +2OH・・・(11)
【0063】
ここで、海水のpHが上昇しすぎると白濁化が生じるが、これはMg(OH)の生成によるものと考えられる。
【0064】
表3にCa(OH)とMg(OH)の溶解度積を示す。
【0065】
【表3】

【0066】
ここで、水酸化物の溶解度をpHの関数としてあらわすと以下のようになる。
Ca(OH):log[Ca2+]=−6.2−2log[OH
=−6.2−2×(−14+pH)=−2×pH+21.8 ・・・(12)
Mg(OH):log[Mg2+]=−11.6−2log[OH
=−11.6−2×(−14+pH)=−2×pH+16.4 ・・・(13)
【0067】
この結果を図1に示す。
【0068】
この結果から、以下のことがわかる。pHが8前後の海水では、Ca(OH)は、溶解しやすく、pHが上昇する。しかし、pHが9.5に達すると、(13)式からMg2+の溶解度は、50mM(1.20g/L)まで減少する。表1に示すように海水中にはMg2+が53mM(1.27g/L)存在するため、pHが9.5まで上昇すると、Mg2+はMg(OH)として析出し、白濁化が顕著に生じる。
【0069】
したがって、Mg(OH)の生成を防ぐためには、海水のpHは9.5以下であることが望ましい。
【0070】
さらに、pHの過剰な上昇を防ぐ手段としては、以下の手段が考えられる。
1)製鋼スラグを炭酸化し、海水の急激なpH上昇を防ぐ。
2)製鋼スラグを他の被覆材、例えば土砂と混合し、海水の急激なpH上昇を防ぐ。
【0071】
まず、製鋼スラグを炭酸化し、pHの急激な上昇を抑制する方法について説明する。すなわち、製鋼スラグの炭酸化処理は、製鋼スラグを二酸化炭素または炭酸含有水と接触させることにより実施することができる。例えば、特許文献2では、大気雰囲気下、加圧雰囲気下、または水蒸気雰囲気下で、製鋼スラグに自由水が存在し始める水分値未満で、かつ、該水分値よりも10質量%少ない値以上になるように水分量または炭酸水量を調整した後に、炭酸ガスを含有する相対湿度が75〜100%のガスを流して、製鋼スラグを炭酸化する。この操作により、CaOはCaCOとなり安定化すると考えられる。CaCOは、製鋼スラグ表面上に形成されるため、CaOの急激な溶出を抑制できる。また、CaCOは、海水のような弱アルカリ(pH=8.3程度)域ではほとんど溶解しない。このような炭酸化処理を製鋼スラグに施すことにより、海水の急激なpH上昇を防ぐことができる。
【0072】
なお、本実施形態で使用される製鋼スラグを炭酸化処理する方法は、上記方法に限定されるものではない。CaOをCaCOとし安定化できる方法であれば、どのような
炭酸化処理方法でもかまわない。
【0073】
次に、製鋼スラグと土砂を混合し、pHを所定の範囲に制御する方法について説明する。すなわち、製鋼スラグを、土砂などと混合して用いて、間隙水中のpHを制御してもかまわない。しかし、製鋼スラグをこのような土砂と混合して用いる場合には、土砂のpHが大きく影響する。混合する土砂の種類や混合率に留意する必要がある。したがって、海域底質を採取し、海域底質を「土砂を混合した製鋼スラグ」により被覆した後、海水を添加し、被覆した「土砂を混合した製鋼スラグ」の間隙水または直上水中のpHが8.5以上9.5以下の所定値に維持されるように、模擬試験によって事前に土砂の混合率を決定することが望ましい。
【0074】
このように、模擬試験により、「土砂を混合した製鋼スラグを主体とする被覆材」のpHを事前に確認することは好ましいことである。すなわち、安易に製鋼スラグと土砂を混合すると、土砂の種類によっては間隙水中のpHがほとんど上昇せず、リンの溶出効果は全く消失してしまう場合がある。
【0075】
図3に、模擬試験の結果の1例を示す。被覆材として、炭酸化製鋼スラグを単独で20g、あるいは、炭酸化製鋼スラグ10gと3種類の土砂10gを50質量%ずつ混合させたものを用いた。これらにリン酸態リン(PO−P)を10mg/L溶解させた海水1Lを添加した。横軸に被覆材の種類、縦軸に1日後の直上水のリン酸態リン(PO−P)の量(mg/L)、pHを示す。土壌A、土壌B(土壌Bの方がpHが低い)は中性土であるが、土壌Cはピートモスを含む酸性土である。
【0076】
この実験の結果から明らかなように、混合する土砂の種類によって、直上水のpHは大きく異なった。また、土壌Cのように直上水のpHが8.3を下回ると、リン酸態リン(PO−P)の除去量は大幅に低下した。
