説明

湿式紡糸用ノズルおよびこれを用いた紡糸方法

【課題】凝固斑、デシテックス斑、単繊維間の融着の少ない高品位繊維製品を生産性よく製造することのできる湿式紡糸用ノズルおよびこれを用いた紡糸方法を目的とする。
【解決手段】ノズル面2に複数の紡糸孔60が放射状に並んで穿設された湿式紡糸用ノズルであって、各紡糸孔60間の穿孔間隔が、中心から外方にかけて次第に狭くされていることを特徴とする湿式紡糸用ノズル1。該湿式紡糸用ノズル1を使用することを特徴とする紡糸方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式紡糸用ノズルおよびこれを用いた紡糸方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリル繊維などの化学繊維の紡糸方法として、複数の紡糸孔を円形のノズル面に穿設した紡糸用ノズルを用いる湿式紡糸法がある。該湿式紡糸法では、上記紡糸用ノズルを、凝固液(溶剤と凝固剤との混合液)を満たした凝固液槽の中に設置し、該凝固液中に紡糸原液を吐出することで、繊維形成が行われる。上記紡糸用ノズルにおいては、複数の単繊維が同時に紡糸されるため、ノズル面近傍の凝固液の温度分布、濃度分布が均一になりにくい。特に、該紡糸用ノズルの中心(以下、単に中心という。)には、該紡糸用ノズルの外方(以下、単に外方という。)と比較して凝固液が浸入しにくいことから、中心近傍と外方近傍とでは、凝固液の温度分布や濃度分布に差ができやすく、得られる繊維に凝固斑、デシテックス斑(断面形状斑)、単繊維間の融着を生じやすかった。
【0003】
上記問題を解決するために、上記ノズル面を、紡糸孔を形成する穿孔領域と、紡糸孔を形成しない非穿孔領域(凝固液浸入スリット)とに区分けし、該非穿孔領域を通じてノズル面近傍に凝固液を円滑に行き渡らせる試みが種々行われてきた。例えば特許文献1には、中心から放射状にノズル非穿孔領域を形成し、かつ外方側のノズル非穿孔領域の幅を広くして、凝固液を凝固液浸入スリットに浸入させやすくした紡糸用ノズルが開示されている。また、特許文献2には、穿孔領域を30〜60ブロック数形成し、凝固液をノズル面により円滑に行き渡らせることを試みた紡糸用ノズルが開示されている。
【特許文献1】特開2003−301317号公報
【特許文献2】特開2002−348723号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1、2に開示された紡糸用ノズルは、外方と中心との凝固液の温度分布や濃度分布の不均一を十分に解消しているとはいえず、繊維製品の凝固斑、デシテックス斑、単繊維間の融着を完全に抑制するには至っていない。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、凝固斑、デシテックス斑、単繊維間の融着の少ない高品位繊維製品を生産性よく製造することのできる湿式紡糸用ノズルおよびこれを用いた紡糸方法を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を達成するために、本発明は以下の構成を採用した。
(1)ノズル面に複数の紡糸孔が放射状に並んで穿設された湿式紡糸用ノズルであって、各紡糸孔間の穿孔間隔が、中心から外方にかけて次第に狭くされていることを特徴とする湿式紡糸用ノズル。
(2)(1)に記載の湿式紡糸用ノズルを使用することを特徴とする紡糸方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明の湿式紡糸用ノズルを用いた紡糸方法によれば、ノズル面近傍における凝固液の温度分布および濃度分布が均一化されるため、凝固斑、デシテックス斑、単繊維間の融着の少ない高品位繊維製品を生産性よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の湿式紡糸用ノズルについて、以下に詳細に説明する。
