説明

炭素材用耐酸化剤、耐酸化性に優れた炭素材、及びその製造方法

【課題】炭素材の耐酸化性を更に向上させ、酸化による物理的、化学的性質の低下を確実に防止する。
【解決手段】リン系耐酸化剤及びガラス質膜形成成分を反応させてなる炭素材用耐酸化剤。リン系耐酸化剤及びガラス質成分を含有する炭素材用耐酸化剤。リン系耐酸化剤及びガラス質膜形成成分を、任意の順序で、炭素材に接触させる耐酸化性に優れた炭素材の製造方法。リン系耐酸化剤及びガラス質成分を含有する耐酸化性に優れた炭素材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素材用耐酸化剤、耐酸化性に優れた炭素材、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素材は、耐熱性、耐薬品性に優れ、かつ高強度で軽量なため、非酸化性雰囲気で使用される耐熱材料として広く用いられている。とりわけ、炭素繊維強化炭素複合材(以下「C/C複合材」と称す。)は、その優れた耐熱衝撃性から、航空機用や自動車用のブレーキディスク、パッド等に使用されている。
【0003】
しかしながら、炭素材は、一般に500℃程度から酸化を受け、炭素材本来の優れた物理的、化学的性質が低下するため、高温大気中での使用は極短時間のものを除き、不可能であるという欠点を有している。そこで、炭素材の酸化による物理的、化学的性質の低下を防止する目的で、従来、炭素材の耐酸化性を高めるために種々の検討がなされてきた。
【0004】
例えば、特開昭56-16575号公報にみられるように、炭素材にリン酸を含浸させて耐酸化性を向上させることや、特開平7-41376号公報にみられるように、炭素材にリン酸金属塩を含浸させて耐酸化性を向上させること、特開2000-351683号公報にみられるように、炭素材の表面にガラス質を封止剤として適用して、セラミック等の耐酸化保護層を形成する方法が行われている。
【特許文献1】特開昭56-16575号公報
【特許文献2】特開平7-41376号公報
【特許文献3】特開2000-351683号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記いずれの方法によっても、耐酸化性の向上効果は未だ充分であるとは言えず、特に、航空機用や自動車用のブレーキディスク、パッドのように過酷な条件で用いられる炭素材に対しては、更なる耐酸化性の向上が望まれていた。また、セラミック等の耐酸化保護層を形成する方法では、摺動材として用いた場合、表面がセラミック層のため、その摩擦特性が炭素材と比べ低下してしまうという課題も有していた。
【0006】
従って、本発明の目的は、炭素材の耐酸化性を更に向上させ、酸化による物理的、化学的性質の低下を確実に防止することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、リン系耐酸化剤及びガラス質膜形成成分を反応させてなるものを用いることにより、かかる課題が解決されることを見出した。
【0008】
即ち、本発明は、リン系耐酸化剤及びガラス質膜形成成分を反応させてなることを特徴とする炭素材用耐酸化剤、に存する。
【0009】
本発明はまた、リン系耐酸化剤及びガラス質成分を含有することを特徴とする炭素材用耐酸化剤、に存する。
【0010】
本発明はまた、リン系耐酸化剤及びガラス質膜形成成分を炭素材に接触させることを特徴とする耐酸化性に優れた炭素材の製造方法、に存する。なお、この方法において、炭素材へのリン系耐酸化剤及びガラス質膜形成成分の接触の順序には特に制限はなく、いずれが先であっても良く、また、同時であっても良い。
【0011】
