説明

液晶光学素子および液晶光学素子の製造方法

【課題】液晶の充填量を確保し、かつ安定した配向をでき、十分な光学的距離Lを確保することができると共に、応答速度を向上することができる液晶光学素子およびその製造方法を提供する。
【解決手段】液晶光学素子100は、コモン電極20が形成された基板10と、第一の駆動電極21および第二の駆動電極22が形成された基板11と、多孔質構造体12と、液晶40とから構成されている。多孔質構造体12は、高純度アルミニウム材料に対して陽極酸化処理を行い、形成される。また、多孔質構造体12の多数の貫通孔13は、円形形状に形成され、多孔質構造体12の内壁面12aに配向膜を形成しないで、孔内部の液晶は磁場を印加することにより水平配向されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶レンズ、液晶収差補正素子などの液晶光学素子およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、電極を形成した基板の間に液晶を挟んで構成される、様々な液晶光学素子が知られている。例えば、情報記録媒体としてCD、DVD等の各種光ディスク装置があるが、これらの光ディスク装置は、回転することによる厚さずれや反り等によって、収差(集光スポットの歪)を生ずるため、この収差を補正して記録・再生の精度を確保する必要がある。そのため、同心円のリング状に電極を形成した基板で、液晶を挟み込んだ液晶収差補正素子が用いられ、これにより、光束の中央部と外縁部とで、異なる位相制御を行っている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
従来の液晶光学素子では、液晶の分子配列状態を電気的に制御し、それによって、光に対する屈折率などの性質を変化させている。二次元的あるいは三次元的に屈折率の分布を変化制御することによって、各光路における位相遅れ量や光路の屈折状態を制御できるので、電子的に焦点を可変できる液晶レンズや液晶収差補正素子などの、光学素子として有益な機能素子である。しかし、実応用に有用な光の屈折効果を最大限に引き出すためには、液晶光学セルの対応する両配向膜の間に、光路に沿って十分な量の液晶を保持する必要があり、このために液晶層の厚さ(両配向膜の間)dは、通常の液晶表示セルが数μm程度であるのに対して、30〜100μm程度と極めて厚くする必要がある。
【0004】
また、液晶の応答速度は、液晶層の厚さ(両配向膜の間)dの2乗に逆比例することが知られており、このように厚い液晶光学セルの場合には、応答時間は数100ms〜数分になる。即ち、従来の多くの液晶光学素子は、応答速度が遅いという問題点があった。
【0005】
機器を制御する際に応答速度が遅いことは、液晶光学素子を利用する焦点可変レンズ機能や収差補正機能にとって大きな制約であり、実用化への課題であった。
【0006】
上記の欠点を解決するために、本出願人は電極が形成された複数の基板と、複数の基板に挟まれ、液晶が注入された多孔質構造体とを有する液晶光学素子を提案している(例えば、特許文献2参照)。
【0007】
また、従来の液晶セル基板の配向処理について、磁場を用いた配向処理方法が提案された(例えば、特許文献3参照)。
【0008】
この配向処理方法では、基板に配向膜としての有機膜を塗布した後に、磁場を印加する。これにより、配向膜による液晶の初期配向はラビング工程を経ることなく、液晶配向を誘起する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002−237077号公報
【特許文献2】特開2008−203574号公報
【特許文献3】特開平3−279922号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1に記載の液晶光学素子は、上述したように、応用上必要な屈折率変化を得るためには、厚い液晶層を透過させて十分な光学的距離Lを確保する必要がある。
【0011】
しかし、液晶層が厚くなると応答時間τr、τdは液晶層の厚さ(両配向膜の間)dの二乗に比例して遅くなることが知られている。そのため、液晶層の厚さを厚くすると応答速度が低下する問題点があり、実用化に課題があった。
【0012】
