説明

溶湯成分の発光分光分析方法および装置

【課題】溶湯表面との放電で発光現象が不安定であっても高精度に溶湯成分を分析できる発光分光分析方法、装置を提供する。
【解決手段】溶湯Mに下部が浸漬される発光筒1を備え、該発光筒1は、筒体2内に溶湯表面との間に放電を起こす電極3と前記放電による励起光を採光する複数の光ファイバー4(4A,4B)とを配設した構成とし、さらに発光筒1の下端側に回転ロッド13を中心に旋回するスラグ除去部材10を配設する。スラグ除去部材10により溶湯Mの表面からスラグSを除去しながら発光筒1を所定深さだけ溶湯Mに浸漬させ、発光筒1内を不活性ガス雰囲気として電極3と溶湯Mの表面との間にスパーク放電を起こし、その励起光を各光ファイバー4により対応する分光器に伝送する。そして、最終的に各分光器ごとに求めた成分データを演算器に集めて、溶湯成分を最終決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶湯成分をリアルタイムに分析するための発光分光分析方法および発光分光分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、溶湯成分の分析は、溶解炉中の溶湯からサンプルを採取して、テストピースの鋳型に鋳込み、得られたテストピースの被検面を研磨して発光分光分析に供するのが一般であった。しかし、このようにサンプルを採取して分析する方法によれば、分析結果が出るまでに時間がかかり、成分調整に時間を要して、溶解のサイクルタイムの延長が避けられないという問題があった。
【0003】
そこで、例えば、特許文献1には、不活性ガス中で溶湯表面と電極(対電極)との間に放電を起こし、該放電による励起光を光ファイバーを介して分光器に伝送して溶湯成分を分析する発光分光分析方法が提案されている。この方法によれば、溶解炉内の溶湯を対象に、直接成分分析を行うので、リアルタイムに分析結果を把握でき、溶解のサイクルタイムの短縮に大きく寄与するものとなる。
【特許文献1】特開昭59−81540号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1に記載される発光分光分析方法、装置によれば、溶湯表面との放電で発光現象が安定しないにも拘わらず、溶湯面に対して垂直に配置した一つの光ファイバーにより励磁光を採光しているだけであるため、分析精度の面でいま一つ信頼性に乏しい、という問題があった。
【0005】
本発明は、上記した従来技術の問題点に鑑みてなされたもので、その課題とするところは、溶湯表面との放電で発光現象が不安定であっても高精度に溶湯成分を分析できる発光分光分析方法を提供し、併せて該分析方法の実施に向けて好適な発光分光分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明に係る溶湯成分の発光分析方法および装置は、不活性ガス中で溶湯表面と電極との間に放電を起こし、該放電による励起光を複数の光ファイバーを介して分光器に伝送して溶湯成分を分析することを特徴とする。このように複数の光ファイバーにより励起光を採光することで、発光現象の不安定さに伴う分析値のデータばらつきを把握することができ、得られたデータを適宜処理することで分析精度を高めることができる。
【0007】
以下に、本発明の態様をいくつか例示し、それらについて項分けして説明する。なお、以下の説明でいう光ファイバーとは、必ずしも素線一本を指すものではなく、複数の素線を束ねたバンドルファイバーを含んでもよいものである。
【0008】
(1)不活性ガス中で溶湯表面と電極との間に放電を起こし、該放電による励起光を光ファイバーを介して分光器に伝送して溶湯成分を分析する発光分光分析方法において、採光向きを変えた複数の光ファイバーにより前記励起光を採光して対応する分光器に伝送し、前記各分光器によって得られた分析データに基づいて溶湯成分を決定することを特徴とする溶湯成分の発光分光分析方法。
【0009】
本発光分光分析方法においては、採光向きを変えた複数の光ファイバーにより励起光を採光するので、様々な方向から発光現象を捉えることができる。また、各光ファイバーで採光した励起光を対応する分光器に伝送するので、発光現象の不安定さに伴う分析値のデータばらつきを把握することができる。さらに、各分光器によって得られた分析データに基づいて溶湯成分を決定するので、データばらつきを考慮して溶湯成分を決定することができ、結果として分析精度が向上する。
