説明

炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物

【課題】シリコーンを主成分として用いた油剤組成物を使用するときに発生する操業性低下や、非シリコーン系油剤組成物を使用するときに起きる炭素繊維束物性の低下を改善しうる油剤組成物を提供する。
【解決手段】動粘度が150〜8000mm2/s(25℃)、アミノ当量が2000〜6000g/molであるアミノ変性シリコーンを30〜50wt%、ピロメリット酸エステルを30〜50wt%含有することを特徴とする炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は炭素繊維の製造過程において、炭素繊維前駆体アクリル繊維(以下前駆体繊維とも表記)を耐炎化繊維に転換する耐炎化工程で、単繊維間の融着発生防止を目的に用いる炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物(以下油剤組成物とも表記)に関する。加えて、前記油剤組成物が付与された炭素繊維前駆体アクリル繊維束とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭素繊維束の製造方法として、アクリル繊維束を200〜400℃の酸素存在雰囲気下で加熱処理することにより耐炎化繊維束に転換し、引き続いて1000℃以上の不活性雰囲気下で炭素化して炭素繊維束を得る方法が知られている。この方法で得られた炭素繊維束は、優れた機械的物性により、特に複合材料用の強化繊維として工業的に広く利用されている。
【0003】
しかし、炭素繊維束の製造方法において、前駆体繊維束を耐炎化繊維束に転換する耐炎化工程で、単繊維間に融着が発生する場合がある。また、耐炎化工程及びそれに続く炭素化工程(以下、耐炎化工程と炭素化工程を総合して焼成工程とも表記する)において、毛羽や束切れといった工程障害が発生する場合がある。この融着を回避するためには、アクリル繊維束に付着させる油剤の選択が重要であることが知られており、多くの油剤組成物が検討されてきた。
【0004】
しかしながら、それらの単繊維間の融着を防止する効果を有するシリコーンを主成分とするシリコーン系油剤は、加熱により架橋反応が進行して高粘度化する。したがって、その粘着物が前駆体繊維束の製造工程や、耐炎化工程の繊維搬送ローラーやガイドなどの表面に堆積して、繊維束が巻き付いたり引っかかったりして断糸するなどの操業性低下を引き起こす原因になることがある。また、シリコーンを含有する油剤組成物は、焼成工程において、酸化ケイ素や炭化ケイ素、窒化ケイ素などのケイ素化合物を生成し、これらのスケールが工程安定性、製品の品質を低下させるという問題を有している。
【0005】
このため、前駆体繊維束のケイ素含有量を低減することを目的として、シリコーンの含有率を低減した油剤組成物が提案されている。例えば、多環芳香族化合物からなる乳化剤を50〜100wt%含有させ、シリコーン含有量を低減させた油剤組成物が提案されている(特許文献1)。しかしながら、該提案油剤では乳化剤が多いため乳化物の安定性は高くなるが、この油剤組成物を付着させた前駆体繊維束の集束性は悪く、高い生産効率で製造するには適していないうえ、機械的物性に優れた炭素繊維束が得られないという問題があった。
【0006】
また、空気中250℃で2時間加熱した後の残存率が80wt%以上である耐熱樹脂とシリコーンとを組み合わせた油剤組成物も提案されている(特許文献2)。これはビスフェノールA系の芳香族エステルであり、耐熱性は極めて高いが、単繊維間の融着を防止する効果が十分でなく、機械的物性に優れた炭素繊維束を安定して得ることができないという問題があった。
【0007】
さらに、反応性官能基を持つ化合物を主成分とし、シリコーンを含有しない油剤組成物が提案されている(特許文献3)。これは100〜145℃における油剤組成分の粘度を上げることで油剤付着性を高めるとした技術であるが、粘度が高いがために前駆体繊維束の紡糸工程において搬送ローラーに付着し、繊維束が巻き付くなどの工程障害を引き起こす問題があった。
【0008】
以上のように従来技術によるシリコーン含有量を低減した油剤組成物、あるいは非シリコーン成分のみの油剤組成物では、工程安定性、炭素繊維束の機械的物性の発現においてシリコーンを主剤とした油剤組成物より劣る傾向にある。したがって、高品質な炭素繊維束を安定して得ることはできない。
【0009】
つまり、シリコーンを主成分とした油剤組成物に端を発する焼成工程でのケイ素化合物生成による操業性低下の問題と、非シリコーン油剤による炭素繊維束の機械的物性低下の問題は表裏一体の関係にあり、従来技術ではこの両課題を共に解決することはできない。
【特許文献1】特開2005−264384号公報
【特許文献2】特開2000−199183号公報
【特許文献3】特開2005−264361号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、シリコーンを主成分として用いた油剤組成物を使用するときに発生する操業性低下や、非シリコーン系油剤組成物を使用するときに起きる炭素繊維束物性の低下を改善しうる油剤組成物を提供することにある。さらに、該油剤組成物を付着させたことにより、焼成工程において工程通過性が向上し、炭素繊維束の工業的な生産性を高めることができる炭素繊維前駆体アクリル繊維束及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上記の問題を解決する手段として、次のように、シリコーン含有量を低減し、非シリコーン成分としてピロメリット酸エステルを用いる。これにより、焼成工程における障害を低減し、かつ炭素繊維束の高い機械的物性を発現する炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物、並びにその油剤組成物を付与した前駆体繊維束とその製造方法を提供するものである。
