説明

温度応答性クロマトグラフィー担体、製造方法及びそれを用いた温度応答性クロマトグラフィー法

【課題】表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを高密度に固定化した温度応答性クロマトグラフィー担体を提供すること。
【解決手段】基材表面に原子移動ラジカル重合開始剤を固定化し、その開始剤から触媒下で原子移動ラジカル法により0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを成長反応させること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は温度という外的信号で、医薬品、生体関連物質(タンパク質、DNA、糖脂質等)及び細胞などの有用物を固体表面の相互作用を制御することで実施される液体クロマトグラフィ−用担体、製造方法及びそれを用いた温度応答性クロマトグラフィー法に関する。
【背景技術】
【0002】
高速液体クロマトグラフィ−(HPLC)は移動相液体と固定相の組合せが多種多様であり、試料に応じて種々選択できるので、近年、種々の物質の分離、精製に利用されている。しかし、従来使用されているクロマトグラフィ−では固定相の表面構造は変化させずに、主に移動相中に含まれている溶質と固定相表面との相互作用を移動相の溶媒を変化させることによって行われている。例えば、多くの分野で使用されているHPLCにおいては、固定相としてシリカゲル等の担体を用いた順相系のカラムではヘキサン、アセトニトリル、クロロホルムなどの有機溶媒を移動相として使用しており、また水系で分離されるシリカゲル誘導体を担体として用いた逆相系のカラムではメタノ−ル、アセトニトリルなどの有機溶媒が使用されている。
【0003】
また、陰イオン交換体あるいは陽イオン交換体を固定相とするイオン交換クロマトグラフィ−では外的イオン濃度あるいは種類を変化させて物質分離を行っている。近年遺伝子工学等の急速な進歩により、生理活性ペプチド、タンパク質、DNAなどが医薬品を含む様々な分野に広範囲にその利用が期待され、その分離・精製は極めて重要な課題となっている。特に、生理活性物質をその活性を損なうことなく分離・精製する技術の必要性が増大している。
【0004】
しかし、従来の移動相に用いられている有機溶媒、酸、アルカリ、界面活性剤は生理活性物質の活性を損なうと同時に夾雑物となるために、そのシステムの改良が期待されている。また、このような物質の環境汚染の回避という面からもこれらの物質を用いない分離・精製システムが必要となっている。
【0005】
このような背景のもと、これまでに種々の検討がなされてきた。その中で特に特公平06−104061号公報で示される技術はそれらの基盤技術にあたる。ここでは、水に対する上限若しくは下限臨界溶解温度が0〜80℃であるポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上にて、細胞を上限臨界溶解温度以下又は下限臨界溶解温度以上で培養し、その後、上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下にすることにより培養細胞を剥離する技術が記載されている。温度応答性ポリマーが生医学分野の細胞培養材料として初めて利用された例であるが、実は、細胞とは基材表面に付着する際、細胞は自ら接着性蛋白質を分泌しそれを介して付着する。従って、ここでの基材表面から細胞が剥離するという現象は、細胞が分泌した接着性蛋白質も基材表面から剥離することも含まれる。事実、この技術で得られた細胞を再播種したり、生体組織に移植したりするとき、この基材から剥離した細胞は基材や組織と良好に付着する。これは、剥離した細胞が培養時に分泌した接着性蛋白質をそのまま保持していることを意味している。すなわち、ここでの技術が本発明でいう温度変化で吸着した蛋白質を脱離させるという温度応答性クロマトグラフィー技術のコンセプトそのものである。
【0006】
このような中、特開平05−133947号公報ではクロマトグラフィー担体として通常使われるシリカゲルやポリマーゲルへ固定化する検討がなされた。しかしながら、実施例を見る限り、実際にその担体を使ったときの溶質の分離した結果(分離チャート)は示されておらず、この担体を用いてどのような物質を分離できるのか、また具体的な課題についても何ら示されておらず、詳細は不明であった。
【0007】
