説明

炭素物質の製造方法、および炭素物質膜積層体

【課題】簡易な方法で炭素物質を製造する方法、および、基板の選択範囲を広げ、従来よりも耐熱性の低い基板上に直接に炭素物質膜が積層されてなる炭素物質膜積層体を提供することを目的とする。
【解決手段】1種若しくは2種以上の有機化合物を含む炭素物質生成溶液を、加熱して、溶媒を除去するとともに該炭素物質生成溶液中に含まれる有機化合物を炭化させる炭化工程を経ることによって、炭素物質を生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素物質の製造方法、および基板上に炭素物質膜が直接に積層された炭素物質膜積層体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の炭素物質の生成方法は、例えばグラファイトを例にとると以下のような方法が知られている。
【0003】
例えば、下記特許文献1には、ポリフェニレンオキサジアゾール(POD)を1600℃以上の温度で熱処理してグラファイトに転換する方法が開示されている。より具体的には、同文献実施例1において、250ミクロンのPODフィルムを黒鉛基板で挟み、1400℃以下の第一熱処理と1600℃以下の本熱処理を行い、黒色のフィルムを得て、特定の物性によりPODがグラファイト化したことが確認されている。
【0004】
また、下記特許文献2には、ポリベンゾチアゾール、ポリベンゾビスチアゾール、ポリベンゾオキサゾール、ポリベンゾビスオキサゾール、ポリチアゾールから選択された少なくとも一種の高分子を1800℃以上の温度で加熱し、グラファイトに転換することによるグラファイトの製造方法が開示されている。例えば、同文献実施例1では、15ミクロンの厚さのポリベンゾビスチアゾールを黒鉛基板で挟み、種々の温度で加熱して黒色のフィルムを得たことが開示されている。得られたフィルムのグラファイト化率が同文献第2表に示されており、これによれば、2200℃の加熱温度において、グラファイト化率(黒鉛化率)が58%であったと示されている。
【0005】
また、下記特許文献3には、芳香族ポリイミド、芳香族ポリアミドまたはポリオキサジアゾールといったポリマー材料からなるシート形態の材料を、不活性雰囲気下で、400〜800℃の加熱を1〜10℃/分の昇温速度で実施し、最終的に少なくとも2400℃まで加熱し、グラファイト材料の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭和61−275114号公報
【特許文献2】特開昭和61−275115号公報
【特許文献3】特開2000−169125号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、炭素物質は、電子機器、半導体分野への応用、電極素材としての利用などが期待されている。たとえばグラファイトは、熱伝導性や電気伝導性に優れ、且つ耐熱性も高いため、広い分野でその利用が望まれている。そのため、より簡易な方法で、炭素物質を生成したいという要望があった。
【0008】
また特に、グラファイトは、従来技術に示されるように、2000℃前後、あるいはそれ以上の高温で加熱して生成されることが一般的であり、基板上に直接にグラファイト薄膜を形成しようとすると、加熱温度に耐え得る耐熱性を示す部材からなる基板しか使用することができなかった。また、上述に示す従来技術のように、高分子フィルムを加熱によりグラファイト化する製造方法が汎用であり、かかる場合には、得られたフィルムを粘着剤などで基材に貼り付けてグラファイト膜を備える積層体を形成しなければならなかった。
【0009】
本発明は上記の実状に鑑みて成し遂げられたものであり、より簡易な方法で炭素物質を製造する方法、および、基板の選択範囲を広げ、従来よりも耐熱性の低い基板上に直接に炭素物質膜が積層されてなる炭素物質膜積層体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、溶媒に、有機化合物を溶解させてなる溶液を調製し、これを任意の基板に塗布し、あるいは適当な環境下において噴霧するなどして、上記溶液を加熱して、溶媒を除去するとともに、該溶液中に含まれる有機化合物を加熱により炭化させることによって、容易に炭素物質を生成することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