更に、本発明は、リン系耐酸化剤及びガラス質成分を含有することを特徴とする耐酸化性に優れた炭素材、に存する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、炭素材の耐酸化性能を著しく向上させることができ、特に耐水性にも優れた耐酸化性能を炭素材に付与することができるので、その工業的価値は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態につき詳細に説明するが、以下に記載する実施形態はあくまでも本発明の代表的な実施形態であって、本発明はこれらの実施形態に特定されるものではない。
【0014】
[炭素材]
まず、本発明において、耐酸化性向上の処理対象となる炭素材について説明する。
【0015】
本発明で対象となる炭素材としては、特に制限はなく、繊維状、粒子状、バルク状等の種々の形態の、単一、或いは複合した炭素材を用いることができるが、耐酸化性付与効果の工業的価値が極めて高い材料種として、炭素繊維を補強材とし、炭素をマトリックスとした複合材料である炭素繊維強化炭素複合材(C/C複合材)が好適に用いられる。
【0016】
そこで、以下においては、C/C複合材への適用例について詳細に説明するが、本発明に係る炭素材は何らC/C複合材に限定されるものではない。
【0017】
C/C複合材としては特に制限はなく任意のものを用いることができる。
【0018】
C/C複合材の炭素繊維としては、ピッチ系、PAN系、レーヨン系等の公知のいずれも使用でき、またその強度、弾性率は特に限定されるものではない。これらの炭素繊維の形態としては、例えば単繊維2000〜12000本の束からなるトウ、ストランド、ヤーン等を、好ましくは0.3mm以上、より好ましくは5mm以上程度で、好ましくは100mm以下、より好ましくは50mm以下程度にカッティングすることにより得られる短繊維状のものが挙げられる。
【0019】
このような短繊維状の炭素繊維を用いたC/C複合材は、通常次のようにして製造される。即ち、まず、この短繊維状炭素繊維を開繊、分散してプリフォーム又はシート状にし、次いでマトリックス材として、ピッチ及び/又は樹脂を含浸させた後積層して、100〜500℃で加圧成形し、繊維体積含有率が通常5%以上、好ましくは10%以上で、通常65%以下、好ましくは55%以下の成形体を得る。この成形体を窒素ガス等の不活性ガス雰囲気中、1〜200℃/hrの昇温速度で800〜2500℃まで昇温して焼成することによりC/C複合材とする。なお、必要に応じて、更に緻密化、黒鉛化処理を実施して高強度化を図っても良い。この場合、緻密化処理としては、例えば、焼成により得られたC/C複合材に、フェノール樹脂等の熱硬化性物質、タール、ピッチ等の熱可塑性物質を含浸させ、再度炭化を行う含浸法、或いはメタン、プロパンなどの炭化水素ガスを熱分解して炭素を析出させるCVD法等が挙げられ、これらの手法を必要回数繰り返し行って、嵩密度を調整することができる。その後、更に黒鉛化処理を実施することができる。
【0020】
[炭素材用耐酸化剤]
次に本発明の炭素材用耐酸化剤について説明する。
【0021】
本発明の炭素材用耐酸化剤は、リン系耐酸化剤及びガラス質膜形成成分を反応させてなり、リン系耐酸化剤及びガラス質成分を含有するものである。
【0022】
本発明においては、リン系耐酸化剤をガラス質膜形成成分と反応させてなるものを炭素材用耐酸化剤に用いることにより、炭素材の表面に耐水性の高いガラス質膜を形成し、従来にない高い耐酸化性を発現させることができる。
【0023】
<リン系耐酸化剤>
本発明で用いるリン系耐酸化剤としては、特に限定されるものではなく、従来公知の任意のリン系耐酸化剤を用いることができる。例えば、リン酸、第一リン酸アルミニウム等のリン酸塩等が挙げられる。これらの中でも、リン酸が最も汎用的であり、リン酸に酢酸アルミニウム等の酢酸塩を混合したものを使用することもできる。リン酸と酢酸アルミニウムとの混合系を用いる場合、リン酸と酢酸アルミニウムとの反応で生成するリン酸アルミニウムにより良好な耐酸化性を得ることができる。この場合、リン酸と酢酸アルミニウムとの混合比率に特に制限はなく要求性能に応じて選択すればよい。例えば、1/10〜10/1(モル比)の任意の比率でよく、中でも2/1〜1/2(モル比)付近で混合したものが好適に用いられる。
