説明

溝切り工具及びその製造方法

【課題】十分なすくい角を確保しながらワーク外周面上に所定形状の溝を精度良く加工する。
【解決手段】溝切り工具50であって、刃部52とその保持部54とを有する。刃部52は、溝46の目標形状に対応する形状の切刃58を有する。さらに、この刃部52は、内側に中空部60を囲む中空状をなし、この中空部60を囲む刃部内側面62の先端に前記切刃58のすくい面64が形成されている。この構造により、前記すくい面64のすくい角αは20°以上の範囲にも設定することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワークの外周面上に周方向の溝を形成するための技術に関するものであり、例えばワイヤソーのガイドローラにおけるワイヤ案内溝の加工等に好適なものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ワーク外周面に溝を加工するための技術として、例えば下記特許文献1は、ワイヤソーに設けられるガイドローラの外周面上にワイヤ案内溝を形成する方法を開示する。この方法は、前記ガイドローラをその中心軸回りに回転させながら、当該ガイドローラの外周面に溝切り工具を所定の角度で押し当てることにより、この溝切り工具の切刃に相当する形状のワイヤ案内溝を前記外周面上に彫るものである。
【0003】
この溝切り加工中の状態を図7(a)(b)に例示する。図示の溝切り工具92は、円筒状のワーク外周面90上にV字状の溝91を加工するためのものである。この溝切り工具92の切刃93は、前記溝91の形状に相当する平面視V字状をなし、この切刃93が回転中のワーク外周面90に押付けられることにより、当該外周面90上に前記回転の方向の溝91が形成される。
【特許文献1】特開2000−271849号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前記ワークの中には、その外周部が比較的柔らかい弾性材で構成されるものがある。例えば前記特許文献1が開示するワイヤソー用ガイドローラの外周部は、ワイヤとの接触による磨耗損傷を抑えるとともに当該ワイヤの保持性能を高めるべく、ウレタンゴム等の弾性材により構成されるものが多い。
【0005】
このような弾性材からなるワーク外周部に前記のような溝切り工具92を押し付けても、当該ワーク外周部が前記溝切り工具92から力を受ける方向に容易に弾性変形してしまうために、十分な切り込み量を確保することができない。従って、十分な精度で溝切り加工をすることができないという不都合がある。
【0006】
このような不都合を回避するための手段として、切刃93の切れ味を増すために図7(b)に示すようなすくい角α(ワーク外周面の法線とすくい面94とのなす角度)を大きくすることが考えられる。しかし、工具92とワーク外周面90との干渉を避けるためにはある程度の逃げ角γを確保する必要がある上、当該工具92は平面視V字状の切刃93を有する関係から刃先角βを小さくするのには著しい制約があるために、前記すくい角α(=90°−β−γ)を大幅に拡大することは事実上困難である。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑み、十分なすくい角を確保しながらワーク外周面上に所定形状の溝を精度良く加工するための技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するための手段として、本発明は、回転するワークの外周面に押し当てられることにより当該外周面に前記ワークの回転方向の溝を形成する溝切り工具であって、前記溝の目標形状に対応する形状の切刃をもつ刃部と、この刃部を保持する保持部とを有し、前記刃部は、その内側に空間を囲む中空状をなし、この空間を囲む刃部内側面の先端側に前記切刃のすくい面が形成されているものである。
【0009】
この構成によれば、刃部がその内側に空間を囲む中空状をなしているため、その刃部先端の切刃の形状が溝形状に対応する形状(例えばV字状)であっても、前記空間を囲む刃部内側面に形成されるすくい面に十分なすくい角を与えることができる。
【0010】
