説明

温度感受性高分子化合物及び温度感受性薬剤放出システム

【課題】生体適合性に優れ、且つ、安価に提供することができる新規の温度感受性高分子化合物、及び、該温度感受性高分子化合物と薬剤とからなる温度感受性薬剤放出システムを提供する。
【解決手段】本発明の温度感受性高分子化合物は、ポリグリセリン骨格を主鎖とし、少なくとも下記式(a)
【化1】


(式中、GLはグリセリン残基、Xはリンカー、Rは感熱応答性基を示す)
で表される繰り返し単位を有する。この高分子化合物は、分子量が120〜12000であり、全ての水酸基のうち1級水酸基が50%以上であるポリグリセリンに、反応により感熱応答性基を導入可能な官能基を有する1価の有機基であるリンカーの前駆体X1を導入し、続いて感熱応答性基Rを導入して得られるものであってもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定温度において親水性から疎水性に急激に相転移する温度感受性高分子化合物、及び該温度感受性高分子化合物と薬剤とからなる温度感受性薬剤放出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
ドラッグ・デリバリーシステム(以下、「DDS」と称する場合がある)は、薬剤を膜などで包むことにより、途中で吸収・分解されることなく患部に到達させ、患部で薬剤を放出して治療効果を高める方法であり、薬剤の治療効果を高めるだけでなく、必要最低限の薬剤使用量で優れた治療効果を奏するため、副作用の軽減も期待できるというメリットがあり注目されている。通常、薬剤は体内で吸収・分解されたり、全身、すなわち、患部以外の部位にも広範囲に拡散するため、患部に到達する薬剤は投与されたうちの極微量であると言われており、患部に到達すべき薬剤量から逆算して、投与すべき量を決めると、その投与量は非常に多いものとなり、副作用発現の可能性が高くなるからである。
【0003】
近年、生体由来のリン脂質を用いて作成したリポソームと、抗癌剤や治療用遺伝子のような薬剤とからなる、目的の部位に薬剤を送達するためのDDSが開発されている。リポソームは、リン脂質などからなる脂質二重膜で構成され、数十〜数百nm程度の粒径を持つ閉鎖小胞体で、様々な物質を封入することができるナノカプセルとして機能することが知られており、このような用途に用いられるリポソームは、親水性の薬剤を閉鎖小胞体の内部の親水性領域に内包するか、及び/又は疎水性の薬剤を脂質二重膜に担持することにより合成される。そして、リポソームの粒子径を調整することにより、患部に選択的に取り込ませることができる。しかしながら、患部に達したリポソーム内部から薬剤を放出するには、外部刺激によりリポソームを破壊する必要があり、円滑に薬剤を放出させることが困難であった。また、リポソームをポリエチレングリコール化することにより、血液中の滞留時間を引き延ばすことができるが、ポリエチレングリコール化すると、親水性が向上するため、患部に吸着させることが困難であることが問題であった。
【0004】
一方、デンドリマーは高分岐構造及び単一重合度を持つ高分子化合物で、該化合物内部に様々な物質を封入することができ、DDSに利用できることが知られている。デンドリマーを用いたDDSの開発は広く行われており、血管中での滞留時間の調整や、標的とする細胞の選択性、刺激応答性(特に温度応答性)を高めることができるデンドリマーが検討されている。温度応答性デンドリマーは、温度の上昇により親水性物質から疎水性物質への相転移が可能であり、血液中輸送時は薬剤を運搬する基剤として働き、加熱した患部に到達すると疎水性物質へ相転移し、標的とする細胞内部へ取り込まれやすくなることにより、速やかに且つ選択的に標的とする細胞に薬剤を届けることができる(非特許文献1)。温度応答性デンドリマーとしては、例えば、ポリアミドアミンデンドリマーを使用したDDSが開発されている(特許文献1)。しかしながら、ポリアミドアミンデンドリマーは、生体適合性に疑問が持たれている点、及び高価である点から、より生体適合性に優れ、且つ、安価に提供することができる温度感受性高分子化合物が求められてきた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】河野 健司、児島 千恵著、遺伝子医学MOOK別冊、「絵で見てわかるナノDDS〜マテリアルから見た治療・診断・予後・予防、ヘルスケア技術の最先端」、p.106−112(2007)、メディカルドゥ
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−312689号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、生体適合性に優れ、且つ、安価に提供することができる新規な温度感受性高分子化合物を提供することにある。
本発明の他の目的は、上記の特性を有する温度感受性高分子化合物と薬剤とからなる温度感受性薬剤放出システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
薬剤を封入した温度感受性高分子化合物の医薬分野における実用性をより高めるためには、下記特性を有することが望まれる。
(1)哺乳動物、特にヒトの体温に近い温度、すなわち34〜38℃付近では薬剤を安定的に保持することができる。
(2)哺乳動物、特にヒトの体温から離れた温度、すなわち39℃以上、好ましくは40〜45℃付近で急激に薬剤を放出することができる。
(3)哺乳動物、特にヒトの体内での血中滞留時間が長い。
【0009】
本発明者等は、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、中心部にポリグリセリン骨格(特に高分岐ポリグリセリン骨格)を有し、末端部に温度感応性基を有する新規な温度感受性高分子化合物は、上記(1)〜(3)の特性を有し、且つ、生体適合性に優れ、安価に提供することができ、薬剤放出システムに好適に使用することができることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、ポリグリセリン骨格を主鎖とし、少なくとも下記式(a)
【化1】

(式中、GLはグリセリン残基、Xはリンカー、Rは感熱応答性基を示す)
で表される繰り返し単位を有する温度感受性高分子化合物を提供する。
【0011】
前記温度感受性高分子化合物は、分子量が120〜12000であり、全ての水酸基のうち1級水酸基が50%以上であるポリグリセリンに、反応により感熱応答性基を導入可能な官能基を有する1価の有機基であるリンカーの前駆体X1を導入し、続いて感熱応答性基Rを導入して得られるものであってもよい。
【0012】
前記温度感受性高分子化合物においては、グリセリン残基:リンカー及びその前駆体:感熱応答性基(モル比)が、1:0.5〜1:0.5〜1であるのが好ましい。
【0013】
前記温度感受性高分子化合物には、下記式(1)
【化2】

(式中、X1は、反応により感熱応答性基を導入可能な官能基を有する1価の有機基であるリンカーの前駆体を示し、X2は感熱応答性基を導入した後のX1に対応する2価の基であるリンカーを示す。GLはグリセリン残基を示し、Rは感熱応答性基を示す。m、nは同一又は異なって1以上の整数を示す)
で表される高分子化合物が含まれる。
【0014】
上記の高分子化合物において、[GL:(X1+X2):R](モル比)が、1:0.01〜0.2:0.003〜0.2であってもよい。
【0015】
前記X1として、下記式(2)
−CO−(CH2)s−(CO)t−OH (2)
(式中、s、tは同一又は異なって0以上の整数を示す)
で表される1価の有機基が挙げられる。
【0016】
Rとして、末端水酸基が有機基で封止されていてもよく、リンカーとの結合部位に連結基を有していてもよいポリアルキレングリコール残基(例えば、オリゴエチレングリコール残基)が挙げられる。また、Rとして、イソプロピルカルバモイル基等のN−炭化水素基置換カルバモイル基が挙げられる。
【0017】
本発明は、また、前記の温度感受性高分子化合物と薬剤とからなる温度感受性薬剤放出システムを提供する。