【0024】
<ガラス質膜形成成分>
ガラス質膜形成成分は、融点800℃以下であるか、或いは水溶性であることが好ましい。なお、ガラス質膜形成成分としてガラスフリットのように複数種の混合体となる場合は「融点800℃以下」とあるのは軟化点800℃以下のものを用いればよい。
【0025】
即ち、リン系耐酸化剤及びガラス質膜形成成分が反応して炭素材の表面でガラス質膜を形成することで高い耐酸化性が得られることから、ガラス質膜形成成分は、炭素材表面に十分に広がり、炭素材表面に効率良くガラス質膜を形成することができるものであることが望ましい。そのためには、炭素材が変質しない程度の加熱で溶融するか、水溶液として炭素材に含浸できるものが好適である。
【0026】
従って、融点(軟化点)800℃以下、好ましくは500℃以下のものであるか、水溶性のものが好ましい。なお、ガラス質膜形成成分の融点の下限値としては、過度に融点が低いと、乾燥処理の際に起こる加熱によっても変質しやすいことから200℃以上程度が好ましい。
【0027】
本発明で用いるガラス質膜形成成分としては、より具体的には、下記(1)及び/又は(2)が挙げられる。
(1) リン酸塩ガラス及びホウ素化合物(以下「ガラス質膜形成成分(1)」と称す場合がある。)
(2) タングステン酸アルカリ金属塩(以下「ガラス質膜形成成分(2)」と称す場合がある。)
(1) リン酸塩ガラス及びホウ素化合物
リン酸塩ガラスは、リン酸を主要成分の1つとして含むガラスであり、例えば五酸化リン等のリン化合物を主要成分とするものである。実用的には、ガラスフリットとして工業的に入手され、五酸化リンの他、二酸化珪素、酸化リチウム、酸化ナトリウム、酸化ホウ素、酸化アルミニウムのいずれか、又は全てを含むものを用いることができる。なお、工業的に入手されるガラスフリット中には、通常、リン酸塩ガラスが通常10wt%以上60wt%以下の範囲で含有されている。
【0028】
ホウ素化合物としては、炭化ホウ素、酸化ホウ素等が挙げられる。
【0029】
これらの中でも、酸化ホウ素は水に溶けてホウ酸になりやすく、ホウ酸に変換されると酸化ホウ素になりにくいため、原料形態としては、炭化ホウ素が好ましく用いられる。
【0030】
ガラス質膜形成成分として、リン酸塩ガラス及びホウ素化合物を用いる場合、そのリン系耐酸化剤に対する使用割合は、リン酸塩ガラスはリン系耐酸化剤に対するガラスフリットの比率として通常50wt%以下、好ましくは20wt%以下の割合で、ホウ素化合物はリン系耐酸化剤に対する比率として通常10wt%以下、好ましくは6wt%以下で、通常1wt%以上であり、ホウ素化合物はリン酸塩ガラスに対する比率として通常60wt%以下、好ましくは50wt%以下で、通常1wt%以上、好ましくは5wt%以上とする。これらの比率が少な過ぎると、その添加効果を十分に得ることができず、多過ぎると溶解性が低くなりやすい。
【0031】
(2) タングステン酸アルカリ金属塩
タングステン酸アルカリ金属塩としては、カリウム、ナトリウム等のアルカリ金属塩が挙げられ、タングステン酸アルカリ金属塩は、通常、水性媒体、好ましくは水に溶解した水溶液として用いられる。
【0032】
タングステン酸アルカリ金属塩の水溶液中のタングステン酸アルカリ金属塩の濃度としては、通常20wt%以上、好ましくは40wt%以上で、通常80wt%以下、好ましくは60wt%以下である。この濃度が高すぎると、粘度が高すぎて炭素材への被覆効果が低下しやすく、低すぎると耐酸化性が低下しやすくなる。
【0033】
<リン系耐酸化剤とガラス質膜形成成分との反応方法>
本発明においては、例えば次のような方法で、炭素材の存在下に、リン系耐酸化剤とガラス質膜形成成分とを反応させて、炭素材用耐酸化剤により耐酸化性が高められた炭素材を得る。