一方、特開平07−318551号公報では、シリカゲル表面に温度応答性ポリマーを固定化し、その担体を用いての実際に各種ステロイド類、さらにはリンパ球の分離例が示されている。実際にシリカゲル担体表面に固定化された温度応答性ポリマーの特性で各種ステロイド類、さらにはリンパ球を分離させられていることが明確に示されている。しかしながら、ここで例示されている温度応答性ポリマーの固定化法ではポリマーの嵩高さのため基材表面に0.7mg/m程度までしか固定化できず、クロマトグラフィー担体の機能が限られていた。基材表面に対する温度応答性ポリマーの固定化を詳細に設計し、従来技術を改善する革新的な技術が望まれていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、従来技術と全く異なった発想からの新規な温度応答性クロマトグラフィー担体を提供することを目的とする。また、本発明は、そのような担体の製造方法を提供することを目的とする。さらにその担体を利用した温度応答性クロマトグラフィー法も提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、驚くべくことに、基材表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーが0.08分子鎖/nm以上の割合で高密度に固定化した温度応答性クロマトグラフィー担体を利用すると従来技術より得たクロマトグラフィー担体に比べ、温度変化に対する変化量が著しく向上していることを見出した。本発明で示される技術は、従来技術からは全く予想し得なかったもので、従来技術には全くなかった新規なクロマトグイラフィーシステムへの発展が期待される。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明は、基材表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーが0.08分子鎖/nm以上の割合で高密度に固定化されていることを特徴とする温度応答性クロマトグラフィー担体を提供する。
また、本発明は、基材表面に原子移動ラジカル重合開始剤を固定化し、その開始剤から触媒下で原子移動ラジカル法により0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを成長反応させることを特徴とした上記温度応答性クロマトグラフィー担体の製造方法を提供する。
さらに、本発明はその温度応答性クロマトグラフィー担体を用いた温度応答性クロマトグラフィー法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明に記載される温度応答性クロマトグラフィー担体により、新規な分離システムが提案される。このシステムを利用すれば、広範囲のペプチド、蛋白質、細胞を分離させられるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明者らは、上記の要望を満足すべく種々検討した結果、固定相の表面構造を、例えば温度などの外的条件を変化させることによって、移動相を変化させることなく移動層に溶解、もしくは分散した特定物と固定相表面との相互作用を変化させることにより分離・精製、濃縮する技術を開発し、本発明を完成したもので、本発明の目的は、外的条件を変化させることによって固定相の表面特性を可逆的に変化させ、これによって単一の水系移動相によって分離、精製、濃縮可能なクロマトグラフィ−方法及び該クロマトグラフィ−に使用する固定相としての充填剤を提供するものである。
【0013】
本発明の要旨は、移動相を水系に固定したままで、固定相表面の特性を温度によって変化させることが可能である充填剤を用いて特定物の分離を行うことを特徴とするクロマトグラフィ−方法である。また、本発明はその温度応答性クロマトグラフィー担体の製造方法を提供する。さらに本発明ではそれを用いた温度応答性クロマトグラフィ−法を示す。即ち、本発明を用いることにより、外部温度を臨界温度以上にすることによってペプチドやタンパク質や細胞などの生体要素を分離することが可能となる。従って、この際、有機溶媒、酸、アルカリ、界面活性剤等の薬剤を全く用いないので、これらが夾雑物質となることを防ぎ、また、タンパク質や細胞などの機能を維持したままでの分析と同じに分離にも利用することができる。
【0014】
従来のクロマトグラフィー法では1種類の移動相で種々の化合物が混じっている試料特に極性の大きく異なる複数の試料を分離・分析する場合、分離が困難であり、分離に要する時間が大変長くなってしまう。そのため、このような試料を扱う際には有機溶媒の量や種類を時間と共に連続的に変化させる溶媒グラディエント法或いは段階的に変化させるステップグラディエント法により分離を行っているが、本発明による温度グラディエント法或いはステップグラディエント法では有機溶媒を使用する代わりに単一の移動相でカラム温度を連続的或いは段階的に変化させることにより同様の分離を達成することが可能であり、この方法を採用することによって、上述の夾雑物の混入を防止し、タンパク質や細胞などの機能を維持したままで分離できると共に所望の成分を温度をコントロ−ルすることによって短時間で分離が可能なのである。
【0015】
以下に本発明を具体的に示す。本発明は基材表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーが0.08分子鎖/nm以上の割合で高密度に固定化されている温度応答性クロマトグラフィー担体である。そして、この高密度固定化により担体表面に固定化されたポリマーの特性が顕著に発現する。その理由は、現時点では明確になっていないが、おそらく固定化されたポリマーが担体表面に高密度に存在するため、近傍のポリマー鎖と緊密に関係した結果と考えられるが、この理由は本発明の技術を何ら制約するものではない。
