説明

溶液中のイムノグロブリン量の測定方法

【課題】抗体の簡便で定量性の高い抗体測定法の提供。
【解決手段】抗体結合性タンパク質を固定化したモノリスシリカを担体として有するカラムに、抗体サンプル溶液を通液し、次いでカラムを洗浄及び再生処理した後、再生処理により流出液中に回収されたタンパク質の量を測定することを特徴とする、溶液中のイムノグロブリン量の測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中のイムノグロブリン量の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
混合溶液中の特定タンパク質の存在量を簡便に測定することは、該溶液の特性を推定する上で重要である。特に、血液などの体液中の特定物質の存在量や廃水中の汚染物質などの測定、食物中の栄養物質や有害物質の測定など、その測定技術の利用分野は幅広いものがある。
【0003】
混合溶液中に存在する特定物質の量を測定する場合、(1)対象となる物質を他の混合物と完全に分離精製し、精製品としての対象物質の量を測定する方法(分離測定)の他に、(2)混合溶液中の対象物質だけを標識し、標識シグナルから対象物質の量を推定する方法や、その物質の機能(例えば酵素タンパク質ならば、触媒機能)を測定し、その機能の強さから対象物質の量を推定する方法などの非分離測定がある。前者においては、対象物質の分離精製の操作が必要であり、そのためには通常、大がかりな精製装置が必要となる。さらに分離測定では、分離精製の操作に時間がかかるなどの難点があるだけでなく、分離精製の際の回収率の低下なども問題となる。一方、後者においては、対象物質だけを標識することの技術的困難性があり、また機能測定を行う場合には夾雑物による定量測定妨害などの問題がある。この他、混合溶液中における特定タンパク質の定量には、対象物質と特異的に結合する抗体を利用した免疫測定法が用いられることも多い。抗体を利用した免疫測定法においては、混合溶液中の対象物質と結合した抗体又は結合していない抗体の量の測定が行われる。その際、一般的には、混合溶液中のその抗体の量を測定することが必要となるが、タンパク質である抗体(イムノグロブリン)量を特異的に簡便かつ高精度に測定する方法が十分に確立されていないため、結局のところ免疫測定法を用いる混合溶液中の対象物質の定量測定法でも改良点はまだ多い。
【0004】
このように、混合溶液中の対象物質を測定するための上記いずれの方法においても、煩雑で測定に時間を要するか、あるいは簡便な測定法の場合は得られた値の信頼性が低いなど、種々の問題が存在するため、簡便で信頼性の高い測定法の開発が望まれている。
【0005】
免疫測定法に通常用いられる抗体分子であるイムノグロブリンIgGは、その優れた物質認識機構及び生体内におけるエフェクター活性などに基づき、治療用抗体や検査用抗体としても幅広く利用されている。治療用抗体や検査用抗体については、ハイブリドーマの細胞培養により製造する方法が主流である。
【0006】
本発明者らは抗体精製用のモノリススピンカラムを開発し(特許文献1)、このモノリススピンカラムのモノリス担体に対し配向を制御して固定化するのに適した抗体結合性タンパク質も開発している(特許文献2、3)。このモノリススピンカラムを用いた抗体精製では、当該カラムに初期化溶液をアプライして遠心により通液することにより、初期条件を一定にした(初期化工程)後、抗体を含む溶液をアプライし遠心により通液することにより、抗体分子だけを担体に特異的に吸着結合させ(吸着工程)、続いて洗浄溶液をアプライし遠心により通液することで非特異的に結合した分子を担体から洗い出し(洗浄工程)、その後、抗体分子の機能に影響を及ぼさないように温和な条件の溶出液をアプライし遠心により通液して抗体を溶出し、抗体分子を回収する(溶出工程)。その後、カラムに再生溶液をアプライし遠心により通液することにより、溶出しきれなかった抗体分子などを溶出することによりカラムの再生が行われる(再生処理工程)。しかしこの抗体精製法でも、溶出工程での抗体の回収率低下は避けられない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】登録実用新案第3149787号公報
【特許文献2】特開2008−115151号公報
【特許文献3】特開2008−115152号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、簡便で定量性の高い抗体測定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、抗体結合性タンパク質を固定化したモノリスシリカカラムを始めとする無機系多孔質担体カラムを用いて適切な条件下で溶液中の抗体を吸着分離し、洗浄し、溶出工程を経ずにカラム再生処理を行うことにより、カラムから流出した再生溶液(再生流出液)において非常に高い抗体回収率を得られること、従ってその再生流出液中のタンパク質量の測定によりカラムにアプライした溶液中の目的の抗体を定量的に測定できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] 抗体結合性タンパク質を固定化したモノリスシリカ担体を有するカラムに、抗体サンプル溶液を通液し、次いでカラムを洗浄及び再生処理した後、再生処理により流出液中に回収されたタンパク質の量を測定することを特徴とする、溶液中のイムノグロブリン量の測定方法。
[2] 前記カラムが、スピンカラムである、上記[1]の方法。
[3] 前記抗体結合性タンパク質がIgG結合性タンパク質であり、前記イムノグロブリンがIgGである、上記[1]又は[2]の方法。
[4] 前記抗体結合性タンパク質がプロテインA若しくはプロテインG又はそれらの変異体である、上記[1]〜[3]の方法。
[5] 前記抗体結合性タンパク質が配列番号1又は2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である、上記[1]〜[4]の方法。
[6] 抗体サンプル溶液が、2種以上のタンパク質を含有する混合溶液である、上記[1]〜[5]の方法。
[7] 抗体サンプル溶液が、1mg/mL以下の総タンパク質濃度を有する、上記[1]〜[6]の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法を用いれば、溶液中のIgGを始めとする抗体を簡便かつ高い定量性をもって測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、本発明に使用されるモノリススピンカラムの構成の概要を示す図である。
【図2】図2は、スピンカラムを用いた溶液中の抗体の定量手順を例示する図である。