図1に示すように、本発明の一実施形態例である湿式紡糸用ノズル1は、円形のノズル面2に、その中心4から外方に向かって幅広になる略扇形の穿孔領域5(複数の紡糸孔60が穿設された領域)が、複数かつ均等な間隔を有して放射状に形成された湿式紡糸用ノズルである。穿孔領域5についてより詳しくは、図2に示すように、複数の紡糸孔60が略扇形に並んだ破線で囲まれる領域をいう。
隣接する穿孔領域5同士の間には、紡糸孔が穿設されない非穿孔領域6が形成されている。
【0008】
穿孔領域5は、この実施形態例の湿式紡糸用ノズル1では48ブロックとしているが、穿設する紡糸孔の孔数に影響のない範囲において、ノズル面2に25〜70ブロック数の範囲で形成されていることが好ましい。穿孔領域5が上記のブロック数の範囲で形成されることで、ノズル面2に同様の数の非穿孔領域6が形成されることになり、凝固液がノズル面2近傍により円滑に行き渡りやすくなる。
【0009】
非穿孔領域6は、穿設する紡糸孔の孔数に影響のない範囲において、その外方側のスリット幅を広くすることが好ましい。外方側のスリット幅を広くすることによって、非穿孔領域6への凝固液の浸入を促し、凝固液を中心4に浸入させやすくなる。
この実施形態例において、非穿孔領域6は、外方側の一定のスリット幅d1を有した幅広の非穿孔領域6aと、非穿孔領域6aよりスリット幅が狭くされ、非穿孔領域6aより中心4側で一定のスリット幅d2を有した非穿孔領域6bと、非穿孔領域6bから中心4に至る非穿孔領域6cとからなる。
スリット幅d1は1.5〜6.0mmが好ましく、スリット幅d2は1.0〜3.0mmが好ましい。
この実施形態例の湿式紡糸用ノズル1では、外方側から中心4側にかけて1/3程度を非穿孔領域6aとしているが、これに制限されることはなく、1/3〜2/3程度で適宜設定可能である。
【0010】
ノズル面2には、ノズル面2近傍に凝固液を円滑に行き渡らせるため、非穿孔領域6が形成されているが、本発明はこれに限らず、非穿孔領域6を形成しない湿式紡糸用ノズルであってもよい。
また、穿孔領域5は必ずしも略扇形をしている必要はなく、本発明の構成を適用できる範囲において、略扇形以外であってもよい。
【0011】
図2に示すように、穿孔領域5には多数の紡糸孔60が設けられている。ここで、中心4に最も近い、すなわちノズル面2における最中心側には、紡糸孔60aが位置している。中心4から最も遠い、すなわちノズル面2における最外方側には、紡糸孔60fが位置している。
紡糸孔60の孔径は、得ようとする単繊維の太さによって適正な大きさに設定することが可能であり、特に制限するものではないが、おおむね0.03〜1.0mmの範囲であることが好ましい。また、紡糸孔の形状に関しても、得ようとする単繊維の断面形状によって適宜設定することが可能であり、特に制限はない。
図2における紙面横方向に並ぶ複数の紡糸孔60間の距離(中心4を中心とし、円周方向に隣接する紡糸孔60間の穿孔間隔。)は、得ようとする単繊維の本数などによって適宜変更される。
【0012】
本発明の湿式紡糸用ノズル1は、ノズル面2に放射状に並んで穿設された各紡糸孔60間の穿孔間隔が、中心4から外方にかけて次第に狭くされている。ここで、中心4から外方にかけての各紡糸孔60間の穿孔間隔とは、例えば図2に示すように、ノズル面2の中心4を中心として放射状に並んで穿設された紡糸孔60aと紡糸孔60bとの間の距離d3を表す。
【0013】
紡糸孔60の穿孔間隔の具体例を、図2を用いて説明する。
紡糸孔60aと、紡糸孔60aに隣接した紡糸孔60bとの間の間隔(穿孔間隔)d3は0.535mであり、紡糸孔60bと紡糸孔60cとの穿孔間隔は0.534mmであり、紡糸孔60cと紡糸孔60dとの穿孔間隔は0.533mmであり、穿孔間隔は中心4側から外方にかけて0.001mmずつ狭くなっている。以降も同様に、中心4から外方に近づくにしたがい、紡糸孔60の穿孔間隔が次第に狭くされている。この例示では、最外方側にある紡糸孔60eと、紡糸孔60fとの穿孔間隔は0.450mmと最も狭くなる。
