説明

炭化水素の製造方法

【課題】本発明は、セルロースや木粉などのバイオマスから、ガス化や熱分解を経由しないで、酸素を含まない炭化水素混合物を、高められた収率で製造することができる新規な方法を提供する。
【解決手段】バイオマス原料から燃料に適した炭化水素を製造する方法であって、1−ヘキサノールなどのアルコール中でバイオマス原料を前処理した後、白金/H−ZSM−5等の、周期律表第10族に属する金属又はこれを含む化合物で修飾された多孔性固体酸化物を含有してなる触媒を用いて水素化分解を行うことにより、C2−C9程度の炭化水素を極めて収率よく製造することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースや木粉などのバイオマス原料から燃料に適した炭化水素を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースは、β−グリコシド結合を有する水にも不溶の難分解性化合物である。また木粉は、セルロース/ヘミセルロース/リグニン等を含む更に反応性が低い物質である。このような反応性が低い原料から、炭素と水素から成る炭化水素混合物を得るためには、(1)ガス化−FT(フィッシャー・トロプシュ)反応を経由する方法、(2)熱分解−水素化脱酸素反応を経由する方法、などが想定されている。
しかし、(1)の方法は、900℃程度の高温のスチームでガス化する必要があり、また、FT反応後に高級ワックスの水素化分解が必要である(非特許文献1)。
また、(2)の方法は、熱分解温度は500〜600℃であるが、得られたバイオオイルには50質量%を超える酸素が含有しているため、石油系の燃料と同品質にするためには、大量の水素による水素化脱酸素工程が必要である(特許文献1〜2)。
このように、(1)、(2)の方法は、用いる原料が再生可能資源でも、省エネルギー・省資源プロセスの観点からは問題が多い。
【0003】
これに対して、一層低い350℃程度の温度条件で超臨界メタノール中にて木質バイオマスやセルロースを熱処理すると、メタノールに可溶化して、単糖類、2糖類などに低分子化される(非特許文献2)が、これらは依然として酸素を多く含み、燃料等に適する炭化水素ではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2010/002886号
【特許文献2】国際公開第2008/027699号
【0005】
【非特許文献1】”バイオガスの触媒変換による炭化水素系燃料の製造”、村田和久,岡部清美、劉彦勇、花岡寿明、坂西欣也、日本エネルギー学会誌、87(6), 448-454 (2008).
【非特許文献2】”Comparison of the decomposition behaviors of hardwood and softwood in supercritical methanol”、Eiji Minami, Shiro Saka, J Wood Sci (2003)49:73-78.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、こうした現状を鑑みてなされたものであって、セルロースや木粉などのバイオマスから酸素を含まない炭化水素混合物を十分な収率で製造することができる新規な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決すべく、原料の前処理と水素化分解触媒の組み合わせについて鋭意研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
すなわち、この出願によれば、以下の発明が提供される。
(1)バイオマス原料から燃料に適した炭化水素を製造する方法であって、アルコール中でバイオマス原料を前処理した後、触媒による水素化分解をおこなうことを特徴とする炭化水素の製造方法。
(2)前記アルコールとして、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、及びヘキサノールから選ばれるモノアルコール、或いはエチレングリコール、1,4−ブタンジオール、グリセロール、及びペンタエリスリトールから選ばれる多価アルコールのいずれかを用いることを特徴とする前項(1)に記載の炭化水素の製造方法。
(3)前記バイオマス原料として、セルロース、木質系または廃棄物系バイオマスを用いることを特徴とする前項(1)または(2)に記載の炭化水素の製造方法。
(4)前記水素化分解において、周期律表第10族に属する金属もしくはこれを含む化合物で修飾された多孔性固体酸化物を含有してなる触媒を用いることを特徴とする前項(1)、(2)または(3)に記載の炭化水素の製造方法。