【0018】
この温度感受性薬剤放出システムにおいて、薬剤量は温度感受性高分子化合物量に対して0.1〜30モル%であるのが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の温度感受性高分子化合物は、骨格に使用したポリグリセリンが安価であるだけでなく、従来はDDS材料として使用することについての安全性の検証に時間と費用を費やすことを要したが、本発明に係る温度感受性高分子化合物は、食品添加物として使用が認められている脂肪酸エステル等によって形成できるため、すでに、優れた生体適合性、及び安全性が確立されている。そして、本発明に係る温度感受性高分子化合物によれば、より実用的な温度感受性薬剤放出システムを提供することができる。
【0020】
例えば、標的とするガン細胞を40〜45℃程度に温めておいたところへ、本発明に係る温度感受性高分子化合物に、薬剤として抗ガン剤を封入した温度感受性薬剤放出システムを投与すると、標的とするガン細胞に特異的に、且つ、効率よく抗ガン剤を作用させることができ、より副作用を低減しつつ、効果的に治療を施すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1で得られたサクシニル化ポリグリセリンの1H−NMR測定結果を示す図である。
【図2】実施例1で得られたイソプロピルアミド末端ポリグリセリン誘導体の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図3】本発明の温度感受性薬剤放出システムの温度感受性及びpH感受性を示す図である(評価方法1)。縦軸は透過率(%)、横軸は温度(℃)を示す。なお、グラフは左から、pH5、pH5.2、pH5.4、pH6.5の場合を示す。
【図4】本発明の温度感受性薬剤放出システムの温度感受性を示す図である(評価方法2)。縦軸は透過率(%)、横軸は温度(℃)を示す。
【図5】本発明の温度感受性薬剤放出システムにおけるRB放出能を示す図である(評価方法3)。縦軸は吸光度(abs)、横軸は光の波長(nm)を示す。
【図6】実施例4で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図7】実施例5で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図8】実施例6で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体の1H−NMR測定結果を示す図である。
【図9】評価方法4において、実施例4〜6で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体を用いた結果を示す図である。縦軸は透過率(%)、横軸は温度(℃)を示す。
【図10】評価方法4において、実施例5〜9で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体を用いた結果を示す図である。縦軸は透過率(%)、横軸は温度(℃)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[温度感受性高分子化合物]
本発明に係る温度感受性高分子化合物は、ポリグリセリン骨格を主鎖とし、少なくとも前記式(a)で表される繰り返し単位を有する。式(a)中、GLはグリセリン残基、Xはリンカー、Rは感熱応答性基を示す。
【0023】
この温度感受性高分子化合物は、例えば、分子量が120〜12000であり、全ての水酸基のうち1級水酸基が50%以上であるポリグリセリンに、反応により感熱応答性基を導入可能な官能基を有する1価の有機基であるリンカーの前駆体X1を導入し、続いて感熱応答性基Rを導入することにより得ることができる。リンカーの前駆体X1は感熱応答性基を導入した後はリンカーXとなる。
【0024】
この温度感受性高分子化合物には、前記式(1)で表される高分子化合物が含まれる。式(1)中、X1は、反応により感熱応答性基を導入可能な官能基を有する1価の有機基であるリンカーの前駆体を示し、X2は感熱応答性基を導入した後のX1に対応する2価の基であるリンカー(すなわち、X)を示す。GLはグリセリン残基を示し、Rは感熱応答性基を示す。m、nは同一又は異なって1以上の整数を示す。括弧内の繰り返し単位はそれぞれブロックとして存在していてもよく、ランダムに存在していてもよい。
【0025】
前記GL(グリセリン残基)は、下記式(3)及び(4)で示される何れかの構造を有する。
【化3】

【0026】
前記X1は、反応により感熱応答性基を導入可能な官能基を有する1価の有機基を示し、「1価の有機基」としては、炭化水素基、複素環式基、カルボニル基、これらが連結基を介して又は介することなく2以上結合した基などが挙げられる。X1における1価の有機基の炭素数としては、例えば、1〜30、好ましくは4〜15である。また、前記連結基としては、エーテル結合(−O−)、チオエーテル結合(−S−)、アミン結合(−NR’−)、カルボニル結合(−C(=O)−)、エステル結合(−C(=O)−O−)、シリル結合(−Si−)、カーボネート結合、アミド結合、尿素結合、ウレタン結合等が挙げられる。R’はアルキル基又は水素原子を示す。
【0027】
前記反応により感熱応答性基を導入可能な官能基としては、例えば、ハロゲン原子、オキソ基、ヒドロキシル基、置換オキシ基(例えば、アルコキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基、アシルオキシ基など)、カルボキシル基、置換オキシカルボニル基(アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基など)、置換又は無置換カルバモイル基、シアノ基、イソシアネート基、ニトロ基、アシル基、置換又は無置換アミノ基、スルホ基等が挙げられる。
【0028】
前記1価の有機基における炭化水素基としては、本反応を阻害しないような基(例えば、本方法における反応条件下で非反応性の基)であればよく、例えば、脂肪族炭化水素基、脂環式炭化水素基、芳香族炭化水素基、及びこれらの結合した基が含まれる。前記炭化水素基には、置換基を有する炭化水素基も含まれる。
【0029】
脂肪族炭化水素基としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、ペンチル、ヘキシル、デシル、ドデシル基などの炭素数1〜20(好ましくは1〜10、さらに好ましくは1〜3)程度のアルキル基;ビニル、アリル、1−ブテニル基などの炭素数2〜20(好ましくは2〜10、さらに好ましくは2〜3)程度のアルケニル基;エチニル、プロピニル基などの炭素数2〜20(好ましくは2〜10、さらに好ましくは2〜3)程度のアルキニル基などが挙げられる。
【0030】
脂環式炭化水素基としては、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロオクチル基などの3〜20員(好ましくは3〜15員、さらに好ましくは5〜8員)程度のシクロアルキル基;シクロペンテニル、シクロへキセニル基などの3〜20員(好ましくは3〜15員、さらに好ましくは5〜8員)程度のシクロアルケニル基;パーヒドロナフタレン−1−イル基、ノルボルニル、アダマンチル、テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカン−3−イル基などの橋かけ環式炭化水素基などが挙げられる。1価の芳香族炭化水素基としては、フェニル、ナフチル基などの炭素数6〜14(好ましくは6〜10)程度の芳香族炭化水素基が挙げられる。
【0031】
脂肪族炭化水素基と脂環式炭化水素基とが結合した炭化水素基には、シクロペンチルメチル、シクロヘキシルメチル、2−シクロヘキシルエチル基などのシクロアルキル−アルキル基(例えば、C3-20シクロアルキル−C1-4アルキル基など)などが含まれる。また、脂肪族炭化水素基と芳香族炭化水素基とが結合した炭化水素基には、アラルキル基(例えば、C7-18アラルキル基など)、アルキル置換アリール基(例えば、1〜4個程度のC1-4アルキル基が置換したフェニル基又はナフチル基など)などが含まれる。