【0077】
したがって、製鋼スラグと土砂を混合して被覆材として海域に用いる場合には、被覆する「土砂を混合した製鋼スラグ」の間隙水中のpHが8.3以上9.5以下に維持されるように、土砂の種類や混合率を事前に十分に検討しておくことが必須である。
【0078】
また、有機物を多く含む土砂を用いると、土砂中の有機物が水中の酸素を消費するため、スラグによる底質の改善効果が低減してしまう。したがって、用いる土砂は、有機物が少なく、無機物主体の土砂である事が望ましい。土砂の有機物量は、強熱減量(600℃、2時間焼却で減少する質量)で容易に測定できるため、有機物の含有の程度を容易に確認できる。これらのことから、スラグと混合して用いる土砂は、有機物含有量が小さく、かつ、pHも微酸性から中性付近の土砂であることが望ましい。具体的には、海砂、陸砂などが考えられる。
【0079】
さらに、実海域においては、以下のような製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水中のpHの定期的モニタリングを実施し、効果の継続性を調査するとともに、必要な場合は、さらに海域底質に製鋼スラグを主体とする被覆材を被覆してリン酸態リン(PO−P)の海水中への溶出を抑制することが望ましい。すなわち、実海域においても海域底質に製鋼スラグを主体とする被覆材を被覆した後、製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水のpHをモニタリングする。実海域においては、底質の量に対して、大量の海水が存在し、また、製鋼スラグを主体とする被覆材の直上水のpHは流れの影響等を受けやすいため、製鋼スラグを主体とする被覆材の直上水のpH測定によって効果を判断することが困難である。したがって、実海域では製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水のpHを直接モニタリングすることが望ましい。実海域においては、製鋼スラグを主体とする被覆材の量も多いため、間隙水の採取やpH測定が可能である。間隙水中のpHのモニタリングの結果、間隙水中のpHが8.3〜9.5の間の所定値よりも低下した場合には、間隙水中のpHが8.3〜9.5の間の所定値となるように、新たに製鋼スラグを主体とする被覆材を海域底質に被覆する。モニタリング頻度は、連続モニタリングは困難であるため、1度/週から1度/月など適宜測定頻度を設定し、pHの変化を追えばよい。
【0080】
また、製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水の採取方法については、多くの方法が公知となっている。例えば、非特許文献3には「透析膜法」、「吸引法」、「圧縮法」などが示されている。この中から、海域に応じて適宜選択して用いてかまわない。
【0081】
図9は、吸引法の一種であり、海面5下の製鋼スラグを主体とする被覆材1の中に鋼製アンカー2を投入し、間隙水を間隙水採取部3から、採水ポンプ6によって吸引ホース7を通して吸引するものである。この「間隙水サンプリング装置」によって製鋼スラグを主体とする被覆材1の間隙水を採取し、船上部または陸上部でこの採取した製鋼スラグを主体とする被覆材1の「間隙水」のpH値を直ちに測定する。
【0082】
製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水のpHのモニタリングは、平面的なpHの変動を考慮し、例えば10m×10m区画毎にpH測定を実施し、海域pHの平面分布図を作成する。この海域pH平面分布図に基づいて、pH低下が顕著に起こっている箇所を判断する。
【0083】
さらに、製鋼スラグを主体とする被覆材の間隙水のpHに加えて、製鋼スラグを主体とする被覆材の直上水の溶存酸素(DO)を測定、モニタリングすることにより、PO−Pの溶出状況や硫化物イオンの有無を推定することが可能である。
【0084】
