説明

海苔の養殖方法

【課題】 新規な採苗方法に基づく、アマノリ属の海苔養殖方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 アマノリの葉状体10に刺激を与えることにより、葉状体10から単胞子を積極的に放出させて、単胞子を担体32に付着させ、該単胞子を成長させるようにした。このような本発明方法に従えば、(1)牡蠣殻を用いた糸状体の育成等を必要とすることなく採苗から種付けを容易に行うことが出来ると共に、(2)適当な時期に種付けを行うことにより、成長段階が適度に異なる葉がついた海苔網を容易に得ることが出来て安定した収穫をあげることが出来るのであり、(3)更に、優良な形質を備えた種をクローン技術として安定して供給・育成することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、養殖に適した、例えば紅藻ウシケノリ科アマノリ属などの海苔の養殖方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海苔は古来から食用とされており、海苔の養殖は重要な水産業の一つである。海苔養殖の対象の一つには、紅藻ウシケノリ科アマノリ属(Porphyra)に属するアサクサノリ(P.tenera)やスサビノリ(P.yezoensis) 、オニアマノリ(P.dentata) 、マルバアサクサノリ(P.kuniedae)、ウップルイノリ(P.pseudolinearis)、イチマツノリ(P.seriata) 、クロノリ(P.okamurae)等が挙げられる。
【0003】
アマノリ属の生活史は、一般に、秋に殻胞子(conchospore) を放出して、殻胞子の発芽後、冬に生長し、春に成熟して果胞子(carcospore)を放出し、夏に糸状体(コンコセリス)として過ごすようになっている。具体的には、アマノリ属の生活史は、単相(haploid)
の葉状体(bladeまたはthallus)と複相(diploid) の糸状体(filament)の二つの世代を交代する。葉状体は、雄性または雌性の生殖器官を有する有性世代(sexual generation) であり、有性生殖により造られて、発芽すると糸状体に発達する果胞子(接合胞子(zygotospore) )を放出したり、或いは有性生殖によらずに葉状体の細胞がそのまま胞子となる原胞子(archeospore) (=単胞子monospore )を放出する。一方、糸状体は、接合胞子または殻胞子が発芽してなる無性世代(asexual generation)に当たり、成熟すると殻胞子嚢枝(conchosporangial branch) が形成されて殻胞子を放出する。
【0004】
このようなアマノリ属の生活史や養殖産業に係る種苗生産や栽培技術の実現性などを考慮して、従来から、果胞子が牡蠣や帆立貝等の貝殻に穿孔して生長した糸状体の複数を、4〜9月の約半年間にわたり培養して管理すると共に、糸状体が成熟して殻胞子を放出する9月中旬から10月上旬頃に、海苔網(たね網)等の担体に殻胞子を付着させる海苔の養殖方法が知られている。
【0005】
海苔網に殻胞子を付着させる、所謂海苔養殖の採苗方法としては、例えば海上採苗や陸上採苗が知られている。野外採苗とも称される海上採苗は、野外の沿岸の浅い海域に設置された支柱などに海苔網を張設すると共に、殻胞子を放出する糸状体を含んだ貝殻(成熟した貝殻糸状体)の複数を海苔網に支持させて、所定の期間放置することにより、海苔網に殻胞子を付着させるようになっている。また、陸上採苗は、例えば特許文献1(実開平5−95267号公報)や特許文献2(特開2005−46051号公報)にも示されているように、海水または人工海水が収容された水槽を陸上に設置して、該水槽の上方に対して所定の数の海苔網が捲回された回転枠を回転可能に配設し、成熟した貝殻糸状体を水槽に入れると共に、回転枠の回転に伴い海苔網を水槽の海水に潜らせることによって、海水または人工海水中にある殻胞子を海苔網に付着させるようになっている。
【0006】
そして、胞子が発芽して幼芽を付着した海苔網を浅瀬や沖合等の所定の養殖海域に設けられた支柱や浮きなどに支持せしめて、幼芽が幼葉期を経て成葉期の葉状体に生長し、11〜3月頃に目的とする葉長に生長した葉状体を摘採することとなる。
【0007】
ところが、このような従来の海苔の養殖方法においては、採苗前に、糸状体を穿孔させるための大量の貝殻や、これら糸状体を備えた貝殻(貝殻糸状体)を培養管理する大きな設備が必要であった。しかも、貝殻糸状体は熱や光に敏感で、その管理が難しく、4〜9月という比較的に長い糸状体の培養期間にあって、大変な手間がかかる問題や、大量の貝殻糸状体を運搬すること等に大きな労力を要する問題があった。また、大量の貝殻糸状体を移動させて、培養液を交換したり、培養設備を清掃したり、更には貝殻糸状体の生育を阻害する藻類などの付着を防止する目的で貝殻表面を洗浄したりする作業等を少なくとも数回実施する必要があった。そのため、養殖業者に多大な労力や経済的負担が課されるという問題を内在していた。
【0008】
なお、葉状体の組織片における全部または一部の細胞が栄養胞子に分化して単胞子として放出され、該単胞子が発芽すると、糸状体期を経ずに、そのまま葉状体に生長することが知られている。この単胞子は交雑や減数分裂を経ておらず、無性的な増殖に基づいて、細胞の遺伝子的変化が抑えられるため、かかる単胞子を放出した葉状体の形質が有効に保持される。更に、このような葉状体組織片を所定の条件下で培養すると、単胞子を人為的に放出させることが可能であることが分かっている。
【0009】
しかしながら、上述の糸状体期を経ずに葉状体を得る方法は、未だ研究段階にあり、目的とする単胞子が十分に且つ安定して放出され難いことから、採苗等に必要とされる充分な単胞子量や形質保持が見込まれ難く、海苔養殖の現場で採用できるものではないのである。
