説明

炭酸カルシウムの製造方法

【課題】パルプ製造におけるアルカリ回収工程において、不溶性ナトリウム含有量が少ない炭酸カルシウムを生成させる方法を提供することにある。
【解決手段】アルカリ回収工程中の苛性化工程において、緑液中の炭酸ナトリウム濃度に対して添加する生石灰や消石灰の量を調整することにより、生成する炭酸カルシウム中の不溶性ナトリウム含有量を削減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラフトパルプ製造においてアルカリ回収工程での炭酸カルシウムの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クラフトパルプ製造工程において使用される蒸解薬液は、水酸化ナトリウムおよび硫化ナトリウムを含むアルカリ水溶液であり、一般的に白液と呼ばれる。この白液を用い、通常クラフト蒸解にて求められる、白液添加量、反応温度、圧力、時間、白液中の硫化ナトリウム含有率等の条件の下、木材チップの蒸解を行う。クラフト蒸解後にパルプと分離されて発生する黒液は、蒸解時に発生したリグニン等の有機成分とナトリウム塩を始めとする無機成分からなる。黒液は濃縮後、薬品回収ボイラーの燃料として利用される。ボイラーでの燃焼後に残った無機成分はスメルトと呼ばれ、希薄なアルカリ水溶液である弱液に溶解し緑液とする。この緑液は、アルカリ回収工程にて白液に転換され、再び蒸解薬液として利用される。
【0003】
アルカリ回収工程では、緑液に直接酸化カルシウムや水酸化カルシウムを混合したり、酸化カルシウムを水やアルカリ溶液に添加した消和液と緑液を混合し、緑液中の炭酸ナトリウムが酸化カルシウム由来の水酸化カルシウムと苛性化反応を起こすことにより、水酸化ナトリウムを生成させ白液を調製している。この苛性化反応の際、水酸化ナトリウムと同時に水にほとんど溶けない炭酸カルシウムが生成するが、この炭酸カルシウムは白液と分離された後、キルンで焼成されて酸化カルシウムとなり、再び苛性化反応に使用される。
【0004】
この炭酸カルシウムをキルンで焼成する際に、キルンの内壁にカルシウムを主成分とするダムリングと呼ばれるスケール状の付着物が形成され、炭酸カルシウムの焼成を阻害することがある。ダムリング形成によるキルンの操業トラブルは、連続操業されるアルカリ回収工程に大きなダメージとなるため、ダムリングの形成を抑制することは重要な課題である。
【0005】
キルンでのダムリング形成の原因として複数の要因が考えられている。その中の一つに、キルンで焼成される炭酸カルシウムに含まれるナトリウム成分に関するものがある。炭酸カルシウムと共にキルン内に持ち込まれたナトリウム成分は、高温で溶融する等してダムリングの発生を促進することが示唆されている。そのため、ダムリングの形成を抑制するためには、炭酸カルシウム中に存在するナトリウム成分をなるべく少なくする必要がある(たとえば、非特許文献1参照)。この非特許文献において、特に強調されているのが、炭酸カルシウム中に含まれる不溶性のナトリウム成分の存在である。この不溶性ナトリウムは炭酸カルシウムを白液と分離する際に、水に溶解しない形で存在するために、いくら炭酸カルシウムを水で洗浄しても除去することが困難である。
【0006】
また、炭酸カルシウムの性状を制御するために、苛性化反応等の条件を制御する技術が開示されている(たとえば、特許文献1〜5参照)。しかしながら、いずれの文献においても、炭酸カルシウム中のナトリウム含有量を調整することは考慮されておらず、不溶性ナトリウム成分の含有量を減らす技術はこれまで開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−132522号公報
【特許文献2】特開2002−234725号公報
【特許文献3】特開2001−199721号公報
【特許文献4】特開2001−199720号公報