【図3】図3は、プロテインA変異体を担体に固定化したモノリススピンカラムに様々なタンパク質濃度のリツキサン溶液をアプライして測定された、カラムへの添加(アプライ)時のタンパク質濃度と再生処理によりカラムから回収された溶液(再生流出液)中のタンパク質の濃度との関係を示した図である。図中、横軸は添加したリツキサンのタンパク質濃度を、縦軸は回収された再生流出液中のタンパク質濃度を示している。図中、直線は、傾き1の直線を示している。
【図4】図4は、プロテインA変異体を担体に固定化したモノリススピンカラムに様々なタンパク質濃度のアバスチン溶液をアプライして測定された、カラムへの添加時のタンパク質濃度と再生処理によりカラムから回収された溶液(再生流出液)中のタンパク質の濃度との関係を示した図である。図中、横軸は添加したアバスチンのタンパク質濃度を、縦軸は回収された再生流出液中のタンパク質濃度を示している。図中、直線は、傾き1の直線を示している。
【図5】図5は、プロテインA変異体を担体に固定化したモノリススピンカラムに様々なタンパク質濃度のハーセプチン溶液をアプライして測定された、カラムへの添加時のタンパク質濃度と再生処理によりカラムから回収された溶液(再生流出液)中のタンパク質の濃度との関係を示した図である。図中、横軸は添加したハーセプチンのタンパク質濃度を、縦軸は回収された再生流出液中のタンパク質濃度を示している。図中、直線は、傾き1の直線を示している。
【図6】図6は、プロテインA変異体を担体に固定化したモノリススピンカラム又はプロテインG変異体を担体に固定化したモノリススピンカラムに様々なタンパク質濃度に調製したIgG1ヒトモノクローナル抗体製品をアプライして測定された、カラムへの添加時のタンパク質濃度と再生処理によりカラムから回収された溶液(再生流出液)中のタンパク質の濃度との関係を示した図である。図中、横軸は添加した混合溶液サンプルのタンパク質濃度を、縦軸は回収された再生流出液中のタンパク質濃度を示している。図中、白丸はプロテインA変異体を固定化したスピンカラムを用いた場合の、また、黒丸はプロテインG変異体を固定化したスピンカラムを用いた場合の結果を示している。実線(プロテインG変異体)は傾き1の直線を、また点線(プロテインA変異体)は傾き0.9の直線を示している。なお、再生液は、酸性度が強いため、蛋白質定量に影響を与える可能性があり、このことを避けるため、40μlの 1M Trisを加え、中和を行っている。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
1.序論
近年、抗体タンパク質には医薬品として大きな期待がもたれている。医薬品として抗体タンパク質を製造する場合、CHO細胞を用いて分泌発現させるプロセスが主に用いられるが、その培養管理において、分泌生産される抗体量を迅速にかつ簡便に測定する方法の開発が求められており、混合溶液中の抗体タンパク質量の測定技術の開発はプロセス管理において非常に有益である。本発明者らは、抗体タンパク質を測定対象物質とする場合、本発明者らが開発した、抗体結合性タンパク質を配向制御して固定化したモノリススピンカラムを利用することにより、混合溶液中における抗体タンパク質量の測定を非常に簡便化できるとの着想を得て、この測定法の開発に取り組んだ。
【0014】
2種以上のタンパク質を含有する混合溶液中における抗体量を測定する際に最適と考えられる方法としては、1.目的の抗体分子だけを、定量的に分離回収できる方法であること、2.分離回収した抗体のタンパク質量を簡便に且つ正確に測定できること、3.測定に要する時間が短いこと、4.測定に要する装置が簡便かつ正確であること、5.特定の抗体ではなく幅広く抗体の定量分析に用いることができること、の5つを満たすことが必要と考えられた。しかしながら、この条件を全て満たす方法はこれまで開発されていなかった。
【0015】
一方、本発明者らは、改変を加えた抗体結合性タンパク質を、モノリスシリカを始めとするモノリス担体に配向を制御して固定化したスピンカラムを開発している(登録実用新案第3149787号公報(平成20年11月21日出願の実願2008−008179号)、特開2008−115151号公報、特開2008−115152号公報)。このモノリススピンカラムを用いることで、それまでに、10分以上かかっていた抗体の分離回収を2分以内に短縮できるようなっている。そこで、この迅速分離精製に優れたスピンカラムを利用して、混合溶液中の抗体タンパク質量を定量的に測定する方法を構築すべく検討を行った。その結果、抗体結合性タンパク質を配向を制御して固定化したモノリスシリカ等のモノリス担体を備えたスピンカラムを用いることにより、様々な抗体に適用でき、再現性が良く、定量性が高い簡便な測定方法を構築することに成功した。
【0016】
本発明はこのような知見に基づくものであり、抗体結合性タンパク質を固定化したモノリスシリカ等の無機系多孔質担体を有するカラムに、抗体サンプル溶液をアプライし、カラムを通過(通液)させ、そのカラムを洗浄及び再生処理した後、再生処理で得られるカラムからの流出液中に回収されたタンパク質の量を測定することにより、当該抗体サンプル溶液中のイムノグロブリン(抗体)を定量的に測定する方法に関する。
【0017】
2.抗体吸着分離用カラム
本発明に係る抗体測定方法には、抗体結合性タンパク質を固定化した無機系多孔質担体を有するカラムを用いる。無機系多孔質担体としては、シリカ(SiO)を主成分とする多孔質体、例えばモノリスシリカを用いることが好ましい。カラムは、カラムクロマトグラフィーに使用できる任意のカラムであってよいが、スピンカラムであることがより好ましい。スピンカラムは、当該カラムを遠心する(すなわち、遠心力をかける)ことにより、カラムにアプライした溶液について担体を通過させて、その際に目的の物質を担体に吸着させるカラムである。このようなカラムとして、登録実用新案第3149787号公報(平成20年11月21日出願の実願2008−008179号)に抗体精製用チップとして記載されたモノリススピンカラム、特にモノリスシリカスピンカラムはとりわけ好適である。
【0018】
このモノリススピンカラムに装着する無機系多孔質担体は、直径100nm〜10000nmのマクロ孔と三次元ネットワーク状骨格の共連続構造を有するものであり、その骨格には直径2nm〜200nmのメソ孔が存在する。この無機系多孔質担体は、反応溶液について相分離を伴うゾル−ゲル転移を起こさせることにより製造することができる。水ガラスやケイ酸塩水溶液のpHを変化させることによるゾル−ゲル転移を利用して無機系多孔質担体を製造することもできる。
【0019】
より具体的には、無機系多孔質担体は、水溶性有機高分子、及び熱分解性低分子化合物を酸性水溶液に溶かし、それに加水分解性の官能基を有する金属化合物を加えて加水分解反応を起こさせ、続いて生成物が固化した後に湿潤状態のゲルを加熱して熱分解性低分子化合物を熱分解させ、それを乾燥し加熱して製造することができる。