そのために提案された特許文献2に記載の液晶素子は、貫通孔あるいは非貫通孔を有する多孔質構造体を用いることで、十分な光学的距離Lを確保することができると共に、応答速度を大幅に向上することが可能となった。この液晶素子の場合、製造過程において多孔質構造体の貫通孔あるいは非貫通孔の孔内面に配向膜を塗布して配向処理する必要がある。貫通孔あるいは非貫通孔の孔径が比較的に大きい場合は製造過程において特に問題がないが、孔径が小さく、超微細でかつ立体的な構造を有する多孔質構造体は、例えば、貫通孔あるいは非貫通孔のピッチが100〜1000nmで、孔開口率sが50〜80%で、厚さが50〜100μmである場合、孔内面に配向膜を塗布して配向処理する際に、孔径が小さく、かつ厚みがあるため、処理ムラなどによる歩留まりの低下をもたらす。また、配向膜の形成が非常に困難であり、かつ配向膜が形成されたとしても均一性に欠け、さらに液晶の充填量が少なくなる欠点があった。
【0013】
また、特許文献3に記載の配向処理方法は、液晶セル基板に形成した配向膜にラビングなどの表面配向処理が不要とする目的であり、上記のような多孔質構造体の孔内面に対して配向処理する場合、配向膜形成自体が困難であり、かつ液晶の充填量が少なくなるという問題点が依然存在する。
【0014】
そこで、本発明は、多孔質構造体の貫通孔あるいは非貫通孔の壁面に配向膜を形成しないで、孔内の液晶を配向させることによって、液晶の充填量を確保し、かつ安定した配向ができ、十分な光学的距離Lを確保することができると共に、応答速度を大幅に向上できる液晶光学素子およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するため、本発明に係る液晶光学素子の製造方法は、電極が形成された複数の基板と、前記複数の基板に挟まれ、液晶が注入された多孔質構造体とを有する液晶光学素子の製造方法において、母材となる基板に電極を形成する電極形成工程と、孔のピッチが100〜1000nmで、孔開口率sが50〜80%で、厚さが50〜100μmである多数の貫通孔あるいは非貫通孔を有する多孔質構造体を形成する多孔質構造体形成工程と、前記基板の間に前記多孔質構造体を配置してセルを形成する組立工程と、前記多孔質構造体の貫通孔あるいは非貫通孔の壁面に配向膜を形成しないで前記セルを所定温度までに加熱し、前記セルに等方相状態の液晶を注入し、前記セルに対して一定強度の磁場を印加しながら、前記セルを冷却させる配向工程とを備えることを特徴とする。
【0016】
例えば、前記配向工程において、前記磁場の方向を前記多孔質構造体の厚さ方向と垂直方向にして、かつ磁場中でセルの中心を軸に所定速度で回転させる。または、前記配向工程において、前記磁場の方向を前記多孔質構造体の厚さ方向と一致する。
【0017】
また例えば、前記多孔質構造体形成工程では、アルミニウム材料に対して陽極酸化処理を行い、アルミナ多孔質構造体を形成する。
【0018】
上記課題を解決するため、本発明に係る液晶光学素子は、上述の液晶光学素子の製造方法で製造された液晶光学素子であって、電極が形成された複数の基板と、前記複数の基板に挟まれ、液晶が注入された多数の貫通孔あるいは非貫通孔を有する多孔質構造体とを備え、前記多孔質構造体は、孔のピッチが100〜1000nmで、孔開口率sが50〜80%で、厚さが50〜100μmであり、前記多孔質構造体の貫通孔あるいは非貫通孔の壁面に液晶を配向させる配向膜を形成しないで、一定強度の磁場を印加して前記貫通孔あるいは非貫通孔内に注入された液晶を壁面に対して水平または垂直に配向させたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る液晶光学素子の製造方法によれば、孔のピッチが100〜1000nmで、孔開口率sが50〜80%で、厚さが50〜100μmである多孔質構造体の貫通孔あるいは非貫通孔の壁面に配向膜を形成しないで一定強度の磁場を印加して孔内の液晶を配向させることによって、液晶の充填量を確保し、かつ安定した配向ができる。
【0020】
本発明に係る液晶光学素子によれば、液晶光学セルを構成する基板間に、多数の貫通孔あるいは非貫通孔を有する多孔質構造体が配置され、該多孔質構造体の貫通孔あるいは非貫通孔の壁面に配向膜を形成しないで、一定強度の磁場を印加して孔内の液晶を配向させることで、十分な光学的距離Lを確保することができると共に、応答速度を大幅に向上することができ、かつ液晶の充填量を確保することができる。
【0021】
そのため、液晶光学素子としての応答速度を向上することができ、また、電極間に配置される構造物の均一性、および構造物形成の再現性を向上することができ、光屈折などの光学特性を電気的に制御することが出来る焦点可変レンズ、または、光ピックアップでの記録・再生時に生ずる収差を補正するために用いる、液晶収差補正素子などとして実用化できるようになった。
