説明

潤滑剤及びその製造方法並びに転動装置

【課題】発塵及び発ガスの量が少ない潤滑剤及びその製造方法を提供する。また、潤滑剤からの発塵及び発ガスの量が少ない転動装置を提供する。
【解決手段】深溝玉軸受は、内輪1と、外輪2と、軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の転動体3と、を備えている。そして、内輪1及び外輪2の間に形成され転動体3が内設された空隙部内には、軌道面1a,2aと転動体3の転動面3aとの間の潤滑を行う潤滑剤Lが配されている。この潤滑剤Lは、加熱処理及び減圧処理の少なくとも一方からなる除去処理によって低分子量成分が除去された基油に、増ちょう剤を混合してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑剤及びその製造方法、並びに、潤滑剤を備える転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスクドライブ(HDD)において磁気ディスク上の情報を読み書きする磁気ヘッドが取り付けられたスイングアームを揺動運動可能に支持するピボット軸受装置には、グリース等の潤滑剤が使用されている。ピボット軸受装置を駆動すると、グリースから発塵や発ガスが起こり、磁気ディスクや磁気ヘッドが汚染されるおそれがあるため、グリースからの発塵及び発ガスの量の低減が求められていた。
【0003】
従来、グリースからの発塵及び発ガスの量を低減する方法としては、以下のようなものがあった。すなわち、グリースを備えるピボット軸受装置を、高温下又は高温且つ減圧下におくことにより、比較的低温で発塵や発ガスを起こすグリース中の低分子量成分の量を低減させていた。あるいは、ピボット軸受装置にラビリンス構造を導入することにより、グリースから発生した発塵及び発ガスがピボット軸受装置の外部に漏出することを抑制していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−206937号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ピボット軸受装置の内部のグリースは塊状になっているため、高温下又は高温且つ減圧下においたとしても、グリース中の低分子量成分の量を十分に低減させることができない場合があった。すなわち、塊状のグリースの表面部分からは低分子量成分を除去できるものの、中心部分からは低分子量成分を十分に除去することが難しかった。その結果、ピボット軸受装置の使用に伴ってグリースの形状が変化すると、低分子量成分を含んでいる中心部分が表面に露出してくるため、そこから発塵や発ガスが起こることとなる。
【0006】
また、ピボット軸受装置にラビリンス構造を導入したとしても、ピボット軸受装置の内外を流通する気体の量をゼロにはできないので、ピボット軸受装置の内部で発生した発塵及び発ガスが外部に漏出すること完全に防止することはできなかった。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、発塵及び発ガスの量が少ない潤滑剤及びその製造方法を提供することを課題とする。また、潤滑剤からの発塵及び発ガスの量が少ない転動装置を提供することを併せて課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明の潤滑剤の製造方法は、低分子量成分を含有する基油を用いて潤滑剤を製造するに際して、基油の低分子量成分を除去する除去処理を前記基油に施した後に、その基油に増ちょう剤を混合することを特徴とする。
このような本発明の潤滑剤の製造方法においては、前記除去処理を加熱処理及び減圧処理の少なくとも一方とすることが好ましい。また、前記基油として鉱油を使用した場合は、鉱油中の低分子量成分が効率良く除去される。
【0008】
さらに、本発明の潤滑剤は、基油を含有する潤滑剤において、低分子量成分が除去された基油に増ちょう剤を混合してなることを特徴とする。
さらに、本発明の転動装置は、外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を有し前記内方部材の外方に配された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転動装置において、前記両軌道面と前記転動体の転動面との間の潤滑を行う潤滑剤として、前記潤滑剤の製造方法により製造された潤滑剤を備えることを特徴とする。
【0009】
なお、本発明は種々の転動装置に適用することができる。例えば、転がり軸受,ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリングである。また、本発明における内方部材とは、転動装置が転がり軸受の場合には内輪、同じくボールねじの場合にはねじ軸、同じくリニアガイド装置の場合には案内レール、同じく直動ベアリングの場合には軸をそれぞれ意味する。また、外方部材とは、転動装置が転がり軸受の場合には外輪、同じくボールねじの場合にはナット、同じくリニアガイド装置の場合にはスライダ、同じく直動ベアリングの場合には外筒をそれぞれ意味する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の潤滑剤の製造方法は、基油の低分子量成分を除去する除去処理を前記基油に施した後に、その基油に増ちょう剤を混合するので、発塵及び発ガスの量が少ない潤滑剤を製造することができる。