【0020】
ここで用いる水溶性有機高分子としては、適当な濃度の水溶液を構成できる水溶性有機高分子であって、加水分解性の官能基を有する金属化合物によって生成するアルコールを含む反応系中に均一に溶解し得るものであればよい。好ましい水溶性有機高分子の例としては、高分子金属塩であるポリスチレンスルホン酸のナトリウム塩又はカリウム塩、高分子酸であって解離してポリアニオンとなるポリアクリル酸、高分子塩基であって水溶液中でポリカチオンを生ずるポリアリルアミン及びポリエチレンイミン、並びに中性高分子であって主鎖にエーテル結合を有するポリエチレンオキシド、側鎖にカルボニル基を有するポリビニルピロリドン等が挙げられる。水溶性有機高分子の添加量は、限定するものではないが、反応溶液10g当たり0.2〜1.4gが好ましい。
【0021】
水溶性有機高分子に代えてホルムアミド、多価アルコール、及び/又は界面活性剤を用いてもよい。その場合多価アルコールとしてはグリセリンが、界面活性剤としてはポリオキシエチレンアルキルエーテル類がより好ましい。
【0022】
熱分解性低分子化合物は、熱分解後に溶媒を塩基性にする化合物であればよい。熱分解性低分子化合物の具体例としては、尿素、ヘキサメチレンテトラミン、ホルムアミド、N−メチルホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、アセトアミド、N−メチルアセトアミド、及びN,N−ジメチルアセトアミド等の有機アミド類(アミド系化合物)等が挙げられる。無機系多孔質担体の製造においては加熱後の溶媒のpH値が重要であり、この熱分解により反応溶液が塩基性になることが必要である。反応溶液中に共存させるこのような熱分解性低分子化合物の量は、化合物の種類にもよるが、例えば尿素の場合には、反応溶液10gに対し、0.05〜0.8g、好ましくは0.1〜0.7gが好ましい。
【0023】
また、熱分解によって、フッ化水素酸のようにシリカを溶解する性質のある化合物を生じる化合物も、同様に利用できる。
【0024】
加水分解性の官能基を有する金属化合物としては、金属アルコキシド、錯体、金属塩、有機修飾金属アルコキシド、有機架橋金属アルコキシド、及びこれらの部分加水分解生成物、並びにそれらのオリゴマーを用いることができる。加水分解性の官能基は例えば、メトキシ基、エトキシ基、又はプロポキシ基等の炭素数の少ないものが好ましい。その金属としては、例えばSi、Ti、Zr、Al等を使用できる。オリゴマーについてはアルコールに均一に溶解分散できるものであればよく、具体的には例えば10量体程度まで使用できる。加水分解性の官能基を有する金属化合物の具体例としては、限定するものではないが、例えばテトラメトキシシラン等のアルコキシシラン化合物が挙げられる。シリカを主成分とした無機系多孔質担体を製造するためには、加水分解性の官能基を有する金属化合物として、Si(ケイ素)を含む化合物を使用することが好ましい。そのようなSi(ケイ素)を含む化合物としては、ゾル−ゲル反応においてゲル形成を起こす、シリカの前駆体化合物が好ましい。
【0025】
酸性水溶液としては、任意の酸希釈水溶液、例えば塩酸、硝酸等の鉱酸(好ましくは0.001モル濃度以上の水溶液)や、酢酸、ギ酸等の有機酸(好ましくは0.01モル濃度以上の水溶液)を好適に使用することができる。
【0026】
本発明で用いる無機系多孔質担体の製造においては、例えば、水溶性有機高分子及び熱分解性低分子化合物を酸性水溶液に溶かし、さらに加水分解性の官能基を有する金属化合物を添加して加水分解反応を行うことにより、溶媒リッチ相と骨格相とに分離したゲルを生成させることができる。相分離及びゲル化は、通常は、溶液を室温40〜80℃で0.5〜5時間保存することにより生じさせることができる。相分離及びゲル化工程においては、当初透明な溶液が白濁してシリカ相等の無機相と水相との相分離を生じついにゲル化する過程を経る。この相分離及びゲル化工程では水溶性有機高分子は分散状態にありその沈殿は実質的に生じない。このようにして生成したゲルが固化したら、適当な熟成時間を経た後、湿潤状態のゲルを加熱する。ゲルの加熱により、反応溶液に予め溶解させておいたアミド系化合物等の熱分解性低分子化合物が熱分解し、骨格相の内壁面に接触している溶媒のpHが上昇する。加熱温度は、例えば尿素の場合には40〜200℃であってよく、その結果、加熱後の反応溶液のpH値が6.0〜12.0となることが好ましい。pH値が上昇した結果、反応溶液がその内壁面を浸食し、内壁面の凹凸状態を変化させることによって細孔径が徐々に拡大することになる。
【0027】
シリカを主成分とするゲルの場合には、酸性又は中性領域においては変化の度合は非常に小さいが、熱分解が盛んになり水溶液の塩基性が増すにつれて、細孔を構成する部分が溶解し、より平坦な部分に再析出することによって、平均細孔径を拡張する反応が顕著に起こるようになる。
【0028】
巨大空孔を持たず3次元的に束縛された細孔のみを持つゲルでは、平衡条件としては溶解し得る部分でも、溶出物質が外部の溶液にまで拡散できないために、元の細孔構造が相当な割合で残る。これに対して巨大空孔となる溶媒リッチ相を持つゲルにおいては、2次元的にしか束縛されていない細孔が多く、外部の水溶液との物質のやり取りが十分頻繁に起こるため、大きい細孔の発達に並行して小さい細孔は消滅し、全体の細孔径分布は顕著に広がることがない。
【0029】
なお、加熱過程においては、ゲルを密閉条件下に置き、熱分解生成物の蒸気圧が飽和し
て溶媒のpHが速やかに定常値をとるようにすることが好ましい。
【0030】
溶解・再析出反応が定常状態に達し、これに対応した細孔構造を生成させるために要する上記の加熱処理時間は、巨大空孔の大きさや試料の体積によって変化する。従って、それぞれの処理条件において実質的に細孔構造が変化しなくなる最短処理時間を決定して用いることが好ましい。
【0031】
加熱処理後のゲルは、反応溶液である溶媒を乾燥処理により気化(揮発)させることによって乾燥ゲルとなる。この乾燥ゲル中には、出発溶液中の共存物質(水溶性有機高分子及び熱分解性低分子化合物等)が残存する可能性がある。そこで、適当な温度でさらに熱処理を行い、有機物等を熱分解することによって目的の無機系多孔質担体をより高純度で得ることができる。なお、乾燥処理は、30〜80℃で数時間〜数十時間放置することにより行えばよい。また熱処理は、200〜800℃程度でゲルを加熱することによって行うことができる。
【0032】
以上のようにして、マイクロメーターサイズの連続細孔とナノメーターサイズのメゾ孔を有する棒状の無機系多孔質担体を製造することができる。主成分がシリカの場合、このようにして得られる無機系多孔質担体はモノリス型シリカ(モノリスシリカ)である。
【0033】