【0010】
本発光分光分析方法において、各分光器で得られた分析データに基づいて溶湯成分を決定する際のデータ処理方法は任意であり、例えば、分析データの全てを単純平均しても、分析データから最大値および最小値を除去して平均しても、あるいは統計的手法によって平均値を求めてもよい。
【0011】
(2)不活性ガス中で溶湯表面と電極との間に放電を起こし、該放電による励起光を光ファイバーを介して分光器に伝送して溶湯成分を分析する発光分光分析装置であって、溶湯に下部が浸漬される発光筒を備え、該発光筒は、筒体内に溶湯表面との間に放電を起こす電極と前記放電による励起光を採光する複数の光ファイバーとを配設してなっており、前記分光器は、前記複数の光ファイバーに対応して複数設けられ、かつ前記各分光器によって得られた分析データに基づいて溶湯成分を決定する演算手段が設けられていることを特徴とする溶湯成分の発光分光分析装置。
【0012】
本発光分光分析装置においては、下部を溶湯内に浸漬させた発光筒内を不活性ガス雰囲気として、この不活性ガス中で放電を起こすと、その励起光が複数の光ファイバーを介して対応する分光器に伝送され、さらに、各分光器によって得られた分析データが演算手段に取込まれる。演算手段は、各分光器によって得られた分析データに基づいて溶湯成分を決定するので、発光現象の不安定さに伴う分析値のデータばらつきを考慮して正確に溶湯成分を決定できる。
【0013】
(3)電極が筒体の中心位置に配置され、複数の光ファイバーは、その一部が電極の周りに溶湯表面へ受光端を向けて配設されると共に、その残りが筒体の内周に沿って受光端を半径内方へ向けて配置されることを特徴とする請求項2に記載の溶湯成分の発光分光分析装置。
【0014】
本(3)項に記載の発光分光分析装置においては、電極を筒体の中心に配置することで、その周りのスペースを利用して複数の光ファイバーを効率よく配置できる。また、複数の光ファイバーは、その一部が電極の周りに溶湯表面に受光端を向けて配設されると共に、その残りが受光端を半径内方へ向けて配置されるので、様々な方向から発光現象を捉えることができる。
【0015】
(4)発光筒の下端側に、駆動手段により駆動され、溶湯表面のスラグを除去するスラグ除去部材を配設したことを特徴とする請求項2または3に記載の溶湯成分の発光分光分析装置。
【0016】
本(4)項に記載の発光分光分析装置においては、発光筒の下部を溶湯に浸漬させる際、スラグ除去部材を駆動して浸漬部位のスラグを除去することで、新鮮な溶湯面が発光筒内に取込むことができ、スラグや酸化膜によって分析精度が阻害されることはなくなる。
【0017】
本(4)項に記載の発光分光分析装置において、上記スラグ除去部材の形状は任意であるが、発光筒の直径方向に延ばされ、該発光筒の下端側方の一点を中心に旋回または往復運動をする棒状部材とすることができる。この場合は、単純な棒状部材の採用により構造は簡単となる。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る発光分光分析方法および装置によれば、溶湯表面との放電で発光現象が不安定であっても高精度に溶湯成分を分析できるので、分析結果に対する信頼性が著しく向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための最良の形態を添付図面に基づいて説明する。
【0020】
図1および図2は、本発明の1つの実施形態である溶湯成分の発光分光分析装置を示したものである。両図において、1は発光筒であり、ここではロボットのアーム(図示略)に取付けられ、該アームの動きにより溶解炉内の溶湯Mにその下部が一定深さだけ浸漬されるようになっている。発光筒1は、筒体2内に後に詳述する放電用電極3と複数の採光用光ファイバー4とを配設すると共に、筒体2の周りに溶湯M内に浸漬される試料用電極5を配設してなっている。本実施形態で分析対象とする溶湯Mは、アルミニウム合金からなっており、筒体2は、このアルミニウム合金の溶湯温度(650℃程度)に耐える耐熱性材料から形成されている。
【0021】