[1] 予めリン系耐酸化剤とガラス質膜形成成分を混合しておき、混合物を炭素材と接触させ、適宜加熱、反応させる。その際、予めリン系耐酸化剤とガラス質膜形成成分を水性媒体、好ましくは水中で混合した水溶液或いは水分散液とするのがよい。廃液処理の簡便さから、水性媒体で調製するのが好ましい。例えば、ガラス質膜形成成分(1)を用いる場合は、リン酸塩ガラス及びホウ素化合物を、リン系耐酸化剤(例えばリン酸等)の水溶液に溶解又は分散させて、混合物を炭素材と接触させ、適宜加熱、反応させることが好ましい。
[2] リン系耐酸化剤で炭素材を処理後、適宜乾燥処理した後、更にガラス質膜形成成分で処理し、炭素材の存在下に適宜、加熱し、反応させる。例えば、ガラス質膜形成成分(2)を用いる場合、リン系耐酸化剤(例えばリン酸等)の水溶液で炭素材を処理した後、タングステン酸アルカリ金属塩水溶液で更に処理して、炭素材の存在下に適宜、加熱し、反応させることが好ましい。
[3] ガラス質膜形成成分で炭素材を処理後、更にリン系耐酸化剤で処理し、炭素材の存在下に適宜、加熱し、反応させる。例えば、ガラス質膜形成成分(2)を用いる場合、タングステン酸アルカリ金属塩水溶液で炭素材を処理した後、適宜乾燥し、リン系耐酸化剤(例えばリン酸等)水溶液で更に処理して、炭素材の存在下に適宜、加熱し、反応させることが好ましい。
【0034】
以下に、上記[1]〜[3]の手法でリン系耐酸化剤とガラス質膜形成成分とを炭素材の存在下に反応させる際の、具体的な処理操作方法や処理条件について説明する。なお、以下において、反応前のリン系耐酸化剤及び/又はガラス質膜形成成分を「耐酸化剤前駆体」と称す場合がある。
【0035】
(炭素材Aに対する耐酸化剤前駆体の処理量)
炭素材に対する耐酸化剤前駆体の処理量は、炭素材の種類や要求された耐酸化性能に応じて適宜選択されるが、耐酸化剤前駆体の総量(即ち、リン系耐酸化剤及びガラス質膜形成成分との合計量)として、炭素材の体積当たりの添着量として、通常1g/cm以上、中でも5g/cm以上で、通常200g/cm以下、中でも100g/cm以下とするのが好ましい。処理量がこの上限を超えると経済的ではなく、下限を下回ると十分な耐酸化性能の向上効果を得ることができない。
【0036】
(耐酸化剤前駆体による炭素材の処理方法)
リン系耐酸化剤及び/又はガラス質膜形成成分で炭素材を処理する方法、即ち、リン系耐酸化剤及び/又はガラス質膜形成成分と炭素材とを接触、ないし混合する方法としては特に制限はないが、例えば、リン系耐酸化剤及び/又はガラス質膜形成成分(或いはこれを含む液)を刷毛塗り、スプレー等により炭素材の表面に塗布する方法や、リン系耐酸化剤及び/又はガラス質膜形成成分(或いはこれを含む液)に炭素材を含浸させる方法が挙げられる。
【0037】
なお、含浸処理時には、適宜、減圧ないし真空引きを行っても良い。例えば、30torr(3990Pa)以下、好ましくは、10torr(1330Pa)以下に減圧して、0.5〜1時間保持する真空含浸が望ましい。
【0038】
(乾燥条件)
加熱反応前に乾燥を行う場合、乾燥温度は、用いる原料に合わせて選べば良く、通常50℃以上、好ましくは80℃以上で、通常200℃以下、好ましくは150℃以下で行われる。乾燥温度が高すぎると炭素材が変質しやすく、低すぎると乾燥時間がかかりすぎて経済的でなく、好ましくない。
【0039】
また、乾燥時間についても、用いる原料に合わせて選べば良く、通常数分以上、好ましくは10分以上で、通常数時間以下、中でも1時間以下で行われる。乾燥時間が長すぎると経済的でなく、短すぎると乾燥を十分行ないにくく、好ましくない(なお、ここで「数分」、「数時間」の「数」とは「2〜4」程度を示す。)。
【0040】
(加熱(焼成)条件)
加熱条件については、特に制限はなく、反応状態を見て選択すればよい。
【0041】
