説明

液体クロマトグラフ質量分析装置

【課題】液体クロマトグラフから送出される液体試料の流量を低くすることなく、イオン化インターフェイスのイオン化効率を高めることができる液体クロマトグラフ質量分析装置を提供する。
【解決手段】本発明に係る液体クロマトグラフ質量分析装置は、イオン化インターフェイスのESI用のイオン化プローブ22aのノズル221において、ノズル221に供給される試料液が複数の流路2211に分岐され、各々の流路2211の先端から試料液が噴霧されるようにしたものである。このような構造を採ることにより、各々の流路2211では試料液の流量が減少するため、流路2211の各々から噴出される液滴のサイズを小さくすることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ質量分析装置に関し、より詳しくは液体クロマトグラフから送出される液体試料のイオン化を行うイオン化インターフェイスに関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフ質量分析装置(以下、「LC/MS」とする)は、大別して、液体試料に含まれる各成分の分離を行う液体クロマトグラフ部(LC部)と、分離された試料成分のイオン化を行うイオン化インターフェイスと、試料イオンを質量数に応じて分離検出する質量分析部(MS部)と、の3つに分かれている(例えば特許文献1等を参照)。
【0003】
イオン化インターフェイスによるイオン化の代表的な方法としては、エレクトロスプレイイオン化法(ESI)や大気圧化学イオン化法(APCI)などがある。ESIでは、液体試料をノズルから噴霧する際に試料に片寄った電荷を与え、噴霧された液滴中でのクーロン反発力により液滴の微細化を促進させ、その過程で液滴中の目的成分をイオン化する。他方、APCIでは、ノズルの前方に放電電極を配置し、そのコロナ放電により生成した溶媒ガスイオンを微細液滴に化学反応させることで目的成分をイオン化する。いずれの方法を用いるにしても、ノズルから噴霧される液滴の微細化の具合が、イオン化インターフェイスのイオン化効率やその後のMS部における測定精度に大きく影響することになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−162256号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
例えば、イオン化インターフェイスで微細化しきれなかった液滴は、ロスとして捨てられてしまう。そのため、MS部に導入されるイオン量が少なくなり、イオン化効率が低下する。また、液滴が微細化されないままMS部に導入されるとノイズ成分として検出されてしまい、質量分析の測定精度が低下する。ESIやAPCIでは、温度やネブライザーガスの流量等の条件を変えることでイオン化効率をある程度向上させることができるが、これには限界がある。
【0006】
一方、イオン化インターフェイスのノズル先端の口径を小さくし、それに伴ってLC部から送出される液体試料の流量を低くすることで、ノズルから噴霧される液滴を微細化しやすくする方法もある。例えば、ESIの一種であるナノESIをイオン化インターフェイスとして用いたLC/MSでは、ノズル(スプレー)先端の口径を数十マイクロメートル程度の非常に小さなものにすると共に、液体試料の流量を、従来の一分あたりミリリットルやマイクロリットルのオーダーのものからナノリットルオーダーにまで低くすることで、液滴がより微細化されるようにし、イオン化インターフェイスのイオン化効率を向上させている。
【0007】
しかしながら、この方法ではLC部の流量をイオン化インターフェイスのノズルの口径に合わせて適宜変化させる必要がある。特に上記のナノESIを用いた場合では、LC部をナノ流量に対応させるために専用の機器を用いなければならないため、例えば通常のESIとナノESIとを切り替える必要がある場合、そのたびにLC部の構成を変えるという手間が生じていた。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、LC部の流量を低くすることなく、イオン化インターフェイスのイオン化効率を高めることができる液体クロマトグラフ質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明は、
液体クロマトグラフから送出される液体試料をイオン化インターフェイスによりイオン化して質量分析を行う液体クロマトグラフ質量分析装置において、
前記液体試料をイオン化室内に噴霧する噴霧手段が、前記液体試料を分岐させ、各々の分岐先から該液体試料を噴霧させる、複数の流路を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る液体クロマトグラフ質量分析装置は、イオン化インターフェイスのノズルが、LC部から送出される液体試料を複数の流路に分岐する構造を有する。このような構造を有することにより、各々の流路では液体試料の流量が低下し、各流路から粒径の小さい液滴を噴霧させることが可能となる。そのため、LC部の流量を低くすることなく、イオン化インターフェイスのイオン化効率を高めることができ、MS部の検出感度を向上させることができる。また、微細化されなかった液滴がノイズとなってMS部に導入されることを防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】液体クロマトグラフ質量分析装置の要部の概略構成図。