直上水にDOが存在すれば、底質からのPO−Pの溶出の抑制が図られることは公知である。DOの目安としては、少なくとも1mg/L以上、海水中に残存していることが望ましい。すなわち、底質から海水中に溶出する硫化物イオンはDOと容易に反応し、硫黄となり白濁化するが、この際にDOを消費する。このため、DOが海水中に存在すれば、遊離の硫化物イオンはほぼ0と判断できる。硫化物イオンは、水生生物への毒性が強いため、DOの目安としては、水生生物の活性維持の観点から、少なくとも1mg/L以上、海水中に残存していることが望ましい。モニタリング頻度は、連続モニタリングは困難であるため、1度/週から1度/月など適宜測定頻度を設定し、DOの変化を追えばよい。
【0085】
DOの測定は、pHと異なり、製鋼スラグを主体とする被覆材の直上水を対象とする。これは、間隙水のDOは被覆材内部に付着する大量の微生物によって、急速に消費されるため、製鋼スラグを主体とする被覆材のどの断面でもほぼDOが0となるためである。ここで、直上水とは、海域底質の製鋼スラグを主体とする被覆材表面付近の海水とする。製鋼スラグを主体とする被覆材の直上水の溶存酸素(DO)の測定は、例えば、投げ込み式のDOセンサーが市販されているため、海域で投げ込み式のDOセンサーによって直接測定し、モニタリングしてかまわない。
【0086】
また、例えば、前述した図9の吸引装置によって、製鋼スラグを主体とする被覆材の直上水を直上水採取部4から採取し、船上部または陸上部でこの採取した直上水のDO値をモニタリングしてもかまわない。製鋼スラグを主体とする被覆材の直上水のDOのモニタリングは、平面的なDOの変動を考慮し、例えば10m×10m区画毎にDO測定を実施し、直上水DOの平面分布図を作成する。このDO平面分布図に基づいて、DO低下が顕著に起こっている箇所を判断する。
【0087】
最後に製鋼スラグを主体とする被覆材の施工方法であるが、通常、行なわれている覆砂工法に準じて行なってかまわない。施工時に留意すべきことは、覆砂時に濁りの発生を極力防止すること、および、薄層かつ均一厚さで確実に底質を覆うことである。このような目的を達成するため、例えば、あらかじめ海水でスラリー化した砂を用いるとともに、覆砂装置を底質の直上に設置し、覆砂する工法などが提案されている。製鋼スラグを主体とする被覆材を用いる場合も、このような公知の覆砂工法を用いることができる。
【実施例】
【0088】
(実施例1)ビーカー実験による製鋼スラグ必要量の推定(バッチ実験)
被覆予定海域の海域底質を底質表面から2m深さまで採取し、25cm毎に粒度・リン含有量を調査した。砂、シルト層が50%以上を占めた上部の50cm部分がリン含有量も高く、リン溶出に強く関与している底質と判断し、上部の50cm部分の底質を実験用サンプルとして採取した。実験装置(容量10Lのビーカー)4系列に遠心分離(3000rpm×20分間)し、水分を低減させ含水率30%に調整した海域底質1kg(湿重)を充填した。含水率は、水分を除いた底質の質量を知るために測定している。上部50cmの海域底質の性状を表4に示す。強熱減量は、600℃で消失する底質の質量であり、有機物量を示している。
【0089】
【表4】

【0090】
さらに、2mm目のふるいでふるいわけした2mm以下(ふるい下)の炭酸化製鋼スラグを表5に示す条件で実験装置(容量:10L)内の海域底質の表面に投入して被覆した。その後、人工海水5Lを底質をかきまぜないように各ビーカーにゆっくりと添加し光を遮断しながら、嫌気状態、室温(22〜24℃)で各ビーカーを約1ヶ月放置した。
【0091】
【表5】

【0092】
ビーカー内の被覆した製鋼スラグの直上水(スラグ表面付近)中のpH、DOを連続的にモニタリング、記録(10秒毎)した。定期的に直上水を100mL、底質を乱さないように採取し、0.45μmミリポアフィルターを用いてろ過した後、PO−Pを測定した。
【0093】
図4に直上水のPO−Pの経日変化を示す。実験開始時の直上水中のPO−Pは、0.2mg/Lであり、これは人工海水に含まれていたものである。No.1のスラグ無添加系では、底質から徐々にPO−Pが溶出し、これに伴い、直上水のPO−Pは、経日的に増加し、約1ヶ月後の最終日には2mg/L程度に達した。一方、No.2〜4系のスラグ添加系では、無添加系と比較し、直上水のPO−Pの増加が抑制されており、底質からのPO−Pの溶出は抑制されたと考えられた。スラグ添加量の多いNo.3系やNo.4系では、1ヶ月後の直上水のPO−Pは、初期の人工海水に含まれていたPO−P濃度(0.2mg/L)よりも下回った。これは直上水のpHの上昇に伴い、カルシウムイオンとPO−Pの反応により、不溶解性のカルシウムアパタイトの生成が多く生じたためと思われる。