さらに、この無機系多孔質担体を用いて、粒子充填カラムよりも小さな負荷圧で高分離能を有するカラムを作製することができる。例えば、このような無機系多孔質担体又はその表面を修飾したものを遠心チップ(遠心チューブ)等のカラム容器の内部に装着することにより、好ましくは遠心により、アプライした溶液について担体を通液させることができるスピンカラムを製造することができる。
【0034】
無機系多孔質担体は、通常、カラム容器の内部に装着するのに適したサイズ及び形状に加工される。1つの好ましい実施形態では、カラム容器が円柱状の場合、無機系多孔質担体を円盤状に加工することができる。無機系多孔質担体を円盤状に加工するには、切削加工、打ち抜き等の公知の方法を用いればよい。
【0035】
本発明では、溶液中の抗体を担体に吸着させるため、無機系多孔質担体、好ましくは円盤状等に加工した無機系多孔質担体の表面に抗体結合性タンパク質又は抗体結合性ペプチドを固定化する。この固定化のためには、無機系多孔質担体の表面にまずアミノ基を導入する修飾を施し、次いでこのアミノ基に抗体結合性タンパク質をアミド結合により結合することが好ましい。なお本発明においては2〜10個のアミノ酸がペプチド結合したものを「ペプチド」と呼び、11個以上のアミノ酸がペプチド結合したものを「タンパク質」と呼ぶ。
【0036】
抗体結合性ペプチド又はタンパク質は、各種イムノグロブリンのいずれかに対する結合能を有するものである。抗体結合性ペプチド又はタンパク質は、例えばIgG、IgE、IgA、IgM、及びIgDの1種以上に結合するものであってよいが、IgG結合性タンパク質がより好ましい。抗体結合性ペプチド又はタンパク質の例としては、限定するものではないが、Staphylococcus aureus由来のプロテインA(A. Forsgren and J. Sjoquist, J. Immunol. (1966) 97, 822-827.に記載)、Streptococus sp. Group C/G由来のプロテインG(欧州特許出願公開第0131142A2号明細書(1983)に記載)、Peptostreptococcus magnus由来のプロテインL(米国特許第5965390号明細書(1992)に記載)、group A Streptococcus由来のプロテインH(米国特許第5180810号明細書(1993)に記載)、Haemophilus influenzae由来のプロテインD(米国特許第6025484号明細書(1990)に記載)、Streptococcus AP4由来のプロテインArp(プロテインArp4)(米国特許第5210183号明細書(1987)に記載)、group C Streptococcus由来のStreptococcal FcRc(米国特許第4900660号明細書(1985)に記載)、group A streptococcus Type II株由来のタンパク質(米国特許第5556944号明細書(1991)に記載)、ヒト結腸粘膜上皮細胞由来のタンパク質(米国特許第6271362号明細書(1994)に記載)、Staphylococcus aureu, 8325-4株由来のタンパク質(米国特許第6548639号明細書(1997)に記載)、Pseudomonas maltophilia由来のタンパク質(米国特許第5245016号明細書(1991)に記載)等又はそれらの変異体を使用できる。例えば、プロテインA、プロテインG、又はプロテインL等を本発明者らの配向制御固定化技術が適用できるように適宜配列を変更した各種変異体タンパク質(特開2008−115151、特開2008−115152)を好適に使用することができる。これらの配向制御されて担体に固定化される変異体タンパク質は、一般式P−Q−R2で表されるアミノ酸配列[この式において、本配列はアミノ末端側からカルボキシ末端側に向かう配列を示し;P−Q部分の配列は、リジン残基及びシステイン残基を含まないことを特徴とする配列であり;R2部分の配列は存在しなくてもよく、存在する場合はリジン及びシステイン残基以外のアミノ酸残基により構成されるスペーサー配列であり、P部分の配列は、存在しても存在しなくてもよいが存在する場合は(Ser又はAla)−(Gly)nよりなる配列(nは1から10までの任意の整数)であり、Q部分の配列は、リジン残基及びシステイン残基を含まない繰り返し単位を2個以上(例えば、2〜10個、より好ましくは2〜5個)繰り返す配列である]で表される。一般式P−Q−R2で表されるアミノ酸配列からなるこの変異体タンパク質において、P−Q部分は、抗体結合性タンパク質由来であり、Q部分は抗体分子と特異的に相互作用(結合)する機能を有する配列部分である。またR2部分の配列は1〜10個のGly(グリシン)からなる配列であってよい。一実施形態では、とりわけ好適なプロテインA変異体として、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。またとりわけ好適なプロテインG変異体としては、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。
【0037】
無機系多孔質担体への抗体結合性ペプチド又はタンパク質の結合、例えば無機系多孔質担体の表面へのアミノ基の導入及びそのアミノ基への抗体結合性ペプチド又はタンパク質の結合は、常法により、又は特開2008−115152及び/又は登録実用新案第3149787号公報に記載された方法により、実施することができる。アミノ基への抗体結合性ペプチド又はタンパク質の結合は、抗体結合性ペプチド又はタンパク質のカルボキシ末端と担体に結合されたアミノ基とのアミド結合によるものが好ましい。アミノ基への一般式P−Q−R2で表される上記アミノ酸配列からなる抗体結合性ペプチド又はタンパク質を担体に結合する場合、限定するものではないが、例えば、一般式R1−R2−R3−R4−R5で表されるアミノ酸配列[この式において、本配列は、アミノ末端側からカルボキシ末端側に向かう配列を示し、R1部分の配列は、固定化する前記タンパク質のP−Q部分の配列であり;R2部分の配列は、固定化する前記タンパク質のR2部分の配列であり、すなわちR2部分の配列は存在しなくてもよく、存在する場合はリジン及びシステイン残基以外のアミノ酸残基により構成されるスペーサー配列であり;R3部分の配列はシステイン−X(Xは、リジン及びシステイン以外のアミノ酸残基)で表される2残基のアミノ酸で構成される配列であり;R4部分の配列は存在しなくてもよく、存在する場合はリジン残基及びシステイン残基を含まない配列であって一般式R1−R2−R3−R4−R5で表されるアミノ酸配列からなる本タンパク質全体の等電点を酸性側にし得る酸性アミノ酸残基を含むことを特徴とする配列であり;そしてR5部分の配列はタンパク質を精製するためのアフィニティータグ配列である]からなるタンパク質を用いて、そのR1−R2で表される部分を担体に固定化してもよい。抗体結合性ペプチド又はタンパク質の担体への結合を実施するための具体的な実験操作については、例えば後述の実施例を参照することができる。