【0012】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物は、動粘度が150〜8000mm2/s(25℃)、アミノ当量が2000〜6000g/molである下記式(1)で示される構造のアミノ変性シリコーンを30〜50wt%、下記式(2)で示される構造のピロメリット酸エステルを30〜50wt%含有することを特徴とする。
【0013】
【化1】

【0014】
(式(1)において、式(1)で示される構造のアミノ変性シリコーンは、“o,p”は上記動粘度、アミノ等量を満たす。また、“q”は1〜5とする。)
式(1)の“o”は10〜800、“p”は2〜15であることが好ましい。
【0015】
【化2】

【0016】
(式(2)において、R1〜R4はそれぞれ独立して炭素数8〜16の炭化水素基とする。)
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物は、次の成分のいずれか一方又は両方を含有する場合に、それぞれ好ましい態様を有している。
【0017】
[ノニオン系乳化剤]
ノニオン系乳化剤として、下記式(3)で示される構造のプロピレンオキサイド(PO)ユニットとエチレンオキサイド(EO)ユニットからなるブロック共重合型ポリエーテルを油剤組成物中10〜40wt%含有することが好ましい。より好ましくは下記式(3)のR5,R6が共に水素原子である。
【0018】
【化3】

【0019】
(式(3)においてR5,R6はそれぞれ独立して水素原子、炭素数1〜24の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、又は炭素数3〜12のシクロアルキル基を示し、“x”,“y”,“z”はそれぞれ独立して1〜500である。)
[酸化防止剤]
酸化防止剤を油剤組成物中1〜5wt%含有することが好ましい。
【0020】
また、本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、上記の油剤組成物が、前駆体繊維束の乾燥繊維質量に対して0.1〜2.0wt%付着していることが好ましい。
【0021】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法は、前記油剤組成物が平均粒子径0.01μm以上0.5μm以下のミセルを形成している水系乳化溶液(以下、エマルションとも表記する)を、アクリル繊維束に付与する工程を有する。また、水系乳化溶液が付与されたアクリル繊維束を乾燥緻密化する工程を有することを特徴とする炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法により好適に製造できる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、炭素繊維束製造工程における単繊維間の融着を効果的に抑えることができ、かつ、工程障害となるケイ素化合物の発生が従来に比べて少ないことにより操業性が向上する。さらに、従来品に比べて良好な機械的物性を発現する炭素繊維束を得ることができる炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物、並びに該油剤組成物を付与して成る炭素繊維前駆体アクリル繊維束とその製造方法が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明者らは、シリコーン含有量を低減した油剤組成物で、それをアクリル繊維束に付着させた前駆体繊維束を焼成して得られる炭素繊維束が優れた機械的物性を発現する油剤組成物を鋭意探索した。その結果、ピロメリット酸エステルを用いることにより、シリコーン含有量低減、炭素繊維束強度の向上の両課題を共に解決できることを見出すに至った。すなわち、本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物は、炭素繊維製造工程の操業性と製品の品質を同時に向上できることを可能にしたものである。
【0024】
本発明において、油剤組成物を付着させる前のアクリル繊維束には公知技術により紡糸されたアクリル繊維束を用いることができる。
【0025】
好ましいアクリル繊維束の例として、アクリロニトリル系重合体を紡糸して得られるアクリル繊維束が挙げられる。
【0026】
アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルを主な単量体とし、これを重合して得られる重合体である。アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルのみから得られるホモポリマーだけでなく、主成分であるアクリロニトリルに加えて他の単量体も用いたアクリロニトリル系共重合体であっても差し支えない。
【0027】
アクリロニトリル系共重合体におけるアクリロニトリル単位の含有量は、96.0〜98.5wt%であることが焼成工程での繊維の熱融着防止、共重合体の耐熱性、紡糸原液の安定性及び炭素繊維にした時の品質の観点でより好ましい。アクリロニトリル単位が96wt%以上の場合は、炭素繊維に転換する際の焼成工程で繊維の熱融着を招くことなく、炭素繊維の優れた品質及び性能を維持できるので好ましい。また、共重合体自体の耐熱性が低くなることもなく、前駆体繊維を紡糸する際、繊維の乾燥あるいは加熱ローラーや加圧水蒸気による延伸のような工程において、単繊維間の接着を回避できる。一方、アクリロニトリル単位が98.5wt%以下の場合には、溶剤への溶解性が低下することもなく、紡糸原液の安定性を維持できると共に共重合体の析出凝固性が高くならず、前駆体繊維の安定した製造が可能となるので好ましい。
【0028】
共重合体を用いる場合のアクリロニトリル以外の単量体としては、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体から適宣選択することができる。具体的には、耐炎化反応を促進する作用を有するアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、又は、これらのアルカリ金属塩若しくはアンモニウム塩、アクリルアミド等の単量体は、耐炎化を促進できるので好ましい。アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等のカルボキシル基含有ビニル系単量体がより好ましい。アクリロニトリル系共重合体におけるカルボキシル基含有ビニル系単量体単位の含有量は0.5〜2.0wt%が好ましい。他の単量体は、1種でも2種以上でもよい。