ガラス質膜形成成分(1)を用いる場合には、まず、不活性ガス雰囲気で焼成して、その後酸化性ガス雰囲気で焼成することにより、酸化ホウ素以外のホウ素化合物を酸化して酸化ホウ素に変換させる。そして、リン系耐酸化剤中のリン酸と、リン酸塩ガラス中のリン酸と、酸化ホウ素とを反応させると共に炭素材に接触させて作用させることにより、炭素材の表面に例えばBPOのような複合した水不溶性のガラス質膜を形成することにより、耐水性の良好な、耐酸化性の炭素材とすることができる。
【0042】
この場合、前段の不活性ガス雰囲気中での焼成は、好ましくは窒素ガス中で行われる。この不活性ガス雰囲気での焼成温度は、用いる原料に合わせて選べばよく、通常500℃以上、好ましくは600℃以上で、通常900℃以下、好ましくは1000℃以下で行われる。この焼成温度が高すぎると副反応や原料の変質が起きやすく、低すぎるとリン系耐酸化剤とガラス質膜形成成分との反応が進行しにくくなる。
【0043】
なお、焼成時の昇温速度についても、用いる原料に合わせて選べばよく、通常数10℃/hr以上、好ましくは50℃/hr以上程度で、通常300℃/hr以下、好ましくは250℃/hr以下程度である。
【0044】
また、焼成時間についても、用いる原料に合わせて選べばよく、通常10分以上、好ましくは30分以上で、通常10時間以下、中でも5時間以下である。焼成時間が長すぎると経済的でなく、短すぎるとリン系耐酸化剤とガラス質膜形成成分との反応が十分に進行しにくくなりやすい。
【0045】
このような不活性ガス雰囲気中での焼成後の後段の酸化性ガス雰囲気中での焼成は、空気又は酸素ガス雰囲気中で行われる。この酸化性ガス雰囲気中での焼成温度は、用いる原料に合わせて選べばよく、通常400℃以上、好ましくは500℃以上で、通常1200℃以下、好ましくは1000℃以下で行われる。この焼成温度が高すぎると経済的でなく、低すぎると十分な耐酸化性の改善効果を得ることができない。
【0046】
焼成時間は、用いる原料に合わせて選べばよく、通常数秒以上、好ましくは数10秒以上で、通常数時間以下、中でも1時間以下である。焼成時間が長すぎると経済的でなく、短すぎると十分な耐酸化性の改善効果を得ることができない。
【0047】
なお、この不活性ガス雰囲気中での焼成後の酸化性ガス雰囲気での焼成は、炭素材の使用条件下で実施することとし、不活性ガス雰囲気中での焼成後、酸化性ガス雰囲気での焼成を施すことなく、そのまま使用に供することようにすることもできる。即ち、例えば、炭素材がブレーキ材として用いられる場合は、使用時の摺動により、結果的に空気中で800〜1000℃程度に加熱されることとなることから、不活性ガス雰囲気中での焼成後、そのまま使用に供し、使用条件下で酸化性ガス雰囲気の焼成を行うようにすることが可能である。
【0048】
一方、ガラス質膜形成成分(2)を用いる場合には、不活性ガス雰囲気で焼成して、タングステン酸アルカリ金属塩と、リン系耐酸化剤中に含まれるリン酸とを反応させると共に、これらを炭素材に接触させて、炭素材の表面に、例えばタングステン、リン及びアルカリ金属が酸素と複合したガラス質膜を形成することにより、耐水性の良好な、耐酸化性の炭素材とすることができる。
【0049】
この場合、不活性ガス雰囲気中での焼成は、好ましくは窒素ガス中で行われる。この不活性ガス雰囲気での焼成温度は、用いる原料に合わせて選べばよく、通常500℃以上、好ましくは600℃以上で、通常900℃以下、好ましくは1000℃以下で行われる。この焼成温度が高すぎると副反応や原料の変質が起きやすく、低すぎるとリン系耐酸化剤とガラス質膜形成成分との反応が進行しにくくなる。
【0050】
なお、焼成時の昇温速度についても、用いる原料に合わせて選べばよく、通常数10℃/hr以上、好ましくは50℃/hr以上程度で、通常300℃/hr以下、好ましくは250℃/hr以下程度である。
【0051】
また、焼成時間についても、用いる原料に合わせて選べばよく、通常10分以上、好ましくは30分以上で、通常10時間以下、中でも5時間以下である。焼成時間が長すぎると経済的でなく、短すぎるとリン系耐酸化剤とガラス質膜形成成分との反応が十分に進行しにくくなりやすい。