【0032】
前記炭化水素基は、種々の置換基、例えば、ハロゲン原子、オキソ基、ヒドロキシル基、置換オキシ基(例えば、アルコキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基、アシルオキシ基など)、カルボキシル基、置換オキシカルボニル基(アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基など)、置換又は無置換カルバモイル基、シアノ基、イソシアネート基、ニトロ基、アシル基、置換又は無置換アミノ基、スルホ基、複素環式基などを有していてもよい。前記ヒドロキシル基やカルボキシル基は有機合成の分野で慣用の保護基で保護されていてもよい。また、脂環式炭化水素基や芳香族炭化水素基の環には芳香族性又は非芳香族性の複素環が縮合していてもよい。
【0033】
前記1価の有機基における複素環式基を構成する複素環には、芳香族性複素環及び非芳香族性複素環が含まれる。複素環としては、例えば、ヘテロ原子として酸素原子を含む複素環(例えば、フラン、テトラヒドロフラン、オキサゾール、イソオキサゾール、γ−ブチロラクトン環などの5員環、4−オキソ−4H−ピラン、テトラヒドロピラン、モルホリン環などの6員環、ベンゾフラン、イソベンゾフラン、4−オキソ−4H−クロメン、クロマン、イソクロマン環などの縮合環、3−オキサトリシクロ[4.3.1.14,8]ウンデカン−2−オン環、3−オキサトリシクロ[4.2.1.04,8]ノナン−2−オン環などの橋かけ環)、ヘテロ原子としてイオウ原子を含む複素環(例えば、チオフェン、チアゾール、イソチアゾール、チアジアゾール環などの5員環、4−オキソ−4H−チオピラン環などの6員環、ベンゾチオフェン環などの縮合環など)、ヘテロ原子として窒素原子を含む複素環(例えば、ピロール、ピロリジン、ピラゾール、イミダゾール、トリアゾール環などの5員環、ピリジン、ピリダジン、ピリミジン、ピラジン、ピペリジン、ピペラジン環などの6員環、インドール、インドリン、キノリン、アクリジン、ナフチリジン、キナゾリン、プリン環などの縮合環など)などが挙げられる。
【0034】
上記複素環式基には、前記炭化水素基が有していてもよい置換基のほか、アルキル基(例えば、メチル、エチル基などのC1-4アルキル基など)、シクロアルキル基、アリール基(例えば、フェニル、ナフチル基など)などの置換基を有していてもよい。
【0035】
本発明におけるX1としては、反応により感熱応答性基を導入可能な官能基として、ヒドロキシル基、イソシアネート基、アミノ基、カルボキシル基を有し、連結基としてカルボニル結合(−C(=O)−)、ウレア結合を有する、炭素数1〜20(好ましくは1〜10、さらに好ましくは1〜3)程度の炭化水素基が好ましい。また、X1として−COOH、−COCOOHも好ましい。
【0036】
1としては、なかでも、上記式(2)で表される1価の有機基であることが好ましい。式(2)中、s、tは同一または異なって0以上の整数を示す。tは0又は1であることが多い。
【0037】
前記X2は感熱応答性基を導入した後のX1に対応する2価の基(リンカーX)を示す。X、X2としては、なかでも、連結基を末端(GL側)に有する炭素数1〜20(好ましくは1〜10、さらに好ましくは1〜3)程度のアルキレン基、又はが好ましい。連結基としては、エーテル結合(−O−)、チオエーテル結合(−S−)、アミン結合(−NR’−)、カルボニル結合(−C(=O)−)、エステル結合(−C(=O)−O−)、シリル結合(−Si−)、カーボネート結合、アミド結合、尿素結合、ウレタン結合等が挙げられる。好ましいX2としては、例えば、連結基としてエーテル結合(−O−)、カルボニル結合(−C(=O)−)を末端(GL側)に有するメチレン基、エチレン基、プロピレン基などを挙げることができる。なお、X1における反応により感熱応答性基を導入可能な官能基(例えば、−COOH)の反応後の対応する基(例えば、−CO−)はRに含まれる。
【0038】
式(a)、式(1)中、Rは感熱応答性基を示す。RとX(X2)との結合様式は特に限定されないが、アミド結合、ウレタン結合、エステル結合、エーテル結合などが好ましく用いられる。
【0039】
Rは、親水性部分と疎水性部分を有するのが好ましい。そして、所定温度において親水性部分が脱水和することにより、全体として疎水性に相転移する基であるのが好ましい。Rとしては、例えば、親水性を有するカルバモイル基と、疎水性を有する炭化水素基とからなる基(N−炭化水素基置換カルバモイル基)が挙げられる。このような基として、例えば、メチルカルバモイル基、エチルカルバモイル基、プロピルカルバモイル基、イソプロピルカルバモイル基、ブチルカルバモイル基などを挙げることができ、本発明においては、温度を変化により相転移しやすい点で、イソプロピルカルバモイル基が好ましい。
【0040】
また、前記Rとして、末端水酸基が有機基で封止されていてもよく、リンカー(X、X2)との結合部位に連結基を有していてもよいポリアルキレングリコール残基であるのも好ましい。この場合には、温度感受性高分子化合物を炭素原子、水素原子及び酸素原子のみで構成できるので、より生体適合性を高くできる。ポリアルキレングリコール残基におけるポリアルキレングリコールとしては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリトリメチレングリコール、ポリブチレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、ポリオキシエチレンオキシプロピレングリコールなどが挙げられる。これらの中でも、ポリエチレングリコールが好ましい。また、該ポリアルキレングリコールとしてはオリゴアルキレングリコール(特に、オリゴエチレングリコール)が好ましく、その重合度は、例えば2〜10、好ましくは2〜5である。
【0041】
末端水酸基を封止する有機基としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、ペンチル、ヘキシル基等のアルキル基(例えば、炭素数1〜10のアルキル基、好ましくは炭素数1〜5のアルキル基);シクロペンチル、シクロヘキシル基等のシクロアルキル基(例えば、3〜10員のシクロアルキル基);フェニル基等のアリール基(例えば、炭素数6〜10のアリール基);ベンジル基等のアラルキル基(例えば、炭素数7〜12のアラルキル基);アセチル、プロピオニル、ブチリル、ペンタノイル、ヘキサノイル、シクロヘキサンカルボニル、ベンゾイル基等のアシル基(例えば、炭素数1〜11のアシル基、特に脂肪族アシル基)などが挙げられる。これらの中でも、末端水酸基を封止する有機基として、炭素数1〜10のアルキル基、特に炭素数1〜5のアルキル基が好ましい。
【0042】
RのXまたはX2との結合部位における連結基としては、例えば、X1における反応により感熱応答性基を導入可能な官能基(例えば、−COOH等)の反応後の対応する基(例えば、−CO−)などが挙げられる。
【0043】
本発明の温度感受性高分子化合物において、グリセリン残基GL:リンカーX及びその前駆体:感熱応答性基R(モル比)は、Rの種類によって適宜選択できるが、一般には、1:0.5〜1:0.5〜1であるのが好ましい。Rの割合が0.5を下回ると、温度感受性が低下し、標的とする細胞に到達しても、封入する薬剤を放出することが困難となる傾向がある。前記各基のモル比は例えば1H−NMRにより求めることができる。
【0044】
また、前記式(1)で表される温度感受性高分子化合物などにおいては、GL:(X1+X2):R(モル比)は、1:0.01〜0.2:0.003〜0.2であってもよい。
【0045】
本発明に係る温度感受性高分子化合物は、前記のように、例えば、分子量が120〜12000であり、全ての水酸基のうち1級水酸基が50%以上であるポリグリセリン(PGL)に、X1を導入し、続いてRを導入することにより得られる。X1、Rとしては、それぞれ2種以上のものを組み合わせて用いてもよい。
【0046】