【0022】
また、配向工程において、磁場の方向を多孔質構造体の厚さ方向と一致することで、孔内の液晶を壁面に対して水平に配向させることができ、より安定した配向ができる。
【0023】
また、多孔質構造体形成工程では、アルミニウム材料に対して陽極酸化処理を行うことで、一定の厚さを有すると共に、多数の円形形状の貫通孔あるいは非貫通孔を有するアルミナ多孔質構造体を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】第1の実施形態の液晶光学素子100の構成(貫通孔の例)を示す図である。
【図2】液晶光学素子100の構成を示すA−A断面図である。
【図3】液晶光学素子100の構成を示すB−B、C−C断面図である。
【図4】基板の電極および接続端子の配置状態を示す図である。
【図5】液晶光学素子100の電気回路系を示す概念図である。
【図6】液晶光学素子100の構成を示す部分拡大概念図である。
【図7】多孔質構造体12の構成を示すイメージ図である。
【図8】円形形状の孔を有する多孔質構造体12における電圧印加時の配向モデルである。
【図9】陽極酸化法で形成した多孔質構造体12の写真である。
【図10】多孔質構造体12の製造方法を示す工程図である。
【図11】液晶光学素子100の製造方法を示す工程図(その1)である。
【図12】液晶光学素子100の製造方法を示す工程図(その2)である。
【図13】液晶注入・配向処理工程のフローチャートである。
【図14】液晶注入・配向処理の説明図である。
【図15】第2の実施形態の液晶光学素子200の構成(非貫通孔の例)を示す部分拡大概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明に係る液晶光学素子およびその製造方法を、実施するための最良の形態を、図を参照して説明する。ここで、あらかじめ特定の方向に配列してある液晶分子に、部分的に電界をかけ、この分子の配列を変え、液晶光学セル内に生じた屈折率分布の変化を利用して、レンズ効果を得る液晶光学素子の例を説明する。
【0026】
図1は、第1の実施の形態の液晶光学素子100の構成を示す図である。図2は、液晶光学素子100の構成を示すA−A断面図である。図3は、液晶光学素子100の構成を示す断面図である。図3において、図3(a)はB−B断面図であり、図3(b)はC−C断面図である。図4は、基板の電極および接続端子の配置状態を示す図である。図4において、図4(a)は基板11の電極および接続端子の配置状態であり、図4(b)は基板10の電極および接続端子の配置状態である。
【0027】
図1〜図4に示すように、液晶光学素子100は、コモン電極20が形成された基板10と、第一の駆動電極21および第二の駆動電極22が形成された基板11と、多数の貫通孔13を有する多孔質構造体12と、液晶40とから構成されている。多孔質構造体12の貫通孔13の壁面に配向膜を形成しないで、一定強度の磁場を印加して孔内の液晶を配向させる。
【0028】
この例の場合は、基板10、11はガラス基板である。また、液晶40は電圧印加時に、分子の長軸が電界方向に向く誘電率異方性が正のネマチック液晶(Np液晶)である。
【0029】
ここで、コモン電極20、第一の駆動電極21および第二の駆動電極22と液晶40との間に、一般的に設けられる配向膜、透明絶縁層や、基板10、11上に設けられる反射防止膜等は図示を省略している。また、液晶40はシール材50によって内側に封入されている。また、各端子には電圧を印加するためリード線等が接続されている。
【0030】
下の基板10の厚さ方向に穴が穿たれ、それらの穴にはコモン電極20、ヒーター電極20hへ接続するためのアース端子V、ヒーター端子Vがそれぞれ設けられている。また、上の基板11に第一の駆動端子V、第二の駆動端子Vが設けられている。各端子は、穴の内周面に沿ってスルーホール加工され、Cr−Au等の金属メッキ・導通材を充填をして形成される。
【0031】
また、基板10、11間に液晶40を注入するための注入口32が、上の基板11に形成されている。注入口32の形状は円形あるいは楕円形等であり、液晶40を注入した後に封止材により適宜封止される。
【0032】