【0014】
また、別の一例を示すと、紡糸孔60aと、紡糸孔60bとの穿孔間隔d3は0.56mmであり、紡糸孔60bと、紡糸孔60cとの穿孔間隔は0.558mmであり、紡糸孔60cと紡糸孔60dとの穿孔間隔は0.556mmであり、穿孔間隔は0.002mmずつ狭くなっている。以降も同様に、紡糸用ノズル中心4から外方に近づくにしたがい、紡糸孔60の穿孔間隔が次第に狭くされている。この例示では、最外方側にある紡糸孔60eと、紡糸孔60fとの穿孔間隔は0.360mmと最も狭くなる。
【0015】
本発明の湿式紡糸用ノズル1のように、ノズル面2に放射状に並んで穿設された複数の各紡糸孔60間の穿孔間隔が、中心から外方にかけて次第に狭くされていることで、紡糸される単繊維数を十分に確保でき、かつノズル面2近傍に凝固液を円滑に行き渡らせることができる。したがって、本発明の湿式紡糸用ノズルを用いれば、ノズル面近傍における凝固液の温度分布および濃度分布が均一化され、デシテックス斑、凝固斑、単繊維間の融着の少ない高品位繊維製品を生産性よく製造できる。
なお、外方側における各紡糸孔60間の穿孔間隔を中心4側の穿孔間隔と同様にした場合、ノズル面2近傍に凝固液を円滑に行き渡らせやすいが、紡糸される単繊維数が減少し、生産性が低下する。
【0016】
次に、本発明の湿式紡糸用ノズルを使用した紡糸方法について、アクリル繊維の紡糸を例に挙げて説明する。
本発明の紡糸方法において、アクリル繊維の原料として用いられるアクリル系重合体は、溶液重合、懸濁重合などの公知の方法で製造される。該アクリル系重合体からは、未反応モノマーや重合触媒残渣などを極力除くことが好ましい。アクリル系重合体の重合度は、繊維の性能を満足できる範囲であれば特に制限されない。このようにして得られたアクリル系重合体を、有機溶剤に溶解して、アクリル系重合体溶液(紡糸原液)を調製する。アクリル系重合体の有機溶媒への溶解方式には、公知の方式を採用可能である。なお、上記アクリル系重合体溶液中のアクリル系重合体の濃度としては17質量%以上が好ましく、さらに好ましくは19質量%以上である。
【0017】
上記アクリル系重合体溶液を、本発明の湿式紡糸用ノズル1を使用して、凝固液槽に満たされた凝固液中に紡糸原液を吐出することで、凝固繊維が得られる。該凝固液としては、ジメチルアセトアミド水溶液など公知の凝固液が用いられる。上記凝固液の溶剤濃度は特に制限されず、適宜調製可能である。紡糸する際の凝固液の温度は、適宜調整が可能であるが、工業的な規模を鑑みると、おおむね20〜60℃であることが好ましい。
【0018】
このようにして紡糸された上記凝固繊維に、公知の方法による付着した凝固液の回収、空中延伸および/または浴中延伸、乾燥による緻密化、さらには後延伸を施すことで、効率良くアクリル系繊維を生産することができる。なお、上記延伸は、重合体濃度、延伸倍率に応じ、所定の繊維の太さ(繊度、デシテックスともいう。)の単繊維が得られるように適切に行われる。
【0019】
浴中延伸は通常50〜98℃の延伸浴中で、1回あるいは2回以上の多段に分割するなどして行われる。浴中延伸の前後または同時に、溶剤を除去するための洗浄を行ってもよいが、本発明はこれに制限されるものではない。また、これらの操作によって、凝固繊維は浴中延伸完了時までに約3倍以上延伸されることが好ましい。
【0020】
浴中延伸および/または洗浄された繊維は、その後、公知の方法によって油剤処理されるのが好ましい。油剤の種類は特に制限するものではない。
油剤処理後、さらに、乾燥緻密化が行われるのが好ましい。乾燥緻密化の温度は、繊維のガラス転移温度を超える温度で行うのが好ましく、具体的には、100〜200℃程度の加熱ローラーによる乾燥であることが好ましい。なお、乾燥緻密化後、繊維の最終用途に応じて、湿熱緩和処理等を施してもよい。
得られたアクリル繊維は、アクリル繊維製品として利用される他、炭素繊維用アクリル系前駆体繊維として、炭素繊維の製造などにも供される。