【0029】
紡糸の際には、アクリロニトリル系重合体を、溶剤に溶解し紡糸原液とする。このときの溶剤には、ジメチルアセトアミドあるいはジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶剤、又は塩化亜鉛やチオシアン酸ナトリウム等の無機化合物水溶液等、公知のものから適宜選択して使用することができる。生産性向上の観点から凝固速度が早いジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド及びジメチルホルムアミドが好ましく、ジメチルアセトアミドがより好ましい。
【0030】
またこの際、緻密な凝固糸を得るためには、紡糸原液の重合体濃度がある程度以上になるように紡糸原液を調製することが好ましい。具体的には、紡糸原液中の重合体濃度が、好ましくは17wt%以上、より好ましくは19wt%以上である。さらに、紡糸原液は適正な粘度・流動性を必要とし、重合体濃度は25wt%を超えない範囲が好ましい。
【0031】
紡糸方法は、上記の紡糸原液を直接凝固浴中に紡出する湿式紡糸法、空気中で凝固する乾式紡糸法、及び一旦空気中に紡出した後に浴中凝固させる乾湿式紡糸法など公知の紡糸方法を適宜採用できる。より高い性能を有する炭素繊維束を得るには、湿式紡糸法又は乾湿式紡糸法が好ましい。
【0032】
湿式紡糸法又は乾湿式紡糸法による紡糸賦形は、上記の紡糸原液を円形断面の孔を有するノズルより凝固浴中に紡出することで行うことができる。凝固浴としては、上記の紡糸原液に用いられる溶剤を含む水溶液を用いるのが溶剤回収の容易さの観点から好ましい。
【0033】
凝固浴として溶剤を含む水溶液を用いる場合、水溶液中の溶剤濃度は、ボイドがなく緻密な構造を形成させ高性能な炭素繊維束を得られ、かつ延伸性が確保でき生産性に優れる等の理由から、50〜85wt%、凝固浴の温度は10〜60℃が好ましい。
【0034】
重合体あるいは共重合体を溶剤に溶解し紡糸原液として凝固浴中に吐出して繊維化した後に、凝固糸を凝固浴中又は延伸浴中で延伸する浴中延伸を行うことができる。あるいは、一部空中延伸した後に、浴中延伸してもよく、延伸の前後あるいは延伸と同時に水洗を行って水膨潤状態にある繊維を得ることができる。浴中延伸は通常50〜98℃の水浴中で1回あるいは2回以上の多段に分割するなどして行い、空中延伸と浴中延伸の合計倍率が2〜10倍に延伸するのが得られる炭素繊維束の性能の点から好ましい。
【0035】
油剤組成物のアクリル繊維束への付与は、前述の浴中延伸後の水膨潤状態にあるアクリル繊維束に油剤組成物のエマルションを付与することにより行うことができる。浴中延伸の後に洗浄を行う場合は、浴中延伸及び洗浄を行った後に得られる水膨潤状態にある繊維束に油剤組成物のエマルションを付与することもできる。
【0036】
油剤組成物は、動粘度が150〜8000mm2/s(25℃)、アミノ当量が2000〜6000g/molである下記式(1)で示される構造のアミノ変性シリコーンを30〜50wt%と、下記式(2)で示される構造のピロメリット酸エステルを30〜50wt%含有して成る。
【0037】
【化4】

【0038】
(式(1)において、“o”は10〜800、“p”は2〜15である。また、“q”は1〜5である。)
【0039】
【化5】

【0040】
(式(2)において、R1〜R4はそれぞれ独立して炭素数8〜16の炭化水素基である。)
本発明において油剤組成物は、動粘度が150〜8000mm2/s(25℃)、アミノ当量が2000〜6000g/molである上記式(1)で示される構造のアミノ変性シリコーンを30〜50wt%含有していることが好ましい。また、40〜50wt%含有していることがより好ましい。アミノ変性シリコーンの含有量が30wt%より少ないと、焼成工程における単繊維間の融着を完全に防止できない。また、アミノ変性シリコーンの含有量が50wt%より多いと、焼成工程においてケイ素化合物が生成・飛散し、操業性及び製造した炭素繊維の品質の低下を招くおそれがある。
【0041】
なお、動粘度は、JIS−Z−8803に規定されている“液体の粘度―測定方法”(ASTM D 445−46Tでも可)に基づいて、ウッベローデ粘度計を用いて測定することができる。
【0042】
本発明において油剤組成物に含有する上記式(1)で示されたアミノ変性シリコーンは、油剤組成物の炭素繊維前駆体アクリル繊維束に対する親和性並びに耐熱性の向上に有効である。アミノ変性シリコーンの動粘度は150〜8000mm2/s(25℃)が好ましく、より好ましくは1000〜5000mm2/s(25℃)である。動粘度が150mm2/s(25℃)より小さいと、エステル成分と分離しやすくなり、前駆体繊維束表面における油剤組成物の付着状態が不均一となり、耐炎化工程における単繊維間の融着を防止することができない。また、8000mm2/s(25℃)を超えるとエマルションの調製が困難になるうえ、エマルションの安定性も悪くなり、アクリル繊維束に均一に油剤組成物を付着させることが困難となる。
【0043】
アミノ変性シリコーンのアミノ当量は、前駆体繊維束との馴染み良さ、シリコーンの熱安定性から、好ましくは2000〜6000g/molで、より好ましくは4000〜6000g/molである。アミノ当量が2000g/molより小さいとシリコーン1分子中のアミノ基数が多く、熱安定性が低くなり、工程障害の要因となる。また、6000g/molより大きいとアミノ基数が少ないため、アクリル繊維束との馴染みが悪く、油剤組成物を均一にアクリル繊維束に付着させることが困難となる。
【0044】