(5)前記多孔性固体酸化物が、ゼオライト化合物であることを特徴とする前項(4)に記載の炭化水素の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の新規な製造方法を用いれば、セルロースや木粉などから収率良く炭化水素混合物を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明に用いるバイオマスは、木質系および廃棄物系が通常用いられ、木質系としては、杉、米松、ユーカリ、竹、などが例示され、また廃棄物系としては、ジャトロファ、パームなどからのバイオディーゼル搾油後の廃材、稲わら、バガス、コーンストーバー、廃芝などの農業残渣、下水汚泥、食品残渣などの生活廃材、などが例示される。これらは必要に応じて、天日乾燥、粉砕などの前処理が行われる。また別の原料として、これらバイオマスを構成するセルロース、ヘミセルロース、リグニンなどを個別に反応させることもできる。
【0010】
本発明の製造方法は、アルコールによるバイオマス原料の前処理と、触媒による水素化分解から成る。
このうち前処理に用いるアルコールは、通常の有機アルコールのモノまたは多価アルコールが用いられ、モノアルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ヘキサノールなどが挙げられ、また多価アルコールとしては、エチレングリコール、1,4−ブタンジオール、グリセロール、ペンタエリスリトールなどが挙げられる。この場合のアルコールとセルロース等の原料との使用割合は、原料バイオマス1グラム当たり、0.1〜1000グラム、好ましくは1〜50グラムの割合である。反応前には、バイオマス原料とアルコール溶媒との相溶性は良くはないが、反応の進行上何ら影響はない。
【0011】
本発明において、バイオマス原料のアルコール中での前処理におけるガス雰囲気は任意であるが、通常原料の酸化を防ぐために、窒素、アルゴン、ヘリウム、二酸化炭素、などの不活性雰囲気で行われる。この場合の前処理温度は、50〜600℃、好ましくは250〜450℃の条件下であり、また、反応圧力は任意であるが、加圧が好ましく、0.01〜100MPa、好ましくは0.5〜5MPaである。
【0012】
前記前処理後の生成物を、水素化分解/脱酸素して炭化水素混合物を製造する際に用いられる水素化分解用触媒は、周期律表第10族に属する金属もしくはこれを含む化合物で修飾された多孔性固体酸化物を含有することを特徴とする。多孔性固体酸化物としては、周期律表第10族金属もしくはこれを含む化合物と共存、またはその表面に金属等の化合物を担持できるものであればいかなる酸化物も含まれるが、一般に触媒担体として知られている金属酸化物(非多孔性であっても多孔性であってもよい)や多孔性酸化物を用いることが好ましい。
【0013】
このような多孔性固体酸化物としては、ゼオライト化合物などが挙げられる。
ゼオライト化合物としては、Y−型、L−型、モルデナイト、フェリエライト、ベータ型、H−ZSM−5などを挙げることができる。
また、ゼオライト化合物以外の多孔性酸化物としては、TS−1、MCM−22、MCM−48、ガロシリケート、などの結晶性メタロシリケート、MCM−41などのメソポーラスシリカ化合物などを挙げることができる。
また、これらの多孔性酸化物には、チタン、アルミニウム、バナジウム、ニオブ、タンタル、ホウ素、ジルコニウムなどの元素を含有するものや非晶質多孔性シリカ化合物も含まれる。他の多孔性固体酸化物としては、たとえば、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、セリアなどの通常用いられる金属酸化物を用いることもできる。
【0014】
他の多孔性固体酸化物としては、たとえば、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、セリアなどの通常用いられる金属酸化物を硫酸根やタングステン酸等で表面修飾した酸化物が挙げられる。またシリカ−アルミナなどの複合酸化物を硫酸根やタングステン酸で修飾した酸化物を用いることも可能である。この場合、通常のジルコニアなどの金属酸化物に硫酸根や水溶性のタングステン化合物を含浸法にて担持し、100℃で乾燥、さらに焼成することにより得ることができる。この時の焼成温度は300〜1500℃、好ましくは500〜900℃である。
【0015】