【0016】
本発明に用いる0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーは下限臨界溶解温度(LCST)を有するポリマー、上限臨界溶解温度(UCST)を有するポリマーが挙げられるが、それらのホモポリマー、コポリマー、或いは混合物のいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特公平06−104061号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体、ポリビニルアルコール部分酢化物が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。その際、分離される物質が生体物質であることから、分離が5℃〜50℃の範囲で行われるため、ポリマーとしては、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(単独重合体の下限臨界溶解温度21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(同27℃)、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(同32℃)、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド(同43℃)、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド(同45℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N−エトキシエチルメタクリルアミド(同約45℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(同約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N,N−エチルメチルアクリルアミド(同56℃)、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(同32℃)などが挙げられる。
【0017】
本発明に用いられる親水性ポリマーとしては、ホモポリマー、コポリマーのいずれであっても良い。例えば、ポリアクリルアミド、ポリ−N、N−ジエチルアクリルアミド、ポリ−N、N−ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ポリマーなどが挙げられるが、特に制約されるものではない。
【0018】
本発明では、上記ポリマーが高密度に固定化されている。その固定化程度は、単位面積あたりの分子鎖数にして、0.08分子鎖/nm以上が良く、好ましくは0.1分子鎖/nm以上が良く、さらに好ましくは0.12分子鎖/nm以上が良い。基材表面へのポリマーの固定化程度が0.08分子鎖/nm以下であると、従来法による基材表面へのポリマー固定化と同様に個々のポリマー鎖の特性が発現するだけで本発明の担体として好ましくない。固定化程度を示す数値の算出方法は特に限定されるものではないが、例えば同様な反応条件で基材表面に固定化されていないポリマーを作製し、そのポリマー鎖を分析することで求めた分子量とポリマーが固定化された担体の元素分析などから求めたポリマー固定化量から算出できる。
【0019】
被覆されるポリマーの分子量は0〜80℃の温度範囲内で水和力の変化が発現するに十分に大きな分子量であれば特に制約されるものではないが、ポリマー分子量は1000以上が良く、好ましくは2000以上、さらに好ましくは5000以上のものが良い。分子量が1000以下であると、分子量が低すぎるため、水和力の変化を発現できず好ましくない。また、分子量が5000以上であると、今度はポリマーの分子量が高すぎるため、分子そのものが嵩高くなり温度応答性が減少してしまうこととなり好ましくない。
【0020】
また、本発明で示すところの基材上へのポリマーの固定化量は0.8〜10.0mg/mの範囲が良く、好ましくは0.9〜8.0mg/mの範囲、さらに好ましくは1.0〜6.0mg/mの範囲が良い。0.8mg/m以下であると温度応答性が認められなくなり、また10.0mg/mより高い値であってもポリマーの嵩高さのため温度応答性が減少してしまうこととなり好ましくない。固定化量の測定は常法に従えば良く、例えば元素分析、ESCAを量などが挙げられるがいずれの方法を用いても良い。本発明で固定化されるポリマーの状態は特に限定されるものではなく、直鎖状のものでも良く、架橋状態のものでも良いが、温度に対する応答性を高めること、基材表面に高密度に固定化することを達成するには全社の直鎖状のものが好ましい。
【0021】