構造の面からアミノ変性シリコーンの好ましい形態を次に記載する。式(1)の“o,p,q”は上述の粘度、アミノ当量を満たすものであれば差し支えない。好ましくは、式(1)のアミノ変性部が、アミノプロピル基(−C36NH2)、つまり式(1)のアミノ変性部において“q”=3であり、“o”が10〜800、“p”が2〜15である。式(1)の“o,p”が先述の範囲を外れると、炭素繊維束の性能発現性や耐熱性が低下するため好ましくない。“o”が10より小さいと、耐熱性が低く単繊維間の融着を防止することができない。また、“o”が800より大きいと、水への分散が非常に困難となり、アクリル繊維束の表面に均一に付着させることができなくなる。“p”が2より小さいと、アクリル繊維束との親和性が低下するため、単繊維間の融着を効果的に防止することができない。また、“p”が15より大きいと、油剤そのものの耐熱性が低下して、やはり単繊維間の融着を防止できない。さらに好ましくは、“o”が300〜800、“p”が5〜15である。なお、式(1)で示されるアミノ変性シリコーンは、複数の化合物の混合物である場合もあり、したがって、“o”,“p”,“q”はそれぞれ整数でない場合もあり得る。
【0045】
なお、これらの式(1)中の“o,p”は粘度、アミノ当量からの推算値であり、“q”は合成原料によって定まる値である。“o,p”を求める手順は、まず粘度からA.J.Barryの式(logη=1.00+0.0123M0.5,η:25℃における粘度,M:分子量)により分子量を算出する。ついで、この分子量とアミノ当量から、1分子あたりの平均のアミノ基数“p”が求まる。分子量、“p,q”が定まることで“o”の値を決定することができる。
【0046】
本発明において油剤組成物には、上記式(2)で示されたピロメリット酸エステルが30〜50wt%含有していることが好ましく、30〜40wt%含有していることがより好ましい。ピロメリット酸エステルはアミノ変性シリコーンとの相溶性が高いため、油剤組成物を均一にアクリル繊維束に付着させるために好ましく、良好な機械的物性を有する炭素繊維束を得るための前駆体繊維束の製造に効果的である。ピロメリット酸エステルの含有量が30wt%より少ないとアミノ変性シリコーンとのバランスが崩れてアクリル繊維束への均一付着ができなくなり、それらを付着させた前駆体繊維束を焼成して得られる炭素繊維束は安定した物性が発現されない。また、ピロメリット酸エステルの含有量が50wt%より多いと、アミノ変性シリコーンの含有量が必然的に少なくなり、紡糸工程における集束性が悪くなるうえに、それらを付着させた前駆体繊維束を焼成して得られる炭素繊維束は機械的物性に劣る。
【0047】
上記式(2)のR1部〜R4部を形成する構造としては、C8〜C16の飽和炭化水素基であることが好ましく、より好ましくは均一なエマルションを得やすいC8〜C14の飽和炭化水素基である。あるいは水蒸気存在下での熱的安定性が高いC12〜C16の飽和炭化水素基である。具体的にはオクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ラウリル基(ドデシル基)、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基等が挙げられる。炭素数がC8より少なくなると熱的安定性が悪くなり、耐炎化工程において十分な融着防止効果が得られない。また、C16より大きくなると粘度が高くなり、均一なエマルションを得ることが困難で、アクリル繊維束に油剤組成物を均一に付着させることができない。なお、R1〜R4は同じ構造であってもよいが、個々独立の構造であっても差し支えない。
【0048】
本発明において油剤組成物は、さらに、プロピレンオキサイド(PO)ユニットとエチレンオキサイド(EO)ユニットからなるブロック共重合型ポリエーテルを10〜40wt%含有することが好ましく、10〜30wt%含有していることがより好ましい。このブロック共重合型ポリエーテルの構造は下式(3)に示される構造であることが好ましい。
【0049】
【化6】

【0050】
(式(3)においてR5,R6はそれぞれ独立して水素原子又は炭素数1〜24の直鎖又は分岐鎖のアルキル基あるいは炭素数3〜12のシクロアルキル基を示し、“x”,“y”,“z”はそれぞれ独立して1〜500である。)
5,R6はPO,EOとの均衡、その他の油剤組成物を考慮して好適な範囲が決定されるが、本油剤組成物においては水素原子あるいは炭素数1〜5の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が好ましく、さらに好ましくは水素原子である。“x”,“y”,“z”の値は好ましくはそれぞれ独立して20〜300である。さらに好ましくは“x+z”と“y”の比が80〜60:20〜40である。
【0051】
また、このブロック共重合型ポリエーテルの分子量が3000〜20000で、100℃における動粘度が300〜15000mm2/sであることが好ましい。
【0052】
本発明において油剤組成物は、さらに、必要に応じて酸化防止剤を1〜5wt%の範囲で含有することができる。この含有量は、1〜3wt%の範囲がより好ましい。
【0053】
酸化防止剤は公知の様々な物質を用いることができるが、好ましくはフェノール系、硫黄系の酸化防止剤である。具体的には、フェノール系酸化防止剤として、2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール、4,4’−ブチリデンビス−(6−t−ブチル−3−メチルフェノール)、2,2’−メチレンビス−(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)、2,2’−メチレンビス−(4−エチル−6−t−ブチルフェノール)、2,6−ジ−t−ブチル−4−エチルフェノール、1,1,3−トリス(2−メチル−4−ヒドロキシ−5−t−ブチルフェニル)ブタン、n−オクタデシル−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート、テトラキス〔メチレン−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕メタン、トリエチレングリコールビス〔3−(3−t−ブチル−4−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)プロピオネート〕、トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)イソシアヌレート等が挙げられる。また、硫黄系の酸化防止剤として、ジラウリルチオジプロピオネート、ジステアリルチオジプロピオネート、ジミリスチルチオジプロピオネート、ジトリデシルチオジプロピオネート等が挙げられる。上記の酸化防止剤は、単独で用いても、複数の混合物として用いても差し支えない。