【0094】
図5に直上水のpHの経日変化を示す。実験開始時の直上水中のpHは、8.3であり、これは元々の人工海水のpHである。NO.1のスラグ無添加系では、直上水のpHは、実験開始時のpH=8.3から7.3程度まで徐々に低下した。これは、底質中の有機物が分解して有機酸が生成し、有機酸が直上水中に溶出し、この結果、直上水のpHが徐々に低下したと思われる。また、スラグ無添加系ではかなりの硫化水素臭も発生したが、これはpHの低下も影響していると思われる。
【0095】
一方、No.2〜4系のスラグを添加した系では、直上水のpHは、スラグの添加量に従い、実験開始時のpH=8.3から上昇し、安定化した。pHは、No.2系で8.4前後、No.3系で8.7前後、No.4系で9.0前後まで上昇した。直上水のpHが8.3を上回ると、PO−Pの溶出抑制効果は顕著にあらわれた。また、スラグ添加系では、硫化水素臭、アンモニア臭は検知されなかった。これはpHがアルカリ側にシフトしていることが影響していると考えられる。
【0096】
このような模擬試験(バッチ実験)の直上水のpHは、スラグ間隙水のpHとほぼ等しいとみなすことができる。
【0097】
したがって、これらの結果を実海域に適用する場合、底質1kg(含水率30%)に対してスラグ100〜500g添加で、スラグ間隙水のpHを8.3以上9以下の所定値に保てると考えられる。また、このpH調整効果によって、リン溶出抑制の程度を制御できるとともに、硫化水素臭、アンモニア臭の抑制もできる。
【0098】
さらに、図6に直上水のDOの経日変化を示す。No.1のスラグ無添加系では、直上水のDOは、約1週間で消失した。これは、底質中の有機物が微生物分解される際にDOを消費するため、あるいは、底質から溶出する硫化物イオンなどがDOと反応し、DOを消費するためと思われる。実際、No.1のスラグ無添加系の直上水は生成する硫黄で白濁化した。また、前述したように、スラグ無添加系ではかなりの硫化水素臭も発生した。
【0099】
一方、スラグを添加すると直上水のDOの消失が遅れた。No.2系では、無添加系よりもかなり遅く、約2週間でDO=0となった。さらに、No.3系では、1ヶ月後でも、DO=1mg/L前後、No.4系では1ヶ月後でも、DO=2.5mg/L前後に維持できた。このようにスラグの添加量を増やすことにより、直上水のDOの低下抑制をはかることができた。このように、直上水のDOをモニタリングすることにより、リンの溶出の程度や硫化物イオンの溶出の程度を推定できると考えられる。なお、本実験は製鋼スラグにより、密閉海域でも直上水のDOが維持されることを示したものであり、実際の海域においては、直上水の海水交換がなされるため、DOの維持効果はさらに大きいと推定される。
【0100】
以上の結果を表6にまとめて示す。
【0101】
【表6】

【0102】
(実施例2)ビーカー実験による製鋼スラグと砂の混合被覆の場合の製鋼スラグ必要量の推定(バッチ実験)
被覆予定海域の海域底質を底質表面から2m深さまで採取し、25cm毎に粒度とリン含有量を調査した。砂、シルト層が50%以上を占めた上部の50cm部分がリン含有量も高く、リン溶出に強く関与している底質と判断し、上部の50cm部分の底質を実験用サンプルとして採取した。実験装置(容量10Lのビーカー)4系列に遠心分離(3000rpm×20分間)し、水分を低減させた海域底質2kg(湿重)を充填した。含水率は、水分を除いた底質の質量を知るために測定している。上部50cmの海域底質の性状を表7に示す。強熱減量は、600℃で消失する底質の質量であり、有機物量を示している。
【0103】
【表7】

【0104】
4mm目のふるいでふるいわけした4mm以下(ふるい下)の炭酸化製鋼スラグおよび砂を表8に示す条件で海域底質表面に添加した。その後、人工海水5Lを底質をかきまぜないように各ビーカーにゆっくりと添加し、光を遮断しながら、嫌気状態、室温(22〜24℃)で各ビーカーを約1ヶ月放置した。
【0105】
【表8】

【0106】
海域底質あるいは被覆した製鋼スラグの直上水(スラグ上、5cm付近)中のpH、DOを連続的にモニタリング、記録(10秒毎)した。定期的に直上水を100mL、底質を乱さないように採取し、0.45μmミリポアフィルターを用いてろ過した後、PO−Pを測定した。
