説明

漆芸法および漆芸品

【課題】少ない工数で実用性を備えた高品質の漆製品を製造しうる漆芸法と、それにより得られた漆芸品を提供する。
【解決手段】本工程が、下地処理工程と本工程とからなり、本工程が、下地材1に上塗漆を数回塗り重ねて上漆層2を作る上漆塗り工程Iと、上漆層2表面に、油に溶けず水に溶ける被覆液を塗布して被覆液層3作る被覆工程IIと、被覆液層3および上漆層2に彫り込むように線彫をして彫り溝4を作る線彫り工程IIIと、色漆を彫り溝4に埋める色埋め工程IVと、水で被覆液を溶かし洗い流す洗い流し工程Vとからなる。本工程が5工程であって、従来工法より少ない工数で漆製品が得られる。被覆工程IIでは、油に溶けず水に溶ける被覆液を用いるが、油に溶けない性質があることによって上塗りや色埋めした漆が変質せず、漆塗りの品質が高く維持される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、漆芸法および漆芸品に関する。さらに詳しくは、伝統的な香川漆芸の一つである「きんま」よりも実用性に優れ同程度の品質の製品が得られる漆芸法と、それにより得られた漆芸品に関する。
【背景技術】
【0002】
伝統的な香川漆芸には、非特許文献1に示すように、存清、彫漆、「きんま」の三種類がある。このうち「きんま」は一言で云うと、「竹や木などで作った器物の上に漆を数十回塗り重ねて文様を彫り、彫り込みを入れた溝に色漆を埋め、表面を平らに研ぐことによって文様を表現する漆塗り技法」である。
【0003】
伝統的な「きんま」の作成法は、図3に示すように、下地を整える下地処理工程と下地の表面に漆仕上を施す本工程に二分されるが、いずれも多大な工数を要するものである。
すなわち、下地工程は1)〜13)の13工程からなり、本工程は更に多くの工程を要するものである。とくに本工程は14)〜29)の16工程があって、しかも14)〜18)の5工程は7〜10回を繰返すので、実質的にみて本工程は45〜60工程に至る膨大な手作業がかかるのである。
【0004】
もちろん、上記のような多大な工数を実行する結果、「きんま」製品の出来上がりは極めて優美なものであって、とくにその光沢は伝統工芸品の最高峰と云えるものである。
しかしながら、伝統的「きんま」製品は余りにも高級な作品であって、かつ漆自体が何度も研磨されたことから表面の高硬度部分が除去されて、漆の強度が低くなっており、傷が付きやすいという難点もある。したがって、観賞用には最適であったとしても、日常用の器物として使うことは抵抗のあるものであった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】パンフレット「香川の漆芸」 香川県漆芸研究所
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記事情に鑑み、もっと少ない工数で実用性と高品質を両立させた漆製品を製造しうる漆芸法と、それにより得られた漆芸品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1発明の漆芸法は、下地処理工程と本工程とからなり、前記本工程が、下地材に上塗漆を数回塗り重ねて上漆層を作る上漆塗り工程と、前記上漆層の表面に、油に溶けず水に溶ける被覆液を塗布して被覆液層を作る被覆工程と、前記被覆液層および前記上漆層に彫り込むように線彫をして彫り溝を作る線彫り工程と、色漆を前記彫り溝に埋める色埋め工程と、水で前記被覆液を溶かし洗い流す洗い流し工程とからなることを特徴とする。
第2発明の漆芸法は、第1発明において、前記被覆液として、マメ科植物アカシア属の一種であるビルマアカシアの樹脂を用いることを特徴とする。
第3発明の漆芸品は、請求項1記載の方法で得られた漆芸品であって、前記上漆層に形成された彫り溝の中に色漆が埋め込まれ固定されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
第1発明によれば、本工程が5工程であって、従来工法よりも少ない工数で漆製品が得られる。よって、日常的に使用する漆製品の製造に適している。また、被覆工程では、油に溶けず水に溶ける被覆液を用いるが、油に溶けない性質があることによって上塗りや色埋めした漆が変質せず、漆塗りの品質が高く維持される。さらに、水に溶けることから洗い流しが可能であって、色塗の模様を出すのが容易に行える。
第2発明によれば、ビルマアカシアは自然界に存在する樹脂であるので、同様に自然界に存在する上塗漆や色漆との相性がよく、互いに強く結合するので、耐久性の高い漆製品が得られる。
第3発明によれば、本発明の漆芸法では、研いだり磨いたり、さらに何回にもわたって漆を吸わせて拭き取る工程を用いないため、少ない工程で短期間に製造することができる。そして、彫り溝の中に色漆が埋め込まれて固定されていることから模様の構成は伝統的漆芸品と変らぬ美感を呈し、かつ硬度の高い漆表面がそのまま残っていることから耐久性の高い工芸品が得られる。よって、実用性も高く日常の使用にも耐えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に係る漆芸法の全体工程図である。
【図2】本発明に係る漆芸法の本工程の説明図である。
【図3】伝統的な「きんま」漆芸の工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