例えば、前記図7(a)(b)に示すような中実の切刃をもつ工具では、その切刃が溝の目標形状に対応する形状である以上、すくい角を大幅に増やすことは困難であるが、前記のような中空状の刃部であれば、その切刃の形状が溝の目標形状に対応する形状であっても十分なすくい角を確保することが可能になる。そして、このすくい角でもって当該溝切り工具を回転するワークの外周面に押し当てることにより、このワークの外周部が例えば弾性に富んだ柔軟な材料からなる場合にも、当該外周面上に精度良く溝を加工することが可能になる。
【0011】
この溝切り工具では、前記刃部内側面のうち前記すくい面を形成する面以外の面と前記刃部の逃げ面とのなす角度よりも前記切刃の刃先角が大きくなるように当該切刃のすくい面の角度が調整されていることが、より好ましい。この構成によれば、前記刃先角をある程度大きくして切刃に求められる強度を確保しながら、その範囲内ですくい角を大きく設定することが可能である。すなわち、刃先角とすくい角とのバランスを良好に保つことができる。
【0012】
具体的に、本発明に係る溝切り工具の切刃には、逃げ角が2°以上でかつすくい角が20°以上70°以下である加工条件を満たすことが可能な刃先角を与えることが可能である。そして、前記逃げ角を2°以上にすることにより切刃の逃げ面とワークとの干渉を回避しながら、20°以上のすくい角を確保することにより、溝加工に適した良好な切れ味を得ることができる。また、当該すくい角を70°以下とすることにより、刃先角もある程度の大きさを確保することができる。
【0013】
前記切刃がその頂部から延びる向きは適宜設定可能であるが、当該切刃は、この切刃の頂部から当該頂部を通るワーク外周面の法線よりもワーク回転方向上流側に傾斜する向きに延びていることが、より好ましい。このような構成によれば、前記ワーク外周面の方線に対して前記切刃が傾いている分だけ、ワークに対する切刃の接触長さすなわち刃渡りを大きくすることができる。
【0014】
前記保持部は、前記刃部を保持するものであればよいが、この保持部は、前記刃部とともに内側空間を囲む閉断面を形成するように当該刃部とつながっているものが、より好ましい。
【0015】
この構成によれば、中空状で薄肉の刃部であっても、この刃部を比較的高い剛性で支持することができる。
【0016】
より具体的には、前記刃部及び前記保持部が単一の工具素材により構成されたものであり、この工具素材に前記内側空間に相当する中空部が形成されているものが、好適である。この構成によれば、前記刃部と前記保持部とが一体化されているために、より高い強度で刃部を保持することが可能になる。
【0017】
また本発明は、前記溝切り工具を製造する方法であって、前記刃部の外形及び前記保持部の外形をもつ工具素材を成形する工程と、前記工具素材の一部を除去して前記内側空間に相当する中空部を形成することにより当該中空部の両外側に前記刃部を形成する工程と、前記刃部の先端を研磨して切刃を調整する工程とを含むものである。
【0018】
この方法によれば、単一の工具素材から前記刃部と前記保持部とを一体に有する溝切り工具を効率よく製造することができる。
【0019】
ここで、前記切刃を調整する工程は、前記刃部内側面のうち前記すくい面を形成する面以外の面と前記刃部の逃げ面とのなす角度よりも前記切刃の刃先角が大きくなるように当該切刃のすくい面を調整するものであることが、より好ましい。
【0020】
また本発明は、ワイヤソーに設けられ、外周面上にワイヤ案内溝を有するガイドローラを製造するための方法であって、少なくとも外周部が弾性材により構成されたローラ部材を製造する工程と、前記ローラ部材を回転させながらこのローラ部材の外周面上に前述の溝切り工具の切刃をすくい角が20°以上70°以下となる角度で押し当てて当該外周面上に前記ワイヤ案内溝を形成する工程とを含むものである。
【0021】
この方法によれば、外周部が弾性材により構成されるガイドローラであっても、その外周面に対して大きなすくい角で溝切り工具の切刃を押し当てることによって、良好な精度でワイヤ案内溝を加工することができる。
【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明によれば、溝切り工具の切刃の形状を溝の目標形状に対応する形状としながらも、当該切刃のすくい角を十分に確保することによって、ワークの外周面に高精度で溝加工をすることができる効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の好ましい実施の形態を図1〜図6に基づいて説明する。なお、この実施の形態は、図1に示すワイヤソーのガイドローラにV字状のワイヤ案内溝を形成するものであるが、本発明において対象となるワークの種類は問わず、また具体的な溝の目標形状も問わない。
