説明

炭素繊維の製造方法

【課題】セルロース、ヘミセルロース、リグニン、リグノセルロースなどを含む固形木質系原料を加熱溶解して紡糸する方法であっても、その可溶性(溶解性)を高め、且つ低沸点成分を除去後の木質系ピッチの熱安定性を高め、炭素繊維を製造する際の紡糸工程を安定して実施する。
【解決手段】セルロース、ヘミセルロース、リグニン、及びリグノセルロースから選択される少なくとも一種を含む固形木質系原料を、フェノール類と熱分解系重質油の存在下で加圧加熱して可溶化し、この可溶化物から低沸点成分を除去して得られる木質系ピッチを紡糸、不融化、及び炭化することで炭素繊維を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース、ヘミセルロース、リグニン、リグノセルロースなどを含む固形木質系原料の利用技術に関するものであり、より詳しくは前記固形木質系原料を用いた炭素繊維の製造技術に関するものである。
炭素繊維は、例えば、炭素繊維強化樹脂複合材料、炭素繊維強化炭素複合材料、断熱材、防音材、活性炭素繊維等に使用される。
【背景技術】
【0002】
従来、炭素繊維の製造方法は大きく別けて2つが知られている。第1の方法では、石油および石炭等の化石原料から生産されるポリアクリロニトリルを耐炎化処理、炭化処理することによって炭素繊維を製造する。第2の方法では、石油系重質油および石炭系重質油を熱処理して得られるピッチを溶融紡糸して、不融化処理、炭化処理等を実施することによって炭素繊維を製造する。しかし、化石原料は有限であり、その使用量低減が望まれる。
【0003】
化石原料の代替として、再生可能なバイオマス資源(生物由来原料)が挙げられる。バイオマス資源は、酸素濃度を調整した条件下で熱分解して一酸化炭素と水素ガスへ転換する例、バイオマス資源を醗酵等してエタノールへ転換する例などの様に燃料としての利用研究が進められており、また炭素繊維原料や樹脂原料としての応用研究も鋭意進められている(例えば、特許文献1〜4など)。
【0004】
特許文献1では、木質系資源を高圧飽和水蒸気処理、アルコール系有機溶媒処理することによって得られるリグニンを水素添加分解し、熱溶融法により紡糸し、炭素化することによって炭素繊維を製造している。しかし水素添加分解を利用する方法は、エネルギー消費が大きく、望ましくない。
【0005】
特許文献2では、木質系物質をフェノール類と水との混合溶媒を蒸解液として加熱することにより、パルプと、ヘミセルロースが分解して単糖類として溶解している水層、及びリグニンが溶解している有機層の三成分に分離した後、該有機層を減圧濃縮して得られるリグニンを溶融紡糸し、リグニン繊維を製造している。しかしこの方法は、パルプの分離・精製操作が煩雑であり、水層部分の廃液処理が難しいので、実用的ではない。
【0006】
特許文献3では木質材料からの脱リグニン処理で溶出したリグニンを酸性有機触媒で処理して得られるフェノール化リグニンを非酸化雰囲気下、加熱重質化することで炭素繊維紡糸用リグニンを調製している。しかしこの方法は、製造工程が煩雑であり、また炭素繊維の収率も低く、コストがかかる方法である。
【0007】
特許文献4には、リグノセルロース材料を爆砕前処理し、この処理物とフェノール化合物とを加熱下に溶解反応させることで可溶化物を製造している。しかしこの方法では、爆砕処理装置が膨大であり、生成物中に固形分が残存する。そのため紡糸が困難で、炭素繊維用原料として不適切である。
【0008】
なお、上述の従来法では、高温・高圧・高エネルギー消費を必要とする水素添加分解法(特許文献1)を除くと、いずれも生成物ピッチの熱安定性が低い欠点を持っている。ピッチの熱安定性が低いと、溶融紡糸時に粘度上昇(軟化点上昇)により所望の繊維径が得られなくなるだけでなく、ノズルの閉塞により紡糸そのものができなくなる。従って、熱安定性の向上は、木質系ピッチから炭素繊維を作る過程における大きな課題である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭62−110922号公報
【特許文献2】特開平01−239114号公報
【特許文献3】特開平01−306618号公報