【0038】
抗体結合性ペプチド又はタンパク質を固定化した無機系多孔質担体を装着した遠心チップ等のカラム容器において、無機系多孔質担体にかかる負荷圧はその担体の厚さにより決定される。一方、無機系多孔質担体の体積は抗体吸着量を決定する。例えば円盤状無機系多孔質担体の直径は使用する遠心チップ等のカラム容器のサイズに依存して決まるので、特定のカラム容器を使用する場合、無機系多孔質担体の体積を大きくし吸着量を増大させるためには、無機系多孔質担体の厚さを増大させる必要がある。しかし無機系多孔質担体の厚さを大きくすれば負荷圧が大きくなり、例えば遠心による通液が困難になるおそれがある。このため、無機系多孔質担体の厚さは直径1に対して0.1〜1.0の比の範囲が好ましい。
【0039】
抗体結合性ペプチド又はタンパク質を固定化した無機系多孔質担体(好ましくは円盤状無機系多孔質担体)を遠心チップ等のカラム容器に装着する際には、その無機系多孔質担体をカラム容器の内部に固定することが好ましい。常温以下の操作で無機系多孔質担体をカラム容器に固定するために、カラム容器の内部にスペーサを配設し、そのスペーサを介して無機系多孔質担体を固定することも好ましい。スペーサは、限定するものではないが、好ましくは弾力性のあるゴム等の材料からなるものが挙げられる。
【0040】
このような抗体結合性ペプチド又はタンパク質を固定化した無機系多孔質担体(好ましくはモノリスシリカ担体)を内部に装着したカラム(好ましくはスピンカラム)は、溶液中から抗体を高効率に吸着し分離することができる。
【0041】
3.抗体吸着分離用カラムを用いた抗体測定方法
本発明の方法では、上記モノリススピンカラム(例えば、モノリスシリカスピンカラム)のような抗体吸着分離用カラムを用いて、サンプルとなる溶液中の抗体量を簡便に定量することができる。
【0042】
本発明に係る抗体測定方法を適用する上で好ましいサンプル(抗体サンプル溶液)は、抗体(イムノグロブリン)を含有する溶液又は抗体を含有する可能性がある溶液であって、抗体定量の対象となる溶液である。抗体サンプル溶液は、1種以上のタンパク質を含有するか又は含有する可能性がある溶液であればよいが、2種以上のタンパク質を含有する溶液(混合溶液)が特に好適である。抗体サンプル溶液は、1種の抗体を含んでもよいし、2種以上の抗体を含んでもよい。抗体サンプル溶液は、抗体医薬品等の単離抗体から調製した抗体溶液であってもよいし、抗体産生細胞又はハイブリドーマの培養液若しくは培養上清等又はそこから調製した溶液であってもよいし、生体サンプル(例えば血液、血清、血漿、リンパ液、腹水、精液等の体液)又はそこから調製した溶液であってもよいが、これらに限定されるものではない。抗体サンプル溶液は、通常は、吸着バッファー中に調製することが好ましい。吸着バッファーとしては、モノリスカラムクロマトグラフィーを始めとするカラムクロマトグラフィーにおいて一般的に使用される吸着バッファーを使用できる。限定するものではないが、例えばリン酸ナトリウム緩衝液、好適例では0.1M リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.2)を吸着バッファーとして抗体サンプル溶液の調製用に好適に使用できる。抗体サンプル溶液は、好ましくは0.0001mg/mL以上、10mg/mL以下の総タンパク質濃度を有することが好ましい。抗体サンプル溶液は、1mg/mL以下の総タンパク質濃度を有するものがとりわけ好ましい。このような濃度の抗体サンプル溶液、特に1mg/mL以下の総タンパク質濃度を有する抗体サンプル溶液を用いれば、抗体を高効率にモノリスシリカ担体等の無機系多孔質担体に吸着させ、かつ該担体から効率良く溶離させることができるため、定量性を大幅に高めることができる。従って本発明では、予め抗体サンプル溶液をこれらの濃度範囲に調整した後にカラムにアプライすることも好ましい。
【0043】
本発明に係る溶液中の抗体測定方法においては、好ましくは、上記抗体吸着分離用カラムに初期化溶液をアプライ(添加)して通液させ(初期化工程)、その後当該カラムに抗体サンプル溶液をアプライして通液させて、目的の抗体分子を担体に吸着結合させる(吸着工程)。この吸着工程において、担体に吸着結合する抗体分子は、担体上に固定化した抗体結合性タンパク質(又はペプチド)が結合する抗体種に属する抗体分子である。例えば、抗体結合性タンパク質がIgG結合性タンパク質であれば、それを固定化した担体にはIgG抗体が吸着結合する。
【0044】
次いで、そのカラムに洗浄溶液をアプライし、通液させることで非特異的に結合した分子を洗い出し(洗浄工程)、さらに再生溶液をカラムにアプライし通液させることによりカラムの再生を行った(再生処理工程)後、カラムを通過した再生溶液(再生流出液)を回収する。本発明の抗体測定方法においては、通常の抗体精製法とは異なり、カラムの洗浄工程と再生処理工程の間に、溶出工程、すなわち、抗体分子の機能に影響を及ぼさない条件で溶出溶液をアプライし通液させて抗体を溶出させ回収する工程(溶出工程)は行わない。溶液のカラムへの通液は、通常は遠心分離機を用いて、遠心により(遠心力をかけて)行うことが好ましい。遠心は、通常は遠心分離機を用いて適当な回転数及び回転時間で行えばよい。
【0045】
初期化工程に用いる初期化溶液としては、リン酸塩緩衝液(例えば、リン酸ナトリウム緩衝液、リン酸カリウム緩衝液)の他、トリス−塩酸緩衝液、ホウ酸ナトリウム緩衝液等を好適に使用することができるが、これらに限定されるものではない。初期化溶液は、例えば0.001M〜0.8M緩衝液であってよい。初期化溶液は、pH 6.5 〜8.5の溶液を用いることが好ましい。初期化溶液のとりわけ好ましい例として、0.1M リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.2)が挙げられる。初期化溶液は、抗体サンプル溶液の調製に用いる吸着バッファーと同一組成の溶液であることも好ましい。
【0046】
洗浄工程に用いる洗浄溶液としては、塩化ナトリウム含有リン酸塩緩衝液、塩化ナトリウム含有リン酸ナトリウム緩衝液、塩化ナトリウム含有リン酸カリウム緩衝液、塩化ナトリウム含有トリス−塩酸緩衝液、塩化ナトリウム含有ホウ酸ナトリウム緩衝液等の塩化ナトリウム含有緩衝液(好ましい例では0.5M〜1.5M NaClを含有する緩衝液)を好適に使用することができ、例えば0.5M〜1.5M NaCl含有リン酸塩緩衝液が挙げられるが、これらに限定されるものではない。洗浄溶液は、例えば0.001M〜0.8M緩衝液であってよい。洗浄溶液としては、pH6.5〜8.5の溶液を用いることが好ましい。洗浄溶液のとりわけ好ましい例として、1M NaCl含有0.1M リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.2)が挙げられる。