【0010】
【特許文献1】実開平5−95267号公報
【特許文献2】特開2005−46051号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ここにおいて、本発明は、上述の如き事情を背景として為されたものであって、その解決課題とするところは、アマノリ属の葉状体から単胞子を十分に且つ安定して放出させて、担体に付着させることにより、海苔が効率良く収穫されることに加え、安定したクローン技術により品種の形質保持が有利に実現され得る、海苔の新規な養殖方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明者は、このような課題を解決するために、アマノリ属の葉状体から放出される単胞子が糸状体期を経ずに葉状体に生長する自然現象に着目して、それを海苔の養殖に有効利用出来ないか多数の実験や研究を行い、鋭意検討した。その結果、単胞子を積極的に放出させて担体に付着させることにより、海苔養殖の生産性が有利に向上され得ることを見い出し、以下の態様に示される如き海苔の新規な養殖方法を完成させるに至ったのである。
【0013】
ところで、海苔の養殖においては、胞子を担体に付着させる採苗期を経て、胞子が発芽した幼芽を幼葉等に生育する育苗期や、幼葉等を成葉に育成する本養殖期に、幼芽や幼葉の葉状体から無性生殖により栄養細胞が分化して原胞子(単胞子)が放出されて、単胞子が再び担体に付着して二次芽(子芽)として発芽し、二次芽が新たな葉状体に生長して、更に、該葉状体から放出された単胞子が再び担体に付着して三次芽(孫芽)として発芽して、三次芽が新たな葉状体に生長する等といった、自然界のなかで葉状体が無性的に増殖する現象が起きる場合がある。一般に、一次芽(親芽)からなる葉状体が増殖して、二次芽や三次芽、それ以上の次数の芽を含む複次芽がそれぞれ生長した各葉状体を収穫期に摘採することによって、元は一次芽の葉状体が複数収穫されることとなる。従って、育苗期などにおける適当な時期に必要な量の複次芽を付着させることが出来れば、葉状体の収穫量が増すことに加え、担体に支持された芽数も適当数とされて葉状体の生育環境が良好とされると共に、成長段階が適度に違うことにより、葉状体が何回か刈り取られて老齢化することに起因して葉が硬くなることも避けられて、良好な品質の海苔製品を得ることが出来るという利点がある。
【0014】
そこで、本発明者は、複次芽が担体に付着することを単に幼芽又は幼葉の葉状体からの単胞子の自然放出に頼っている現状に照らして、特に葉状体から単胞子を採取する複次芽とり(種取り)が有利に実現されて、複次芽を担体に人為的に付着させることにより、所期の収穫量や品質が安定して得られるという新たな課題の解決に取り組んだ。而して、鋭意検討した結果、複次芽を有利に採取する方法を新たに知見し、以下の態様に示される如き海苔の新規な養殖方法を完成させるに至った。なお、本発明の適用範囲は、複次芽に限定されるものでない。
【0015】
なお、以下に記載の各態様において採用される構成要素は、可能な限り任意の組み合わせで採用可能である。また、本発明の態様や技術的特徴は、以下に記載のものに限定されることなく、明細書全体および図面に記載されたもの、或いはそれらの記載から当業者が把握することの出来る発明思想に基づいて認識されるものであることが理解されるべきである。
【0016】
(本発明の態様1)
本発明の態様1の特徴とするところは、アマノリ属の葉状体に刺激を与えることにより、該葉状体から単胞子を積極的に放出させて、該単胞子を担体に付着させ、該単胞子を成長させる海苔の養殖方法にある。
【0017】
本態様の海苔の養殖方法においては、本発明者が行った実験結果などからも、アマノリ属の葉状体に刺激を与えることによって、天然の葉状体や従来の海苔の養殖方法に係る培養条件などで育成した葉状体からでは、到底放出され難い程に、単胞子が積極的に放出されることが確認できた。そして、かかる単胞子は担体に付着して発芽(細胞分裂による成長をいう)した後に、目的とする大きさや品質を備えた葉状体に生長することが確認できた。それ故、海苔の養殖現場にあって、葉状体に生長する単胞子が十分に放出されることに基づき、充分な収穫量を安定して得ることが可能となる。
【0018】
また、例えば、採苗期に葉状体に刺激を与えて単胞子を担体に付着せしめた後に育苗したり、或いは、予め葉状体に刺激を与えて単胞子を担体に付着せしめて、これを育苗期まで凍結保存等して、育苗期に幼芽を育成することが出来る。それ故、貝殻糸状体による糸状体期を経て採苗する従来の海苔の養殖方法のような貝殻糸状体の培養管理にかかる労力や経済的負担が省かれて、海苔養殖が極めて効率的に実現され得る。
【0019】
特に本態様では、葉状体の栄養細胞が交雑や減数分裂を経ずに分化した単胞子を葉状体に生長させることにより、交雑や減数分裂を経て分化した接合胞子に比して、遺伝的形質の劣化が抑えられて、単胞子を単離、培養して得られる葉状体から、多量の純系、クローン葉状体を容易に得ることが出来る。また、このような単胞子からなる葉状体においては、半数体細胞であるため、生殖による交雑の可能性や、倍数体の糸状体から形成される殻胞子のように複数の遺伝的要素が混合する可能性が少ない。それ故、優れた品種の形質保持や、単一系統の海苔網が形成されることに基づく種苗の均一化などが有利に図られ得る。
【0020】
また、本発明者が行った実験結果などからも、担体に支持された葉状体に刺激を与えることによって、単胞子が、葉状体から積極的に放出された後に、再び該葉状体が支持された担体等に付着して発芽し、新たな葉状体として生長することが確認できた。また、葉状体に刺激を与えて放出された単胞子を採取した後に、単胞子を担体に付着させることによっても、該単胞子の発芽後、新たな葉状体に生長することが確認できた。なお、一次芽からなる葉状体や二次芽以上の複次芽からなる葉状体の何れにおいても、刺激を与えることによって、単胞子が積極的に放出されることが確認できた。