また、図4(a)に示すように、上の基板11の中心部に円形の第二の駆動電極22が配置され、その周辺に第一の駆動電極21が配置されている。第二の駆動電極22は、第二の駆動端子Vに接続されている。また、第一の駆動電極21は、第一の駆動端子Vに接続されている。また、図4(b)に示すように、基板10の中心部に円形のコモン電極20が配置され、その周辺にヒーター電極20hが配置されている。コモン電極20は、アース端子Vに接続されている。また、ヒーター電極20hは、ヒーター端子Vに接続されている。
【0033】
図5は、液晶光学素子100の電気回路系を示す概念図である。図5に示すように、電源Vが可変抵抗Rを介して、第一の駆動端子Vとアース端子Vとの間に、所定の電圧V1を印加すると共に、可変抵抗Rを介して、第二の駆動端子Vとアース端子Vとの間に所定の電圧V2を印加する。また、電源VHが、抵抗Rを介してアース端子Vとヒーター端子V間に所定の電圧を印加する。この部分は液晶光学素子100のヒーター部として機能する。
【0034】
図6は、液晶光学素子100の構成を示す部分拡大概念図である。図6において、説明を分かりやすくするために、液晶光学素子100の構成および液晶の配向が模式的に描かれている。図6(a)は電圧無印加時の液晶配向状態を示す図であり、図6(b)は電圧印加時の液晶配向状態を示す図である。この図6に示す部分は、液晶光学素子100の基本構造である。多孔質構造体12は、下の基板10に配置されている。また、上の基板11は、多孔質構造体12の上方に配置されている。上の基板11と多孔質構造体12との間に所定空間を有する。下の基板10と上の基板11との間に液晶40が充填・保持されている。
【0035】
基板11の内側の面には、配向膜が形成されている。そのため、図6に示すように、基板11の内側の液晶は、一定の方向(基板11に対して垂直方向)に配向される。また、多孔質構造体12の内壁面12aに配向膜を形成しないで、孔内部の液晶は磁場を印加することにより配向されている(後述の図10〜14参照)。この場合、液晶は内壁面12aに対して水平方向に配向される。このとき、液晶として、例えば誘電率異方性が正のネマチック液晶(Np型液晶)を使用する。
【0036】
基板11の内側の面と多孔質構造体12との間隔は、多孔質構造体12の製造バラツキ、上下ガラス基板間のギャップの製造バラツキと、液晶の注入経路の役割から数μmの間隔があり、この部分にも液晶が存在する。この液晶は、光の進む方向に平行な液晶分子であり、上下ガラス基板に垂直方向に働く電界変化には応答しない。
【0037】
図6(b)に示すように、液晶光学素子100に所定の電圧を印加する際に、内壁面12aに対して、水平方向に配向していた液晶は電界方向に力を受けて傾斜し、電界が強くなると電極面に対して水平状態になる。これにより、光に対する屈折率を電気的に制御することができ、焦点可変レンズや収差補正素子として有益な機能素子となる。
【0038】
図7は、多孔質構造体12の構成を示すイメージ図である。図7に示す多孔質構造体12の貫通孔は、円形形状である。図8は、円形形状の孔を有する多孔質構造体12における液晶の配向モデルである(電圧印加時の液晶配向状態)。図8に示すように、電圧印加時、液晶は内壁面12aに対して垂直方向に、放射状に配向される。
【0039】
多孔質構造体12の内部に充填される液晶は、電圧印加時、図8のような模様配置になり、巨視的には面内配向に異方性がなく、偏光方向に依存しない。また、多孔質構造体12の貫通孔13は、円形形状に形成されることで、構造的に丈夫で孔開口率sを大きくでき、液晶も多く充填・保持することが可能となる。
【0040】
多孔質構造体12は、例えば高純度アルミニウム材料に対して、陽極酸化処理を行い形成される。図9は、陽極酸化法で形成したアルミナ多孔質構造体12の写真である。図9(a)は、アルミナ多孔質構造体12の平面写真である。図9(b)は、アルミナ多孔質構造体12の断面写真である。多孔質構造体の貫通孔のピッチは約500nm、孔径は約400nm、厚さは約50〜100μmである。
【0041】
また、多孔質構造体12の部分の面積(基板法線光路方向から見た部分の面積)が狭いほど、光学特性の制御に寄与し、液晶材料部分の面積を広く取れることから望ましい。即ち、液晶が充填・保持された貫通孔あるいは非貫通孔部分はより大きな面積が期待される。
【0042】
さらに、多孔質構造体12は光波長に対して高い信頼性、安定性を有することが望ましい。
【0043】
図6に示した液晶光学素子100の部分拡大概念図のように、多孔質構造体12の貫通孔13が基板法線方向、即ち光の進行方向に平行する状態で並び、液晶分子が内壁面12aに対して水平配向状態で並ぶ。
【0044】