【0047】
再生処理工程に用いる再生溶液としては、クエン酸溶液そのもの(pH約2.25)やグリシン−塩酸緩衝液(pH2.5)等を好適に使用することができるが、これらに限定されるものではない。再生溶液は、例えば0.05M〜1.0Mの溶液であってよい。再生溶液は、pH2.0〜2.8の溶液を用いることが好ましい。再生溶液のとりわけ好ましい例として、0.02Mクエン酸溶液(pH 2.25)もしくは0.1M グリシン−塩酸緩衝液(pH 2.5)が挙げられる。
【0048】
好ましい一実施形態では、初期化溶液及び洗浄溶液としてリン酸塩緩衝液(例えばリン酸ナトリウム緩衝液)を、再生溶液としてグリシン−塩酸緩衝液を用いることができる。
【0049】
洗浄及び再生処理は、1回行ってもよいし、2回以上連続して行ってもよい。洗浄は、例えば1〜5回、好ましくは3回行うことができる。再生処理は、例えば1〜5回、好ましくは2又は3回行うことができる。
【0050】
上記のようにして得られた再生流出液について、次に、再生流出液中に含まれる総タンパク質量を測定する。総タンパク質量の測定は、任意のタンパク質定量技術を用いて行うことができる。そのようなタンパク質定量技術としては、以下に限定されるものではないが、例えば、ブラッドフォードタンパク質定量法、ビシンコニン酸(BCA)定量法、ローリー法、及びビューレット法などが挙げられる。これらのタンパク質定量法は、市販の定量キットを用いてより簡便に行うこともできる。
【0051】
例えばビシンコニン酸(BCA)定量法では、アルカリ条件下でタンパク質中のペプチド結合により銅イオンCu2+をCu1+に還元した後、ビシンコニン酸(BCA)を添加することによりBCA2分子とCu1+による錯体を形成させ、その錯体から生じる赤紫色の可視吸光度(562nm)を測定することにより、タンパク質を定量する。このBCA法は、例えば市販のThermo Ficher Scientific社製のタンパク質アッセイキットを使用して簡便に行うことができる。
【0052】
本発明の方法では、このようにして決定された再生流出液中のタンパク質量を、抗体サンプル溶液中に含まれていた目的の抗体分子、すなわち、抗体結合性タンパク質(又はペプチド)が結合する抗体種の抗体分子(イムノグロブリン)の量とすることができる。本発明者らにより、上記抗体吸着分離用カラムを用いた抗体吸着技術により、目的の抗体分子を溶液中から非常に高効率に吸着でき、かつ再生処理により高効率に溶離することができること、またその収率が非常に高く、溶液から目的の抗体分子をほぼ完全に分離できることが新たに見出された。しかも本発明では、驚くべきことに、2種以上のタンパク質を含有する混合溶液を抗体サンプル溶液として用いる場合でも同様の結果を得ることができる。本発明では、この知見に基づき、抗体サンプル溶液中に含まれていた目的の抗体分子の量を、再生流出液中のタンパク質の量に近似する値として定量することができる。このような定量が可能になるのは、抗体サンプル溶液中に含まれていた目的の抗体分子(抗体結合性タンパク質との結合性を有する抗体分子)の量の測定値が、再生流出液中のタンパク質の量の測定値と比例関係、例えば傾き0.9〜1.1の線形比例関係、好ましくはほぼ傾き1の線形比例関係を示すためである。
【0053】
本発明の方法においては、10mg/mL以下、とりわけ1mg/mL以下の総タンパク質濃度を有する抗体サンプル溶液を上記カラムにアプライする場合に、非常に良好な比例関係を実現することができ、定量性を大幅に高めることができる。
【0054】
本発明の方法における高い定量性は、後述の実施例において実証されている。例えば、抗体分子を含む混合溶液(抗体サンプル溶液)中のタンパク質量をT(グラム)とし、吸着工程での流出液(流出画分)中のタンパク質量の測定値をA(グラム)とし、洗浄工程での流出液(洗浄流出液)中のタンパク質量の測定値をW(グラム)とし、再生溶液をカラムに通過させることによる再生処理工程での流出液(再生流出液)中のタンパク質量の測定値をR(グラム)とする。ここで初期化溶液中にはタンパク質が含まれない。一方、再生流出液中にはカラム担体に吸着結合していた抗体が溶離して回収される。混合溶液中のタンパク質は、吸着工程でカラム担体に吸着するかしないかのどちらかであるため、カラム担体に吸着しないタンパク質は流出画分に回収され、一方、カラム担体に吸着したタンパク質は洗浄工程又は再生処理工程で流出液中に回収されることになる。従って測定が正しく行われれば、T=A+W+Rが成り立つはずである。後述の実施例に示す通り、本発明の方法では、このT=A+W+Rの関係がほぼ成立しており、正確な測定が可能であった。しかも本発明では、抗体サンプル溶液中の目的の抗体分子の含量とほぼ等量のタンパク質が再生流出液中に回収された。このことは、本発明の方法では、目的の抗体分子がカラム担体に高効率に吸着し、強固に吸着したまま吸着流出液や洗浄流出液にはほとんど溶出しないが、再生処理で高効率に溶離することを示している。すなわち本発明の方法では、測定が適切に行われる限り、Rとして得られた値を、混合溶液等の抗体サンプル溶液中の目的の抗体分子(例えばIgG)のタンパク質量の十分に信頼性の高い測定値とすることができる。
【0055】
一般に、免疫測定法によるタンパク質の測定には、測定対象となるイムノグロブリン(IgG等の各種抗体分子)と特異的に結合する抗体を使用する必要があり、また検量線作成のための濃度既知の標準タンパク質を用いた測定も必要になる。しかし本発明の方法では、再生流出液中に回収したイムノグロブリンのタンパク質量を測定すればよいため、測定法の適用範囲をより広げることができ、さらにコストも削減することができる。精製分離工程を含む従来の測定法においては、一般に精製分離工程に時間を有し、またクロマトグラフィー等の大掛かりな装置が必要であるが、本発明の方法では分離工程を数分で行うことができるだけでなく、スピンカラムを用いる場合は簡易な卓上遠心分離装置を用いるだけで実施できることから、作業時間の短縮及びコスト削減などを図ることもできる。
【実施例】
【0056】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0057】
なお、以下の製造例及び実施例では、以下の組成の初期化溶液、洗浄溶液、再生溶液を共通して用いた。
・初期化溶液(初期化工程): 0.1M リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.2)
・洗浄溶液(洗浄工程): 1MのNaClを含む0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.2)