即ち、本発明は、
(1)1種若しくは2種以上の有機化合物を含む炭素物質生成溶液を、加熱して、溶媒を除去するとともに該炭素物質生成溶液中に含まれる有機化合物を炭化させる炭化工程を経ることによって、炭素物質を生成する炭素物質の製造方法、
(2)上記炭化工程における加熱温度の最高温度が1200℃以下であることを特徴とする上記(1)に記載の炭素物質の製造方法、
(3)上記炭素物質生成溶液に、ケトン類、ジケトン類、及びケトエステル類からなる群から選択される少なくとも1種、並びに、硝酸を含有させることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の炭素物質の製造方法、
(4)上記炭化工程を、不活性ガス雰囲気、還元ガス雰囲気、不活性ガスと還元ガスとの混合ガス雰囲気、または真空状態のいずれかの雰囲気において実施し、炭素物質として、グラファイトを生成することを特徴とする上記(3)に記載の炭素物質の製造方法、
(5)上記炭素物質生成溶液を、基板上に塗布して塗膜を形成する塗布工程と、上記塗膜を加熱して溶媒を除去するとともに、該塗膜中に含まれる上記有機化合物を炭化させることによって、上記基板上に炭素物質を生成する加熱工程と、をこの順に備え、上記加熱工程が、上記炭化工程に相当し、基板上に炭素物質膜を形成することを特徴とする上記(1)から(4)のいずれか1つに記載の炭素物質の製造方法、
(6)上記炭素物質生成溶液を、加温された不活性ガス雰囲気中に噴霧することによって、上記雰囲気中で、溶媒を除去するとともに該炭素物質生成溶液中に含まれる有機化合物を炭化させる炭化工程を実施し、粒子状の炭素物質を生成することを特徴とする上記(1)から(4)のいずれか1つに記載の炭素物質の製造方法、
(7)上記不活性ガス雰囲気の温度が、400℃以上1200℃以下であることを特徴とする上記(6)に記載の炭素物質製造方法、
(8)耐熱温度が1200℃以下の基板上に、直接に炭素物質膜が積層されていることを特徴とする炭素物質膜積層体、
(9)上記炭素物質膜が、グラファイトから構成されていることを特徴とする上記(8)に記載の炭素物質膜積層体、
を要旨とするものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の炭素物質の製造方法(以下、単に「本発明の製造方法」ともいう)は、従来の炭素物質の製造方法とは異なり、炭素物質生成溶液として、有機化合物の溶液を調製し、これを加熱することによって、溶媒を除去するとともに、該溶液中に含まれる有機化合物を加熱して炭化させるという容易な方法で炭素物質を製造することができる。
【0013】
例えば、上記炭素物質生成溶液を任意の基板上に塗布した場合には、該溶液が塗布された基板を適切な温度で加熱するだけで、基板上に炭素物質膜の形成された積層体を容易に製造することができる。
【0014】
あるいは、上記炭素物質生成溶液を、適切な温度および適切な雰囲気に調整された環境に噴霧することによって、溶媒を除去し、該溶液中に含有されていた有機化合物が炭化されて粉末状の炭素物質を容易に製造することができる。
【0015】
また本発明の炭素物質膜積層体であれば、形成されたフィルムを基板に貼り付けるのではなく、基板上に直接に炭素物質膜が積層形成されてなる積層体であるため、不要な粘着層を有さずに済む。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】グラファイト薄膜が生成されたことを確認するためのX線回折の結果を示すグラフである。
【図2】実施例1を基板面に対し略垂直に切断した際の断面を撮影したSEM写真である。
【図3】実施例1の基板面とは反対側の表面を撮影したSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明の製造方法を実施するための形態について説明する。尚、本発明において炭素物質とは、主として炭素からなり、100%炭素からなる物質、および、炭素90%以上100%未満であって、且つ、水素及び/または酸素を微量に含む物質を含む。また本発明において炭素物質は、結晶性であるか非晶質であるかは特に限定されず、グラファイトを含む。本発明において炭素物質であるグラファイトとは、炭素原子同士が結合し、平面的に六角形格子構造を示す層が多数積層してなる炭素単体を意味するが、完全な結晶性を示すものだけではなく、微結晶状態であるものも本発明の結着物質であるグラファイトに含まれる。