【0054】
また、酸化防止剤は、ピロメリット酸エステルに溶解するものがより好ましく用いられる。これは、酸化防止剤がより作用して欲しい油剤構成成分は、ピロメリット酸エステルであること、油剤中に酸化防止剤を均一に混合させる方法として、ピロメリット酸エステルに予め溶解させておくと都合がいいことが主な理由である。
【0055】
本発明においては、上記のアミノ変性シリコーン、ピロメリット酸エステル、及び必要に応じてPOとEOからなるブロック共重合型ポリエーテル、酸化防止剤を前述の比率で配合した油剤組成物を水膨潤状態のアクリル繊維束に付着させる処理をする。通常、上記油剤組成物が水中に分散された水系乳化溶液を水膨潤状態のアクリル繊維束に付与する処理をする。
【0056】
エマルションの調製は、例えばアミノ変性シリコーンにブロック共重合型ポリエーテルを混合し攪拌しながら、ピロメリット酸エステルを添加攪拌したものに水を加えることで、油剤組成物が水に分散したエマルションが得られる。酸化防止剤、帯電防止剤を含有させる場合は予めピロメリット酸エステルに溶解しておくことが好ましい。各成分の混合又は水中分散は、プロペラ攪拌、ホモミキサー、ホモジナイザー等を使って行うことができる。特に、高粘度のアミノ変性シリコーンを用いる場合には150MPa以上に加圧可能な超高圧ホモジナイザーを用いることが好ましい。
【0057】
なお、本発明において油剤組成物は、その特性向上のために、必要に応じて帯電防止剤を含有することは差し支えない。帯電防止剤としては公知の物質を用いることができる。帯電防止剤はイオン型と非イオン型に大別され、イオン型としてはアニオン系、カチオン系及び両性系があり、非イオン型ではポリエチレングリコール型、多価アルコール型がある。帯電防止の観点からイオン型が好ましく、中でも脂肪族スルホン酸塩、高級アルコール硫酸エステル塩、高級アルコールエチレンオキシド付加物硫酸エステル塩、高級アルコールリン酸エステル塩、高級アルコールエチレンオキシド付加物硫酸リン酸エステル塩、第4級アンモニウム塩型カチオン界面活性剤、ベタイン型両性界面活性剤、高級アルコールエチレンオキシド付加物ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、多価アルコール脂肪酸エステルなどが好ましく用いられ、これらは単独でも組み合わせでも良い。
【0058】
さらに、油剤組成物をアクリル繊維束に付着させる設備や使用環境によって、工程の安定性や油剤組成物の安定性、付着特性を向上させるために、消泡剤、防腐剤、抗菌剤、浸透剤などの添加物を、本発明における油剤組成物に適宜配合することは差し支えない。
【0059】
本発明の油剤組成物を水膨潤状態の前駆体繊維束に付与する方法としては、前記油剤組成物が水中に分散したエマルションに、イオン交換水を加えて所定の濃度に希釈して油剤処理液とした後、水膨潤状態の前駆体繊維束に付着させる手法を用いる。
【0060】
油剤処理液を水膨潤状態の前駆体繊維に付着させる方法としては、ローラーの下部を油剤付与液に浸漬させ、そのローラーの上部に前駆体繊維束を接触させるローラー付着法、ポンプで一定量の油剤付与液をガイドから吐出し、そのガイド表面に前駆体繊維束を接触させるガイド付着法、ノズルから一定量の油剤付与液を前駆体繊維束に噴射するスプレー付着法、油剤付与液の中に前駆体繊維を浸漬した後にローラー等で絞って余分な油剤付与液を除去するディップ付着法等の公知の方法を用いることができる。
【0061】
均一付着の観点から、繊維束に十分に油剤処理液を浸透させ、余分な処理液を除去するディップ付着法が好ましい。より均一に付着するためには油剤付与工程を2つ以上の多段にし、繰り返し付与することも有効である。
【0062】
本発明においては、アクリル繊維束に対する上記油剤組成物の付着量は、後述する乾燥緻密化された後でアクリル繊維束の乾燥繊維質量に対して0.1〜2.0wt%であることが好ましく、0.5〜1.5wt%であることがさらに好ましい。油剤組成物の付着量が0.1wt%より低い場合、油剤の本来の機能を十分に発現させることが困難になる場合がある。一方、油剤組成物の付着量が2.0wt%より高い場合、余分に付着した油剤組成物が、焼成工程において高分子化して単繊維間の接着の誘因となる場合がある。
【0063】
特に油剤組成物が炭素繊維前駆体アクリル繊維束の乾燥繊維質量に対して0.1〜2.0wt%付着した前駆体繊維束を製造する場合、油剤組成物を微分散した平均粒子径0.01μm以上0.5μm以下のミセルを形成した水系乳化溶液を調製することが好ましい。こうすることで、アクリル繊維素束の表面に均一に油剤を付与することが可能となる。なお、上記の水系乳化溶液に存在するミセルの平均粒子径は、レーザ回折/散乱式粒度分布測定装置(LA−910、株式会社堀場製作所製)を用い、Mie散乱理論に基づいて測定することができる。
【0064】
本発明において、上記の油剤組成物が付着した前駆体繊維束は、続く乾燥工程で乾燥緻密化される。乾燥緻密化の温度は、繊維のガラス転移温度を超えた温度で行う必要があるが、実質的には含水状態と乾燥状態では異なることもあり、100〜200℃の加熱ローラーによる方法が好ましい。このとき加熱ローラーの個数は、1個でも複数個でもよい。
【0065】
乾燥後、続いて加圧水蒸気延伸を行うことで、得られる繊維の緻密性や配向度をさらに高めることができ好ましい。加圧水蒸気延伸とは、加圧水蒸気雰囲気中で延伸を行う方法であって、高倍率の延伸が可能であることから、より高速で安定な紡糸が行えると同時に、得られる繊維の緻密性や配向度向上にも寄与する。
【0066】