また、本発明の潤滑剤は、低分子量成分が除去された基油に増ちょう剤を混合してなるため、発塵及び発ガスの量が少ない。
さらに、本発明の転動装置は、発塵及び発ガスの量が少ない潤滑剤を備えているため、発塵及び発ガスの量が少ない。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明に係る転動装置の一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る潤滑剤及びその製造方法並びに転動装置の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1の深溝玉軸受は、外周面に軌道面1aを有する内輪1と、内輪1の軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有し内輪1の径方向外方に配された外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の転動体(玉)3と、内輪1及び外輪2の間に転動体3を保持する保持器4と、内輪1及び外輪2の間の隙間の開口を覆う密封装置5,5(例えば接触又は非接触ゴムシールやシールド)と、を備えている。なお、保持器4や密封装置5は備えていなくてもよい。
【0013】
そして、内輪1及び外輪2の間に形成され転動体3が内設された空隙部(軸受空間)内には、軌道面1a,2aと転動体3の転動面3aとの間の潤滑を行う潤滑剤(グリース)Lが配されている。この潤滑剤Lは、低分子量成分が除去された基油に増ちょう剤及び添加剤を混合してなる。発塵や発ガスを起こす基油の低分子量成分の量が低減されているので、潤滑剤Lからの発塵及び発ガスの量が少ない。
【0014】
なお、添加剤は、低分子量成分が除去される前の基油に混合してもよいし、低分子量成分が除去された後の基油に混合してもよい。また、潤滑剤Lは、添加剤を含有せず基油と増ちょう剤からなるものでもよい。さらに、潤滑剤Lは、低分子量成分が除去された基油に添加剤を混合してなる潤滑油であってもよい。さらに、潤滑剤Lは、低分子量成分が除去された基油のみ(添加剤を含有しないもの)であってもよい。いずれの場合も、低分子量成分が除去された基油を使用しているので、同様に発塵及び発ガスの量が少ない。
【0015】
このような発塵及び発ガスの量が少ない潤滑剤Lを備える深溝玉軸受は、使用時に発塵及び発ガスの量が少ない。よって、発塵や発ガスを嫌う種々の用途に好適である。例えば、ピボット軸受装置等のHDD用途、医療用途、食品用途、半導体製造装置用途があげられる。
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
【0016】
例えば、本実施形態においては、転動装置の例として深溝玉軸受をあげて説明したが、転がり軸受の種類は深溝玉軸受に限定されるものではなく、本発明は様々な種類の転がり軸受に対して適用することができる。例えば、アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,自動調心ころ軸受,針状ころ軸受,円すいころ軸受,円筒ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。さらに、本発明は、転がり軸受に限らず、他の種類の様々な転動装置に対して適用することができる。例えば、ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等である。
また、本実施形態においては、潤滑剤を転がり軸受のような転動装置に適用した例を示して説明したが、本発明の潤滑剤は、その用途は特に限定されるものではなく、電気接点用等の他の用途にも使用可能である。
【0017】
次に、潤滑剤Lの製造方法について、基油,増ちょう剤,及び添加剤からなるグリースを例にして説明する。なお、潤滑剤に添加剤を使用する場合には、添加剤の希釈油を併用する場合もあるが、その場合には、以下の説明における「添加剤」を「添加剤及びその希釈油」に読み替えればよい。
従来は、基油,増ちょう剤,及び添加剤を混合して半固体状とし、グリースからの発塵及び発ガスの量を低減したい場合には、完成したグリースを高温下又は高温且つ減圧下におくことにより、発塵や発ガスを起こすグリース中の低分子量成分の量を低減させていた。
【0018】
本実施形態においては、基油及び添加剤を増ちょう剤と混合したグリースからの発塵及び発ガスの量を低減することを目的として、低分子量成分を含有する基油及び添加剤に対して、予め低分子量成分を低減する除去処理を施す。そして、その後に増ちょう剤と混合して半固体状とすることにより、低分子量成分の少ないグリースを製造する。
前述した従来の製造方法では、半固体状のグリースに対して除去処理を施すため、低分子量成分の除去効率が低く、グリースから低分子量成分を十分に除去できない場合があった。それに対して、本実施形態の製造方法では、粘性の低い基油に対して除去処理を施すため、低分子量成分の除去効率が高く、基油から低分子量成分を十分に除去することが可能である。そして、低分子量成分を十分に除去された基油を用いてグリースを製造するので、このようにして得られたグリースは、発塵及び発ガスの量が少ない。
【0019】
以下に、本実施形態の潤滑剤及びその製造方法について、さらに詳細に説明する。
〔基油の低分子量成分を除去する除去処理について〕