【0018】
本発明の製造方法を実施する場合には、まず、炭素物質生成溶液を調製し、これを適当な雰囲気および温度で加熱することによって、溶媒を除去し、且つ該溶液に含まれる有機化合物を炭化せしめて、炭素物質を生成する。以下に、本発明の製造方法について詳細に説明する。
【0019】
[炭素物質生成溶液]
有機化合物:
上記炭素物質生成溶液には、少なくとも炭素物質の前駆体となる有機化合物が溶解される。上記有機化合物としては、加熱により炭素物質が生成可能な材料であれば、いずれの有機化合物を用いてもよい。上記有機化合物の具体的な例としては、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、セルロース系樹脂、ポリプロピレン、ウレタン樹脂などの有機化合物を挙げることができる。
【0020】
その他の任意の溶質:
上記炭素物質生成溶液を調製する際に、さらに、上記有機化合物に加えて、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類、アセチルアセトン、ジアセチル、ベンゾイルアセトン、ベンジル、1−フェニルブタン−1,2−ジオン、フェニルアセチルアセトン、フェニルベンゾイルアセトン、エチル−フェニル−ジケトン、1−フェニル−1,2−ブタジオンなどのジケントン類、及び、アセト酢酸エチル、ベンゾイル酢酸エチル、ピルビン酸エチル、ベンゾイル蟻酸エチルなどのケトエステル類からなる群から選択される少なくとも1種、並びに、硝酸を添加してもよい。
【0021】
特に、炭素物質としてグラファイトを製造する場合には、上述する有機化合物に加えて、上述する、ケトン類、ジケトン類およびケトエステル類から選択される少なくとも1種、および硝酸を用いて、炭素物質生成溶液を調製することが望ましい。
【0022】
溶媒:
一方、上記炭素物質生成溶液を調製するために用いられる溶媒は、用いられる有機化合物を溶解状態にすることが可能であって、本発明の製造方法において実施される炭素化工程において、加熱により除去可能な溶媒が選択される。例えば、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、プロパノール、ブタノール等の総炭素数が5以下の低級アルコール、アセチルアセトン、ジアセチル、ベンゾイルアセトン等のジケトン類、アセト酢酸エチル、ピルビン酸エチル、ベンゾイル酢酸エチル、ベンゾイル蟻酸エチル等のケトエステル類、トルエンなどの1種の溶媒、あるいはこれらの2種以上の組み合わせからなる混合溶媒等を挙げることができる。
【0023】
尚、ケトン類、ジケトン類およびケトエステル類から選択される少なくとも1種、並びに硝酸を含めて炭素物質生成溶液を調製する方法は特に限定されないが、ケトン類、ジケトン類およびケトエステル類よりなる群から選択される少なくとも1種の化合物と、硝酸とを混合して40℃から80℃程度、10分間から120分間加熱して、さらに有機化合物を添加して混合液を調製することによって、望ましく炭素物質生成溶液を調製することができる。
【0024】
上述する炭素物質生成溶液における、有機化合物の含有濃度は特に限定されず、有機化合物生成溶液を基板に塗工することを予定する場合には塗工性を考慮し、あるいは、有機化合物生成溶液を噴霧することを予定する場合には、噴霧機の目詰まりのしない程度の粘性を考慮し、適宜決定してよい。一般的には、炭素物質生成溶液において添加されている溶質の重量比率が30〜70wt%となるよう調整される。
【0025】
また、さらに炭素物質生成溶液に、上述する、ケトン類、ジケトン類、およびケトエステル類からなる群から選択される少なくとも1種、並びに、硝酸の含有させる場合においても、生成工程、生成を予定する炭素物質の物性などを勘案して適宜決定してよいが、特にこれによりグラファイトを生成したい場合には、有機化合物100重量部に対し、ケトン類、ジケトン類、およびケトエステル類からなる群から選択される少なくとも1種を100重量部〜300重量部、硝酸を20重量部〜100重量部、配合することを目安としてもよい。
【0026】
その他の添加剤:
また上記炭素物質生成溶液には、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、その他の添加剤を配合してもよい。
【0027】
[炭化工程]
上述のとおり調製した炭素物質生成溶液を用いて、炭化工程を実施することにより炭素物質を生成する。炭化工程は、主として、加熱により、(I)炭素物質生成溶液中の溶媒を除去し、且つ、(II)これに含有される有機化合物を炭化させることによって、炭素物質を生成する工程である。したがって、上記(I)および(II)が実現される範囲において、炭素工程の実施の形態は、種々の手段を選択することができる。
【0028】
本発明の製造方法において、特筆すべき点の1つは、上記炭化工程における加熱温度の最高温度を1200℃以下に設定してよい点にある。特に、従来技術においてグラファイトを生成する場合には、2000℃前後、あるいはそれ以上の高温加熱を余議なくされていたところ、本発明の製造方法においてグラファイトを生成する場合には、加熱温度の最高温度を1200℃以下に設定することができることは非常に有利な点である。
【0029】
上記炭化工程におけるより加熱温度は、加熱雰囲気や用いられる基板の材質などを勘案して適宜決定してよいが、400℃から1200℃程度の範囲内に加熱温度を設定することができる。特に、炭素物質として非晶質の炭素物質を生成する場合には、比較的低温、具体的には、400℃から900℃程度の温度範囲内で加熱することが望ましい。一方、結着物質として結晶性の炭素物質、特にグラファイトを生成する場合には、比較的高温、具体的には、900℃から1200℃程度の温度範囲で加熱することが望ましい。
【0030】
上記炭化工程を実施する際の雰囲気は、特に限定されないが、炭素物質としてグラファイトを生成する場合には、不活性ガス雰囲気、還元ガス雰囲気、不活性ガスと還元ガスとの混合ガス雰囲気、または真空状態のいずれかの雰囲気において実施することが望ましい。尚、上記不活性ガスおよび上記還元ガスの種類は、特に限定されないが、例えば、上記不活性ガスとして、アルゴンガスまたは窒素ガスが例示され、また、上記還元ガスとして、水素ガスまたは一酸化炭素ガスなどが例示される。
【0031】
上記炭化工程の実施の態様は特に限定されず、上記(I)および(II)が実現され、この結果、炭素物質が生成される態様であれば、公知の手段を適宜選択して実施してよい。
【0032】
第一製造方法:
より具体的な実施態様としては、例えば、上述する炭素物質生成溶液を、噴霧機に充填し、加温された不活性ガス雰囲気中に噴霧することによって、該雰囲気中で溶媒を蒸発させるとともに、有機化合物を炭化させることによって、粉末状の炭素物質を生成することができる(本段落以下、「第一製造方法」ともいう)。第一製造方法により生成される炭素物質の粉末の粒子径は、噴霧時のノズルの孔径などによって噴霧粒子の径を変更することにより調整することができる。具体的には、粒子径が10nm〜150nm程度の炭素物質の粉末を生成することができるが、粒子径はこれに限定されない。また生成された粒子径は、たとえば、SEM写真観察において、任意の10ケの粒子を実測し、その平均値より算出することができる。
【0033】
このとき、不活性ガス雰囲気の加温の温度は、噴霧された炭素物質生成溶液中の溶媒の蒸発と、有機化合物の炭化が実施可能な範囲で、適宜設定してよいが、400℃以上1200℃以下であることが好ましい温度範囲である。ただし、炭素物質生成溶液を適当な雰囲気に噴霧して短時間に炭化工程を実施することから、比較的に高温の温度に設定することが好ましく、600℃以上1200℃以下の温度に設定することにより良好に粉末状の炭素物質が生成され易い。また、炭素物質生成溶液が噴霧される雰囲気は、上述する炭化工程における説明と同様であるため、ここでは説明を割愛する。
【0034】
第二製造方法:
あるいは、本発明の製造方法の別の実施態様として、上記炭素物質生成溶液を、基板上に塗布して塗膜を形成する塗布工程と、上記塗膜を備える基板を加熱して溶媒を除去するとともに、該塗膜中に含まれる上記有機化合物を炭化させる加熱工程とを、順に実施してもよい(本段落以下、「第二製造方法」ともいう)。第二製造方法によれば、基板上に、直接に炭素物質膜を形成することができる。尚、上記加熱工程が、本発明の製造方法における炭化工程に相当する。以下に、上記塗布工程と、加熱工程について詳しく説明する。