本発明でとりわけ好ましく使用される多孔性固体酸化物は、前処理により得られた可溶性の単糖類/2糖類などを表面に吸着でき、周期律表第10族の金属との協調効果により高圧の水素を活性化して単糖類/2糖類を水素化/脱酸素し、飽和炭化水素に変換することができる、シリカ/アルミナ比が小さなゼオライト化合物(特にH−ZSM−5)や、固体超強酸性を有する硫酸根またはタングステン酸ジルコニアなどを挙げることができる。
【0016】
本発明で用いる多孔性固体酸化物はその使用に当たって、周期律表第10族に属する金属を含む化合物等で修飾しておくことが必須である。
周期律表第10族に属する金属を含む化合物としては、白金化合物、パラジウム化合物などが挙げられ、白金化合物としては、塩化白金酸、塩化第一白金アンモニウム、塩化第二白金ナトリウム、シアン化第一白金カリウム、ジクロロテトラアンミン白金、テトラミン硝酸白金、ビス−アセチルアセトナト白金、テトラキストリフェニルフォスフィン白金等が挙げられる。パラジウム化合物としては、酢酸パラジウム、ビス−アセチルアセトナトパラジウム、塩化パラジウム、四塩化パラジウムアンモニウム、六塩化パラジウムナトリウム、ジアミノ亜硝酸パラジウム、テトラキストリフェニルフォスフィンパラジウム、硝酸パラジウム、硫酸パラジウム等が挙げられる。
【0017】
多孔性固体酸化物に白金等の化合物を含有させる方法としては、物理混合法や、含浸法、沈殿法、混練法、インシピエントウェットネス法等の従来公知の方法を採用することが出来る。
たとえば、白金等の化合物は、通常、水溶液として固体酸化物に担持される。またアセトン、イソプロパノール、ベンゼンなどの有機溶媒も用いられる。白金等の化合物を含有させたゼオライト酸化物等の焼成温度は、300〜900℃、好ましくは500〜700℃程度である。白金等の担持量は、任意であるが、白金金属として、担体酸化物100g当たり、0.001〜10g、好ましくは0.1〜10gである。これらの添加物は、単独もしくは2種以上の混合物として用いることができる。
【0018】
本発明の前処理により得られた生成物を水素化分解して炭化水素混合物を得る反応は、気相及び液相のいずれで行うこともできるが、概して高沸点原料を対象としているため、液相がより好ましい。この場合の反応温度は、50〜600℃、好ましくは200〜400℃の条件下であり、また反応圧力は任意であるが加圧が好ましく、0.01〜100MPa、好ましくは0.5〜10MPaである。
雰囲気ガスは不活性ガスまたは水素が用いられ、不活性ガスとしては、アルゴン、ヘリウム、窒素などを用いることが出来る。しかし反応として水素化を含むため、水素圧下がより好ましく用いられる。水素の使用割合は、原料バイオマス1グラム当たり、0.0001〜1000グラム、好ましくは0.01〜10グラムの割合である。また、水素は、窒素、ヘリウム、アルゴンガス等の不活性ガスで希釈して用いることができる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明について、実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0020】
(実施例1)
セルロース1g、1−プロパノール10mlをオートクレーブに導入し、アルゴン2MPaを導入した後、350℃で2時間前処理を行った。
次に触媒調製として、ゼオリスト社製H−ZSM−5(ケイバン比(SiO/Al)=23)にジクロロテトラアンミン白金(白金換算で1wt%)を含浸させ、60℃で一晩乾燥、さらに100℃で3時間乾燥後、500℃で6時間空気焼成した。
こうして得られたPt/H−ZSM−5(1.0g)および水(9g)を、前処理後のオートクレーブを開けて速やかに導入し、水素と窒素の混合ガス(水素/窒素(体積比)=84.3/15.7)を全圧6.5MPaにて導入して、400℃で12時間反応させた。
反応後の生成物をガスクロマトグラフにより分析したところ、炭化水素への転化率が81.3%、またC2−C9選択率が94.7%となった。なお、副生物として、メタン1.77%、CO+CO(COと表記)が2.37%、C10以上の炭化水素1.15%が検出された。
【0021】
炭化水素への転化率、C15―C18選択率は便宜的に以下のように計算した。
(1)炭化水素への転化率=[(生成炭化水素中のC原子の総和)/(全炭素導入量)]×
100
(2)炭素選択率=[(当該炭化水素モル×当該炭化水素中の炭素数)/(全炭化水素中の炭素数)]×100
他の炭化水素選択率も同様に計算した。
【0022】
(比較例1)
1−プロパノールを用いない以外は実施例1と同様にセルロースの水素化分解を行った。その結果、炭化水素への転化率89.1%であったが、C2−C9選択率39.4%と半減し、メタンとCOの合計が39.8%と著しく多かった。