【特許文献4】特開平04−126725号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、セルロース、ヘミセルロース、リグニン、リグノセルロースなどを含む固形木質系原料を加熱溶解して紡糸する方法であっても、その可溶性(溶解性)を高め、且つ低沸点成分を除去後の木質系ピッチの熱安定性を高め、炭素繊維を製造する際の紡糸工程を安定して実施できる技術を確立することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、セルロース、ヘミセルロース、リグニン、及びリグノセルロースから選択される少なくとも一種を含む固形木質系原料をフェノール化合物で可溶化する際に、熱分解系重質油を併用すれば、不溶物(固形分)を著しく低減できるとともに、さらに低沸点成分を除去後の木質系ピッチの熱変質を抑制できることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明に係る炭素繊維は、セルロース、ヘミセルロース、リグニン、及びリグノセルロースから選択される少なくとも一種を含む固形木質系原料を、フェノール類と熱分解系重質油の存在下で加圧加熱して可溶化し、この可溶化物から低沸点成分を除去して得られる木質系ピッチを紡糸、不融化、及び炭化することによって製造される。前記木質系原料は、木質体を生物的、化学的、又は機械的に分解したものであることが好ましく、例えば、木質体を糖化処理した後の残渣、或いは木質体を糖化及び醗酵処理した後の残渣が含まれる。前記フェノール類としてはフェノールが好ましく、前記熱分解系重質油としてはエチレンボトム油、デカント油、コールタールなどが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、フェノール類及び熱分解系重質油の存在下で固形木質系原料を加圧加熱しているため、不溶物(固形分)を低減でき、さらに木質系ピッチの熱変質を抑えることで炭素繊維を製造する際の紡糸工程を安定して実施できる。
さらに熱分解系重質油を利用して熱変質を抑えた炭素繊維は、その強度も優れている。加えて熱分解系重質油は安価であって、コストメリットも大きい。
【発明を実施するための形態】
【0014】
炭素繊維は、ピッチを溶融紡糸し、不融化処理、炭化処理をすることによって製造されている。本発明は、固形木質系原料を有効利用して前記木質系ピッチを製造し、この木質系ピッチから炭素繊維を製造するものである。
【0015】
(1)木質系ピッチの調製
本発明では、固形木質系原料を後述する所定溶剤の存在下で加圧加熱することで、ピッチを調製している。固形木質系原料を使用することによって、化石原料の依存度を下げることができる。また所定溶剤の存在下で加圧加熱することで、固形木質系原料を可溶化することができ、この可溶化物から低沸点成分を除去して得られる木質系ピッチを炭素繊維の製造原料として使用することができる。固形木質系原料を完全溶解するのは、一般には難しく、又可溶化処理後得られる木質系ピッチは熱安定性が悪いが、本発明では後述する所定の溶剤を使用して加圧加熱しているため、固形木質系原料の95質量%以上を可溶化でき、得られるピッチの熱変質を抑制することができる。
【0016】
前記固形木質系原料としては、セルロース、ヘミセルロース、リグニン、及びリグノセルロースから選択される少なくとも一種を含む固形原料である限り特に限定されず、植物(特に木材)由来の原料であればいずれも使用可能である。例えば、針葉樹と広葉樹とを網羅した間伐材、林地残材、製材残材、建築廃材、剪定枝葉、切り株、樹皮などの木質系廃材が廃棄物の有効利用の観点から固形木質系原料として望ましい。
【0017】
固形木質系原料は、好ましくは、生物的、化学的、又は機械的に分解されている。予め分解しておくことにより、加圧加熱による可溶化の処理効率を高めることができる。生物学的な分解としては、菌、微生物、酵素などによる分解が挙げられる。化学的な分解は、硫酸・アルカリ法であってもよいが、環境負荷を考慮すると、水熱処理或いは過熱水蒸気による加水分解が好ましい。また機械的な分解には、叩解、破砕、粉砕、摩砕、爆砕などが含まれ、この機械的分解は乾式及び湿式のいずれでもよい。
【0018】
これら生物的、化学的、又は機械的分解は、適宜組み合わせるのが望ましく、典型的には、機械的分解(粉砕など)をした後、必要に応じて水熱処理(加水分解処理)し、次いで生物学的に糖化処理(酵素法による糖化処理など)される。糖化処理物は、通常、濾過して液体成分と固形分とに分離される。液体成分(主成分は糖分)はエタノール発酵に供し、固形分は残渣(糖化残渣)として排出される。場合によっては、前記糖化処理物は、濾過せずそのまま後段に送り、微生物や菌(特に酵母)によってエタノール醗酵処理してもよい。この醗酵処理では、通常前記糖化処理物中の糖分だけがエタノールに変換され、固形分(糖化残渣)は変化しない。醗酵処理物も濾過により、液体成分(主成分はエタノール水溶液)と固形分(糖化残渣と基本的には同じ成分であるが、ここでは「醗酵残渣」という)とに分離される。このように得られる糖化残渣又は醗酵残渣は、いずれもリグニンを主成分としており、セルロース及びヘミセルロースを含有していても、そのまま固形木質系原料として使用できる。好ましい固形木質系原料は、糖化残渣又は醗酵残渣である。これら水熱処理、糖化処理、醗酵処理の詳細は、例えば、特開2005−168335号公報に詳述されている。
