説明

液体吐出ヘッドおよび液体吐出方法

【課題】キャビテーションによる発熱素子の破壊を防ぐとともに、液滴を吐出する際のミストの発生を抑制する。
【解決手段】液体吐出ヘッド101が、液体を吐出する吐出口100と、液体を供給する液体供給口から吐出口100へ液体を供給するための流路300と、短辺と長辺の比が2.5以上の矩形で、その長手方向が流路300の延在方向に沿って配置されている、液体を吐出するために利用される熱エネルギーを発生する発熱素子401と、を備えている。吐出口100から液体が吐出される方向から見て、発熱素子401の、流路300内の液体の流れ方向における下流側の端部が、吐出口100の下流側の端部と上流側の端部との間に位置している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体を吐出するための液体吐出ヘッド、特に、インクを吐出して記録媒体に記録を行うインクジェットヘッドと、液体吐出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録装置における液体吐出方法として、発熱素子を用いてインクを吐出する方法が広く用いられている。これは、インクが供給される流路(ノズル)内に配置された発熱素子により熱エネルギーを発生させ、発熱素子の周囲のインクを膜沸騰させて気泡を発生させ、発泡圧力によりインクに運動エネルギーを付与して吐出口から被記録媒体に向けて吐出する方法である。この方法では、発熱素子上に発生した気泡がそのまま消泡することによって発生するキャビテーションにより、発熱素子に損傷を与えるという問題がある。
【0003】
特許文献1に、キャビテーションによる発熱素子の損傷を抑制できる液体吐出ヘッドおよび液体吐出方法が開示されている。この液体吐出ヘッドでは、吐出口が発熱素子の表面に対向して配置されており、吐出口の中心が発熱素子の中心に対してインクの流れ方向の上流側または下流側にずらして配置されている。それにより、液滴吐出時に、気泡が分断され難い部位で気泡と大気とが連通するため、気泡がインク流れ方向の上流側の部分と下流側の部分とに分断されることが抑制される。その結果、気泡が分断されて流路内に残ることを防ぐことができ、通常はインクの流れ方向の下流側で発生しやすいキャビテーションおよびそれに伴う発熱素子の損傷を抑えることができる。この技術は、縦横比が概ね1程度である比較的正方形に近い発熱素子を有する液体吐出ヘッドにおいて特に有効である。
【0004】
また、特許文献2には、インクジェット記録のさらなる高密度化の要望から、吐出口および流路を、1200dpi(1インチ(2.54cm)あたり1200個)以上の高密度に配置する技術が開示されている。具体的には、特許文献1では、複数の吐出口および流路が1200dpiの密度で1列に配置されている。
【0005】
特許文献3,4には、インクジェット記録装置においてインクを吐出する方法の例が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第7,152,951号明細書
【特許文献2】特開2008−238401号公報
【特許文献3】特開平4−10940号公報
【特許文献4】特開平4−10941号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2に開示されているように1200dpi以上の高密度に吐出口および流路を配置し、1.5pl以上の液滴を吐出しようとすると、流路を細長く形成する必要がある。従って、特許文献1に記載の発明とは異なり、流路の形状に合わせた縦横比の大きな(細長い)発熱素子を使用せざるを得ない。具体的には、発熱素子の縦横比は2.5以上(縦の長さが横の長さの2.5倍以上)が必要となる。その結果、特許文献1の図12に示されているような、キャビテーションによる発熱素子の損傷が起こり得る。
【0008】
本発明の目的は、キャビテーションとそれに伴う発熱素子の損傷を防ぐとともに、従来の液体吐出ヘッドの一般的な課題である、液滴を吐出口から吐出する際の微小なミストの発生を抑制することができる液体吐出ヘッドおよび液体吐出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、液体を吐出する吐出口と、液体を供給する液体供給口から吐出口へ液体を供給するための流路と、短辺と長辺の比が2.5以上の矩形で、その長手方向が流路の延在方向に沿って配置されている、液体を吐出するために利用される熱エネルギーを発生する発熱素子と、を備える液体吐出ヘッドに関する。そして、吐出口から液体が吐出される方向から見て、発熱素子の、流路内の液体の流れ方向における下流側の端部が、吐出口の下流側の端部と上流側の端部との間に位置することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、高密度に配列された流路において、キャビテーションとそれに伴う発熱素子の損傷を抑えるとともに、液体吐出時のミストの発生を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の液体吐出ヘッドの要部の一部切欠斜視図である。