本発明では上述したポリマーをシリカゲル担体に固定化したものである。その固定化方法としては、特に制約されるものではないが、例えば基材表面に原子移動ラジカル重合開始剤を固定化し、その開始剤から触媒下で原子移動ラジカル法により0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを成長反応させる方法があげられる。その際に使用する開始剤は特に限定されるものではないが、本発明のように基材がシリカやガラスの場合、例えば、1−トリクロロシリル−2−(m,p−クロロメチルフェニル)エタン、2−(4−クロロスルホニルフェニル)エチルトリメトキシシラン、(3−(2−ブロモイソブチリル)プロピル)ジメチルエトキシシランなどがあげられる。本発明では、この開始剤よりポリマー鎖を成長させる。その際の触媒としては特に限定されるものでないが、水和力が変わるポリマーとしてN−アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体を選んだ場合、ハロゲン化銅(CuX)としてCuCl、CuBr等があげられる。また、そのハロゲン化銅に対するリガンド錯体も特に限定されるものではないが、トリス(2−(ジメチルアミノ)エチル)アミン(MeTREN)、N,N,N’’,N’’−ペンタメチルジエチレントリアミン(PMDETA)、1,1,4,7,10,10−ヘキサメチルトリエチレンテトラアミン(HMTETA)、1,4,8,11−テトラメチル 1,4,8,11−アザシクロテトラデカン(MeCyclam)、ビピリジン等があげられる。重合時に使用する溶媒も特に限定されるものではなく、例えばジメチルホルムアルデヒド(DMF)等があげられる。その他の重合時の開始剤濃度、ハロゲン化銅濃度、リガンド錯体濃度、反応温度、反応時間等は特に限定されるものではなく、目的に応じて変更して良い。さらに反応液の状態は静置させても攪拌しても良いが、担体表面に均一に固定化することを考えると後者の方が好ましい。
【0022】
本発明で使用する基材の形状は特に限定されるものではなく、例えば粒子状、平板状、管状のものがある。特に本発明の担体をクロマトグラフィー用の担体として用いる場合、担体としてはシリカゲルが良い。その際、細孔径は特に制約されるものではないが、50〜5000Åが良く、好ましく100〜1000Å、さらに好ましくは120〜500Åである。50Å以下であると分離できる溶質の分子量のかなり低いものだけが対象となり、また5000Å以上であると担体表面積が少なくなり分離が著しく悪くなる。
【0023】
本発明では、こうして得られた温度応答性クロマトグラフィー担体をカラムに充填し、通常の液体クロマトグラフィー装置に取り付けて、液体クロマトグラフィーシステムとして利用される。その際、本発明の分離はカラム内に充填された担体の温度に影響される。その際、担体への温度の負荷方法は特に制約されないが、例えば担体を充填したカラムの全部、もしくは一部を所定の温度にしたアルミブロック、水浴、空気層、ジャケットなどに装着すること等が挙げられる。
【0024】
その分離方法は特に限定されるものではないが、一例として、担体が充填されたカラムを一定の温度下で溶質の分離を行う方法が挙げられる。本発明の担体は温度によってその表面の特性が変わる。分離したい物質によっては、適正な一定温度に設定するだけで分離する場合もある。
【0025】
別の分離方法の一例としては、あらかじめ担体表面の特性が変わる温度を確認しておき、その温度を挟むようにして温度変化させながら溶質の分離を行っても良い。この場合、温度変化だけで担体表面の特性が大きく変わるので、溶質によってはシグナルの出てくる時間(保持時間)に大きな差が生じることが期待される。本発明の場合、この担体表面の特性が大きく変わる温度を挟むようにして分離することが最も効果的な利用方法である。
【0026】
その温度変化をさせる際、温度変化は溶質を流し始めてから1回もしくはそれ以上の回数で断続的に変化させても良く、連続的に変化させても良い。またそれらの方法を組み合わせても良い。その際の温度変化は、手動で行っても良く、プログラムに従って自動的に温度制御できる装置を利用しても構わない。
【0027】
或いは、別の分離方法の一例としては、得られた温度応答性液体クロマトグラフィー担体に溶質を一度吸着させ、その後、温度を変えて担体表面の特性を変化させることで吸着した溶質を遊離させるような、キャッチアンドリリース法に基づいて利用する方法が挙げられる。その際に吸着させる溶質量は担体に吸着しうる量を超えていても良く、超えていなくても良い。いずれにせよ一度吸着させ、その後、温度を変えて担体表面の特性を変化させること吸着した溶質を遊離させる利用法である。
【0028】
さらに、2種類以上の温度応答性液体クロマトグラフィー担体を同一カラム内に充填し担体表面の特性が変わる温度を挟むようにして温度変化させながら溶質の分離を行っても良い。この場合、例えば2種類の担体を利用した場合、3カ所の担体表面の異なる温度域が生じることとなり、この3カ所の温度を挟むようにして上述したような方法で温度変化させれば良いことになる。このことを2種類以上の温度応答性クロマトグラフィー担体を2本以上のカラム内に充填して行っても良い。
【0029】
