説明

温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置

【課題】広い温度範囲を1台の炉でカバーでき空洞の温度均一性を実現できる温度標準用温度可変恒温炉装置を提供する。
【解決手段】炉内に設置した空洞1と、空洞温度を均一かつ一定に保つための熱媒体循環用ファン3、熱媒体加熱用のヒーター2、炉の温度制御用の温度計5を備えたことを特徴とする温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置であって、好ましくは、炉壁に空洞に沿った透明窓6を設け、透明窓をとおして空洞の温度分布を放射温度計などの非接触式温度計で測定できるようにしたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、約50℃から600℃の温度範囲で放射温度計を代表とする非接触式温度計や熱電対、白金抵抗温度計などの接触式温度計を校正するための温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、非接触式温度計や接触式温度計を校正するための定点炉や比較炉としては、炉内の空洞の温度分布が均一であることが重要であり、それを評価し、温度均一性を確認する必要がある。その理由は以下の通りである。定点炉の場合には均一な融解・凝固を実現し良好なプラトーを再現性よく得るために定点セルを設置した空洞の温度分布が均一である必要がある。比較炉の場合には、被校正温度計が基準温度計と同じ温度の環境にあることが重要であるため空洞の温度分布が均一である必要がある。非接触式の放射温度計同士を比較校正する場合には、黒体空洞の実効放射率が比較する温度計で同一である必要があるが、異なる波長の放射温度計を校正する場合には、空洞の放射率が限りなく1でないとこの条件は満たされないため、空洞の温度分布が均一である必要がある。さらに、これらの定点炉や比較炉で正しい温度を実現し、広範な温度域にわたって温度計の校正を行うには、広範な温度域を1台の恒温炉でカバーすることが望ましい。この温度分布を均一にするために従来技術として(1)ヒートパイプ炉、(2)電気炉、(3)液体循環式恒温炉などが挙げられる。
しかし、これらの従来技術には、以下のような問題点がある。
上記(1)のヒートパイプ炉については、広範な温度範囲を1台のヒートパイプ炉でカバーすることができず、複数個用意する必要がある。例として、50℃から600℃の温度範囲で、3台の炉を用意する必要があり、しかも全温度範囲を連続的にカバーすることが不可能である。1台が非常に高価であり、熱媒体に、セシウム、ナトリウム、水銀など危険物を使用しているため扱いが困難で、一般の使用が不適当である。校正の不確かさ要因となる空洞壁面の温度分布を小さくするためには、空洞壁面の温度分布の評価が必須であるが、熱電対等による接触式温度計による評価方法しか手段がない。この方法は測定方法が複雑であり信頼性が低い。
次に上記(2)の電気炉については、ヒーター配置や抵抗値による調整等での温度分布調整が必要であるが、設定温度ごとに調整を変える必要があるなど調整は一般に困難であり、炉の均熱性が不十分である。上記(1)と同様に、空洞壁面の温度分布をはじめとする評価方法が複雑で信頼性が低い。
次の上記(3)の液体循環式恒温炉(例えば、引用文献1、2参照)については、熱媒体が水やシリコンオイルなどで構成されているため到達できる上限温度が限られる。硝酸ナトリウム、硝酸カリウムの混合液体からなる塩浴炉に関しては、水や油などの液体が混入すると、塩表面が蒸発しガス状態となり、塩をバスから噴出させるなど蒸気が問題となり、扱いにくい。さらに上記(1)と同様、空洞壁面の温度分布をはじめとする、評価方法が複雑であり、信頼性が低い。
一方で、例えば引用文献3記載のように、低温度での校正装置で熱交換ガスを利用した例もあるが、構造が複雑となる上、0℃以下の技術であり、本願のような常温以上から約600℃の温度範囲での温度計の校正に適用できない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−309750号公報
【特許文献2】特開2001−147162号公報
【特許文献3】特開2007−232651号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の恒温炉では広い温度範囲で十分な均熱性が得られず、また、一部の種類の恒温炉に関しては十分な均熱性が得られるものの、1台で広範な温度域をカバーできないため、装置を複数台用意しなければならないなどの問題があり、また、熱媒体として、セシウム、ナトリウム、水銀など危険物を使用すると取り扱い上の問題があった。