また、多孔質構造体12の隔壁は狭いほど、即ち、孔開口率sが大きいほど、液晶の充填・保持割合が多くなり、光制御に有利に作用するので、孔開口率sは下式のように定義される。
孔開口率s=(孔部分の面積)/{(孔部分の面積)+(隔壁部分の面積)}
多孔質構造体12の製造バラツキや製造可能性を考慮して、孔開口率sは50〜80%程度が望ましい。
【0045】
隔壁部の光透過の効率や、特に、紫外線に対する耐候性・温度依存性からは、材料の選定も重要な課題である。電気絶縁材料としては、ガラス・樹脂・シリコン・カーボンまたはセラミックス材料などがあり、それぞれの用途に応じた選択が必要である。
【0046】
液晶材料は複屈折性を示し、その大きさの程度は,液晶分子長軸方向の屈折率ne(異常光屈折率と呼ばれる)と短軸方向の屈折率n(常光屈折率と呼ばれる)の差Δn(=n−no)で定義されている。多くの液晶表示セルに用いるネマチック液晶の場合、このΔn(=ne−no)の符号は正で、正号結晶に分類されている。
【0047】
以下に、前記の多孔質構造体12を挟持した、液晶光学素子に垂直に光を入射させたときの、光学機能の様子を知るために、ネマチック液晶ZLI-1132(メルク社製)を例にして、数値的な見積りをしてみる。ZLI-1132液晶材料の異常光屈折率neは約1.632、正常光屈折率noは約1.493である。電圧無印加時における、多孔質構造体12の貫通孔中での、液晶分子の配向を図6に示すような、放射状配向とした場合には、期待できる屈折率の最大値nMAXはneよりもやや小さくなって、nMAX=1.561程度になる。また、この状態に電圧印加して得られる、屈折率の最小値nMINはnoと等しくnMIN=1.493である。したがって、電圧によって変化できる屈折率の可制御範囲δnは、δn=nMAX−MIN=0.068程度と見積もられる。屈折率の値と幾何学的な距離の積は、光学的距離と呼ばれる。この場合、液晶層の厚さ(多孔質構造体の厚さ)をdとして、最大および最小の光学的距離LはそれぞれLMAX=d×nMAXおよびLMIN=d×nMINとなる。したがって、電圧で制御できる光学距離δL=d×δnとなる。
【0048】
以上の見積もりは、多孔質構造体12の孔開口率sが100パーセントの場合であるが、孔開口率sが低くなると電圧によって、実効的に変化できる屈折率の可制御範囲δnも低下することになる。例として、多孔質構造体12の部分が、高純度アルミニウム材料を陽極酸化処理することによって、形成されたアルミナ材で、その平均屈折率を約1.764とし、孔開口率sを50%と仮定した場合には、電圧オフ時の実効的屈折率はnMAX=(1.561+1.764)×0.5=1.6625、電圧オン時の実効的屈折率はnMIN=(1.493+1.764)×0.5=1.6285となる。電圧印加によって、制御可能な屈折率範囲δnがs=100パーセントの場合の二分の一になるので、光学距離範囲δLもs=100パーセントの場合の二分の一になる。
【0049】
光学的距離Lの光路を経由したときの光の位相遅れの大きさ(遅相量)Φは、光の波長をλとして下式で算出できる。
遅相量Φ=L×2π/λ
式中 L:光学的距離、λ:光波長
したがって、前記の多孔質構造体12がアルミナで、孔開口率sが50%の場合、液晶層の厚さ(多孔質構造体の厚さ)をdとして、電圧で制御できる位相遅れ(遅相量)の範囲をδΦとすると、
δΦ=(nMAX−nMIN)×d×2π/λ=0.035×d×2π/λとなる。
【0050】
以下、図10〜図14を参照しながら、本発明の液晶光学素子100の製造方法を説明する。図10は、多孔質構造体12の製造方法を示す工程図である。図11は、液晶光学素子の製造方法を示す工程図(その1)である。図12は、液晶光学素子の製造方法を示す工程図(その2)である。図13は、液晶注入・配向処理工程のフローチャートである。図14は、液晶注入・配向処理の説明図である。図14において、説明を分かりやすくするために1つの液晶セルのみを示している。
【0051】
図10に示す多孔質構造体12の製造方法は、アルミニウム材料を陽極酸化処理することで、多孔質構造体12を形成する方法である。
【0052】
この方法において、図10に示すように、まず、アルミニウム材料として高純度アルミニウム材料を用い、この高純度アルミニウム材料を所定厚みの板状に形成する(S11)。次に、高純度アルミニウム材料に対して陽極酸化処理を行う(S12)。ここで、高純度アルミニウム材料を硝酸、リン酸など、酸性電解液中の陽極酸化処理用電極のうち1つと接続し、もう一方の陽極酸化処理用電極を電解液中に配置し、陽極酸化処理用電極間に電圧を印加して陽極酸化処理を行う。これにより、多数の貫通孔あるいは非貫通孔を有する多孔質構造体12が得られる。