上記ポリグリセリンは、グリシドールのような重合性グリセリン等価体を原料として合成することができ、ポリグリセリンの分子量としては、例えば120〜12000程度、好ましくは240〜10000程度、特に好ましくは350〜8000程度である。なお、前記式(1)で表される温度感受性高分子化合物などにおいて、Rの種類によっては、ポリグリセリンの分子量は、例えば120〜4000程度、好ましくは240〜4000程度、特に好ましくは350〜4000程度である。ポリグリセリンの分子量が120を下回ると、若しくは12000を上回ると、温度感受性高分子化合物と薬剤とからなる温度感受性薬剤放出システムの薬剤放出温度の調整が困難となる傾向がある。
【0047】
また、上記ポリグリセリンは分子内部に空隙を有していることが好ましい。空隙を有することにより、該空隙中に脂溶性薬剤を封入することができるため、脂溶性薬剤のDDSとしても使用することができる。空隙率はポリグリセリンの水酸基の一級比率により調整することができ、水酸基のうち1級水酸基が50%以上であり、なかでも60%以上であることが好ましく、特に70%以上であることが好ましい。本発明においては、ポリグリセリンとして、高分岐ポリ(デカ)グリセリン(商品名「PGL10PS」、ダイセル化学工業社製)、高分岐ポリ(20)グリセリン(商品名「PGL20P」、ダイセル化学工業社製)、高分岐ポリ(40)グリセリン(商品名「PGLXP」、ダイセル化学工業社製)、高分岐ポリ(80)グリセリン(商品名「HPG80」、ダイセル化学工業社製)などの市販品を好適に使用することができる。
【0048】
ポリグリセリンに、X1を導入し、続いてRを導入する方法としては、例えば、X1が−C(=O)CH2CH2−、Rが−C(=O)NH−iC36である場合、ポリグリセリンに無水コハク酸を縮合反応させて、続いて、イソプロピルアミンを縮合反応する方法が挙げられる。また、X1が−C(=O)CH2CH2−、Rが−C(=O)−Z(Zは、末端水酸基が有機基で封止されていてもよいポリアルキレングリコール残基を示す)である場合、ポリグリセリンに無水コハク酸を縮合反応させて、続いて、末端水酸基が有機基で封止されていてもよいポリアルキレングリコールを縮合反応する方法が挙げられる。
【0049】
ポリグリセリンにX1を導入する反応は、溶媒の存在下又は非存在下で行われる。溶媒としては、反応条件下で不活性なものであればよく、例えば、酢酸、プロピオン酸、トリフルオロ酢酸などの有機酸;アセトニトリル、プロピオニトリル、ベンゾニトリルなどのニトリル類;ホルムアミド、アセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミドなどのアミド類;ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロドデカンなどの脂肪族炭化水素;ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素;クロロホルム、ジクロロメタン、ジクロロエタン、四塩化炭素、クロロベンゼン、トリフルオロメチルベンゼンなどのハロゲン化炭化水素;ニトロベンゼン、ニトロメタン、ニトロエタンなどのニトロ化合物;酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル類;ヘキサフルオロイソプロピルアルコール、トリフルオロエタノール等のフッ素系アルコール;およびこれらの混合溶媒などが挙げられる。
【0050】
続くRを導入する反応も、溶媒の存在下又は非存在下で行われる。溶媒としては、反応条件下で不活性なものであればよく、例えば、水、DMSO、DMF、その他前記例示の溶媒などが挙げられる。
【0051】
反応には、反応の種類により必要に応じて、塩基(トリエチルアミン等のアミン、ピリジン等の含窒素芳香族複素環化合物)、酸、縮合剤などを用いてもよい。
【0052】
反応温度は、反応の種類、使用する化合物の種類や、溶媒等の種類により適宜選択でき、特に制限されない。例えば、0〜250℃程度、好ましくは25〜150℃程度、さらに好ましくは50〜150℃程度である。反応の種類によっては室温付近で円滑に反応が進行する場合もある。反応は、窒素やアルゴンなどの不活性ガス雰囲気下で行ってもよく、空気雰囲気下又は酸素雰囲気下で行うことも可能である。
【0053】
[温度感受性薬剤放出システム]
本発明に係る温度感受性薬剤放出システムは、温度感受性高分子化合物と薬剤とからなる。
【0054】
上記薬剤としては、親水性薬剤、脂溶性薬剤(疎水性薬剤)の何れであっても良い。親水性薬剤を使用する場合は温度感受性高分子化合物内部の閉鎖空間の親水性領域に封入され、脂溶性薬剤を使用する場合は、温度感受性高分子化合物の疎水性部分に担持される。また、薬剤としては特に限定されないが、温熱療法と併用される抗ガン剤、抗炎症剤などが挙げられる。抗ガン剤などは過剰量使用することにより引き起こされる重篤な副作用が問題となるが、本願の温度感受性薬剤放出システムを利用すると、標的とする細胞のみに特異的に抗ガン剤を作用させることができ、効果的な治療を行うことができ、さらに、抗ガン剤による副作用を最小に留めることができる。
【0055】
上記抗ガン剤としては、例えば、シスプラチン、カルボプラチン、テチラプラチン、イプロプラチンなどの金属錯体;アドリアマイシン、マイトマイシン、アクチノマイシン、アンサマイトシン、ブレオマイシン、シタラビン、バウノマイシンなどの制ガン抗生物質;5−フルオロウラシル、メトトレキセート、TAC−788などの代謝拮抗剤;BCNU、CCNUなどのアルキル化剤;インターフェロン−α、β、又はγ、各種インターロイキンなどのリンホカインなどが挙げられる。また、抗炎症剤としては、例えば、プレドニゾロン、ベタメタゾン、ベタメタゾン・d−マレイン酸クロルフェニラミンなどが挙げられる。
【0056】
上記の薬剤には疾患治療のための遺伝子も含まれる。このような遺伝子としては、例えば、重症複合型免疫不全症の治療のためのアデノシンデアミナーゼ遺伝子、家族性高コレステロール血症の治療のためのLDL受容体遺伝子、ガン治療のためのインターフェロン−α、β、又はγ遺伝子、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF)遺伝子、各種インターロイキン遺伝子、腫瘍壊死因子(TNF)−α遺伝子、リンホトキシン(LT)−β遺伝子、顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)遺伝子、T細胞活性化共刺激因子遺伝子などが挙げられる。その他、アルツハイマー病、脊椎損傷、パーキンソン病、動脈硬化症、糖尿病、高血圧症などの治療のための遺伝子も挙げられる。
【0057】
本発明の温度感受性薬剤放出システムは、上記薬剤以外に少なくとも1種の医薬添加剤を含有することが好ましい。医薬添加剤としては、温度感受性薬剤放出システムの剤型に対応する公知慣用の医薬添加剤を使用することができ、例えば、温度感受性薬剤放出システムが液体製剤である場合、例えば、生理食塩水、滅菌水、緩衝液などの担体;コレステロールなどの膜安定化剤;塩化ナトリウム、グルコース、グリセリンなどの等張化剤;トコフェロール、アスコルビン酸、グルタチオンなどの抗酸化剤;クロルブタノール、パラベンなどの防腐剤などが挙げられる。上記担体は温度感受性薬剤放出システムを製造する際に溶媒として使用することができる。
【0058】
温度感受性薬剤放出システムが固形製剤である場合、例えば、担体(例えば、乳糖、ショ糖などの糖類;トウモロコシデンプンのようなデンプン類;結晶セルロースのようなセルロース類;アラビアゴム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、リン酸カルシウムなど)、滑沢剤(例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコールなど)、結合剤(例えば、マンニトール、ショ糖のような糖類、結晶セルロース、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルメチルセルロースなど)、崩壊剤(例えば、馬鈴薯デンプンのようなデンプン類、カルボキシメチルセルロースのようなセルロース類、架橋ポリビニルピロリドンなど)、着色剤、矯味矯臭剤などが挙げられる。