【0024】
前記図1が示すワイヤソーは、一対のワイヤ繰出し・巻取り装置10A,10Bと、その間に配された4つのガイドローラ24A,24B,26A,26Bとを備えている。これらのガイドローラのうち、ガイドローラ24A,24Bは互いに同じ高さ位置に配され、ガイドローラ26A,26Bはそれぞれガイドローラ24A,24Bの下方の位置に配されている。
【0025】
前記ワイヤ繰出し・巻取り装置10Aとガイドローラ24A,24B,26A,26Bとの間には、ワイヤ繰出し装置10Aに近い側から順に、固定プーリ12A,14A,16A、繰出し側張力操作装置18A、及び固定プーリ22Aが設けられ、前記繰出し側張力操作装置18Aは繰出し側張力付与部材である可動プーリ20Aを含んでいる。同様に、前記ワイヤ繰出し・巻取り装置10Bとガイドローラ24A,24B,26A,26Bとの間には、ワイヤ巻取り装置10Bに近い側から順に、固定プーリ12B,14B,16B、巻取り側張力操作装置18B、及び固定プーリ22Bが設けられ、前記巻取り側張力操作装置18Bは巻取り側張力付与部材である可動プーリ20Bを含んでいる。
【0026】
各ワイヤ繰出し・巻取り装置10A,10Bは、切断用のワイヤWが巻かれるボビン9A,9Bと、これを回転駆動するボビン駆動モータ11A,11Bとを備えている。一方のワイヤ繰出し・巻取り装置10Aのボビン9Aから繰り出されたワイヤWは、固定プーリ12A,14A,16A、張力操作装置18Aの可動プーリ20A、及び固定プーリ22Aの順に掛けられ、さらにガイドローラ24A,24B,26B,26Aの外側に多数回巻回された後、固定プーリ22B、張力操作装置18Bの可動プーリ20B、固定プーリ16B,14B,12Bの順に掛けられ、他方のワイヤ繰出し・巻取り装置10Bのボビン9Bに巻き取られるとともに、両張力操作装置18A,18BによってワイヤWに適当な張力が与えられるようになっている。また、ガイドローラ24A,24B,26B,26Aのうちの特定のガイドローラ(図例ではガイドローラ26A)の回転軸に、この回転軸を回転駆動するためのローラ駆動モータ25が連結されている。
【0027】
ここで、前記各ガイドローラ24A,24B,26A,26Bは、その外周面上に前記ワイヤWが嵌め込まれるワイヤ案内溝を有するものであって、後述のように本発明の加工対象となり得るものである。
【0028】
このワイヤソーでは、各ボビン駆動モータ11A,11Bによるボビン9A,9Bの回転駆動方向及びローラ駆動モータ25によるガイドローラ26Aの回転駆動方向が正逆に切換えられることにより、ワイヤWがボビン9Aから繰り出されてボビン9Bに巻き取られる状態と、ワイヤWがボビン9Bから繰り出されてボビン9Aに巻き取られる状態とに切換えられる。すなわち、この実施の形態に係るワイヤソーでは、前記4つのガイドローラのうちのガイドローラ24A,24Bの間にワイヤWが多数本並んだ状態で張られ、かつ、その長手方向(軸方向)に往復駆動される。
【0029】
前記ガイドローラ24A,24B間に張られたワイヤWの上方には、円柱状のワーク(例えば半導体インゴット)28を移動させるワーク送り装置30が設けられている。このワーク送り装置30は、ワーク保持部32と、ワーク送りモータ34とを備えている。ワーク保持部32は、前記ワーク28をその結晶軸に基づいて目的の結晶方位が得られる向きに保持するものであり、ワーク送りモータ34は、図略のボールネジとの組み合わせにより、前記ワーク保持部32とワーク28とを一体に昇降させる(すなわち切断送りする)ものである。この実施の形態では、ワーク送りモータ34はサーボモータで構成され、ワーク28の切断送り位置を検出する送り位置検出手段を兼ねている。
【0030】
前記ガイドローラ24A,24B間に張られたワイヤWの上方において、ワーク28の左右両側の位置には、スラリー供給装置36A,36Bが設けられている。これらのスラリー供給装置36A,36Bは、高速駆動される各ワイヤWに対し、砥粒が混合された加工液(スラリー)を同時供給し、これをワイヤW表面に付着させるものである。
【0031】
従って、このワイヤソーでは、ガイドローラ24A,24B間に張られた多数本のワイヤWがその長手方向に同時高速駆動され、かつこれらのワイヤWにスラリー供給装置36A,36Bから加工液が供給されながら、これらのワイヤWに対してワーク28が下方に切断送りされることにより、このワーク28から一度に多数枚のウェハが同時に切り出される。
