説明

点眼液

【課題】点眼前には比較的低粘度でありながら、点眼時に眼球表面で増粘する点眼液を開発すること。
【解決手段】本発明の点眼液は、0.001〜10%(w/v)のヒドロキシエチルセルロースと0.001〜10%(w/v)のデキストランを含有する点眼液(抗菌カチオン性ペプチドを含有するものを除く)であって、該点眼液2mLと4%ムチン溶液6mLの混合溶液、該点眼液2mLと0.1Mリン酸緩衝液6mLの混合溶液、および水2mLと4%ムチン溶液6mLの混合溶液の各溶液について、ずり速度を0.1から150S−1まで2.5分で上昇させた時の100S−1のそれぞれの粘度であるη1、η2およびη3を測定した際に、下記式(1)で表される粘度上昇率がプラスの値となる点眼液である。
粘度上昇率=(η1−η2−η3)/η2×100 (1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、0.001〜10%(w/v)のヒドロキシエチルセルロースと0.001〜10%(w/v)のデキストランを含有する点眼液(抗菌カチオン性ペプチドを含有するものを除く)に関する。
【背景技術】
【0002】
点眼液は、高粘度であれば眼表面に長時間滞留し、所望の薬効や清涼感などが持続するが、点眼液を高粘度にすればするほど点眼することが困難となり、差し心地感も悪くなることが知られている。
【0003】
眼表面は、油層、水層およびムチン層の3つの層からなる涙液層で覆われている。かかる涙液層の最下層に位置するムチン層は、涙液が流れ落ちないように涙液層を眼表面に粘着させる役割を果たしているが、ムチン層の異常が原因となって涙液層が不安定化すると、まばたきをするまでの短時間のあいだにドライスポットという乾燥部分が生じるため、眼部に乾燥感や不快感を伴うドライアイ症状を呈することがある。
【0004】
一方、ヒドロキシエチルセルロースは、ヒドロキシエトキシル基を有するセルロース誘導体であり、粘稠化剤や分散剤として汎用されている。また、デキストランは、ショ糖を発酵することによって得られる多糖類であり、点眼液の粘稠化剤や安定化剤として用いられている。
【0005】
特許文献1は、清涼化成分と粘稠化剤を含有する点眼液に関する発明であり、粘稠化剤としては例えば、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、デキストランなどが記載されている。また、特許文献2は、自己防腐力を有するpH1.5〜3.5の眼科用組成物に関する発明であり、その添加物としてはポリエチレングリコール、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、デキストランなどが記載されている。
【0006】
しかしながら、上記文献はいずれも、ヒドロキシエチルセルロースとデキストランを組み合わせて配合するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−97129号公報
【特許文献2】米国特許第6572849号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
点眼液の粘度に関しては、粘度が低いと点眼してもすぐさま眼表面から流れ落ちるため、所望の薬効や清涼感を持続することができない。他方、点眼液の粘度が高いと眼表面に長時間滞留するものの、高粘度であればあるほど点眼することが困難となり、また、差し心地感が悪くなる傾向がある。そこで、点眼前には比較的低粘度でありながら、点眼時に眼表面で増粘することにより、所望の薬効や清涼感を持続する点眼液の開発が望まれている。また、涙液層を安定化して眼部の乾燥感や不快感を解消できる点眼液の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、点眼液を点眼すれば点眼液が眼表面の涙液層、特に涙液層中のムチンと接触することに着目して鋭意研究したところ、ヒドロキシエチルセルロースとデキストランとを含有する点眼液は、ムチンの共存下で特異的に相乗的な増粘効果を発揮することを見出し、本発明に至った。また、本発明の点眼液は、後述する角膜表面不正指数変化試験の結果より、優れた涙液層の安定化効果を有するので、ドライアイ治療剤あるいは人工涙液として有用であり、さらに本発明の点眼液は、さし心地の良い点眼液や目にやさしい洗眼液の基剤としても利用できる。
【0010】
本発明の点眼液は、ムチンの共存下で特異的に相乗的な増粘効果を発揮するが、それはヒドロキシエチルセルロースとデキストランとの組み合わせたと眼表面のムチンとの結合が促進されることに基づくと推測する。本発明の点眼液は、後述する点眼液眼表面滞留評価試験の結果より、眼表面において優れた点眼液の滞留性向上作用を有するので、薬物の前眼部での滞留性や眼内移行性が改善されるドラッグデリバリーシステムへの応用も可能となる。
【0011】
すなわち、本発明は、
0.001〜10%(w/v)のヒドロキシエチルセルロースと0.001〜10%(w/v)のデキストランを含有する点眼液(抗菌カチオン性ペプチドを含有するものを除く)であって、
該点眼液2mLと4%ムチン溶液6mLの混合溶液、該点眼液2mLと0.1Mリン酸緩衝液6mLの混合溶液、および水2mLと4%ムチン溶液6mLの混合溶液の各溶液について、ずり速度を0.1から150S−1まで2.5分で上昇させた時の100S−1のそれぞれの粘度であるη1、η2およびη3を測定した際に、下記式(1)で表される粘度上昇率がプラスの値となる点眼液。
【0012】
粘度上昇率=(η1−η2−η3)/η2×100 (1)
に関する。
【0013】