【図2】本発明の第1の実施形態の液体吐出ヘッドの要部の拡大平面図である。
【図3】本発明の第1の実施形態の液体吐出方法を順番に示す断面図である。
【図4】位置ずれ量を変えて実験した液体吐出ヘッドの要部を示す平面図である。
【図5】本発明の比較例の液体吐出ヘッドの液体吐出方法を順番に示す断面図である。
【図6】本発明の比較例の液体吐出ヘッドの液体吐出方法を順番に示す断面図である。
【図7】本発明の比較例の液体吐出ヘッドの液体吐出方法を順番に示す断面図である。
【図8】本発明の第1の実施形態の液体吐出方法において、位置ずれ量と吐出速度の関係を示すグラフである。
【図9】(a)は液体吐出ヘッドの温度とミストの体積との関係を示すグラフ、(b)は液滴吐出量とミストの体積との関係を示すグラフである。
【図10】本発明の第2の実施形態の液体吐出ヘッドの要部の拡大平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0013】
まず、本発明の液体吐出ヘッドの一例であるインクジェット記録ヘッド101の全体構成について述べる。図1は、このインクジェット記録ヘッド101の要部の一部切欠斜視図である。このインクジェット記録ヘッド101は、複数の発熱素子(ヒータ)401が配設された素子基板110と、この素子基板110の主面に積層されて接合され、複数の流路300を構成する流路形成部材111とを備えている。素子基板110には、流路形成部材111が接合されるのと反対側の面に、インク供給部材150が接合されている。
【0014】
素子基板110は、例えばガラス、セラミックス、樹脂、金属等によって形成されていてよいが、特にSiによって形成されるのが一般的である。素子基板110の主面上には、各流路300毎に、発熱素子401と、発熱素子401に電圧を印加する電極(図示せず)と、この電極に接続された配線(図示せず)とが、所定の配線パターンでそれぞれ設けられている。発熱素子401は、液体を吐出するために利用される熱エネルギーを発生するものである。また、素子基板110の主面には、蓄熱の発散性を向上させる絶縁膜(図示せず)が、発熱素子401を被覆するように設けられている。さらに、素子基板110の主面には、気泡が消泡した際に生じるキャビテーションから保護するための保護膜(図示せず)が、絶縁膜を被覆するように設けられている。
【0015】
インク供給部材150は、図示しないインクタンク等から素子基板110に吐出用の液体であるインクを供給するためのインク供給口(「液体供給口」、「供給室」ともいう)500を有している。
【0016】
流路形成部材111は、図2に示すように、インクが供給される複数の流路(ノズル)300と、流路300の先端に位置して外部に開口している複数の吐出口100と、各流路300とインク供給口500とをつなぐ共通液室112とを有している。吐出口100は、インク素子基板110上の発熱素子401に概ね対向する位置に形成されている。インクは、流路300内を共通液室112から吐出口100に向かって流れる。
【0017】
このインクジェット記録ヘッド101は、素子基板110上に複数の発熱素子401および複数の流路300を有し、複数の流路300は、供給室500を挟んで互いに対向する第1および第2の流路列900を構成している。第1の流路列を構成する複数の流路300は、それぞれの長手方向が平行になるように配列されている。同様に、第2の流路列を構成する複数の流路300は、それぞれの長手方向が平行になるように配列されている。そして、各流路列900内の複数の流路300は、1200dpi以上(1インチ(2.54cm)あたり1200個以上)の密度で形成されている。従って、各流路列900内の、隣接する各流路300の間隔は1/1200インチ以下(約0.021mm以下)である。また、第2の流路列の各流路300と、第1の流路列の各流路300とは、ドット配置の理由から、必要に応じて、千鳥状に(両流路列900の各流路300が互い違いになるように)配列される場合もある。