【0035】
(塗布工程)
まず、上述で説明したとおり、炭素物質生成溶液を調製し、これを、適当な基板上に塗布する。基板としては、有機化合物の炭化の際の加熱に耐え得る耐熱性を示す材質からなるものであれば、特に限定されず、適宜選択して使用することができる。例えば、アルミニウム箔、ニッケル箔、銅箔などの単体又は合金から形成されているもの、シリコンウェハー、ガラス、セラミックなど、を用いることができる。また、基板の厚みも特に限定されず、薄いものであれば、10μm以上〜100μm程度のものを使用してもよく、またそれ以上に厚みがあってもよい。
【0036】
上記塗布工程において、炭素物質生成溶液の基板への塗布方法としては、公知の塗布方法を適宜選択して実施してよい。たとえば、印刷法、スピンコート、ディップコート、バーコート、スプレーコート等によって、集電体表面の任意の領域に塗布して塗膜を形成することができる。また、基板面が多孔質であったり、凹凸が多数設けられていたり、三次元立体構造を有したりする場合には、上記方法以外に手動で塗布することも可能である。尚、製造される炭素物質膜の積層体の用途や求められる性能によっては、必要に応じて、予め基板面をコロナ処理や酸素プラズマ処理等を行うことで、積層形成される炭素物質膜の製膜性を改善可能であり好ましい。
【0037】
上記炭素物質生成溶液の基板への塗布量は、製造される積層体の用途等に応じて任意に決めることができる。上記炭素物質生成溶液は、一般的に塗布性が良いため、薄く基板上に塗布することが可能であり、この結果、基板上に炭素物質膜を積層形成することが可能できる。後述する加熱工程により形成される炭素物質膜の厚みを10nm以上11μm以下となるように、薄く塗布することができる。ただし上記厚みの範囲は、本発明の製造方法により製造される炭素物質の厚みを限定するものではない。以上の通り、基板上に炭素物質生成溶液を塗布することにより、炭素物質膜形成用塗膜(以下、単に「塗膜」という場合がある)が形成される。
【0038】
(加熱工程)
次に、上記塗布工程において形成された塗膜を加熱する加熱工程について説明する。加熱工程は、上記塗膜中に存在する溶媒を蒸発させて除去するとともに、有機化合物を加熱して炭化させて、基板上に炭素物質膜を積層形成することを目的に行われる。即ち、本発明の製造方法における炭化工程に相当する。
【0039】
加熱方法としては、所望の加熱温度で、塗膜を加熱することができる加熱方法あるいは加熱装置であれば、特に限定されず、適宜選択して実施することができる。具体的な例としては、ホットプレート、オーブン、加熱炉、赤外線ヒーター、ハロゲンヒーター、熱風送風機等のいずれかを使用するか、あるいは2以上を組み合わせて使用する方法を挙げることができる。用いられる基板が平面状である場合には、ホットプレート等を使用することが好ましい。尚、ホットプレートを用いて加熱する場合には、塗膜面側が、ホットプレート面と接しない向きに設置して加熱することが好ましい。
【0040】
上記加熱工程における加熱温度の温度範囲については、上記炭化工程において説明する温度範囲と同様であるため、ここでは説明を割愛する。ただし。第一製造方法により炭素物質の粉末を生成する場合と異なり、基板上に塗膜を形成し、該塗膜を加熱するため、加熱時間を調製し、あるいは段階的に昇温させ、あるいは段階的に降温させていってもよい。
【0041】
特に、炭素物質としてグラファイトを生成する場合には、加熱工程は、不活性ガス雰囲気、還元ガス雰囲気、不活性ガスと還元ガスとの混合ガス雰囲気下あるいは真空状態のいずれかの雰囲気において、900℃以上1200℃未満の温度で加熱することが好ましい。またこのときの加熱時間は、加熱温度や、有機化合物、ケトン類、ジケトン類、およびケトエステル類からなる群から選択される少なくとも1種、並びに、硝酸などの溶質の含有量などにもよるが、1時間〜10時間程度とすることができる。
【0042】