本発明では、この加圧水蒸気延伸において、加圧水蒸気延伸装置直前の加熱ローラーの温度を120〜190℃、加圧水蒸気延伸における水蒸気圧力の変動率を0.5%以下に制御することが重要である。このようにすることにより、繊維束になされる延伸倍率の変動及びそれによって発生するトウ繊度の変動を抑制することができる。加熱ローラーの温度が120℃未満では前駆体繊維束の温度が十分に上がらず延伸性が低下する。
【0067】
加圧水蒸気延伸における水蒸気の圧力は、加熱ローラーによる延伸の抑制や加圧水蒸気延伸法の特徴が明確に現れるようにするため、200kPa・g(ゲージ圧、以下同じ。)以上が好ましい。この水蒸気圧は、処理時間との兼ね合いで適宜調節することが好ましいが、高圧にすると水蒸気の漏れが増大する場合があるので、工業的には600kPa・g以下が好ましい。
【0068】
乾燥緻密化を完了した繊維束は、室温のロールを通し、常温の状態まで冷却した後にワインダーでボビンに巻き取られる。或いは、ケンスに振込まれて収納され、焼成工程に移される。
【0069】
以上のように製造した本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、紡糸工程、焼成工程での融着が抑制でき、かつ品質及び物性の優れた炭素繊維束を製造することができる。また、焼成工程でのシリコーン分解物の飛散及び、ケイ素化合物の生成量が少ないため、操業性、工程通過性が著しく改善される。このような炭素繊維前駆体アクリル繊維束により得られる炭素繊維束は、様々な構造材料に用いられる繊維強化樹脂複合材料に用いる強化繊維として好適である。
【実施例】
【0070】
以下に本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物、並びに該油剤組成物を付与した前駆体繊維束及びその製造方法はこれらによって限定されるものではない。なお、前駆体繊維束の油剤付着量、集束性評価、及び前駆体繊維束を焼成して得られた炭素繊維束の単繊維間融着数、ストランド強度、また焼成工程のシリコーン由来ケイ素化合物飛散評価は以下の方法により実施した。
【0071】
[油剤付着量]
前駆体繊維束を105℃で1時間乾燥させた後、90℃のメチルエチルケトンに8時間浸漬して付着した油剤組成物を溶媒抽出した。油剤付着量はこの抽出前後の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の質量を精秤することで、この差から求めた。
【0072】
[集束性評価]
集束性は前駆体繊維束の紡糸工程の最終ロール、すなわち前駆体繊維束をボビンに巻き取る直前のロール上での前駆体繊維束の状態を観察し、下記の基準で評価した。
○:集束しており、トウ幅が一定で、隣接する繊維束と接触しない。
△:集束しているが、トウ幅が一定ではない、あるいはトウ幅が広い。
×:繊維束中に空間があり、集束していない。
【0073】
[単繊維間融着数(融着数)]
炭素化した炭素繊維束を3mm長に切断し、アセトン中に分散させ、10分間攪拌した後の全単繊維数と融着数を計数し、単繊維100本当たりの融着数を算出して評価した。評価基準は下記の通りである。
○:融着数(個/100本)≦1
×:融着数(個/100本)>1
[炭素繊維束ストランド強度(CF強度)]
JIS−R−7601に規定されているエポキシ樹脂含浸ストランド法に準じて測定した。なお、測定回数は10回とし、その平均値を評価の対象とした。
【0074】
[シリコーン由来ケイ素化合物飛散評価]
耐炎化工程におけるシリコーン由来のケイ素化合物飛散量は、炭素繊維前駆体アクリル繊維束と、それを耐炎化した耐炎化繊維束のSi元素含有量を蛍光X線分析装置にて測定し、それらの差異により耐炎化工程で飛散したSi量を算出し、評価の指標とした。
【0075】
(Si飛散量)=前駆体繊維束のSi含有量−耐炎化繊維束のSi含有量[mg/kg]
蛍光X線分析装置には、理学電機工業株式会社製ZSX100eを用いた。測定サンプルは、縦20mm、横40mm、幅5mmのアクリル樹脂製板に繊維束を隙間のない様に均一に巻いて装置にセットした。このとき、測定に付す繊維束の巻き長は同一とすることが重要である。その後、通常の蛍光X線分析方法によりSiの蛍光X線強度を測定した。得られた前駆体繊維束及び耐炎化繊維束のSiの蛍光X線強度から、検量線を用い、それぞれの繊維束のSi含有量を求めた。測定数はn=10とし、評価にはそれらの平均値を用いた。
【0076】
[実施例1]
油剤組成物のエマルションを次の方法で調製した。
・一般的なアミノ変性シリコーンの合成方法であるアルカリ平衡法によって得られた動粘度が150mm2/s(25℃)、アミノ当量が2000g/molである式(1)の構造のアミノ変性シリコ−ン(o=120、p=5、q=3)
・式(2)においてR1〜R4が共にオクチル基であるピロメリット酸エステル
・式(3)においてR5,R6が水素原子であり、分子量が8000、動粘度が400mm2/s(100℃)であるPOとEOからなるブロック共重合型ポリエーテル(三洋化成工業株式会社製、商品名:ニューポール PE−68)
・酸化防止剤{テトラキス〔メチレン−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕メタンとジトリデシルチオジプロピオネートとの混合物(1:2(質量比))}
前記化合物を43:35:21:1(アミノ変性シリコーン:ピロメリット酸エステル:ブロック共重合型ポリエーテル:酸化防止剤)の質量比で混合したものに、油剤組成物の濃度が30wt%となるようにイオン交換水を加え、ホモミキサーで乳化した。この状態ではミセル粒子径の平均が2μm程度であるため、さらに高圧ホモジナイザーによって0.2μm以下の粒子径まで分散した。このエマルションを油剤原液として以下の工程で用いた。
【0077】
油剤組成物を付着させるアクリル繊維束は、次の方法で調製した。アクリロニトリル系共重合体(組成比:アクリロニトリル/アクリルアミド/メタクリル酸=96/3/1(質量比))をジメチルアセトアミドに溶解し、紡糸原液を調製した。その後、ジメチルアセトアミド水溶液を満たした凝固浴中に孔径(直径)75μm、孔数6000の紡糸ノズルより吐出し凝固糸とした。凝固糸は水洗槽中で脱溶媒するとともに5倍に延伸して水膨潤状態のアクリル繊維束とした。