【0018】
このようなインクジェット記録ヘッド101は、例えば特許文献3,4に開示されたインクジェット記録方法を実施して、インク吐出時に発生する気泡が吐出口100を介して外気に連通する構成のものもある。
【0019】
このような基本構造を有する本発明のインクジェット記録ヘッド101の詳細な構造について、具体的な実施形態を挙げて以下に説明する。
【0020】
[第1の実施形態]
図2〜6を参照して、本発明の第1の実施形態について説明する。図2は、本実施形態のインクジェット記録ヘッド101の流路周辺を拡大した平面図である。本実施形態における各部分の寸法を以下に示す。
【0021】
本実施形態のインクジェット記録ヘッド101の第1および第2の流路列900内の各流路300の配列ピッチPは21μmであり、1200dpiの高密度配列を実現している。その結果、各流路300の幅Wnは12.8μmであり、非常に狭い。また、この流路300から吐出口100を介して吐出する1回あたりの吐出液滴量は2.8ngである。そのため、吐出口100は、流路300の幅Wnの制約および有効面積の確保との兼ね合いから、幅Woが8μm、長さLoが16μmであり、短辺と長辺の比、すなわち縦横比(アスペクト比)が2.0(=16/8)の長円形である。ただし、吐出口100の平面形状は長円形に限られず、楕円形や矩形などであってもよい。
【0022】
発熱素子401は、吐出口100と同様に流路300の幅Wnの制約および有効面積の確保との兼ね合いから、幅Whが10.6μm、長さLhが34.4μmであり、短辺と長辺の比、すなわち縦横比が3.2(=34.4/10.6)の細長い長方形状である。発熱素子401の長手方向は流路300の延在方向に沿っている。
【0023】
そして、本実施形態では、吐出口からインクが吐出される方向から見て、吐出口100の中心が発熱素子401の中心に対してインクの流れ方向(共通液室112から吐出口100に向かう方向)にずれて配置されている。流路300の、発熱素子401の中心から下流側(吐出口100側)の長さLn1は22.5μmであり、上流側(共通液室112側)の長さLn2は39.6μmである。
【0024】
また、本実施形態では、共通液室112内に、流路300同士の間の位置にそれぞれ対応する円柱状の部材である複数のノズルフィルタ102が設けられている。本実施形態のノズルフィルタ102の直径cは13μmである。そして、発熱素子401の中心からノズルフィルタ102までの距離Lnfは57.0μmである。
【0025】
インク供給口500の中心から、共通液室112に連通する端部までの距離aは56μmである。インク供給口500の中心から発熱素子401の中心までの距離bは137.5μmである。発熱素子401の中心から吐出口100の中心までの距離d、すなわち発熱素子401の中心と吐出口100の中心の位置ずれ量dは、12μmである。この位置ずれ量dは、吐出口100が、インクの流れ方向の下流側(吐出口側)において発熱素子401の端部を越えて存在するように設定されている。
【0026】
このような配置にすることにより、本発明では、発熱素子401が、縦横比が3を超えるような細長い形状であっても、発熱素子401の上面におけるキャビテーションおよびそれに伴う発熱素子401の損傷を抑制している。その原理について以下に説明する。
【0027】
図3(a)〜3(h)は、本実施形態における液体吐出方法を時系列的に説明するための図であり、図2のB−B線の位置で切断した断面図である。
【0028】
まず、図示しない配線および電極を介して発熱素子401を駆動して発熱させる。発熱素子の発熱により、インク(吐出用の液体)125が加熱されて発泡する。そして、図3(a)に示すように、加熱されて液体中(インク中)に発生した気泡120が成長し、その発泡圧によってインク125の一部が吐出口100から突出する(インク125の先端部分は図示省略している)。このように気泡120の体積が一旦増大して最大体積に到達した後は、図3(b)に示すように気泡120が縮小し、それに伴って、吐出口100内に位置するインクのメニスカス123が後退して流路300の内部に侵入する。
【0029】