【0021】
従って、アマノリ属の育苗期や本養殖期に、担体に支持された葉状体から単胞子を積極的に放出させて、担体に再び付着させたり、或いは、別途準備した葉状体から放出された単胞子を採取して、育苗または本養殖期の担体に付着させたりすることによって、複次芽(単胞子)の担体への付着を好適に操作することが出来る。その結果、収穫期に応じて必要な量の複次芽を担体に付着させることが出来、担体に支持された葉状体の生育密度が好適に確保されて、生育環境が良好とされる。しかも、複次芽からなる葉状体は、一次芽からなる葉状体に比して若齢で、その葉が柔らかいことから、葉状体の老齢化に起因して葉が硬くなることが好適に抑えられる。それ故、生産効率や品質が有利に向上され得るのである。
【0022】
(本発明の態様2)
本発明の態様2の特徴とするところは、本発明の態様1に係る海苔の養殖方法において、前記葉状体を10〜30℃の海水の中で培養して該葉状体の成熟を促進せしめて、該葉状体に対する前記刺激として早期成熟による内部刺激を与えることにより、該葉状体の崩壊とともに前記単胞子を放出させることにある。
【0023】
本態様においては、葉状体の促進による成熟が、葉状体の崩壊と共に単胞子を積極的に放出させることとなり、本発明の態様1に係る刺激が有利に実現され得る。従来、葉状体の成長の目的は、主として収穫にあったが、本態様の如く葉状体に刺激を与えて単胞子の放出の向上効果に利用されることにより、海苔養殖において葉状体の別の有効利用の用途が提供されることとなる。
【0024】
なお、本発明に係る海水は、天然海水や人工海水、天然海水又は人工海水に栄養剤を加えた栄養強化海水をいう。人工海水は、水に塩類やミネラルその他の適当な物質を加えて得たものや天然海水に適当な物質を加えて調整したもの等をいう。
【0025】
(本発明の態様3)
本発明の態様3の特徴とするところは、本発明の態様1又は2に係る海苔の養殖方法において、前記葉状体を10〜30℃の海水の中で培養した後、該葉状体を、かかる培養時の海水よりも塩分濃度が高い高塩分海水に浸漬することにより、該葉状体に前記刺激を与えることにある。
【0026】
本態様においては、培養した葉状体を高塩分海水に浸すという比較的に簡単な作業によって、葉状体に刺激が有利に与えられる。なお、葉状体は、高塩分海水に、例えば所定時間連続して浸されても良いし、或いは途中で取り出された後に再度浸漬される作業を複数回行っても良い。また、高塩分海水の塩分(海水100gに含まれる塩類の質量(g)):sは、特に限定されるものでないが、好ましくは、s=5〜25%とされる。
【0027】
(本発明の態様4)
本発明の態様4の特徴とするところは、本発明の態様1乃至3の何れかに係る海苔の養殖方法において、前記葉状体を5〜15℃の海水の中で培養した後、該葉状体に15〜25℃の温度処理を施すことにより、該葉状体に前記刺激を与えることにある。
【0028】
(本発明の態様5)
本発明の態様5の特徴とするところは、本発明の態様1乃至4の何れかに係る海苔の養殖方法において、前記葉状体を10〜30℃の海水の中で培養した後、該葉状体に2000Lx以上の光を1日当たり10〜20時間照射することにより、該葉状体に前記刺激を与えることにある。
【0029】
これら本発明の態様4や態様5においては、葉状体から単胞子がより積極的に放出される。このような技術的効果を説明することが本発明の目的とするところでないが、おそらくは、態様4及び/又は態様5の実施によって、アマノリ属の生活史における季節、即ち寒い時期と暖かい時期を跨ぐ自然現象を、葉状体に誤認せしめるような結果となり、それによって、葉状体が成熟を始めて単胞子を積極的に放出するものと推考される。
【0030】
なお、態様4における温度処理は、葉状体を培養する際の海水の温度よりも高温下の海水の中で葉状体を培養する処理をいう。葉状体に温度処理を施す作業は、例えば葉状体を培養した後の海水の温度を該温度処理の範囲に設定変更したり、或いは葉状体を所定の室や容器に収容せしめて、室や容器の温度を当該温度処理の範囲に設定変更すること等によって実現される。また、温度は、一定に保たれても、変化しても良い。具体的には、例えば葉状体を海水中で培養した後に、海水の温度を上昇させたり、海水の温度を下降させた後に上昇させたり、下降と上昇を所定の回数繰り返したりすること等が採用可能である。
【0031】
また、態様5において、照射は連続的に行われることが望ましい。更に照射されていない状態では、暗室若しくはそれに近い状態におくのが好ましい。それによって、光の照射による刺激を葉状体に一層効果的に与えることが出来る。また、光の照度の上限は、好ましくは20000Lxとされる。20000Lxよりも大きくなると、葉状体の生育状態に支障を来すおそれがあるからである。
【0032】
(本発明の態様6)
本発明の態様6の特徴とするところは、本発明の態様1乃至5の何れかに係る海苔の養殖方法において、前記葉状体を10〜30℃の海水の中で培養した後、該葉状体に乾燥処理を施すことにより、該葉状体に前記刺激を与えることにある。
【0033】
本態様においては、海苔が乾燥に比較的に強い特性を利用して、葉状体に刺激を効果的に与えることが出来、それによって、単胞子を一層積極的に放出させることが出来る。なお、乾燥処理は、例えば葉状体を大気中に存在せしめた状態で、所定時間放置したり、葉状体に風を当てたり、大気中に含まれる水分量を減らしたりすること等によって実現される。また、当該乾燥処理を葉状体に対して1日2回行うことにより、単胞子が一層効率良く放出されることが、本発明者の実験結果等によって明らかにされている。このような技術的効果が奏される理由には、例えば干満が1日2回あることや、担体が干出して乾燥する際に葉状体から単胞子の放出が促進されること等が関係しているものと推考される。