・再生溶液(再生処理工程): 0.1M グリシン−塩酸緩衝液(pH 2.5)
【0058】
なおスピンカラムにアプライした溶液は、当該スピンカラムを卓上遠心分離機で30秒遠心(3000rpm程度)することにより通液させた。
【0059】
また下記実施例では、各種濃度の抗体サンプル溶液の調製(希釈)用吸着バッファー、及び対照サンプル(タンパク質濃度0mg/mL)としても上記初期化溶液を使用した。
【0060】
(製造例1)
下記実施例では、結合容量として約0.5mgのIgG抗体を結合できるプロテインA又はプロテインG変異体を固定化したモノリスディスクを用いたスピンカラム(図1)を用いた。このスピンカラムは実用新案登録第3149787号公報(実願2008−8179号)に記載の方法で製造したものである。
【0061】
スピンカラムの担体に固定したプロテインA変異体は、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。このプロテインA変異体は、そのカルボキシ末端1箇所でシリカモノリス担体のアミノ基とアミド結合で結合されることにより担体に固定化されている。またスピンカラムの担体に固定したプロテインG変異体は、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。このプロテインG変異体は、そのカルボキシ末端1箇所でシリカモノリス担体のアミノ基とアミド結合で結合されることにより担体に固定化されている。これらのプロテインA変異体及びプロテインG変異体は、高いIgG吸着能を有している。
【0062】
具体的には、このスピンカラムは次のようにして製造した。まず、水溶性高分子であるポリエチレンオキシド(アルドリッチ製 商品番号85,645-2)0.90g及び尿素0.90gを0.01規定酢酸水溶液10gに溶解し、この溶液にテトラメトキシシラン4mlを攪拌下で加えて、加水分解反応を行った。数分間攪拌した後、得られた透明溶液を内径6ミリメートルのガラスチューブ内に注入し40℃の恒温漕中に保持したところ約30分後に固化した。
【0063】
固化した試料をさらに数時間熟成させ、密閉条件下で140℃に1時間保った。この処理の後、ゲルを40℃で3日間乾燥し、100℃/hの昇温速度で800℃まで加熱し、直径4.5mmの棒状の無機系多孔質担体を得た。
【0064】
得られた無機系多孔質担体中には中心孔径3μm(=3000nm)程度の揃った貫通孔が3次元網目状(三次元ネットワーク状)に絡み合った構造で存在していることが確かめられた。そして、その貫通孔の内壁に直径60nm程度の細孔が多数存在していることが、窒素吸着測定によって確かめられた。このような棒状の無機系多孔質担体として得られるモノリス型(連続多孔質体である一体型)シリカゲル(モノリスシリカ又はモノリス型シリカとも呼ぶ)を厚さ1.5mmに切断することにより、円盤状の無機系多孔質担体(モノリスディスク)を得た。
【0065】
この円盤状の無機系多孔質担体に以下の方法でプロテインA変異体又はプロテインG変異体を固定化した。まず、アミノプロピルトリエトキシシランをトルエン溶媒で20%の濃度に希釈した溶液に円盤状の無機系多孔質担体を浸漬し、6時間加熱還流して反応させることにより円盤状の無機系多孔質担体の表面にアミノ基を導入した。次に、アミノ基修飾した円盤状の無機系多孔質担体を、プロテインA変異体又はプロテインG変異体20mgを0.5Mのホウ酸バッファ5mlに溶解した溶液に浸漬し、室温で20時間反応させることにより円盤状の無機系多孔質担体表面にプロテインA変異体又はプロテインG変異体を結合させた。
【0066】
次いで図1に示すように、プロテインA変異体又はプロテインG変異体を結合させた円盤状の無機系多孔質担体1を、容量500μLの遠心チップ3の内部にシリコンゴム製のスペーサ2を用いて装着した。シリコンゴムスペーサ2のサイズは外径8mm、内径4.3mm、厚さ1.5mmであった。無機系多孔質担体の細孔径は連続細孔が約3μm、メソ細孔が60nmであった。以上のようにして得られたチップ(図1)が、プロテインA変異体又はプロテインG変異体を固定化したモノリスディスク担体を用いたスピンカラムである。
【0067】
このスピンカラムに抗体サンプル溶液としてヒトIgG溶液を加え、卓上遠心分離機で30秒遠心し、モノリスディスクを通過した液(流出画分)を回収した。続いて、洗浄溶液を加え卓上遠心分離機で30秒遠心し、モノリスディスクを通過した液(流出画分)を回収した。ヒトIgG溶液は1mg/mLになるように吸着バッファーで希釈したものを用いた。用いた抗体サンプル溶液、洗浄溶液の量はそれぞれ500μLである。抗体サンプル溶液中のIgG量と洗浄により得た流出液中のIgG量の差分に基づき、このスピンカラムの担体へのIgG結合容量を約0.5mgとして算出した。
【0068】
(実施例1)精製IgGタンパク質を用いた測定
抗体サンプル溶液として、モノクローナル抗体として販売されているリツキシマブ(商品名リツキサン)を用いて各種濃度のモノクローナル抗体溶液(5種類;0.31mg/mL、0.61mg/mL、0.92mg/mL、1.25mg/mL、1.48mg/mL)を調製した。対照サンプル(タンパク質濃度0mg/mL)として、初期化溶液(0.1M リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.2))を使用した。また、試験する抗体サンプル溶液の数だけ用意した製造例1で作製したプロテインA変異体固定化スピンカラムには、初期化溶液0.4mLを予め通液して準備した(初期化工程)。そのスピンカラムに、各々0.4mLの抗体溶液を通液し(吸着工程)、続いて0.4mLの洗浄溶液を各々3回通液し(洗浄工程)、その後0.4mLの再生溶液を通液した(再生処理工程)。そしてカラムから流出した再生溶液(再生流出液)中に溶出したタンパク質(モノクローナル抗体リツキシマブ)の濃度を、ビシンコニン酸(BCA)法で測定した。以上の手順概要を図2に図示している。また、あらかじめ作製した各抗体サンプル溶液のタンパク質濃度もBCA法で測定した。
【0069】
その結果、図3に示すように、スピンカラムにアプライしたモノクローナル抗体の量(濃度)と再生溶液中に回収されたモノクローナル抗体の量(濃度)との間には、アプライしたモノクローナル抗体の濃度が1mg/mLより小さい場合、傾き1の比例関係にあることが示された。すなわち、1mg/mL以下の抗体サンプル溶液を0.4mL以下(モノクローナル抗体の総量0.4mg以下)でアプライする条件では、再生流出液中のタンパク質量の測定により、高い定量性でのモノクローナル抗体測定が可能であった。同様の結果が、モノクローナル抗体医薬品ベバシズマブ(商品名アバスチン)(図4)、トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)(図5)を用いた場合にも得られ、1mg/mL以下の抗体サンプル溶液をスピンカラムにアプライする場合、抗体サンプル溶液中の抗体濃度(抗体量)に近似した濃度(量)でカラムへの抗体の吸着が認められた。