【図2】LC/MSにおけるイオン化インターフェイスの概略図。
【図3】本発明に係るイオン化インターフェイスの一実施例を示す概略図。
【図4】本発明に係るイオン化インターフェイスの変形例を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1はLC/MSの一般的な要部構成を示す概略図である。この図に示すように、LC/MSは大別して、液体試料中の成分を分離する液体クロマトグラフ部(LC部)1と、分離された液体試料中の成分分子より気体イオンを生成するイオン化インターフェイス2と、試料イオンを質量数に応じて分離して検出する質量分析部(MS部)3と、から構成される。
【0013】
LC部1では、送液ユニット12が移動相容器11から移動相(溶離液)を吸引し、一定の送液量を維持しつつ試料注入部13へと送給する。試料注入部13では所定のタイミングで試料液を移動相中に注入する。試料液が混入された移動相はカラム14に送られ、カラム14を通過する間に成分毎に分離され、それぞれ時間的にずれてカラム14から溶出してイオン化インターフェイス2に到達する。
【0014】
イオン化インターフェイス2は、ほぼ大気圧雰囲気であるイオン化室21内に、カラム14の末端に接続されたイオン化プローブ22の先端部が突設されている。イオン化プローブの先端部の前方には、イオンを後段に輸送するための脱溶媒管23の入口開口が設けられ、さらにその前方には気化しなかった溶媒を排出するドレイン24が配置されている。脱溶媒管23の入口開口の中心軸はイオン化プローブ22の先端からの噴霧の中心軸と斜交(ここではほぼ直交)しており、それによって溶媒が十分に気化していない大きな液滴が脱溶媒管23に飛び込むことを防止している。
【0015】
イオン化インターフェイス2におけるイオン化を通常のESIで行う場合、図2(a)に示すようなイオン化プローブ22aを用いる。このイオン化プローブ22aは、試料液が供給されるノズル221と、ノズル221と同軸であって外筒として取り囲むように配設されたネブライズガス管222と、を有し、ノズル221自体又はその周囲に設けられた図示しない金属筒に数kV程度の直流高電圧が印加される。この電圧による電場の影響によりノズル221を流れて来る試料液は片寄って帯電し、その状態でネブライズガス管222から噴出するネブライズガス(通常N2ガス)の助けを受けて微小液滴となって噴出する。噴出した微小液滴は例えば脱溶媒管23の周囲から噴出される乾燥窒素ガスに接触し、液滴中の移動相や溶媒が急速に蒸発し液滴のサイズは小さくなる。すると、帯電電荷のクーロン反発力によって液滴は細かく分裂し、その過程で試料分子に由来する気体イオンが発生する。
【0016】
また、ナノESIでイオン化を行う場合、図2(b)に示すようなイオン化プローブ22bを用いる。このイオン化プローブ22bは、基本的には上記ESIの構成からネブライズガス及び乾燥窒素ガスを除いた構成であり、液体試料を噴霧するノズル221は、先端がガラスキャピラリに金属薄膜がコーティングされたもの又は金属製キャピラリ等によるキャピラリ管であって先端が細く絞られている。ナノESIではネブライズガスによる噴霧の補助が無く、ノズル221の先端から流出した同極性のイオンを多量に含んだ液体試料はクーロン力によって細く引き伸ばされ、テーラーコーンと呼ばれる円錐形状体を形成する。その進行に伴って電荷密度が高くなると臨界点でクーロン爆発が生じ、イオンの生成を伴いつつ円錐状に広がる。
【0017】
LC部1からイオン化インターフェイス2に送出される試料液の流量は一般的に0.1mL/min〜2.0mL/min程度である。ESI用のイオン化プローブ22aでもこの流量でイオン化が行われるが、このような高い流量では、図2(a)に示すように十分に微小化されない液滴が残り、これらがドレイン24から排出されてしまうため、イオン化インターフェイス2のイオン化効率が低下してしまう。また、微小化されなかった液滴の一部が脱溶媒管23からMS部3に導入され、ノイズとして検出されてしまうこともある。
【0018】
一方、ナノESIのイオン化プローブ22bを用いる場合、ノズル221における試料液の流量を一分あたりナノリットルオーダーにまで抑える必要がある。そのため、上記のようなミリオーダーの高い流量ではナノESIによるイオン化を行うことができず、イオン化プローブ22bを用いる際に、LC部1の送液ユニット12、試料注入部13、カラム14等を、ナノ流量用の専用の機器に交換しなければならなくなる。
【0019】
以下に示す本発明は、LC部1の流量を変えずに、イオン化インターフェイス2において液滴が噴霧される際の流量を低く抑えることができるようにしたものである。
【実施例】
【0020】