【0034】
(本発明の態様7)
本発明の態様7の特徴とするところは、本発明の態様1乃至6の何れかに係る海苔の養殖方法において、前記単胞子を放出させる前記葉状体として葉長が3〜15cmの該葉状体を採用することにある。
【0035】
すなわち、前述の態様1乃至6では、例えば葉長が任意の大きさの葉状体を用いて本発明を実施することが可能であり、例えば葉長が1〜100mmの幼葉からなる葉状体を採用することも可能であって、このような成長初期〜中期の幼葉を採用することで、比較的に軽い刺激で単胞子を放出させることも可能になる。しかし、特に本態様7では、葉長が3〜15cmの成葉からなる葉状体を採用することで、多くの単胞子を葉状体から効率的に得ることが可能となるのである。蓋し、葉長が3cmよりも小さいと、葉状体が未熟で、栄養細胞の分化による単胞子の放出が期待され難いためであり、また、葉長が15cmよりも大きくなると、葉状体において、雌雄性を有する生殖細胞の占める割合が多くなって、無性生殖により単胞子として放出される栄養細胞の分化効率が低下するおそれがあるからである。なお、本態様では、従来の二次芽取りのような自然界で確認されているものと異なり、特に葉状体が大きなものを用いて人工的に単胞子を放出させることが出来ることから、目的とする単胞子を効率的に且つ大量に得ることが可能となる。
【0036】
特に本態様では、葉長が3〜15cmの葉状体が採用されることによって、20cm以上の成葉を成熟させたときに比較的に多く含まれる生殖細胞の分化が抑えられて、延いては雌雄の生殖細胞が受精してなる果胞子の放出が抑えられる一方、単胞子として放出される若い栄養細胞が葉状体に比較的に多く含まれているため、単胞子の放出効率が一層向上され得る。このような葉状体の生活史を応用して、単胞子の放出効率を上げた点に、本態様の大きな技術的特徴の一つが表されている。
【0037】
(本発明の態様8)
本発明の態様8の特徴とするところは、本発明の態様1乃至7の何れかに係る海苔の養殖方法において、海水が収容された水槽を陸上に設置すると共に、前記刺激を与えた前記葉状体から放出された前記単胞子を該水槽の該海水の中に存在せしめた状態下で、前記担体を該海水に接触させることによって、該担体に該単胞子を付着させることにある。
【0038】
本態様においては、単胞子の担体への付着が効率的に実現される。なお、単胞子は、水槽に入れた葉状体に刺激を与えて放出させても良いし、別の場所で葉状体から採取したものを水槽に入れても良く、また、別の水槽で刺激を与えた葉状体を用いて単胞子を放出させても良い。
【0039】
(本発明の態様9)
本発明の態様9の特徴とするところは、本発明の態様8に係る海苔の養殖方法において、前記水槽の上方に海苔網が捲回された回転枠を回転可能に配設し、該海苔網によって前記担体を構成して、該回転枠を回転させて該海苔網を該水槽の前記海水に接触させることにある。
【0040】
本態様においては、多くの単胞子を、比較的に少ない労力で、担体に効率的に付着させることが出来、海苔養殖が有利に実現され得る。しかも、担体が海苔網で構成されていることによって、保管や取り扱い性に優れている。
【発明の効果】
【0041】
上述の説明から明らかなように、本発明の海苔の養殖方法に従えば、葉状体に適当な刺激を与えることによって、成長した葉状体からも、単胞子が積極的に放出される。それ故、従来の牡蠣殻を用いた面倒で且つ長期間に亘る糸状体の管理を行う必要もなくなって、単胞子を容易に且つ効率的に採取することが可能となる。その結果、目的とする海苔を効率良く収穫できると共に、安定したクローン培養に基づく品種の形質保持も実現可能となるのである。
【0042】
また、本発明の海苔の養殖方法によれば、例えば、アマノリ属の育苗期や本養殖期に、担体に支持された葉状体から単胞子を積極的に放出させて、担体に再び付着させたり、或いは、別途準備した葉状体から放出された単胞子を採取して、担体に付着させたりすること等によって、複次芽の担体への付着を容易に且つ有利にコントロールすることが出来る。それ故、複次芽の発生量を調節して、良質の海苔を、長期間に亘って多段階に収穫することも可能となるのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0043】
以下、本発明を更に具体的に明らかにするために、本発明の実施形態について説明する。先ず、図1には、本発明の一実施形態としての海苔の養殖方法を用いた養殖工程に関するフローチャートが示されている。
【0044】
より詳細には、先ず、葉状体を準備する(S1)。本実施形態に用いられる葉状体を備えた海苔としては、養殖に適したものであれば良く、例えばクロノリやスサビノリ、ナラワスサビノリ、フタマタスサビノリ、アサクサノリ、オオバアサクサノリ、マルバアサクサノリ、ウップルイノリ、コスジノリ等のアマノリ属が挙げられる。
【0045】
特に本実施形態では、幼芽または幼葉期の葉状体の複数を準備すると共に、図示しない恒温室に天然の海水が収容された水槽を設置して、葉状体を海水の中に入れる。かかる恒温室では、温度が一定に保持されていると共に、日光等が入らないように外部と遮断されている。また、上述の天然海水に代えて、天然海水又は人工海水に一又は二以上の物質からなる栄養剤が添加された栄養強化海水が採用されても良い。栄養剤には、例えば塩化カリウムや硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、炭酸カルシウム、硝酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、ビタミンB12等の他、葉状体に栄養を与える各種の物質が採用される。更に、水槽には、収容された海水の温度を上昇せしめる、図示しない加熱器を設けている。更にまた、恒温室には、図示しない蛍光灯等が光源の照明装置を設置して、容器に収容された海水中の葉状体に向けて、光を照射するようにする。