【0053】
次に、得られた多孔質構造体12に対して、孔径拡大のためにエッチング処理を行い(S13)、多孔質構造体12の孔径を所定の寸法にする。
【0054】
次に、孔径拡大エッチング処理後の多孔質構造体12に対して、バックエッチング処理を行い(S14)、陽極酸化処理で残されたアルミニウム材料部分の処理、または貫通になっていない孔の部分を除去する。このように、図8に示すような円形形状の孔を有する多孔質構造体12が得られる。そして、所定の形状に加工する。例えば、図1に示すような円形に加工する。
【0055】
液晶光学素子100の製造方法として、まず、図11に示すように、下の基板10において、所定の位置に電極材を蒸着等によって形成する(S101)。ここで、一定の大きさを有する基板に複数の液晶光学素子100を形成する場合を説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0056】
次に、エッチング等によるパターンニング処理を行って電極20、20hを作製する(S102)。電極20、20hを形成する工程において、基板10にアース端子V、ヒーター端子Vを設ける。
【0057】
次に、透明絶縁層を必要に応じて積層させた後、ポリイミド(PI)等の液晶配向膜を形成する(S103)。さらに、液晶を封入するためのシール材50を、印刷等により電極20の周辺に設ける(S104)。
【0058】
一方、対向させる上の基板11については、上記と同様に母材となる基板に対して電極を形成し(S201)、パターンニングを行って、第一の駆動電極21および第二の駆動電極22とする(S202)。また、液晶配向膜を形成する(S203)。
【0059】
そして、図12に示すように、多孔質構造体12を配置する(S300)。ここで、上述した図10に示す方法により形成された多孔質構造体12を下の基板10に配置する。次に、下の基板10と上の基板11とを、対向させて組み合わせることで、液晶セルを形成する(S301)。
【0060】
続いて、注入口32から液晶セル内(シール材50の内側)に等方相状態の液晶を注入し、封止して、配向処理を行う(S302)。ここで、図13、図14に示すように、液晶注入、配向処理を行う際に、まず、形成した液晶セルをセル加熱用ヒーターの上に配置し、セル加熱用ヒーターで液晶セルを加熱する(S311)。このとき、加熱温度は液晶材料の等方相温度TN1+5℃とする。次に、等方相状態にある液晶材料を液晶セルに注入する(S312)。次に、N磁極とS磁極からなる磁場内に設置して磁場を印加する(S313)。このとき、磁場強度は20kGとし、磁場方向を多孔質構造体12の開孔方向と同じ方向にする。即ち、磁場の方向を多孔質構造体12の厚さ方向と一致する。そして、液晶セルを磁場中に保持しながら徐々に冷却する(S314)。この場合、液晶セルの温度は、等方相温度TN1を経て室温まで徐冷する。また、冷却時間は5〜15minとする。好ましくは約10minである。これにより、多孔質構造体12の貫通孔または非貫通孔内部の液晶が磁場方向に配向される。即ち、液晶は内壁面12aに対して水平方向に配向され、かつ安定した配向ができる。
【0061】
そして、母材となる基板10,11に配列した各端子を使用して、素子の動作検査を行う(S303)。検査が不合格であった箇所については、NGマーキングを行う(S304)。その後、母材となる基板の全面に反射防止膜(AR膜)を形成する(S305)。AR膜はガラス基板10側又は基板11側の、いずれか一方に形成しても良いし、両方に形成しても良い。
【0062】
最後に、母材となる基板を、スライサー等を用いて個々の液晶光学素子100に切り分け(S306)、単品の検査工程(S307)を経て完了する。なお、単品の検査において不合格となった素子は、廃棄又は修理するか、又は再生工程に移される(S308)。
【0063】
以上のような製造方法によれば、予め、多孔質構造体12を形成し、液晶光学素子100の組立時に基板10,11の間に配置する。そして、磁場により多孔質構造体12の内部の液晶に対して配向処理を行う。
【0064】