発光筒1を構成する筒体2の上部は蓋板6により閉じられており、発光筒1の内部には、別途設置したガス供給装置7から配管8を経て不活性ガスが供給されているようになっている。また、発光筒1の下端側には、発光筒1の上端側に配置したモータ9により回転駆動され、溶湯Mの表面に浮遊するスラグ(ノロ)Sを除去する棒状のスラグ除去部材10が配設されている。このスラグ除去部材10は、筒体2の外径よりもわずか大きな長さを有しており、その一端部10aが筒体2の一側方へ食み出して配置されている。一方、筒体2の下端部外周の一部には支持板11が突設されており、前記スラグ除去部材10の一端部10aは、このガイド板11に重なるように位置決めされている。モータ9は、蓋板6に取付けたブラケット12に固設されており、このモータ9の出力軸9aには、筒体2に沿って上下方向へ延ばした回転ロッド13の上端がカップリング14を介して連結されている。回転ロッド13の下端部は、前記筒体2と一体のガイド板11を挿通してスラグ除去部材10に連結されており、したがって、スラグ除去部材10は、モータ9の回転に応じて回転ロッド13を中心に旋回運動するようになっている。
【0022】
放電用電極3は、図1によく示されるように、筒体2の中心位置に配置されている。この放電用電極3の先端(下端)は、発光筒1の下部を溶湯Mに所定深さ浸漬させた状態で溶湯Mの表面との間に所定の間隔を開ける位置に位置決めされている。一方、試料用電極5は、その先端が放電用電極3と対向するように発光筒1の下方を迂回して配設されている。ただし、試料用電極3の先端は、上記スラグ除去部材10と干渉しない位置に位置決めされている。これら放電用電極3および試料用電極5の他端は、図示を略す発光装置に接続されており、該発光装置から放電用電極3に高電圧が印加されることで、放電用電極3と溶湯Mの表面との間に放電(スパーク放電)が起こるようになる。なお、両電極3、5は、耐熱性を有する絶縁材15により被覆されている。
【0023】
複数の光ファイバー4は、同じく図1によく示されるように、電極3の周りに等配して配置され、受光端を溶湯Mの表面へ向けた複数(一例として、4つ)の軸方向ファイバー4Aと、筒体2の内周に沿って等配して配置され、受光端を半径内方へ向けた複数(一例として、4つ)の半径方向ファイバー4Bとを備えている。本実施形態において、各光ファイバーは、複数の素線を束ねたバンドルファイバーから構成されており、それぞれは、耐熱性を有する断熱材16により被覆されている。
【0024】
本実施形態において、上記複数の光ファイバー4の他端は、図2に示されるように、それぞれの光ファイバー4に対応して設けた分光器17に接続されている。各光ファイバー4は、電極3と溶湯Mの表面との間における放電による励起光を採光し、対応する分光器17へ伝送する。各分光器17は、対応する光ファイバー4により伝送された励起光を導入して輝線スペクトルに分解する機能を有しており、ここで得られた輝線スペクトルは、光電変換されて後続の測光装置18に送出されるようになっている。各測光装置18は、分光器17で分光された各成分の固有の輝線スペクトルの強度を測光して数値化し、さらに演算処理して、予め作成した元素ごとの検量線と照合して各元素の含有量を求める機能を有している。本実施形態においては、各測光装置18で得られた結果(分析データ)は演算器19に送出されるようになっており、演算器19は、受領した分析データに基づいて溶湯Mの成分を最終決定する。この場合、分析データの処理方法は任意であり、例えば、分析データの全てを単純平均しても、分析データから最大値および最小値を除去して平均しても、あるいは統計的手法によって平均値を求めてもよい。
【0025】
以下、上記のように構成された発光分光分析装置を用いて行う発光分光分析方法について説明する。
【0026】
溶湯Mの成分分析に際しては、予めガス供給装置7から発光筒1に内に不活性ガスを供給すると共に、モータ9により回転ロッド13を介してスラグ除去部材10を駆動し、この状態で、ロボットアームの動きで発光筒1を溶解炉内の溶湯Mに接近させる。発光筒1は、その下端側のスラグ除去部材10が溶湯M上に浮遊するスラグS中に浸漬される位置で一旦下降停止されるようになっており、これにより回転ロッド13を中心に旋回運動をしているスラグ除去部材10によって発光筒1下のスラグSが除去される。そして、暫時停止後、ロボッドアームの動きで発光筒1の下降が再開され、その下部が溶湯Mに一定深さだけ浸漬される。この発光筒1の浸漬によりスラグSを除去された新鮮な溶湯Mが発光筒1内に侵入し、放電電極3との間に所定の間隔を保つ位置に溶湯Mの表面が上昇する。このとき、発光筒1内が不活性ガス雰囲気となっているので、溶湯Mの表面に酸化膜が形成されることはなく、これによって溶湯Mの鮮度が維持される。なお、発光筒1の浸漬に際しては、発光筒1に設けた湯面センサ(図示略)により溶湯Mの湯面レベルを検知して、その検知結果をロボットにフィーバックするようにしてもよく、この場合は、溶湯Mの表面と放電電極3との間隔をより正確に設定できる。