本実施形態では、発熱素子401の中心は吐出口100の中心(重心)よりも、インクの流れ方向において上流側に位置している。従って、図3(b),3(c)に示すように、気泡120の縮小過程(収縮中)において、メニスカス123は、発熱素子401の表面上の気泡120に近い側(上流側)に大きく、気泡120から遠い側(下流側)に小さくなるように偏りながら後退する。その結果、図3(c)に示すように、吐出液滴125の後端部(尾)は、発熱素子401の表面上の気泡120から遠ざかる方向に曲がる。この吐出液滴の尾には、液滴吐出方向(発熱素子401および吐出口100に垂直な方向)に対して直交する運動成分が与えられる。従って、吐出液滴125の尾が、流路内に残留するインクと分離する切断ポイント600は、図3(c)に示すように、発熱素子401の表面上の気泡120から遠い側に偏った位置になる。そして、尾が分離した吐出液滴125aは、吐出口100から、外部の被記録媒体(不図示)に向かって吐出する。この時、流路300の内部で、吐出液滴12aの尾が分離する際に発生する微小なミストは、吐出液滴125aの尾が曲がったのと同様に、液滴吐出方向に対して直交する運動成分を受ける。このような運動成分を受けたミストは、流路300の内壁にぶつかり、吐出口100から外部に向かって飛散することが抑制される。
【0030】
また、本実施形態では、前記したように、吐出口100が発熱素子401に対して、インクの流れ方向において下流側にずらして配置されているため、吐出口100の近傍で気泡120が分断されることが抑制される。つまり図3(b),3(c)に示すように、発熱素子401の表面上の気泡120は、分断されるのではなく、吐出口100の近傍から共通液室112側に向かって順次つぶれていく。その後、図3(d),3(e)に示されているように、メニスカス123が共通液室側112側に向かってさらに後退するとともに、発熱素子401の表面上の気泡120が縮小する。そして、図3(f)に示されているように、気泡120が消泡する前、すなわち気泡120の縮小中に、メニスカス123が気泡120に到達して、メニスカス123と気泡120が泡連通ポイント601においてつながる。その結果、気泡120は外気に開放され、気泡の内圧が外気圧と一致するようになる。
【0031】
本発明では、平面的に(吐出口よりインクが吐出される方向から)見て、吐出口100と発熱素子401が部分的に重なる(吐出口100の上流側の一部が発熱素子401の下流側端部と重なる)ように、吐出口100と発熱素子401の位置をずらしている。それによって、泡連通ポイント601が、発熱素子401の上流側端部付近、すなわち流路300内の、吐出口100から離れた位置に生じる。メニスカス123がこの泡連通ポイント601に到達するのは、吐出液滴125aが、流路300内部に残留するインク125と分離した後である。従って、気泡120が外気に連通して、気泡の内圧が外気圧と一致するのは、吐出液滴125aが、流路300内部に残留するインク125と分離した後のタイミングである。一般に気泡が外気(大気)に連通する現象は、吐出のイベントごとに乱れ、バラツキが大きくなる。そのため、仮に、流路300内部に残留するインク125と分離する前にメニスカス123が気泡に連通する場合、吐出液滴125aの尾引きは、気泡が大気連通する際のバラツキの影響を受けてしまい、イベントごとの尾の乱れにつながってしまう。このように、吐出液滴125aが、流路300内部に残留するインク125と分離する前、またはそれに近いタイミングで、気泡120が外気に連通して気泡の内圧が外気圧と一致する場合に比べて、本発明の構成によれば吐出液滴125aの尾の乱れが抑制される。その結果、吐出液滴125aの尾が、流路300内部に残留するインク125と分離する際に発生するミストの量が極めて少なくなる。さらに、泡連通ポイント601にて気泡120が外気と連通する際に発生する可能性がある微小なミストは、その発生位置が、流路300内の、吐出口100から離れた発熱素子の中心(重心)よりも上流側の位置である。従って、ミストが吐出口100から外部に流れ出す可能性が極めて低い。
【0032】
メニスカス123と気泡120が泡連通ポイント601においてつながった後は、図3(g)〜3(i)に示されているように、毛管力によって共通液室112から流路300内にインク125が再充填され、吐出口100内に再びメニスカス123が生じる。
【0033】