【0019】
そして本発明では、上記の様な固形木質系原料を所定溶剤の存在下で加圧加熱することで、可溶化している。この所定溶剤は、具体的には、フェノール類と熱分解系重質油の組み合わせ溶剤である。固形木質系原料をフェノール類に加圧加熱溶解しようとすると、固形分(不溶物)が発生する。この固形分は、熱分解で発生する不安定ラジカルが再結合したものであると想定され、熱分解系重質油をフェノール類と共に用いれば、不安定なラジカルが熱分解系重質油の働きにより再結合が抑制され、また複合溶媒の分散効果並びに溶解力アップにより不溶分(固形分)を低減できるものと考えられる。
【0020】
さらに、低沸点成分を除去後の木質系ピッチは紡糸温度領域で熱変質する。すなわち、木質系ピッチの軟化点が高くなり、紡糸が困難となる。軟化点の上昇は木質系ピッチ中の熱的に不安定なフェノール骨格を有した成分が熱重合を起こすためと考えている。フェノール類と熱分解系重質油と共に用いれば、熱重合の開始点となる不安定なフェノール骨格からの酸素の引き抜きと熱分解系重質油成分との反応により架橋反応などに起因する粘度の急激な上昇が抑制され、得られる木質系ピッチの熱安定性が向上されるものと推察される。
【0021】
前記フェノール類は、フェノール骨格(ヒドロキシベンゼン骨格)を有する化合物を意味し、例えば、フェノール、クレゾールなどのモノヒドロキシベンゼン類;カテコールなどのジヒドロキシベンゼン類;ナフトールなどのヒドロキシベンゼン縮環物;或いは石炭系又は木質系タール由来の混合フェノール類などが含まれる。好ましいフェノール類は、モノヒドロキシベンゼン類、特にフェノールである。
【0022】
前記熱分解系重質油とは、石油又は石炭の精製の為にこれらを熱分解する時に副生する重質油のことであり、例えば、常圧での留出温度が200℃超の重質油を指す。この様な熱分解系重質油には、ナフサの水蒸気分解によるオレフィン類の製造時に副生する重質油であるエチレンボトム油、流動接触分解装置でガソリンなどを製造する際に副生する重質油であるデカント油、石炭コークスを製造する際に副生するコールタール、コールタールを蒸留して得られるクレオソート油、アントラセン油などが含まれる。好ましい熱分解系重質油は、エチレンボトム油、デカント油、コールタールなどであり、木質系ピッチの熱安定性時間を長くする観点からすれば、エチレンボトム油が特に好ましい。
【0023】
フェノール類及び熱分解系重質油の使用量は、固形木質系原料を可溶化するのに十分な量であれば特に限定されないが、過剰に用いてもそれ以上の効果はなく、却って生産性が低下するため、適度な量を使用することが推奨される。固形木質系原料として糖化残渣又は醗酵残渣を使用する場合、フェノール類の量は、糖化残渣又は醗酵残渣100質量部に対して、例えば、20〜400質量部程度、好ましくは50〜300質量部程度である。フェノール類の量が20質量部を下回ると、固形原料に対する溶解力が著しく低下し、またフェノール類の量が400質量部を超えると、溶解に必要なフェノール類の量は十分であるが、溶媒回収に必要なエネルギー消費量が高くなり、コストアップに繋がる。また熱分解系重質油の量は、糖化残渣又は醗酵残渣100質量部に対して、例えば、10〜400質量部程度、好ましくは20〜300質量部程度である。熱分解系重質油の量が10質量部を下回ると、ピッチの熱変質が起こりやすくなり、固形分の増加ならびに熱安定性の低下を招く。また、熱分解系重質油の量が400質量部を超えると、前記フェノールの場合と同様に、溶媒回収に必要なエネルギー消費量が高くなり、コストアップに繋がる。
【0024】
固形木質系原料を前記溶剤の存在下で加圧加熱して可溶化する時、加熱温度は、230〜430℃程度、好ましくは260〜400℃程度である。230℃を下回ると、可溶化が不十分であるため、固形分量が多くなり、また、430℃を超えると、環化重縮合反応が促進され、炭素前駆体としての固形分が多くなる。また、ゲージ圧は0.2〜10MPa程度である。このゲージ圧は、原料中の水分、熱分解で生成する低沸点成分、使用するフェノール類、熱分解系重質油の所定温度での蒸気圧によって決まる。上記の圧力及び温度での処理時間(所定温度に達してからの保持時間)は、例えば、1〜120分程度、好ましくは5〜60分程度である。