【0046】
そこにおいて、海水の温度を所定の温度に、例えば10〜20℃に設定して保持すると共に、葉状体に所定の照度の光を1日に所定の時間だけ連続して照射して、葉状体を海水中で所定の期間培養する。その後、幼芽または幼葉期の葉状体が生長して、葉長が3〜15cmの幼葉期または若い成葉期の葉状体を得る。なお、これら温度や照度、照射時間、培養期間等の各種の設定条件は、海苔の種類や生育状況その他養殖に係る各種の条件に応じて適宜に設定変更されるものであって、特に限定されるものでない。
【0047】
さらに、葉長が3〜15cmの葉状体の複数を、海水等が収容された別の水槽に移して該海水の中に入れた状態で、海水の温度を、葉状体を培養した際の海水の温度よりも高く、例えば20〜30℃に設定する。更に、所定の照度以上の、例えば3000Lx以上の光を1日当たり10〜12時間連続して海水中の葉状体に照射する。特に、葉状体に光を照射しない照明装置がOFFの状態では、恒温室を暗室またはそれに近い状態にして、光を葉状体に出来るだけ当てないことが望ましい。このような温度処理や照射処理を葉状体に数日間〜数十日間施すことによって、葉状体に刺激を与える(S2)。
【0048】
すなわち、本実施形態では、葉状体を海水の中で培養して、葉長が3〜15cm、好ましくは5〜15cmになるまで育成すると共に、葉状体の成熟を促進せしめることと、前述の温度処理と照射処理が組み合わされることによって、葉状体に早期成熟による内部刺激を与えている(S2)。その結果、葉状体の崩壊と共に葉状体の栄養細胞が分化して単胞子を放出する状態になる(S3)。なお、葉状体の一部では、すでに単胞子が放出されていても良い。
【0049】
次に、単胞子が放出する状態の葉状体10の複数を、図2に示される如き陸上採苗器12に入れる。ここで、陸上採苗器12としては従来からのり養殖業に採用されている周知のものが利用可能であるが、その構造について簡単に説明すると、陸上採苗器12は、水槽14を備えている。水槽14は、養殖施設等の屋内または屋外の陸上に設置されて、上方(図2中、上)に開口する桶状とされていると共に、略開口部付近にまで海水16を貯えている。
【0050】
また、水槽14の中には、長手方向の中間部分に位置して略垂直に立ち上がる仕切網18が張られていて、水槽14が二つに仕切られている。この水槽14における仕切網18を挟んで、広い方(図2中、右)の領域が、種取り領域20とされていると共に、狭い方(図2中、左)の領域が、葉状体10の収容領域22とされている。これら種取り領域20と収容領域22には、前述の海水16が収容されていると共に、海水16が仕切網18を通じて相互の領域20,22間で流動し得るようになっている。
【0051】
また、種取り領域20の上方には、回転枠としての水車24が配設されている。水車24は、複数のロッド状材が組み合わされて組み立てられた略円形胴状の骨組構造体とされている。水車24の中心軸26が、種取り領域20の上方において略水平方向に延びていると共に、中心軸26の両端が、水槽14の外方に設置された支柱28,28に対して、それぞれ回転可能に支持されている。また、水車24には、中心軸26と平行に延びる複数の支持棒30が配されており、水車24の中心軸26回りの回転に伴って回転せしめられるようになっている。更に、これら複数の支持棒30のうち中心軸26から最下方(図2中、下)に位置した際の支持棒30が、種取り領域20の海面よりも下に位置して、海水16に接触するようになっている。
【0052】
さらに、水車24には、担体としての海苔網32が取り付けられている。海苔網32は、従来から海苔養殖に利用されている周知のものを採用することが可能であり、一般にポリエチレンやポリプロピレン、ポリエステル等の合成樹脂材や鉄や銅、ステンレス等の金属材等を用いて形成されて、展開した状態で長手帯形状を有している。そして、海苔網32が、水車24の複数の支持棒30に被せられて、水車24の外周面に何回も巻き付けられている。なお、所定長さを有する海苔網32は、その複数枚が、重ね合わせて或いは一つずつ順次に続けるようにして、重なって水車24の外周面に巻き付けられている。これにより、複数の海苔網32が水車24に対してロール状に支持されて、海苔網32における水車24の外周部分のうちで鉛直下方に位置する部分だけが、種取り領域20の海水16に潜るようにして接触せしめられるようになっている。また、水車24が、中心軸26回りで回転せしめられることにより、海苔網32の全体が順次に海水16に適数回だけ繰り返して接触せしめられるようになっている。
【0053】
そして、このような構造とされた陸上採苗器12における水槽14の収容領域22に、前述の如き刺激処理により単胞子が放出する状態の葉状体10における複数を収容して、収容領域22の海水16の中に入れる。その結果、葉状体10から多数の単胞子が積極的に放出して、単胞子が収容領域22の海水16から仕切網18を越えた種取り領域20の海水16にかけて流動する。
【0054】
また、必要に応じて、水槽14内の海水16中に設置した電動モータ等で水車24を所定の回転数で回転駆動せしめて、海苔網32を種取り領域20の海水16に接触させる。これにより、種取り領域20の海水16中を流動する多数の単胞子が水車24に巻き付けられた海苔網32に付着して、たね網(海苔網32)に胞子を直接に付着させる採苗(種取り)を行う(S4)。
【0055】
また、単胞子が付着された海苔網32の複数を陸上採苗器12から取り出して、図示しない培養設備に入れる。培養設備では、かかる海苔網32を海水等に浸して、海苔網32に付着した単胞子を発芽させて幼芽にする。そして、多数の幼芽が付着された海苔網の複数に、図示しない液体窒素やフリーザ、脱水や乾燥処理などを用いた公知の凍結保存処理を施して、一般に、10月中旬頃の育苗が開始される時期まで、幼芽が付着された海苔網を凍結保存する(S5)。