【0078】
上記の水膨潤状態にあるアクリル繊維束を、上記油剤原液をイオン交換水で希釈した処理液が入った油剤処理槽に導き、かかる油剤組成物を付着させた後、表面温度180℃のロールにて乾燥した後に、圧力0.2MPaの水蒸気中で3倍延伸を施した。ここで得られた前駆体繊維束の集束性評価結果を表1に示した。トウ幅に少々バラツキがみられたが集束しており、紡糸工程は安定していた。
【0079】
この炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、220〜260℃の温度勾配を有する耐炎化炉に通し、さらに窒素雰囲気中で400〜1300℃の温度勾配を有する炭素化炉で焼成して炭素繊維束とした。
【0080】
ここで得られた炭素繊維束の融着数及び炭素繊維束ストランド強度(以下、CF強度とも記載する)、耐炎化工程におけるシリコーン由来ケイ素化合物飛散評価結果を表1に示した。融着数、ケイ素化合物飛散の評価結果は共に良好であり、CF強度も高かった。
【0081】
[実施例2〜11]
油剤組成物を構成する各成分の種類と含有率を変え、実施例1と同様の手法で実施例2〜11を実施した。なお、ブロック共重合型ポリエーテル、酸化防止剤は実施例1と同一の物質を用いた。各実施例における油剤組成物中の各成分の割合(質量百分率)を表1に合わせて示した。
【0082】
表1中のアミノ変性シリコーン(1)〜(3)の物性を下に記す。
(1)25℃における動粘度が150mm2/s、アミノ当量2000g/mol(o=120、p=5、q=3)。
(2)25℃における動粘度が4000mm2/s、アミノ当量6000g/mol(o=600、p=7、q=3)。
(3)25℃における動粘度が8000mm2/s、アミノ当量4000g/mol(o=750、p=14、q=3)。
【0083】
表1中のピロメリット酸エステル(i)〜(v)の構造を下に記す。
(i)式(2)においてR1〜R4が共にC8のオクチル基であるピロメリット酸エステル。
(ii)式(2)においてR1〜R4が共にC10のデシル基であるピロメリット酸エステル。
(iii)式(2)においてR1〜R4が共にC12のドデシル基であるピロメリット酸エステル。
(iv)式(2)においてR1〜R4が共にC14のテトラデシル基であるピロメリット酸エステル。
(v)式(2)においてR1〜R4が共にC16のヘキサデシル基であるピロメリット酸エステル。
【0084】
実施例2〜11の各評価結果を表1に合わせて示した。いずれの場合も、集束性評価、融着数評価、ケイ素化合物飛散評価とも良好であった。比較的に低動粘度のアミノ変性シリコーンを用いた実施例1と、式(2)においてR1〜R4が共にテトラデシル基、ヘキサデシル基であるピロメリット酸エステルを用いた実施例6及び実施例7においては、他の実施例に比べ集束性がやや劣る傾向にあった。しかし、製造工程で問題となる状況ではなかった。
【0085】
ストランド強度の評価結果においては、いずれも良好であったが、油剤組成物の成分の違いや割合の違いにより差異がみられる。アミノ変性シリコーンで強度発現性の最も良いものは動粘度4000mm2/s(25℃)、アミノ当量6000g/molのものであった。また、ピロメリット酸エステルで強度発現性の良いものはR1〜R4が共に炭素数10のデシル基であるピロメリット酸エステルと、炭素数12のドデシル基であるピロメリット酸エステルであった。
【0086】
[比較例1]
・実施例1と同じ手法で調製された動粘度が80mm2/s(25℃)、アミノ当量が4000g/molである式(1)の構造のアミノ変性シリコ−ン(o=70、p=1、q=3)
・式(2)においてR1〜R4が共に炭素数10のデシル基であるピロメリット酸エステル
・式(3)においてR5,R6が水素原子であり、分子量が8000、動粘度が400mm2/s(100℃)であるPOとEOからなるブロック共重合型ポリエーテル(三洋化成工業株式会社製、商品名:ニューポール PE−68)
・酸化防止剤{テトラキス〔メチレン−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕メタンと、ジトリデシルチオジプロピオネートとの混合物(1:2(質量比))}
前記化合物を43:35:21:1(アミノ変性シリコーン:ピロメリット酸エステル:ブロック共重合型ポリエーテル:酸化防止剤)の質量比で混合した油剤組成物を用い、実施例1と同様の手法で前駆体繊維束を製造、焼成して炭素繊維束とした。各評価を行った結果を表2に示した。
【0087】
ケイ素化合物飛散の評価結果は良好であったが、集束性が著しく悪く、融着数も多いため、工業的に連続生産することは難しいと判断された。さらに、ストランド強度は実施例1〜11のいずれと比較しても低かった。
【0088】
[比較例2〜13]
油剤組成物を構成する各成分の種類と含有率を変え、実施例1と同様の手法で比較例2〜13を実施した。なお、比較例8及び比較例9では、エステル成分としてピロメリット酸エステルの代わりに、ペンタエリストールテトライソステアレート及び安息香酸ヘキシルを用いた。また、ブロック共重合型ポリエーテル及び酸化防止剤は比較例1と同一の物質を用いた。各比較例における油剤組成物中の各成分の割合(質量百分率)を表2に合わせて示した。
【0089】
表2中のアミノ変性シリコーン(4)〜(7)の物性を下に記す。
(4)25℃における動粘度が80mm2/s、アミノ当量4000g/mol(o=70、p=1、q=3)。
(5)25℃における動粘度が500mm2/s、アミノ当量1000g/mol(o=250、p=19、q=3)。
(6)25℃における動粘度が12000mm2/s、アミノ当量10000g/mol(o=840、p=6、q=3)。
(7)25℃における動粘度が20000mm2/s、アミノ当量6000g/mol(o=970、p=12、q=3)。
【0090】
表2中のピロメリット酸エステル(vi)〜(vii)構造を下に記す。
(vi)式(2)においてR1〜R4が共にC18のステアリル基(オクタデシル基)であるピロメリット酸エステル。