【0107】
図7に直上水のPO−Pの経日変化を示す。実験開始時の直上水中のPO−Pは、0.2mg/Lであり、これは人工海水に含まれていたものである。No.5のスラグ無添加系では、直上水のPO−Pは、経日的に増加し、1ヶ月後の最終日には2.3mg/L程度に達した。一方、No.6のスラグ単独添加系では、直上水のPO−Pは、増加せず、むしろ、減少し、底質からのPO−Pの溶出はほぼ完全に抑制された。No.7系やNo.8系のようにスラグと砂を50%混合した場合でも、直上水のPO−Pは、ほとんど増加せず、底質からのPO−Pの溶出は抑制された。
【0108】
図8に直上水のpHの経日変化を示す。実験開始時の直上水中のpHは8.3であり、これは元々の人工海水のpHである。No.5系のスラグ無添加系では、直上水のpHは、添加した人工海水のpH=8.3から7.5程度まで一気に低下した。これは、底質中の有機物が分解して有機酸が生成し、底質から直上水中に有機酸が溶出し、この結果、直上水のpHが低下したと思われる。また、スラグ無添加系ではかなりの硫化水素臭も発生したが、これはpHの低下も影響していると思われる。
【0109】
一方、スラグを単独で添加したNo.6系では直上水のpHは、8.7〜8.8まで上昇した。No.7系やNo.8系のようにスラグと砂を50%混合した場合でも、直上水のpHは、8.3〜8.6まで上昇した。また、前述したように、No.7系、No.8系のように砂を50%混合しても、直上水中のPO−P濃度は、0.2mg/Lを下回っていた。
【0110】
このように、スラグと砂を混合しても、直上水のpHが8.3を上回っていると、底質からのPO−Pの溶出抑制効果は顕著にあらわれた。
【0111】
さらに、スラグを添加した系では、すべての系で、DOが1ヶ月後でも直上水中に残存し、硫化水素臭やアンモニア臭も無かった。No.5のスラグ無添加系は、DOが消失しており、かつ、直上水は生成する硫黄で白濁化した。
【0112】
このようなバッチ実験の直上水のpHは、スラグ間隙水のpHとほぼ等しいとみなすことができる。
【0113】
したがって、これらの結果を実海域に適用する場合、底質2kg(含水率35%の湿量)に対してスラグと砂を250g程度ずつ混合して被覆してもスラグ間隙水中のpHを8.3〜8.6程度に保て、底質からのPO−Pの溶出を抑制できると考えられる。また、このpH調整効果によって、硫化水素臭やアンモニア臭の抑制効果があると推定される。
【0114】
(実施例3)スラグと砂の単独被覆によるリン除去効果の比較(バッチ実験)
被覆予定海域の海域底質を底質表面から2m深さまで採取し、25cm毎に粒度とリン含有量を調査した。砂、シルト層が50%以上を占めた上部の50cm部分がリン含有量も高く、リン溶出に強く関与している底質と判断し、上部の50cm部分の底質を実験用サンプルとして採取した。実験装置(容量10Lのビーカー)3系列に遠心分離(3000rpm×20分間)し、水分を低減させた海域底質2kg(湿重)を充填した。含水率は、水分を除いた底質の質量を知るために測定している。上部50cmの海域底質の性状を表9に示す。
【0115】
【表9】

【0116】
4mm目のふるいでふるいわけした4mm以下の炭酸化製鋼スラグおよび砂を表10に示す条件で海域底質表面に添加した。その後、人工海水5Lを底質をかきまぜないように各ビーカーにゆっくりと添加し、光を遮断しながら、嫌気状態で室温(22〜24℃)で各ビーカーを1ヶ月放置した。
【0117】
【表10】

【0118】
海域底質あるいは被覆した製鋼スラグの直上水(スラグ上、5cm付近)中のpH、DOを連続的にモニタリング、記録(10秒毎)した。定期的に直上水を100mL、底質を乱さないように採取し、0.45μmミリポアフィルターを用いてろ過した後、PO−Pを測定した。
【0119】
実験開始1ヶ月後のデータを表11に示す。
【0120】
【表11】

【0121】
No.10のように海域底質に製鋼スラグを被覆すると、直上水(スラグ上、5cm付近)中のpHは、9.0程度まで上昇し、DOも残存し、PO−Pの溶出は抑制できた。硫化水素臭やアンモニア臭も無かった。直上水の白濁化も生じなかった。
【0122】