以上のとおり、第二製造方法によれば、炭素物質を、基板上に積層形成される炭素物質膜として生成することができる(このように基板上に直接に炭素物質膜が積層形成されてなる積層体を、本発明および本明細書において「炭素物質膜積層体」という)。上記炭素物質膜積層体は、従来の基板と炭素物質膜との積層体(以下、「従来の積層体」ともいう)に比べて、以下の優れた点を備える。即ち、従来の積層体は、まず炭素物質膜をフィルムとして製造し、これを基板上に貼り付けるなどして、間接的に基板上に積層させたものが一般的であった。これは、従来の炭素物質の製造方法が一般的に非常に高温を要していたことにより、基板上で直接に炭素物質膜を生成しようとすると、基板が溶融し、あるいは溶融しないまでもその物性を低下させる虞があったためである。特に、炭素物質としてグラファイトを生成しようとした場合には、2000℃前後、あるいはそれ以上の高温加熱を要していたため、基板上に直接にグラファイト膜を生成することは技術的に困難な点が多かった。これに対し、第二製造方法により製造された炭素物質膜積層体は、上述のとおり直接基板上に積層形成されるため、基板との密着性がよい。
【0043】
また従来の方法で基板上にグラファイト膜を積層形成しようとした場合には、2000℃前後、あるいはそれ以上の高温加熱に耐え得る素材よりなる基板を選択しなくてはならず、汎用性に欠けていた。これに対し、第二製造方法では、加熱温度を1200℃以下と、従来に比べて著しく加熱温度を低くすることに成功したため、選択される基板も、耐熱性が1200℃以下の温度のものを使用することができるようになり、選択の範囲が広がった。そのため、第二製造方法により製造された炭素物質膜積層体は、従来と比較し、広範な技術分野において利用されることが期待される。特に、耐熱温度が1200℃以下の基板上に、グラファイト膜が直接に積層される本発明の炭素物質膜積層体は、グラファイトの優れた導電性、耐熱性などから、電子機器、半導体分野への応用、電極素材などとしての利用が期待される。
【0044】
また、第二製造方法により製造される炭素物質膜積層体における炭素物質膜は、上述のとおり、10nm〜11μm程度に薄くすることもできるし、それ以上に厚くすることもできるので、炭素物質膜の設計範囲も広く、この点も、汎用な分野における利用を可能とする。
【0045】
以上に本発明の製造方法の例として、第一製造方法および第二製造方法について具体的に説明したが、本発明の製造方法の具体的な実施態様はこれに限定されるものではなく、たとえば、適当な温度(即ち、400℃〜1200℃程度)に加熱した基板表面に、炭素物質生成溶液を吹き付けて、基板表面に炭素物質膜を積層形成してもよいし、あるいは、炭素物質膜との剥離性の良好なプレート上に炭素物質生成溶液を塗布して、これを加熱してプレート上に炭素物質のフィルムを形成し、最後にプレートから該フィルムを剥離し、炭素物質フィルムを生成してもよい。
【0046】
尚、以上に説明する本発明の製造方法において、炭素物質が生成されたか否かは、例えば、生成物の組成分析によって容易に確認することができる。特に、炭素物質がグラフィトであるか否かは、生成物をX線回折によって分析し、一般的にグラファイトのピークと認識される26°の位置にピークが示されるものであれば、当該ピークがシャープである(即ち、完全な結晶状態である)もの、およびブロードである(即ち、微結晶な状態である)もののいずれも含み、グラファイトである炭素物質が生成されたと理解される。
【0047】
次に、本発明の炭素物質膜積層体について説明する。本発明の炭素物質積層体は、上記炭素物質積層体のうち、特に、基板として耐熱温度が1200℃以下のものが選択され、当該基板上に直接に炭素物質膜が積層されている炭素物質膜積層体である。本発明における炭素物質積層体における炭素物質膜は、上述で説明する炭素物質からなる膜であればよい。特に、炭素物質膜がグラファイトから構成されている本発明の炭素物質膜積層体であれば、熱伝導性や電気伝導性、耐熱性などに優れることから、広範な技術分野において利用可能であり望ましい。
【0048】
本発明の炭素物質膜積層体の構成は、基板として耐熱温度が1200℃以下のものを選択することに限定される以外は、上述する第二製造方法により製造される積層体と同様であるため、ここでは説明を割愛する。ただし、本発明の炭素物質膜積層体の製造方法は、第二製造方法に限定されるものではない。例えば、本発明の製造方法のその他の実施態様により製造されてもよい。
【実施例】
【0049】
(実施例1)