【0052】
[耐酸化性に優れた炭素材]
本発明の耐酸化性に優れた炭素材は、上述の如く、リン系耐酸化剤とガラス質膜形成成分とを炭素材に接触させて反応させることにより得られる、リン系耐酸化剤及びガラス質成分とを含有するものである。
【0053】
リン系耐酸化剤及びガラス質膜形成成分が炭素材表面で反応して、炭素材の表面に前述の如く、耐水性に優れたガラス質膜が形成され、これにより耐水性と耐酸化性に優れた本発明の炭素材が得られたことは、例えば、耐酸化剤で処理された炭素材を次の手順で顕微鏡観察してガラス質膜の生成を確認することにより把握することができる。
【0054】
<炭素材表面のガラス質膜生成の確認方法>
(試験片の作成)
耐酸化剤で処理された炭素材を例えば面方向に2.0cm×2.0cm×1.0cm(厚さ)の大きさに切り出す。
【0055】
(顕微鏡写真撮影の条件)
ガラス質膜形成成分(1)を用いた場合:上記試験片を、X線(Cu−Kα)回折撮影することによって、約24.4゜のBPOに由来する特徴的な回折ピークの存在を確認する。
ガラス質膜形成成分(2)を用いた場合:上記試験片を、X線(Cu−Kα)回折撮影することによって、ガラス質によるブロードな回折ピークの存在を確認する。
【0056】
[耐水性、耐酸化性の向上効果の作用機構]
本発明による炭素材の耐水性及び耐酸化性の向上効果の作用機構の詳細は明らかではないが、次のように推定される。
【0057】
<ガラス質膜形成成分(1)を用いた場合>
例えば、リン系耐酸化剤に炭化ホウ素のみを添加した場合、後述の比較例2に示すように、炭化ホウ素が酸化雰囲気での焼成によって酸化されて酸化ホウ素となり、それが溶けて炭素材の表面を覆い、優れた耐酸化性を示すものとなるが、水に可溶であるため、水が存在する環境下では、その耐酸化性被膜が溶けてその耐酸化性が低下するという欠点があるが、本発明によれば、リン酸塩ガラスが共存することで、これらが複合化した耐水性のガラス質膜が形成され、この結果、水が存在する過酷な使用条件下でもその優れた耐酸化性を維持できる耐水性の良好な耐酸化性炭素材が得られる。
【0058】
<ガラス質膜形成成分(2)を用いた場合>
不活性ガス雰囲気下での焼成で、タングステン酸アルカリ金属塩とリン系耐酸化剤中に含まれるリン酸とが反応すると共に、炭素材に接触して、例えば、タングステン、リン及びアルカリ金属が酸素と複合した耐水性に優れたガラス質膜を形成することにより、耐水性の良好な、耐酸化性炭素材とすることができる。
【実施例】
【0059】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り下記実施例によって限定されるものではない。
【0060】
実施例1
30mm長のピッチ系炭素繊維をランダムウェバーにて開繊し、炭素繊維が二次元ランダムに配向したシートを得た。このシートに、エタノールで希釈したフェノール樹脂を含浸させた後乾燥してフェノール樹脂含浸シートを作製した。このシートを金型内に積層し、250℃にて加圧成形し、繊維体積含有率が約50%の成形体を得た。この成形体を、加熱炉で焼成し、さらに黒鉛化処理した後、ピッチで緻密化、焼成する工程を繰り返し、最終的に黒鉛化してC/C複合材を得た。このC/C複合材を任意の大きさに切断し、耐酸化性評価用の炭素材とした。
【0061】
この炭素材に、リン系耐酸化剤としてリン酸と酢酸アルミニウムを等モルで水に混合溶解した水溶液(リン系耐酸化剤成分濃度約74重量%)に対し、融点が500℃以下(軟化点350℃〜500℃)であるリン酸塩ガラス(リン酸塩ガラスを含有するガラスフリットを使用)及び炭化ホウ素を添加し、刷毛塗りにより塗布した。炭素材に塗布した耐酸化剤前駆体の配合及び炭素材体積当たりの添着量(水をのぞく)は表1に示す通りである。
【0062】