このような液体吐出方法を実現するためには、発熱素子401の中心と吐出口100の中心との位置ずれ量d(図2)が重要なパラメータとなる。本出願人は、この位置ずれ量dが液体吐出方法に及ぼす影響を確認するための実験を行った。この実験内容について、図4〜6を参照して説明する。図4(a)〜4(i)は、様々な位置ずれ量dを有する複数の液体吐出ヘッド101の試作品の流路300をそれぞれ示す模式的上面図である。図4(a)〜(i)に示すように、これらの液体吐出ヘッド101の位置ずれ量dは0μmから25μmまでの範囲である。位置ずれ量dが10μm〜22.5μmの範囲(図4(c)〜4(h))では、インクが吐出される方向から見て、吐出口100が発熱素子401の下流側端部と重なっている。図4(a)〜(i)に示す構成を有する液体吐出ヘッド101における液体吐出時の、流路300内の上流側のキャビテーションの有無と、下流側のキャビテーションの有無と、吐出耐久試験における発熱素子401の損傷の有無を確認した。その結果を表1に示す。なお、位置ずれ量dは、吐出口100の中心(重心)が発熱素子401の中心(重心)から下流側に離れている距離を表している。図4(a)〜(f)では省略しているが、単位はμmである。表1では、キャビテーションの発生防止の程度と発熱素子401の耐久性(損傷防止の程度)をそれぞれ、◎:良い(余裕あり)、○:良い、×:悪い(損傷あり)の3段階で表している。
【0034】
【表1】

【0035】
表1を見ると、吐出方向から見て吐出口100全体が発熱素子401に完全に重なり、発熱素子401の下流側端部が吐出口100の外側に位置している、位置ずれ量dが5μm以下の場合には、発熱素子の下流側にキャビテーションが発生した。その結果、発熱素子401の損傷が生じ、耐久性が悪くなっている。これに対し、位置ずれ量dが10μm以上の場合には、下流側のキャビテーションが発生しなかった。これは、先に説明したように、気泡120が吐出口100の近傍で分断されることなく、吐出口100の近傍から共通液室112側に向かって順次つぶれていったからである(図3(b)〜3(e)参照)。
【0036】
一方、吐出口100の中心が発熱素子401の中心から大幅に離れている、位置ずれ量dが20μm以上の場合には、発熱素子の上流側にキャビテーションが発生した。その結果、発熱素子401の損傷が生じ、耐久性が悪くなっている。これは、吐出口100が発熱素子401の中心から遠過ぎたため、図3(f)に示すように後退したメニスカス123が気泡120に到達することなく、つまり、気泡120がメニスカス123とつながらずに消泡してキャビテーションが生じたからである。これに対し、吐出口100の中心が発熱素子401の端部と一致する、位置ずれ量dが17.2μmの場合、およびそれ以下の場合には、上流側のキャビテーションが発生しなかった。
【0037】
このような現象についてさらに詳しく説明する。吐出口100の中心と発熱素子401の中心とが一致または近接している場合(位置ずれ量dが0μm以上かつ10μm未満の場合)の、典型的な液体吐出状態を図5(a)〜5(h)に示している。この場合、図5(a)〜5(c)に示すように、気泡120が成長して吐出液滴125aが吐出口100から外部に吐出される際に、発熱素子401の表面上で気泡120が分断される。分断された気泡120のうちの一方(上流側の気泡)は、後退してきたメニスカス123とつながる可能性がある。しかし、分断された気泡120のうちの他方(下流側の気泡)は、後退してきたメニスカス123とつながることなく消泡し、発熱素子401にキャビテーションダメージを与える(図5(d)〜5(f)参照)。
【0038】
このような流路300において、発熱素子401に印加する電気エネルギーを低減した場合を、図6(a)〜6(h)に示す。この場合、発熱素子401の表面上で分断された気泡120がいずれも、後退してきたメニスカス123とつながることなく消泡し、発熱素子401にキャビテーションダメージを与える(図6(d)〜6(f)参照)。逆に、発熱素子401に印加する電気エネルギーを大きくした場合を、図7(a)〜7(e)に示している。この場合、気泡120は、吐出口100を介してメニスカス123とつながり外気に連通する。このような状態では、発熱素子401にキャビテーションダメージは発生しない。しかし、図7(b)に示すように、吐出液滴125aの尾がちりぢりに引きちぎられて、主滴の他に多数のサテライトやミストが発生してしまい、印字品位を低下させるとともに、周囲へのミスト汚染を発生してしまう。このように、発熱素子401に印加する電気エネルギーの調節によって、キャビテーションダメージの防止とミスト発生の防止とを両立することは容易ではない。
【0039】
そこで、本発明では、吐出口100の中心と発熱素子401の中心との位置ずれ量dを適切に選択することによって、キャビテーションダメージの防止とミスト発生の防止との両立を図っている。
【0040】