図3は、本発明に係るイオン化インターフェイス2の一実施例を示した概略図である。本実施例は、イオン化インターフェイス2のESI用のイオン化プローブ22aのノズル221において、ノズル221に供給される試料液が複数の流路2211に分岐され、各々の流路2211の先端から試料液が噴霧されるようにしている。
【0021】
図3に示すように、ノズル221を複数の流路2211で分岐した構造とすることで、各々の流路2211では試料液の流量が減少する。例えばイオン化プローブ22aの入口側の流量(すなわちLC部1の流量)が1mL/minであり、ノズル221内で流路2211が10000本に分岐していた場合、各々の流路2211における試料液の流量は100nL/minとなる。これにより、LC部1の流量がミリリットルオーダーであっても、各々の流路2211では毎分ナノリットルのオーダーの流量を達成することができる。このように流量が低くなることで、各流路から噴出した直後の液滴のサイズを通常よりも小さくすることができるため、ネブライズガスによる液滴の微小化が容易になる。従って、イオン化インターフェイス2のイオン化効率を向上させることが可能となると共に、微小化されなかった液滴がMS部3に導入され、ノイズとして検出されることを防ぐことができる。
【0022】
なお、その後の分析動作を説明すると、イオン化室21で上記のように生成された試料イオンはイオン化室21と第1中間真空室31との差圧により脱溶媒管23中に引き込まれる。第1イオンレンズ32は、その電場により脱溶媒管23を介してのイオンの引き込みを助けるとともに、イオンをスキマー33の通過孔近傍に収束させる。スキマー33の通過孔を通って第2中間真空室34に導入されたイオンは、第2イオンレンズ35により収束及び加速された後、小孔36を通って質量分析室37へと送られる。質量分析室37では、特定の質量数を有するイオンのみが四重極フィルタ38を通り抜け、イオン検出器39に到達しイオン電流として検出される。
【0023】
図4に、本発明に係るイオン化プローブ22の変形例を示す。本変形例のイオン化プローブ22cは、図3の構成からネブライズガス管222を外し、それぞれの流路2211の出口側先端を細く絞ったものである。これは、図2(b)に示したナノESIに対応する構成であり、上記のように各々の流路2211における試料液の流量をナノリットルオーダーとすることで、各々の流路からナノESIと同じ原理で液滴を噴霧させることができる。
【0024】
なお、上記実施例はあくまで一例であり、本発明の主旨の範囲で適宜修正や変更を行うことができる。例えば、上記実施例ではノズル221の途中で複数の流路2211に分岐する構造としたが、本発明は少なくともノズル221の出口で複数の流路2211から液滴が噴霧される構造であれば良く、ノズル221の入口側ですぐに分岐するような構造であっても構わない。
【0025】
また、上記実施例ではESIを例に説明したが、例えばAPCIなどの場合であっても、図3や図4に示したノズル221の構造を用いることで、同様に本発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0026】
1…LC部
11…移動相容器
12…送液ユニット
13…試料注入部
14…カラム
2…イオン化インターフェイス
21…イオン化室
22、22a、22b、22c…イオン化プローブ
221…ノズル
2211…流路
222…ネブライズガス管
23…脱溶媒管
24…ドレイン
3…MS部
31…第1中間真空室
32…第1イオンレンズ
33…スキマー
34…第2中間真空室
35…第2イオンレンズ
36…小孔
37…質量分析室
38…四重極フィルタ
39…イオン検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体クロマトグラフから送出される液体試料をイオン化インターフェイスによりイオン化して質量分析を行う液体クロマトグラフ質量分析装置において、
前記液体試料をイオン化室内に噴霧する噴霧手段が、前記液体試料を分岐させ、各々の分岐先から該液体試料を噴霧させる、複数の流路を備えることを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項2】
前記流路の各々における前記液体試料の流量が毎分ナノリットルオーダーであることを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項3】
前記噴霧手段がエレクトロスプレイイオン化法によるものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項4】
前記流路の各々の先端が細く絞られていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の液体クロマトグラフ質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−58122(P2012−58122A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−202860(P2010−202860)
【出願日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】