【0025】
固形木質系原料を前記のようにして可溶化した後、可溶化物中に残存する固形分はペーパーフィルター(保留粒子径1〜10μm程度)でろ過することで分離し、その量を調べることができる。ろ過前の可溶化物に含まれる固形分量は、投入した固形木質系原料(105℃乾燥ベース)に対して、例えば、5質量%以下である。ろ過した可溶化物は蒸留する。蒸留操作は、固形木質系原料に含まれる水分、可溶化で使用した溶剤(フェノール類、熱分解系重質油に含まれた軽質分など)、及び加圧加熱処理時に生じる低沸点の分解生成物(熱分解油及び熱分解により生成した水)など(これらを総称して低沸点成分という)を除去できればよく、減圧条件下で実施してもよく、常圧条件下で実施してもよい。
上記の様にして得られた可溶化物は、炭素繊維製造原料となるピッチ(木質系ピッチ)として使用できる。この木質系ピッチの軟化点は、通常170〜230℃程度である。
【0026】
(2)紡糸
上記木質系ピッチは、炭化又は熱分解することによって、様々な炭素材料(例えば、活性炭、カーボンブラックおよびバインダーなど)にすることができるが、上記木質系ピッチから炭素繊維を製造することが好ましい。炭素繊維を製造するためには、まず上記のようにして得られた木質系ピッチを紡糸(特に溶融紡糸)する。通常、紡糸する際には混入したゴミやピッチ中の固形分により、紡糸ノズルの閉塞や炭素繊維の強度低下を防ぐために金属フィルターを設置する。上記木質系ピッチを用いれば、固形分量が極めて少ないため、フィルター負荷が減少し、長時間に亘って連続紡糸運転が可能となる。
【0027】
また紡糸するに当たって、脱気はピッチを軟化点以上(好ましくは軟化点よりも30〜120℃程度高い温度、特に軟化点よりも50〜100℃程度高い温度)に加熱することで実施される。上記木質系ピッチを用いれば、木質系ピッチの熱変質による軟化点の上昇が抑えられ、長時間の連続紡糸運転が可能となる。
紡糸条件としては、公知の条件が適宜採用でき、例えば、押し出し法、遠心法等の方法にて溶融紡糸を行い、ピッチ繊維とする。
【0028】
(3)不融化処理、炭化処理
溶融紡糸して得られたピッチ繊維は、酸化性ガス雰囲気下で不融化処理が施される。酸化性ガスとしては、通常、酸素、オゾン、空気、ハロゲン、窒素酸化物、亜硫酸等の酸化性ガスが一種あるいは二種以上を用いる。この不融化処理はピッチ繊維が軟化変形しない温度条件下で実施される。例えば20〜350℃、好ましくは70〜320℃の温度が推奨される。不融化処理されたピッチ繊維は、次に不活性ガス雰囲気下で炭化処理を施して本発明の木質ピッチ系炭素繊維を得る。炭化処理条件は500〜1300℃程度(特に800℃±50℃程度)である。必要に応じて、黒鉛化処理してもよい。黒鉛化処理では、例えば、1500〜2800℃程度の温度で、不活性雰囲気(特にアルゴンガス)で炭化繊維を加熱する。
【0029】
上記のようにして得られる木質系ピッチから製造した炭素繊維は、ピッチ中に熱分解系重質油が含まれているため、その引張強度も優れている。炭素繊維の引張強度は、例えば、600〜900MPa程度である。
本発明の炭素繊維は、従来のピッチ系炭素繊維の代替材料として使用できる。従ってその用途は幅広く、例えば、トウ、ステープルヤーン、クロス、ミルド、フェルト、マットのいずれでもよい。なお炭素繊維の引張強さは、JIS R7601に従って求められる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0031】
原料例1
杉の切り株と枝葉からなる直径5〜100cm程度の未利用木質系バイオマスを破砕機により3〜5cm角のチップに破砕した後、含水率が約20質量%になるまで自然乾燥した。さらに粉砕して、平均粒径約20μm、含水率約3質量%の粉末にした。この木粉100質量部に、アクレモニュウムセルラーゼ(明治製菓製、商品名:アクレモニュウムエンザイム)5質量部と水500質量部を加え、温度55℃で40時間糖化処理(糖化率は原料中のセルロース100質量%に対して35質量%)した後、濾過して液体成分(a)と固形分とに分離した。固形分はさらに水で洗浄し、洗浄液(b)と前記液体成分(a)を合わせてエタノール発酵に供した。固形分(糖化処理残渣)は自然乾燥してから粉状に砕いた後、さらに温度105℃で一夜乾燥して、炭素繊維用ピッチの原料となる糖化残渣を得た。糖化残渣の収量は、原料木粉の乾燥質量100質量%に対して82質量%であった。
【0032】
実施例1