【0032】
次に、本発明に係る溝切り工具を用いて前記ガイドローラ24A,24B,26A,26Bを製造する方法を説明する。ここでは、例としてガイドローラ24Aを製造する方法を順を追って説明する。
【0033】
まず、図2(a)に示すようなローラ部材40を製造する。このローラ部材40は、鉄鋼材料等からなる円筒状のローラ本体42の外周面上に弾性材からなる外周層44が貼られたものである。この外周層44の具体的な材質としては、例えばウレタンゴムが好適である。
【0034】
次に、前記ローラ部材40をその中心軸回りに回転させながら、前記外周層44の表面すなわちローラ外周面に図3及び図4に示すような溝切り工具50を押し当てることにより、当該ローラ外周面上に前記ローラ部材40の回転方向と同方向に延びるワイヤ案内溝46を形成する。この実施の形態において、前記ワイヤ案内溝46の目標形状は、図2(b)に示すような開き角度θをもつ正面視V字状に設定されている。
【0035】
前記溝切り工具50は、特定方向(図示の加工姿勢では水平方向)に延びる単一の工具素材により構成されていて、刃部52と、この刃部52から後方に延びる保持部54とを一体に有している。前記工具素材の材質は、通常の工具材料に適したものでよく、例えば高速度工具鋼や超硬合金、その他の工具鋼などの使用が可能である。
【0036】
前記刃部52は、前記ワイヤ案内溝46の目標形状(図例ではV字状)に対応する平面形状を有し、その両側面が逃げ面56を構成している。そして、この刃部52の上側縁が切刃58を構成している。この切刃58は、その幅方向中央に前記ワイヤ案内溝46の底部に対応する頂部58aを有し、かつ、この頂部58aから左右後ろ向きに延びる平面視V字状をなしている。また、当該頂部58aを通る稜線(すなわち刃部52の前端の稜線)59は、下方に向かうに従って後退する向きに傾斜しており、その傾斜角度が後述の逃げ角γに相当している。
【0037】
この溝切り工具50の特徴として、前記工具素材には上下方向の貫通孔60が形成されている。この貫通孔60は、前記刃部52の平面形状(図例ではV字状)に沿う二等辺三角形の平面形状を有し、かつ、前記工具素材を上下方向に貫通し、かつ下方に向かうに従って後退する向きに傾斜している。この傾きの角度は前記稜線59の傾斜角よりも大きくなっている。
【0038】
この溝切り工具50では、前記二等辺三角形状の貫通孔60を左右から囲む部分が前記刃部52を構成し、前記貫通孔60を後方から囲む部分が保持部54を構成している。すなわち、前記刃部52の左右両後端が前記保持部54の前端と一体につながっている。換言すれば、前記刃部52とその後方の保持部54は、協働して前記貫通孔60を囲む閉断面を構成している。
【0039】
この刃部52のうち、前記貫通孔60を左右から囲む面すなわち刃部内側面62は、前記逃げ面56よりも大きな傾き角を有している。そして、これら刃部内側面62の上端に、前記切刃58のすくい面64が形成されている。この切刃58のすくい角αは、前記図4(a)(b)に示すように前記切刃58の頂部58aを通るワーク法線66に対する前記すくい面64の傾斜角となる。
【0040】
このすくい面64は、図4(a)に示すように、このすくい面64を除く刃部内側面62と面一のもの、すなわち、前記すくい角αが当該刃部内側面62の傾斜角度と同一のものであってもよいが、同図(b)に示すように前記すくい角αを所定の補正角度φだけ減じるように当該すくい面64の角度が調整されたものであれば、その補正角度φの分だけ前記切刃58の刃先角βが大きくなる(すなわち前記すくい面64以外の刃部内側面62と前記逃げ面56とのなす角度よりも大きくなる)ため、切刃強度も担保されることになる。
【0041】
ここで、前記図7(a)(b)に示すような中実の刃部をもつ工具92では、切刃93が溝91の目標形状に対応する形状(例えばV字状)をなすものであるため、その刃先角βを小さくするのには著しい限界があり、よってすくい角αを大きく設定することが困難であったが、図3(a)(b)(c)に示されるような内側空間である貫通孔60を囲む中空の刃部52であれば、その切刃58が溝46の目標形状に対応する形状であっても前記すくい角αを十分に大きく設定することが可能である。
【0042】