基油の低分子量成分を十分に除去することが可能であれば、除去処理の種類は特に限定されるものではないが、加熱処理又は減圧処理が好ましい。加熱処理と減圧処理の両方を併用すれば、基油の低分子量成分の量をより効率良く低減することができる。なお、除去処理に際しては、基油を撹拌することが好ましい。そうすれば、基油の低分子量成分をより効率良く除去することができる。
【0020】
加熱処理の加熱温度は、基油の種類に応じて適宜設定すればよいが、潤滑剤に一般的に使用される基油においては100℃以上が好ましい。また、減圧処理の減圧度も、基油の種類に応じて適宜設定すればよいが、潤滑剤に一般的に使用される基油においては400Pa以下が好ましい。加熱処理,減圧処理の処理時間は、基油の種類や加熱温度,減圧度に応じて適宜設定すればよいが、基油の低分子量成分の量を十分に低減するためには、30分間以上とすることが好ましい。
【0021】
〔基油について〕
低分子量成分を含有する基油として鉱物系潤滑油(鉱油)が使用される場合には、その種類は特に限定されるものではないが、具体的には、鉱物系潤滑油としては、パラフィン系鉱物油,ナフテン系鉱物油,及びそれらの混合油があげられる。また、鉱物系潤滑油に合成潤滑油を混合したものを基油として使用することができるが、混合して使用することができる合成潤滑油としては、合成炭化水素油,エーテル油,エステル油,シリコン油,フッ素油,及びグリコール油等があげられる。
【0022】
合成炭化水素油としてはポリα−オレフィン油等を、エーテル油としてはジアルキルジフェニルエーテル油,アルキルトリフェニルエーテル油,アルキルテトラフェニルエーテル油等を、エステル油としてはジエステル油,ネオペンチル型ポリオールエステル油,これらのコンプレックスエステル油,芳香族エステル油,炭酸エステル油,グリセリンエステル油等を使用することができる。
なお、低分子量成分を含有する基油は、合成潤滑油以外の種類の基油と混合して用いてもよい。
【0023】
〔増ちょう剤について〕
増ちょう剤の種類は特に限定されるものではなく、潤滑剤において一般的に使用される増ちょう剤を問題なく使用することができる。例えば、アルミニウム石けん,バリウム石けん,カルシウム石けん,リチウム石けん,ナトリウム石けん等の金属石けんや、リチウム複合石けん,カルシウム複合石けん,アルミニウム複合石けん等の金属複合石けんがあげられる。また、ジウレア,トリウレア,テトラウレア,ポリウレア等のウレア化合物や、シリカ,シリカゲル,ベントナイト等の無機系化合物も好適に使用可能である。さらに、ウレタン化合物、ウレア・ウレタン化合物、テレフタルアミド酸ナトリウム等も好適に使用可能である。これらの増ちょう剤は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
【0024】
〔添加剤について〕
潤滑剤Lには、その各種性能をさらに向上させるために、潤滑剤に一般的に使用される添加剤を添加しても差し支えない。例えば、酸化防止剤,防錆剤,耐摩耗剤,極圧剤,油性向上剤,金属不活性化剤等があげられる。
酸化防止剤としては、例えば、アミン系酸化防止剤,フェノール系酸化防止剤,硫黄系酸化防止剤,ジチオリン酸亜鉛,ジチオカルバミン酸亜鉛があげられる。防錆剤としては、例えば、スルホン酸金属塩,エステル系防錆剤,アミン系防錆剤,ナフテン酸金属塩,コハク酸誘導体,脂肪酸があげられる。極圧剤としては、例えば、リン系極圧剤,ジチオリン酸亜鉛,有機モリブデンがあげられる。油性向上剤としては、例えば、脂肪酸,動植物油があげられる。金属不活性化剤としては、例えば、ベンゾトリアゾールがあげられる。
これらの添加剤は1種を単独で用いてもよいし、2種以上を適宜組み合わせて用いてもよい。潤滑剤Lにおける添加剤の合計の含有量は、本発明の目的を損なわない程度であれば特に限定されるものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低分子量成分を含有する基油を用いて潤滑剤を製造するに際して、基油の低分子量成分を除去する除去処理を前記基油に施した後に、その基油に増ちょう剤を混合することを特徴とする潤滑剤の製造方法。
【請求項2】
前記除去処理は加熱処理及び減圧処理の少なくとも一方であることを特徴とする請求項1に記載の潤滑剤の製造方法。
【請求項3】
前記基油が鉱油であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の潤滑剤の製造方法。
【請求項4】
基油を含有する潤滑剤において、低分子量成分が除去された基油に増ちょう剤を混合してなることを特徴とする潤滑剤。
【請求項5】
外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を有し前記内方部材の外方に配された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転動装置において、前記両軌道面と前記転動体の転動面との間の潤滑を行う潤滑剤として、請求項1〜3のいずれか一項に記載の潤滑剤の製造方法により製造された潤滑剤を備えることを特徴とする転動装置。

【図1】
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【公開番号】特開2012−82321(P2012−82321A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−229807(P2010−229807)
【出願日】平成22年10月12日(2010.10.12)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】