別の分離方法の一例としては、温度応答性液体クロマトグラフィー担体を用い、担体表面の特性が変わる温度を挟むようにしてカラム入口端温度とカラム出口端温度を設定し、カラム内の温度を入口端から出口端まで温度勾配をつけることで溶質の分離を行う方法が挙げられる。その段階的に温度を変える方法は特に限定されないが、例えばカラム入口端温度とカラム出口端温度を十分に監視しカラム全体を保温する方法、複数個の温度の異なるアルミブロックをつなげてカラムに接触させるような方法などが挙げられる。
【0030】
本発明は以上に示してきたように移動層を固定したまま温度だけで溶質の分離を行えるものである。その際、移動相が100%水系が好ましいが、本発明の場合、担体表面に固定化されているポリマーの特性によるため移動相の組成には特に制約されるはなく、例えば移動相に溶媒含まれていても、pHを変えても、塩を含んでいても良い。その際、溶媒濃度を変え、溶媒グラジエント法を併用して本発明の担体を利用しても構わない。また、移動相が100%有機溶媒でも構わない。
【0031】
以上に示してきた本発明の温度応答性クロマトグラフィー担体、及びそれを用いたクロマトグラフィー法を用いれば、医薬品、及びその代謝物、農薬、ペプチド、蛋白質、細胞を分離することができる。その際には、カラム内の温度を変化させるだけで簡便な操作だけで分離が達成できる。
【実施例】
【0032】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0033】
原子移動ラジカル重合(ATRP)開始剤の(m,p−クロロメチルフェニルエチル)エチルトリクロロシランを導入したシリカビーズ(平均粒径5μm、細孔径300Å)に、触媒としてCuCl、MeTREN存在下DMF中でATRPを行い、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)(PIPAAm)ブラシをシリカ粒子表面に構築した。この際、ATRPを1〜20時間の間で実施し、反応時間によりPIPAAmグラフト量を制御した。これを充填したカラム(φ4.6×50mm)をHPLCシステムに接続し、恒温槽でカラム温度を制御しながらステロイドの溶出実験をおこなった。カラムから溶出するステロイドは254nmの吸収で検出した。
【0034】
その結果、ATRP反応時間に伴いPIPAAmグラフト量は増加し、1.99〜4.40mg/mという従来法で得られた担体と比較して20〜80倍のPIPAAmグラフト量が得られた。得られた結果を図1に示す。次に、PIPAAmグラフト量の異なる三種類のシリカビーズを用いて30℃でステロイドの溶出実験を行った。グラフト量が大きくなるに従い、ステロイド保持時間は延長することが分かった。結果を図2に示す。これより、PIPAAmグラフト量をたかめることで、ステロイドとの疎水性相互作用を大きくすることができることが分かった。さらに、ATRP反応時間が3時間の担体をカラムに充填し、10℃から50℃までの温度変化を与え、ステロイドの溶出実験を実施した。その結果、図3に示す通りに10℃では重なっていた各ステロイドのピークが50℃では分離した。これは、シリカビーズ上に構築されたPIPAAmブラシが高温になるに従い脱水和を起こし、ステロイドと疎水性相互作用をするためであると推測される。また、このカラムを用いて、インスリンチェーンAとインスリンとの混合液に対し温度を変えながら分離を行った。得られた結果を図4に示す。低温では重なっていたピークが30℃で分離し始め、40℃でインスリンチェーンAとインスリンの分離が達成できた。以上より、本発明のPIPAAmブラシ構造のシリカビーズは、少ない表面積で温度により大きな疎水性相互作用を制御できるクロマトグラフィー担体であると考えられる。
【比較例1】
【0035】
(a)片末端にカルボキシル基を有するポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)の合成法
N−イソプロピルアクリルアミド20.0g、3−メルカプトプロピオン酸0.09g、2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)0.21gをそれぞれ重合管にいれ、乾燥N,N−ジメチルホルムアミド50mlを加えて溶解した。次に液体窒素下で凍結した後真空オイルポンプで重合管中の酸素を脱気し、減圧状態のまま重合管をメタノールに浸しN,N−ジメチルホルムアミド中の溶存酸素を取り除いた。この凍結脱気の操作を3回繰り返し行った。脱気が完全にできたら70±1℃のインキュベーターで20時間反応させた。次に、室温まで下がったら減圧濃縮を行う乾燥ジエチルエーテル中に滴下させ片末端にカルボキシル基を持ったポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を沈殿させた。この沈殿物をPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)フィルター(ポアサイズ3.0μm)で濾取し、シリカゲルを入れたデシケーター中で減圧乾燥をし、粗生成物19.0gが得られた。これを乾燥N,N’−ジメチルホルムアミド30mlに溶かした後、乾燥ジエチルエーテル中に滴下し、その沈殿物をテフロンフィルターで濾取した。これをデシケーター中で減圧乾燥をおこない精製ポリ(N−イソプルピルアクリルアミド)を得た。得られたポリマーはテトラヒドロフランを溶媒としたゲル濾過クロマトグラフィー及び酸−塩基測定によりポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)が分子量15,000であり、分子末端に約1個のカルボキシル基を有することを確認した。