【0059】
本発明に係る温度感受性薬剤放出システムの製造において、温度感受性高分子化合物に薬剤を封入する方法としては、薬剤の種類に応じて公知の方法を採用することができ、例えば、薬剤を含む溶液中に温度感受性高分子化合物を浸漬して薬剤を温度感受性高分子化合物内部に取り込ませる方法、薬剤を溶解した溶媒中で温度感受性高分子化合物を合成する方法などが挙げられる。
【0060】
温度感受性薬剤放出システムを使用して、例えば抗ガン剤を標的とする細胞に送達するメカニズムとしては、次のようなことが考えられる。ガン細胞周辺の微小血管には200nm程度の穴が多く存在している。一方、正常な細胞周辺の微小血管にはこのような穴が存在しないので、正常な細胞周辺では抗ガン剤封入温度感受性薬剤放出システムが血管から漏れ出すことはない。よって、抗ガン剤を封入した温度感受性薬剤放出システムの粒径を200nm程度とすることにより、該温度感受性薬剤放出システムは標的とするガン細胞付近で微小血管から漏れ出して、ガン細胞に到達することができる。このようにして、抗ガン剤封入温度感受性薬剤放出システムは、標的とするガン細胞周辺部位に特異的に、且つ、高濃度で蓄積することができる。
【0061】
本発明に係る温度感受性薬剤放出システムにおいては、粒径を200nm程度とすることが好ましく、例えば、封入される薬剤量が温度感受性高分子化合物量に対して0.1〜30モル%、好ましくは1〜6モル%とすることで、粒径を200nm程度とすることができる。一方、封入される薬剤量が30モル%を上回ると、粒径が大きくなりすぎる傾向があり、ガン細胞周辺部位に選択的に薬剤を送達することが困難となる傾向がある。
【0062】
本発明に係る温度感受性薬剤放出システムとしては、34〜38℃付近では温度感受性薬剤放出システムが安定的に存在して、温度感受性薬剤放出システム内に安定的に薬剤を保持することができ、40〜45℃付近では急激に温度感受性薬剤放出システムが崩壊して、保持していた薬剤を放出することができることが好ましい。具体的には、37℃で3分間インキュベートした後の温度感受性薬剤放出システムからの薬剤の放出率が5%以下、より好ましくは4.5%以下であり、45℃で3分間インキュベートした後の温度感受性薬剤放出システムからの薬剤の放出率が85%以上、より好ましくは87%以上であるのことが好ましい。温度感受性薬剤放出システムが特定の温度で崩壊する機構は明確ではないが、おそらく、温度が上昇すると親水性を有する温度官能性基が脱水和するため、疎水性が増大し、疎水性が増大した基が高分岐ポリグリセリン骨格に相互作用を及ぼすことにより、温度感受性薬剤放出システムが崩壊すると考えられる。
【0063】
本発明に係る温度感受性薬剤放出システムは、経口、非経口経路の何れによっても投与することができるが、例えば、薬剤として抗ガン剤を封入する場合は、非経口経路で投与(特に、経静脈投与)することが好ましい。また、本発明に係る温度感受性薬剤放出システムは、親油性の薬剤を封入することで、肝臓において親油性薬剤が代謝されることを抑制することができ、それにより、血中滞留時間が高められるため、長時間の持続投与、例えば静脈内への持続点滴など特殊な投与技術や器具・装置の使用しなくとも、例えば、ワンショット投与しても血中から速やかに消失或いは排出されることがなく、目的とする治療効果を得ることができる。さらに、目的とする治療効果を得るために大量投与する必要がなく、これにより予期せぬ副作用の発生を最小に留めることができる。
【0064】
また、本発明に係る温度感受性薬剤放出システムの投与対象としては、平常体温が38℃以下である生物であれば特に限定されることなく、例えば、哺乳動物、特にヒトに対して好適に使用することができる。
【0065】
本発明に係る温度感受性薬剤放出システムの投与方法としては、例えば、温度感受性薬剤放出システムを対象に投与し、標的とする患部を40℃以上、好ましくは40〜45℃付近の温度に加熱することにより、患部に到達した温度感受性薬剤放出システムを構成する温度感受性高分子を相転移させて、封入された薬剤を放出させることができる。患部を加熱する方法としては、通常の温熱療法で使用される方法を採用することができ、例えば、ホットバック、気泡浴のように加湿された空気,温水を介して熱を伝える湿熱式方法、赤外線、乾式パックのように乾燥した空気を介する感熱式方法、レーザー、マイクロ波のような電磁波、超音波などの電気エネルギー、物理的振動が体内で熱に変わる転換熱式方法などが挙げられる。
【0066】
本発明に係る温度感受性薬剤放出システムは、pH感受性をも有し、pH7以上では50℃以上の高温で加熱しなければ封入された薬剤の放出が引き起こされないが、一方、pH7未満では40〜45℃で加熱することで、速やかに封入された薬剤を放出することができる。そして、正常細胞がpH7.4付近であるのに対して、ガン細胞はpH6.8程度の酸性に傾く傾向があるため、たとえ正常細胞に温度感受性薬剤放出システムが到達したとしても、40〜45℃に加熱することでは封入された薬剤の放出が引き起こされないため、より特異的にガン細胞に薬剤を作用させることができ、正常細胞が抗ガン剤により損傷を受ける可能性をより低減することができる。
【0067】
上記より明らかなように、本発明に係る温度感受性薬剤放出システムは、食品添加物として認められている安価な脂肪酸エステルによって形成されるため生体適合性に優れ、コストを削減することができ、安価に提供することができる。また、血中滞留時間が長く、温度感受性とpH感受性を有するため、より的確に標的とする細胞のみに薬剤を到達させることができ、優れた治療効果を発揮することができ、副作用の発現を最小に留めることができる。
【実施例】
【0068】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。サクシニル化率及びオリゴエチレングリコール化率は下記の方法により算出した。
【0069】
(サクシニル化率の算出)
原料として用いるポリグリセリンの水酸基価から、1分子当たりの平均末端水酸基数を算出する。次いで、リンカー部を縮合反応させたポリグリセリン誘導体の1H−NMRのリンカー部に由来するシグナルの面積から、リンカー変性されたポリグリセリン末端水酸基の比率を算出し、サクシニル化率とする。
【0070】
(オリゴエチレングリコール化率の算出)
次に、オリゴエチレングリコール化後、1H−NMRの末端基に由来するシグナルの面積から、オリゴエチレングリコール変性された末端カルボン酸の比率を算出し、オリゴエチレングリコール化率(修飾率)とする。
【0071】
実施例1
(サクシニル化ポリグリセリンの製造)
高分岐ポリ(20)グリセリン(商品名「PGL20P」、ダイセル化学工業社製)5.842g(3.9ミリモル)、無水コハク酸25.10g(257.2ミリモル)をピリジン64.27mLに溶解し、温度63〜65℃、アルゴン雰囲気、遮光条件下で、7時間撹拌した。その後、反応溶液を冷却し、析出物を濾過して取り除いた後、濃縮し、ジエチルエーテルで洗浄して、Sephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)により精製し、サクシニル化ポリグリセリンを8.314g(収率59%)得た。
【0072】
(イソプロピルアミド末端ポリグリセリン誘導体の製造)
得られたサクシニル化ポリグリセリンを、アセトンとイオン交換水の混合溶液に溶解させ、ロータリーエバポレーターによる減圧留去を行う操作を数回繰り返した。
減圧留去操作後のサクシニル化ポリグリセリン1.220g(0.30ミリモル)にジメチルホルムアミド13.20mLを加え溶解させた。続いて、99.5%トリエチルアミン2.8mL(20ミリモル)、HBTU(O−ベンゾトリアゾール−1−イル−N,N,N’,N’−テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート)2.418g(6.376ミリモル)を加え、遮光条件下で撹拌した。氷冷下でジメチルホルムアミド(イソプロピルアミド濃度:2.326M)溶液を2.058mL(イソプロピルアミドモル数:4.787ミリモル)を撹拌中の反応液に加え、アルゴン雰囲気、遮光条件下、28〜30℃で3日間撹拌した。その後、再沈殿、及びSephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)により精製を行い、イソプロピルアミド末端ポリグリセリン誘導体を得た。