本発明のヒドロキシエチルセルロースとデキストランとを含有する点眼液は、ムチンの存在下で特異的に相乗的な増粘効果を発揮することから、点眼時に涙液層中のムチンと接触することにより、眼表面で増粘して所望の薬効や清涼感を持続することができる。また、本発明の点眼液は、涙液層を安定化するので、眼部の乾燥感や不快感の解消にも役立ち、ドライアイ症状の改善にも繋がる。後述する「ムチン共存下での粘度測定試験」の項で詳述するが、ヒドロキシエチルセルロースとデキストランとの組み合わせがムチンの存在下で特異的に相乗的な増粘作用を示すのに対し、他のセルロース系粘稠化剤であるヒドロキシプロピルメチルセルロースとデキストランとを組み合わせたものでは相乗的な増粘作用を示さず、ヒドロキシエチルセルロースの特異な性質に基づくものであることが判明した。
【0014】
本発明によるヒドロキシエチルセルロースとデキストランとの組み合わせにおいて、ヒドロキシエチルセルロースとデキストランの重量割合は、好ましくはヒドロキシエチルセルロース0.001〜10に対しデキストラン0.001〜10、より好ましくはヒドロキシエチルセルロース0.01〜5に対しデキストラン0.005〜3である。
【0015】
本発明で用いられるヒドロキシエチルセルロースは、セルロース系の高分子であり、種々の粘度のものがあるが、どのようなものでもよい。点眼液中のヒドロキシエチルセルロースの濃度は、特に制限されないが、点眼液の特性や効果等の観点から、ヒドロキシエチルセルロースの濃度は0.001〜10%(w/v)、より好ましくは0.01〜5%(w/v)である。
【0016】
本発明で用いられるデキストランは、ショ糖を発酵して得られる多糖類であり、種々の平均分子量のものがあるが、どのようなものでもよい。好ましくは、例えばデキストラン40(平均分子量約4万)、デキストラン70(平均分子量約7万)が挙げられる。点眼液中のデキストランの濃度は、特に制限されないが、点眼液の特性や効果等の観点から、デキストランの濃度は0.001〜10%(w/v)、より好ましくは0.005〜3%(w/v)である。
【0017】
本発明のヒドロキシエチルセルロースとデキストランとを含有する点眼液は、汎用されている技術を用いて製剤化することができ、点眼液として製剤化することがより好ましい。
【0018】
本発明の点眼液には、薬物を配合することができる。薬物としては、抗菌剤、抗炎症剤、抗ヒスタミン剤、抗緑内障剤、抗アレルギー剤、免疫抑制剤、代謝拮抗剤などが挙げられる。
【0019】
本発明の点眼液には、等張化剤、緩衝剤、pH調節剤、可溶化剤、安定化剤、保存剤等を適宜配合することができる。
【0020】
等張化剤としては、例えばグリセリン、プロピレングリコール、塩化ナトリウム、塩化カリウム、ソルビトール、マンニトール等を挙げることができる。
【0021】
緩衝剤としては例えば、リン酸、クエン酸、酢酸、ε−アミノカプロン酸、ホウ酸、ホウ砂、トロメタモール等を挙げることができる。
【0022】
pH調節剤としては、例えば塩酸、クエン酸、リン酸、酢酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、ホウ酸、ホウ砂、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等を挙げることができる。
【0023】
薬物や他の添加物が水難溶性の場合などに添加される可溶化剤としては、例えばポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60、マクロゴール4000等を挙げることができる。
【0024】
安定化剤としては、例えばエデト酸、エデト酸ナトリウム等を挙げることができる。
【0025】
保存剤としては、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル、クロロブタノール等が挙げられ、これらの保存剤を組み合わせて使用することもできる。
【0026】
本発明の点眼液は、pHを4.0〜8.0に設定することが望ましく、また、浸透圧比を1.0付近に設定することが望ましい。
【0027】
本発明の点眼液の点眼回数は症状、年令、剤型等によって適宜選択できるが、1日1回〜6回程度点眼すればよい。
【発明の効果】
【0028】
後述するムチン共存下での粘度測定試験の項で詳述するが、本発明のヒドロキシエチルセルロースとデキストランとを含有する点眼液は、ムチンの共存下で特異的に相乗的な増粘作用を示す。したがって、本発明の点眼液は、点眼時に涙液層中のムチンと接触することにより、点眼液が眼表面で増粘して所望の薬効や清涼感等を持続することができる。また、点眼液眼表面滞留評価試験および角膜表面不正指数変化試験の結果から明らかなように、本発明の点眼液は、前眼部における薬物の滞留性に優れると共に涙液層を安定化する効果があり眼部の乾燥感を解消するので、点眼液眼表面滞留促進剤、涙液層安定化剤、ドライアイ治療剤あるいは人工涙液として眼部の乾燥感や不快感の解消に役立ち、さらにはさし心地の良い点眼液や目にやさしい洗眼液の基剤としても有用である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に、実施例を掲げて本発明を詳しく説明するが、これは本発明をよりよく理解するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0030】
[1]ムチン共存下での粘度測定試験
本試験は、Pharmaceutical Research,491-495,Vol.7、No.5、1990に記載された試験方法に準じて、各被験液とムチン溶液の共存下での粘度を測定することにより、各被験液がムチン溶液と接触する場合の相乗的増粘作用を評価するものである。
【0031】
(実験方法)
表1に示す通り、生理食塩水及び生理食塩水に各粘稠化剤を溶解させて被験液1〜6を調製した。また、涙液(中性)と同様なpHとなるように、0.1Mリン酸緩衝液にムチン(SIGMA社製)を溶解させて、4%ムチン溶液(pH7.0)を調製した。
【0032】
【表1】