しかし、No.11の砂単独敷設の場合には、No.9の無添加系と同様に、直上水中のpHはアルカリ側まで上昇しなかった。直上水のDO維持効果も無く、硫化水素臭が生じ、PO−Pも底質から溶出した。直上水は生成する硫黄で白濁化した。
【0123】
このように砂単独の敷設では、PO−Pの溶出抑制効果を期待することはできない。これは、pH調整効果が無いことが大きな要因であると考えられ、砂を敷設材として用いる場合には、製鋼スラグと砂を併用し、製鋼スラグによって、混合敷設材のpHを8.3以上9.5以下に維持することが望ましい。
【0124】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【図面の簡単な説明】
【0125】
【図1】水酸化カルシウム、水酸化マグネシウムの溶解度曲線を示す図である。
【図2】海水のpHを変動させ、PO−Pの除去を調査した図である。
【図3】被覆材の種類を変化させた場合の海水のpHを示す図である。
【図4】本発明の実施例1による直上水のPO−P濃度の経日変化を示す図である。
【図5】本発明の実施例1による直上水のpHの経日変化を示す図である。
【図6】本発明の実施例1による直上水のDOの経日変化を示す図である。
【図7】本発明の実施例2による直上水のPO−P濃度の経日変化を示す図である。
【図8】本発明の実施例2による直上水のpHの経日変化を示す図である。
【図9】スラグ間隙水サンプリング装置、直上水サンプリング装置の一例を示す図である。
【符号の説明】
【0126】
1 被覆材
2 鋼製アンカー
3 間隙水採取部
4 直上水採取部
5 海面
6 採水ポンプ
7 吸引ホース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海域底質に製鋼スラグ単独の被覆材又は製鋼スラグを主体とする被覆材を用いてリン酸態リン(PO−P)の海水中への溶出を抑制する方法において、
被覆予定海域の海域底質を底質表面から所定深さまで採取して、リンの溶出に影響する海域底質の厚みを推定し、
底質表面からの厚みが前記推定した厚みとなる区間から採取した海域底質を前記被覆材により被覆した後、前記被覆材の間隙水または直上水のpHの経時変化を測定し、測定したpHを8.3以上9.5以下の所定値に維持するために必要な海域底質単位量当たりの前記被覆材の量を決定する模擬試験を行い、
前記被覆予定海域の前記海域底質を、前記模擬試験により決定した量の前記被覆材で被覆することを特徴とする、海域底質からのリンの溶出抑制方法。
【請求項2】
前記pHの所定値を8.3以上9.0以下の所定値とし、前記海域底質からのリン酸態リン(PO−P)の溶出抑制に加えて、前記海域底質からのアンモニア(NH)臭および硫化水素(HS)臭の発生を抑制することを特徴とする、請求項1に記載の海域底質からのリンの溶出抑制方法。
【請求項3】
前記製鋼スラグが炭酸化処理されていることを特徴とする、請求項1又は2記載の海域底質からのリンの溶出抑制方法。
【請求項4】
前記製鋼スラグを主体とする被覆材には、土砂が混合されていることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の海域底質からのリンの溶出抑制方法。
【請求項5】
前記海域底質を前記被覆材で被覆した海域において、前記被覆材の間隙水のpHの経時変化をモニタリングし、前記間隙水のpHが8.3以上9.5以下の所定値以下に低下した場合には、前記間隙水のpHが8.3以上9.5以下の所定値となるように、新たに前記被覆材を前記海域底質に投入することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の海域底質からのリンの溶出抑制方法。
【請求項6】
前記海域底質を前記被覆材で被覆した海域において、前記被覆材の直上水のDO(溶存酸素)の経時変化をモニタリングし、前記直上水のDOが1mg/L未満に低下した場合には、前記直上水のDOが1mg/L以上となるように、新たに前記被覆材を前記海域底質に投入することを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の海域底質からのリンの溶出抑制方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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