【0073】
実施例2
(サクシニル化ポリグリセリンの製造)
高分岐ポリ(40)グリセリン(商品名「PGLXP」、ダイセル化学工業社製)5.878g(1.974ミリモル)、無水コハク酸24.86g(248.4ミリモル)をピリジン64.66mLに用いて、実施例1と同条件で合成し、精製した。精製物に水を加えて、ロータリーエバポレーターにより溶媒を減圧留去した。この操作を計4回行い、凍結乾燥を行い、薄い黄色の粘性固体を収量10.264g、収率74%で得た。
1H−NMR(400MHz,CD3OD): δ 2.62(br,−O−CO−CH2−CH2−CO−OH),2.93 and 3.07(s,−CO−N(CH32),3.4−4.07(br,HRPG−scaffold),4.07−4.45(br,−CH2−O−CO−),5.0−5.3(br,−CH−O−CO−)
【0074】
(イソプロピルアミド末端ポリグリセリン誘導体の製造)
得られたサクシニル化ポリグリセリンを、アセトンとイオン交換水の混合溶液に溶解させ、ロータリーエバポレーターによる減圧留去を行う操作を数回繰り返した。
減圧留去操作後のサクシニル化ポリグリセリン1.021g(0.13ミリモル)にジメチルホルムアミド9.34mLを加え溶解させた。続いて、99.5%トリエチルアミン2.4mL(17ミリモル)、HBTU(O−ベンゾトリアゾール−1−イル−N,N,N’,N’−テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート)3.103g(8.182ミリモル)を加え、遮光条件下で撹拌した。ジメチルホルムアミド(1.00mL)を加え、イソプロピルアミド(0.80mL)を攪拌中の反応液に加えた。発熱するため一時的に氷冷した後、アルゴン雰囲気下、遮光条件、室温で4日間の攪拌を行った後、溶媒を減圧留去した。再沈殿とSephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)により精製を行い、イソプロピルアミド末端ポリグリセリン誘導体を収量1.144g、収率93%で得た。
1H−NMR(400MHz,CD3OD): δ 1.12(d,−NH−CH(CH32),2.45(br,−O−CO−CH2−CH2−CO−NH−),2.62(br,−O−CO−CH2−CH2−CO−OH and −O−CO−CH2−CH2−CO−NH−),3.4−4.07(br,HPG−scaffold),3.94(m,−CO−O−NH−CH(CH32),4.07−4.45(br,−CH2−O−CO−),5.0−5.3(br,−CH−O−CO−).
【0075】
実施例1により得られたサクシニル化ポリグリセリン、イソプロピルアミド末端ポリグリセリン誘導体についての1H―NMR測定結果をそれぞれ図1、2に示す。
1H―NMR測定条件
本体:日本電子(株)製、400MHzNMR分析装置
試料濃度:2〜10%(wt/wt)
溶媒:重メタノール
内部標準:TMS
【0076】
評価
下記評価方法により、実施例で得られたイソプロピルアミド末端ポリグリセリン誘導体について、温度感受性、及びpH感受性およびローズベンガル(RB)を試験物質とした薬物放出能力を評価した。
【0077】
(評価方法1)
実施例1で得られたイソプロピルアミド末端ポリグリセリン誘導体をpH5.0〜6.5のリン酸緩衝液に溶解してイソプロピルアミド末端ポリグリセリン誘導体濃度が10mg/mLの溶液とし、恒温ユニットを有するUV透過率試験器を使用して、系内温度を上昇させながら、UV透過率(%)により濁度を測定した。
濁度測定条件
温度上昇率:1℃/分
測定波長:700nm
透過率100%の基準溶液:10mM PBS
【0078】
上記評価結果を図3にまとめて示す。
【0079】
(評価方法2)
薬物モデルとしてローズベンガルを用い、10mMリン酸緩衝生理食塩水(PBS)(pH7.4)、実施例2で得たイソプロピルアミド末端ポリグリセリン誘導体 を用いて濁度測定を行った。透過率100%の基準溶液:10mMPBS、昇温速度:1℃/min、測定波長:700nmで測定した。コントロールとしてRBを含まない場合の測定結果も記した。
濁度測定条件
温度上昇率:1℃/分
測定波長:700nm
透過率100%の基準溶液:10mM PBS
【0080】
上記評価結果を図4に示す。
【0081】
(評価方法3)
RB、10mMリン酸緩衝生理食塩水(PBS)(pH7.4)、実施例2で得たイソプロピルアミド末端ポリグリセリン誘導体(NIPAM)または高分岐ポリ(40)グリセリン(商品名「PGLXP」、ダイセル化学工業社製) (HPG40) を用いて、ポリマー濃度5mg/ml、RB濃度58.6μM、10mMPBSとなるようにサンプルを調整した。氷冷および超音波照射によりポリマーを溶解させた。その後、KUBOTA製マイクロ冷却遠心機(3700)を用いて4℃、15000rpm、30分間の遠心分離を行った。上澄み液100μlを10mMPBS(pH7.4)を用いて10倍希釈し、UV−Vis分光光度計JASCO V630を用いてスペクトル測定(4℃において)を行った。残りのサンプルをeppendorf Thermomixer comfortを用いて40℃、300rpm、30分間のインキュベートを行った。その後、30〜40℃において15000rpm、30分間の遠心分離を行い、上澄み液を上記と同様にしてスペクトルの測定を行った。
その結果、実施例2で得たイソプロピルアミド末端ポリグリセリン誘導体を用いた場合において、加温後に沈殿が確認できた。スペクトルは測定の結果、加温前はλmax=560nm、abs(吸光度)=0.588で得られたが、加温後にλmax=548nm、abs=0.0427で得られた。
これらから、回収率を以下のようにして93%と算出でき、温度感受性薬剤放出システムとして本実施例が有効である事が分かった。
回収率(%)={1−[abs(NIPAM40℃)÷abs(NIPAM4℃)]}×100
【0082】
上記評価結果を図5にまとめて示す。
【0083】
実施例3
(サクシニル化ポリグリセリン(Suc−HPG80)の製造)
高分岐ポリ(80)グリセリン(商品名「HPG80」、ダイセル化学工業社製)をイオン交換水に溶解させ、上澄み液を回収し、濾過を行うことにより不溶成分を除いた。凍結乾燥後のHPG80(6.215g)をピリジン(68.37ml)で溶解させた後、無水コハク酸(25.82g)を加え、アルゴン雰囲気下、遮光状態、60〜62℃の温度下で、加熱撹拌を7時間行った。冷蔵後、析出物を濾過し、濾液を減圧留去した。濃縮物をジエチルエーテルで1度洗浄し、沈殿に少量の酢酸を加えた後、炭酸水素ナトリウム水溶液で沈殿を溶解させた。その後、1N塩酸によりポリマーの再沈殿を行い遠心により上澄み液を除去した。高濃度の酢酸/酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.3−4.4)を加えた後、軽く混ぜてから酢酸とメタノールを加えて溶解させ、濾過を行ったのちにSephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)により精製し、サクシニル化ポリグリセリン(Suc−HPG80)を得た(収率100%)。
【0084】
実施例4
(オリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体(MDEG−Suc−HPG80)の製造)