原料例1で得られた杉の糖化残渣とフェノールとエチレンボトム油とを、表1に示す量で混合し、表1に示す条件で加圧加熱処理することによって、表1に示す固形分量の加圧加熱処理液を得た(なお固形分量は、加圧加熱処理液をペーパーフィルターでろ過することによって求め、投入した糖化残渣原料(105℃乾燥ベース)に対する割合で示す。以下、同様)。前記加圧加熱処理液をろ過して固形分を除去した可溶化物を温度280℃、絶対圧4hPa(3torr)の条件で蒸留して木質系ピッチを得た。
【0033】
前記木質系ピッチを直径0.2mm、長さ0.4mmのノズル(D/L=0.2/0.4)を備えた単孔紡糸装置に入れ、表1に示す温度で減圧脱気後、表1に示す温度に加熱し、窒素圧を利用して表1に示す押し出し量で、かつ巻き取り速度300m/分の条件で紡糸し、表1に示す直径のピッチ繊維を得た。得られたピッチ繊維を管状炉に入れ、昇温速度1℃/分、保持温度270℃、保持時間1時間、保持雰囲気:空気中の条件で処理して不融化した。さらに昇温速度5℃/分、保持温度800℃、保持時間5分の条件で不融化物を処理して炭化した。
【0034】
紡糸前の木質系ピッチの軟化点と、紡糸後に紡糸器内に残った木質系ピッチの軟化点をそれぞれ調べ、軟化点の変化(ΔT)を求めた。また炭化処理後の炭素繊維の引張強度も測定した。結果を表1に示す。
【0035】
実施例2〜6
加圧加熱処理の原料と条件を表1に示すように変更する以外は、実施例1と同様にして木質系ピッチを得た。この木質系ピッチを実施例1と同様に紡糸して所定の直径のピッチ繊維を得た。さらに得られたピッチ繊維を実施例1と同様に不融化処理および炭化処理をして、炭素繊維を得た。
これら実施例2〜6の結果を表1に示す。
【0036】
比較例1〜2
加圧加熱処理の原料と条件を表1に示すように変更する以外は、実施例1と同様にして木質系ピッチを得た。この木質系ピッチを実施例1と同様に紡糸した。しかし比較例1ではただちに紡糸ノズルが閉塞し、繊維が得られなかった。比較例2でも短時間で紡糸ノズルが閉塞した。
これら比較例1〜2の結果を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
表1より明らかなように、糖化残渣を、フェノールと、エチレンボトム油、デカント油、又はコールタール油とで可溶化した実施例1〜6では、比較例1〜2に比べて、固形分量が少なくなり、またピッチの加熱時(溶融紡糸時)におけるΔT(軟化点の変化)が非常に小さいことから優れた熱安定性も確認され、紡糸工程を安定して実施できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース、ヘミセルロース、リグニン、及びリグノセルロースから選択される少なくとも一種を含む固形木質系原料を、フェノール類と熱分解系重質油の存在下で加圧加熱して可溶化し、この可溶化物から低沸点成分を除去して得られる木質系ピッチを紡糸、不融化、及び炭化することを特徴とする炭素繊維の製造方法。
【請求項2】
前記固形木質系原料が、木質体を生物的、化学的、又は機械的に分解したものである請求項1に記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項3】
前記固形木質系原料が、木質体を糖化処理した後の残渣、或いは木質体を糖化及び醗酵処理した後の残渣である請求項1又は2に記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項4】
前記フェノール類がフェノールであり、前記熱分解系重質油がエチレンボトム油、デカント油、及びコールタールから選択される少なくとも一種である請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維の製造方法。

【公開番号】特開2012−255223(P2012−255223A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−127684(P2011−127684)
【出願日】平成23年6月7日(2011.6.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年1月12日に一般社団法人日本エネルギー学会発行の「第6回バイオマス科学会議発表論文集」並びに一般社団法人日本エネルギー学会主催の「第6回バイオマス科学会議」において発表
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000219576)東海カーボン株式会社 (155)
【Fターム(参考)】