耐酸化剤前駆体塗布後のサンプルを窒素ガス中800℃で1hr熱処理した(昇温速度200℃/hr)。この熱処理後のサンプルを大気中にて700℃で曝露し、30min毎に重量を測定し、炭素残量を求めることにより、耐酸化性被膜形成による耐酸化性の評価を行った。このときの残量の経時変化を図1に示す。また、240min曝露後の残量と評価結果を表1に示す。
【0063】
また、耐水耐酸化性の確認のために、上記と同様にして窒素ガス中で1時間熱処理した後のサンプルを水中に1時間浸漬した後、上記と同様の耐酸化性被膜形成による耐酸化性の評価を行ったこと以外は同様にしてサンプルの調製及び評価を行い、結果を図1及び表1に示した。
【0064】
比較例1
実施例1において、ガラスフリット及び炭化ホウ素を用いず、耐酸化剤前駆体の配合及び炭素材への添着量を表1に示す通りとしたこと以外は、同様にしてサンプルの調製及び評価を行い、結果を図1及び表1に示した。
【0065】
【表1】

【0066】
表1より明らかなように、リン系耐酸化剤のみを用いた比較例1では、経時により炭素が消失しており、十分な耐酸化性が得られていないのに対して、リン系耐酸化剤とリン酸塩ガラス及び炭化ホウ素とを反応させた本発明の炭素材用耐酸化剤によれば、炭素材の耐酸化性を十分に高めることができ、しかも水中浸漬後であっても、同等の耐酸化性を得ることができることが確認された。
【0067】
なお、実施例1の上記耐酸化性及び耐水耐酸化性の評価を行った後のサンプルを、それぞれ2.0cm×2.0cm×1.0cmの大きさに切り出し、光学顕微鏡撮影したところ、BPO組成のガラス質膜が炭素材の表面に形成されていることが確認された。
【0068】
実施例2〜6
実施例1において、炭素材への耐酸化剤前駆体の添着量を表2に示す量としたこと以外は、同様にして耐酸化性の評価を行い、結果を図2及び表2に示した。
【0069】
【表2】

【0070】
表2より、耐酸化剤前駆体の添着量による耐酸化性の差は殆どなく、いずれも良好な耐酸化性を示すことが分かる。
【0071】
なお、各実施例の耐酸化性評価後のサンプルについて、実施例1と同様にして分析を行ったところ、いずれもBPO組成のガラス質膜が炭素材の表面に形成されていることが確認された。
【0072】
比較例2
実施例1において、リン酸塩ガラスを用いず、耐酸化剤前駆体の配合及び炭素材への添着量を表3に示す通りとしたこと以外は、同様にしてサンプルの調製と耐酸化性及び耐水耐酸化性の評価を行い、結果を図3及び表3に示した。
【0073】
なお、表3には、実施例1の結果も併記した。
【0074】
【表3】

【0075】
表3より、リン酸塩ガラスを用いなくても、耐酸化性の向上効果が得られるが、耐水耐酸化性を得ることはできないことが分かる。
【0076】
実施例7
実施例1と同様にして製造したC/C複合材の耐酸化性試験用の炭素材を、リン酸と酢酸アルミニウムを等モルで水に混合溶解した水溶液(リン系耐酸化剤成分濃度74重量%)に、真空含浸処理した後、105℃で60min乾燥させ、次いで、50重量%のタングステン酸カリウム(KWO)水溶液に真空含浸処理した後、105℃で60min乾燥させた(耐酸化剤前駆体添着量37.6mg/cm)。
【0077】
この2段の真空含浸処理後のサンプルを、窒素ガス中800℃で1hr熱処理した(昇温速度200℃/hr)。この熱処理後のサンプルを大気中にて800℃で保持し、30min毎に重量を測定し、残量を求めることにより耐酸化性の評価を行った。このときの残量の経時変化を図4に示す。また、240min保持後の残量と評価結果を表4に示す。
【0078】
比較例3
実施例7において、タングステン酸カリウム水溶液による含浸処理及びその後の乾燥を行わなかったこと以外は、同様にしてサンプルの調製(耐酸化剤前駆体添着量14.2mg/cm)及び評価を行い、結果を図4及び表4に示した。
【0079】
比較例4
実施例7において、リン酸及び酢酸アルミニウム水溶液による含浸処理及びその後の乾燥を行わなかったこと以外は、同様にしてサンプルの調製及び評価を行い、結果を図4及び表4に示した。