【0033】
つぎに、回転粘度計(Rheostress RS100 HAAKE社製)を用いて、各被験液(2mL)と4%ムチン溶液(6mL)の混合溶液、各被験液(2mL)と0.1Mリン酸緩衝液(6mL)の混合溶液、および水(2mL)と4%ムチン溶液(6mL)の混合溶液の各溶液について、ずり速度を0.1から150S-1まで2.5分で上昇させた時の100S-1の粘度(η1、η2およびη3 )を測定した。
【0034】
η1:各被験液(2mL)と4%ムチン溶液(6mL)の混合溶液の粘度
η2:各被験液(2mL)と0.1Mリン酸緩衝液(6mL)の混合溶液の粘度
η3:水(2mL)と4%ムチン溶液(6mL)の混合溶液の粘度
【0035】
(結果)
下式に従い、各混合溶液の粘度上昇率を算出した。これらの結果を表2に示す。
【0036】
粘度上昇率=(η1−η2−η3)/η2 × 100
【0037】
なお、η1がη2およびη3と同程度である場合、すなわち粘度変化がほとんどない場合には上式により算出される粘度上昇率は、−100%程度になる。また、η1がη2およびη3よりも明らかに増加する場合、すなわちη1が相乗的に増粘する場合には、上式により算出される粘度上昇率は、プラスの値となる。
【0038】
【表2】

【0039】
(考察)
ヒドロキシエチルセルロースとデキストランを組み合わせた粘稠化剤をムチンと共存させた場合には、特異的に相乗的な増粘作用を示した(被験液6)。しかし、生理食塩水、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、デキストランをそれぞれムチンと共存させても相乗的な増粘作用はなく(被験液1〜4)、また、ヒドロキシプロピルメチルセルロースとデキストランの混合物をムチンと共存させても相乗的な増粘作用は示さなかった(被験液5)。
【0040】
[2]角膜表面不正指数変化試験
本試験は、角膜形状測定装置を用いて、被験液を点眼した後の角膜表面の不正度(涙液層の不正度)を測定することによって、各被験液の涙液層の安定化作用を評価するものである。
【0041】
(実験方法)
被験液1、被験液6それぞれ20μlを雄性日本白色ウサギの眼に全身麻酔下で点眼した後、強制開瞼下で0(点眼直後)、10分後の角膜表面形状を角膜形状測定装置(トーメー社製 TMS−2N)を用いて測定した。
【0042】
(結果)
測定した球面不正指数(球面不正指数は角膜表面の涙液層の形状が不正になるほど大きな値となる。)に基づいて、球面不正指数変化(点眼直後の球面不正指数を10分後における球面不正指数から減じた値をいう。)を算出した。これらの結果を表3に示す。なお、各被験液の球面不正指数変化は、3例または5例の平均値を示す。
【0043】
【表3】