表1に示すように、吐出口100の中心と発熱素子401の中心との位置ずれ量dが10μm以上かつ17.2μm以下である液体吐出ヘッド101は、耐久性が良好であった。これは、吐出方向から見て、吐出口100が発熱素子401に部分的に重なり、発熱素子401の下流側の端部が吐出口100の内側に位置することで、下流側において気泡が分断されることを防止している結果である。この構成では、吐出口100の中心が発熱素子401の内側に位置しており、吐出口100と発熱素子401とがあまり遠くに離れ過ぎず、後退したメニスカス123が、縮小した気泡120に到達してつながることが可能である。その結果、気泡120の内圧が外気圧に一致して、キャビテーションの原因とならないことが、表1に示されている。吐出口100の中心と発熱素子401の中心との位置ずれ量dが10μm以上かつ17.2μm以下であると、上流側でも下流側でもキャビテーションが発生せず、発熱素子401の断線等の問題が発生しないことが確認された。
【0041】
なお、図8に示すように、吐出口100の中心と発熱素子401の中心との位置ずれ量dが大きいほど、発熱素子401と吐出口100との間の流路抵抗が大きくなるため、エネルギー効率が低下し、液滴の吐出速度が低下する。そのため、エネルギー効率の低下を抑えつつ、前記したようにキャビテーションダメージが発生しない構成が好ましい。表1および図8に示されている実験結果を考慮すると、吐出口100の中心と発熱素子401の中心との位置ずれ量dが12μmである場合が特に好ましい。
【0042】
また、この好ましい構成(位置ずれ量dが12μm)の液体吐出ヘッド101と、位置ずれ量dが3μmの液体吐出ヘッド101の液体吐出実験を行った。具体的には、各液体吐出ヘッド101の温度を変えながら液体吐出を行った時の、流路300の周囲に浮遊するミストの体積を測定した結果を、図9(a)に示している。そして、発泡エネルギーを変えて液滴吐出量を変えながら液体吐出を行った時の、流路300の周囲に浮遊するミストの体積を測定した結果を、図9(b)に示している。
【0043】
図9(a),9(b)に示すように、今回実験した両方の液体吐出ヘッド101において、液体吐出ヘッド101の温度が高いほど、また、液体吐出量が大きいほど、ミストが増大する傾向がある。しかし、ミストの発生量(体積)は、位置ずれ量dが12μmの液体吐出ヘッド101の方が、位置ずれ量dが3μmの液体吐出ヘッド101に比べて大幅に小さい。これは、適切な位置ずれ量dが設定されていると、メニスカス123が偏って形成され、吐出液滴125aの尾が曲がって形成されるとともに、液滴の分離時に発生するミストも吐出液滴125の尾が曲がるのと同じ方向の運動成分を受けるからである。このような運動成分を受けたミストは、吐出口100へは向かわずに流路300の内壁にぶつかるため、吐出口100から外部に向かって飛散することがない。また、後退したメニスカス123と縮小した気泡125とがつながる泡連通ポイント601が、流路300内の、吐出口100から離れた位置に生じる。従って、吐出液滴125aが流路300内部に残留するインクと分離した後に、メニスカス123が気泡120とつながって、気泡の内圧が外気圧と一致する。その結果、吐出液滴125aが尾を引く状態が乱れにくくなる。また、泡連通ポイント601においてミストが発生しても、その発生位置が、流路300内の、吐出口100から離れた位置であるため、ミストが吐出口100から外部に飛散する可能性は低い。
【0044】
このように、本発明によると、液体吐出ヘッドにおけるキャビテーションダメージの防止と、ミストやサテライトの抑制とを両立することができる。例えば1.5pl以上の液滴を吐出するために発熱素子401が縦横比2.5以上の細長い形状に形成される場合でもこのような効果を得ることができ、さらに縦横比3以上の細長い形状に形成される場合であっても有効であり、非常に効果的である。
【0045】
[第2の実施形態]
次に、本発明の第2の実施形態について、図10(a),10(b)を参照して説明する。
【0046】
前記した第1の実施形態では、共通液室112の両側にそれぞれ列を成して位置する吐出口100および発熱素子401が、一直線上に並んで配列されている。これに対し、第2の実施形態では、各々の列内の吐出口100および発熱素子401が、千鳥状に配置されている。さらに、吐出口100は円形であり、相対的に流路が長い側の吐出口100は、外部に向かって先細のテーパー形状に形成されている。その他の構成については、第1の実施形態と同様である。
【0047】
本実施形態では、吐出口100が千鳥状に配置されているため、長い流路300と短い流路300とが混在する。そして、記録品位の観点から、長い流路300からは1ngの液滴を吐出し、短い流路300からは2ngの液滴を吐出するように設定している。そして、吐出量が1ngである長い流路300には、吐出の効率を上げるために、テーパー形状の吐出口10が設けられている。