このすくい角α、刃先角β、及び逃げ角γの具体的な数値は適宜設定可能であるが、本発明によれば、ワーク(ローラ部材40)との干渉回避のために前記逃げ角γが2°以上に確保された上で前記すくい角αが20°以上70°以下となる条件下で加工可能となるように、前記切刃58の形状を調整することが可能である。このような形状であれば、切刃58に20°以上のすくい角αが与えられることにより、当該切刃58の切れ味が格段に向上するとともに、当該すくい角αが70°以下に抑えられることにより、ある程度の刃先角βも確保されることになる。
【0043】
また、本発明では、前記切刃58がその頂部58aから左右に延びる方向の傾きも適宜設定可能である。例えば前記図3(b)(c)に示す例では、前記切刃58がその頂部58aから当該頂部58aを通るワーク外周面の法線66(図4(a)(b))と平行に延びているが、図5(b)(c)に示されるように、前記切刃58がその頂部58aから前記法線よりもワーク回転方向上流側(図では上側)に傾き角ρで傾斜する向きに延びていれば、その傾き角ρ分だけ切刃58のワークに対する接触長さすなわち刃渡りが増え、その分切刃寿命が延びることになる。
【0044】
なお、前記傾き角ρは例えば45°以下の範囲で適宜設定すればよい。
【0045】
また、前記図5に示される溝切り工具50においても、前記図3に示される溝切り工具50と同様、図6に示されるように、そのすくい角αを所定の補正角度φだけ減じるように当該すくい面64の角度を調整することが可能である。この場合も、前記補正角度φの分だけ前記切刃58の刃先角βが大きくなる(すなわち前記すくい面64以外の刃部内側面62と前記逃げ面56とのなす角度よりも大きくなる)ため、切刃強度が担保されることになる。
【0046】
さらに、前記図3〜図5に示される溝切り工具50は、例えば次のような方法によって効率よく製造することが可能である。
【0047】
1)前記刃部52の外形及び前記保持部54の外形をもつブロック状の工具素材を成形する。
【0048】
2)前記工具素材に貫通孔60を開ける。この工程は、例えば放電加工やワイヤカットによって前記工具素材の一部を切除することにより行うことが可能である。
【0049】
3)研削加工または研磨加工により左右の逃げ面56を仕上げる。この工程は前記2)の工程と前後してもよい。
【0050】
4)すくい面64の角度を調整する。この調整は、例えばダイヤモンド砥粒が付着した研磨工具を用いて手作業で行うことが可能である。
【0051】
なお、本発明は以上説明した実施の形態に限られず、例えば次のような実施の形態も含む。
【0052】
・本発明において、溝の目標形状は前記V字状に限られない。例えばU字状溝のように曲面をもつ溝や、断面台形状溝等の角溝の加工にも本発明を適用することが可能である。
【0053】
・工具素材に形成される中空部は前記貫通孔60に限られず、例えば有底の凹部でもよい。ただし、前記貫通孔60の方が切屑の排出性に優れる。
【0054】
・前記刃部と前記保持部との接合態様も前記のものに限られず、例えば、図示の刃部52に対してその下端に保持部がつながる構造でもよい。ただし、図示のように前記刃部52の左右両後端に前記保持部54がつながってこれら刃部52及び保持部54が中空部(貫通孔60)を囲む閉断面を構成する構造であれば、前記刃部52の支持剛性をより高めることが可能になる。
【実施例1】
【0055】
前記図4(a)(b)に示す溝切り工具50において、逃げ角γを2°、ワーク法線66に対する貫通孔60の傾斜角を73°とし、さらにすくい角αが45°で刃先角βが43°となるようにすくい面64を角度φ=28°だけ調整したものを用い、前記図2に示したローラ部材40の外周層44にワイヤ案内溝46を加工する。切削速度が120m/minとなるようにローラ部材40の回転速度を設定し、1回転あたり0.10mmの切込み送り速度で前記溝切り工具50を切込み送りして溝加工を行う。これにより、前記外周層44がウレタンゴムにより構成されていても当該外周層44に所定形状のワイヤ案内溝46を正確に加工することができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の加工対象例であるガイドローラを含むワイヤソーを示す全体斜視図である。
【図2】(a)は前記ガイドローラの断面正面図、(b)はそのワイヤ案内溝を示す拡大断面図である。
【図3】(a)は本発明の実施の形態に係る溝切り工具の要部を示す平面図、(b)はその正面図、(c)はその断面側面図である。