【0027】
上記溶湯Mに対する発光筒1の浸漬が完了した後、図示を略す発光装置から放電用電極3に高電圧が印加され、これにより溶湯Mの表面と電極3との間にスパーク放電が起こる。このとき、発光筒1の内部は不活性ガス雰囲気となっているので、スパーク放電は容易に起こる。前記放電による励起光は、複数の光ファイバー4(4A,4B)を介して対応する分光器17へ伝送され、該分光器17内で輝線スペクトルに分解される。すると、測光装置18は、前記輝線スペクトルの強度から溶湯M中の各成分の含有量を求め、その結果を演算器19に送出する。ここで、電極3と溶湯Mの表面との間に起こる発光現象は不安定であり、その励起光を採光するファイバー4の採光向きによって、対応する測光装置17で得られた溶湯成分の分析結果にばらつきが生じる。しかし、本実施形態においては、各測光装置18で得られた分析データを演算器19に集めて所定のデータ処理を行い、溶湯成分を最終決定するので、得られた分析結果は精度的に優れたものとなる。
【0028】
なお、上記実施形態においては、スラグ除去部材10を回転ロッド13を中心に旋回運動させるようにしたが、これに代えて、ワイパーのように往復運動させてもよい。また、上記実施形態においては、このスラグ除去部材10として棒状のものを用いたが、スラグ除去部材の形状は任意であり、例えば、扇形の板状体の下面に複数の突片を設けた形状としても、あるいは棒状部材を放射状に配置した羽根形状としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の1つの実施形態である発光分光分析装置の要部構造を示す断面図である。
【図2】本発光分光分析装置の全体構造を模式的に示す側面図である。
【符号の説明】
【0030】
1 発光筒
2 筒体
3 放電用電極
4(4A,4B) 光ファイバー
5 試料用電極
9 モータ
10 スラグ除去部材
13 回転ロッド
17 分光器
18 測光装置
19 演算器
M 溶湯
S スラグ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性ガス中で溶湯表面と電極との間に放電を起こし、該放電による励起光を光ファイバーを介して分光器に伝送して溶湯成分を分析する発光分光分析方法において、採光向きを変えた複数の光ファイバーにより前記励起光を採光して対応する分光器に伝送し、前記各分光器によって得られた分析データに基づいて溶湯成分を決定することを特徴とする溶湯成分の発光分光分析方法。
【請求項2】
不活性ガス中で溶湯表面と電極との間に放電を起こし、該放電による励起光を光ファイバーを介して分光器に伝送して溶湯成分を分析する発光分光分析装置であって、溶湯に下部が浸漬される発光筒を備え、該発光筒は、筒体内に溶湯表面との間に放電を起こす電極と前記放電による励起光を採光する複数の光ファイバーとを配設してなっており、前記分光器は、前記複数の光ファイバーに対応して複数設けられ、かつ前記各分光器によって得られた分析データに基づいて溶湯成分を決定する演算手段が設けられていることを特徴とする溶湯成分の発光分光分析装置。
【請求項3】
電極が筒体の中心位置に配置され、複数の光ファイバーは、その一部が電極の周りに溶湯表面へ受光端を向けて配設されると共に、その残りが筒体の内周に沿って受光端を半径内方へ向けて配置されることを特徴とする請求項2に記載の溶湯成分の発光分光分析装置。
【請求項4】
発光筒の下端側に、駆動手段により駆動され、溶湯表面のスラグを除去するスラグ除去部材を配設したことを特徴とする請求項2または3に記載の溶湯成分の発光分光分析装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−82968(P2008−82968A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−265589(P2006−265589)
【出願日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】