【0044】
(考察)
表3から明らかなように、ヒドロキシエチルセルロースとデキストランを組み合わせた粘稠化剤を含有する被験液6は、生理食塩水(被験液1)と比較して顕著な涙液層の安定化効果を示した。
【0045】
[3]点眼液眼表面滞留評価試験
本試験は、前眼部蛍光測定装置を用いて、被験点眼液を点眼した後の涙液層の蛍光強度を測定することにより、各被験点眼液の眼表面滞留作用を評価するものである。
【0046】
(実験方法)
0.002%フルオレセインナトリウムを含む被験液1、被験液6それぞれ20μlを雄性日本白色ウサギの眼に全身麻酔下で点眼した後、強制開瞼下で0(点眼直後)から5分後までは30秒毎、5分後から10分後までは1分毎、10分後から30分後までは5分毎に前眼部蛍光測定装置(興和、FL−500)を用いて、涙液層の蛍光強度を測定した。
【0047】
(結果)
測定した涙液層の蛍光強度に基づいて、蛍光強度残存率(点眼直後の蛍光強度を100%とした時の各測定時間における蛍光強度の割合をいう。)の平均値を算出した(各4例の平均)。さらに、算出した平均値を用いて、ノンコンパートメンタル解析を行い、点眼直後から2分後におけるλz(消失速度を示し、値が小さいほど滞留性が高くなる。)および点眼直後から30分後におけるAUC(蛍光強度-時間曲線下面積を示し、値が大きいほど滞留性が高くなる。)を算出した。蛍光強度測定結果を図1に、解析結果を表4に示す。
【0048】
【表4】

【0049】
(考察)
図1および表4から明らかなように、ヒドロキシエチルセルロースとデキストランを組み合わせた粘稠化剤を含有する被験液6は、生理食塩水(被験液1)と比較して高い眼表面滞留性を示した。
【0050】
[製剤例]
ヒドロキシエチルセルロースとデキストランとの組み合わせからなる眼科用粘稠化剤を配合した代表的な製剤例を以下に示す。
【0051】
処方例1(点眼液)
100ml中
ヒドロキシエチルセルロース 500mg
デキストラン 300mg
リン酸二水素ナトリウム二水和物 適量
1N水酸化ナトリウム 適量
塩酸 適量
滅菌精製水 適量
【0052】
上記処方例と同様にして、ヒドロキシエチルセルロースを100ml中に100mg、1g、3g、5g含有する点眼液を調製することができる。
【0053】
処方例2(点眼液)
100ml中
ヒドロキシエチルセルロース 300mg
デキストラン 300mg
リン酸二水素ナトリウム二水和物 適量
1N水酸化ナトリウム 適量
塩酸 適量
滅菌精製水 適量
【0054】
上記処方例と同様にして、デキストランを100ml中に50mg、100mg、500mg、1g含有する点眼液を調製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】図1は、被験液1、被験液6を用いた場合の眼表面(涙液層)の蛍光強度残存率と時間の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.001〜10%(w/v)のヒドロキシエチルセルロースと0.001〜10%(w/v)のデキストランを含有する点眼液(抗菌カチオン性ペプチドを含有するものを除く)であって、
該点眼液2mLと4%ムチン溶液6mLの混合溶液、該点眼液2mLと0.1Mリン酸緩衝液6mLの混合溶液、および水2mLと4%ムチン溶液6mLの混合溶液の各溶液について、ずり速度を0.1から150S−1まで2.5分で上昇させた時の100S−1のそれぞれの粘度であるη1、η2およびη3を測定した際に、下記式(1)で表される粘度上昇率がプラスの値となる点眼液。
粘度上昇率=(η1−η2−η3)/η2×100 (1)

【図1】
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【公開番号】特開2011−84575(P2011−84575A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−12799(P2011−12799)
【出願日】平成23年1月25日(2011.1.25)
【分割の表示】特願2005−154776(P2005−154776)の分割
【原出願日】平成17年5月27日(2005.5.27)
【出願人】(000177634)参天製薬株式会社 (177)
【Fターム(参考)】