【0023】
(実施例2〜4)
1−プロパノールの代わりに、1−ブタノール、1−ペンタノール、1−ヘキサノールをそれぞれ10ml用いた以外は実施例1と同様に反応させたところ、表1のように、炭化水素への転化率がそれぞれ77.4%、100%、100%、また、C2−C9選択率がそれぞれ、90.8%、82.9%、89.1%となり、触媒性能が改善され、とりわけ1−ヘキサノールでは、C2−C9収率が89.1%と極めて向上した。
【0024】
(実施例5、6)
H−ZSM−5ゼオライトの代わりに、USY(ケイバン比5.3)およびY(ケイバン比5.1)とした以外、実施例1と同様にして触媒調製を行い、実施例4と同様に反応を行ったところ、炭化水素への転化率がそれぞれ84.4%、72.2%、C2−C9選択率が59.3%、56%となった。
【0025】
(実施例7)
セルロースの代わりにユーカリ粉1gと1−ヘキサノール10mlを用いた以外、実施例1と同様に前処理及び反応を行ったところ、表2のように、炭化水素への転化率が100%、またC2−C9選択率が89.4%と極めて高く、メタンとCOの合計は4.28%であった。
【0026】
(比較例2)
1−ヘキサノールによる前処理を行わない以外、実施例7と同様に反応させたところ、炭化水素への転化率が76.3%、C2−C9選択率53.1%と低く、逆にメタンとCOの合計選択率が35.4%と高かった。
【0027】
(実施例8)
前処理温度を270℃とした以外、実施例7と同様に前処理及び反応を行ったところ、炭化水素への転化率が100%、また、C2−C9選択率が78.7%、メタンとCOの合計は6.19%であった。
【0028】
(実施例9、10)
ユーカリの代わりに、日本産杉および米松を用いた以外、実施例7と同様に前処理及び反応を行ったところ、炭化水素への転化率がそれぞれ92.4%、80.5%、また、C2−C9選択率がそれぞれ74.4%、86.6%、さらに、メタンとCOの合計選択率はそれぞれ、4.81%、3.19%であった。
【0029】
以上の結果をまとめて、下記の表1、表2に記載する。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の方法では、非食用のセルロースや木粉から収率よくC2−C9程度の炭化水素混合物が得られ、これらはガソリンへの添加や、化学品中間体として極めて有用であり、化学工業や自動車産業への適用が期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオマス原料から燃料に適した炭化水素を製造する方法であって、アルコール中でバイオマス原料を前処理した後、触媒による水素化分解をおこなうことを特徴とする炭化水素の製造方法。
【請求項2】
前記アルコールとして、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、及びヘキサノールから選ばれるモノアルコール、或いはエチレングリコール、1,4−ブタンジオール、グリセロール、及びペンタエリスリトールから選ばれる多価アルコールのいずれかを用いることを特徴とする請求項1に記載の炭化水素の製造方法。
【請求項3】
前記バイオマス原料として、セルロース、木質系または廃棄物系バイオマスを用いることを特徴とする請求項1又は2に記載の炭化水素の製造方法。
【請求項4】
前記水素化分解において、周期律表第10族に属する金属又はこれを含む化合物で修飾された多孔性固体酸化物を含有してなる触媒を用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の炭化水素の製造方法。
【請求項5】
前記多孔性固体酸化物が、ゼオライト化合物であることを特徴とする請求項4に記載の炭化水素の製造方法。

【公開番号】特開2012−17373(P2012−17373A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−154426(P2010−154426)
【出願日】平成22年7月7日(2010.7.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年3月24日 触媒学会発行の「第105回触媒討論会 討論会A予稿集」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構、地球規模課題対応国際科学技術協力事業「非食糧系バイオマスの輸送用燃料化基盤技術/ジャトロファからの高品質輸送用燃料製造・利用技術」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】