このように本実施の形態においては、液晶光学素子100は、コモン電極20が形成された基板10と、第一の駆動電極21および第二の駆動電極22が形成された基板11と、多孔質構造体12と、液晶40とから構成されている。多孔質構造体12の形成方法としては、高純度アルミニウム材料に対して陽極酸化処理を行い、アルミナ多孔質構造体を形成する。また、多孔質構造体12の多数の貫通孔13は、円形形状に形成され、多孔質構造体12の内壁面12aに配向膜を形成しないで、孔内部の液晶は磁場を印加することにより水平配向されている。また、上下の基板10,11の多孔質構造体12が配置される面(基板10において、即ち電極20の多孔質構造体12が配置される面)に、垂直配向処理が施される。
【0065】
これにより、超微細でかつ立体的な構造を有する多孔質構造体12の貫通孔13の壁面に配向膜(例えば、ポリイミド(PI)や界面活性剤など)を形成しないで、孔内の液晶を配向させることによって、液晶の充填量を確保し、かつ安定した配向をできる。
【0066】
上下の基板10,11に設けた電極間に電圧を印加することで、液晶の分子配向を制御することができ、光学特性を変化させることができる。そして、十分な光学的距離Lを確保することができると共に、応答速度を大幅に向上することができ、かつ液晶の充填量を確保することができる。したがって液晶光学素子としての、応答時間を短縮することができ、光ピックアップでの記録・再生時に生ずる収差を補正するために用いる液晶収差補正素子として実用化できるようになる。
【0067】
また、配向工程において、磁場の方向を多孔質構造体の厚さ方向と一致することで、孔内の液晶を壁面に対して水平に配向させることができ、より安定した配向ができる。
【0068】
また、多孔質構造体形成工程では、アルミニウム材料に対して陽極酸化処理を行うことで、一定の厚さを有すると共に、多数の円形形状の貫通孔あるいは非貫通孔を有するアルミナ多孔質構造体を簡単に形成することができる。
【0069】
図15は、第2の実施形態としての液晶光学素子200の構成を示す部分拡大概念図である。図15に示すように、液晶光学素子200は、コモン電極20が形成されたガラス基板10と、第一の駆動電極21および第二の駆動電極22が形成されたガラス基板11と、多孔質構造体12Aと、液晶40とから構成されている。多孔質構造体12Aは、多数の非貫通孔14を有する多孔質構造体である。図に示すように、非貫通孔14は未貫通の底面14aを有する。多孔質構造体12Aの下面に近い位置にある。この液晶光学素子200の製造方法は、非貫通孔14の多孔質構造体12Aを形成する以外に上述した液晶光学素子100と同様である。ここで、重複する説明は省略する。
【0070】
この例の場合は、液晶40は、電圧印加時に、分子の長軸が電界方向に向く誘電率異方性が正のネマチック液晶(Np液晶)であり、多孔質構造体12Aの非貫通孔14の内壁面に配向膜を形成しないで、孔内部の液晶は予め磁場を印加することにより内壁面に対して水平配向されている。
【0071】
また、電圧印加前に、多孔質構造体12Aの非貫通孔内の液晶は、内壁面に対して水平に配列し、基板11の配向処理面の液晶は、表面に対して垂直状態に配列している。電圧印加時に、電圧の印加により、多孔質構造体12Aの非貫通孔14内の液晶は、内壁面に対して水平配列状態から垂直配列状態に変わる。また、基板11の配向処理面の液晶は垂直配列状態のままである。
【0072】
このような構成を有する液晶光学素子200は、上述した第1の実施形態と同様な効果が得られる。また、高純度アルミニウム材料に対して陽極酸化処理を行う場合、陽極酸化処理で残されたアルミニウム材料部分の処理、または貫通になっていない孔の部分を除去するためのバックエッチング処理(上述の図10参照)が簡素化される。
【0073】
これにより、多孔質構造体12Aの非貫通孔14の壁面に配向膜を形成しないで、孔内の液晶を配向させることによって、液晶の充填量を確保し、かつ安定した配向ができる。
【0074】
なお、上述した実施の形態においては、配向工程で磁場の方向を多孔質構造体12の厚さ方向と一致することで、孔内の液晶を壁面に対して水平に配向させる場合について説明したが、これに限定されるものではない。例えば、配向工程において、磁場の方向を、多孔質構造体の厚さ方向と垂直方向にし、磁場中でセルの中心を軸に所定速度で回転させることで、多孔質構造体の貫通孔あるいは非貫通孔の壁面に液晶を配向させる配向膜を形成しないで、孔内の液晶を壁面に対して垂直に配向させることができる。この場合、孔内の液晶の初期配向状態は図8に示すような放射状になる。
【0075】