Suc−HPG80(0.676g、48.1μmol)をDMF(9.76ml)で溶解させた。トリエチルアミン(≧99.5%)(1.7ml、12mmol)を加えた後、HBTU(O−ベンゾトリアゾール−1−イル−N,N,N’,N’−テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート)(1.79g、4.72mmol)を加え、アルゴン雰囲気下、遮光状態において溶解させた。メトキシジエチレングリコール(methoxy diethyleneglycol;MDEG)(1.38ml、11.7mmol)を加え、遮光状態、室温で3日間の撹拌を行った。溶媒をある程度減圧留去した後、ジエチルエーテルで洗浄した。副反応を抑えるため特級酢酸(1.50ml)、蒸留水を少量加え、撹拌後メタノールで希釈しジエチルエーテルに滴下した。エーテル層を除き、水層を蒸留水で希釈し、上澄みを蒸留水で透析した(MWCO=2000)。透析を1日行ったがほぼ精製されていなかったため、溶液を濃縮後、メタノールで希釈し濾過をしてからSephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)により精製し、黄色粘性液体(目的化合物)を得た。さらに蒸留水で3日間の透析(MWCO=2000)を行った。同定はLH−20カラム精製後の1H−NMR(CD3OD、400MHz)により行った(図6)。透析後、1H−NMR(D2O、400MHz)ではメタノールのピークが消失したのみであった。ポリマー骨格由来のピークの積分比を基準(400H)としてサクシニル化率、MDEG修飾率を算出したところ、サクシニル化率96%、MDEG修飾率90%、収量1.00g、収率98%であった。
【0085】
実施例5
(オリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体(MTEG−Suc−HPG80)の製造)
Suc−HPG80(0.732g、52.1μmol)をDMF(10.32ml)で溶解させた。トリエチルアミン(≧99.5%)(1.8ml、13mmol)を加えた後、HBTU(1.93g、5.08mmol)を加え、アルゴン雰囲気下、遮光状態において溶解させた。メトキシトリエチレングリコール(methoxy triethyleneglycol;MTEG)(2.03ml、12.7mmol)を加え、遮光状態、室温で4日間の撹拌を行った。溶媒をある程度減圧留去した後、副反応を抑えるため特級酢酸(1.50ml)を加え撹拌した後、ジエチルエーテルで洗浄した。蒸留水を少量加え、撹拌後メタノールで希釈しジエチルエーテルに滴下した。エーテル層を除き、水層を蒸留水で希釈し、上澄みを蒸留水で透析した(MWCO=2000)。溶液を濃縮後、メタノールで希釈し濾過をしてからSephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)により精製し、黄色粘性液体(目的化合物)を得た。さらに蒸留水で2日間の透析(MWCO=2000)を行った。同定はLH−20カラム精製後の1H−NMR(CD3OD、400MHz)により行った(図7)。ポリマー骨格由来のピークの積分比を基準(400H)としてサクシニル化率、MTEG修飾率を算出したところ、サクシニル化率96%、MTEG修飾率89%、収量1.26g、収率100%であった。
【0086】
実施例6
(オリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体(ETEG−Suc−HPG80)の製造)
Suc−HPG80(0.344g)をDMF(3.44ml)で溶解させた。トリエチルアミン(≧99.5%)(0.90ml)、HBTU(0.910g)を加え、アルゴン雰囲気下、遮光状態において溶解させた後、エトキシトリエチレングリコール(ethoxy triethyleneglycol;ETEG)(1.05ml)を加え、遮光状態、室温で4日間の撹拌を行った。溶媒をある程度減圧留去した後、副反応を抑えるため特級酢酸(0.50ml)を加え撹拌した。イオン交換水(0.50ml)を加え撹拌した後、ジエチルエーテルで数回洗浄した。エーテル層を除き、Sephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)によって精製し、黄色粘性液体を得た。精製が不十分であったため、再度Sephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)によって精製し、黄色粘性液体(目的化合物)を得た。同定は1H−NMR(CD3OD、400MHz)により行った(図8)。ポリマー骨格由来のピークの積分比を基準(400H)としてサクシニル化率、ETEG修飾率を算出したところ、サクシニル化率101%、ETEG修飾率90%、収量0.563g、収率89%であった。
【0087】
実施例7
(オリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体(MTEG/ETEG−Suc−HPG80)の製造)
Suc−HPG80(0.422g)をDMF(4.22ml)で溶解させた。トリエチルアミン(≧99.5%)(1.1ml)、HBTU(1.12g)を加え、アルゴン雰囲気下、遮光状態において溶解させた後、エトキシトリエチレングリコール(ethoxy triethyleneglycol;ETEG)(0.39ml)および、メトキシトリエチレングリコール(methoxy triethyleneglycol;MTEG)(0.94ml)を加え、遮光状態、室温で4日間の撹拌を行った。溶媒をある程度減圧留去した後、副反応を抑えるため特級酢酸(0.50ml)を加え撹拌した。イオン交換水(0.50ml)を加え撹拌した後、ジエチルエーテルで数回洗浄した。エーテル層を除き、Sephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)によって精製し、黄色粘性液体を得た。精製が不十分であったため、再度Sephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)によって精製し、黄色粘性液体(目的化合物)を得た。1H−NMR(CD3OD、400MHz)の測定結果より、ポリマー骨格由来のピークの積分比を基準(400H)としてサクシニル化率、MTEG修飾率、ETEG修飾率を算出したところ、サクシニル化率99%、MTEG修飾率64%、ETEG修飾率26%、収量0.72g、収率97%であった。
【0088】
実施例8
(オリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体(MTEG/ETEG−Suc−HPG80)の製造)
Suc−HPG80(0.444g)をDMF(4.44ml)で溶解させた。トリエチルアミン(≧99.5%)(1.16ml)、HBTU(1.18g)を加え、アルゴン雰囲気下、遮光状態において溶解させた後、エトキシトリエチレングリコール(ethoxy triethyleneglycol;ETEG)(0.68ml)および、メトキシトリエチレングリコール(methoxy triethyleneglycol;MTEG)(0.62ml)を加え、遮光状態、室温で4日間の撹拌を行った。溶媒をある程度減圧留去した後、副反応を抑えるため特級酢酸(0.50ml)を加え撹拌した。イオン交換水(0.50ml)を加え撹拌した後、ジエチルエーテルで数回洗浄した。エーテル層を除き、Sephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)によって精製し、黄色粘性液体を得た。精製が不十分であったため、再度Sephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)によって精製し、黄色粘性液体(目的化合物)を得た。1H−NMR(CD3OD、400MHz)の測定結果より、ポリマー骨格由来のピークの積分比を基準(400H)としてサクシニル化率、MTEG修飾率、ETEG修飾率を算出したところ、サクシニル化率104%、MTEG修飾率51%、ETEG修飾率42%、収量0.72g、収率90%であった。
【0089】
実施例9
(オリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体(MTEG/ETEG−Suc−HPG80)の製造)