【0056】
すなわち、本実施形態では、前年度の海苔の収穫期を終えた4月頃から今年度の育苗期に入る10月中旬頃までの間に、準備した葉状体に刺激を与えて葉状体から単胞子を放出させ、該単胞子を海苔網32に付着させる採苗を行って、更に単胞子を付着させた海苔網を育苗期まで凍結保存する。なお、かかる凍結保存には、単胞子の付着した海苔網を数時間養成した後に、数週間に亘って冷凍保存する短期冷凍法と、短期冷凍した後に、海苔網を漁場に入れて、幼芽が数cmに達するまで育成した後に再び冷凍保存する長期冷凍法の何れもが採用され得る。
【0057】
また、10月中旬以降の育苗期になると、幼芽が付着された海苔網を浅瀬に設けられた支柱等に支持させたり、沖合に設けられた浮き等に支持させたりして、数十日間管理し、幼芽が数cmの幼葉になるまで育成する(S6)。そして、幼葉が付着された海苔網を本養殖期まで再び冷凍保存したり、或いは保存せずにそのまま本養殖に入る。
【0058】
11〜3月頃の本養殖期には、幼葉が付着された海苔網を、浅瀬の支柱等に支持させたり、沖合の浮き等に支持させたりして、所定の期間養成する。そして、目的とする例えば20cm前後の葉長に生長した成葉の葉状体を、公知のペット式摘採機やピアノ線摘採機等を用いて摘採する。これにより、葉状体が収穫されて、養殖工程が完了する(S7)。
【0059】
そこにおいて、特に本実施形態では、育苗期の前や本養殖期の前、または育苗期や本養殖期に、別途準備した幼葉または成葉の葉状体に対して、前述の葉状体に刺激を与えた工程(S2)と同様な刺激を与えて、該葉状体から放出された単胞子を採取することによって、採苗や二次芽取りを行う。そして、育苗期や本養殖期に、かかる単胞子の適当な量を葉状体が付着された海苔網に撒布して、単胞子を海苔網に付着させて発芽させることにより、二次芽を海苔網に人為的に付着せしめる。更に、必要に応じて、別途準備した葉状体から二次芽と同様に三次芽を採取し、かかる三次芽を二次芽が付着された海苔網に付着させる。これら二次芽や三次芽は生長して成葉の葉状体になると、予め採苗器12で海苔網32に付着された単胞子からなる一次芽(幼芽)が生長した葉状体と同様に、摘み取られる。
【0060】
因みに、収穫された葉状体は、所定の加工施設に運ばれて、葉状体に攪拌処理や洗浄処理、細切れ処理、洗浄処理、抄き処理、乾燥処理、選別処理等を施すことにより、乾海苔製品などに加工される。
【0061】
上述の如き本実施形態の海苔の養殖方法に従えば、葉状体を海水に入れて培養すると共に、葉状体に温度処理と照射処理を施すことによって、葉状体に早期成熟による内部刺激を効果的に与えることが出来る。そして、刺激が与えられた葉状体を陸上採苗器12の海水16の中に入れることにより、葉状体から単胞子が積極的に放出されると共に、海苔網32に十分な量の単胞子を確実に付着させることが出来る。その結果、目的とする収穫量が安定して得られるのである。
【0062】
しかも、本実施形態の如き単胞子からなる葉状体は、交雑や減数分裂を経て生長していないことから、遺伝的形質の劣化が抑えられるのであり、それによって、品種の形質保持が有利に実現され得ると共に、優れた形質の海苔が効率的に収穫され得る。
【0063】
特に本実施形態では、育苗期や本養殖期に、葉状体に刺激を与えて二次芽取りや三次芽取りを行い、適量の単胞子を海苔網に付着させたことにより、葉状体から放出された単胞子が自然に海苔網に付着する従来の海苔養殖に比して、生産性や品質性が極めて有利に向上され得る。
【0064】
以上、本発明の実施形態について詳述してきたが、これはあくまでも例示であり、かかる実施形態における具体的な記載によって、本発明は、何等限定されるものでなく、当業者の知識に基づいて種々なる変更、修正、改良等を加えた態様で実施可能である。また、そのような実施態様が、本発明の趣旨を逸脱しない限り、何れも、本発明の範囲内に含まれるものであることは、言うまでもない。
【0065】
例えば、前記実施形態では、葉状体を海水に入れる処理や、葉状体を入れた海水の温度を上昇させることによる温度処理、3000Lx以上の光を1日当たり10〜12時間照射する照射処理を組み合わせて、葉状体に施すことによって、葉状体に刺激を与えていたが、本発明はこれに限定されるものでない。
【0066】
具体的には、例えば、葉状体を10〜30℃の海水の中で培養して、葉長が3〜15cmになるまで育成した後に、葉状体を、かかる培養時の海水よりも塩分濃度が高い高塩分海水に所定の時間だけ入れることにより、葉状体に刺激を与えるようにしても良い。
【0067】
また、葉状体に刺激を与える方法としては、例えば、葉状体を10〜30℃の海水の中で培養した後に、葉状体を海水から取り出して大気中で所定の時間放置する乾燥処理を施すことも採用可能である。
【0068】
さらに、前述の高塩分海水による処理と乾燥処理を所定の時間毎に分けて施すことにより、葉状体に刺激を与えることも可能である。
【0069】
また、前記実施形態では、葉長が3〜15cmになるまで葉状体を育成した後に、温度処理や照射処理を施して葉状体に刺激を与えていたが、例えば、適当な葉長の葉状体を海苔の養殖業者等から購入して、かかる葉状体に各種の処理を施して葉状体に刺激を与えるようにしても良い。
【0070】
すなわち、本発明方法においては、ノリの種類や成長の程度等に応じて、各種の処理に係る条件を設定変更して処理を施すことにより、単胞子を放出する各種のノリの養殖に対して有利に適用され得ることは勿論である。
【0071】
また、前記実施形態の担体としては、海苔網が用いられていたが、かかる海苔網に代えて或いは加えて、布や紙、スポンジ、岩石、粉粒体を固めた成形物、その他単胞子を付着させて発芽させる各種の培養基なども採用可能である。
【0072】