図1に示すように、本発明の漆芸法は従来法と同様に下地処理と本工程とからなる。下地処理は、伝統工法の1)〜13)と同じである。伝統工法における本工程の14)〜29)が本発明ではI〜Vの5工程に変わっている点に特徴がある。
【0011】
本発明の本工程を図2に基づき説明する。
I 工程(上漆塗り工程)
下地処理を済ませた下地材1に上塗漆、たとえば黒漆を数回塗り重ねる。多くの場合、上塗漆には黒漆を用いるが、色漆であってもよい。このようにして得られた上漆層を符号2で示す。
なお、この上漆塗り工程Iは伝統工法の14)〜18)に相当するものである。
【0012】
II 工程(被覆工程)
上漆層2の表面に油に溶けず水に溶ける被覆液を塗布し、表面を覆う。このようにして得られた被覆液層を符号3で示す。
油に溶けず水に溶ける被覆液としては、マメ科植物アカシア属の一種であるタナウン(ビルマアカシアとも云われる)の樹脂があるが、これに限られない。
この工程IIで用いる被覆液につき、油に溶けないことの条件を付与しているのは、油性をもつ漆を塗っても、互いに悪影響を及ぼさないようにするためである。また、後工程(IV)で色漆を塗るとき、互いに接着しないようにするためである。
なお、この工程IIは伝統の工法にはない工程である。
【0013】
III 工程(線彫り工程)
表面に線彫りを施す。この線彫りの深さは被覆液層3を越えて上漆層2に彫り込むものでなければならない。このようにして得られた彫り溝を符号4で示す。
このような作業には、伝統的な線彫り道具であるキンマ剣が好ましい。
線彫りをする前に線彫りのガイドとなる線を付与してから線彫りをしてもよい。このガイドとなる線は転写により付与してもよく、転写以外の方法で付与してもよい。転写には伝統工法と同じ方法を用いることができる。
なお、この工程IIIは伝統工法の20に相当する。
【0014】
IV 工程(色埋め工程)
彫り溝4を含む表面の上に色漆を塗布し、彫り溝4の溝に埋める。このようにして得られた色漆層を符号5で示す。前記の線彫り工程では、溝を彫ったときに上漆層2の被覆が破れており、そこに色漆がしっかりと接着することになる。
この色埋め作業に用いる道具にはヘラが好ましい。彫り溝4の深さによっては、色埋めは数回繰返す。
本工程IVに用いる色漆には、朱や黄が例示できるが、他の色も可能である。
【0015】
V 工程(洗い流し工程)
水で被覆液層3の被覆液を溶かし洗い流す。この工程Vで、被覆液層3は水に溶けるので、被覆液層3とその上面にある色漆層5も流される。しかし、彫り溝4内の色漆は、前述のごとく上塗漆にしっかりと接着している。
この結果、彫り溝4内の色漆5aのみが残留して残り、溝内で固定されることになる。
【0016】
(本発明の漆芸法の利点)
上記の5工程を実行することにより漆製品が完成品する。本発明による漆製品は、上記I〜V工程に研ぎや磨き工程が入っていないことから、少ない工程で製品を完成することができる。また、被覆工程では、油に溶けず水に溶ける被覆液を用いるが、油に溶けない性質があることによって上塗りや色埋めした漆が変質せず、漆塗りの品質が高く維持される。さらに、水に溶けることから洗い流しが可能であって、色塗の模様を出すのが容易に行える。
【0017】
(本発明の漆芸品の利点)
本発明の漆芸法では、本工程において何回にもわたって研いだり磨いたり、さらに漆を吸わせて拭き取る工程を用いないため、塗った漆がそのまま残っている。漆は乾燥した表面が最も高い強度を有しており、従来の伝統芸法のように表面をわざわざ研いだり磨いたりしないので、漆の膜が高い耐久性を有している。
しかも、彫り溝の中に色漆が埋め込まれて固定されていることから模様の構成は伝統的漆芸品と変らぬ美感を呈し、美感の点では伝統的工法と遜色のない仕上がりの漆工芸品となっている。
【0018】
上記のように、研ぎや磨きをしないので、普通は光沢はなく、つやけし品となる。ただし、最後に磨き工程を入れれば艶有製品も可能である。
以上のように簡易な工程でありながら品質の高い漆工芸品となっているので、日用品としての漆製品には好適である。
【符号の説明】
【0019】
1 下地材
2 上漆層
3 被覆液層
4 彫り溝
5 色漆層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下地処理工程と本工程とからなり、
前記本工程が、
下地材に上塗漆を数回塗り重ねて上漆層を作る上漆塗り工程と、
前記上漆層の表面に、油に溶けず水に溶ける被覆液を塗布して被覆液層を作る被覆工程と、
前記被覆液層および前記上漆層に彫り込むように線彫をして彫り溝を作る線彫り工程と、
色漆を前記彫り溝に埋める色埋め工程と、
水で前記被覆液を溶かし洗い流す洗い流し工程とからなる
ことを特徴とする漆芸法。
【請求項2】
前記被覆液として、マメ科植物アカシア属の一種であるビルマアカシアの樹脂を用いる
ことを特徴とする請求項1記載の漆芸法。
【請求項3】
請求項1記載の方法で得られた漆芸品であって、前記上漆層に形成された彫り溝の中に色漆が埋め込まれ固定されている
ことを特徴とする漆芸品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−183289(P2011−183289A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−50268(P2010−50268)
【出願日】平成22年3月8日(2010.3.8)
【出願人】(510063524)
【Fターム(参考)】