また、上述した実施の形態においては、多孔質構造体12が高純度アルミニウム材料に対して陽極酸化処理を行って形成されるものについて説明したが、これに限定されるものではない。例えば、多孔質構造体12の代わりに、Si(シリコン)材料に対してエッチング処理を行って形成したものを用いてもよい。また、フォトリソグラフィー、蒸着、中空パイプ結束など方法は考えられる。
【0076】
また、上述した実施の形態においては、多孔質構造体12の多数の貫通孔13は、円形形状に形成されるものについて説明したが、これに限定されるものではない。例えば、多孔質構造体12の貫通孔を六角形状に形成することも可能である。
【0077】
また、上述した実施の形態においては、光漏れを減少するために、多孔質構造体12の上面あるいは下面に、ブラック処理を施すようにしてもよい。
【0078】
また、光学的距離が十分で、多孔質構造体の貫通孔の孔径が大きい場合は、有機配向膜の塗布と磁場を用いた配向処理の併用がもちろん可能である。
【産業上の利用可能性】
【0079】
この発明は、携帯電話機、携帯情報端末機(PDA)、デジタル機器等における超小型カメラに内蔵される、オートフォーカス機能やマクロ−ミクロ切替機能をもつ液晶光学素子、または、光ディスク装置において、光ピックアップでの記録・再生時に生ずる収差を補正するために用いる液晶光学素子など、広く利用することが期待できる。
【符号の説明】
【0080】
10,11 基板
12,12A 多孔質構造体
12a 多孔質構造体の内壁面
13 貫通孔
14 非貫通孔
20 コモン電極
20h ヒーター電極
21 第一の駆動電極
22 第二の駆動電極
アース端子
第一の駆動端子
第二の駆動端子
ヒーター端子
32 注入口
40 液晶
50 シール材
100,200 液晶光学素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極が形成された複数の基板と、前記複数の基板に挟まれ、液晶が注入された多孔質構造体とを有する液晶光学素子の製造方法において、
母材となる基板に電極を形成する電極形成工程と、
孔のピッチが100〜1000nmで、孔開口率sが50〜80%で、厚さが50〜100μmである多数の貫通孔あるいは非貫通孔を有する多孔質構造体を形成する多孔質構造体形成工程と、
前記基板の間に前記多孔質構造体を配置してセルを形成する組立工程と、
前記多孔質構造体の貫通孔あるいは非貫通孔の壁面に配向膜を形成しないで前記セルを所定温度までに加熱し、前記セルに等方相状態の液晶を注入し、前記セルに対して一定強度の磁場を印加しながら、前記セルを冷却させる配向工程とを備えることを特徴とする液晶光学素子の製造方法。
【請求項2】
前記配向工程において、前記磁場の方向を前記多孔質構造体の厚さ方向と垂直方向にして、かつ磁場中でセルの中心を軸に所定速度で回転させることを特徴とする請求項1に記載の液晶光学素子の製造方法。
【請求項3】
前記配向工程において、前記磁場の方向を前記多孔質構造体の厚さ方向と一致することを特徴とする請求項1に記載の液晶光学素子の製造方法。
【請求項4】
前記多孔質構造体形成工程では、アルミニウム材料に対して陽極酸化処理を行い、アルミナ多孔質構造体を形成することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の液晶光学素子の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の液晶光学素子の製造方法で製造される液晶光学素子であって、
電極が形成された複数の基板と、前記複数の基板に挟まれ、液晶が注入された多数の貫通孔あるいは非貫通孔を有する多孔質構造体とを備え、
前記多孔質構造体は、孔のピッチが100〜1000nmで、孔開口率sが50〜80%で、厚さが50〜100μmであり、
前記多孔質構造体の貫通孔あるいは非貫通孔の壁面に液晶を配向させる配向膜を形成しないで、一定強度の磁場を印加して前記貫通孔あるいは非貫通孔内に注入された液晶を壁面に対して水平または垂直に配向させたことを特徴とする液晶光学素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−150076(P2011−150076A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−10096(P2010−10096)
【出願日】平成22年1月20日(2010.1.20)
【出願人】(503376596)株式会社びにっと (13)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】