【特許文献5】特開2000−264629号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】JOURNAL OF PULP AND PAPER SCIENCE、2003年 29巻 6号、185頁〜189頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記実情を鑑みたものであって、苛性化反応の条件を制御することにより、不溶性ナトリウム成分の含有量の少ない炭酸カルシウムの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために検討した結果、炭酸カルシウム中の不溶性ナトリウム成分は苛性化反応において生成されると考えられ、緑液に添加する酸化カルシウムや水酸化カルシウムの量を変えたり、緑液中のアルカリ濃度を変えることで、生成する炭酸カルシウム中の不溶性ナトリウム成分の含有量を調整できることを見出した。
【0011】
すなわち、アルカリ濃度が90g/L未満の緑液において、緑液中の炭酸ナトリウムのモル量の1.3倍のモル量以上の酸化カルシウムまたは水酸化カルシウムを添加した際に生成した炭酸カルシウム中の不溶性ナトリウム成分の含有量が最大となり、それより添加量が少なくなる程不溶性ナトリウム成分の含有量が低下することを見出した。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、アルカリ回収工程において、不溶性ナトリウム成分の含有量を低減した炭酸カルシウムの製造が可能となり、炭酸カルシウムをキルンで焼成する際にトラブルとなるダムリングの発生リスクを減らすことが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明におけるアルカリ回収工程とは、クラフトパルプ製造においてチップの蒸解後にパルプと分離された黒液と呼ばれるアルカリ性のスラリーから、水酸化ナトリウムや硫化ナトリウムを主成分とした白液と呼ばれる蒸解用のアルカリ液を生成、回収する工程であり、本発明では特に黒液をボイラーで燃料として燃焼させた後のスメルトと呼ばれる無機残渣中の炭酸ナトリウムを水酸化ナトリウムに転換する苛性化工程において有効となる技術である。
【0014】
本発明における緑液とは、上記黒液をボイラーで燃焼し、残ったスメルトを、水や希薄なアルカリ水溶液に溶解したものであり、炭酸ナトリウムや水酸化ナトリウム、硫化ナトリウム等が含まれている。この緑液が、苛性化工程にて白液に転換され、再び蒸解薬液として利用される。
【0015】
本発明におけるアルカリ濃度90g/L未満とは、米国Tappi Standard Methods T624方法により測定した炭酸ナトリウム、水酸化ナトリウム、硫化ナトリウムのそれぞれのナトリウム濃度を酸化ナトリウム濃度に換算して合計した濃度が90g/L未満であることを示す。緑液中のアルカリ濃度は、スメルトを水や希アルカリ溶液で溶解して緑液を調整する際に、水や希アルカリ水溶液の量を変えることで調整することができる。ただし、アルカリ濃度が低すぎると液量の増加により苛性化工程で大きな設備が必要となったり、チップの蒸解に使用する白液のアルカリ濃度が低下することでパルプの製造効率が低下するため、アルカリ濃度50g/L以上、90g/L未満、より好ましくはアルカリ濃度70g/L以上、90g/L未満が最適である。
【0016】
本発明における緑液と酸化カルシウムまたは水酸化カルシウムとの反応は、通常の苛性化工程において用いられているスレーカーや苛性化タンクにおいて行われ、スレーカーにて緑液に酸化カルシウムや水酸化カルシウムを添加され、スレーカーと苛性化タンクでの滞留において十分な反応時間を経た反応スラリーから固液分離によって炭酸カルシウムを回収することができる。回収された炭酸カルシウムは、洗浄工程や濃縮工程を経てキルンにおいて焼成され、酸化カルシウムに転換した後に再び苛性化反応に使用される。
【0017】
本発明において、緑液中の炭酸ナトリウムのモル量の1.3倍のモル量以上の酸化カルシウムまたは水酸化カルシウムを緑液に添加しても炭酸カルシウム中の不溶性ナトリウム成分の濃度を低下させることができるが、酸化カルシウムや水酸化カルシウムの過剰な添加は苛性化反応の効率を下げ、後工程での炭酸カルシウムの処理負荷を上昇させるだけなので望ましくない。また、酸化カルシウムや水酸化カルシウムの添加量が少なすぎると、チップの蒸解に使用する白液の水酸化ナトリウム濃度が低下することでパルプの製造効率が低下するため、添加する酸化カルシウムまたは水酸化カルシウムの量は緑液中の炭酸ナトリウムのモル量の0.5倍以上1.3倍未満、より好ましくは0.7倍以上1.3倍未満が最適である。