一方、空洞壁面の温度分布を評価するには、熱電対などの接触式温度計を利用するしか手段がなく、これは十分な精度が得られないほか、測定が困難なため信頼性が低く正しい温度分布情報が得られないという問題がある。このため、温度調整に高い信頼性で結果をフィードバックすることができず、空洞の均熱性も不十分となる。さらに、接触式温度計による分布測定は、測定対象となる空洞内側に温度計を直接挿入する必要があるため、温度計の校正中にリアルタイムに空洞壁面の温度分布の計測が不可能であり、かつ測定対象の損傷や劣化を引き起こすリスクも高い。
【課題を解決するための手段】
【0005】
広い温度範囲を1台の炉でカバーし、温度分布の均一性にすぐれた恒温炉を提供するために気体循環式温度可変恒温炉を開発し、気体(例えば空気)が熱媒体のため、取り扱いに危険がなく、50℃から600℃程度までの広範囲な温度域を1台でカバーできる。
さらに、恒温炉の横方向に放射温度計や熱画像装置等の非接触温度計で空洞温度分布を測定するための透明なガラス窓を炉壁に設けた。具体的には、熱媒体が透明な気体(例えば、空気)のため、恒温炉の側面に、空洞の温度分布を放射温度計でモニターするための窓を設ける。その窓から非接触で信頼性高くかつ簡便に温度分布を測定でき、測定結果に基づいて温度調整を行う。校正中においてもリアルタイムに空洞温度分布の計測が可能である。
【0006】
すなわち、本発明の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置は、炉内に設置した均熱空洞と、炉内の気体を循環させる熱媒体循環手段と、炉内の気体を加熱する加熱手段を備え、温度制御手段により、前記熱媒体循環手段及び前記加熱手段を駆動制御することを特徴とする温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置。
また、本発明は、上記温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置において、上記空洞は、熱伝導率の良好な素材からなることを特徴とする。
また、本発明は、上記温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置において、上記空洞内に定点セルを挿入したことを特徴とする。
また、本発明は、上記温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置において、炉内の気体は空気又は不活性ガスであることを特徴とする。
また、本発明は、上記温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置において、上記空洞は、空洞の放射率を高めるために、グラファイト素材で形成されるか又は表面に黒色塗料を施されていることを特徴とする。
また、本発明は、上記温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置において、炉壁に設けた透明窓と、当該透明窓を通して空洞壁面温度を測定する温度計とを備えていることを特徴とする。
なお、本発明において、空洞は接触温度計を校正する装置においては温度計を挿入する測定孔を指し、非接触温度計である放射温度計を校正する装置においては黒体空洞を意味するものとする。
【発明の効果】
【0007】
本発明の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置によれば、1台の装置で50℃から600℃程度の広範な温度域をカバーすることができ、熱媒体が気体(例えば空気)のため危険を伴わず、気体を炉内に循環させ、空洞を均熱にする気体の流路を形成することにより均一な温度分布を実現でき、安全で信頼性の高い校正が実現できる。
透明窓を設ければ、窓を通して空洞の横方向の温度分布を非接触で測定できるので、その測定結果に基づいて空洞の温度を均一に調整することができ、正確で信頼性の高い校正が実現できる、また、温度計の校正中において空洞の温度分布をリアルタイムに測定することもできる。
また、本発明の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置によれば、放射温度計や熱画像装置などの非接触式温度計を校正する場合に、黒体空洞の温度分布がなく均熱であり、かつ十分黒い黒体であれば測定する波長によって輝度温度が異なることはない。従来の装置では、温度分布の評価が不十分であったため温度分布が残り、実効的な放射率が下がると測定波長によって輝度温度が変わることがあったが、本発明の装置では、空洞の温度分布を信頼性高く測定することができるため温度分布の調整を信頼性高く容易に行うことが可能となり、結果、空洞の温度を極力均熱に近づけることが可能となる。したがって、放射温度計の測定波長の影響を受けずに、正しく対象温度の測定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置の一実施例を説明した側面図である。
【図2】同実施例の正面図である。
【図3】炉壁に透明窓を設けた第二の実施例の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0009】