また、前記実施形態では、単胞子を海苔網32に付着させる採苗を行った後に、単胞子を発芽させて、幼芽を付着した海苔網を育苗期まで冷凍保存していたが(S5)、かかる冷凍保存は必須の工程でない。例えば、アマノリ属の採苗期に、準備した葉状体に刺激を与えて、放出する単胞子を海苔網に付着させる採苗を行った後に、単胞子が発芽した海苔網を保存せずに、そのまま育苗期に入って育苗を行うことも可能である。
【0073】
また、前記実施形態では、育苗期や本養殖期に、海苔網に支持された葉状体とは別に用意した葉状体に刺激を与えて採取した単胞子を、所定の養殖海域に配された海苔網に撒布することによって、該単胞子からなる二次芽が海苔網に付着されるようになっていたが、例えば、養殖施設の水槽に葉状体を支持した海苔網を入れて養殖し、海苔網に支持された葉状体に前記実施形態に係る温度処理や照射処理等を直接に施して、水槽内で葉状体から放出される単胞子を海苔網に再び付着させることによって、二次芽が海苔網に付着されるようにしても良い。
【0074】
また、前記実施形態では、図2に示される如き陸上採苗器12を用いて採苗が行われていたが、それに代えて、例えば図3に平面図が示されているように、水車を使わないで海苔網を直接に海水に浸漬させて単胞子を付着させることも可能である。即ち、図2に示されたものと同様であるが仕切網18のない水槽14に海水16を収容し、葉状体に刺激を与えて採取した単胞子をその中に入れる。そして、かかる海水16中に海苔網32を適当な長さに折り畳んだ状態で入れて、所定時間放置することによって、海苔網32に単胞子を付着させて採苗することも可能である。
【実施例】
【0075】
上述の実施形態に示された海苔の養殖方法に従い、(1)葉状体(成葉)に刺激を与えた際の単胞子の放出効果や、(2)担体に支持された葉状体(幼葉)に刺激を与えた際の単胞子の放出作用に基づく、二次芽の担体への付着効果について検討するために行った試験結果を、以下に実施例1や実施例2として記載する。なお、本発明は、これら実施例の記載によって限定的に解釈されるものでない。
【0076】
(成葉からの単胞子の刺激放出に関する実施例1)
スサビノリにおける幼芽や幼葉期の葉状体を10℃の天然海水に入れると共に、葉状体に3000Lxの光を1日当たり10時間照射して、10日間培養した。これにより、幼芽や幼葉期の葉状体が生長して、葉長が約10cmの中葉期または成葉期の葉状体(成葉)を得る。なお、これら海水の温度や濃度、比重、光の照射時間などの条件は、日本における平均的な冬の環境条件と略同じである。光としては蛍光灯を用いた。
【0077】
また、図4にも示されているように、上述の葉長が約10cmの葉状体の一枚を、培養フラスコに収容された2リットルの天然海水に入れた。更に、担体としての海苔網を切断して、5cmの網糸の複数を葉状体と共に海水に入れた。そして、水温を22℃に設定して保持すると共に、3000Lxの光をフラスコ内の葉状体に1日当たり11時間30分照射せしめると共に、海水にはエアレーション等による通気を適宜に施して、5日間培養した。なお、海水の温度や光の照射時間などの条件は、日本における平均的な秋の環境条件と略同じである。
【0078】
その結果、葉状体の縁辺部から5日間にわたって単胞子の遊離が認められた。このことから、水温を上昇させたことによる温度処理や光の照射時間を延長したことによる照射処理を葉状体に施すことによって、スサビノリの葉状体に早期成熟による内部刺激が与えられて、葉状体の崩壊と共に細胞分化を生じたものと考える。
【0079】
また、フラスコに入れた葉状体の崩壊状態を、市販の光学顕微鏡を用いて確認したところ、図5にも示されているように、葉状体の崩壊を視認することができた。更に、それと別に、網糸の片面に付着した単胞子の数を、蛍光顕微鏡を用いて計測した。その結果、1567個の単胞子の付着を確認できた。
【0080】
かかる実施例1の結果からも、本実施例の養殖方法に従えば、成葉である葉状体が刺激を受けて単胞子を積極的に放出し、養殖に要求される十分な量の単胞子を担体に付着させることが可能であると、認められる。また、単胞子を単体に付着させて二次芽とりによる養殖が出来ることも、認められる。
【0081】
特に本実施例では、未だ生長途中にある葉長10cm程度の葉状体を用いたことにより、20cm以上の成葉の葉状体を成熟させた時に比較的に多く含まれる生殖細胞の分化が抑えられると共に、単胞子として放出される若い栄養細胞が葉状体に比較的に多く含まれていることに基づいて、単胞子が一層効率的に放出されるものと認められる。
【0082】
(幼葉からの単胞子の刺激放出に関する実施例2)
図6にも示されているように、担体としての5cmの網糸に付着されて、平均葉長が1〜2cm程度に育苗したスサビノリにおける幼芽や幼葉期の葉状体(葉長が1〜100mm程度のもの:上述の成葉と部分的に重複するが、本明細書では幼葉として扱うこととする)を、培養フラスコに収容された2リットルの天然海水の中に入れる。更に、担体としての海苔網を切断して、5cmの網糸の複数を葉状体が付着された網糸(以下、たね糸という。)と共に海水に入れる。そして、水温を20℃に設定して保持すると共に、3000Lxの光をフラスコ内の葉状体に1日当たり11時間30分照射せしめると共に、海水に適宜に通気を施して、12日間培養した。特に培養期間中、たね糸と網糸を培養フラスコから取り出して、該培養フラスコ内の海水よりも塩分濃度が高く設定された塩分濃度15%の高塩分海水に5分間だけ入れた後に、再び培養フラスコに収容された天然海水の中に入れる作業を、1日当たり2回行って、7日間連続して行った。
【0083】
その結果、葉状体の縁辺部から3日間にわたって単胞子の遊離が認められたことから、葉状体(たね糸)を高塩分海水に浸漬させて高塩分処理を葉状体に施すことによって、スサビノリの葉状体に対して、干出(海水の干潮による海面からの露出)と同様の刺激効果による単胞子の放出を促して細胞分化を生じたものと考える。