【0080】
比較例5
実施例7において、耐酸化剤による処理を全く行わず、耐酸化性評価用の炭素材についてそのまま耐酸化性の評価を行い、結果を図4及び表4に示した。
【0081】
【表4】

【0082】
表4より明らかなように、耐酸化剤処理を行っていない比較例5では耐酸化性が低く、また、タングステン酸カリウムのみで処理した比較例4では、耐酸化剤処理を行っていない比較例5よりもむしろ耐酸化性が低下しており、リン系耐酸化剤のみで処理した比較例3でも十分な耐酸化性は得られていないが、リン系耐酸化剤とタングステン酸カリウムで処理した実施例7では、耐酸化性の著しい向上効果が認められた。
【0083】
なお、実施例7のサンプルについて、光学顕微鏡撮影したところ、W、P、K及びOを含む組成のガラス質膜が炭素材の表面に形成されていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明は、自動車、二輪車、鉄道車両、航空機、産業機械等のブレーキやクラッチ及び軸受け等に用いられる摺動材料用炭素材、特にC/C複合材等の各種の炭素材の耐酸化性の向上技術として工業的に極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】実施例1及び比較例1のサンプルの耐酸化性評価における残量の経時変化を示すグラフである。
【図2】実施例2〜6のサンプルの耐酸化性評価における残量の経時変化を示すグラフである。
【図3】比較例2のサンプルの耐酸化性評価における残量の経時変化を示すグラフである。
【図4】実施例7及び比較例3〜5のサンプルの耐酸化性評価における残量の経時変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン系耐酸化剤及びガラス質膜形成成分を反応させてなることを特徴とする炭素材用耐酸化剤。
【請求項2】
請求項1に記載の炭素材用耐酸化剤において、ガラス質膜形成成分が、融点800℃以下であるか、或いは、水溶性であることを特徴とする炭素材用耐酸化剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の炭素材用耐酸化剤において、ガラス質膜形成成分が、(1)リン酸塩ガラスとホウ素化合物、及び/又は、(2)タングステン酸アルカリ金属塩であることを特徴とする炭素材用耐酸化剤。
【請求項4】
請求項3に記載の炭素材用耐酸化剤において、リン酸塩ガラスのリン系耐酸化剤に対する比率が50wt%以下であり、ホウ素化合物のリン系耐酸化剤に対する比率が10wt%以下であることを特徴とする炭素材用耐酸化剤。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の炭素材用耐酸化剤において、リン酸塩ガラスとして、ガラスフリットを用いることを特徴とする炭素材用耐酸化剤。
【請求項6】
請求項3又は4に記載の炭素材用耐酸化剤において、リン酸塩ガラスとして、五酸化リンを用いることを特徴とする炭素材用耐酸化剤。
【請求項7】
リン系耐酸化剤及びガラス質成分を含有することを特徴とする炭素材用耐酸化剤。
【請求項8】
リン系耐酸化剤及びガラス質膜形成成分を炭素材に接触させる工程を有することを特徴とする耐酸化性に優れた炭素材の製造方法。
【請求項9】
リン系耐酸化剤及びガラス質成分を含有することを特徴とする耐酸化性に優れた炭素材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−36551(P2006−36551A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−214601(P2004−214601)
【出願日】平成16年7月22日(2004.7.22)
【出願人】(000236159)三菱化学産資株式会社 (101)
【Fターム(参考)】