(実施例1)
図1は、本発明の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置の一実施例を示した側面図であり、図2はその正面図である。
図1において、1は炉内に設置された空洞であり、空洞は炉の正面側に開口している。2は炉内の熱媒体の加熱手段であるヒーター、3は炉内の熱媒体である気体(例えば空気など)を循環させ空洞の温度を均熱にする循環手段としてのファンであって、回転駆動する撹拌翼からなる。4は空洞の外周温度を測定する白金抵抗温度計などの温度計であり、5は均熱空洞近傍の循環気体熱媒体の温度を測定し、熱媒体温度と設定温度とを比較し炉の温度制御をおこなうための白金抵抗温度計などの温度計である。また、4は5を兼ねることもできる。温度制御手段により、温度計5で測定した熱媒体温度と設定温度とを比較して、フィードバック制御しながら熱媒体温度が設定温度になるようにファン3及びヒーター2を駆動制御する。
【0010】
この実施例1の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置を用いて非接触温度計である放射温度計の比較校正を行うには、空洞の開口部に対向して被校正温度計を設置し、空洞内部の温度を測定することによって行う。基準温度計としては、温度目盛りの設定された標準放射温度計を用いて被校正温度計と交代で空洞内部の温度を測定しても良いし、温度計4を用いることもできる。空洞は、熱伝導率の良好な素材からなり、前部が炉壁に開口しているものを用いる。ここでいう空洞とは、被校正温度計の視野に比べ開口が大きく、空洞放射率を高めるために空洞の長さが十分長いものである。
上記空洞は、空洞の放射率を高めるために(黒さを増すために)底面反射を排除すべく後部が円錐状に形成されていることを特徴とする。後部形状は底面反射が排除されれば円錐以外の形状でもよい。図では空洞後部形状は円錐状に形成されているが、空洞を斜めにカットしたような形状や、ほかの形状にすることもできる。さらに空洞の放射率を高めるために、グラファイト素材で形成されるか又は表面に黒色塗料を施して形成された黒体空洞を用いる。グラファイトによる黒体空洞は従来不活性気体雰囲気の中で使うことが常識であったが、本発明の装置では500℃までの温度で100時間以上劣化せずに使用できることが確認された。黒色塗料と比較して、塗料劣化の心配もなく、維持管理がしやすく、寿命も長い。空洞の寿命は短くなるものの600℃でも使用可能である。本発明は空洞の劣化が確認された場合においても空洞交換が容易であることも特徴である。
【0011】
この実施例1によれば、気体循環式であるので取り扱いに危険を伴わず、また、気体を炉内に循環させ、空洞を均熱にする気体の流路を形成することにより均一な温度分布を実現でき、1台で広範な温度域をカバーすることができる。気体としては、空気を用いるのが一般的であるが、窒素ガスなどの空気以外の不活性気体も用いることができ、不活性ガスを用いることでグラファイト素材の空洞の寿命をさらにのばすことができる。
図では、空洞は長手方向が水平に配置されているが、空洞の長手方向を鉛直方向に配置することもできる。
この実施例1の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置を用いて接触温度計の比較校正を行うには、空洞の開口部から被校正温度計を挿入し、空洞内部の温度を測定することによって行う。基準温度計としては、温度目盛りの設定された標準接触温度計を用いこれを被校正温度計と並べて挿入し同時に空洞内部の温度を測定しても良いし、温度計4を用いることもできる。空洞は、熱伝導率の良好な素材からなり、前部が炉壁に開口しているものを用いる。このとき空洞は、被校正温度計よりわずかに開口が大きく、挿入長が被校正温度計長さより長いものを用いる。
【0012】
また、この実施例1の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置を用いて温度計の定点校正を実施するには、空洞中にたとえばインジウム点、スズ点、亜鉛点などの定点セルを挿入し、定点セル温度を被校正温度計で測定しながら恒温炉装置の温度を定点温度近傍、例えば亜鉛点の場合には420℃前後上下させ、観測される融解・凝固プラトーを捉えて温度計を校正する。
【0013】
(実施例2)
図3に、本発明の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置の第二の実施例を示す。この実施例2が、上記実施例1と異なるところは、図3に示すように炉壁に透明窓が設けられ、当該透明窓を通して空洞の外壁面温度を測定する温度計を有している点であり、それ以外の構成は図1及び2に示された上記実施例1と同じである。