(vii)式(2)においてR1〜R4が共にC20のエイコシル基であるピロメリット酸エステル。
【0091】
比較例2〜13の各評価結果を表2に合わせて示した。いずれもCF強度は低かった。アミノ変性シリコーンの動粘度が150mm2/s(25℃)より低い(4)を使用した場合は、集束性が悪く、融着数も多かった。アミノ変性シリコーンの動粘度が8000mm2/s(25℃)より高い(6)又は(7)を使用した場合は、前駆体繊維束の乾燥工程においてロール上に析出したシリコーンの粘性により糸がとられ、ロールに糸が巻き付く工程障害があった。また、アミノ変性シリコーンのアミノ当量が2000g/molより低い(5)を使用した場合は、アミノ変性シリコーンの熱安定性が著しく悪く、これに起因して工程中でゲル化が進み工程障害となり、さらにはゲル化の影響を受け融着数が多くなった。また、アミノ変成シリコーン(6)はアミノ等量が6000g/molより高く、この場合乳化が困難であったうえ、前駆体繊維束との馴染みが悪く安定均一付着が困難で、融着数が多かった。
【0092】
また、エステル成分については、式(2)のR1〜R4としてC16をこえるステアリル基、エイコシル基であるピロメリット酸エステルを用いた場合は、集束性が悪かった。また、ペンタエリストールテトライソステアレート及び安息香酸ヘキシルなどピロメリット酸エステル以外を用いた場合、融着数が多かった。
【0093】
一方、アミノ変性シリコーンの含有量が20wt%と低い場合は融着数が多く、アミノ変性シリコーンの含有量が60、75、90wt%と含有量が多くなるにつれシリカ化合物飛散量が多くなり工程障害となった。特にアミノ変性シリコーンの含有量が90wt%である油剤組成物の場合、いずれの実施例と比較しても2〜3倍程度のシリカ化合物が飛散し、操業性が低下した。
【0094】
【表1】

【0095】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物より調製した油剤を用いることにより、焼成工程での単繊維間の接着を効果的に抑制し、シリコーンを主剤として用いる油剤を使用する場合に発生する操業性の低下を抑制できる。さらに、機械的強度の高い炭素繊維束を得ることができる。すなわち、炭素繊維の高性能化と操業安定性とを共に向上させることができる炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得ることができる。
【0097】
この炭素繊維前駆体アクリル繊維束から得られた炭素繊維束は、プリプレグ化したのち複合材料に成形することもできる。本発明で得られた炭素繊維束を用いた複合材料は、ゴルフシャフトや釣り竿などのスポーツ用途、さらには構造材料として自動車や航空宇宙用途、また各種ガス貯蔵タンク用途などに好適に用いることができ、有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動粘度が150〜8000mm2/s(25℃)、アミノ当量が2000〜6000g/molである下記式(1)で示される構造のアミノ変性シリコーンを30〜50wt%、下記式(2)で示される構造のピロメリット酸エステルを30〜50wt%含有することを特徴とする炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物。
【化1】

(式(1)において、式(1)で示される構造のアミノ変性シリコーンは、“o,p”は上記動粘度、アミノ等量を満たす。また、“q”は1〜5である。)
【化2】

(式(2)において、R1〜R4はそれぞれ独立して炭素数8〜16の炭化水素基である。)
【請求項2】
式(1)の“o”が10〜800、“p”が2〜15であることを特徴とする請求項1記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物。
【請求項3】
前記油剤組成物が、さらに、下記式(3)で示される構造のプロピレンオキサイド(PO)ユニットとエチレンオキサイド(EO)ユニットからなるブロック共重合型ポリエーテルを10〜40wt%含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物。
【化3】

(式(3)においてR5,R6はそれぞれ独立して水素原子、炭素数1〜24の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、又は炭素数3〜12のシクロアルキル基を示し、“x”,“y”,“z”はそれぞれ独立して1〜500である。)
【請求項4】
前記式(3)におけるR5,R6が、共に水素原子であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物。
【請求項5】
前記油剤組成物が、さらに、酸化防止剤を1〜5wt%含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物が、乾燥繊維質量に対して0.1〜2.0wt%付着していることを特徴とする炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【請求項7】
請求項6に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法であって、前記油剤組成物が水中で微分散して平均粒子径0.01μm以上0.5μm以下のミセルを形成している水系乳化溶液を、水膨潤状態にあるアクリル繊維束に付与する工程と、水系乳化溶液が付与されたアクリル繊維束を乾燥緻密化する工程とを有することを特徴とする炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法。

【公開番号】特開2009−41135(P2009−41135A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−206528(P2007−206528)
【出願日】平成19年8月8日(2007.8.8)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】