【0048】
図10(b)は、平面図である図10(a)のC−C線で切断した断面図である。第1の実施形態と同様に吐出口100の中心と発熱素子401の中心との位置ずれ量dを適切に設定することは、吐出口100が千鳥状に配置されて流路300の長さが一定である構成でも、特に、発熱素子の縦横比が大きい場合に効果的である。なお、吐出口100がテーパー形状である場合には、吐出口100の直径が大きい部分(吐出口の発熱素子側の開口)において、その直径が発熱素子401の下流側端部と交わるように配置されることが、下流側における気泡の分断を防ぐために有効である。
【符号の説明】
【0049】
100 吐出口
101 液体吐出ヘッド
120 気泡
123 メニスカス
125 吐出用の液体(インク)
125a 吐出液滴
300 流路(ノズル)
401 発熱素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を吐出する吐出口と、液体を供給する液体供給口から前記吐出口へ液体を供給するための流路と、短辺と長辺の比が2.5以上の矩形で、その長手方向が前記流路の延在方向に沿って配置されている、液体を吐出するために利用される熱エネルギーを発生する発熱素子と、を備える液体吐出ヘッドであって、
前記吐出口から液体が吐出される方向から見て、前記発熱素子の、前記流路内の液体の流れ方向における下流側の端部が、前記吐出口の下流側の端部と上流側の端部との間に位置することを特徴とする液体吐出ヘッド。
【請求項2】
前記吐出口から液体が吐出される方向から見て、前記吐出口の中心は前記発熱素子に重なっていることを特徴とする、請求項1に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項3】
前記吐出口は楕円形または長円形である、請求項1または2に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項4】
複数の前記吐出口が、1インチ(2.54cm)あたり1200個以上の密度で列をなすように配置されている、請求項1から3のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項5】
前記吐出口からの1回の液滴吐出量が1.5pl以上である、請求項1から4のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項6】
前記発熱素子の短辺と長辺の比が3以上である、請求項1から5のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項7】
液体を吐出する吐出口と、液体を供給する液体供給口から前記吐出口へ液体を供給するための流路と、短辺と長辺の比が2.5以上の矩形で、その長手方向が前記流路の延在方向に沿って配置されている、液体を吐出するために利用される熱エネルギーを発生する発熱素子と、を備える液体吐出ヘッドの液体吐出方法であって、
前記発熱素子を駆動して液体中に気泡を発生させ、前記気泡が増大した後の該気泡の収縮中に、前記吐出口から前記流路の内部に侵入してきたメニスカスを、前記発熱素子の前記長手方向の中心より前記流路内の液体の流れ方向における上流側で前記気泡とを連通させて前記気泡を外気に連通させることを特徴とする液体吐出方法。
【請求項8】
前記吐出口から液体が吐出される方向から見て、前記吐出口の中心は前記発熱素子に重なっている、請求項7に記載の液体吐出方法。
【請求項9】
前記吐出口から液体が吐出される方向から見て、前記発熱素子の、前記流路内の液体の流れ方向における下流側の端部が、前記吐出口の下流側の端部と上流側の端部との間に位置する、請求項7または8に記載の液体吐出方法。
【請求項10】
前記吐出口から外部に吐出する液滴の後端部が、前記流路の内部に残留する前記液体と分離した後に、前記気泡と外気とが連通する、請求項7から9のいずれか1項に記載の液体吐出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−179902(P2012−179902A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−21678(P2012−21678)
【出願日】平成24年2月3日(2012.2.3)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】