図3において、6は炉壁に設けられた空洞温度分布測定用のスリットであり、そのスリットには透明ガラスを設けている。7は被校正放射温度計、8は炉の外側から透明ガラスを設置したスリット6をとおして空洞の温度分布を炉外側面から測定する放射温度計である。
スリット6は、空洞の長手方向に沿って炉壁に設けられており、空洞外壁の長手方向の温度分布を測定できるようにするためのものである。図では透明窓はスリット状の場合を示したが、これ以外に空洞に沿って何か所か穴があいている形状でもよいし、1点穴があいていて、その穴に対して温度計の角度をふって空洞の温度分布を測定してもよい。
【0014】
図では、空洞温度分布測定用の温度計として放射温度計8の例を示したが、炉の外側から透明窓6をとおして空洞の温度分布を測定できるものであればよく、また、温度分布を効率良く測定するためには温度計を複数台並べて設けたり、温度計を移動可能に設けたりすることが好ましい。
また、実施例2においても、空洞はその長手方向を水平に配置しても、鉛直に配置してもよく、その際に、炉壁に設けるスリットは、空洞の配置に応じて、空洞に沿うように配置して、スリットを通して空洞の温度分布が測定できるようにすればよい。
【0015】
図3の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置を用いて温度計の校正を行うには、実施例1と同様に空洞の開口部に対向して被校正温度計を設置し、空洞内部の温度を測定することによって行う。このとき、基準温度計としては、温度目盛の設定された標準放射温度計を用いて被校正温度計と交代で空洞内部の温度を測定しても良いし、温度計4を用いることもできる。
なお、図では、被校正温度計7は非接触式温度計として図示されているが、接触式温度計であっても開口部から空洞内部に温度計を挿入して空洞内部の温度を測定することにより同様に校正することができる。
この実施例2によれば、スリット6をとおして空洞の温度分布を信頼性高く測定することができるため、温度分布の調整も信頼性高く容易に行うことが可能となり、結果、空洞の温度が均熱となる。
【0016】
空洞のグラファイトの厚みを3mm以下と薄くすることで空洞内壁面と外壁面の温度差をなくし、空洞内壁面の温度分布をなくし均熱にすることができる。1.5mm以下にすると、さらに空洞を均熱にでき、なおかつ100時間以上の寿命も確認されている。
【0017】
さらに、空洞の温度分布を測定し、気体循環式恒温炉装置の熱媒体循環手段の循環条件を制御することで恒温炉装置の温度分布制御を行い、空洞の温度分布を均一に保つことを可能とした。
【符号の説明】
【0018】
1 空洞(黒体空洞)
2 ファン
3 ヒーター
4 白金抵抗温度計(空洞(黒体空洞)の外周温度を測定する温度計)
5 白金抵抗温度計(炉の温度制御を行うために炉内を循環する気体の温度測定用温度計)
6 炉壁に設けたスリット(透明窓)
7 被校正温度計
8 空洞(黒体空洞)の温度分布をスリットを通して測定する放射温度計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炉内に設置した空洞と、炉内の気体を循環させる熱媒体循環手段と、炉内の熱媒体を加熱するための加熱手段を備え、温度制御手段により前記加熱手段を制御することを特徴とする温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置。
【請求項2】
前記空洞は、熱伝導率の良好な素材からなることを特徴とする請求項1記載の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置。
【請求項3】
前記空洞内に定点セルを挿入したことを特徴とする請求項1又は2記載の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置。
【請求項4】
炉内の気体は空気又は不活性ガスであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置。
【請求項5】
前記空洞は、グラファイト素材で形成されるか又は表面に黒色塗料を施されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置。
【請求項6】
炉壁に設けた透明窓と、当該透明窓を通して前記空洞の壁面温度を測定する温度計とを備えていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載の温度標準用気体循環式温度可変恒温炉装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−145343(P2012−145343A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−1599(P2011−1599)
【出願日】平成23年1月7日(2011.1.7)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】