Suc−HPG80(0.396g)をDMF(3.96ml)で溶解させた。トリエチルアミン(≧99.5%)(1.04ml)、HBTU(1.05g)を加え、アルゴン雰囲気下、遮光状態において溶解させた後、エトキシトリエチレングリコール(ethoxy triethyleneglycol;ETEG)(0.97ml)および、メトキシトリエチレングリコール(methoxy triethyleneglycol;MTEG)(0.33ml)を加え、遮光状態、室温で4日間の撹拌を行った。溶媒をある程度減圧留去した後、副反応を抑えるため特級酢酸(0.50ml)を加え撹拌した。イオン交換水(0.50ml)を加え撹拌した後、ジエチルエーテルで数回洗浄した。エーテル層を除き、Sephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)によって精製し、黄色粘性液体を得た。精製が不十分であったため、再度Sephadex LH−20カラム(展開溶媒:メタノール)によって精製し、黄色粘性液体(目的化合物)を得た。1H−NMR(CD3OD、400MHz)の測定結果より、ポリマー骨格由来のピークの積分比を基準(400H)としてサクシニル化率、MTEG修飾率、ETEG修飾率を算出したところ、サクシニル化率99%、MTEG修飾率23%、ETEG修飾率66%、収量0.69g、収率97%であった。
【0090】
評価
下記評価方法により、実施例で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体について、温度感受性を評価した。
【0091】
(評価方法4)
実施例4〜9で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体を10mMリン酸緩衝液(PBS)(pH7.4)に溶解して前記オリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体濃度が10mg/mLの溶液とし、恒温ユニットを有するUV透過率試験機を用い、経時的に系内温度を上昇させながら、UV透過率(%)を測定することで、温度感受性試験を行った。測定条件を下に示す。
濁度測定条件
温度上昇率:1℃/分
測定波長:700nm
透過率100%の基準溶液:10mM PBS
溶液:ポリマー濃度10mg/mL、10mMリン酸緩衝液
【0092】
実施例4〜6で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体を用いた結果を図9に、実施例5〜9で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体を用いた結果を図10に示す。図中の符号は下記の通りである。
ETEG、ETEG0.85:実施例6で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体
MDEG:実施例4で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体
MTEG、MTEG0.89:実施例5で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体
MTEG0.23/ETEG0.66:実施例9で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体
MTEG0.51/ETEG0.42:実施例8で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体
MTEG0.64/ETEG0.26:実施例7で得られたオリゴエチレングリコール誘導基末端ポリグリセリン誘導体
【0093】
図9に示されるように、エチレンオキサイド鎖(ポリエチレングリコール鎖)が長いほど転移温度は高温側に、末端アルキル基(末端水酸基を封止している基)が長いほど転移温度は低温側になる。
【0094】
図10に示されるように、2種の感熱応答性基(MTEGとETEG)の割合を調整することで、体温付近で転移温度を有する温度感受性高分子化合物(温度応答性高分子化合物)を得ることが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0095】
これまで癌を標的としたDDSの開発は様々な研究者によって多くの研究がなされているが、実用化されているDDS材料は少ない。その理由としては、DDS材料の安全性の検証に時間がかかることであった。したがって、材料として高機能を有するものでも、安全性が確立されていない合成化合物の実用化は容易ではなく、また総じて高価であるという問題があった。本発明において骨格に用いたポリグリセリンは比較的安価であるだけではなく、生体適合性に優れていることは既にこの基材を用いた脂肪酸エステルが食品添加物として認められている事からも明らかである。
すなわち、本発明の材料を用いることで、DDS材料として安価かつ安全性に優れた温度応答性DDSの設計が行え、人々を未だ苦しめてやまない癌等の疾患への治療に貢献できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリグリセリン骨格を主鎖とし、少なくとも下記式(a)
【化1】

(式中、GLはグリセリン残基、Xはリンカー、Rは感熱応答性基を示す)
で表される繰り返し単位を有する温度感受性高分子化合物。
【請求項2】
分子量が120〜12000であり、全ての水酸基のうち1級水酸基が50%以上であるポリグリセリンに、反応により感熱応答性基を導入可能な官能基を有する1価の有機基であるリンカーの前駆体X1を導入し、続いて感熱応答性基Rを導入して得られる請求項1又は2に記載の温度感受性高分子化合物。
【請求項3】
グリセリン残基:リンカー及びその前駆体:感熱応答性基(モル比)が、1:0.5〜1:0.5〜1である請求項1または2記載の温度感受性高分子化合物。
【請求項4】
下記式(1)
【化2】

(式中、X1は、反応により感熱応答性基を導入可能な官能基を有する1価の有機基であるリンカーの前駆体を示し、X2は感熱応答性基を導入した後のX1に対応する2価の基であるリンカーを示す。GLはグリセリン残基を示し、Rは感熱応答性基を示す。m、nは同一又は異なって1以上の整数を示す)
で表される請求項1〜3の何れかの項に記載の温度感受性高分子化合物。
【請求項5】
[GL:(X1+X2):R](モル比)が、1:0.01〜0.2:0.003〜0.2である請求項4に記載の温度感受性高分子化合物。
【請求項6】
1が下記式(2)
−CO−(CH2)s−(CO)t−OH (2)
(式中、s、tは同一又は異なって0以上の整数を示す)
で表される1価の有機基である請求項2〜5の何れかの項に記載の温度感受性高分子化合物。
【請求項7】
Rが、末端水酸基が有機基で封止されていてもよく、リンカーとの結合部位に連結基を有していてもよいポリアルキレングリコール残基である請求項1〜6の何れかの項に記載の温度感受性高分子化合物。
【請求項8】
ポリアルキレングリコール残基がオリゴエチレングリコール残基である請求項7記載の温度感受性高分子化合物。
【請求項9】
RがN−炭化水素基置換カルバモイル基である請求項1〜6の何れかの項に記載の温度感受性高分子化合物。
【請求項10】
Rがイソプロピルカルバモイル基である請求項9に記載の温度感受性高分子化合物。
【請求項11】
請求項1〜10の何れかの項に記載の温度感受性高分子化合物と薬剤とからなる温度感受性薬剤放出システム。
【請求項12】
薬剤量が温度感受性高分子化合物量に対して0.1〜30モル%である請求項11に記載の温度感受性薬剤放出システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−100818(P2010−100818A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−99672(P2009−99672)
【出願日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】