【0070】
(実施例2) ヒトポリクローナル抗体を用いた測定
抗体サンプル溶液として、ヒトIgGタンパク質として販売されているポリクローナル抗体(「IgG from human serum Technical grade」、Sigma社)を用いて各種濃度の抗体溶液(0.35mg/mL、0.67mg/mL、1.08mg/mL、1.35mg/mL、1.70mg/mL)を調製した。製造例1に従って作製した、プロテインA変異体を担体に固定化したスピンカラム及びプロテインG変異体を担体に固定化したスピンカラムを用いた。
【0071】
スピンカラムへの抗体結合量の測定は実施例1と同様の手順で行った。スピンカラムは初期化溶液を用いて実施例1と同様に調製した。初期化後のスピンカラムに調製した抗体溶液をアプライし通液し、次いでカラムを洗浄し、再生処理し、カラムから流出した再生溶液(再生流出液)中に回収されたタンパク質(ヒトIgGポリクローナル抗体)の濃度を、BCA法で測定した。
【0072】
その結果、図6に示す結果が得られた。プロテインG変異体を担体に固定化したスピンカラムを用いた測定(結果を黒丸で示す)においては、アプライした抗体濃度が1mg/mLより小さい場合、傾き1の比例関係にあることが示された。
【0073】
一方、プロテインA変異体を担体に固定化したスピンカラムを用いた場合(結果を白丸で示す)は、傾きが0.9程度の比例関係を示した。ヒト由来のIgGポリクローナル抗体製品には、プロテインAとの結合力が弱いIgG3分子が1割以上含まれていることが知られており、このことにより、プロテインA変異体を固定化したスピンカラムにおいては、抗体回収率が若干減少したものと考えられた。
【0074】
(実施例3) IgG1タイプのモノクローナル抗体を発現するCHO細胞培養液中のモノクローナル抗体量の測定
抗体サンプル溶液としての混合溶液サンプルは、抗IL8ヒト型モノクローナル抗体(IgG1タイプ)を発現するCHO細胞株(ATCCカタログ番号CRL−12445)を合成培地中で培養して得た培養上清を濃度未知サンプルとしてそのまま用いた。実施例1と同様に図2に示す手順に従って、製造例1で作製したプロテインA変異体を担体に固定化したスピンカラムに、混合溶液サンプルをアプライし通液し、カラムを洗浄し、再生処理した。カラムからの各流出液(3回の洗浄による流出液と再生処理による流出液)を回収し、それぞれの流出液中のタンパク質濃度をBCA法で測定した。測定は、2本のカラムを用いて平行して行った。その結果を、表1に示す。
【0075】
表1に示す通り、同じ実験操作を行った2回の測定の結果はほぼ同等の値を示した。また、サンプル中の総タンパク質量(濃度)と各工程において得た流出液中のタンパク質量の総量(濃度の合計)は、ほぼ等しい値であり、タンパク質そのものの回収率は、ほぼ100%であった。
【0076】
培養液中のタンパク質濃度は、測定1と測定2の再生流出液中のタンパク質濃度の平均をとり0.12±0.02mg/mLと推定された。一方、ヒト抗体に対するウサギ抗体を用いた免疫測定法により、当該CHO細胞培養上清中の抗体濃度を測定したところ、0.13±0.03mg/mLという値が得られ、両者の値はほぼ一致した値であった。測定対象の抗体分子であるIgG1タイプのモノクローナル抗体はカラムに吸着されて再生処理により再生流出液中に回収されることから、この結果は、本発明の方法により目的の抗体分子を再生流出液中に非常に高収率で回収することができ、さらに、再生流出液中の総タンパク質量を、カラムにアプライした抗体サンプル溶液中に含まれる目的の抗体分子の含量の近似値として定量することができることを示していた。
【0077】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明に係る方法は、溶液(混合溶液等)中の抗体分子イムノグロブリン(例えばIgG)の量を簡便かつ高い定量性をもって測定するために利用できる。この測定方法は、抗体医薬品製造分野、抗体開発、製造プロセス分析(PAT)分野など広範な分野での活用に好適である。
【符号の説明】
【0079】
1.プロテインA又はプロテインG結合無機系多孔質担体
2.スペーサ
3.遠心チップ
【配列表フリーテキスト】
【0080】
配列番号1:プロテインA変異体
配列番号2:プロテインG変異体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体結合性タンパク質を固定化したモノリスシリカ担体を有するカラムに、抗体サンプル溶液を通液し、次いでカラムを洗浄及び再生処理した後、再生処理により流出液中に回収されたタンパク質の量を測定することを特徴とする、溶液中のイムノグロブリン量の測定方法。
【請求項2】
前記カラムが、スピンカラムである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記抗体結合性タンパク質がIgG結合性タンパク質であり、前記イムノグロブリンがIgGである、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記抗体結合性タンパク質がプロテインA若しくはプロテインG又はそれらの変異体である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記抗体結合性タンパク質が配列番号1又は2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
抗体サンプル溶液が、2種以上のタンパク質を含有する混合溶液である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
抗体サンプル溶液が、1mg/mL以下の総タンパク質濃度を有する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−232098(P2011−232098A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−101201(P2010−101201)
【出願日】平成22年4月26日(2010.4.26)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、経済産業省、「産業技術研究開発委託費(中小企業等製品性能評価技術)」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(501155803)株式会社 京都モノテック (7)
【Fターム(参考)】