【0084】
また、上述のようにスサビノリの葉状体(幼葉)に刺激を与えた後、培養フラスコから葉状体(幼葉)の一つを取り出して、市販の光学顕微鏡を用いて、確認したところ、図7にも示されているように、葉状体からの単胞子の放出を視認することができた。更に、それと別に、培養フラスコに葉状体と一緒に入れた網糸の一本を取り出して、その片面に付着した単胞子の数を、蛍光顕微鏡を用いて計測した。その結果、1212個の単胞子の付着を確認できた。
【0085】
かかる実施例2の結果からも、本実施例の養殖方法に従えば、幼葉である葉状体が刺激を受けて単胞子を積極的に放出し、養殖に要求される十分な量の単胞子を担体に付着させることが可能であると、認められる。また、単胞子を単体に付着させて二次芽とりによる養殖が出来ることも、認められる。
【0086】
また、上述の実施例1および実施例2において、網糸に付着した単胞子は、培養フラスコの海水の中で培養することにより、何れも、1週間で10細胞程度からなる幼芽に生長した。更にまた、幼芽は2ヶ月で葉長20cmの成葉に生長した。特に実施例1において、単胞子が発芽してから10日を経た後、20日を経た後、40日を経た後の葉状体の各様子を、それぞれ、図8(10日経過),図9(20日経過),図10(40日経過)に示す。
【0087】
上述の実施例の結果からも、本発明の産業上の優れた価値が認められる。即ち、本実施例と同様な養殖方法に従えば、スサビノリの養殖を有利に行うことが可能であると認められる。具体的には、(1)スサビノリの採苗から種付けを、牡蠣殻を用いた糸状体の育成等を行うことなく簡易な労働力で行うことが出来ると共に、(2)適当な時期に種付けを行うことにより、成長段階が適度に異なる葉がついた担体(網等)を容易に得ることが出来て、安定した収穫をあげることが出来るのであり、(3)しかも、優良な形質を備えた種をクローン技術として安定して供給・育成することが可能となるのである。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明に従う海苔の養殖方法の一例を示す工程図である。
【図2】図1に示された採苗工程で用いられる陸上採苗器を示す縦断面説明図である。
【図3】図2に示された陸上採苗器に代えて、図1に示された採苗工程で用いることの出来る陸上採苗器の別の具体例を示す平面図である。
【図4】本発明の実施例1における一工程を説明するための図面代用写真である。
【図5】本発明の実施例1における別の工程を説明するための図面代用顕微鏡写真である。
【図6】本発明の実施例2における一工程を説明するための図面代用写真である。
【図7】本発明の実施例2における別の工程を説明するための図面代用顕微鏡社点である。
【図8】実施例1で得られた葉状体の成育過程を示す図面代用拡大写真である。
【図9】実施例1で得られた葉状体の別の成育過程を示す図面代用拡大写真である。
【図10】実施例1で得られた葉状体の更に別の成育過程を示す図面代用拡大写真である。
【符号の説明】
【0089】
10 葉状体
12 陸上採苗器
14 水槽
16 海水
18 仕切網
20 種取り領域
22 収容領域
24 水車
26 中心軸
28 支柱
30 支持棒
32 海苔網

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アマノリ属の葉状体に刺激を与えることにより、該葉状体から単胞子を積極的に放出させて、該単胞子を担体に付着させ、該単胞子を成長させることを特徴とする海苔の養殖方法。
【請求項2】
前記葉状体を10〜30℃の海水の中で培養して該葉状体の成熟を促進せしめて、該葉状体に対する前記刺激として早期成熟による内部刺激を与えることにより、該葉状体の崩壊とともに前記単胞子を放出させる請求項1に記載の海苔の養殖方法。
【請求項3】
前記葉状体を10〜30℃の海水の中で培養した後、該葉状体を、かかる培養時の海水よりも塩分濃度が高い高塩分海水に浸漬することにより、該葉状体に前記刺激を与える請求項1又は2に記載の海苔の養殖方法。
【請求項4】
前記葉状体を5〜15℃の海水の中で培養した後、該葉状体に15〜25℃の温度処理を施すことにより、該葉状体に前記刺激を与える請求項1乃至3の何れかに記載の海苔の養殖方法。
【請求項5】
前記葉状体を10〜30℃の海水の中で培養した後、該葉状体に2000Lx以上の光を1日当たり10〜20時間照射することにより、該葉状体に前記刺激を与える請求項1乃至4の何れかに記載の海苔の養殖方法。
【請求項6】
前記葉状体を10〜30℃の海水の中で培養した後、該葉状体に乾燥処理を施すことにより、該葉状体に前記刺激を与える請求項1乃至5の何れかに記載の海苔の養殖方法。
【請求項7】
前記単胞子を放出させる前記葉状体として葉長が3〜15cmの該葉状体を採用する請求項1乃至6の何れかに記載の海苔の養殖方法。
【請求項8】
海水が収容された水槽を陸上に設置すると共に、前記刺激を与えた前記葉状体から放出された前記単胞子を該水槽の該海水の中に存在せしめた状態下で、前記担体を該海水に接触させることによって、該担体に該単胞子を付着させる請求項1乃至7の何れかに記載の海苔の養殖方法。
【請求項9】
前記水槽の上方に海苔網が捲回された回転枠を回転可能に配設し、該海苔網によって前記担体を構成して、該回転枠を回転させて該海苔網を該水槽の前記海水に接触させる請求項8に記載の海苔の養殖方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−320292(P2006−320292A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−148578(P2005−148578)
【出願日】平成17年5月20日(2005.5.20)
【出願人】(594156880)三重県 (58)
【Fターム(参考)】