【0036】
(b)片末端にカルボキシル基を有するポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)の活性エステル化
精製ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を11.35gを乾燥酢酸エチル100ml中に溶かし、ジシクロヘキシルカルボジイミド1.23g及びN−ヒドロキシこはく酸イミド0.69gを加えてよく攪拌しながら0℃で2時間、室温(20〜25℃)で12時間反応させた。次に副生成物であるN,N’−ジシクロヘキシル尿素をPTFEフィルターで濾取し、その濾液を減圧濃縮した後乾燥ジエチルエーテル中に滴下し沈殿したものをテフロンフィルターで濾取して、常温減圧で溶媒を留去したものについて、活性エステル化ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を得た。
【0037】
(c)活性エステル化ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)とアミノ基担体との結合
活性エステル化ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)2.0gを純水50mlに溶かし、アミノプロピルシリカゲル6.0gを加え、12時間室温で激しく振とうして反応させた後冷水500mlで洗浄し、再び活性エステル化ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)2.0gを純水50mlに溶かした溶液中に加え、12時間室温で激しく振とうした。この操作を3回繰り返し、冷水500mlで洗浄した後、メタノール100mlで洗浄し、乾燥した。活性エステル化ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)3.0gを6mlのN,N−ジメチルホルムアミドに溶解し、これを表面に一級アミノ基を導入したポリスチレン微粒子浮遊液1ml(直径1.0±0.03μm、原液濃度:5×1011個/ml)を24mlの純水で希釈した液に1mlづつ30分間隔で加え、ゆっくりと転倒混和した。全量を加えた後、4℃以下で16時間転倒混和した。反応終了後、遠心分離による回収と冷純化による洗浄を2回繰り返した後、ハンクス平衡塩溶液(pH7.4)を用いて希釈した(6×10、6×1010/ml)。得られた担体のポリマー固定化量は0.78mg/mであった。本発明の方法がポリマーの高密度固定化に有用であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明によれば、基材表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーが高密度に固定化された温度応答性クロマトグラフィー担体が得られる。この担体を利用すると温度変化に対する基材表面の変化量が著しく向上する。そのため分離操作が簡便となり、分離作業の効率性が良くなる。この分離対象としては、例えば広範囲のペプチド、蛋白質、細胞への利用が強く期待される。したがって、本発明は医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】 実施例1に示す反応時間を変えたときのPIPAAmグラフト量を示した図である。
【図2】 実施例1に示す担体の種類を変えながらステロイドの分離をした図である。
【図3】 実施例1に示す分離温度を変えながらステロイドの分離をした図である。
【図4】 実施例1に示す分離温度を変えながらインスリンチェーンAとインスリンの分離をした図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーが0.08分子鎖/nm以上の割合で高密度に固定化されていることを特徴とする温度応答性クロマトグラフィー担体。
【請求項2】
基材表面のポリマー固定化量が0.8〜10.0mg/mである、請求項1記載の温度応答性クロマトグラフィー担体。
【請求項3】
ポリマー分子鎖が非架橋である、請求項1、2いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー担体。
【請求項4】
ポリマーが、ポリ−N−置換アクリルアミド誘導体、ポリ−N−置換メタアクリルアミド誘導体、これらの共重合体、ポリビニルメチルエーテル、ポリビニルアルコール部分酢化物のいずれか一つ、もしくは二つ以上からなる、請求項1〜3いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー担体。
【請求項5】