【図4】(a)(b)は図3に示される溝切り工具の切刃の形状の例を示す断面図である。
【図5】(a)は本発明の別の実施の形態に係る溝切り工具の要部を示す平面図、(b)はその正面図、(c)はその断面側面図である。
【図6】図5に示される溝切り工具の切刃の形状の例を示す断面図である。
【図7】(a)は従来の溝切り工具の形状例を示す平面図、(b)はその断面側面図である。
【符号の説明】
【0057】
W ワイヤ
α すくい角
β 刃先角
γ 逃げ角
φ 補正角度
24A,24B,26A,26B ガイドローラ
40 ローラ部材
44 外周層
46 ワイヤ案内溝
50 溝切り工具
52 刃部
54 保持部
56 逃げ面
58 切刃
58a 切刃の頂部
60 貫通孔(中空部)
62 刃部内側面
64 すくい面
66 ワーク法線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転するワークの外周面に押し当てられることにより当該外周面に前記ワークの回転方向の溝を形成する溝切り工具であって、
前記溝の目標形状に対応する形状の切刃をもつ刃部と、この刃部を保持する保持部とを有し、
前記刃部は、その内側に空間を囲む中空状をなし、この空間を囲む刃部内側面の先端側に前記切刃のすくい面が形成されていることを特徴とする溝切り工具。
【請求項2】
請求項1記載の溝切り工具において、
前記刃部内側面のうち前記すくい面を形成する面以外の面と前記刃部の逃げ面とのなす角度よりも前記切刃の刃先角が大きくなるように当該切刃のすくい面の角度が調整されていることを特徴とする溝切り工具。
【請求項3】
請求項1または2記載の溝切り工具において、
前記切刃は、逃げ角が2°以上でかつすくい角が20°以上70°以下である加工条件を満たすことが可能な刃先角を有することを特徴とする溝切り工具。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の溝切り工具において、
前記切刃はこの切刃の頂部から当該頂部を通るワーク外周面の法線よりもワーク回転方向上流側に傾斜する向きに延びていることを特徴とする溝切り工具。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の溝切り工具において、
前記保持部は、前記刃部とともに内側空間を囲む閉断面を形成するように当該刃部とつながっていることを特徴とする溝切り工具。
【請求項6】
請求項5記載の溝切り工具において、
前記刃部及び前記保持部は単一の工具素材により構成されたものであり、
この工具素材に前記内側空間に相当する中空部が形成されていることを特徴とする溝切り工具。
【請求項7】
請求項5記載の溝切り工具を製造する方法であって、
前記刃部の外形及び前記保持部の外形をもつ工具素材を成形する工程と、
前記工具素材の一部を除去して前記内側空間に相当する中空部を形成することにより当該中空部の両外側に前記刃部を形成する工程と、
前記刃部の先端を研磨して切刃の形状を調整する工程とを含むことを特徴とする溝切り工具の製造方法。
【請求項8】
請求項7記載の溝切り工具の製造方法において、
前記切刃を調整する工程は、前記刃部内側面のうち前記すくい面を形成する面以外の面と前記刃部の逃げ面とのなす角度よりも前記切刃の刃先角が大きくなるように当該切刃のすくい面の角度を調整するものであることを特徴とする溝切り工具の製造方法。
【請求項9】
ワイヤソーに設けられ、外周面上にワイヤ案内溝を有するガイドローラを製造するための方法であって、
少なくとも外周部が弾性材により構成されたローラ部材を製造する工程と、
前記ローラ部材を回転させながらこのローラ部材の外周面上に請求項1〜6のいずれかに記載の溝切り工具の切刃を逃げ角が2°以上でかつすくい角が20°以上70°以下となる角度で押し当てて当該外周面上に前記ワイヤ案内溝を形成する工程とを含むことを特徴とするワイヤソーのガイドローラの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−276020(P2007−276020A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−103304(P2006−103304)
【出願日】平成18年4月4日(2006.4.4)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【Fターム(参考)】