【実施例】
【0018】
本発明の実施例を説明する。
【0019】
三菱製紙株式会社八戸工場において採取した緑液中のアルカリ濃度を米国Tappi Standard Methods T624方法に基づき測定した。この緑液に蒸留水を適宜加えることによりアルカリ濃度が130、90、70g/Lの緑液A、B、Cをそれぞれ調製した。緑液A、B、C中の炭酸ナトリウム、水酸化ナトリウム、硫化ナトリウムのそれぞれの濃度比はいずれの緑液でも同じとした。
【0020】
各500mLの緑液A、B、Cを加熱、沸騰させそれぞれの緑液に含まれる炭酸ナトリウムに対する水酸化カルシウムのモル量比が0.5、0.7、1.0、1.3、1.5となるようにそれぞれ水酸化カルシウム(試薬特級、関東化学社製)を加え、1時間加熱、攪拌しながら苛性化反応させた。
【0021】
苛性化反応液をろ紙でろ過し、回収したろ過残渣を水で洗浄し、炭酸カルシウムのスラリーを得た。なお、このろ過残渣中には、未反応の水酸化カルシウムや緑液中に存在する他の固形分も含まれる可能性があるが、本実施例ではそれらをすべて含めて炭酸カルシウムとした。
【0022】
この炭酸カルシウムスラリーを乾燥してその一部を精秤して取り出し、固形分が完全に溶解するまで10N塩酸を加えた後、所定容量となるまで蒸留水を加えた。この溶解液中のナトリウム濃度を原子吸光法により定量し、炭酸カルシウム中に含まれる全ナトリウム濃度を算出した。また、前述の乾燥した炭酸カルシウムを別途精秤して蒸留水を加えて所定容量とし、ろ紙でろ過したろ液中のナトリウム濃度を原子吸光法により定量し、炭酸カルシウム中に含まれる水溶性ナトリウム濃度を算出した。この全ナトリウム濃度から水溶性ナトリウム濃度を差し引いた値を炭酸カルシウム中の不溶性ナトリウム濃度として算出した。測定結果を表1に示す。
【0023】
また、緑液Cについては、上記苛性化反応液のろ過と、その後の洗浄時のろ過の際のろ過時間やろ過残渣の水分の多少を相対評価し、それらの結果から炭酸カルシウムの処理負荷の大小を評価した。評価結果を表2に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
結果、緑液Cにおいて、水酸化カルシウムの添加モル量が緑液中の炭酸ナトリウムのモル量の1.3倍の時に、生成した炭酸カルシウム中の不溶性ナトリウム濃度が最大となり、これより少ない添加量にするほど不溶性ナトリウム濃度を低下させることができた。緑液A、Bにおいては、水酸化カルシウムの添加モル量が緑液中の炭酸ナトリウムのモル量の1.0倍の時に、生成した炭酸カルシウム中の不溶性ナトリウム濃度が最大となるので、緑液中の炭酸ナトリウムのモル量の1.3倍のモル量未満の酸化カルシウムまたは水酸化カルシウムを添加することで、必ずしも生成した炭酸カルシウム中の不溶性ナトリウム濃度を低下できるとは限らない。
【0027】
また、表2において、緑液Cでは水酸化カルシウムの添加モル量が緑液中の炭酸ナトリウムのモル量の1.5倍の時にも不溶性ナトリウム濃度は低下しているが、苛性化反応液のろ過やその後の洗浄時のろ過において、時間がかかったり、ろ過後の残渣の水分が多いといったろ過効率の低下が見られ、炭酸カルシウムの処理負荷が大きくなり、望ましくない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クラフトパルプ製造におけるアルカリ回収工程において、アルカリ濃度が90g/L未満の緑液に、緑液中の炭酸ナトリウムのモル量の1.3倍のモル量未満の酸化カルシウムまたは水酸化カルシウムを添加して反応させることを特徴とする炭酸カルシウムの製造方法。

【公開番号】特開2012−91971(P2012−91971A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−241597(P2010−241597)
【出願日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【出願人】(000005980)三菱製紙株式会社 (1,550)
【Fターム(参考)】