ポリマーが、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドである、請求項1〜4いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー担体。
【請求項6】
ポリマーが、ポリマー分子鎖内に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化する性質が失われない範囲で親水性分子、疎水性分子、イオン性分子が含まれた共重合物である、請求項4、5記載いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー担体。
【請求項7】
基材形状が粒子状、平板状、管状である、請求項1〜6いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー担体。
【請求項8】
基材表面に原子移動ラジカル重合開始剤を固定化し、その開始剤から触媒下で原子移動ラジカル法により0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを成長反応させることを特徴とする温度応答性クロマトグラフィー担体製造方法。
【請求項9】
原子移動ラジカル重合開始剤が、2−(m,p−クロロメチルフェニルエチル)エチルトリクロロシランである、請求項8記載の温度応答性クロマトグラフィー担体製造方法。
【請求項10】
原子移動ラジカル重合開始剤が0.08分子鎖/nm以上の割合で高密度に固定化されていることを特徴とする請求項8、9いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー担体製造方法。
【請求項11】
重合触媒が、ハロゲン化銅として塩化銅、リガンド錯体としてトリス(2−(ジメチルアミノ)エチル)アミンである、請求項8〜10いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー担体製造方法。
【請求項12】
基材表面のポリマー固定化量が0.8〜10.0mg/mとなる、請求項8〜11いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー担体製造方法。
【請求項13】
ポリマー分子鎖が非架橋である、請求項8〜12いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー担体製造方法。
【請求項14】
ポリマーが、ポリ−N−置換アクリルアミド誘導体、ポリ−N−置換メタアクリルアミド誘導体、これらの共重合体、ポリビニルメチルエーテル、ポリビニルアルコール部分酢化物のいずれか一つ、もしくは二つ以上からなる、請求項8〜13いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー担体製造方法。
【請求項15】
基材がシリカゲル粒子、ガラス板、ガラス粒子である、請求項8〜14いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー担体製造方法。
【請求項16】
請求項1〜7記載の温度応答性クロマトグラフィー担体表面の特性が変わる温度を挟むようにして温度変化させながら特定物を分離、又は濃縮することを特徴とする温度応答性クロマトグラフィー法。
【請求項17】
請求項1〜7記載の温度応答性クロマトグラフィー担体に特定物を吸着させ、その後、温度を変えて担体表面の特性を変化させることで吸着した特定物を遊離させることを特徴とする請求項16記載の温度応答性クロマトグラフィー法。
【請求項18】
請求項1〜7記載の温度応答性クロマトグラフィー担体2種以上を同一カラム内に充填し担体表面の特性が変わる温度を挟むようにして温度変化させながら特定物の分離を行うことを特徴とする請求項16、17いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー法。
【請求項19】
請求項1〜7記載の温度応答性クロマトグラフィー担体を用い、担体表面の特性が変わる温度を挟むようにしてカラム入口端温度とカラム出口端温度を設定し、カラム内は入口端から出口端まで温度勾配をつけることで特定物の分離を行うことを特徴とする請求項16〜18いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー法。
【請求項20】
移動相が水系である、請求項16〜19いずれか1項記載の温度応答性クロマトグラフィー法。
【請求項21】
特定物が医薬品、もしくはその代謝物、農薬、ペプチド、蛋白質、細胞である、請求項16〜20記載の温度応答性クロマトグラフィー法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−69193(P2007−69193A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−291719(P2005−291719)
【出願日】平成17年9月2日(2005.9.2)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(593064630)
【Fターム(参考)】