【0021】
以上説明したように、本発明の湿式紡糸用ノズルを用いた紡糸方法によれば、ノズル面近傍における凝固液の温度分布および濃度分布が均一化され、デシテックス斑や凝固斑の発生の少ない高品位繊維製品を生産性よく製造することができる。
本発明の湿式紡糸用ノズルは、種々の化学繊維の紡糸に用いることができるが、アクリル繊維の紡糸に好適である。
【実施例】
【0022】
以下、実施例を用いて、本発明をさらに詳しく説明する。
なお、本実施例で用いた紡糸原液は以下のとおりである。
<紡糸原液>
アクリロニトリル(AN)、アクリルアミド(AAm)、メタクリル酸(MAA)の共重合モル比がAN/AAm/MAA=96/3/1であるアクリル系重合体を20質量%溶解させたジメチルアセトアミド溶液を紡糸原液とした。
【0023】
<紡糸方法>
表1に示す構成で実施例1、2、比較例1、2の湿式紡糸用ノズルを製作した。次に、それぞれの湿式紡糸用ノズルに上記紡糸原液を導入し、凝固浴濃度59.0wt%温度37℃のジメチルアセトアミド水溶液中に吐出した。得られた凝固繊維を、公知の方法で水洗、延伸、油剤処理した後、140℃のローラーで乾燥・緻密化した。さらに、加圧スチーム処理装置を用いて延伸処理を行い、実施例1、2、比較例1、2の炭素繊維用アクリル系前駆体繊維を得た。ここで、表1中の「穿孔間隔を狭める長さ」とは、穿孔間隔60がノズル面の中心から外方にかけて一定の長さで次第に狭くされる、その一定の長さのことをいう。また、表1中の「非穿孔領域のスリット幅」の「d1」および「d2」とは、図1でいうこところの非穿孔領域6aのスリット幅d1および非穿孔領域6bのスリット幅d2に該当する。
【0024】
<評価方法>
(単繊維間の融着数)
単繊維を3mm長にカットした試料を、アセトンを200mL入れたビーカーに入れ、スターラーで10分間攪拌した。そして、この試料を大型シャーレに移し、単繊維が3本以上融着している塊の数(単繊維間の融着数)を目視で数えた。なお、各実施例、各比較例ともに測定を3回行った。結果を表1に示す。
(断面形状斑のCV値)
単繊維断面の長径/短径を50点測定し、該単繊維の長径/短径の比率を求め、断面形状斑の指標となるCV値を計算した。結果を表1に示す。
【0025】
【表1】

【0026】
<評価>
上記表1に示すように、実施例1、2の湿式紡糸用ノズルは、単繊維間の融着が比較例1、2に比較して明らかに減少していた。また、実施例1、2のCV値は、比較例1、2のCV値より減少しており、デシテックス斑(断面形状斑)が少ないことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施形態例である湿式紡糸用ノズルのノズル面を示す概略平面図である。
【図2】穿孔領域5に穿設された紡糸孔60の配置例を示す図である。
【符号の説明】
【0028】
1 紡糸用ノズル
2 ノズル面
4 中心
5 穿孔領域
6 非穿孔領域
60紡糸孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノズル面に複数の紡糸孔が放射状に並んで穿設された湿式紡糸用ノズルであって、
各紡糸孔間の穿孔間隔が、中心から外方にかけて次第に狭くされていることを特徴とする湿式紡糸用ノズル。
【請求項2】
請求項1に記載の湿式紡糸用ノズルを使用することを特徴とする紡糸方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−144269(P2009−144269A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−320622(P2007−320622)
【出願日】平成19年12月12日(2007.12.12)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】