1N硝酸(関東化学(株)製)5gと、アセチルアセトン50gを混合させ、70℃に加熱して1時間保持した。このようにして得た混合液20gと、ポリエチレンオキサイドを10wt%となるように溶解させたメタノール溶液5gとを混合させ、炭素物質生成溶液を調製した。そして、上記炭素物質生成溶液を、シリコンウェハー上にアプリケーター1milを使って塗布した。
【0050】
次に、窒素ガス雰囲気(窒素濃度99.99%)の電気炉(高温雰囲気ボックス炉、光洋サーモシステム株式会社製、KB8610N−VP)内に設置し、1時間かけて1000℃まで加熱し、その後、1000℃に温度を維持したまま1時間加熱した。そして上記シリコンウェハーを室温まで下がるのを待って、大気開放して取り出して炭素物質膜積層体を得て実施例1とした。上記実施例1のシリコンウェハー表面に積層された膜を、マイクロメーターを用いて電極活物質層の厚みを、任意の箇所で10点測定し、平均値を算出したところ、480nmであった。また、上記シリコンウェハー表面に積層された膜をX線回折法により解析した。その結果、26°の位置に微結晶なグラファイトの存在を示すピークが確認された。この結果、実施例1において、シリコンウェハー上に生成された炭素物質の薄膜は、グラファイト薄膜であることが確認された。上記X線回折の結果を図1に示す。また、図2に、実施例1の断面写真として、シリコンウェハー上にグラファイト膜が積層された様子を示すSEM写真(5万倍)を示す。また図3に、実施例1の表面写真として、シリコンウェハー上に積層されたグラファイト膜の表面の様子を示すSEM写真(5万倍)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1種若しくは2種以上の有機化合物を含む炭素物質生成溶液を、加熱して、溶媒を除去するとともに該炭素物質生成溶液中に含まれる有機化合物を炭化させる炭化工程を経ることによって、炭素物質を生成する炭素物質の製造方法。
【請求項2】
上記炭化工程における加熱温度の最高温度が1200℃以下であることを特徴とする請求項1に記載の炭素物質の製造方法
【請求項3】
上記炭素物質生成溶液に、ケトン類、ジケトン類、及びケトエステル類からなる群から選択される少なくとも1種、並びに、硝酸を含有させることを特徴とする請求項1または2に記載の炭素物質の製造方法。
【請求項4】
上記炭化工程を、不活性ガス雰囲気、還元ガス雰囲気、不活性ガスと還元ガスとの混合ガス雰囲気、または真空状態のいずれかの雰囲気において実施し、炭素物質として、グラファイトを生成することを特徴とする請求項3に記載の炭素物質の製造方法。
【請求項5】
上記炭素物質生成溶液を、基板上に塗布して塗膜を形成する塗布工程と、
上記塗膜を加熱して溶媒を除去するとともに、該塗膜中に含まれる上記有機化合物を炭化させることによって、上記基板上に炭素物質を生成する加熱工程と、
をこの順に備え、上記加熱工程が、上記炭化工程に相当し、基板上に炭素物質膜を形成することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の炭素物質の製造方法。
【請求項6】
上記炭素物質生成溶液を、加温された不活性ガス雰囲気中に噴霧することによって、上記雰囲気中で、溶媒を除去するとともに該炭素物質生成溶液中に含まれる有機化合物を炭化させる炭化工程を実施し、粒子状の炭素物質を生成することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の炭素物質の製造方法。
【請求項7】
上記不活性ガス雰囲気の温度が、400℃以上1200℃以下であることを特徴とする請求項6に記載の炭素物質製造方法。
【請求項8】
耐熱温度が1200℃以下の基板上に、直接に炭素物質膜が積層されていることを特徴とする炭素物質膜積層体。
【請求項9】
上記炭素物質膜が、グラファイトから構成されていることを特徴とする請求項8に記載の炭素物質膜積層体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−6770(P2012−6770A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141427(P2010−141427)
【出願日】平成22年6月22日(2010.6.22)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】